デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.13

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

2章 交通・通信
1節 海運
2款 東洋汽船株式会社
■綱文

第51巻 p.438-476(DK510103k) ページ画像

大正12年11月19日(1923年)

是ヨリ先、海運界ノ不振ト外国船ノ圧迫ニ因リ、当会社ヲ日本郵船株式会社ニ合併スルノ議起リ、栄一之ニ関与シ来リシガ、是日栄一、当会社重役浅野総一郎・浅野良三・橋本梅太郎・高野省三等ヨリ当会社経営変革ニツキ援助ヲ請ハル。爾来尽力スル所頗ル多シ。


■資料

日本郵船株式会社五十年史 同社編 第三四七頁 昭和一〇年一二月刊(DK510103k-0001)
第51巻 p.438 ページ画像

日本郵船株式会社五十年史 同社編 第三四七頁 昭和一〇年一二月刊
 ○第二編 第八章 第二節 桑港線及び南米西岸線の継承並に改善
    第三款 第二東洋汽船会社の合併
      合併問題の由来――合併の経緯――合併の方法――合併契約の実行
 合併問題の由来 東洋汽船会社を当社に合併すべしとの議は由来する所久しく、世界大戦勃発に先だち既に一部人士間に唱道せられたる所なるも、戦乱起りて一時其声を潜めたり。然るに戦後海運界の不振と共に合併問題は再燃し、爾来毎年或は規模を代へ、或は形式を変じて論議せらるるに至れり。然れども時機未だ熟せざるものありしが、大正十二年に至り東洋汽船会社は、捲土重来の勢を以て迫り来れる外国船の圧迫に堪へ得ず、毎期欠損を重ぬるに至れり。若し此状態に放任せば、同社が多年努力の結果築き上げたる桑港線も空しく外国船に蹂躪せらるるや火を睹るよりも明かなり。是れ実に国策上より看過し得ざる所なるを以て、愈々当社をして同社を合併して本航路を維持経営せしめざるべからずとの議、朝野有識者間に強調せらるることとなれり。然れども両社間の希望条件に懸隔ありて未だ正式交渉を開くに到らざる際、偶々関東大震災の厄に阻まれて頓挫せり。
○下略


渋沢栄一 日記 大正三年(DK510103k-0002)
第51巻 p.438 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正三年        (渋沢子爵家所蔵)
三月一日 快晴 暖
午前七時起床、静坐入浴シテ朝飧ヲ食ス、後浅野・大川・白石三氏ノ来訪ニ接シテ、東洋汽船会社航路ノ事ヲ談ス○下略
三月二日 曇 午後雨
○上略 午前九時元田逓信大臣官舎ニ抵リ、遠洋航路補助問題ニ付種々ノ談話ヲ為ス○下略


中外商業新報 第一〇四四八号 大正四年五月二二日 ○東汽合併運動 大株主会合協議(DK510103k-0003)
第51巻 p.438-439 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 第一〇四五二号 大正四年五月二六日 ○東洋汽船合併凝議 重役大株主会見(DK510103k-0004)
第51巻 p.439 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 第一〇四五三号 大正四年五月二七日 ○東洋汽船合同成行 結局は北米統一乎(DK510103k-0005)
第51巻 p.440 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

渋沢栄一 日記 大正四年(DK510103k-0006)
第51巻 p.441 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
七月十三日 曇
○上略 二時商業会議所ニ抵リ、東洋汽船会社ノ件ニ付、其重役及株主等ト会談ス○下略


竜門雑誌 第三二六号・第七一―七二頁 大正四年七月 ○郵船・東洋両汽船合併問題に就て(DK510103k-0007)
第51巻 p.441 ページ画像

竜門雑誌 第三二六号・第七一―七二頁 大正四年七月
○郵船・東洋両汽船合併問題に就て 青淵先生・中野武営・杉原栄三郎・白石元治郎・藤山雷太諸氏は、七月十三日午前東京商業会議所に於て同問題に就て協議せられたる由なるが、青淵先生が其内容に関し各新聞記者に語りたる所なりとて伝ふる所は左の如し
 現在の我欧洲及北米航路に対する補助方法は、幾多の会社併立せる為め経済上甚だ不規律なる点尠からず、吾々は国家経済上は勿論、個人としても甚だ遺憾とすること多きを以て、昨年来せめて航路だけなりとも之れを合併するに於ては、船舶経済上にても得る所甚だ多大なるべしと信じ、中野氏及自分之が中心となり、仲介者の意味を以て郵船・商船・東洋の三会社と交渉する所ありしも、議熟するに至らずして遂に不結果に終りたるが、更に吾々は過般来郵船及東洋二社合併の件に就き、吾々年来の希望として会社にして合併するを得ずとせば、或る動機に依り航路の合併を為すべく両社に交渉する所ありしも、意見は尚相合致するに至らず、又々遂に不成功に終りたり、右に就き本日は特に東洋汽船の白石氏にも出席を求め、右の経過を報告したる次第なるが、右は全然絶望と云ふ訳にはあらざれば、模様に依りては或は再び此議を進行すべきやも知れざれども当分之を中止することに申合せたる次第なり云々


(浅野総一郎)書翰 渋沢栄一宛 大正八年三月二日(DK510103k-0008)
第51巻 p.441-444 ページ画像

(浅野総一郎)書翰 渋沢栄一宛 大正八年三月二日 (渋沢子爵家所蔵)
                     (別筆朱書)
                     大正八年三月二日
                     浅野総一郎氏来状
謹啓 昨日御話申上置候船舶合同ニ関する趣意書並ニ計画之大要別紙奉供御高覧候間、御査閲之上御心付之点有之候はゝ御垂示被成下度奉懇願候 敬具
  三月二日                浅野総一郎
    渋沢男爵閣下
         侍史
(別紙、謄写版)
    趣意書
近年帝国ノ海運ハ駸々乎トシテ隆盛ニ赴キ、国家公益ニ貢献セシコト幾何ナルヤヲ知ラス、洵ニ枚挙ニ暇アラスト称スヘシ、然レトモ之ヲ欧米先進列強ノ海運ニ比較スレハ、尚ホ及ハサルモノアルハ論ヲ俟タス、朝野ノ識者カ更ニ一段ノ進境ヲ見ント努力ヲ惜マサルハ故ナキニアラス
欧洲大戦勃発以来海運ノ国家ニ必要ナルコト内外ノ認ムル所トナリ、戦争ノ勝敗ハ一ニ海運ノ整否ニ繋レリトマテ断言セラレ、海運ノ真価
 - 第51巻 p.442 -ページ画像 
ハ遺憾ナク発揮セラルヽニ至レリ
兇暴ナル敵国モ交戦対手国ノ海運ヲ破壊スルノ敵勢ヲ摧拉スル所以ヲ思ヒ、遂ニ所謂無制限潜航艇戦ヲ宣言シ、其結果交戦国ノ船舶ハ勿論中立国ノ船舶マテモ撃沈シ、其合計千有五百万噸ニ上レリ、是ヲ以テ海運ノ需要ハ愈々急迫トナリ、列強ハ謂フヘカラサル不便ヲ忍ヒテ造船ニ努力セシモ、製造ハ喪失ヲ補フニ足ラス、苦痛ヲ感セシコト決シテ尠少ナラサリシナリ
帝国カ夙ニ日英同名《(盟)》ノ大義ニ照シ参戦ノ宣言ヲ発シテ以来、幾多ノ犠牲ヲ提供セシハ敢テ喋々ノ言ヲ須ヰスト雖モ、世界ノ海運カ此危急ナル運命ニ際セルニ当リ、直接間接ニ聯合国ニ援助ヲ与ヘタル効果ノ多大ナリシハ、内外関係諸国ノ公認スル所ナラスンハアラス、政府モ当業者モ或ハ危険ヲ犯シ或ハ損失ヲ忍ヒ船舶ヲ売渡シ若シクハ貸渡シタルハ、聯合国ニ援助ヲ与ヘ敵国ノ摧破ヲ企図シ以テ世界的人類ノ平和ニ貢献セントセシニ外ナラス、帝国カ世界的公益ニ若干ノ貢献ヲ為シ得タルハ、夙ニ朝野カ海運ノ拡張ニ尽瘁シタル結果ニ外ナラス、関係者ノ努力ハ決シテ忘却スヘカラス
聯合国ハ今次ノ大戦ニ於テ莫大ノ犠牲ヲ払ヒタルモ、遂ニ赫々タル戦勝ヲ博シ、敵国ノ降参ヲ容レ仏京ニ会同シテ平和条件ノ審議ニ着手シツヽアリ、而シテ一方列強ハ国内ニ於テ夫々戦後経営ノ諸問題ニ討議ヲ凝ラシツヽアリ、其果シテ如何ナル事業ヲ経営スヘキヤ即チ具体的事項ハ、列強国情ノ異ナルニ従ヒ差別アルヲ免カレスト雖モ、先ツ海運拡張ニ着手スヘキハ何人モ疑ヲ挟ム能ハサル所トス、就中北米合衆国ノ如キハ其最タルモノナラスンハアラス、合衆国ハ既往数十年間海運拡張ニ意アリシモ、政党関係ハ紛糾シテ遂ニ決行ニ至ラス、巨額ノ海外貿易ハ其九割以上ヲ外国船舶ニ輸送セラルヽニ至レリ、海運拡張ハ愈々急迫トナリ、曩ニ船舶管理局ヲ設ケ海運官営ノ方法ヲ採用スルニ決セシカ、偶々欧州戦争ニ参加スルコトヽナリ、船舶管理局ヲ利用シテ大々的海運拡張ヲ遂ケタリ、其予算ハ八十億万円ヲ超過セリ、敵国ノ降伏カ意外ニ速カナリシ為メ、計画シタル全部ノ船舶ヲ竣工セシムルニ及ハスト雖モ、合衆国カ戦争ニ際シテ莫大ノ発展ヲ遂ケタルハ毫モ疑ヲ容ルヘカラス、其目的ハ啻ニ戦時ノ急需ニ応セントスルニ在ルノミナラス、多年ノ懸案タリシ海運拡張ヲ一挙ニ解決セントスルモノナルハ、政府及議会ノ言論ニ徴シテ明瞭ナリ
合衆国ノ外英国ハ、戦前海運上占メタル位置ヲ維持シテ依然列強ニ冠タランコトヲ努メ、朝野ヲ挙ケテ其方針ニ突進セリ、仏伊モ亦英米ノ援助ニ依リ海運上ノ勢力ヲ失ハサランコトニ汲々タリ
帝国ハ参戦以来聯合国ニ対スル援助ト国際貿易ノ必需ニ対スル貢献トヲ企図シテ、海運ノ拡張ニ尽瘁シ、其結果ハ決シテ徒爾ナラス、造船ニ航路ニ著シキ発展ヲ遂ケタリ、然レトモ翻テ列強殊ニ英米諸国カ戦後経営ノ最緊事項トシテ海運ノ発展ニ力ヲ尽スニ鑑ミレハ、帝国ハ戦時ノ発展ヲ以テ満足スヘカラス、更ニ一段ノ画策ヲ企図セサルヘカラス、先ツ其先駆トシテ船舶ノ合同ヲ成立セシメ、基礎ヲ確固タラシメサルヘカラス、英国ノ如キハ近年船舶ノ合同ニ尽ス所アリ、幾多ノ大会社ハ併合シテ戦後ノ発展ニ資セントシテ飛躍ノ機ヲ俟テリ、帝国モ
 - 第51巻 p.443 -ページ画像 
亦期ヲ誤ラス画策ヲ行ハサルヘカラス
余輩カ調査シタル所ニ依レハ、合衆国当業者ノ有力ナル方面モ、海運経営ニ関シ帝国ノ当業者ト提携セントノ意向ヲ有スルコトヲ確メタリ若シ我船舶合同ニシテ成立スルニ至ラハ、斯種ノ合同モ亦決シテ不可能ナラルサヘシ
従来帝国ノ海運ハ社船ト社外船トヲ区別スルヲ常トシ、政府ノ命令航路ニ従事セルハ社船ニ限ラレタルノ観アリ、蓋シ資力ト経験トニ於テ已ムヲ得サリシニ外ナラサルヘシ、今ヤ戦後ノ経営トシテ既往ノ命令航路ノ外、幾多ノ新命令航路ヲ開始スルノ必要アルヘシ、我船舶合同ニシテ成立スルニ至ラハ、此航路ノ受命者タルニ難カラス、然ノミナラス新合同ハ進ンテ新航路ノ開始ニ着手シ、已ムヲ得サル場合ニハ政府ノ後援ヲ仰クヘシ、新合同ノ精神ハ自主的ニ確定セル基礎ヲ設ケントスルニ在リ、故ニ徒ニ政府ノ保護ヲ仰クコトヲ目的トセス、然レトモ今回ノ欧州大戦ニ於テ従来信セラレタル船舶ノ維持カ、国家ノ存立ニ欠クヘカラサルコトノ論拠ヲ一層切実ニ明瞭ナラシメタルニ依リ、列国孰レモ適当ナル船舶ヲ維持スル計画ヲ定メツヽアリ、帝国ニ於テハ既往夙ニ斯ノ方針ニ出テタル所ニシテ、今後一層其実行ヲ適切ナラシメサルヘカラス、新合同カ陸海軍ノ命令ニ従ヒ何時ニテモ船舶ヲ提供スルノ準備ヲ為シ、以テ国家一朝ノ急需ニ応スルコトヲ期ス、船舶ノ新合同ハ、決シテ一時ノ計画ニアラス、内外ノ形勢ニ照シ帝国海運ノ鞏固ナル発展ヲ遂ケシメントスルモノナリ、敢テ朝野ノ賛助ヲ仰ク
    合同計画
一、新合同ハ有力ナラシムル為メ成ルヘク多数ノ船舶ヲ加入セシムルコトヲ目的トスルモ、必スシモ噸数ノ多キヲ望ムモノニアラス、先ツ戦時中製造ノ海外貿易ニ従事スヘキ船舶ヲ加盟セシメ、次ニ他ノ船舶ニ及ホスヘシ
一、船価ハ斯ノ合同成立ノ際既ニ竣工シタルモノ、若クハ製造中ノモノ、若クハ製造ニ着手セサルモ材料大部分ノ買収ヲ了シ新合同ノ許可ヲ得タルモノハ、一噸金三百五十円トス
一、船舶ノ代金ハ新合同ニ依リ成立スル株式会社ノ株券ヲ以テ交付スルヲ原則トス、場合ニ依リ三分ノ一以内ハ現金ヲ交付スルコトアルヘシ
一、新会社ノ株券ハ相当ノ価格ニテ有力ナル銀行ニ担保物タラシムルコトヲ得ル様尽力スルコト
一、新合同ハ戦後ノ経営トシテ必要ナル航路ノ調査ニ着手シ、政府ノ承認ヲ受ケテ成ルヘク速ニ其実行ニ着手スルコト、予定線ハ先以テ別記○略ス 三線トスルコト
一、新会社ハ船舶ヲ陸海軍使用予定線ニ編入セラルヽ様願出ルコト
一、新合同ハ北米合衆国ノ有力ナル船舶会社ト提携スルコト
一、新合同ハ造船事業ヲ兼営スルカ、又ハ造船所ト連絡ヲ通シ、且北米合衆国ノ造船会社又ハ製鋼会社ト提携スルコト
一、新合同ハ所謂社船ト社外船トヲ通シテ加入セシムルコト、若シ加盟者ヲ求ムル為メ成立遅延スル虞アルトキハ、発起人ニ於テ速ニ
 - 第51巻 p.444 -ページ画像 
新会社ヲ創立スルコト
一、新合同ノ成立ニ就テハ      ヲ委員長トシ、発起人ハ総テ委員トスルコト、成立後ノ重役ハ其選定ヲ創立委員長ニ委任シ政府ノ意見ヲ聞キ決定スルコト
一、創立費ハ金    万円以内トシ新会社ニ於テ負担スルコト
右合同計画ニ同意シ発起人トシテ左ニ捺印ス
  大正八年 月 日            発起人
                        内田嘉吉
                        浅野総一郎
                        山下亀三郎
   ○栄一、大正八年三月一日ヨリ感冒ニテ病臥シ、四月下旬ニ至ル迄静養ニ努ム。日記ニ
    三月一日ヨリ四月三十日迄ノ日誌ハ○中略 大患ニ罹リシ為メ詳悉スルヲ得ズ、依テ病間殊ニ記憶スルモノヲ左ニ記載シテ他日ノ参考ニ供スト云爾トシテ、左ノ如キ記載アリ。
    浅野総一郎氏ハ戦後ノ整理問題トシテ船舶製造ノ事、海運ノ拡張策、製鉄事業ノ合同等ニ付テ病中又ハ病稍愈ユルノ後再三来訪、其意見ヲ陳述セラル。


