デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

9章 其他ノ公共事業
7節 関係団体諸資料
12款 雑 4. 忠愛会
■綱文

第49巻 p.647-648(DK490209k) ページ画像

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■資料

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二一頁 昭和六年一二月刊(DK490209k-0001)
第49巻 p.647 ページ画像

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
              竜門雑誌第五一九号別刷・第二一頁昭和六年一二月刊
    大正年代
  年 月
 一〇 頃 ―財団法人忠愛会顧問―昭和六、一一。


忠愛会趣旨及会則 刊(DK490209k-0002)
第49巻 p.647-648 ページ画像

忠愛会趣旨及会則  刊
    趣旨
夫れ国家の大本は忠孝敬神至誠の間を離れて他なし、綱常乱離すれば即ち国亡び、彝倫滅すれば魍魎横行して国紊る、宜なる哉 列聖の恩沢普天率土禽獣に及び、衆庶亦一意忠愛を念ふ、我国体は建国玆に二千五百有余年、其間内に非望の徒あり、時に外狄の襲来をうけたる事もありつれど、燦として日星の如き我国体は厳として動かず、皇統連綿万世一系の皇統を欽仰し、子々孫々福利を共にし来れるは、実に上下心を一にして戮力国家の大本に悖らざりしによる、然るに攘夷封建の夢一度破れ、近時邦家の施設欧米に倣ふもの多く、彼我の交通漸く繁劇を加へ、文物濤々として我れに流漲浸潤するに至るや、泰平悠久遊惰を事として、理非善悪を疎んじ安逸を貪れる、我国民の網膜一時に眩惑し、徒らに剽窃摸擬に齷齪とし、軽兆浮薄人心日に非に傾き、皇道の光輝も亦頗る晦渋に瀕するの憂あるは、寔に慨嘆に堪へず、曩に世界大戦乱あり、次ぐに関東大震災あり、殺戮破壊の気風仮邇に瀰漫し、今や我思想界は混頓として彷遑擁擠其の嚮ふ所を知らず、蓬蒿為に正道暗し、玆に於てか吾人は感ずる所あり、有志相図り忠愛会を組織し、庭内に 明治天皇鳳霊を奉祀し、羅拝常に節操を練り、会員相互戒飭鞭撻し、以て硬化せる現時思想界の陋風を打破廓清し、規矩準縄を指示すると共に、一面国民思潮の淵源たらむとす、希くば本会の趣意を体し、吾人の企図を翼賛せられむことを
                      忠愛会
    会則
      第一章 総則
第一条 本会は忠愛会と称し、本部を兵庫県武庫郡元良村字西山壱番に置き、支部を各枢要の地に設く
第二条 本会は敬神尊皇の実を修め、国体の精華を発揚し、思想善導
 - 第49巻 p.648 -ページ画像 
に努め、忠愛主義の宣伝を為すを以て目的とす
○中略
    以上
  大正十五年十二月            忠愛会
               総裁 追て推戴す
               副総裁 子爵 大迫尚敏
               名誉会長   肥田景之
               会長     前田常蔵
               副会長    田辺頼真
               同      鱸正蔵
               顧問     一戸兵衛
               同   伯爵 東郷平八郎
               同   伯爵 牧野伸顕
               同   子爵 斎藤実
               同   子爵 清浦奎吾
               同   子爵 渋沢栄一
○中略

        本部建設中仮事務所
           大阪市西区薩摩堀東之町四十三番地
                    忠愛会本部仮事務所
                    電話新町四六〇七番