デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
8節 鉄鋼
6款 株式会社浅野小倉製鋼所対東京製綱株式会社紛議仲裁
■綱文

第53巻 p.69-92(DK530016k) ページ画像

大正12年10月27日(1923年)

是ヨリ先、鉄鋼業界不況ノタメ、栄一ノ裁定セル小倉製鋼所売買代金支払条項ノ履行困難トナリタル浅野総一郎ハ、東京製綱株式会社ニ対シ、支払
 - 第53巻 p.70 -ページ画像 
条件ノ変更ヲ求メタルモ、同会社ハ之ニ応ゼズ、紛議久シキニ亘リテ、遂ニ再ビ栄一ノ仲裁ヲ請フ。

栄一、双方ノ互譲ヲ求メテ之ヲ調停シ、是日、両者間ニ年賦金返済契約ヲ締結セシム。

尚、右契約ニヨリ、浅野総一郎ノ債務ハ、株式会社浅野小倉製鋼所ニ於テ之ヲ継承ス。


■資料

集会日時通知表 大正一二年(DK530016k-0001)
第53巻 p.70 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年        (渋沢子爵家所蔵)
六月七日  木  午前八時 横山徳次郎氏来約(飛鳥山)
   ○中略。
六月廿四日 日  午前八時 赤松・戸村両氏来約(飛鳥山)
   ○中略。
七月二日  月  午後四時 木島孝蔵・横山徳次郎・水上浩躬三氏来約(兜町)
   ○中略。
七月四日  水  午後一時 横山徳次郎氏来約(加水会館)
   ○中略。
七月六日  金  午後二時 浅野総一郎氏来約(兜町)
   ○中略。
七月十二日 木  午後二時 浅野総一郎・金子喜代太・横山徳次郎・鈴木紋次郎四氏来約(兜町)
   ○中略。
八月三日  金  午前八時 赤松範一・戸村理順二氏来約(飛鳥山邸)
   ○中略。
八月十三日 月  午後三時 赤松範一・戸村理順・鈴木紋次郎・金子喜代太・末兼要・横山徳次郎六氏来約(兜町)
   ○中略。
八月三十日 木  午后二―三時 横山徳次郎氏来約(兜町)
八月卅一日 金  午前十時 赤松範一・戸村理順両氏来約(兜町)
   ○中略。
十月九日  火  午后 浅野惣一郎来約(事務所)
十月十日  水  午後二時 横山徳次郎氏来約(事ム所)
   ○中略。
十月十六日 火  午前十時 赤松男爵来筈(事務所)
   ○中略。
十月廿五日 木  午前十時 横山徳次郎氏来約(事務所)
十月廿六日 金  午前九半時 横山徳次郎・赤松範一両氏来約(事務所)
   ○中略。
十二月一日 土  午前八、五時 横山徳次郎氏来約(飛鳥山邸)
   ○中略。
十二月六日 木  午後六時 浅野総一郎氏ヨリ御案内(田町同邸)
 - 第53巻 p.71 -ページ画像 


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0002)
第53巻 p.71-73 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(渋沢子爵家所蔵)
    顛末書
去ル大正七年拾月壱日ヲ以テ、弊社ガ当時経営セシ小倉製鋼所ヲ同年八月参拾壱日現在貸借対照表ニ基キ浅野総一郎氏ヘ売渡セシニ、数ケ月後ニ至リ俄然世界ノ商況ニ大変化ヲ来シタル為、同氏ハ弊社ニ対スル契約実行ヲ躊躇シタルヨリ種々ノ紛議ヲ生シ、遂ニ浅野氏ト共ニ閣下ノ御仲裁ヲ煩スニ至リシ結果、大正八年六月弐拾六日ヲ以テ公正ナル御裁定ヲ賜リ、謹テ双方共全然御趣旨ニ服従シタリシガ、当時何等ノ紛争疑問等ヲ生セサリシヲ以テ、御裁定ノ問題以外ニ置キタル大正七年九月壱日以降拾月ニ至ル即小倉製鋼所弊社経営時代並ニ浅野氏ヨリ経営ヲ托セラレシ間ニ亘リテノ立替金並ニ当社ヘ引渡サル可キ同年八月参拾壱日現在得意先代金・銀行預金・受取手形・現金等合計金壱百弐拾万壱千五百七円六拾弐銭ノ返還要求ニ対シテハ、爾来屡々督促ヲ試ミタルモ、調査未了ニ名ヲ藉リテ応セス、漸ク一ケ年半ヲ経過シタル大正九年四月弐拾八日ニ至リ、浅野氏ハ却テ弊社ニ対シ金弐百参拾九万八千八百七拾五円六銭五厘ノ貸勘定アリト称シ、差引金壱百拾九万七千参百六拾七円四拾四銭五厘ハ自己ノ貸勘定ニ属スル趣、計算書ヲ以テ弊社ニ通告セラレタリ
弊社ハ玆ニ於テ浅野同族会社ニ至リ、一応浅野小倉製鋼所常務取締役横山徳次郎氏ノ説明ヲ求メタルニ、其大部分ハ委任経営時代弊社ガ善意ヲ以テ処理シタルモノニ対シ賠償ヲ求メ、或ハ形式上引継ノ完全ナラサルヲ根拠トシテ、実際ハ自己ニ於テ之レガ利益ヲ収受シタルモノヲ拒絶スル等不当ノ理由ナラサルハナク、依テ爾来再三其撤回ヲ逼リシモ応セス、尚且浅野氏ノ計算ニシテ誤謬ナキヤ否ヤヲ審究スル為メ弊社経営時代ノ諸帳簿及証票書類ノ引渡ヲ請ヒシモ、是亦其要求ヲ容レズ、徹頭徹尾要領ヲ得スシテ昨年末ニ至レリ
昨大正拾壱年ハ、閣下ノ御裁定ニ基キ小倉製鋼所売渡代金年賦金弐百万円ヲ浅野氏ヨリ受取ル可キ第壱回ノ時期ナルヲ以テ、七月弐拾九日予メ支払ハル可キ時日ノ予告ヲ求メシニ、浅野同族株式会社取締役鈴木紋次郎・金子喜代太ノ両氏並ニ浅野小倉製鋼所常務取締役横山徳次郎氏ハ相携テ弊社ヲ訪ハレ、浅野氏及浅野小倉製鋼所ノ現状ニ於テ同年末第壱回支払金ノ実行困難ナル事情ヲ訴ヘ、之ガ延期ヲ懇請セラレタルヲ以テ、弊社ハ両者ノ言ヲ諒トシ、且ハ弊社ガ浅野小倉製鋼所ノ大株主タル地位ヨリ同情ヲ以テ考慮ス可キ旨ヲ答ヘタルガ、結局延期ノ希望ヲ容レントスルニハ、先ツ曩ニ浅野氏ガ弊社ノ立替金其他ノ返還金請求ニ対シ反抗的態度ヲ以テ臨レタル計算書ヲ撤回シ、円満ナル解決ヲ見タル後ニ非レバ、協定談ニ入リ難キ旨ヲ以テセリ
弊社ハ一方浅野氏ヨリ提出セラレタル貸借勘定書ノ要求額中其不当ナリト信スルモノニ対シテハ、一項毎ニ其理由ヲ指摘シテ拒絶スルト共ニ、弊社ノ過誤ヨリ請求シタリト認ムルモノニ就テハ、総テ浅野氏ノ計算ヲ誤謬ナキモノト仮定シテ快クコレヲ立替金勘定ヨリ削除ス可キ旨ヲ通告シテ其承認ヲ求メ、以テ本問題ニ関スル円満ナル結末ヲ告ケ然ル後、期日経過ノ年賦金並ニ立替金等ノ支払ニ対シテハ延期ヲ承諾
 - 第53巻 p.72 -ページ画像 
スルカ、或ハ更ニ新ナル条件ヲ以テ資金ノ融通ヲ与フルカ、要スルニ弊社カ損失ヲ蒙ラサル程度ニ於テ充分ノ考慮ヲ払フ可キ旨ヲ言明シ、本年五月末日ヲ期シテ連リニ其決答ヲ促スモ何等ノ反響ナク、半歳ヲ隠忍空シク玆ニ経過スルニ至リ、最早浅野総一郎氏ノ誠意ヲ認メ難キ遺憾ナル場合ニ到達シタルヲ以テ、往年閣下ニ多大ノ御配慮ヲ蒙リタル関係ヲ回顧シ、浅野氏ガ弊社ヲシテ最後ノ手段ヲ採ルノ万止ムヲ得サルニ至ラシメタル顛末ヲ具陳シテ閣下ノ御高察ヲ仰クコトヽセリ、希クハ弊社ノ苦衷ヲ諒セラレンコトヲ
閣下ノ御裁定ニ基クトキハ浅野小倉製鋼所ハ主タル債務者トナリ、浅野総一郎氏ハ個人トシテ連帯保証人タルベキモノナレト、浅野小倉製鋼所社長浅野総一郎氏ハ同社ノ有体財産ニツキ未タ弊社ノ要求ニ対シ抵当権設定登記ヲ運フニ至ラス、依テ今ハ単ニ浅野総一郎氏個人ヲ債務者トシテ弊社ノ権利ヲ主張セントス
  大正拾弐年六月十四日
             (ゴム印)
             東京市深川区東大工町四拾八番地
              東京製綱株式会社
               専務取締役 赤松範一
    子爵 渋沢栄一殿