渋沢栄一 日記 大正八年(DK510103k-0009)
第51巻 p.444 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
五月十五日 曇 軽寒
午前六時半起床入浴、朝飧畢リテ浅野総一郎・良三父子ノ来訪アリ、新船舶ノ会社設立談○中略 ニ付種々ノ談話ヲ為ス○下略


渋沢子爵親話日録 第一 自大正十二年十一月 至同年十二月 高田利吉筆記(DK510103k-0010)
第51巻 p.444 ページ画像

渋沢子爵親話日録 第一 自大正十二年十一月 至同年十二月 高田利吉筆記
                     (財団法人竜門社所蔵)
○十一月十九日
○上略
△東洋汽船会社の重役浅野総一郎・同良三・橋本梅太郎・高橋省三等四氏事務所《(高野省三)》へ来訪、同社の経営変革につき御援助を乞ふ所あり、重大案件なれは篤と熟考せんと答へらる
○下略
   ○中略。
○十一月廿九日
○上略
△十時過事務所にて日本郵船会社々長伊東米治郎氏に御接見、同社の要務について御内談あり
○下略


渋沢子爵親話日録 第二 自大正十二年十二月 至 高田利吉筆記(DK510103k-0011)
第51巻 p.444-445 ページ画像

渋沢子爵親話日録 第二 自大正十二年十二月 至 高田利吉筆記
                     (財団法人竜門社所蔵)
○十二月五日
△浅野良三・橋本梅太郎両氏飛鳥山へ参邸す、東洋汽船会社に関する従来の継続事件につきて也
○下略
 - 第51巻 p.445 -ページ画像 
○十二月六日
○上略
△浅野良三・橋本梅太郎両氏、矢野由次郎・杉本富蔵・藤堂亀久男三氏参邸す、皆前日に継続する用務なり
○中略
△午後二時事務所にて伊東米次郎《(伊東米治郎)》・安田柾両氏と会見せらる、頃来日本郵船会社と東洋汽船会社と合同の議あるによりてなり
○下略
   ○中略。
○十二月九日(日曜)
△浅野総一郎氏飛鳥山へ参邸、東洋汽船と日本郵船と合同の件につきて意見を陳述す
○下略
   ○中略。
○十二月十二日
△今日も引続き籠居静養せらる
△浅野良三・橋本梅太郎・高野省三三氏参邸す、郵船会社との合同問題につき東洋汽船の社長浅野総一郎氏より書簡にて、従来の提議に反したる申出ありたるを以て、三氏を招きて其真意を質されたるなり、社長ハ如何やうに申すとも結局ハ吾々三人の意見に帰着すること故、吾々の希望の方に御尽力ありたしといへり
○下略
○十二月十三日
○上略
△午後二時事務所にて東洋汽船の高野氏、日本郵船の安田柾氏に御接見あり、例の合同問題につきてなり ○下略
   ○高野省三ハ安田銀行ヲ代表セル重役ナリ。


集会日時通知表 大正一二年(DK510103k-0012)
第51巻 p.445 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
十二月七日  金 午後三―四時 浅野良三・橋本梅太郎・高野三氏来約(渋沢事務所)
   ○中略。
十二月十三日 木 午後二―三時 東洋汽船高野氏・日本郵船安田氏来約(事務所)
十二月十四日 金 午前十時   高野省三・安田柾両氏来約(事務所)
   ○中略。
十二月廿五日 火 午後五時   井上蔵相ト御会見約(銀行クラブ)
十二月廿六日 水 午後五時   浅野良三・橋本梅太郎・高野省三氏来約(事務所)
十二月廿七日 木 午後四時   安田柾氏来約(事務所)


集会日時通知表 大正一三年(DK510103k-0013)
第51巻 p.445-446 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年 (渋沢子爵家所蔵)
一月九日   水 午前十一時  伊東米治郎氏来約(事務所)
 - 第51巻 p.446 -ページ画像 
一月十日   木 午後二時   浅野良三氏来約(事務所)
   ○中略。
一月十三日  日 午後四時   井上準之助氏ニ御面会(銀行倶楽部)
一月十四日  月 午前九時   郷誠之助氏来約(飛鳥山)
   ○中略。
一月廿四日  木 午後五半時  日本郵船会社伊東米治郎氏ヨリ御案内(紅葉館)
   ○中略。
二月五日   火 午前十一時  伊東米治郎氏来約(事務所)
   ○中略。
二月八日   金 午前十時   高野省三氏来約(事務所)
二月九日   土 午後二時   高野省三氏来約(事務所)
   ○中略。
二月十二日  火 午後二半時  伊東米治郎氏来約(事ム所)
   ○中略。
二月十六日  土 午前十時   浅野良三・高野省三両氏来約(事務所)
   ○中略。
二月十八日  月 午後一時   浅野良三・高野省三両氏来約
   ○中略。
二月廿一日  木 午後一半時  郷男爵来約(事務所)
         午後二時   伊東米治郎氏来約(事務所)
         午後三時   高野省三氏来約(事務所)
   ○中略。
二月廿六日  火 午前九時   伊東米治郎氏来約(事務所)
         午後四時   浅野・高野・橋本三氏来約(事務所)
   ○中略。
三月一日   土 午前九半時  伊東米治郎氏来約(事務所)
         午前十一時  高野省三・橋本梅太郎両氏来約(事務所)
   ○中略。
三月六日   木 午前十一半―十二時
                伊東米治郎氏来約(事務所)
   ○中略。
三月八日   土 午後四半時  浅野良三氏来約(事務所)
   ○中略。
三月廿二日  土 午後一時   高野省三・伊東米治郎氏・蓮沼門三来約(事務所)
   ○「栄一日記」大正十二年三月以降十三年末マデ記事ヲ欠ク。因テ「親話日録」及ビ「集会日時通知表」ヲ掲ゲタリ。併シ「集会日時通知表」ハ面会予定ナルヲ以テ必ズシモ実現セリトハ云ヒ難シ。


