デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
4節 史蹟保存
2款 大塚先儒墓所保存会
■綱文

第49巻 p.302-305(DK490111k) ページ画像

大正2年2月11日(1913年)

是ヨリ先栄一、浜尾新・菊池大麓等ニヨリテ企テラレタル、大塚先儒墓所保存会ニ賛成シ、是日、華族会館ニ於ケル同相談会ニ出席シテ、当会ノ趣旨及ビ沿革ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正二年(DK490111k-0001)
第49巻 p.302 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月二十四日 晴 寒
○上略 二時半事務所ニ抵リ○中略 穂積陳重氏ノ来訪ニ接シ、寛政大儒ノ墓地ニ付談話ス○下略


渋沢栄一書翰 森村市左衛門宛大正二年二月六日(DK490111k-0002)
第49巻 p.302 ページ画像

渋沢栄一書翰 森村市左衛門宛大正二年二月六日 (森村男爵家所蔵)
(代筆)
拝啓 益御清適奉賀候、然ハ本日浜尾・菊地両氏《(菊池)》と共に申上候大塚先儒墓処修築之義ハ、有名なる学者之墳墓を修築セんとする頗る時勢ニ適応したる計画ニ有之、拙生ニ於ても、先ニ発起人たる三上参次氏の来議ニ依り、其一人ニ加入致したる義ニ候処、貴台よりも御賛助相願度由に而、小生よりも拝願致候様申出候に付、特ニ本書差上候義ニ御坐候間、何卒御賛成被下度懇願致候、先ハ願用申陳度如此御坐候
                           敬具
  二月六日
                         渋沢栄一
    森村市左衛門様
芝区高輪南町 森村市左衛門様 (消印二・二・六) 渋沢栄一
封 事務所印


渋沢栄一 日記 大正二年(DK490111k-0003)
第49巻 p.302 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正二年       (渋沢子爵家所蔵)
二月十一日 晴 寒
○上略 午後五時華族会館ニ抵リ浜尾・菊地《(菊池)》ノ諸氏ト先儒ノ墳墓保存ノ事ニ付来会者ト協議ス、畢テ夜飧ス○下略


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第一六頁 昭和六年一二月刊(DK490111k-0004)
第49巻 p.302-303 ページ画像

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
              竜門雑誌第五一九号別刷・第一六頁昭和六年一二月刊
 - 第49巻 p.303 -ページ画像 
    大正年代
  年 月
 二 二―大塚先儒墓所保存会発起人―大、五、一二。


竜門雑誌 第二九七号・第七二頁大正二年二月 ○大塚先儒墓所修築協議会(DK490111k-0005)
第49巻 p.303 ページ画像

竜門雑誌 第二九七号・第七二頁大正二年二月
○大塚先儒墓所修築協議会 青淵先生・浜尾新・菊池大麓両男爵其他朝野名士の発起に係る、大塚に於ける先儒墓所修築及維持法の件に付二月十一日午後四時華族会館に於て協議会を開かれたるが、其趣意書概要及設計費目論見は左の如くなりと
 市内小石川音羽護国寺の後に一帯丘陵の地あり、其中に俚俗或は儒者捨て場と称ふる区域あり、是れ実に寛政三博士等の墳墓の在る所とす、其多くは荒廃に属せり(中略)
 享保十年室鳩巣先生歿してより以降、文化五年に柴野栗山先生歿し其十年には尾藤二州先生、其十四年には岡田寒泉、古賀精里二先生相尋いで歿し、弘化四年古賀侗庵先生、後明治十七年に古賀茶渓先生亦歿せり、諸先生の兆域と定めたりし当時は、必ず緑樹蒼苔境と人と相副ひしものならん、諸先生の死は今を距ること遠きも二百年を出でず近きは即ち数十年に過ぎず、而して其の荒廃此の如し云々
      設計及費目
  一墓地購入費  一墓所修理費  一石段石垣築造費
  一樹木植付費  一維持費    一雑費
      以上の費額凡一万円