    浅野氏要求ニ対スル弊社意見
  第一
大正九年四月弐拾八日付ヲ以テ浅野氏ヨリ小倉製鋼所売渡代金ノ内容ニ過誤アリトナシ、金弐百参拾九万八千八百七拾五円〇六銭五厘ノ要求アリタルモ、其大部分ハ不当ナルモノニシテ当社ノ応諾シ難キモノニ属ス、其内訳左ノ如シ
 壱、金弐拾参万七千参百七拾参円拾七銭
   浅野氏ノ調査不充分ニ属スルモノ、即現品ノ所在ガ目録面ト異リタル為明瞭ヲ欠キ、又ハ当時ノ会計組織ヲ不熟知ノ為生シタル誤解ニ基クモノ
 弐、金弐千弐百円
   譲渡前ノ当社行為ニシテ浅野氏ノ利益ニ帰ス可キモノ、即小倉製鋼所ノ為有益又ハ必要ナル寄附申込ヲナシタルモノナレバ、当然浅野氏ニテ継承支払ヲナス可キ分
 参、金弐万七千六百四拾六円五拾七銭
   証拠書類ノ不足、即個々ノ受取証、又ハ帳簿記載ノ不備ヲ摘発シ、事実ヲ無視シテ不当ノ抗弁ヲ提出セルモノ
 四、金四拾万四千弐百〇参円五拾銭九厘
   売買契約ニヨル大正七年八月参拾壱日現在ヲ基礎トシテ完全ニ浅野氏ニ引継ヲ了シ、若クハ浅野氏ニ於テ立会調査ヲ経スシテ随意ニ処分シタル後ノ事故、即損益共浅野氏ノ計算ニ帰ス可キモノニ対シ抗弁ヲ提出セル分
 五、金参万弐千六百拾円
   渋沢子爵御裁定ニ基キ浅野小倉製鋼所株式五万株ヲ取得シタルニモ関ラス、其以前ニ遡リ払込金ノ利息ヲ要求セル分
 - 第53巻 p.73 -ページ画像 
 六、金壱百参拾六万〇六百四拾参円弐拾銭
   浅野小倉製鋼所創立前、即当社ニテ代リテ事務ヲ執リタル際善意ヲ以テ処理シタルモノニ対シ、不当ニ賠償ノ要求又ハ引継カズトノ申出アル分
 七、金壱万四千六百七拾四円五拾銭
   浅野氏ノ過失ニヨルモノ、即浅野氏ニ引継后ニ於テ金銭出納ニ関シ注意ヲ欠キタル為損失ヲ来シタルモノヲ、当社ニ転嫁シ来リタル分
 八、金弐拾参万八千七百〇六円六拾九銭壱厘
   小倉製鋼所譲渡ニヨリ当然当社ノ受ク可キ包括利益金タル三割増金ニ対シ抗弁ヲ提出セルモノ
   即右三割増金ハ包括利益金ニシテ分割ス可キ性質ニ非ルニモ関ラズ、基本金額ノ変更ニ伴フ三割増金ノ減額ヲ要求セルモノニテ素ヨリ不当ノモノナリ
以上合計金弐百参拾壱万八千〇五拾七円六拾四銭

  金壱万七千九百五拾五円
   浅野氏ヨリ要求ノ趣旨不明ノ為質問中ノモノ

  金六万弐千八百六拾弐円四拾弐銭五厘
   当社ノ過誤ニ基クモノニシテ、浅野氏ノ要求ニ応スルノ止ムヲ得サル分

  第二
渋沢子爵御裁定ノ条件ニ基キ、昨大正拾壱年拾弐月末日ニ於テ小倉製鋼所売渡代金ノ内、金弐百万円ヲ浅野氏ニ於テ当社ヘ支払ハル可キハ当然ノ事ナレトモ、同氏ニシテ目下其実行困難ナリトスレバ、浅野小倉製鋼所社長浅野総一郎氏ハ同社ガ有スル未払込株金九百万円中ノ一部払込ニ依ルカ、或ハ社債募集等ノ方法ニ従ヒ資金ヲ得、浅野氏ヲ経テ交付セラルヽノ外ナキモノトス、然レトモ同社モ亦前記ノ資金ヲ得可キ事不可能ナル場合、当社ハ第一ノ問題ニシテ円満ナル解決ヲ見タル後ハ、同社ノ為自己ノ信用ニヨリテ社債ヲ発行シ之カ援助ヲナスコトニ就テ考慮ス可シ


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0003)
第53巻 p.73-76 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
    御願
謹啓 愈々御清穆之条奉恭賀候、偖去大正八年六月二十四日ヲ以テ、閣下ノ御裁定ヲ賜リ候東京製綱株式会社ヘ対スル返済金ノ義ハ、御裁定ノ通リ支払ノ義務ヲ履行致スベキノ処、御承知ノ如ク爾来財界益々不況ノ為メニ誠ニ申訳之レ無ク候ヘ共、万已ムヲ得ズ東京製綱株式会社ニ昨年来十数回ニ渉リテ支払ノ猶予ヲ懇請シツヽ、最近ニ至リテ別紙案文提出、只管懇願中ニ有之候得共、容易ニ御承諾ヲ得ザルガ故ニ殆ド当惑致居候間、誠ニ恐縮之至リニ存候ヘ共、何卒閣下ヨリ是非共東京製綱株式会社ヘ御談示相仰キ度、別紙相添ヘ伏テ奉願上候 敬具
 - 第53巻 p.74 -ページ画像 
  大正十二年六月十九日
                         浅野総一郎
    渋沢子爵閣下
(別紙)
    東京製綱株式会社工場買収代金
    未払金年賦償還及ヒ之ニ附随スル方案
曩ニ小倉製鋼所工場買収後東京製綱株式会社ト当社トノ間ニ於ケル協議事項ニツキ、渋沢子爵閣下ハ両社ノ請ヲ容レラレ、大正八年六月二十四日ヲ以テ裁定ヲ与エラレタリ
爾来当社ハ御裁定ノ主旨ヲ尊重シ、極力之ヲ履行センコトヲ努メ、以テ今日ニ到レリ、然ニ裁定ヲ下サレタル当時、世界ノ商況ハ頓ニ大変化ヲ来シタル後ト雖モ、仮スニ三年余ノ歳月ヲ以テセバ、希クバ努力ノ結果裁定書第四項履行ノ望ミナキニ非ズト予想セシガ、測ラズモ世界ノ不況ハ逐次深刻ニ我国ノ経済界ヲ悪化シ、殊ニ製鋼事業ハ最モ甚シキ打撃ヲ蒙リ、我国製鋼事業ノ存立或ハ絶望ニ非ズヤト危懼セシメタリ、然リト雖モ、当社ニ在リテハ苟モ経費ヲ節シ、能率ヲ高メ、品質ヲ改良シ、而シテ有利ナル販路ヲ求ムル等アラユル方面ニ力ヲ致シ世界的ノ圧迫脅威ニ抵抗シ、悪戦苦闘セシ結果、漸ク最近ニ至リテ前途ニ光明ヲ認ムルニ至リシモ、奈何セン、直ニ裁定書第四項ノ履行ヲナスコトヲ得ザルガ為メ、百方熟慮ノ末、如何ニシテモ年賦償還ノ承認ヲ願ハザレバ、他ニ何等返済ノ方法ヲ見出スコト能ハザルハ誠ニ申訳ナキ限リナリ、是全ク事実斯ノ如クニシテ、何等良案ナキハ真ニ事情ノ已ムヲ得ザルニ出デタル次第ナレバ、偏ニ子爵閣下ノ御憐察ヲ仰ギ、東京製綱会社ノ御諒察ヲ請ハザルベカラズ、何トナレバ、此際若シ強テ多額ノ一時償還ヲ強要セラルヽコトアラバ、当社ハ只滅亡スルノ外ナク、真ニ痛嘆ノ至リニ堪エザルヲ以テナリ、故ニ当社ハ万難ヲ排シ奮闘努力シテ挙ケ得ル利益ヲ以テ、第一ニ東京製綱会社未払償還ノ資金ニ充テ、将来確実ニ元利ノ償還ヲ果サントスル当社ノ誠意ト苦辛トハ、当工場ノ創設者ニシテ且又大株主タル東京製綱会社ハ、願クハ之ヲ諒トセラレ、工場売却当時ノ経済界ノ状態ト、爾来今日ニ至ルマデノ推移トヲ酌量セラレテ、是非共別表ノ通リ
  向フ五ケ年間ハ利息三分五厘ニ据置キ、該五ケ年間ハ元金一ケ年ニ金弐拾万ツヽ年賦償還
ノ願意ヲ納諾セラレンコトヲ切望スルノミ、当社ハ此方法以外ニハ何等償還ノ道ナキヲ遺憾トス
次ニ、大株主ニシテ且又債権者タル東京製綱会社ノ了解ト承諾トヲ請ハザルベカラザルハ、元来当社工場現在ノ設備ハ、首尾ノ一貫ヲ欠キ未ダ完全ナル能力ヲ発揮スルコトヲ得ズ、所謂半成工場ノ状態ニアルヲ以テ、是非共各工場ノ能力ヲ均衡セシムル道ヲ講ゼサルベカラザルモ、奈何セン当面ノ急ニ追ハレ、力ヲ是ニ致スコト能ハズ、日夜之ヲ遺憾トス、乍去基礎工事ノ一部及附属設備ノ一端等他日ノ完成ニ裨補スベク、平素作業ノ傍ヲ多少其用意ヲ以テ施設セシモノアルモ、其ハ甚タ些末ノ工事ニ属シ、容易ニ現実着手ノ機ニ至ラズ、空シク陰忍以《(隠)》テ今日ニ至レリ、然ルニ愈々今後年賦償還ヲ確実ニ実行セントスルニ
 - 第53巻 p.75 -ページ画像 
当リテハ、一刻モ猶予スルコト能ハザルガ故ニ、此機会ニ於テ別紙予算○略スヲ以テ之ガ実行ニ着手セントス、還言《(換)》スレバ、年賦償還ヲ懇請スルニ方リ、工場完備ニ対スル資金ヲ利益金ノ内ヨリ捻出セントスルハ、或ハ疑惑ヲ蒙ルノ恐レアランモ、其ハ申スマデモナク償還額ノ確実増加ヲ図ルハ一ニ工場ヲ完備シ、能率ヲ高メ、而シテ確実ニ利益ヲ増加スルノ一途アルノミナルヲ以テ、此完成工事ハ必竟年賦償還ノ資金ヲ確実ニ獲得セントスルノ手段ニ外ナラズ、故ニ是非共先以テ五ケ年間ノ寛容ヲ請ヒ、年来ノ宿望タル平炉二基及ヒ附属設備ノ完成ヲ切望スル所以ナリ、幸ニシテ之ヲ許容セラレバ、冀クハ予定ノ作業ヲ為スコトヲ得、依テ以テ得タル収益ヲ以テ未払金ニ対シ五分ノ利息ヲ支払ヒ得ルノミナラズ、元金ノ償却モ尚漸次累加ヲナシ得ベキ見込ナルヲ以テ、年賦償還ノ付帯案トシテ是非共此補足完成工事ニ対シ、東京製綱会社ノ快諾ヲ切望スル所以ナリ
尚未払金ノ利息ヲ三分五厘ニ据置カレルコトヲ懇請シナガラ、株主ニ配当ヲナサントスルハ、東京製綱会社ニ対シテ如何ニヤトノ疑惧ノ念ナキニ非ザルモ、同会社ハ一面ニハ債権者タルモ、亦一面ニハ大株主タルヲ以テ、容易ニ之ヲ諒解セラルベシト思考ス、何トナレバ、当社ハ創業以来未ダ一回ノ配当モナサヾルガ故ニ、将来苦心努力ノ結果幸ニ産ミ得タル利益ノ一部ヲ配当セントスル微衷ハ、当工場ノ創設者ニシテ且ツ大株主タル東京製綱会社ハ勿論、自余二百有余ノ株主ニ在リテモ之ヲ諒トセラルベシト信スルヲ以テナリ、乍去株主ノ配当ハ当分三分五厘ニ止メ置キ、将来工事完成、利益増進ノ後ハ、東京製綱会社未払金ノ利息ト同額迄ノ配当ヲ為シ得ルモノトシ、尚収益ノ状況ニヨリテ、元金償還ノ額ヲモ増加シテ、同社ニ対スル返済義務ノ完了ヲ一日モ速カナラシメンコトヲ計画努力スルニ怠ラザルベシ、而シテ工事ヲ完成スルニ五ケ年ヲ予定シタルハ、主トシテ資金ノ関係ニ拠リタルナリ、故ニ経済状態ノ如何ニヨリテ多少ノ伸縮ヲ加フル事アルベキモ創業以来第九季決算ノ終リ迄ヲ第一期トシ、第十季決期《(算)》ノ始メヨリ本工事完成迄ヲ第二期トシ、第二期ノ完了ヲ待チテ、尚大ニ時運ニ適応シタル積極的計画ヲ立テントス
終リニ臨ミ、更ニ前陳ノ所思ヲ繰返シテ東京製綱会社ノ考慮ヲ請ハントスルハ、子爵閣下御裁定ノ事項ヲ履行スルコトヲ得ズ已ムナク年賦償還ヲ願ヒ、尚加フルニ五ケ年間三分五厘ノ利息継続ヲ請ヒ、其間約六拾万円ノ工場完備資金ノ捻出計画ヲ希望スルハ、叱責ヲ蒙ルヤモ知ラザレドモ、苟モ工場経営ノ対策ニ一点ノ御同情ヲ以テセラルレバ、債権者及大株主タル同社ノ諒解ヲ得ラルベシト確信シテ疑ハザル所ナリ、何トナレバ、投資額ニ対スル生産収益ノ釣合ヲ得セシムルハ最モ必要ナルコトニシテ、今ヤ当社ハ巨額ノ未払金ニ対シテ幸ニモ低利ノ恵ミニ浴シ居ルトハ云ヘ、尚過重ノ間接費ヲ担ヒツヽ必死ノ努力ヲ継続シテ、辛フシテ他ノ同業者ト雁行シテ稍劣ラザル地歩ヲ占メ得ルモ現在当工場ノ状態ニアリテハ勤労努力ノ一途ニノミヨリテ収益ノ増加ヲ謀ラントスルモ、最早此上ハ殆ト其余地アルベシト思ハレズ、只剰ス所ハ工場能力ノ均衡ヲ決行シテ、生産ヲ増加シ、直接間接ノ費用ヲ薄メテ収益ヲ増加スルノ外ナキヲ以テナリ、依テ今玆ニ適切ナル一例
 - 第53巻 p.76 -ページ画像 
ヲ挙クレバ、現ニ東京製綱会社ニ支払ツヽアル利息ノミニテモ、現在三基ノ平炉ニテ一ケ年約四万屯ノ鋼塊ヲ製造スレバ一屯当リ金四円八十六銭四厘ノ負担ナルモ、五基完成ノ上ハ、一ケ年七万八千屯ノ鋼塊ヲ製造スルコトヲ得ルヲ以テ、其負担ハ一屯当リ金二円四十九銭四厘(利息ニ変更ナキモノトシテ)即チ差引一屯ニ対シ金二円三十七銭ノ負担減少トナル、是レ直ニ当社ガ当社以外ノ同業者ニ対シテ其レダケ優越ノ地歩ヲ占メ得ル道理ニシテ、右ハ単ニ簡易ナル手近ノ一例ニ過ギザレトモ、平炉二基増設ノ為メニ受クル当社ノ直接間接ノ利益ハ、蓋シ予想ノ上ニ達スベク、斯クシテ当社ノ基礎漸ク定マリ、是ニ始メテ場合ニヨリテハ株金ノ払込モナシ得ベク、又ハ他ニ資金調達ノ途ヲモ開ケ得ベク、更ニ進ミテハ、目下使用セザル所ノ構内ノ空地ヲ利用シテ、必要ノ場合ニハ製線其他ノ工場ノ設立ヲモナシ得テ、始メテ本工場創立ノ根本義ヲ達成スルコトヲ得ベシ、況ヤ大埋立地完成ノ暁ニハ、相当金融ノ道ヲ講スルコトヲ得テ、債務ノ完済ヲ決行スルコト決シテ難シトセザルハ何人モ疑ハザル所ナリト信ズ、故ニ当社従業者一同ガ財界不況、鋼鉄事業不振ノ今日ニ於テモ、共同一致、不撓不屈、勤勉努力シテ、以テ当社ノ基礎ヲ固メツヽ、負フ所ノ義務ヲ正実ニ果サントスル熱誠ト確信トヲ認メラレ、願クハ切ニ賛同援助ヲ与エラレンコトヲ東京製綱会社ニ懇請シテ止マザル所ナリ、特ニ子爵閣下ニ対シテハ誠ニ陳謝スベキ辞ナキモ、只管江海ノ温愛ニ縋リテ御寛恕ヲ仰キ御垂情ヲ待ツノミ
  大正十二年六月十五日
                       末兼要
   ○末兼要ハ株式会社浅野小倉製鋼所常務取締役ナリ。(「浅野総一郎」伝記ニ拠ル)