日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類(DK510103k-0014)
第51巻 p.446-448 ページ画像

日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類
                 (渋沢子爵家所蔵)
 - 第51巻 p.447 -ページ画像 
         (欄外印・高野)
         (印)
昨七日渋沢閣下ノ御召ニ依リ会談、閣下ヨリ合同問題ノ経過並ニ之レニ対スル愚見ヲ徴セラレタルニ付、大要左ノ如ク陳述セリ、尚閣下ハ該問題ハ重要ナル国家問題ノ一ナレト、之レカ成立ノ為メ双方懇談セヨト命セラレタリ
一、合同ノ基礎トシテハ三十万株案ヲ得タリ、之レ逓信当局ノ援助ト郵船当局ノ厚意ニ依レリ
一、此ノ三十万株(当時時価約三千万円)ノ生レ出タル所以ハ東洋ハ合同ノ為メ四千三百万円ヲ必要ナリトシ之レニ充当スルカ為メナリ
一、然ルニ郵船ハ今次一割ノ配当ヲナセリ、之レカ為メ時価八十四/五円ニ下落セリ、此ノ差金四百五/六十万円ニ上ル
一、交渉当時郵船ハ一割五分ヲ配当シ、此ノ配当率ハ相当期間維持セラルヽ筈ト思ヒシニ突然一割トナレリ、此ノ配当減七十五万円ノ巨額ニ上ル
一、一割五分配当ノ場合ノ三十万株ハ一割配当ノ場合ニハ算数上四十五万株ニ相当ス、此ニ十五万株ノ差ヲ生ス
一、今回ノ震災ニ依リ郵船ハ財産上相当損害ヲ受ケ、巷間六/七百万円ト唱フ、其正数ヲ知ラスト雖モ仮リニ此ノ数字ニ依レハ、其四割(財産ノ比数)即二/三百万円ハ東洋ニ増額スルモ可ナラン
一、然ルニ東洋ヨリ郵船ニ提供スヘキ財産ハ震災ニ依リ何等ノ変化ヲ受ケサルノミナラス、却ツテ此ノ震災ノ為メ好影響ヲ受ケツヽアリ、即チ東洋財産ハ全部直接生産的ノモノナリ
以上ノ理由ハ予テノ基礎案ヲ考慮スルノ理由ナキヤ
尚此ノ以外ニ御考慮ヲ仰キタキ《(ハ脱)》
一、天洋・春洋・大洋ノ三艘ニ三/四十万円ヲ投シ重油専焼ニ改造スレハ、燃料費トシテ年額約四十万円ノ節約ヲ見ル、別表○略ス 事実ニ依リテ示スカ如シ、此ノ項ハ交渉当時考慮セラレサル所ナリ
一、現在ニ於ケル貨物船ノ収益増加、現在乗組船員四十六人一ケ月ノ経費(保険料ヲ含ム)屯壱円五拾銭見当、現今ノ傭船料ハ一ケ年弐円五・六拾銭、半ケ年弐円八拾銭見当ナレハ結局壱円以上ノ利益ヲ見ル、仮リニ一ケ年ヲ十ケ月ト計算スルモ八拾万円以上ノ利益トナル、之レ交渉当時ト形勢変化ノ一大証拠ナリ、他モ亦之レニ準シツヽアリ
  両者合計百二十万円ニ上ル見込ナリ
尚更ニ御参考ニ供シタキハ
一、日本ニ於ケル某会社ヨリサイベリヤ丸又ハコレヤ丸ノ買船交渉ヲ受ケタリ、其価格モ非常ニ高価ナリシカ、之レハ郵船トノ交渉ヲ尊重シテ其商談ヲ謝絶セリ
一、最近米国ノラッケンバック社ヨリモ同様ノ引合アリタルモ、之レモ前陳ノ理由ノ下ニ拒絶セリ(電報○略ス 参照)
一、北米航路ニ対シテハ現在ノ補助金額ヲ斟酌シ、補助金ノ代リニ郵便航送料ノ名義ニ於テ補助金増額ヲ受クルノ途ナキカ(合同ヲ促進セシムル為メ)
一、南米航路ハ現在ハ屯二十五銭(一ケ年約四十万円)ノ補助金ナレ
 - 第51巻 p.448 -ページ画像 
トモ、五十銭迄補助シ得ル規定アリト聞ク、之レカ増額ヲ受クルノ途ナキカ(同一理由ノ下ニ)
一、北米航路ノ天洋・春洋ノ二艘ヲ重油専焼ニ改造ノ上速力ヲ増サシメ、之レヲ以テ補助金ノ増額又ハ延長申請ノ途ナキカ(同一理由ノ下ニ)
一、天洋・春洋ハ戦艦土佐ノタービンヲ海軍ヨリ海運奨励ノ意味ニ於テ年賦払下ヲ受ケ、大改造ヲナセハ速力ハ優ニ十八哩半ニナル由斯クシテ補助金ノ増額ヲ受クルノ途ナキカ
一、伊東社長ハ常ニ欧洲問題ニ甚大ノ注意ヲ傾注セラレ、其御所論ハ数項熟読セリ、此ノ解決ハ何時来ルヘキヤハ元ヨリ予想スヘカラサルモ、一朝解決センカ世界ハ活気ニ充ツルヤモ知レス、米国参加ノ噂ハ能ク米棉相場ノ暴騰ヲ促ス、況ンヤ解決ノ期ニ於テオヤ
一、震災ノ影響ニ就キテハ楽悲両様ノ観察アリ、之レハ船会社ハ如何ニ見テ可然ヤ
以上ハ合同条件ニ就キ更ニ御考慮ヲ仰カントシ陳述シタル要点ナリ
(加筆)
 外ニ
 優秀船建造及ヒ補助問題ノ重大事件アリ
   ○右ハ東洋汽船株式会社用箋ニタイプセル書類ニテ、高野省三ノ栄一トノ会談内容ヲ摘録セルモノナルベシ。
   ○本文冒頭「昨七日渋沢子爵ノ御召云々」ノ七日ハ大正十二年十二月七日ナランカ。


