デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
4節 史蹟保存
2款 大塚先儒墓所保存会
■綱文

第49巻 p.310-311(DK490113k) ページ画像

大正4年5月11日(1915年)

是日当会、大塚先儒墓所ノ整理完成シタルニヨリ、当初ノ計画ニ基キ、維持資金二千円ヲ添ヘテ、東京市ニ寄付ス。栄一発起人総代トシテ之ニ与ル。


■資料

大塚先儒墓所保存会報告書 第一三―一四頁(大正六年)刊(DK490113k-0001)
第49巻 p.310-311 ページ画像

大塚先儒墓所保存会報告書 第一三―一四頁(大正六年)刊
東京市への寄附 墓地の整理も略々成りしにより、当初の計画に基き弐千円の維持資金を添へて之を東京市に寄附せんとし、大正四年五月十一日寄附願書を市役所に提出せり、其全文左の如し
    小石川区大塚所在先儒墓所名勝地寄附願
 小石川区大塚阪下町に古来俗に儒者棄場と称する一区域の土地有之是れ実に室鳩巣先生・寛政三博士以下諸名儒の墳墓の在る所にして又早く都下の一名蹟として伝唱せられ居るところに候、然るに近年荒廃最も甚だしく、此儘に放任致し置き候は風教の為にも頗る遺憾の次第に候により、拙者共相謀り之が保存法を講じ、別紙趣意書を頒ち広く義金を募り候処、事畏くも 天聴に達して金壱千円の御下賜を辱うし、又幸に世人の同情を得て寄附金額も壱万壱千余円に達し申候、乃ち今般右墓地及び所属山林地を購入して大に修理を加へ或は新たに碑を建て稍旧観に復し申候が、不日祭祀の典をも挙げた
 - 第49巻 p.311 -ページ画像 
く存じ居り候、され共尚之が永遠の保存を熱望致し候につき、些少ながら維持資として金弐千円を添へて之を東京市に寄附致し度存じ候、何卒拙者共の衷情を諒とせられ、市に於て永く之を管理し以て先哲を崇敬し風教を振作するの一助とせられ、又名勝地を保存するの一例とせられんことを希ひ申候、而して此墓所には尚余地も有之候により、将来市区改正等の為め先哲の墳墓を移動せらるべき必要あるに当り、他に適当の移転地なき等の場合には、或は之を此地に移され候様希ひ申候、仍て該墓所図面明細書及び保存趣意書其他参考書類(図面明細書等は今省略す)を添へ此段相願候也
  大正四年五月十一日
             大塚先儒墓所保存会発起人総代
                   男爵 渋沢栄一
                 理学博士 山川健次郎
               理学博士男爵 菊池大麓
                   男爵 浜尾新
    東京市長代理助役 高橋要治郎殿
  追て本文願書末段の趣意に基き、先般木下順庵先生の墳墓を郊外池上村より此に改葬致し候、尚牛込区山伏町所在林道春先生以下同家歴代の墳墓をも追つて此に移葬致し度希望有之、林家後裔の同意をも得居り候につき、別紙図面○略ス中朱書点線の部分を其移葬に充て置き候、此段申添候也
初め法学博士男爵阪谷芳郎氏の市長たるや大に本会の事に尽瘁せられしが、法学博士奥田義人氏代つて市長となるに及び、亦頗る此挙を喜び、左の書面を以て快諾の意を表せられたり
 謹啓 本年五月十一日付を以て御申出相成候小石川区先儒墓所(別紙目録の通り、「目録略す」)及維持費金弐千円は、本市参事会及市会の議決を経て正に受領致候、御来意に従ひ永久に保存維持に任じ可申候、右御挨拶迄如斯御座候 敬具
  大正四年十一月五日
             東京市長 法学博士奥田義人
  大塚先儒墓所保存会発起人総代
      男爵 渋沢栄一殿
    理学博士 山川健次郎殿
  理学博士男爵 菊池大麓殿
      男爵 浜尾新殿