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0004)
第53巻 p.76-77 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 去二十日懇願致候浅野小倉製鋼所代残金五百五拾五万円《(十九)》、外ニ同社差引勘定百弐拾万円、合計金六百七拾五万円ハ左ノ方法ヲ以テ返済方御調停被成下度、重ネテ奉懇願候 敬具
  大正十二年六月二十二日
                       浅野総一郎
    渋沢子爵
        閣下
      記
一、総債務金六百七拾五万円ヲ此際浅野小倉製鋼所振出シ浅野個人保証ノ支払手形ニテ返済ノコトニ相願度候
 而シテ当方ヨリ御請求金弐百参拾九万円余ハ此際撤回可致候間、前記手形ハ決済ニ至ル迄無利子ニ相願度候
一、前記手形金六百七拾五万円ノ内金百万円ハ本年ヨリ弐拾万円宛五ケ年間ニ決済可致候
一、右決済残金五百七拾五万円ハ大正十七年ヨリ一ケ年百万円宛五ケ年半ニ決済可致候
      手形金額支払期日表
 - 第53巻 p.77 -ページ画像 
  二十万円  大正十三年六月末日
  二十万円  〃 十四年六月末日
  二十万円  〃 十五年六月末日
  二十万円  〃 十六年六月末日
  二十万円  〃 十七年六月末日
  百万円   〃 十八年六月末日
  百万円   〃 十九年六月末日
  百万円   〃 二十年六月末日
  百万円   〃 廿一年六月末日
  百万円   〃 廿二年六月末日
  七拾五万円 〃 廿二年十二月末日
 合計六百七拾五万円
           以上


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0005)
第53巻 p.77-78 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 益々御清栄奉大賀候、陳者予テ御高配ヲ煩ハシ居候浅野小倉製鋼所工場買収代金残額支払ノ儀ハ、大正八年六月廿四日附渋沢子爵御裁定書第四項ノ通リ実行可致ノ処、昨年以来十数回ニ亘リテ鈴木・金子・末兼・横山等ヨリ具陳為致居候通リノ状態ニテ、到底御裁定書通リ履行致兼ネ候、就テハ種々苦心協議ノ結果、最近ニ至リテ前記四名ヨリ拝願為致居候如ク、左記ノ通リ是非共御承諾ヲ蒙リ度願上候、然ル上ハ必ス約定通リ履行致スヘキ覚悟ニ有之候間、何卒特別ノ御詮議ヲ以テ御快諾ヲ賜リ度、切ニ御願申上候 敬具
  大正十二年六月二十八日
                     浅野総一郎
  東京製綱株式会社
    専務取締役 赤松範一殿
                侍史
      記
一、金六百七拾五万円(工場買収代残金五百五十五万余円ト貴方ヨリノ御請求金百二十余万円)ヲ此際浅野小倉製鋼所振出シ小生個人保証ノ手形(但無利息)ニテ支払ノコトニ相願度、幸ニ御承諾ヲ蒙ムルコトヲ得ハ、当方ヨリノ請求金弐百参拾九万余円ハ請求セサルコトニ可致候
一、而シテ支払手形金額及期日ハ次ノ通リニ相願度候
  金二十万円    大正十二年末
  金二十万円    〃 十三年末
  金二十万円    〃 十四年末
  金二十万円    〃 十五年末
  金二十万円    〃 十六年末
  金百万円     〃 十七年末
  金百万円     〃 十八年末
  金百万円     〃 十九年末
  金百万円     〃 二十年末
 - 第53巻 p.78 -ページ画像 
  金百万円     大正廿一年末
  金七拾五万円   〃 廿二年末
 合計金六百七拾五万円
          以上