日本郵船株式会社 東洋汽船株式会社 合同ニ関スル私案 渡辺得男稿(DK510103k-0015)
第51巻 p.448-452 ページ画像

日本郵船株式会社 東洋汽船株式会社 合同ニ関スル私案 渡辺得男稿
                     (渋沢子爵家所蔵)
    日本郵船株式会社 東洋汽船株式会社 合同ニ関スル私案
      合同案ニ対スル私見
本合同問題ハ世間普通ノ其ノ如ク、二社若クハ数社ガ等シク経営困難ニ陥ルカ、若クハ無益ノ競争ニ苦ムガ如キ、当該会互《(社脱)》イニ合同ノ必要ヲ感ズルニヨリ生ジタルニ非ズ、東洋汽船会社ガ米国管船院ノ強大ナル圧迫ニ堪エズ、此難局ヲ脱出スル唯一ノ手段トシテ日本郵船会社ニ対シ合同ト云ハンヨリ、寧ロ買収ヲ乞ヒタルモノニシテ、普通行ハルル合同トハ大イニ趣ヲ異ニス、従ツテ其合併条件ノ如キモ、買収会社即チ郵船会社ノ任意ニ決定セラルベキハ止ムヲ得ザルベシ、然カレトモ郵船会社ニ於テモ本合同ニヨリ、配船ノ調節、人件、物件ノ節約等ノ利益ヲ得ベキヲ以テ、相当ノ価格ヲ以テ買収スベキヲ妥当トス、果タシテ然ラバ幾何ヲ以テ至当トスベキヤ、之ヲ決定スルニ左ノ標準ニ拠ルベキカ
 イ、資産ノ比較
 ロ、株価ノ比較
 ハ、固定資本ノ利益ニ対スル割合ノ比較
 ニ、営業権ノ比較
右各項ヲ標準トシテ考察スルニ
 イ、資産ノ比較
  汽船会社ノ資産中重ナルモノハ云フ迄モナク船舶ニシテ、今両会社ノ船価ヲ比較スルニ郵船会社ノ船価ハ六千六百十一万六千余円
 - 第51巻 p.449 -ページ画像 
ニシテ、東洋汽船会社ハ三千八百六十一万八千余円ヲ算ス、而シテ其屯当リ単価ハ郵船百三十二円ニシテ、東洋汽船ハ二百四十八円ナリ、之ニ依レバ東洋汽船ノ屯当リ単価ハ著シク高キモ仔細ニ其内容ヲ点検スレバ、船齢ノ老若アリ単価ノミヲ以テ判定スベカラズト雖モ、大様此レニヨリ見ルヲ得ベシ、仮リニ浅野社長ノ計算ニヨレバ此比例ハ二・五ニ対シ一ニシテ、其他社長ノ所謂営業上直接ノ資産ニ非ル土地・建物・有価証券・銀行預金等ノ如キモノヲ考慮計算ノ内ニ加ヘテ比較スレバ三ニ対シ一トナル
  以上述ブルガ如ク資産ハ其内容・実質ニヨル事多ク、単ニ外形ノミヲ以テ評価シ得ベカラズ、其内容モ亦観察ノ標準如何ニヨリ評価ニ著シキ差異ヲ生ズベク到底絶対的厳正ヲ企図シ得ベカラズ
 ロ、株価ノ比較
  定期取引市場ニ於ケル株式ノ時価ハ亦各会社ノ実質ヲ判定スル有力ナル材料ノ一ナリト雖モ、株式ノ時価ハ時ニ金融ノ関係ニヨリ一般経済界ノ状勢ニヨリ、時ニ投機者流ノ作為ニヨリ、其会社ノ実質以上ニ高ク若クハ以下ニ安クナル事少ナカラズ、之ヲ以テ直チニ会社ノ実質ヲ速断スルヲ許サヾルモ、大体ニ於テ甚シキ相違ヲ見ズ、本日(十二月七日)ノ定期市場ニ於テ郵船株ハ先物旧株八十五円二十銭ニシテ、東洋汽船株ハ旧株先物十七円二十銭ニシテ、郵船株壱ニ対シ東洋汽船五ノ割合ナリ
 ハ、固定資本ノ利益ニ対スル割合ノ比較
  最近ノ決算ニ於テ郵船会社ハ、固定資産九千参百参十参万六千余円ニ対シ利益金百十一万三千九百二十六円ヲ挙ゲ、東洋汽船会社ハ、固定資産三千九百三十九万七百余円ニ対シ利益金ヲ挙ゲ得ズ却ツテ×《*》ヲ得、即チ郵船会社ハ固定資産十ニ対シ〇・一ノ利益ヲ得、東洋汽船ハ固定資産十ニ対シ〇・七四損失ヲ来タセリ、両会社ヲ比較スレバ一対〇トナル
 ニ、営業権ノ比較
  両会社ノ実力ヲ比較スルニ重要ナル点ナレトモ、汽船会社ノ如キモノニアリテハ蓋シ容易ノ業ニ非ラズ
以上四項ヲ比較考慮スレバ略買収価格ノ基準ヲ得ベキモ、之ノミヲ以テ完全ト称スルヲ得ザルベシ、即チ会社ノ営業ノ将来、経営者ノ人格手腕等モ亦考察ノ中ニ加ヘザルベカラズ、果シテ然ラバ数字ノ上ニ於テ第三者ノ立場ヨリ、絶対公平厳正ナル合併比率ヲ決定スル能ハザルベシ、故ヲ以テ暫ラク目下両会社ニ於テ交渉中ナル原案ニ就キ批評ヲ試ミントス
第一案即チ
 郵船会社株式(五拾円払込済)参拾万株ヲ東洋汽船ニ交付シ、東洋汽船ヨリハ船舶十八隻、太洋丸ノ運用権利、目下新造中ノ貨客船並ニ貨物船一隻ヲ竣工ノ上提供シ、神戸「オリエンタルホテル」ノ地所家屋ヲ有形ノ儘引キ渡シ、加フルニ今日迄築キ上ケタル営業権ヲ提供スル事
ニ就キ考フルニ、東洋汽船旧株六株新株十六株ニ対シ、各郵船株一株ノ割合ヲ以テ決済スルモ、尚安田家ノ負債並ニ東洋汽船ノ解散費用等
 - 第51巻 p.450 -ページ画像 
ヲ支払フ時ハ、四百五拾七万余ノ不足ヲ生スベシト云フ東洋汽船側ノ主張ハ、相当理由アルベシト思考ス、単ニ株ノ割当ニツキ見ルモ、旧六株ハ時価百三円弐十銭ニシテ、之レニ時価八十五円ノ郵船株ヲ割当テ、新十六株ハ時価合計八十四円八十銭ナルヲ以テ郵船旧株ト稍相同ジキモ、旧株主ハ甚シキ不利ヲ蒙ルベシ、安田家ノ債権ノ弁済ニ充当ノタメ郵船株ヲ一株百円ト見ルノ当否ハ暫ラク論セズトスルモ、株主ノ為メニ甚ダシク不利ナル点ニ於テ、此案ハ妥当ヲ欠クト思考セラル況ンヤカクスルモ尚四百五十余万円ノ不足ヲ生ズルヲヤ
然ラバ第二案ハ如何
 即チ郵船会社ヨリ旧株四十万株ノ交付ヲ受ケ、本社旧株四株、新株八株ニ対シ、各郵船株一株ヲ株主ニ交付シ(此レニ要スルニ郵船旧株十一万三千七百五十株)安田家ノ債権凡二千八百万円ニ対シ郵船旧株二十八万株ヲ交付シ、残リ六千二百五拾株及船舶・ホテル以外ノ動産及不動産ヲ以テ、東洋汽船会社ノ整理並ニ解散費用ニ充当スル事
右ニ就キ考フルニ、東洋汽船旧株四株此時価合計六十八円ニ対シ、時価八十五円ノ郵船株壱ヲ交付シ、新株八株此時価合計四十四円八十銭ニ対シ同様時価八十五円ノ郵船株壱ヲ交付スルハ、余マリニ東洋汽船ノ株主ニ有利ニ過ギ、決シテ妥当ト称スルヲ得ザルベク、尚整理解散ノ費用ヲ全部控除シテ三十三万円余ヲ余スガ如キハ、頗ル自分ニノミ都合ヨキ案ト云ハザルベカラズ
予ノ私案ハ左ノ如シ、即チ
 一、郵船会社ヨリ旧株三十五万株ヲ交付スル事
 二、内七万六千三百七十五株ヲ左ノ割合ヲ以テ東洋汽船会社株主ニ交付スルコト
   イ、旧株五株ニツキ一株 即チ五万弐千株ヲ交付ス
   ロ、新株十六株ニツキ一株 即チ弐万四千三百七十五株 〃
 三、差引残弐十七万参千六百弐十五株ヲ以テ、安田関係債権全部ノ弁済ニ当ツル事
   註、安田関係債務ハ弐千八百万円ニシテ、之レニ上記ノ株式ヲ交付スルトキハ、一株百円以上ノ割合ニ成リ、郵船株ノ現今ノ時価ニ比シ割高ナレトモ、安田トシテモ、回収困難ナル東洋汽船ノ債権ヨリモ、基礎鞏固ナル郵船会社ノ株式ヲ多少割高ナルモ所有スル方大局ヨリ見テ安全ナルベシ
 四、船舶・ホテルヲ除キタル残余財産ヲ以テ整理其解散諸費用ニ充当スル事
   註、解散諸費用ハ四百六十九万九千余円ニシテ、残余財産ノ価格ハ四百五十万円ナリ、解散諸費用ヲ縮少シテ充当スベシ
        以上
 御命ニヨリ調査致シ候所、郵船会社側ノ材料ニ乏シキト時間少ナキタメ、主トシテ東洋汽船側ノ数字ヲ基トシタルトニヨリ、頗ル不完全ナルヲ免レズ、加フルニ不敏ノタメ愚案ニテ汗顔ニ堪エズ候モ供高覧候
  大正十二年十二月八日
 - 第51巻 p.451 -ページ画像 
                      渡辺得男
    渋沢子爵閣下
*欄外記事
[×二百九十三万円ノ損失ヲ来タシタリ

    郵船会社及東洋汽船会社合同ニ関スル
    調書(未定稿)
本合同問題ニ就キ、最初東洋汽船会社側ヨリ高野氏出デ郵船会社ト折衝シテ得タル案ハ、後ニ所謂高野案ニシテ、此案ニ対シテハ東洋汽船会社側ハ到底堪エ得ザルヲ以テ、更ラニ対案ヲ提出シ、子爵ノ御同情ト御援助トニヨリ、依ツテ以テ合同ノ実ヲ挙ゲント熱望シ居ル次第ニシテ、此案ハ主トシテ後ニ所謂橋本案ニヨレルガ如シ
該案ハ郵船会社ヨリ旧株四拾万株(五十円払込)ノ交付ヲ受ケ、東洋汽船旧株四株、新株八株ニ対シ各郵船旧株壱株ヲ株主ニ交付スレバ、郵船旧株十一万三千七百五十株ヲ要シ、残二十八万六千二百五十株ノ中二十八万株ヲ以テ安田家ノ負債全部ノ償却ニ当テ、差引六千二百五拾株及船舶・ホテル以外ノ動産及不動産ヲ以テ、本社ノ整理並ニ解散費用ニ充当セントスルニアリ
今此案ニツキ考フルニ、社長案・良三氏案及橋本氏案ノ三案中、特ニ主トシテ橋本氏ノ案ニ基キタルガ如シ
一、社長案
 両社ノ資産ヲ対照シ株価ノ比率ヲ求ムルニ、船舶及ホテル等ノ如キ営業上直接ノ資産ト、土地・建物・有価証券・銀行預金ノ如キ営業上直接ノ資産ニ非ルモノトヲ区別シ、船舶ハ屯当リ百五十円ニ対シ償却保険等ヲ差引キテ尚年一割五分ノ利益ヲ生ズルモ、有価証券等ハ然ラズ、殊ニ郵船会社所有ノ有価証券ハ半分ノ価値ノミ有セズ、其他土地・建物・預金等平均年五分ノ利益ヲ生ズルノミナリトノ計算ノ下ニ、両社ノ資産ヲ比較シ三対一トシ、安田ノ債務関係ハ郵船株壱株ヲ百円トシ相当株ヲ交付シ、震災損害ニ充当ノタメ更ラニ郵船株一万五千株ヲ求メ、即チ四十三万五千七百二十六株ノ交付ヲ受ケ、残余ノ債務ニハ残余ノ財産ヲ以テ充当セントス
二、良三氏案
 郵船ヨリ三十万株ノ交付ヲ受ケ、東洋汽船株主ニ旧株五株新株十株ニツキ各一株ヲ割当テ、安田関係以外ノ債務ニ対シ七万八千四百二十一株ヲ充当シ、安田関係債務ニ対シテハ郵船株十三万五百七十九株及ビ残余財産八百三十万円ヲ充当スルモ、尚五百五十四万八千百円ノ不足ヲ生ズ
三、高野氏案
 即チ最初ニ郵船ト折衝シタル際ノ案ニシテ、之ニヨレバ残余財産ヲ処分シテ尚四百五十七万五千円ノ不足ヲ生ズ
四、橋本氏案(郵船ヨリノ交付株三十三万三千七百五十株)
 郵船会社ハ合同ニヨリ総係費・店費ノ減少、物資人員ノ疎通ニヨリ消極的節約ト配船・蒐貨ノ自由ニヨル積極的利益大ナルベキヲ以テ此点ヲ考慮ニ置カレタシトノ前提ノ下ニ、東洋汽船旧株四株、新株
 - 第51巻 p.452 -ページ画像 
八株ニ対シ郵船株一株ヲ割当テ、此株数十一万三千七百五十株ニシテ、安田関係債務二千六百九十万六千円ニ対シテハ郵船株二十万株ヲ割当テ(壱株時価百円トシテ)残額六百九十万六千円ハ、安田家ハ将来ノ利益ヲ考慮シ承認ヲ乞ヒ、其他ノ債務及震災予算額ニ対シテハ残余財産ヲ以テ之ニ充テ、大差引債務残額ニ対シテ郵船株弐万株ノ交付ヲ受ケントス


日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類(DK510103k-0016)
第51巻 p.452-453 ページ画像

