デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
1節 記念事業
14款 其他 15. 頼山陽先生遺蹟顕彰会
■綱文

第49巻 p.194-199(DK490055k) ページ画像

昭和6年3月19日(1931年)

是日栄一、当会顧問タルコトヲ受諾ス。在任歿年
 - 第49巻 p.195 -ページ画像 
ニ及ブ。


■資料

頼山陽先生遺蹟顕彰会書類(DK490055k-0001)
第49巻 p.195 ページ画像

頼山陽先生遺蹟顕彰会書類         (渋沢子爵家所蔵)
謹啓 初秋の候弥々御多祥之段邦家のため慶賀に不堪候、陳者本県出身の先哲「頼山陽先生」の学問功業等に就ては玆に申上ぐるの要無之候処、近時山陽研究の進むに随ひ一層其の人物の偉大なること窺はれ洵に敬慕に不禁候、然るに先生の歿後百年に及ぶ今日迄其の遺蹟を顕彰すべき何等の施設なきは識者の斉しく遺憾とする所に候、殊に此の挙を首唱すべき本県人の深く恥づべきことゝ存候、尤も此の事業は大正八年以来本県の懸案と致居候処、其の方途宜しきを得ざるときハ却て偉人の洪徳を傷くるの結果に終らんことを虞れ逡巡経過したる次第に候、然る所明昭和六年は先生の百年祭に相当し絶好の機会たると同時に、世道頽廃の今日之を矯厲する上に於ても極めて緊切の事業なりと信じ、曩に同志相謀り「頼山陽先生遺蹟顕彰会」を組織し、別冊に掲げたる計画書○次掲の通り本事業を遂行することゝ相成候、而して此の挙は時節柄容易の業にあらずと認め、内は挙県一致之に当り、外は県外在住の本県出身者又は縁故者の斡旋に依り弘く全国同志者の賛助を求め、以てこれが達成を期せんとする計画に有之候、更に本会は会則の規定により顧問数名を推戴して最高の示教を仰ぎ、以て本事業に千鈞の重きを加ふるとゝもに成果の万全を期し度候、就ては玆に閣下を本会顧問に推戴いたし度候間、よろしく本会の趣旨と吾々関係者の微衷とを御諒承被下幸に御承諾を賜り度奉懇願候、全体会長又は幹部拝趨のうへ親しく御願ひ可申上ぐはづに候へども、甚だ失礼ながら不取敢書中得貴意申度如此御座候 敬具
 追白
 本会発起人は目下県内千弐百六拾五名、東京・大阪・京都・神戸其他において参百七拾八名決定いたしおり候、県内評議員は別冊名簿○略スの通りに候
 本会の事業の一として先づ「頼山陽全書」を刊行し、之を頒布するとゝもに、会員募集に資せんがため別冊○次掲パンフレツトの通り刊行することゝし目下専ら編纂中に有之候
 本会趣意書○次掲其他の関係書類○略ス別冊の通り御送附申上候間御劉覧を賜りたく候
  昭和五年九月三十日
            頼山陽先生遺蹟顕彰会
             総裁 侯爵 浅野長勲
             会長 広島県知事 川淵洽馬
    子爵渋沢栄一閣下


頼山陽先生遺蹟顕彰会趣意書・会則・事業計画書其他参考資料 第一―九頁(昭和五年)刊(DK490055k-0002)
第49巻 p.195-198 ページ画像

頼山陽先生遺蹟顕彰会趣意書・会則・事業計画書其他参考資料  第一―九頁(昭和五年)刊
    頼山陽先生遺蹟顕彰会趣意書
惟フニ山陽先生ハ、徳川幕府ノ威焔強盛ノ時、草莽ニ居リ高節ヲ持シ椽大ノ筆ヲ揮フテ王覇ノ別ヲ論シ、君臣ノ分ヲ明ニシ、以テ天下ノ志士ヲシテ、勤王ノ大義ニ帰向シ、遂ニ維新ノ鴻業ヲ翼成セシメタリ。
 - 第49巻 p.196 -ページ画像 
是ニ於テカ、先生ノ潜功幽徳ハ、畏クモ曩ニ贈位ノ追賞トナリテ永ク聖恩ニ浴セリ。嗚呼斯ノ光栄アル先生ノ遺功ヲ不朽ニ追遠シ、以テ敬愛ノ誠ヲ効スハ後人ノ義務タラスンハアラス。之ヲ例セハ、松陰先生ノ山口県ニ於ケル、又藤樹先生ノ滋賀県ニ、本居大人ノ三重県ニ、平田・佐藤両大人ノ秋田県ニ、西郷翁ノ鹿児島県ニ於ケルカ如ク、則チ先人ノ旧宅故居ヲ保存シテ当時ヲ追憶シ、英霊ヲ祭祀シテ遺烈ヲ宣揚シ、以テ常ニ崇敬ヲ尽スハ吾人当然ノ挙ナラスヤ。今ヤ先生逝カレシヨリ玆ニ殆ント百年、未タ遺蹟顕彰ノ挙ナキハ頗ル遺憾トスヘシ。且ツ思フニ方今思想混沌動モスレハ奇矯過激ニ流レントシ、邦家ノ前途容易ナラサルノ時、先生ノ高風ヲ欽仰シ、其ノ余馨ヲ発揚シ、以テ現代ヲ薫化風厲シテ、臣子ノ範式トナサハ能ク民風ヲ作興シ、我帝国ノ基礎ヲシテ益々鞏固ナラシムルニ庶幾カラン乎、其ノ邦家ニ裨補スルノ効果ヤ蓋シ測ル可カラス、依テ昭和六年先生百年祭ヲ機トシ、先生ノ英霊ヲ敬祀シ、併セテ其ノ遺蹟ヲ顕彰セント欲ス。斯クノ如キハ実ニ昭和聖世ノ鴻業ヲ対揚スルニ於テ、極メテ意義アルコトヽ信ス、是即チ本会ヲ設立セントスル所以ノ大旨ナリ。

