デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
13節 土木・築港・土地会社
3款 田園都市株式会社
■綱文

第53巻 p.359-370(DK530060k) ページ画像

大正7年9月2日(1918年)

是日、日清生命保険会社内ニ於テ、当会社創立総会開カル。栄一、中野武営・星野錫・服部金太郎・柿沼谷雄等ト共ニ発起人タリ。爾後栄一、当会社ノタメ尽力スルトコロ頗ル多シ。


■資料

(田園都市株式会社) 第壱回業務報告書 自大正七年九月二日至大正八年五月三十一日 第一―一〇頁刊(DK530060k-0001)
第53巻 p.359-360 ページ画像

(田園都市株式会社) 第壱回業務報告書
             自大正七年九月二日至大正八年五月三十一日 第一―一〇頁刊
     第壱回業務報告書自大正七年九月二日至大正八年五月三十一日
      株主総会
大正七年九月二日午前十時東京市麹町区永田町二丁目十番地日清生命保険株式会社内当社創立事務所ニ於テ創立総会ヲ開キ、発起人総代中野武営氏ヨリ創立ニ関スル事項ノ報告ヲ為シ、更ニ出席株主ハ中野武営氏ヲ総会ノ議長ニ推選シ左ノ各項ヲ議決ス
  一、定款承認ノ件
  二、取締役選任ノ件
  三、監査役選任ノ件
  四、商法第百三十四条ノ規定ニ拠ル調査報告ノ件
第一項ハ原按ノ通リ決定シ、第二項及第三項ハ出席株主満場一致ヲ以テ中野武営氏ヲ取締役ニ選任シ、其他ノ取締役及監査役ハ議長ノ指命ニ一任シタルニ依リ、議長ハ取締役ニ中野武営・服部金太郎・柿沼谷雄・緒明圭造・星野錫・竹田政智ノ六氏ヲ、監査役ニ伊藤幹一・市原求ノ二氏ヲ選挙シ、本人ノ承諾ヲ求メ之ヲ出席株主ヘ報告セリ、第四項ハ株主中ヨリ増田明六氏ヲ検査役ニ選任シ規定ノ調査ヲ了セリ
○中略
右ノ通ニ候也
  大正八年六月
 - 第53巻 p.360 -ページ画像 
             田園都市株式会社
               取締役     服部金太郎
               取締役     柿沼谷雄
               取締役     緒明圭造
               取締役     星野錫
               取締役(専務) 竹田政智
右調査候処相違無之候也
               監査役     伊藤幹一
               監査役     市原求
      株主名簿 (大正八年五月三十一日現在)
 一 千八百株    服部金太郎
 一 千八百株    緒明圭造
 一 千六百株    渋沢栄一
 一 千二百株    伊藤幹一
 一 千株      柿沼谷雄
 一 六百株     星野錫
 一 六百株     市原求
 一 六百株     中野岩太
 一 四百株     竹田政智
 一 二百株     柿沼谷蔵
 一 二百株     増田明六
  計 壱万株     拾壱名