日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類
                 (渋沢子爵家所蔵)
    郵船会社及東洋汽船会社合同ニ関スル経過
一、米国管船院海運政策トシテ最新式最高速船五隻ヲ太平洋桑港線ニ加ヘ、一航海弐拾万円余ノ損失ハ国庫金ニテ補充シ、一昨年十一月ヨリ激甚ノ競争ヲ開始シ、為メニ本社営業上ノ打撃言外ニ絶シ到底本社ノ如キ薄弱ノ資本ヲ以テ堪エ得可クモアラス、就テハ当時ノ国務大臣・当路官憲・実業家ヲ歴訪シ、国家海運ノ為メ救済ノ途ヲ講セラルヽ様最善ノ努力ヲナシタルモ、更ニ途開ケス、遂ニ郵船会社ニ申込合併ノ止ムナキニ至リ、高野重役ヲシテ本年四月ヨリ郵船会社ト非公式ニ折衝ヲ重ネタル結果、左ノ案ヲ得タリ
一、郵船会社株式(五拾円払込済)参拾万株ヲ本社ニ交付シ、本社ヨリハ船舶十八隻、太洋丸ノ運用権利、目下新造中ノ貨客船並ニ貨物船各一隻ヲ竣工ノ上提供シ、神戸「オリエンタルホテル」ノ地所家屋ヲ有形ノ儘引キ渡シ、加フルニ今日迄築キ上ケタル営業権ヲ提供スル事
一、右ノ案ニ依レハ株主ニ対シ本社旧株六株新株十六株ニ対シ、各郵船一株ノ割ヲ以テ決済スルトシテモ、安田家負債並ニ本社ノ解散費用等ヲ支払フ時ハ四百五拾七万五千円ノ不足ヲ生スル事トナリ到底此合同案ハ本社ノ堪ヘサル案ニ付、左ノ案ヲ以テ再ヒ郵船ニ折衝シ度希望ヲ有ス
      案
一、郵船会社ヨリ旧株四十万株ノ交付ヲ受ケ、本社旧株四株新株八株ニ対シ、各郵船一株ヲ株主ニ交付スレハ、郵船旧株十一万三千七百五拾株ヲ要シ、残二十八万六千弐百五拾株ヲ以テ、安田家ノ負債全部ニ対シ二十八万株ヲ交付シ、大差引六千弐百五拾株及船舶ホテル以外ノ動産及不動産ヲ以テ、本社ノ整理並ニ解散費用ニ充当スレハ、債務ノ全部ヲ皆済シテ解散スル事ヲ得ルナリ
  即郵船会社カ此際四十万株ノ提供ハ震災後株価ノ下落、財産損耗等ノ点ヲ考慮スレハ、震災前市価一株百円ノ時三十万株ノ交付ヲ言明シタル郵船側ニトリテハ、今日四十万株ノ提供ハ殆ト多大ノ犠牲ニアラスト信ス
右ニ付是非此際当社ノ希望条件ヲ以テ郵船会社ニ再ヒ交渉ヲ重ネ度候ニ付テハ、閣下ノ膝下ニ事情ヲ明ニシ、国家海運消長ノ為メ充分ノ御助力ヲ仰度懇願ニ堪エサル次第ニ御坐候
 追テ高野重役ヨリ同氏ノ案トシテ左ノ折衷案ヲ提出セラレ居候ニ付御参考迄認メ置候
 - 第51巻 p.453 -ページ画像 
      案
  郵船会社ヨリ其ノ旧株三十五万株及現金弐百万円ノ交付ヲ受ケ、本社旧株四株新株十二株ニ対シ、各郵船一株ヲ本社株主ニ交付スレハ九万七千五百株ヲ要シ、残二十五万弐千五百株ヲ安田ノ負債約二千八百万円ニ対シ之ヲ振リ当テ、尚負債残金参百拾壱万参千円ハ、右ノ現金及本社所有ノ船舶並ニホテルヲ除キタル動産不動産ノ整理ニヨリ、其ノ残金ヲ補塡シ決済スルモノナリ


日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類(DK510103k-0017)
第51巻 p.453-456 ページ画像

日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類
                 (渋沢子爵家所蔵)
弊社ハ大正十三年一月ヨリ営業方針及ヒ総テノ節約ヲ為シ、別紙予算○略スノ通リ小生ハ勿論大川・白石等ノ重役モ責任ヲ以テ利益ヲ挙ケ営業ヲ経営可仕候、尚借入金弐千六百万円ハ別紙方法ニヨリ、大正十八年迄ニ利益金ノ剰余金其他ト一株金五円宛ノ払込金ヲ以テ、元利金返済可致候
一、利益金ハ大正十三年七月ヨリ別紙○略ス ノ如ク一ケ年弐百弐拾九万四千余円ヲ挙ケ得ヘク、尤モ之ノ利益金ハ借入金ノ利息年九分ノ内六分ヲ支払ヒ三分ヲ減率シタル計算ニ候
 然シテ右利益金ノ処分ハ、年六分ノ株式配当ヲ為シ、残余金即チ九拾弐万九千余円及ビ船価償却其他百弐拾弐万四千八百七拾弐円此二口合計弐百拾五万参千八百七拾弐円ヲ安田銀行ノ借入金返済ニ充テ尚大正十四年度ヨリハ、一株ニ付金五円宛ノ払込金即チ百九拾五万円ト、前記弐百拾五万参千八百七拾弐円合計四百拾万参千八百七拾弐円ヲ、年々償還ニ充ツルモノニ候
一、日本郵船会社ノ事ニツキ一昨朝拝眉ノ際、計算モ相立チ兼ネ候哉ノ御申聞ケニ有之候得共、同社ノ株四十万株即チ弐千万円ノ払込済株ヲ以テ弊社ノ船舶ヲ買受ケタル上ノ利益金ハ、先日橋本専務ヨリ別表ヲ御手許ヘ差出シ候如ク、一ケ年五百〇弐万四千円ノ利益トナル計算ニ有之、之ヲ弐千万ニ割当ルトキハ年二割余ニ当ル、此ノ計算ハ大正十一年度海運界ノ最モ不況ノ際ニ於ケル計算ニ候ヘバ之レヨリ減スルコトハ無之、金利・店費ヲ省クガ故ニ前記ノ利益ヲ得ル次第ニ御座候
  大正十二年十二月十一日
                  東洋汽船株式会社
                   社長 浅野総一郎
(別紙)
    将来ノ営業方針並ニ債務償却計画
此際当社業務ノ上ニ左ノ如キ一大刷新ヲ施シテ目下ノ頽勢ヲ挽回シ、大正十三年度ヨリ年々相当ノ利潤ヲ挙ゲ、株主ニ対シ年六分程度ノ配当ヲナスト共ニ、此処数年ノ間ニ一切ノ債務償還ヲ果サントス、別紙収支予算表○略ス ニ示セル通リ
一、貨物船ハ一切之ヲ他ニ貸渡シ、重量噸一噸ニ付一ケ月金弐円八拾七銭ノ貸船料ヲ収ムルコト
 - 第51巻 p.454 -ページ画像 
一、紀洋丸ハ従来ノ通リ重油ノ運搬ニ従事スルコト
一、桑港線及南米船客船《(線)》ハ従前ノ通リ営業ヲ継続スル事、但予算表ニ於テ其収入ハ最近航海ノ実績ヲ基礎トシテ計算ス
一、桑港航路使用ノ天洋丸・春洋丸及ビ大洋丸ヲ全部重油専焼装置ニ変更スルコト、其他ニヨリ大正十一年度船費ニ比シ約弐割ノ節約ヲ断行スルコト
一、社債利子ハ当分ノ間年六分ニ減率ヲ乞ヒ、且ツ安田銀行ヨリノ手形借入企及大正十四年迄ノ間ニ償還ヲ要スル社債此二口合計千五百六十一万三千円ハ、之ヲ向フ三年間据置、爾後三ケ年内償還利率年六朱ノ新社債ニ切替、延期方ヲ安田銀行ヘ懇願スル事
一、出張所代理店ノ改廃其他本社組織及制度ノ上ニ変改ヲ試ミ、之ニ依リ店費ノ上ニ約三割五分ノ節約ヲ図ル事
一、船体保険金額ヲ代船購入ノ程度ニ切リ下ゲ、之ニヨリ保険料ノ約半額ヲ節約スルコト
一、船価償却費ハ当分定款規定率ノ半額即年二歩ニ止ムルコト
一、右ノ通リ実行ノ暁ニ於テハ別紙○略スノ通リ一ケ年金弐百弐拾九万四千円ノ純利益ヲ挙ゲ、株主ニ対シ年六分ノ配当ヲ支払フモ尚金九拾弐万九千円ノ残剰ヲ得
一、因テ

                          円
 一、右利益金残剰          九二九、〇二〇・〇四五
 一、船価償却費         一、〇二四、八七二・五八〇
 一、雑損(社債差金償却高)     二〇〇、〇〇〇・〇〇〇
     合計          二、一五三、八九二・六二五

  ヲ減債基金ニ充テ、尚大正十四年ヨリ同十八年ニ亘リ年々一株ニ付金五円ノ払込ヲ徴収シ、以上二種ノ資金ヲ以テ漸次債務ヲ償還セントス、即左ノ如シ

 大正十三年度
  年首安田銀行関係負債総額        二六、〇〇〇、〇〇〇円
   利益金残剰    九二九、〇二〇円
   船価償却費  一、〇二四、八七二円
   雑損       二〇〇、〇〇〇円
  計負債償却高  二、一五三、八九二円   二、一五三、八九二円
  差引年末負債残高            二三、八四六、一〇八円
 大正十四年度
  減債資金前年ノ通二、一五三、八九二円
  新株払込金   一、九五〇、〇〇〇円
  一株五円
  計負債償却高  四、一〇三、八九二円   四、一〇三、八九二円
  差引年末負債残高            一九、七四二、二一六円
 大正十五年度
  負債償却高前年ノ通            四、一〇三、八九二円
  差引年末負債残高            一五、六三八、三二四円
 大正十六年度
  負債償却高 同前             四、一〇三、八九二円
 - 第51巻 p.455 -ページ画像 
  差引年末負債残高            一一、五三四、四三二円
 大正十七年度
  負債償却高 同前             四、一〇三、八九二円
  差引年末負債残高             七、四三〇、五四〇円
 大正十八年度
  負債償却高 同前             四、一〇三、八九二円
  差引年末負債残高             三、三二六、六四八円

 一、右ノ如ク大正十八年度末ニ於テハ尚負債参百参拾弐万六千円ヲ残ス計算トナルモ、昨今貸船料漸次上向ノ気配アルヲ以テ、若シ大正十三年度ニ於テ一噸金参円五拾銭ノ貸船料ヲ収入シ得ルモノトスレバ、本表収入ニ対シ一ケ年金四拾八万七千円ノ増収トナリ又大正十四年ヨリ一噸金四円ヲ収ムルモノトスレバ金八拾七万五千円ノ増収トナリ、更ニ大正十五年度ニ於テ一噸五円ヲ得ルモノトシテ計算スレバ金百六拾四万九千円ノ増収ヲ得ルヲ以テ、優ニ右負債ノ残額全部ヲ償還シ得ベシ
 一、若シ又右貸船料ノ増収ヲ期待シ能ハザルモノトスルモ、年々負債ノ減少ニ伴フ支払利子ノ減少額ト、十四年度以降新株払込ニ対スル配当金トノ差額ノ蓄積ヲ以テ、右負債残額ヲ償却シ了ハルベキ見込ナリ
                      以上
  大正十二年十二月十日



図表を画像で表示--

 当期利益金 船費 荷客費 店費 利子 国税及地方税 予備員給料 海上機関費 船舶保険料 為替損 雑損 手当金 船価償却費 船舶大修繕費   〔別表〕 桑港線 南米線 貨物線 桑港線 南米線 爪哇線 大正拾弐年上半期実際計算ニ拠ル 東洋汽船株式会社 一ケ年分 損益計算書 17,538,000・00 12,514,000・00 5,024,000・00 9,054,000・00 1,680,000・00 400,000・00 150,000・00 40,000・00 340,000・00 680,000・00 170,000・00 利子 為替益 雑益 船内雑収入 酒類勘定 貨物運賃 船客運賃 貨船料 政府補助金 桑港線 南米線 桑港線 南米線 桑港線 南米線 貨物線 桑港線 南米線 爪哇線 17,538,000・00 120,000・00 9,550,000・00 6,608,000・00 1,260,000・00 




   ○当会社大正十二年以降損失金左ノ如シ。(営業報告書ニ拠ル)