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0006)
第53巻 p.78 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
    浅野氏提案年賦償還方法ニ対スル当社意見
六月二十八日浅野氏ヨリ提出サレタル年賦償還方法ハ、当社ヨリ要求セル(製鋼所売渡当時ノ立替金其他)金壱百弐拾万円余ヲ承認シ、一方大正九年四月同氏カ当社ニ要求セル(損害賠償其他)金弐百四拾万円弱ヲ撤回スルコトヽシ、即当社ノ債権金六百七拾八万円全部《(五カ)》ニ対シ償還義務ヲ果サルヽ旨言明シ、大ニ譲歩ノ形ヲ示セルモ、実ハ償還期間十一ケ年ニ亘リ無利子トスルノ条件ヲ付シ、譲歩ニヨリ失フ所ノモノヲ補フ可キ方法ヲ案出セラレタルモノナリトス
今試ニ普通利子ヲ付スル場合ト此案トヲ比較計算スルニ、年賦償還期ノ最終ニ至レハ第一号表現在商取引ニ於ケル普通利率一割ヲ付スルモノノ如ク当社ハ大正九年四月ニ於ケル浅野氏ノ要求ヲ容レタル上尚金弐百八拾余万円ノ故ナキ利益ヲ与フル結果トナル可ク、仮ニ第二号表ノ如ク法定利率ノ六朱ヲ以テ計算スルモ、浅野氏主張ノ要求全部ヲ容レタルト殆ト同一ノ結果ヲ見ルニ至ル
要スルニ浅野氏ハ表面ニ立替金ノ承認、損害賠償ノ撤回等謙譲ノ態度ヲ装ヒ、裏面ニ於テ事実上自己ノ主張ヲ貫徹スル外尚多大ノ利益ヲ獲得セントスルモノニシテ、当社ノ断シテ応シ難キ所トス
  (ゴム印)
  大正拾弐年六月卅拾日《(マヽ)》
             (ゴム印)
             東京市深川区東大工町四拾八番地
              東京製綱株式会社
               専務取締役 赤松範一
   ○第一号表・第二号表共ニ略ス。


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0007)
第53巻 p.78-81 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
    御願
謹啓 益々御清穆ノ条奉欣賀候、偖先般来引続キ御心労相煩ハシ居候東京製綱株式会社ニ関スル件ハ、去ル四日横山徳次郎ヨリ拝願為致置候通リ、予テ同社ニ提出致居候貸借勘定ヲ同社ニ於テハ今日ニ至ルマテ充分ノ御諒解ヲ得ルニ至ラズシテ、唯徒ニ不当ナル申分ノ如クニ見做サレ居リ、一途ニ之ヲ撤回スルヲ以テ誠意アルモノヽ如ク申サレ居候事ハ甚遺憾至極ニ存候ニ就テハ、過日来岸博士ニ請ヒテ逐一詳細ニ審査ヲ願ヒ、本日漸ク別冊ノ如ク説明書ヲ作成シ、之ヲ閣下ニ捧呈シ御清覧ヲ仰キ、洵ニ至当ナル申分ナリトノ御仰ヲ賜ルコトヲ得ハ、何卒閣下ヨリ之ヲ東泉製綱株式会社ノ当局各位ニ御高諭ヲ煩ハシ、同社ノ純美ナル御諒解ヲ得度切望ノ至リニ堪ヘス存候、幸ニ同社当局各位ノ御諒解ヲ得ハ、去六月二十二日付ヲ以テ閣下ニ、同月二十八日付ヲ以テ東京製綱株式会社赤松専務取締役殿ニ提出致候願意モ御承認ヲ得ラルベキモノナリト存候間、閣下ノ如キ邦家ノ為メ日夜御多忙ノ際、
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何トモ恐縮至極ニ奉存候ヘ共、何卒特ニ御垂情ヲ賜リ御高配ヲ蒙リ度伏テ奉懇願候 敬具
  大正十二年七月十一日
                      浅野総一郎
    渋沢子爵閣下
          御侍史
(別冊)
  貸借勘定説明書 大正十二年七月十一日
    貸借勘定
一金壱百弐拾万壱千五百七円六拾弐銭也     東京製綱主張ノ借勘定
一金弐百参拾九万八千八百七拾五円六銭五厘也  当方ヨリ東京製綱ニ対スル貸勘定
一金百拾九万七千参百六拾七円四拾四銭五厘也 差引貸勘定
               以上
    借勘定内訳
一、金六拾四万八千四百弐拾七円九拾参銭也
   大正七年九月・十月ニ東京製綱ニ於テ支出セリト主張スル分
二、金四拾九万八千拾六円四拾参銭也
   大正七年八月卅一日以前ノ売掛金ニシテ其後当方ニテ収入シタリト東京製綱ニテ主張スル分
三、金五万五千六拾参円弐拾六銭也
   大正七年八月卅一日現在ノ現金・受取手形・預ケ金ヲ合計シタリト称セラルヽ分
  合計金百弐拾万壱千五百七円六拾弐銭也
    貸勘定内訳
右ハ後葉ニテ細説シ玆ニ略ス
             以上
    貸借勘定ノ説明
大正八年六月二十四日附渋沢子爵御裁定書ノ外ニ本貸借勘定書ノ因テ生シタル理由ハ
大正七年十月二十三日作成ノ、改正覚書ニ依リテ、東京製綱株式会社(以下東京製綱トス)ヨリ大正七年九・十両ケ月間ニ支出シタリト称スル金六拾四万円余ト、大正七年八月卅一日以前ノ売掛金ヲ当方ニテ収入シタリト称スル金四十九万円余ト、大正七年八月三十一日現在ノ現金・受取手形・預ケ金ヲ合計シタル金五万円余トノ合計金壱百弐拾万円余ノ支払請求ヲ当方ニ於テ受ケタリ、之ヲ借勘定ト称ス
而シテ当方ヨリハ之ニ対シテ調査ヲ遂ケ、前記借勘定中当方カ支払ノ義務ヲ認ムル能ハサルモノト、前記改正覚書ニ依リテ帳簿並ニ現物ヲ調査シタル結果、東京製綱ニ向ケテ支払ノ要求ヲナシタルモノトノ合計金弐百参拾九万円余ノ請求ヲ東京製綱ニ対シテ為シタリ、之ヲ貸勘定ト称ス
右借勘定金壱百弐拾万壱千五百七円六拾弐銭也
 貸勘定金弐百参拾九万八千八百七拾五円六銭五厘也
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 貸借差引
 貸勘定金壱百拾九万七千参百六拾七円四拾四銭五厘也
結局右ハ東京製綱ヨリ当方ヘ支払ヲ受クヘキモノナリ
                 以上
    貸勘定書提出ノ時日
貸勘定書ヲ当方ヨリ東京製綱ヘ提出シタルハ大正九年四月廿八日ナルモ、此ノ書類ヲ完成スルマテノ来歴ヲ略述セハ次ノ如シ、即チ大正七年末当方ノ経営ニ移リテヨリ帳薄及現物ニ就キテ不備不足ノ箇処多キニ心付キ、大正八年一月九日其趣ヲ東京製綱ニ通告シ、且ツ具ニ調査ヲ遂ケテ東京製綱ノ確認ヲ受ケ之ヲ処理スルコトニ同会社ノ諒解ヲ得爾来着々調査ヲ為シタルモ、何分ニモ開設日浅キ乱雑ナル大工場ヲ引受ケ、日々作業ヲ継続シツヽ之ヲ調査セントセシモ、帳簿ノ記載等頗ル区々ニ渉リ居リシカ為ニ意外ノ時日ヲ要シ、大正九年一月廿日ニ至リ漸ク大体ノ調査ヲ了シタルモ、爾来幾度モ審査ヲ重ネタル上ニ於テ前記ノ通リ東京製綱ヨリノ請求金百弐拾万円ノ内誤謬ト認ムヘキモノ及新ニ当方ヘ《(ヨリ)》支払ヲ要求スヘキモノ合計金弐百参拾九万円余ヲ東京製綱ニ請求スルニ至レリ
斯クノ如ク貸借勘定書ノ提出ハ時日大ニ遅レタルモ、前陳ノ事情ニテ万已ムヲ得サルニ出テタルモノニシテ、東京製綱ノ主張セラルヽカ如キ渋沢子爵御裁定書後ニ於テ作成シタルモノニモ非ズ、且又東京製綱ヨリ借勘定ノ支払請求ヲ受ケテ初メテ調査ニ着手シタルニモ非スシテ全ク当方ノ経営後直ニ心付キ、而モ東京製綱ノ承認ヲ受ケテ調査ニ着手シタル次第ナルコトヲ飽マテ御諒解アランコトヲ切望ニ堪ヘス、而シテ調査ノ容易ナラスシテ時日ヲ要シタルコトモ同時ニ御賢察アランコトヲ願フ次第ナリ
    貸借勘定交渉ノ次第
大正九年四月廿八日貸借勘定書ヲ東京製綱ヘ提出セシ以来、当初ノ間ハ数次之ニ関シ応答ヲ為シ、爾来暫ク其儘ニ打過キ居タリシカ、大正十一年末ニ至リテ渋沢子爵御裁定書第四項ノ実行期限ニ差迫リ、之カ延期ヲ懇請シタル処、東京製綱ハ夫ハ兎ニ角トシテ先ツ以テ貸借勘定書ヲ撤回シテ誠意ヲ示サレタシトノ事ナルモ、当方ハ理由正シキ書類ナルカ故ニ撤回ノ請求ニハ応シ難キモ、貸借勘定ヲ片付ケ、同時ニ当方希望ノ延期願ヲ聴入レラルヽナラハ貸借勘定ノ片付ヲ協議セントテ昨年末ヨリ今年始ニ亘リテ数回ノ協議ヲ為シタリ、而シテ時日ヲ経過シツヽアル間、大正十二年三月十三日附書面ヲ以テ、当方ヨリ提出セル貸借勘定書ヲ調査シタル処、東京製綱ハ其内約金六万円余ハ承認スヘキモ、他ハ承認シ難キヲ以テ要求ヲ撤回セラレタシトテ、各項ニ渉リ其理由ヲ列記シテ申送ラレタリ、之ニ対シテハ当方ヨリモ亦書面ヲ以テ応答スヘキノ処、斯クテハ徒ニ時日ヲ空費シ、且又文字文章ノ不備ノ為メニ感情ヲ害スルヲ恐レ、十数回ニ亘リテ口頭ヲ以テ陳述シ其説明ニ努メ只管其諒解ヲ求メタリ、斯クノ如クニシテ遂ニ六月廿二日渋沢子爵ニ懇願シ、御裁定書第四項ノ支払猶予ト貸借勘定ノ解決方法トヲ立案シテ子爵ヨリ東京製綱ニ御懇請方ヲ依頼シタリ、此間子爵ヲ煩ハシタル結果六月廿八日附ヲ以テ前記同様ノ書面ヲ東京製綱ヘ提出
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懇願シタリ
斯ノ如ク口頭ニ書面ニ殆ト毎日ノ如ク渋沢子爵又ハ東京製綱ニ懇願シツヽアリシ処、大正十二年六月三十日ヲ以テ東京製綱ヨリハ子爵ニ対シテ、当方ノ願意ハ断シテ応シ難キ所ナリトノ返事アリタル旨ヲ即日子爵ヨリ御通告ニ接シ、洵ニ遺憾ニ堪ヘス、今其事由ヲ承ルニ、若シ当方ノ願意ヲ容ルヽトセハ、金二百八十万円余ノ利益ヲ故ナク当方ニ与フル結果トナリ、仮リニ法定利率ノ六朱ヲ以テ計算スレハ、其利息ハ殆ト当方ノ請求金弐百四拾万円ニ匹敵シテ、当方ノ主張ヲ貫徹セシムルコトヽナリ、結局表面譲歩ノ態度ヲ装ヒ、其実巧ニ自己ノ主張ヲ貫徹セントスルモノナリトノ酷評ニ有之候モ、是全ク東京製綱ニ於テハ、当方ノ請求スル貸勘定ヲ全然理由ナキモノナリトノ前提ニヨリテ立論サルヽモノナルカ故ナリト思考致候、若シ之ニ反シテ当方ノ請求スル貸勘定カ理由正シキモノトセハ、仮リニ東京製綱ノ計算ニ依ルモノトシテ年六歩ノ利子ヲ附シテ計算シタルモノト殆ト同一ノ結果トナルカ故ニ無利息償還カ穴勝ニ一方ノ不利トナラサル公平中正ノ断案ナルコトハ洵ニ明瞭トナルヘシ、然ルニ不幸ニシテ今日ニ至ルマテ当方ノ請求スル貸勘定ニ付キ、東京製綱ノ十分ナル諒解ヲ得サルハ全ク当方ノ努力説明ノ尚大ニ不足セルニ基因スヘキコトヲ自ラ省ミテ、曩ニ東京製綱ヨリ書面ヲ以テ申送ラレタル事由ト、当方ノ説明トヲ左ノ如ク併記具陳シ、以テ根本的ノ御諒解ヲ請ハントスル次第ニ御座候
○下略