大塚先儒墓所保存会報告書 第五―九頁(大正六年)刊(DK490111k-0006)
第49巻 p.303-305 ページ画像

大塚先儒墓所保存会報告書 第五―九頁(大正六年)刊
華族会館に於ける相談会 本会の趣旨を公表せんが為めに、発会式を挙行するに先だち予め有力なる賛助者を得んが為め、男爵渋沢栄一・男爵高橋是清の両氏に諮りしに大に賛成尽力せられたり、乃ち大正二年二月十二日《(一)》を以て華族・実業家等の中此種の事業に興味を有せりと思はるゝ人々数名を華族会館に招請し懇談を試みたり、当日出席せられしは侯爵徳川頼倫・伯爵徳川達孝・男爵高橋是清・法学博士男爵阪谷芳郎・男爵中島久万吉・古河虎之助・法学博士添田寿一・大倉喜八郎・大橋新太郎の九氏にして主人側として出席したるは男爵浜尾新・理学博士男爵菊池大麓・男爵渋沢栄一・文学博士三上参次・島田鈞一佐藤正興の六氏とす、当日浜尾・渋沢の両男爵交々起ちて本会の趣旨及び沿革を縷陳して来会諸氏の賛襄を求め、来会者は一同奮つて賛助すべき旨を言明せられたり
委員総会 会務の進捗を図らんとするに就きては役員組織変更の必要を認め、従来の幹事長・幹事を廃して実行委員を設け、従来已に賛成の意を表せられたる人々の中より発起人を定め、更に其中に就き浜尾菊池・渋沢の三男爵及び山川博士を発起人総代と定め、大正二年二月十六日を以て東京帝国大学会議所に於て委員総会を開き、三月九日午前九時を以て音羽護国寺に於て本会発会式を挙行することに決したり実行委員に選定せられし人々は文学博士市村瓚次郎・文学博士井上哲
 - 第49巻 p.304 -ページ画像 
次郎・男爵浜尾新・文学博士服部宇之吉・文学博士萩野由之・法学博士穂積陳重・文学博士星野恒・芳野世経・吉川孝秀・文学博士中島力造・文学博士上田万年・黒木安雄・理学博士山川健次郎・安井小太郎佐藤正興・理学博士男爵菊池大麓・文学博士三上参次・文学博士三宅雄二郎・男爵渋沢栄一・島田鈞一・世良太一・杉浦重剛の諸氏なりとす
御下賜金 是より先き本会の計画に就き浜尾男爵より宮内大臣伯爵渡辺千秋氏に申陳する所ありしが事 天聴に達し、大正二年三月七日を以て最も光栄ある左の御沙汰書を本会に賜へり
                   大塚先儒墓所保存会
 今般有志者相謀り室直清等の墳墓修営保存の為其の会設立の趣被聞食思召を以て金千円下賜候事
  大正二年三月七日           宮内省
浜尾・菊池両男爵は本会を代表して御沙汰を拝受し、且つ浜尾男爵は本会総代として右御礼を御帳に記上せり、而して本会は御沙汰を拝して感激措く能はず、直ちに御沙汰書の写を印刷に附して発起人及び賛成者に報告せり
発会式 大正二年三月九日午前九時発会式を音羽護国寺方丈に挙ぐ、当日本会趣意書・先儒小伝・先儒墓所沿革等の印刷物を来会者に頒ち別室には前記御沙汰書を奉安し、又古賀家の記録数種を陳列して展観に供せり、此日会する者発起人及び賛成者五十四名、新聞記者・雑誌者及び通信社々員等二十二名なり、席定まるや本会発起人総代として浜尾男爵は一場の挨拶を為し、来会者の賛助を求め、渋沢男爵・阪谷男爵等亦交も起ちて各所感を陳ぶ、終りて来会者一同を先儒墓所に導き墓所の実況を示したるに、来会者一同無量の感慨を催し本会の計画に対する同情を深くせり、当日発表したる本会趣意書は左の如し
    大塚先儒墓所保存趣意書
市内小石川音羽護国寺の後皇族御墓地に接続して一帯の丘岡あり、其地大塚に属し、中に俚俗或は儒者捨て場と称ふる区域あり、是れ実に寛政三博士等の墳墓の在る所とす、其多くは荒廃に属し、漫然過ぐるものは其何人の墓なるやを知らず、之を知る者は皆無限の感慨を催さざるはなし
諸先生は学徳一世に高く、或は政務に参与し、或は教化を稗補し、著述に育英に後人の其恵に頼ること少しとせず、然るに其兆域の地をして何人の墓たるかを知らざるに至らしめしは、抑も誰が咎ぞや、泰西の諸国に在りても、学者・文人、其他後世の矜式する偉人に対しては其誕生・葬埋の地を旌表し、或は其居宅を保存し、或は其銅像を建設し、以て尊敬の意を見すを常とす、然るに慎終追遠の情厚しと称せらるる我国にして、しかも其首都の地に在る先哲の墳墓に対する尚此の如し、豈慨歎に勝ふべけんや
享保十九年室鳩巣先生歿してより以降文化五年に柴野栗山先生歿し、其十年には尾藤二洲先生、其十四年には岡田寒泉、古賀精里二先生相尋いで歿し、弘化四年に古賀侗庵先生、後明治十七年に古賀茶渓先生亦歿せり、諸先生の兆域を此に定めたりし当時は、必ず緑樹蒼苔境と
 - 第49巻 p.305 -ページ画像 
人と相副ふ者ありしならん、諸先生の死は今を距ること遠きも二百年を出でず、近きは即ち二十年に過ぎず、而して其荒廃此の如し、思ふに掃祭の事は子孫の務なりとはいへども、家には盛衰の免れざるあり今日を以て後年を推さば蓋し想像に堪へざるものあらん、諸先生の如きは天下の偉人なり、之を其子孫の盛衰に委して顧みざるが如き是れ豈に先哲を尊び偉人を待つ所以の道ならんや、且寛政三博士等の名世に高きと共に、其墳塋も西郊の一名蹟として都人士の間に伝唱せらるること既に久し、故に名蹟保存の意義に於ても之を等閑に附すべからざる者あり、将来都市整理の為め先哲の墳墓を移すべき必要あるに当りて適当の移転地なきか、或は其子孫の維持に任へざる者あるが如き場合に、之を此に移し以て永遠に保存することを得ば先哲崇敬の実更に大なるべし、敢て聖代の欠典を補ふと言ふにあらざるも、民徳を養成し風教を振作するに於て其幾分を尽すに庶幾からんか、是れ某等が此計画を為す所以なり、曩に此事を以て諸家の子孫に諮り其承諾を得たり、然るに其他の既に他人の所有に帰したる者は之を購入し、然らざるものも報償金を与へ、其他附属山林地を買収し、道路墓所を修理維持する等の為めに要する費額尠からず、其計画及び費目等は下に具するが如し、冀くは同感の諸君子某等の挙を賛し、之を成就せしめられん事を
    設計及費目
 一墓地及山林購入費並報償費
 一墓所修理費
 一石段石垣道路築造費
 一樹木植付費
 一維持費
 一雑費
      以上の費額凡壱万五千円