                      円
    大正十二年上半期 二、九三五、五九四・八三〇
    同年下半期    二、五〇八、三九九・三四〇
    大正十三年上半期 二、三五九、七五一・〇五〇
    同年下半期    二、五三一、六七〇・六九〇(前期繰越損失金 一、二四五、二一三・二二九)
    大正十四年上半期 一、九九一、三六〇・七七〇(同上 三、七七六、八八三・九一九)
    同年下半期    二、八二九、〇五八・二〇五(同上 五、七六八、二四四・六八九)
 - 第51巻 p.456 -ページ画像 
    大正十五年上半期 八、四五八、七三九・六七四(同上 八、五九七、三〇二・八九四)
    同年下半期       一九、三七七・一五九(利益金)
    昭和二年上半期     一一、一〇二・七五〇(利益金)
    同年下半期       二六、八七五・四〇〇(利益金)
    昭和三年上半期     二八、一五〇・二三〇(利益金)
    同年下半期       三六、六〇一・六四〇(利益金)



日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類(DK510103k-0018)
第51巻 p.456-458 ページ画像

日本郵船会社対東洋汽船会社合併ノ件書類
                 (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝啓 愈御隆昌奉大賀候
東洋汽船株式会社ノ事業ニ就テ多年貴行ノ御援助ニ拠リ、幾多困難ノ裡ニ経営ヲ維持シ、此間整理ニ節約ニ画策遺漏ナキヲ期シ聊カモ怠ルコトナク孜々営々今日ニ及ビ候モ、戦後海運界ハ世界的ニ悲惨ノ極ニ陥リ、大勢ノ赴ク所如何トモ難致日夜ノ努力モ遂ニ著シキ効果ヲ挙グルニ至ラズ、巨額ノ債権ヲ有セラルル貴行ノ位置ヨリ会社今日ノ状況ヲ観ラルル時ハ、或ハ遂ニ測ルベカラザル煩累損害ヲ免カレ難キニ至ラント、深ク憂慮セラルルコトモ洵ニ当然ノコトニシテ、只管恐懼措ク能ハザル所ニ有之、今日ハ事態甚切迫安危ノ岐ルル所ニ瀕シ居リ、一大決心ヲ以テ善後ノ策ヲ樹テザル可ラザル場合ナルヲ以テ、此程来研鑽ニ研鑽ヲ重ネ居候次第ニシテ、他社合併ノ如キ第一ニ屈指スベキ有力ナル一案トシテ頻ニ論議ヲ尽シ候処ナルモ、一方独立維持ノ途絶無ナリトアリテハ、合併ハ名ノミニシテ事実ハ極メテ不利ナル屈服ニ終ルベキハ勢ノ免カレザル所ニ有之、斯ノ如キハ創業以来二十八年苦心経営ノ任ニ当リ、多数株主ノ信頼ヲ享ケ来レル浅野弊社長トシテハ実ニ終世ノ一大恨事タルコトハ申上候迄モナク御諒察被下候義ト奉存候、是ニ依テ私共ハ玆ニ独立経営ヲ可能トスル一案ヲ具シ貴行ノ賢考ヲ煩シ候次第ニシテ、而モ該案実行ノ為メニハ、貴行ニ対シ此上更ニ無理ナル請願ヲ提出セザレバ不可能ニ帰シ候事ナルヲ以テ衷心恐懼ニ堪ヘズ、之ヲ具陳スルニ忍ビザル感有之候モ、退テ事業成敗ノ岐ルル所ニ想到シテハ躊躇致シ難ク、玆ニ案ノ概要ヲ叙シテ御詮議ヲ乞ヒ候次第ニ御座候
先年弊社ニ於テ天洋・地洋・春洋ノ三大船建造完成後事業一時非常ノ困難ニ陥リ候際、当時財界ニ取リテハ重大ノ事件ニシテ、而モ奮テ之ヲ救ハントスルモノナキニ当リ、故安田総長ノ特異ノ援護ヲ辱フシ、頓ニ窮地ヲ脱シテ漸時好成績ヲ挙ケ、戦時中ハ一時二千六百万円ノ遊金ヲ擁スルニ至リテ禍根再ビ是ヨリ生ジ、一挙ニ拾壱隻ノ貨物船建造ノ厖大ナル計画ヲ議決セリ、当時私共ハ頻ニ計画ノ大ニ過グルヲ説キ反対ニ努メタル処、巨大達観ノ人トシテ私共尊敬スル安田総長ハ会議ノ席上賛成ヲ表セラレタル為メ、遂ニ本議ノ可決ヲ見タルモノニシテ会社今日ノ事アルハ偶然ノ事ニハ無之候、而シテ今日ノ窮状ハ当時ノ計画余リニ厖大ニ失セルガ為メニハ相違ナキモ、若シ夫レ幸ニ貴行ニ於テ私共提出ノ一案ヲ採納セラレ、更ニ一段ノ援助ヲ諾セラレ、是ニ依テ難関ヲ突破シ頽勢挽回ノ好機ヲ迎フルコトヲ得バ、故人ノ御意志貫徹ノ一挙トモ相成ルベキ儀歟ト被存候ニ付、私共提案ニ付キテハ何
 - 第51巻 p.457 -ページ画像 
卒十二分御審議ヲ賜ハリ候様相願候
海運界ノ事タルヤ御詳悉ノ如ク起伏消長其常ナク、而シテ其周波期間永カラザルヲ例トシ、今回ノ如ク悲境久シキニ渉レルコトハ蓋シ空前ノ事ニ属シ候、之ヲ単純ナル経済ノ原理ニ徴シ物価ガ永ク原価以下ニアル可ラザルト同ジク、海上運賃ガ永ク今日ノ如キ低位ニアルベキ道理無之、遠カラズ機運転替好勢来復ノ期ナカルベカラズト密ニ期待致居候処、果セル哉近来先ツ貨物船運用ニ対シテ頗ル人意ヲ強ウスヘキ状勢ヲ現シ来リ、引続キ客船関係モ既ニ極度ノ悲境ヲ脱シテ是ヨリ漸次好勢ニ転ズルノ趣アルコトハ、社船運用数次ノ実例ニ之ヲ証シ居候殊ニ八千噸級貨物船ガ頻ニ近海ニ常用セラルル事ハ驚クベキ海運界ノ一大進歩ニシテ、而シテ弊社貨物船ハ其構造貨物積載ニ便ナルト、運転費ノ節約的ナルト既ニ定評アリテ一般ニ歓迎セラレ、一方貨物船船費ノ節約ニ付キテハ漸次其要締ヲ捉ヘテ理想的ニ節約ヲ実行セントス即貸船料ノ増収ト船費ノ節約ニヨリテ之ヲ従来ノ収支ニ比スレバ、正ニ一ケ月十八万円一ケ年二百十六万円ノ純益増収ヲ期待シ得ベキハ最近ノ状況ニシテ、或ハ弊社事業ノ挽回ノ基礎ハ貨物船運用ニアルヤニ被考候、或ハ是レ故総長卓見ノ要点ニ可有之ト密ニ敬虔ヲ禁ズル能ハザル処ニ御座候
会社ノ独立経営ノ維持策ヲ講ズルニ当リテハ、先ツ確乎タル方針ノ下ニ収支予算ヲ調製シ、果シテ実際ニ於テ事業ヲ維持シ得ベキ素質ヲ具備スルヤ否ヲ審カニ研究スルニアル事ハ申迄モ無之、私共ハ左ノ要項ニ基キテ別紙ノ収支予算○略スヲ調製シテ貴覧ニ供スルコトニ致候
一、貨物船八隻七万四百噸ヲ現時ノ状勢ニ鑑ミ専ラ貸船トシテ運用シ、特ニ有利ナル場合ニアラザレバ直営セザルモノトス
  貸船料ハ予算一噸参円トシ、船費ハ一噸壱円弐拾銭トスレバ是ヲ従来ノ成績ニ比シテ増収一ケ月十八万円ニ達スベシ
二、重油ヲ専用燃料トシ、石炭廃止ノ為メニ燃料費一ケ年金六拾万円ヲ節約ス
三、石炭廃止ノ為メニ乗組員毎船十二人ヲ節約ス、全船ニ対スル節約一ケ月金壱万千八百八拾円
四、船費ハ既ニ著シク減少シタルモ更ニ可能的ナル節約ヲ実行シ、此項目ニ於テ一ケ月金四万四千円ヲ減ジ得
五、貨物船保険ハ船価ニ依ラズ代船新造価格ヲ標準トシテ附スルコトトシ、一ケ年金六拾万円ヲ節約ス
六、船価償却ヲ半額ニ減少シ、一ケ年約金百弐万円ヲ減額ス
七、債務利率ヲ年六分ノ割合ニ引下ヲ懇願シ、現在ノ利率トノ差額ハ現在債務償還終了ノ暁別ニ年賦償還ノ方法ヲ定ムルコトニ懇願スルコト
八、天洋・春洋両船タービン入替速力増加ヲ実行シ、外国船トノ競争実力ヲ備ヘ、航海度数ヲ増加スルコトニ就キ特別ノ援助ヲ乞フ事
        以上
右ノ趣旨ニ基キ調製セル予算ハ別紙○略スノ通ニシテ一ケ年利益金百七拾七万四千円ヲ挙ケ得ルコトニ相成居リ予算ノ各項ニ付キテハ夫々十
 - 第51巻 p.458 -ページ画像 
分審議ヲ尽シ、特ニ支出節約ハ重要ナル問題トシテ之ニ全力ヲ傾注シ其実現ヲ期シ候次第ニ御座候
此予算案ヲ定ムルニ当リ最憂慮恐懼ニ堪ヘザルハ、貴行ニ対シ利率年六朱ニ切下懇願ノ一事ニ有之候モ、此事無クシテハ到底独立経営ノ方案相立チ難ク候故、敢テ恐懼ヲ冒シテ懇願致候事情御酌量、特別ノ御詮議ヲ以テ御聴済相成候様只管相願候処ニ御座候
上掲ノ成績ヲ実現スル場合ニ到達スル時ヨリ、株主ニ対シテ年六分ノ配当ヲ実行シ、是ト同時ニ株主ニハ具ニ事情ヲ訴テ漸次払込ヲ徴集シ(毎年六月一回一株ニ付金五円宛払込シ、五ケ年間ニ全額二十五円払込終了ノ予定)之ヲ全部債務償還ニ充当スル見込ニ有之候、株主間仮令異議アリトモ、会社独立維持ノ為メニハ結局止ムヲ得ズトシテ多数ノ同意ヲ得ベキモノト確信致候
本案ニヨリ船価償却金百二万円、雑損ニ計上セル社債歩合金二十万円利益金ノ内配当ヲ為シタル剰余金及払込金ノ合計約金三百七十七万円ハ、毎年債務償還ヲ為シ得ベキ数ニ有之候、斯クシテ五ケ年ノ後ニハ現在ノ債務ハ大部分償還セラルベキ筋合ニ相成居候、併シ此ノ如キ事業上ノ問題ハ実際通リニハ挙ラザルヲ常トスルヲ以テ、或ハ一・二年ノ延期ヲ願出候様相成候哉モ計リ難ク候得共、其終局ニ於テハ万々一ニモ貴行ノ債権ニ損害ヲ及ボシ候様ノコトハ有之間敷候間、私共苦衷ノ存スル処御諒察被下、殊ニハ故安田総長ノ弊社ニ対スル厚キ御思召ヲ終始貫徹セラレ候一挙トシテ、尚一段御援助継続ノ儀御詮議奉願候思フニ今日ハ難関ノ絶頂ヲ経過シ、向上ノ周波期ニ達シ候哉ニモ相見ヘ候ニ付、幸ニ此場合ヲ凌ギ得バ、貴行ノ御誘掖其甲斐アリト被思召候様相成可申ハ必然ト奉存候 謹具
  大正十二年十二月十二日    東洋汽船株式会社
                  取締役 大川平三郎
                  取締役 白石元治郎
    安田銀行
      結城豊太郎殿