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0008)
第53巻 p.81 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
                 (別筆朱書)
                 大正十二年七月十四日
                     横山徳次郎氏
前略
一昨日ハ拝眉種々御高諭を賜り誠ニ難有奉存候、就ハ昨日金子氏と同道致し赤松様訪問、別紙之通り貸借勘定説明書を差出し御考慮を願置申候処、同氏ハ子爵閣下之御力に縋りて御調停を切ニ希望致し居られ申候、乍去他重役一同之御諒会を願ふために、本日各重役御銘々にも右説明書を呈上して御覧を仰ぎ候て、充分の御協議を願ふ事ニ可致候何れ其結果ニよりて又々子爵閣下の御高配を御願申上度存候、何卒御高察被下度候、右御報告之為め参邸仕候処、時間後れ閣下と途中にて行違ひ候につき、甚乍略儀以書中右拝報方々御願申上候間、宜敷御諒承を賜り度候 恐々謹言
  七月十四日朝九時半
                     横山徳次郎拝
    子爵閣下
          御前ニ
   ○別紙略ス。


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0009)
第53巻 p.81-82 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
    御願
謹啓 時下炎暑之砌益々御清穆奉恭賀候、偖殊ノ外御心労ヲ煩ハシ居
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候東京製綱株式会社ニ対スル件ハ、其後引続キ交渉ヲ重ネ居候ヘ共、何分ニモ相対ニテハ容易ニ解決ヲ告ゲズ、誠ニ心痛ニ堪ヘズ居候間、甚恐縮之至リニ存候ヘ共、偏ニ閣下ノ御力ニ縋リ御調停ヲ仰ギ度懇願仕候、幸ニ御承諾ヲ賜ハルコトヲ得バ、何卒左記ノ方法ニ依リテ御配慮相煩ハシ度、伏テ御願申上候 敬具
  大正十二年八月八日
                     浅野総一郎(印)
    渋沢子爵閣下
      記
一、東京製綱株式会社ニ対スル工場買収代残金五百五十万円余ト同社ヨリ支払請求ヲ受ケ居候金百二十万円余トハ、別紙計算書ノ通リ低利年賦ノ方法ヲ以テ株式会社浅野小倉製鋼所ヨリ返済スル事、但同社ニ於テ返済ノ義務ヲ履行シ能ハザル時ハ、小生個人ニ於テ如何ナル方法ヲ講ジテモ之ニ代リテ返済ノ義務ヲ履行スル事
二、東京製綱株式会社ニ対シテハ前記ノ義務履行完了ニ至ルマデ、株式会社浅野小倉製鋼所大正十二年八月末現在ノ有体財産ノ全部ヲ担保ニ提供スル事
三、東京製綱株式会社ニ対シテ当方ヨリ支払ノ請求ヲ為シ居ル約金二百四十万円ハ、別紙計算書ノ通リ低利年賦ノ方法ヲ以テ当方ヘ支払ヲ受クル事
        以上
    別紙低利年賦計算書添付
  大正十二年八月八日記ス
   ○別紙略ス。


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0010)
第53巻 p.82-83 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
          (栄一墨書)
          八月十八日伊香保客舎にて落手
            (別筆朱書)
            大正十二年八月十七日
                   横山徳次郎氏
謹啓
益々御清迪之条奉恭賀候、偖此頃ハ炎暑殊之外烈敷折柄ニ不拘態々御帰京被成下、引続き御配慮を賜り候段恐縮之至りニ不堪奉存候、然処去十五日朝参邸拝眉を蒙り、其後浅野社長にも伺ひ社長希望の通り鈴木・金子・末兼及私之四人同道赤松様訪問懇に拝願仕候へ共、社長希望之通りの形式にてハ到底御同意を得る事出来不申候ニ付、其旨社長へ復命仕候処、社長は尚努力之足らざるを責められ、種々協議の末一種之方案を拵らへ、十五日夕方私一人持参説明ニ努め候も、一致点を見出すに至らず候へ共、愚案としてハ双方共二百四十万円を撤回するとか、せぬとかの形式を度外にして、双方の欲する儘の計算方式によりて結局総額(元利)何程を支払ふかを協定し、之を年賦割に授受して、双方の帳簿を各欲するが儘に整理せば、五百五十五万円も、百廿万円も、二百四十万円も一括して解決し得べしと申出で、稍々赤松様之御諒解を得、昨十六日は之を社長に懇請せしも容易に御納得を得ず午后社長と共ニ岸博士訪問、万一法律問題となり候上の研究を為し候
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処、岸博士ハ不利益故ニ見合せ候様御説得被下候も、尚御承服無之、今十七日も矢張同様過日来之御主張を繰返されつゝ、明日岸博士を再訪せんとて種々御研究に候も如何ニしても不利益なりとの数字上の調べを為し今夕社長之御考慮を願はんと存候、尤社長ハ来ル廿五日子爵御帰京までに遺算なく考慮し研究して、子爵へ社長之御決心を申上げんと申され居候、如斯在様にて閣下へ御報告の機を失し、延引今日ニ至り候次第御諒恕被下度候、何れ廿五日御帰京の上何分の御世話様ニ預り申度伏て御願申上候、乍末御奥様ニ宜敷御伝へ願上候 恐々謹言
  八月十七日
                     徳次郎拝
    子爵閣下
        御前ニ
 尚々末兼氏ハ本日帰倉致候間一寸申上候 以上


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0011)
第53巻 p.83 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
                (別筆)
                大正十二年十月二十三日
                横山徳次郎氏来状
謹啓 益々御清栄奉拝賀候、偖過日中ハ御多忙中にも拘らず引続き御配神を煩はし、毎度御邪魔仕り恐悚之至りに不堪候処、一昨日赤松氏之仰には、同社と同社より内嘱せられ候弁護士との間に於て話合之行懸り有之候為め、弊方へ直々御解答被成下候運びに参り兼ね、末兼氏を待せも気毒なりとの事に有之候間、末兼氏も遂々待ち兼ね帰任被致候間右御報告申上候、乍去何れ其内赤松氏より閣下又ハ小生へ何等かの御挨拶可有之存居候、何卒御ふくみの上此上とも宜敷御助け被下度伏て御願申上候 恐々謹言
  十月廿三日
                      徳次郎拝
    子爵閣下
        御前ニ


