デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
3節 軍事関係諸問題
2款 青島陥落後ノ対策問題
■綱文

第48巻 p.684-685(DK480186k) ページ画像

大正3年11月12日(1914年)

是日栄一、東京商業会議所ニ於ケル、時局調査会ニ出席シテ、青島陥落後ノ対策ニ就キ協議ス。


■資料

東京日日新聞 第一三六五四号 大正三年一一月一三日 青島陥落善後策 会議所調査会協議(DK480186k-0001)
第48巻 p.684 ページ画像

東京日日新聞  第一三六五四号 大正三年一一月一三日
    青島陥落善後策
      会議所調査会協議
東京商業会議所時局調査会は十二日午後三時より開会、中野委員長以下杉原・藤山等各委員の外、渋沢男・阪谷男・鶴見農商務商事課長・太田正金銀行青島支店長等出席し、当日の主要問題たる
 △青島今後の経営 を如何にすべきかに就き協議を凝らす所ありしが、要するに政府に於ては十一日の内閣会議に於て既に大体方針を決したる由なるも、其内容は未だ確知するを得ず、而も其根本的の確定は時局平定後に決せらるべく、従つて実業家の将来に対する出所進退は、須らく政府当局の施政方針に随従して其出発点を決定せざるべからずと云ふに決したるを以て、中野委員長は次会の日(十六日)迄に今後に於ける政府の政策如何を聴取し、其如何に依りて実業家の意見を決する事としたるが、阪谷(東京市長)男は
 △青島が我国領土 に帰したる場合と仮定して其経営に関し、我国は朝鮮・南満洲の経営に失敗したる事実を列挙し、青島占領後に於ける施政方針は須らく経済的主義を専一として進まざるべからず、万一莫然たる領土拡張主義を以てせば、数年ならずして遂に臍を噛むに至るの結果に終るべしとの意見書を提出し、更に其所見を述べて実業家の参考に供する所ありたり。


竜門雑誌 第三一九号・第四五―四六頁 大正三年一二月 ○青島処分に就て(DK480186k-0002)
第48巻 p.684-685 ページ画像

竜門雑誌  第三一九号・第四五―四六頁 大正三年一二月
○青島処分に就て 青島陥落の報伝はるや、報知新聞記者並に東京毎日新聞記者は青淵先生を訪ひて、青島処分に就ての意見を求めたるに左の如く語られしとなり。
△報知新聞所載 曰く青島今後の処分に就ては何処迄も今回出師の大義名分に由つて行動せざる可からず、さりとて何の条件をも附せずして其儘支那に還附し、支那をして更に第二の独逸国の如きに租借せしめ、東洋の平和を乱すが如きことあらば、出師の名分に背くを以て、将来に於ける東洋の平和と貿易の発展を眼目となさゞる可からず、青島は上海に次ぐ支那の良港なり、将来自由港となすなり、適当なる方法を講せざる可からず、山東鉄道も大に講究して軽々の処置ある可からず云々
△東京毎日新聞所載 青島如何に小なりと雖も我軍如何に精鋭なりと雖も、欧洲全土を敵として戦へる勇敢無比の独軍が死を以て固守せる
 - 第48巻 p.685 -ページ画像 
青島の陥落までには、莫大なる犠牲を払はざるべからざる事は吾人の夙に予期せし所なり、然るに十一月七日陸軍の公報は遂に忠勇義烈なる我軍の為に青島の陥落を報ぜり、吾人は歓喜措く所を知らず、回顧すれば開戦後我攻囲封塞両軍の払へる犠牲は必ずしも大なりとせず、而も其の功や甚大なり、今や此の快報を聞かば地下の将士も亦以て冥し得べし、然れども今後の外交如何、我国経済界の蒙る影響如何、是に注意せざる可らず、政府は我国奮起の理由に照して青島を支那に還附せざる事万々之れあらざるべきも、而も無償を以て之を還附すべきや如何、勿論東洋永遠の平和を保持すべき適当の方策を講じて之を還附すべく、我が実業家は今後支那産業開発の為に宜しく青島を利用して国運の発展を図らざる可らず、是れ吾人の切望する所なり