東京朝日新聞 第一三四九二号 大正一二年一二月二八日 東洋汽船の救済で浅野翁、渋沢子に泣きつく 渋沢子曰く『考慮しよう』(DK510103k-0019)
第51巻 p.458-459 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(浅野良三)書翰 渋沢栄一宛 大正一二年一二月二八日(DK510103k-0020)
第51巻 p.459-461 ページ画像

(浅野良三)書翰 渋沢栄一宛 大正一二年一二月二八日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一鉛筆)
                  十二月二十八日落手
                    浅野良三(印)
    子爵渋沢栄一閣下
謹啓 愈御清穆被為渉候段奉慶賀候、陳者弊社北米航路桑港線並ニ南米航路西岸線航海補助受命方ニ付、先般逓信省ヘ出願中ノ処、本日大正十三年一月ヨリ向フ三ケ年間ニ対スル補助命令書ヲ当局ヨリ御下附相成候ニ付、同書写御高覧ニ奉供候、右命令船中天洋丸ハ既ニ大正十一年九月十三日ヲ以テ船齢満十五ケ年ニ達シ、規則トシテハ補助金ノ下附無之次第ナルモ、特ニ当局ニ於テ引続キ補助金ヲ与ヘラレ今日ニ及ビ候而已ナラズ、今後三ケ年間御下附有之旨当局ノ諒解ヲ得タルハ弊社トシテハ誠ニ幸福ノ次第ニ御座候、尚春洋丸モ大正十五年二月ヲ以テ船齢十五年ニ達スルモ、命令期間中ハ補助金ヲ下附サルル事天洋丸ノ場合ト同様ニ相成リ、旁以テ仕合ハセノ儀ニ御座候
右ノ事情御聴ニ達シ置度得貴意候 敬具
  大正十二年十二月廿八日

(写)
 船監第五四六二号
(朱書)
(秘)
    補助航海命令書
                     東洋汽船株式会社
第一条 其ノ会社ハ大正拾参年壱月壱日ヨリ大正拾五年拾弐月参拾壱日ニ至ル三箇年間、北米航路桑港線及南米航路西岸線ノ補助航海ニ従事スヘシ
第二条 使用船舶ハ其会社ノ所有ニ専属シ、法律命令ニ定ムル資格ニ適合スルモノニ限ル
第三条 航海補助金ノ率ハ、使用船舶総噸数一噸航海里数一千海里ニ付、速力一時間十二海里ヲ有スルモノニ対シ北米航路桑港線ハ五拾銭、南米航路西岸線ハ弐拾五銭、速力一時間一海里毎ニ其百分ノ十ヲ増シタルモノトス、但第一条ノ各線路ニ於テ支給スル航海補助金ノ総額ハ、毎年一月ヨリ十二月ニ至ル一箇年間ノ航海ニ対シ、左ノ金額ヲ超過セサルモノトス
 一、北米航路桑港線
    大正拾参年 八拾五万四百弐拾五円
 - 第51巻 p.460 -ページ画像 
    大正拾四年 六拾六万参千七拾五円
    大正拾五年 六拾壱万六千参百七拾九円
 一、南米航路西岸線
    大正拾参年 五拾五万八千六百参拾四円
    大正拾四年 五拾四万五千参百六拾弐円
    大正拾五年 五拾参万弐千九拾壱円
 遠洋航路補助法施行細則第十五条ニ依ル代船ノ航海ニ対スル航海補助金ハ、逓信大臣ニ於テ代船ノ使用ヲ命シ、又ハ其使用ヲ認可スル際別ニ之ヲ定ム
第四条 航海日数ハ左ノ如シ
 一、北米航路桑港線
    西廻
      往航 横浜香港間 十一日以内
      復航 香港横浜間 十二日以内
    東廻
      往航 横浜桑港間 十八日以内
      復航 桑港横浜間 十八日以内
 二、南米航路西岸線
    西廻
      往航 横浜香港間 十五日以内
      復航 香港横浜間 十五日以内
    東廻
      往航 横浜バルパライソ間 六十二日以内
      復航 バルパライソ横浜間 六十四日以内
第五条 遠洋航路補助法施行細則第四十五条ニ掲クル本店並支店ノ事務員名簿ハ第一号書式ニ依リ、使用船舶ノ乗組員名簿ハ第二号書式ニ依リ之ヲ調製シ、本命令書ノ下附ヲ受ケタルトキ及其後毎年三月・六月・九月並十二月ニ之ヲ差出スヘシ、但シ既ニ差出シタル名簿ニ変更ナキトハ、其趣ヲ届出テ名簿ノ提出ヲ省略スル事ヲ得
 名簿ニ氏名ヲ記載スヘキ事務員又ハ乗組員ニ異動ヲ生シタルトキハ其都度遅帯《(滞)》ナク之ヲ届出ツヘシ
第六条 遠洋航路補助法施行細則第五十四条ニ掲クル収支計算書ハ、第三号書式ニ依リ之ヲ調製シ、営業状況報告書ニハ業務ノ実況ヲ詳記シ、左ノ調書ヲ添付スヘシ
 一、通常郵便物数及小包郵便物数仕出地、仕向地別統計表
 二、船客各等級員数乗船地、下船地別統計表
 三、貨物噸数仕出地、仕向地別統計表
 四、重要貨物品名及各品噸数仕出地、仕向地別統計表
 五、航海修業生乗船員数、下船員数及営業期末現在員数統計表
 六、当該航路ニ於テ海運業ヲ営ム内外各線路ノ営業概況
第七条 其ノ会社ハ各使用船舶ニ一名ノ医員ヲ乗組マシムヘシ
第八条 遠洋航路補助法施行細則第五十六条第三項ニ依ル届出アリタル場合ニ、逓信大臣ニ於テ補助航海ニ関スル義務ヲ履行スルニ不適当ナリト認ムルトキハ、同則第六十条ノ処分ヲ為ス事アルヘシ
 - 第51巻 p.461 -ページ画像 
第九条 違約金ハ左ノ規定ニ依リ之ヲ徴収ス
 一、遠洋航路補助法施行細則別表ニ定ムル航海度数ヲ欠キタルトキハ、一回ニ付参百円以上参千円以下
 二、遠洋航路補助法施行細則別表ニ定ムル船舶ヲ使用セサルトキハ之ヲ使用スル迄ノ間一日ニ付参百円以上参千円以下
 三、遠洋航路補助法施行細則第十三条又ハ第十四条ニ依リ、使用船舶ノ修繕又ハ補充ヲ命セラレタル場合ニ於テ、其命令期間内ニ修繕又ハ補充ヲ為ササルトキハ、延帯日数一日《(滞)》ニ付参百円以上参千円以下
 四、第四条ニ定ムル航海日数ヲ遅延シタルトキハ、遅延時間毎十二時間又ハ其未満ニ付参百円以上参千円以下
 五、前号ニ該当スル場合ノ外、発著日時表ニ定ムル起点又ハ終点ニ於ケル発著日時ヲ繰上ケ、若ハ遅延シ又ハ延著シタルトキハ、繰上時間又ハ遅延時間毎十二時間又ハ其未満ニ付弐百円以上弐千円以下
 六、遠洋航路補助法施行細則別表ニ定ムル起点・終点又ハ寄港地ノ各地ニ寄港セサルトキハ、一回ニ付百円以上五百円以下
 七、遠洋航路補助法施行細則別表ニ定ムル起点・終点又ハ寄港地以外ノ場所ニ寄港シ、又ハ受命線路ヲ離レテ航行シタルトキハ、一回ニ付弐百円以上千円以下
 八、郵便物並郵便用品ノ逓送授受又ハ無線電信ノ設備ニ関スル命令ニ違背シタルトキハ、一回ニ付百円以上五百円以下
 九、遠洋航路補助法第五条第一項ニ違背シ、又ハ同条第二項ニ依ル命令ニ違背シタルトキハ、一回ニ付参百円以上参千円以下
 十、其ノ他遠洋航路補助法、同施行細則及本命令書ニ定ムル義務ニ違背シタルトキハ、一回ニ付弐千円以下
   前項第一号乃至第七号ノ場合ニ該当スルモ、逓信大臣ノ命令ニ因リタルトキ、又ハ同大臣ノ認可若ハ追認ヲ受ケタルトキハ、前項ノ規定ニ拘ラス違約金ヲ徴収セス
第十条 其ノ会社ニ於テ遠洋航路補助法第五条第一項ニ依リ逓信大臣ノ認可ヲ受ケタル運賃額、又ハ同条第二項ニ依リ同大臣ノ命令ニ基キ定メタル運賃額ヲ超過シテ運賃ヲ収入シタルトキハ、該超過額ヲ還付スヘシ
第十一条 保証金ノ額ハ左ノ如シ
 一、北米航路桑港線    八万六千円
 二、南米航路西岸線    五万六千円
  大正十二年十二月二十八日
               逓信大臣 犬養毅


中外商業新報 大正一三年一月九日 郵船汽船合同に渋沢子斡旋役に立つ 問題の前途に一道の光明を点ず(DK510103k-0021)
第51巻 p.461-462 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京朝日新聞 第一三五〇五号 大正一三年一月一〇日 渋沢子の斡旋で郵船の東洋汽船買収進捗 郵船は一億五千万円に増資(DK510103k-0022)
第51巻 p.462-463 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京日日新聞 第一六九九四号 大正一三年一月一〇日 郵船東汽合同促進の懇談(DK510103k-0023)
第51巻 p.463 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 大正一三年一月一〇日 合同問題に対する郵船側態度鮮明 伊東社長渋沢子と会見の結果(DK510103k-0024)
第51巻 p.463-464 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

都新聞 大正一三年一月一六日 日本郵船の東洋汽船買収談 正式の交渉は今月末頃(DK510103k-0025)
第51巻 p.464-465 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

やまと新聞 大正一三年一月一七日 郵船・東汽は五百万円値違 渋沢子語る(DK510103k-0026)
第51巻 p.465 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 第一三六〇〇号 大正一三年一月一九日 渋沢子の斡旋に免じて東洋を合併に賛成 郵船全重役の意見大体一致(DK510103k-0027)
第51巻 p.465-466 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 第一三六一〇号 大正一三年一月二九日 【日本郵船会社は東洋汽…】(DK510103k-0028)
第51巻 p.466-467 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京朝日新聞 第一三五二八号 大正一三年二月二日 郵船と東汽合併協議 条件折合はず(DK510103k-0029)
第51巻 p.467 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