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0012)
第53巻 p.83-84 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
           (栄一墨書)
           十月二十三日午後三時過赤松範一氏
           八重洲町仮事務所へ持参之事
    借用金年賦返済契約証
一金九百参拾万円也
右ハ浅野総一郎ガ東京製綱株式会社ニ負担シタル債務金額ノ総計ニシテ、コレガ債務全部ヲ株式会社浅野小倉製鋼所ニテ継承シ、今般左ノ方法ヲ以テ年賦完済スベキコトヲ約シタリ
一、前項ノ借用金ハ本年即大正拾弐年拾壱月弐拾日ヨリ弐拾弐年拾壱月弐拾日ニ至ル向拾壱ケ年間ニ年賦ヲ以テ返済ス可ク、更ニ其年度ノ返済額ヲ約スル左ノ如シ
  大正拾弐年度分   金参拾万円
  大正拾参年度分   金参拾五万円
  大正拾四年度分   金五拾万円
 - 第53巻 p.84 -ページ画像 
  大正拾五年度分   金六拾万円
  大正拾六年度分   金六拾万円
  大正拾七年度分   金壱百万円
  大正拾八年度分   金壱百四拾万円
  大正拾九年度分   金壱百四拾万円
  大正弐拾年度分   金壱百四拾万円
  大正弐拾壱年度分  金壱百四拾万円
  大正弐拾弐年度分  金参拾五万円
 前項ノ年賦金ハ大正拾弐年度及ヒ大正弐拾弐年度分ヲ除キ、其他ハ毎年壱月弐拾日、参月弐拾日、五月弐拾日、七月弐拾日、九月弐拾日、拾壱月弐拾日ノ六回ニ分割シ、其年度分ノ六分一宛ヲ支払ヒ、其各年度分ノ総金額ヲ弁済スベキモノトス、但大正拾弐年度ハ拾壱月弐拾日ニ、大正弐拾弐年度ハ壱月弐拾日ニ其金額ノ全部ヲ弁済スベキコトヲ約ス
二、前項借用金ニ対シテハ株式会社浅野小倉製鋼所ガ現ニ有スル動産不動産ノ一切、即チ土地・建物・機械・什器・営造物ノ全部ヲ以テ工場財団ヲ組成シ、之ヲ目的トシテ東京製綱株式会社ノ為メニ抵当権ヲ設定スヘキコトヲ約ス
三、株式会社浅野小倉製鋼所ハ小倉港埋築権ヲモ本借用金ニ対スル担保ト為シ、必要ナル手続ヲ履行スベキコトヲ約ス
四、株式会社浅野小倉製鋼所カ将来取得スベキ土地及増設スヘキ機械建物・営造物ハ総テ工場財団ニ編入シ、之レト同時ニ東京製綱株式会社ニ対シ、本借用金ニ対スル抵当権ヲ設定スヘキコトヲ約ス
五、株式会社小倉製鋼所《(浅野脱)》ハ本借用金ヲ完済スル迄ハ、現ニ実行セル事業ノ外東京製綱株式会社ノ営業ノ目的ト同一若シクハ類似ノ事業ヲ経営セサルコトヲ約ス
六、株式会社浅野小倉製鋼所ハ将来事業拡張又ハ目的ノ変更等ヲ行ハントスル場合、若シクハ重大ナル債務ヲ負担セントスル場合ニハ、予メ東京製綱株式会社ノ承諾ヲ求ムヘキコトヲ約ス
七、株式会社浅野小倉製鋼所ハ現ニ有スル未払込株金ノ払込金ヲ以テ債務弁済資金ニ充当スルモノトス
 前項ノ払込ヲ為サントスルトキハ予メ債権者ノ承諾ヲ受ク可シ
八、株式会社浅野小倉製鋼所ハ第一項ニ約シタル年賦返済ノ期限ヲ怠リタル時、又ハ本契約各項ノ一ニ違背シタル時ハ、当然年賦返済ノ利益ヲ失ヒ、其年度以後弁済ノ約アル金額ノ全部ヲ即時ニ弁済スヘキコトヲ約ス、但其年度以後年賦弁済ノ約アル総金額ニ対シテハ年六分ニ相当スル金額ヲ控除シテ其総債務額ヲ計算スヘキモノトス
九、浅野同族株式会社並ニ株式会社浅野小倉製鋼所ノ各重役ハ個人ノ資格ヲ以テ本契約ノ保証債務ヲ負担スヘキコトヲ約ス
十、本契約成立ト同時ニ、大正九年四月浅野総一郎ヨリ東京製綱株式会社ニ要求セル金弐百参拾九万余円ノ請求ハ自然消滅スヘキコトヲ約ス
十《(一脱)》、本契約証ハ更ニ公正証書ヲ以テ之ヲ締結スヘキコトヲ約ス

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渋沢栄一書翰 控 赤松範一・戸村理順宛 大正一二年一〇月二七日(DK530016k-0013)
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渋沢栄一書翰 控 赤松範一・戸村理順宛 大正一二年一〇月二七日 (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 追々冷気相増候得共各位益御清適之条欣慰之至に候、然は老生従来之緑故により参与致居候貴会社対浅野小倉製鋼所取引上之問題に付ては、曩に御起案之約款に就て可成丈け協定を得度ものと種々調停に苦心いたし、逐条審議之末、双方之互譲稍々一致に近きたるも、本約款第五・第六之両項に付浅野氏之異議有之、昨夜弊事務所に於る開放之御協議も終に妥協を見るに至らざるは、老生之深く遺憾とする所に有之候、依て更に熟考致候に、浅野氏之主張は切に事業上之自由を尊重するものにして、敢て利己之偏見とも難申、何分此上説得之言詞無之に付ては、貴方に於て其削除を御忍容相成候様希望仕候、尤も小倉製鋼所重役組織には貴会社側より一名乃至両名加入之事は浅野氏に於て既に同意致居候義に付、将来適材御撰出相成、常に協議戮力して同栄之実を挙らるゝは蓋し亦容易之事と存候、右書中可得貴意如此御座候 敬具
  大正十二年十月廿七日
                        渋沢栄一
    赤松範一様
    戸村理順様
 尚々浅野氏より貴方へ提供之書面も此序を以て横山氏持参致候筈に付、委細同氏口頭より御聞取被下度候也


浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件(DK530016k-0014)
第53巻 p.85-86 ページ画像

浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件 (渋沢子爵家所蔵)
         (別筆)
         大正十二年十月廿九日調印済ノ上交換済
(朱書)
(写本)
(欄外記事)
[大正十二年十月廿八日渋沢子爵御覧済 木村弁護士承認(印)《(横山)》
    年賦金返済契約書
 一金九百参拾万円也
右ハ浅野総一郎カ東京製綱株式会社ヨリ請求ヲ受ケ居ル小倉製鋼所買収代残金約五百五拾五万八千余円及立替金其他ニ属スル金壱百弐拾弐万八千余円ト、浅野総一郎カ大正九年四月東京製綱株式会社ニ対シ要求セル約金弐百四拾万円トヲ、今回渋沢子爵ノ御仲裁ニ依リ一括シテ差引解決スル事トシ、其総支払金額ヲ前記ノ通リ金九百参拾万円(拾壱ケ年賦元利金合計)ト協定シ、此全部ヲ株式会社浅野小倉製鋼所ニ於テ継承シ、左ノ方法ニヨリ同会社ニ於テ東京製綱株式会社ニ対シ返済ス可シ
第一、頭書ノ金九百参拾万円ハ大正拾弐年拾壱月弐拾五日ヨリ大正弐拾弐年拾壱月弐拾五日ニ至ル向拾壱ケ年間ニ於テ左記ノ通リ年賦ヲ以テ返済ス
 
大正拾弐年度分  金参拾万円 大正拾弐年拾壱月 弐拾五日限リ
 大正拾参年度分  金参拾五万円
 大正拾四年度分  金五拾万円
 大正拾五年度分  金六拾万円
 - 第53巻 p.86 -ページ画像 
 大正拾六年度分  金六拾万円  ハ四分ノ一宛毎年弐月、五月、八月、拾壱月ノ弐拾五日限
 大正拾七年度分  金壱百万円
 大正拾八年度分  金壱百四拾万円
 大正拾九年度分  金壱百四拾万円
 大正弐拾年度分  金壱百四拾万円
 大正弐拾壱年度分 金壱百四拾万円
 大正弐拾弐年度分 金参拾五万円 ハ半額宛大正弐拾弐年五月及同年拾壱月ノ各弐拾五日限リ
  合計金九百参拾万円也

第二、前項ノ年賦金ニ対シテハ株式会社浅野小倉製鋼所カ現ニ所有スル地所・建物・機械・什器・営造物ノ全部ヲ以テ工場財団ヲ組成シ、之ヲ目的トシテ東京製綱株式会社ノ為メニ抵当権ヲ設定ス可シ
第三、株式会社浅野小倉製鋼所ハ、東京製綱株式会社ノ同意ヲ得ルニ非サレバ、小倉築港埋立権ヲ自ラ抛棄シ、若クハ第三者ヘ譲渡セサル可シ
第四、株式会社浅野小倉製鋼所カ将来取得ス可キ土地及増設ス可キ機械・建物・営造物ハ総テ工場財団ニ編入シ、之レト同時ニ東京製綱株式会社ニ対シ本契約証ニ基キ抵当権ヲ設定ス可シ、但東京製綱株式会社ノ同意ヲ得タル場合ハ此限ニ非ス
第五、株式会社浅野小倉製鋼所ハ、必要ナル場合ニハ現ニ有スル未払込株金ノ払込金ヲ以テ第一項ノ年賦支払資金ニ充当ス、但前項ノ払込ヲ為サントスル時ハ予メ東京製綱株式会社ノ同意ヲ要ス
第六、株式会社浅野小倉製鋼所ハ第一項ノ年賦金返済ノ履行ヲ怠リタル時、又ハ本書各項ノ一ニ違背シタルトキハ、年賦返済ノ効力ヲ失ヒ其年度以後ニ於ケル返済金ノ全部ヲ一時ニ完済ス、但其年度以後年賦返済金ノ総金額ニ対シテハ各年度毎ニ年六分ニ相当スル金額ヲ控除シテ其総返済金額ヲ計算ス可シ
第七、浅野同族株式会社々長浅野総一郎ハ本契約保証ノ責ニ任ス
第八、本契約証ハ遅滞ナク更ニ公正証書ヲ以テ之ヲ締結ス可シ
本契約ノ確実ナルコトヲ証スル為本書弐通ヲ作製シ各壱通ヲ分有スルモノ也
  大正拾弐年拾月弐拾七日
                      浅野総一郎
              浅野同族株式会社
              代表取締役社長 浅野総一郎
              株式会社浅野小倉製鋼所
              取締役社長   浅野総一郎
              東京製綱株式会社
              専務取締役   赤松範一
(欄外記事)
[本証ハ大正拾弐年拾月弐拾七日調印ノ上午后五時赤松範一氏持参