    頼山陽先生遺蹟顕彰会々則
      第一章 総則
第一条 本会ハ頼山陽先生遺蹟顕彰会ト称ス
第二条 本会ハ頼山陽先生ノ遺功余烈ヲ顕彰シ、其ノ遺跡ヲ保存シ、世道人心ノ振作ニ資スルヲ以テ目的トス
第三条 本会ハ事務所ヲ広島県庁内ニ置ク
      第二章 事業
第四条 本会ハ第二条ノ目的ヲ達スル為左ノ事業ヲ行フ
  一、山陽先生ノ祭典ヲ執行スルコト
  二、山陽先生ノ旧居ヲ修築保存スルコト
  三、山陽先生ノ縁故ノ地ニ記念館ヲ建設シ、之ヲ維持保存スルコト
  四、山陽先生ノ遺著遺物及関係アル書籍・絵画ノ類ヲ蒐集シ一般ノ縦覧ニ供スルコト
  五、山陽先生ノ伝記資料ヲ調査刊行スルコト
  六、山陽先生ニ関スル講演会ヲ開催スルコト
  七、其ノ他必要ト認ムル事項
      第三章 会員
第五条 本会ノ目的ヲ翼賛シ金員ヲ寄附シタル者ヲ会員トシ之ヲ左ノ五種ニ分ツ
  一、特別名誉会員 金千円以上ヲ寄附シタル者
  一、名誉会員 金百円以上ヲ寄附シタル者
  一、特別会員 金参拾円以上ヲ寄附シタル者
  一、通常会員 金拾円以上ヲ寄附シタル者
  一、賛助会員 金拾円未満ヲ寄附シタル者
 物品ヲ寄附シタル者ハ評議員会ニ於テ其ノ価格ヲ評定シ会員ノ種別ヲ定ム
 - 第49巻 p.197 -ページ画像 
第六条 本会ニ功労アル者ハ其ノ程度ニ依リ特別名誉会員又ハ名誉会員ニ推薦ス
      第四章 役員
第七条 本会ニ会長一名、副会長二名、評議員及幹事各若干名ヲ置ク会長ハ広島県知事ヲ推戴ス
  副会長及評議員ハ総会ニ於テ之ヲ選挙シ任期ヲ三年トス、但シ満期再選ヲ妨ケス
  幹事ハ会長之ヲ選任ス
第八条 会長ハ会務ヲ総理シ総会及評議員会ノ議長トナル
  副会長ハ会長ヲ補佐シ会長事故アルトキハ其ノ職務ヲ代理ス
  評議員ハ議事ニ参与ス
  幹事ハ会長ノ指揮ヲ承ケ庶務会計ニ従事ス
第九条 本会ハ徳望アル人ヲ総裁ニ推戴ス
第十条 本会ニ顧問若干名ヲ置キ重要ナル事項ヲ諮問ス
  顧問ハ会長之ヲ推薦ス
      第五章 会議
第十一条 総会ハ会長ニ於テ必要ト認メタルトキ之ヲ開ク
第十二条 評議員会ハ随時之ヲ開キ予算決算及重要ナル事項ヲ議決ス
第十三条 会議ハ出席者ノ過半数ヲ以テ之ヲ決ス、可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル
      第六章 会計及資産
第十四条 本会ノ経費ハ会員ノ寄附金及其他ノ収入ヲ以テ之ニ充ツ
第十五条 本会ハ維持資金ヲ蓄積ス
第十六条 維持資金ハ確実ナル銀行ニ預入シ、又ハ国債証券ニ代ヘ之ヲ管理ス
第十七条 維持資金ハ利子ノ外費消スルコトヲ得ス
第十八条 会計年度ハ四月一日ニ始マリ翌年三月三十一日ニ終ル
      第七章 附則
第十九条 本会則ハ総会ニ於テ出席者三分ノ二以上ノ同意アルニ非サレハ変更スルコトヲ得ス
第二十条 本会則施行ニ関スル細則ハ会長別ニ之ヲ定ム
第二十一条 本会ハ適当ノ時期ニ於テ財団法人ニ組織ヲ変更スルモノトス

