デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第50巻 p.404-406(DK500079k) ページ画像

明治42年6月23日(1909年)

是日、岡田文部次官、諸大学ノ総長・学長、諸高等専門学校長ヲ招待シテ、銀行倶楽部第七十五回晩餐会開カル。栄一出席シ、委員長トシテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK500079k-0001)
第50巻 p.404 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年         (渋沢子爵家所蔵)
六月二十三日 曇 冷
○上略 午後六時、銀行倶楽部ニ抵リ晩餐会ニ出席ス、文部次官・各学校長諸氏来会ス、食卓上各自ノ演説アリ、夜十時散会帰宿ス


東京経済雑誌 第五九巻第一四九六号・第三六頁明治四二年六月二六日 ○銀行家の教育家招待会(DK500079k-0002)
第50巻 p.404-405 ページ画像

東京経済雑誌 第五九巻第一四九六号・第三六頁明治四二年六月二六日
    ○銀行家の教育家招待会
銀行倶楽部にては二十三日午後六時半より教育家招待晩餐会を催せり当夜来賓の出席者は岡田文部次官・真野実業学務局長・嘉納高師校長・手島高工校長・鎌田慶応義塾長・高田早大学長の六氏(小松原文相・浜尾大学総長・新渡戸第一高校長欠席)にして、主人側よりは渋沢男を始め、池田・志村・三村・土方氏等三十八名にして、宴酣なる頃
△渋沢男挨拶 をなし、余は教育に関しては何等の経験も智識もなけれど、来賓諸君の御高説を誘導する為め、所感の儘に一、二の点に就き卑見を述べんとの前提を置き
 (一)日本人は一般に老衰する事早く、五十歳に達すれば既に全く老人となるを以て、其活動時期も極めて少なきに係はらず、在学期間は欧米の諸国に比し反て長く、人生の前半は学生々活を送るを常とするが故に、適方を設けて短縮しては如何
 (二)日本の学制は小学より中学・高等学校・大学と順次階段を設けられありて、既に中学位を卒業したる位の者は、競ふて最高の学校を卒業せんとする傾向あるが如くなるが、元来教育上の階級制度は学生の能力に相応せしむるに努力せざるべからず、徒らに高等教育に憧憬するは確かに教育界の一弊にあらざるなきや、而して之を矯正する方法如何
 (三)学校は国家の必要なる機関たる事勿論にして、其事業は又国家事業たるものなれば、其の官立たると、公立たると、若くは私立たるとを問はず、等しく之を発達せしむるに力を用ひられんことを希望す
と述べ、男の発声にて来賓の健康を祝して杯を挙げ、之れに対して
△岡田次官来賓を代表 して当夜招待の礼を述べ、且つ曰く
 余は大体に於て渋沢男と意見を同じうするものなるが、学校の年限
 - 第50巻 p.405 -ページ画像 
を短縮する事に就ては、文部省に於ても絶えず研究しつゝあるも、遺憾ながら未だ名案なきも、早晩適当の方法を発見して諸君の前に披瀝するを得ん、第二の点に就ては、之れ何人の罪にもあらず時勢の然らしむる処なり、然れども近時此弊は漸く減少しつゝあるものの如く、本年の如きも大学入学者は昨年に比し稍々減少するの傾向なるが如し、然して第三の点に就ては、米国などの官私の学校を比較し見るに、総ての点に就き私立学校は官立学校よりも遥に勝れるものゝ如く、之れ私立学校は何れも富裕にして諸般の設備完全なるが故なり、故に我が私立学校を発達せしむるの方法として、実業家諸君より物質的の寄附あらん事を切望す
と述べ、其の発声にて主人側の健康を祝し、夫より鎌田慶応塾長は右三問題を捕へて文部当局の反省を促し、言漸く興に入らむとするや、岡田次官は席にありて一言一句に就きて反駁をなし、高田学長も亦吾国に於る支那人教育の衰退を慨歎して当局の注意を求め、次て嘉納治五郎氏は清人就学生の減少は敢て悲観するを要せずと語り、教育関係者をして可成実業家と接触せしめ、広く常識を養ふの機を与へんことを試み、又文部が諸規則施行に就ては常に少数意見に依て決するの風あり、今後出来得べくんば広く世の識見を徴し、以て実効を奏せんことを望み、最後に家庭と学校の連絡の必要を論じて結論せり、斯くて主客裨益する尠からず十時半散会せり


銀行通信録 第四八巻第二八五号・第三八頁明治四二年七月 ○録事 銀行倶楽部第七十五回晩餐会(DK500079k-0003)
第50巻 p.405 ページ画像

銀行通信録 第四八巻第二八五号・第三八頁明治四二年七月
 ○録事
    ○銀行倶楽部第七十五回晩餐会
銀行倶楽部にては六月二十三日午後六時より小松原文部大臣・岡田同次官・浜尾帝国大学総長・加納東京高等師範学校長・真野東京高等商業学校長事務取扱・新渡戸第一高等学校長・手島東京高等工業学校長・高田早稲田大学長・鎌田慶応義塾長の諸氏を招き第七十五回会員晩餐会を開きしに、小松原・浜尾・新渡戸三氏の外何れも出席あり、食後渋沢委員長の挨拶に続きて、岡田・鎌田・高田・嘉納の四氏順次一場の演説を為し、夫より席を別室に移し一同歓談の上午後十時散会せり


竜門雑誌 第二五四号・第五九―六〇頁明治四二年七月 ○青淵先生の教育談(DK500079k-0004)
第50巻 p.405-406 ページ画像

竜門雑誌 第二五四号・第五九―六〇頁明治四二年七月
○青淵先生の教育談 六月二十三日午後六時開会の銀行倶楽部晩餐会に於て、青淵先生が主人側を代表して陳べられたる挨拶の要領、及岡田文部次官の答辞は左の如しと
 我等銀行家は平素俗務に鞅掌して、清談に接する事稀なれば、今夕は教育に従事せらるゝ方々を御招待し、御高説を拝聴して俗腸を一洗せんとす、続々御高話あらん事を希望す、就ては先づ発論者として現今の教育に関し聊か所感を陳述したし、第一に我等日本人は欧米人に比して其勢力は決して劣る所なきも体力は遥かに及ばざるものありて早老の嫌あれば、今少しく修学年限を短縮する方法なきや修学年限の長きに失するは実地活動時期を短縮するの弊害あり、第二、今日の教育制度の然らしむる結果なりとは云へ、一般子弟が一
 - 第50巻 p.406 -ページ画像 
身一家の事情等を斟酌せず、兎角小学より中学・大学と逐次階級を経て最高教育を受けんとの希望余りに強きに失するの嫌あり、第三に教育機関に就て官私の区別を立てず、共に同一の待遇を与へて其発達を一規に出でしめなば、百花妍を競ふの美観を呈するに至らん云々(如何と提論せるに対し)岡田次官は ○中略
次に鎌田慶応義塾長・高田早稲田大学長の有益なる教育談ありて、散会せるは十時過ぎなりき(時事所載)
   ○本資料第四十六巻所収、第五章第三節第二十九款「其他」中「銀行倶楽部主催教育関係者招待会」参照。