都新聞 第一二九七三号 大正一二年二月一〇日 郵船の東汽合併は必ず成立しよう 渋沢子爵談(DK510103k-0030)
第51巻 p.467-468 ページ画像

都新聞 第一二九七三号 大正一二年二月一〇日
    郵船の東汽合併は
      必ず成立しよう
        =渋沢子爵談=
郵船と東汽との合併談は大分長引いてゐるが、当然成立す可きものではあるまいか。東汽の経営に任せて今日のまゝ推して行けば
 米国線 の如き英米船の十八節に対し、本邦船の十四節にては到底匹敵し得る筈もなく、且東汽一個としても債権者が今後の貸付を打切る模様であり、未払込の徴収は容易でないから、此処に何等かの展開策を講じなければ、東汽そのものゝ破滅処か米国航路の消滅を来すことになるので、折角間に入つて斡旋することになつてゐる以上、何処迄も骨を折つて是非とも纏めたい積りである。唯買収の条件に就て、
 - 第51巻 p.468 -ページ画像 
郵船は三十万株以上出せぬ様であり、東汽も三十五万株以下では手放さぬと云つてゐるから
 其折合 が六ケ敷いが、数日前伊東郵船社長に会つた時の話では国家海運の為め多少は奮発すると云つてゐる。一方東汽の高野重役に依れば、東汽の態度は飽迄三十五万株を固執するやうでもなく、而して郵船の調査に依ると、合併後の収入を可なり厳格に見て支出を郵船率で出してゐるから、其の差益も大分減額され、東汽の見積りとは二百万円程の差があるけれど、之は算盤の立て方が、更に其の差を少くし得るのであるから、計算の相違は兎も角として、お瓦に合併に賛成してゐる以上
 必ず成 立するものと思はれる。尚十二・三日頃には伊東社長が来て、重役会の経過や其後の方針を話すことになつてゐる
   ○右記事「竜門雑誌」第四二六号(大正十三年三月)ニ転載シアリ。


東京日日新聞 第一七〇三三号 大正一三年二月一八日 交渉難渋に安田銀行躍起 東洋結局折れるか(DK510103k-0031)
第51巻 p.468-469 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

都新聞 大正一三年二月二一日 東汽合併尚ほ決せず 昨日の重役会(DK510103k-0032)
第51巻 p.469 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 第一三六四二号 大正一三年三月一日 郵船重役会東汽合同の第一案を葬り去る 愈々合同実現の影が薄くなる(DK510103k-0033)
第51巻 p.469-470 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

読売新聞 第一六八六五号 大正一三年三月三日 東洋汽船の合併は打切らぬ 伊東社長 渋沢子と会見(DK510103k-0034)
第51巻 p.470-471 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

都新聞 大正一三年三月二六日 東汽経営新方針 経費の節約と事業の整理で年百卅五万余円収益の計画(DK510103k-0035)
第51巻 p.471 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(増田明六)日誌 大正一三年(DK510103k-0036)
第51巻 p.471-472 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一三年      (増田正純氏所蔵)
六月十二日 木
出勤
午後二時工業倶楽部ニ於て東洋汽船の大株主会あり、同族会社を代表して出席したが、議題ハ借入金返納の為め株式払込金を為したいとの事であつた、株主の多数ハ会社が連年配当も為さゝる不況の時季ニ於て、特ニ昨年大震災害の回復も出来さる場合ニ払込を為すハ不当ならす哉と云ふ意見ニ一致し、遂ニ株主は委員を選ミて払込不同意の理由書を作成し、之を重役会ニ提出し、重役ハ之を債権銀行たる安田ニ持
 - 第51巻 p.472 -ページ画像 
参して返済の猶予を請ひ、同時ニ払込を延期する事ニ決した○下略


(大川平三郎)書翰 渋沢栄一宛 (大正十三年)三月一四日(DK510103k-0037)
第51巻 p.472 ページ画像

(大川平三郎)書翰 渋沢栄一宛 (大正十三年)三月一四日
                    (渋沢子爵家所蔵)
謹啓仕候、郵船東洋両社合併之問題ニ就而者多大之御配慮相願候ニ拘ハラズ、成立無覚束現状ニ有之遺憾千万ニ奉存候
偖不成立之場合ニ対スル覚悟も必要ニ候間、安田銀行結城氏迄提出致候小生及白石両人ノ独立経営ニ関スル意見書写供貴覧候、御多用中甚恐入候得とも御通読被成下候ハヽ難有奉存候、会社営業ノ現状ニ鑑ミ書面記載ノ成績ハ屹度挙ケ得ル見込ニ有之候も、甚心配致候ハ浅野社長時々極端ナル脱線的行動ニ陥ラルヽ事ニ有之、之ヲ制止スル方法絶対ニ必要と存候、而して迚も私共ニハ其工夫ハ相立不申一事ニ有之候尚篤と結城君とも交渉ヲ重ネ候上、又々御配慮願出候事ニ相成可申、唯々恐懼ニ堪ザル次第ニ御坐候 謹具
  三月十四日
                      大川平三郎
    渋沢子爵
        閣下
   ○意見書写ハ欠クモ、前掲大正十二年十二月十二日付大川・白石連名結城豊太郎宛書翰ト同ジカ。



〔参考〕渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)八月三一日(DK510103k-0038)
第51巻 p.472 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)八月三一日 (佐々木勇之助氏所蔵)
                   (ゴム印) (佐々木)
                   「九月廿七日」(印)
○上略
東洋汽船会社之事ハ其後如何ニ相成候哉、大川もし十一月頃桑港へ被参候義ニ候ハヽ其際承合も可仕候得共、紐克府ニてハ殊《(事)》ニよりモールスニも面会すへく、又ハリマンと会見之機会も有之候歟と存候、旁其前ニ会社之現状承知致度候ニ付可成早く御申越被下度候
○中略
  八月三十一日
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
           梧下
○下略
   ○栄一、八月十九日渡米実業団ヲ率ヰテ横浜ヲ発シ、十二月十七日帰国ス。


〔参考〕渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)一一月三日(DK510103k-0039)
第51巻 p.472-473 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)一一月三日 (佐々木勇之助氏所蔵)
                  (ゴム印)(佐々木)
                  「十一月廿九日」(印)
○上略
東洋汽船会社之事も来示ニて拝承、帰途桑港ニて概略ニても聞合可申と存候
紐克ニてシフ氏との取引ニ付而ハ、期日ニ相済候由を正金銀行今西氏より伝承し聊安心仕候、乍去浅野・白石・大川等より何等一之来状も無之、余り等閑無意識之人々と、少々苦々敷相考居候、夫等も桑港ニ
 - 第51巻 p.473 -ページ画像 
て能々聞合候様可仕候、右等来示之御答旁匆忙中取交可得貴意如此御座候 不備
  十一月三日当賀
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
           梧下
○下略



〔参考〕渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)一一月九日(DK510103k-0040)
第51巻 p.473 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)一一月九日 (佐々木勇之助氏所蔵)
          (別筆)
          「十二月二日入手 佐竹源三氏持参」
○上略
東洋汽船会社之義ニ付而ハ過日も申上候如く浅野・白石・大川等より何等之消息も無之候、只先頃紐克ニて正金支店長ハ、シフ之取引ハ期限之如く皆済と被申候ニ付聊安心仕候まてニ御座候、月末桑港ニ於て暫時ニても同支店之現状承合、何か心附候義ハ帰京後申上候様可仕候
○中略
  十一月九日           インヂヤナホリス市
                  ニ於て
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
           梧下
○下略



〔参考〕渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)一一月一九日(DK510103k-0041)
第51巻 p.473 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四二年)一一月一九日
                  (佐々木勇之助氏所蔵)
                   (ゴム印)
                   「十二月拾壱日」
(巻止メ宛名)
佐々木様
○上略
帰朝之便船ハ地洋丸と相定め、既ニ桑港より一名之社員デンバー市迄罷越夫々手筈相付申候、右ニ付而も東洋汽船会社之近況承合候処ニてハ、桑港へハ何等之訓令も無之由、又出立後浅野・白石・大川等よりも音信不通ニ付、老生ハ大ニ其御注意不深切を憤り居候義ニ御座候、過日も紐克より申上候如く、米国より之債務完済ニ付而も、多分当方之助力ニて相済候事と存候、且老生出立之際桑港よりヱブリー氏も出京之由ニ付、其相談之模様及会社爾来之状況等ハ一寸なりとも申越候筈之処、寸筆隻紙たも無之ハ、全く会社ニ不忠実と論断候外無之候、帰国之上篤と御相談可申上ニ付御含置可被下候
○中略
  十一月十九日           ロスアンゼルスニ
                   於て
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
           梧下
○下略
 - 第51巻 p.474 -ページ画像 


〔参考〕渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛(明治四三年)四月一二日(DK510103k-0042)
第51巻 p.474 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四三年)四月一二日 (佐々木勇之助氏所蔵)
(朱印)
回答済
○上略
今朝大川来着ニて貴台豊川氏御会見之都合承及申候、もしも老生帰京までニ人撰之事決定致兼候ハヽ大倉氏へも打合せ老生帰京まて御待被下候様仕度と存候、但内田氏とハ出立前能々協議致候義ニ付、豊川氏ニ於て内田氏面会候ハヽ或ハ了解せられ候歟とも存候、右一書申上如度此御座候、尚委細ハ増田明六へ申含候間御聞上可被下候 匆々不一
  四月十二日
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
           梧下
○下略



〔参考〕渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四三年)四月二〇日(DK510103k-0043)
第51巻 p.474 ページ画像

渋沢栄一書翰 佐々木勇之助宛 (明治四三年)四月二〇日 (佐々木勇之助氏所蔵)
(朱印)
回答済
○上略
東洋汽船会社重役撰定之義ニ付豊川氏ニ種々意見有之、其為今以決定ニ至らす、而して大倉氏ハ今日頃出立満州行之都合ニて彼是行違困却之様子ニ候よし、事情尤之事と察入候も、豊川氏として此人撰ニ懸念せらるゝも或ハ相当之事ニ有之、又大倉氏之旅行も老生出立前より申居候義ニ付致方無之事と存候、就而ハ老生帰京ハ遅くとも廿七日と存候間、其上ニて豊川氏と申談、既ニ大倉氏出立後ニ候ハヽ其旅行先へ電報ニて照会と申事ニ取扱候外無之と存候
○中略
  四月廿日夜
                      渋沢栄一
    佐々木勇之助様
           拝答
○下略



〔参考〕中外商業新報 第八六四〇号 明治四三年五月二〇日 ○東洋汽船重役選定(DK510103k-0044)
第51巻 p.474-475 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外商業新報 第八六五三号 明治四三年六月二日 ○東洋汽船重役 新入重役内定(DK510103k-0045)
第51巻 p.475 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外商業新報 第八六五九号 明治四三年六月八日 ○東洋汽船重役決定(DK510103k-0046)
第51巻 p.475 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外商業新報 第八七五六号 明治四三年九月一三日 ○東洋汽船重役会 収益半額整理主眼(DK510103k-0047)
第51巻 p.475 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外商業新報 第八七七一号 明治四三年九月二九日 ○東洋汽船総会 責任問題の質問(DK510103k-0048)
第51巻 p.475-476 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。