浅野小倉製鋼所関係書類(DK530016k-0015)
第53巻 p.86-88 ページ画像

浅野小倉製鋼所関係書類          (渋沢子爵家所蔵)
    浅野総一郎氏ニ対スル債権処分交渉経過並解決方法
 - 第53巻 p.87 -ページ画像 
去大正七年十一月一日ヲ以テ当社経営ニ関ル小倉製鋼所ヲ、同年八月卅一日現在貸借対照表ニ基キ、浅野総一郎氏ヘ売渡セシニ、数ケ月後ニ至リ俄然世界ノ商況ニ大変化ヲ来シタル為、浅野氏ハ当社ニ対スル契約ノ実行ヲ為サス、紛議ヲ重ネタル末、遂ニ渋沢子爵ニ双方ヨリ無条件仲裁ヲ一任シタル結果、大正八年六月二十六日ヲ以テ子爵ノ裁定ヲ受ケ、両者其趣旨ニ服従シタリ、而シテ当時何等ノ紛争疑問等ヲ存セサリシヲ以テ、問題外ニ置キタル大正七年九月一日以降十月ニ至ル即小倉製鋼所当社経営時代並ニ浅野氏ヨリ経営ヲ托セラレシ間ニ亘リテノ立替金、並ニ当社ヘ引渡ヲ受ク可キ同年八月卅一日現在得意先勘定・銀行預金・受取手形・現金等合計壱百弐拾弐万余円ノ返還請求ニ対シテハ、爾来屡督促ヲ試ミタルモ、調査未了ニ名ヲ藉リテ応セス、漸ク一ケ年半ヲ経過シタル大正九年四月廿八日ニ至リ、浅野氏ハ却テ当社ニ対シ金弐百参拾九万八千八百七拾五円六銭五厘ノ貸勘定アリト称シ、差引金壱百弐拾万円弱ハ自己ノ貸勘定ニ属スルモノナリトテ其支払ノ要求書ヲ提出セラレタリ
当社ハ其要求ノ内容ニ就キ説明ヲ求メタル所、其大部分ハ当社カ浅野氏ノ委任ヲ受ケタル時代善意ヲ以テ処理シタルモノ、若クハ譲渡契約成立以前ニ於テ当社ノ取扱ヒタルモノニシテ、其結果損害ヲ生シタリトテ賠償ヲ要求シ、或ハ形式上引継ノ完全ナラサルヲ根拠トシ、実際ハ自己ニ於テコレガ利益ヲ収受シタルモノヲ拒絶スル等不当ヲ極ムルヲ以テ、爾来再三再四其撤回ヲ逼リタルモ言ヲ左右ニシテ応セス、徹頭徹尾要領ヲ得スシテ昨十一年末ニ至レリ
昨十一年ハ渋沢子爵ノ裁定ニ基キ小倉製鋼所売渡代金年賦金弐百万円ヲ浅野氏ヨリ領収ス可キ第一回ノ期限ナルヲ以テ、七・八月ノ交予メ支払ヲ受ク可キ時日ノ予告ヲ求メシニ、浅野氏ノ代理人ハ当社ヲ訪ヒ浅野及浅野小倉製鋼所ノ現状ニ於テハ、同年末第一回支払金ノ実行不可能ナル事情ヲ訴ヘ、之レカ延期ヲ懇請セラレタルヲ以テ、当社ハ其言ヲ諒トシ、且ハ当社カ浅野小倉製鋼所ノ大株主タル地位ヨリ同情ヲ以テ考慮ス可キ旨ヲ答ヘタルカ、結局延期ノ希望ヲ容レントスルニハ先ツ曩ニ浅野氏カ当社ノ立替金其他ノ要求ニ対シ、反抗的態度ヲ以テ臨マレタル計算書ヲ撤回サレタル後ニ非レハ協定談ニ入リ難キ旨ヲ答ヘタリ、当社ハ一方浅野氏ヨリ提出シタル貸借勘定書ノ要求額中不当ナリト信スルモノニ対シテハ、一項毎ニ其理由ノ故ナキ旨ヲ指摘シテ拒絶スルト共ニ、当社ノ過誤ヨリ請求シタルモノニ就テハ、総テ浅野氏ノ計算ヲ誤謬ナキモノト仮定シ之レヲ立替金勘定ヨリ削除スヘキ旨ヲ伝ヘ、其承認ヲ求メ以テ本問題ニ関スル円満ナル結末ヲ告ケ、然ル後、期日経過ノ年賦金並立替金等ニ就テハ、延期ヲ承諾スルカ、或ハ更ニ新ナル条件ヲ以テ資金ノ融通ヲ与フルカ、要スルニ当社カ堪エ得ル程度ニ於テ充分ノ考慮ヲ払フ可キ旨ヲ言明シ、本年五月末日ヲ期シテ連リニ回答ヲ促スモ遂ニ満足ナル回答ヲ得ス、浅野氏ノ誠意ヲ認メ難キ場合ニ到達シタルヲ以テ、玆ニ最後ノ手段ヲ執ラントスル前、本問題ニ深キ関係アル渋沢子爵ニ対シ一応ノ了解ヲ請ヒ置ク必要アリト思考シ、以上ノ顛末ヲ具シテ六月十四日渋沢子爵ニ陳述書ヲ提出スルニ至レリ、然ルニ十八日ヲ以テ渋沢子爵ハ、横山徳次郎氏ヲ遣シテ、
 - 第53巻 p.88 -ページ画像 
本問題ニ関シテハ浅野氏ヨリノ懇請モアリ、又先年関与セシ仲裁ノ結果ニ属スルモノナルカ故、自己モ拱手傍観スヘキニ非スト思考スルヲ以テ、暫時ノ猶予ヲ与ヘ呉レ度旨ヲ伝ヘラレタリ、玆ニ於テ当社ハ更メテ渋沢子爵ノ調停ヲ請フコトニ決シ、二十四日子爵邸ニ至リテ当社ノ意ノ存スル所ヲ陳ヘ、子爵モ亦之レヲ諒トセラレ、浅野氏ニ対シ説カルヽ所アリ、其結果廿八日ニ至リ、浅野氏ヨリ無利足十一ケ年賦案ヲ以テ本問題ノ解決ヲ希望セラル旨ヲ申出テタリ、当社ハ之ヲ議題トシ卅日重役会ヲ開会、誠意ナキ不当ノ案ナリトシテ拒絶ニ決シ、即時浅野氏ニ移牒セリ、越テ七月三日、当社ハ浅野氏ノ実力ニ鑑ミ、一部ノ希望ヲ容レタル六ケ年賦利足九朱五厘同六朱ノ二種ニ分ツ案ヲ作成シテ同氏ニ送リタルニ、浅野氏ハ同四日付ニテ到底其負担ニ堪エサル故ヲ以テ応シ難キ旨ヲ答ヘラル、爾来渋沢子爵ヲ介シテ往復スルコト数回、同八月三十一日渋沢子爵ハ浅野氏ノ譲歩案ナリト称スル年賦償還表十一ケ年賦トシ利子加算総金額ヲ八百八十六万六千余円トスヲ手交シ、熟慮スヘキヲ以テセラル、翌九月一日東都大震災起リ混乱ニ陥リ、遂ニ本問題ニ関スル交渉モ亦一時停止ノ已ムヲ得サルニ至レリ、十月ニ入リ之カ交渉再開、四日ヲ以テ曩ニ渋沢子爵ヨリ交付サレタル浅野案年賦償還表ヲ修正シタルモノ十一ケ年賦利子加算総金額ヲ金一千七十一万余円トスヲ浅野氏ニ送ル、十八日更ニ渋沢子爵ヨリ浅野氏最後ノ提案ナリトシテ一案十一ケ年賦金九百二十八万余円ヲ示サルヽ所アリ、同夜浅野氏ノ代理者ト会合シ、遂ニ年賦償還金額年度繰上ケヲ協定シ、十一ケ年賦元利合計金九百参拾万円案ヲ作成シ、数字ニ関シテハ一致スルニ至リシモ更ニ附帯条件ニ付当社内部ノ協議ヲ重ヌル必要アリ、決定ヲ数日ノ後ニ譲リ、二十六日午後渋沢子爵ノ許ニ於テ双方会合熟議スル所アリ、条件一・二点ニ付渋沢子爵ノ勧告ニ従ヒ、当社ノ主張ヲ譲リタルノミニテ、多年ノ紛議ヲ解決シ、二十七日別紙ノ年賦金返済契約証ヲ交換スルニ至レリ
   ○別紙ハ前掲ト同様ニツキ略ス。


浅野小倉製銅所対東京製綱所争議仲裁ノ件[浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件](DK530016k-0016)
第53巻 p.88 ページ画像

浅野小倉製銅所対東京製綱所争議仲裁ノ件[浅野小倉製鋼所対東京製綱所争議仲裁ノ件] (渋沢子爵家所蔵)
                   (別筆朱書)
                   大正十二年十一月一日
                      末兼要氏来状
粛啓
深秋之候と相成候得共益々御健勝に被為渡、国事多端の折柄欣幸是に不過奉存候、却説弊社経営上に就ては何彼と不浅御庇護を蒙り、殊に対東京製綱問題に関しては従来一方ならず御尽力を煩はし候上に、更らに今回は非常の御配慮を以て円満なる解決を告げ、衷心奉深謝候、是に依て多年の懸案も安定致し、経営上に微力を尽し得る事と相成候に付き、平素の御訓戒を体し益々奮励以て御厚情の万一に対へ可申、尚此上共一層の御指導を賜はり度、乍略儀不取敢以書中御厚礼を兼ね御願申上候 稽首
  十一月一日
                      末兼要
   子爵
    渋沢栄一閣下

 - 第53巻 p.89 -ページ画像 

中外商業新報 第一三五五七号 大正一二年一二月七日 浅野と製鋼の評価問題解決 渋沢子の仲裁で(DK530016k-0017)
第53巻 p.89 ページ画像

中外商業新報 第一三五五七号 大正一二年一二月七日
    浅野と製鋼の
      評価問題解決
        渋沢子の仲裁で
浅野小倉製鋼所は東京製綱会社の分工場である小倉製鋼所を大正七年に譲受けることゝなつたが、その後財産評価に関し双方に異議を生じて争議をじやく起したので、そのまゝ今日に及んだ、しかし結局渋沢子の仲裁に依つて解決することゝなり、今回浅野小倉製鋼所は東京製綱会社に対し差引元利合計九百卅万円を十一ケ年賦にて仕払ふことに両者の交渉が成立した、ついては来る二十日午前九時より開会さるべき浅野小倉製鋼所の定時総会において東京製綱会社側より一・二名の重役を入れる筈であると