    頼山陽先生遺蹟顕彰会事業計画書
      事業及経費
一、山陽先生ノ百年祭ヲ執行シ、附帯事業トシテ講演会等ヲ開催スルコト
   経費      五、〇〇〇円
一、山陽先生ノ旧居(在広島市)ヲ修築保存スルコト
   経費     三〇、〇〇〇円
一、山陽先生ノ縁故ノ地(広島市)ニ記念館ヲ建設スルコト
   経費     七〇、〇〇〇円
一、山陽先生ノ遺著・遺物及関係アル書籍・絵画ノ類ヲ蒐集シ、常時
 - 第49巻 p.198 -ページ画像 
又ハ随時陳列シテ一般ノ縦覧ニ供スルコト
   経費     三〇、〇〇〇円
一、山陽先生ノ伝記資料ヲ調査シ逐次刊行スルコト(頼山陽全書刊行ヲ含ム)
   経費     一五、〇〇〇円
一、旧居記念館等ノ維持保存並ニ将来事業経営ニ要スル資金ヲ積立ツルコト
   経費     三〇、〇〇〇円
一、事務執行及寄附金募集ニ要スル諸経費
   経費     二〇、〇〇〇円
   経費総額  二〇〇、〇〇〇円
      経費出所
寄附金及県・市(広島)費補助金ニ依ル
 備考 経費ハ其ノ大体ヲ予定シタルモノニシテ実施ニ当リ之カ増減ヲ来スコトアルヘシ、又経費総額ハ最低額ニ予定シタルモノニシテ実施ニ伴ヒ増額ヲ要スルコトアルへシ
    事業第五項ニ於テ「頼山陽全書」ヲ刊行スルコトヽシタリ、従テ経費モ相当増加スル見込


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二五頁 昭和六年一二月刊(DK490055k-0003)
第49巻 p.198 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
               竜門雑誌第五一九号別刷・第二五頁昭和六年一二月刊
    昭和年代
  年 月
 六 三―頼山陽先生遺蹟顕彰会顧問―昭、六、一一。昭、六、一〇、―〃名誉会員―昭、六、一一。


(渡辺得男) 書翰控 大田清宛昭和六年三月一九日(DK490055k-0004)
第49巻 p.198 ページ画像

(渡辺得男) 書翰控  大田清宛昭和六年三月一九日
                      (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 益御清栄奉慶賀候、陳者昨日御来示の当主人頼山陽先生遺蹟顕彰会顧問就任の件今朝主人に相話し候処、老齢の為健康上故障多く何の御役にも相立ち不申候得共、折角の御懇嘱に付御承諾可致旨被申候右不取敢御通知迄得貴意度如此御座候 敬具
  昭和六年三月十九日
                      渡辺得男
   頼山陽先生遺蹟顕彰会
    専任幹事 大田清様


頼山陽先生遺蹟顕彰会書類(DK490055k-0005)
第49巻 p.198-199 ページ画像

頼山陽先生遺蹟顕彰会書類          (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
  昭和六年五月二十七日
          頼山陽先生遺蹟顕彰会長 白根竹介
   (宛名手書)
   顧問
    子爵渋沢栄一閣下
      通知
 - 第49巻 p.199 -ページ画像 
 今回本会ニ対シ左記写ノ通リ祭粢料御下賜ノ御沙汰有之候条及御通知候也
(写)
                     頼山陽遺蹟顕彰会
 今般其会ニ於ケル事業ヲ被 聞食祭粢料トシテ金参百円下賜候事
  昭和六年五月十六日
                       宮内省


渋沢栄一書翰控 白根竹介宛 昭和六年七月八日(DK490055k-0006)
第49巻 p.199 ページ画像

渋沢栄一書翰控  白根竹介宛昭和六年七月八日   (渋沢子爵家所蔵)
頼山陽先生遺蹟顕彰会長
  白根竹介様
                   東京
                      渋沢栄一
拝啓 益御清適奉賀候、然者先般頼山陽先生百廿五年記念聚芳帳一部御贈与被成下御芳志辱く奉深謝候、其節不取敢御礼状差上置候処、其後熟覧致斯る貴重の資料御聚集の労を拝謝致候と共に、懇親の人々に喜を分ち度と奉存候に就ては、若し御手許に残部有之候はゞ数部御割愛被下度希望の至に御座候、尤も乍失礼相当の代価を以て御分与願上候義に付、其辺御諒察の上御手配被下候はゞ難有奉存候
右拝謝旁願用得貴意度如此御座候 敬具
(欄外記事)
[昭和六年七月八日