東京製綱株式会社七十年史 同史編纂会編 第七四―七五頁 昭和三二年二月刊(DK530016k-0018)
第53巻 p.89-90 ページ画像

東京製綱株式会社七十年史 同史編纂会編 第七四―七五頁 昭和三二年二月刊
 ○第四章 第一次世界大戦前後 (自明治四十四年至大正七年)
    七、小倉製鋼所の分離・新記録の収益
 わが社は前年大島製鋼所を大川氏等財界有力者に譲渡して、生産並びに経営態勢の転換を試みたが、その後の客観諸情勢は、一段と態勢整備を要請されるものがあつた。一般の景気はなお好調を持続し、産業界は空前の活況を示していたが、前にも述べたように鋳鋼・鍛鋼の生産には、多額の資金を要するばかりでなく、戦後の反動などを考慮に入れるならば、多くの検討を要するものがあつた。
 わが社の経営首脳部の堅実主義は、これを洞察して大島製鋼所を分割譲渡したのであるが、小倉製鋼所の場合も、同様のことがいえるのであつた。恰も浅野総一郎氏から、小倉製鋼所譲受けの希望も出ていたので、要は所要の原材料ロツドを確保することを得れば、この際満足すべきであるという結論に達した。
 ここにおいて、小倉製鋼所は線材製造をも含めて、別に一会社を組織し、幸い浅野氏からの要望切なるものがあるので、所要線材を優先的に、確実に一定数畳の供給を受けることを条件として譲渡することの方針を定めた。
 そしてこれを総会に問うべく、大正七年十月二十一日臨時総会を開いて、左記議案を附議した。
  一、小倉製鋼所ノ事業及財産ヲ権利義務ト共ニ現投資額ニ対シ相当ノ利益ヲ収メテ希望者ニ譲渡スルコト。
○中略
 この議案は異議なく可決された。
 そして、その後の取締役会は、小倉製鋼所を九百三十五万八千三百余円という評価で、浅野総一郎氏に譲渡することに決定した。この小倉製鋼所は、爾後浅野小倉製鋼所(現在は住友金属工業小倉製鉄所)となつた。
 小倉製鋼所譲渡について、わが社と浅野氏との正式調印は、翌大正八年十月となつたが、その前年十一月世界大戦が幕を閉じるなどの変化が起こつたために、浅野氏の計画は齟齬を来し、譲渡金の残額は、
 - 第53巻 p.90 -ページ画像 
渋沢翁の斡旋などもあつたが、その後久しく未決済のままに過ぎていた。この債権は結局それから十余年を経た昭和九年に完済されたのである。
○下略
   ○右ハ刊行ニ当リテ追補ス。


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK530016k-0019)
第53巻 p.90 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一四年       (渋沢子爵家所蔵)
二月五日 曇 寒
午前八時起床風邪全愈ニ至ラサルヲ以テ入浴セス、洗面シテ褥中ニ在テ朝飧ス、横山徳次郎氏来リ、小倉製鋼会社ノ近況ヲ縷述ス、且東京製綱関係ノ事ヲ附言ス○下略
   ○中略。
四月六日 晴 寒
午前八時起床洗面ヲ畢リテ朝食ス、後横山徳次郎氏来リ、小倉製鋼会社ニ於テ計画ノ埋立事業ニ付、安田銀行ヨリ資金貸与ノ手続ヲ説明セラル○下略


渋沢栄一 日記 昭和二年(DK530016k-0020)
第53巻 p.90 ページ画像

渋沢栄一 日記 昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月二十七日 晴 寒気昨ト同シ
年前八時起床洗面及半身浴ヲ為シ畢テ朝食ス○中略 横山徳次郎氏来訪、小倉製鉄会社ノ営業景況ヲ談話ス○下略


(横山徳次郎)書翰 渋沢栄一宛 昭和二年六月一六日(DK530016k-0021)
第53巻 p.90 ページ画像

(横山徳次郎)書翰 渋沢栄一宛 昭和二年六月一六日 (渋沢子爵家所蔵)
                   (別筆)
                   二年六月十六日
                      横山徳次郎
謹上
本日ハ御久振りに参邸致候処、早朝より房州へ御出懸け被遊候由承り候に就き、甚乍略儀以書中御覧を仰上度存候、此頃末兼氏上京社長に伺ひ、赤松氏ニ拝眉仕り、小倉工場引渡し借金と御相殺被成下候事懇請仕候処、赤松氏ハ重役会之決議を経て回答すとの御言葉に有之候間右御報告申上候、今後如何に成り行くかは判明不致候へ共、何分にも御賢慮を煩はし可申と恐懼仕居候、先ハ乍略筆概要のみ拝陳、向後之御助力伏て御願申上候 頓首再拝
  六月十六日
                       横山徳次郎拝
    子爵閣下
        御前ニ
 乍末御健康切ニ祈上け奉り候
              以上


(横山徳次郎)書翰 渋沢栄一宛 (昭和二年)八月二五日(DK530016k-0022)
第53巻 p.90-91 ページ画像

(横山徳次郎)書翰 渋沢栄一宛 (昭和二年)八月二五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
謹啓
時下残暑厳敷候処御揃益々御清祥の条奉恭賀候、次ニ私方以御蔭無事
 - 第53巻 p.91 -ページ画像 
に候間乍憚御安神可被下候
偖久敷御無沙汰仕居候処、此頃中朝日新聞紙上にて幸野記者の記事拝見、御壮健を拝察仕居り、且又時々正雄様より御無事拝承、又今朝も御留守宅より御揃御健勝之趣も承り、万々奉欣賀候、何卒十分ニ御休養被遊候様切ニ祈上候
然処今春来時々御耳を汚かし不一方御心労を煉はし候東京製綱会社への年賦返済金之件ハ、先般中ハ主として支配人清宮岳寿氏度々上京、浅野家と赤松様との間を往来交渉懇願致居候処、病気之為め又々私に御願ニ罷出候様ニ浅野家の方々様より御内命有之候へ共、全くの無一物にては如何に赤松様ニ御願仕り候ても御聴入れ無之旨を縷々繰返し本日に至りて漸く金七万五千円の調達を得られ候間、赤松様には何とも御願申上兼ね候へ共、今日小倉製鋼所としてハ勿論浅野家としても金融極めて困難ニ有之、如何に努力しても是以上の金策は到底望まれ難く候間、此際兎に角是にて御勘弁を仰ぎ、残金七万五千円也ハ手形払にして御承諾を御願可仕候事ニ致候間、甚乍遺憾右様御報告仕り御承引御願申上候、余□拝眉の上委曲拝陳可仕候 恐々謹言
  八月廿五日
                     横山徳次郎拝
    子爵閣下
        御前ニ
 尚々御奥様よりハ御手紙拝受忝く存候、甚乍恐御奥様へよろしく御礼御伝へ被下度、併せて御願申上候 以上
上州伊香保温泉 木暮武太夫様気付 渋沢子爵閣下 御親展
封 八月廿五日 (別筆) 「八月二十六日午後宿舎到着」 東京小石川区白山御殿町一一〇 横山徳次郎拝


渋沢栄一 日記 昭和三年(DK530016k-0023)
第53巻 p.91 ページ画像

渋沢栄一 日記 昭和三年         (渋沢子爵家所蔵)
一月二十五日 晴 寒気強カラス
○上略 横山徳次郎氏来リ、小倉製鋼会社ノ事ニ関シテ種々ノ意見ヲ陳フ
○下略


横山徳次郎談話筆記(DK530016k-0024)
第53巻 p.91-92 ページ画像

横山徳次郎談話筆記            (財団法人竜門社所蔵)
○上略
 前述のやうな次第で、一度は子爵の御裁定に服しましたが、その後鉄の価格は漸落を続けるので、浅野側はどうしても債務の履行が出来ない。特に大正九年などは随分困つたものです。その為に何時も紛紜が絶へませんで、幾回か子爵を患しましたが、大正十二年になつて案
 - 第53巻 p.92 -ページ画像 
の改定をすることゝなり、再び子爵に御裁定を願つたのです。この時は前回より一層困難で、子爵はまた佐々木勇之助氏や池田成彬氏等を顧問として仲裁を進められ、結局形式は裁定で無く、両者の契約といふ形で、事実上の裁定が下つたのです。
 処がその後更に景気が悪くなつて、殆ど毎月のやうに契約の改定を行ひましたが、大正十二年を最後として子爵の御尽力は仰がず、唯経過を申上るに止めました。また契約の改定と申しても、支払期限を延すだけで、御裁定の眼目を変へた訳ではありません。子爵が御在世中御目に掛ると必ず何時も同じ調子で、
 「横山さん、東京製綱の借金は返りますか?」
と言はれる。そして時たまかういふことを言はれるのです。
 「東京製綱への借金が返らないと、私は死んでも死にきれない。渋沢が実際に履行出来ないやうな案を押付けた事になると、後世の恥さらしになる」
と言はれるので、私としてはどうしても、委しく経過を申上げて、必ず支払ふ旨をお答しなければなりませんでした。不幸にして子爵御在世中に借金完済の喜を申上ることが出来ませんでしたが、昨昭和九年七月末には返済を了して、墓前に御報告申上げました。大正七年八月以来満十六年で、人之を呼んで丹那トンネルの開通と云つてゐます。只今では会社の経済も大分楽になつて参りました。
 最後に、この支払が浅野側に採つて如何に大きな負担であるかを証明するために少し数字を並べますと、大正七年十月頃の鉄の相場は、一噸当り銑鉄五百六拾円、鋼塊八百円、鋼鈑千八百円位で、この相場を基準として工場の売買価格を決めたのです。処が大戦終了と共に相場は約半分になり、その後も漸落を続けて、一番悪い時には銑鉄弐拾弐円、鋼塊四拾円、鋼鈑五拾円位になりました。現在は余程好くなりましたが、それでも銑鉄四・五拾円、鋼塊六拾円、鋼鈑百円ソコソコです。それに対し浅野側の支払つた代金は元利合計約千五百万円で、支払の延びた分に対しては、銀行利子に近い利息を払つた事になりますから、東京製綱に対して甚しい迷惑は掛けずに済んだと思つて居ります。