田園都市株式会社定款 刊(DK530060k-0002)
第53巻 p.360-362 ページ画像

田園都市株式会社定款 刊
    定款
      第一章 総則
第一条   当会社ハ田園都市株式会社ト称ス
第二条   当会社ハ本店ヲ東京府荏原郡碑衾村ニ置ク
第三条   当会社営業ノ目的ハ左ノ如シ
    一、市街地ノ経営
    二、不動産ノ売買・賃貸及ビ其仲介
    三、土木建築工事ノ設計請負及監督
    四、地方鉄道法ニ拠リ電気鉄道ヲ布設シ一般旅客及貨物ノ運輸
    五、電灯電力ノ供給
    六、電気器具機械ノ売買貸附
    七、前各項ノ目的ヲ達スル為メ之ニ関聯セル諸般ノ事業ヲ営ミ又ハ是等ノ事業ニ出資スルコト
第四条   当会社ノ公告スヘキ事項ハ東京市ニ於テ発行スル時事新報ニ掲載ス
      第二章 資本及株式
第五条   当会社ノ資本ハ金参百万円ニシテ、之ヲ六万株ニ分チ一株ヲ金五拾円トス
第六条   当会社ノ株券ハ記名式ニシテ壱株券・拾株券及百株券ノ
 - 第53巻 p.361 -ページ画像 
三種トス
第七条   当会社株金払込ノ時期及其金額ハ取締役会ノ決議ヲ以テ之ヲ定ム
第八条   株金ノ払込ヲ怠リタル株主ハ其払込期日ノ翌日ヨリ払込済ノ日迄金壱百円ニ付一日金四銭ノ割合ヲ以テ遅延利息ヲ支払ヒ且其遅延ノ為ニ生シタル費用ヲ支払フベシ
第九条   株券ヲ毀損シタルモノ又ハ株券ヲ分合セントスルモノハ其株券ニ請求書ヲ添ヘ新株券トノ交換ヲ求ムルコトヲ得
第十条   株券ヲ滅失シタルモノハ其事由ヲ詳記シタル書面ニ保証人二名以上連署シテ新株券交附ノ請求ヲ為スヘシ、此場合ニ於テハ当会社ハ請求書ノ費用ヲ以テ其旨ヲ公告シ、三十日間ヲ経過シ一切ノ故障ナキモノト認メタルトキハ新株券ヲ交付シ、爾後旧券ヲ無効トス
第十一条  第九条及第十条及其他ノ場合ニ於テ新株券ヲ交付スルトキハ、新株券壱通ニ付費用トシテ金参拾銭ヲ請求者ヨリ徴収ス
第十二条  株式ヲ譲渡スルトキハ当会社所定ノ書面ヲ以テ名義ノ書換ヲ請求スベシ前項ノ手数料ハ壱通ニ付金五銭トス
第十三条  株主氏名ヲ変更シタルトキ又ハ法律ノ作用ニ由リ株式ヲ取得シタルモノハ、適法ノ証明書ヲ添ヘ名義書換ヲ請求スベシ
      株主住所ヲ変更シタルトキ又ハ行政区劃ノ変更ニ由リ其住所ヲ改称セラレタルトキハ、遅滞ナク之ヲ当会社ニ通知スベシ
      株主又ハ法定代理人ハ印鑑ヲ当会社ニ届出ツヘシ、其之ヲ変更シタルトキ亦同シ
第十四条  株主外国ニ居住スルカ又ハ日本ニ住所ヲ有スルモ当会社本店ヨリ郵便到達日数七日以内ノ地域ニアラザルトキハ此地域内ニ代理人ヲ定メ当会社ヘ届出ベシ
第十五条  株式ノ名義書換ハ毎年六月一日及十二月一日ヨリ定時株主総会終結ノ日マデ之ヲ停止ス
      第三章 取締役及監査役
第十六条  当会社ニ取締役六名以内及監査役参名以内ヲ置キ、総会ニ於テ弐百株以上ヲ有スル株主中ヨリ之ヲ選任ス
第十七条  取締役ノ任期ハ就任後第六回、監査役ノ任期ハ就任後第四回ノ定時株主総会終結ノ時ヲ以テ終了スルモノトス
第十八条  取締役又ハ監査役ニ欠員アルモ法定ノ人員ヲ欠カザルトキハ、次ノ総会迄補欠選挙ヲ延期スルコトヲ得、但補欠員ノ任期ハ前任者ノ任期間トス
      取締役又ハ監査役ノ定員数増加ノ為メ新ニ選挙セラレタルモノヽ任期ハ、其選挙当時ニ於ケル現任者ノ残任期間トス
第十九条  取締役ノ互選ヲ以テ社長一名、専務取締役一名ヲ定ム、但事務ノ都合ニ依リ専務取締役ヲ置カザルコトアルベシ
 - 第53巻 p.362 -ページ画像 
第二十条  社長ハ当会社ヲ代表シ業務ヲ総理ス
      専務取締役ハ社長ヲ補佐シテ会社ノ業務ヲ掌理シ、且社長事故アルトキハ之ヲ代理ス
第二十一条 取締役ハ各自其所有株式弐百株ヲ監査役ニ供託スベシ
第二十二条 取締役及監査役ノ報酬ハ株主総会ノ決議ヲ以テ之ヲ定ム
第二十三条 取締役ハ其協議ヲ以テ相談役ヲ置クコトヲ得
      第四章 株主総会
第二十四条 定時株主総会ハ毎年六月、十二月ノ両度ニ之ヲ開ク
      但初期ノ決算ヲ次期ノ決算ト併合スル場合ニハ、初期ノ決算期ニ関スル定時株主総会ハ之ヲ開カス
第二十五条 総会ノ議長ハ取締役之ニ任ス
第二十六条 総会ノ議長ハ会議ヲ延期シ会場ヲ変更スルコトヲ得
第二十七条 総会ニ於テ決議ヲ為スニ当リ可否同数ナルトキハ議長之ヲ決ス
第二十八条 株主ハ代理人ヲ以テ其議決権ヲ行フコトヲ得、但其代理人ハ当会社ノ株主タルコトヲ要ス
第二十九条 総会ニ於テ議決シタル事項ハ決議録ニ記載シ、議長及弐名以上ノ出席株主署名捺印シテ之ヲ当会社ニ保管ス
      第五章 計算
第三十条  当会社ハ一年ヲ二期ニ分チ、毎年五月三十一日及ビ十一月三十日ヲ決算期トス
      但初期ノ決算ニ限リ次期ノ決算ト併合スルコトヲ得
第三十一条 毎決算期間ニ於ケル総収入金額中ヨリ諸経費及各種消却金等ヲ控除シタル残額ヲ利益金トシテ左ノ如ク処分ス
      一、法定積立金     利益金ノ百分ノ五以上
      一、役員賞与金     同 百分ノ拾以内
      一、株主配当金     若干
      前項規定ノ外ニ特別ノ積立ヲ為シ又ハ次期ヘ繰越スコトヲ妨ケス
第三十二条 利息又ハ利益配当金ノ支払期日ヲ株主ニ通知シタル後三ケ年内ニ支払ノ請求ナキトキハ株主ハ配当請求権ヲ失フ
第三十三条 当会社ノ利息又ハ利益配当金ハ毎決算期末日最終現在ノ株主ニ属スルモノトス
第三十四条 当会社ハ開業ヲ為スニ至ルマデ株式払込金額(資本増加ニ依ルモノヲ含ム)ニ対シ年五分ノ利息ヲ株主ニ配当ス
      附則
第三十五条 当会社ノ負担ニ帰スベキ創立費ハ金弐千円以内トス
第三十六条 当会社ノ発起人ノ住所氏名左ノ如シ(略之)


青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和三年三月三日(DK530060k-0003)
第53巻 p.362-364 ページ画像

青淵先生関係会社調 雨夜譚会編 昭和三年三月三日
                   (渋沢子爵家所蔵)
    田園都市株式会社
一、創立  大正七年九月二日
一、所在地 東京市麹町区永楽町二ノ一〇(創立当時)
 - 第53巻 p.363 -ページ画像 
      同 京橋区南伝馬町三ノ五(大正十一年五月十日移転)東京府荏原郡碑衾村大字碑文谷一四六六(大正十二年七月七日移転)
一、資本金 五十万円(創立当時)
      壱百万円(大正八年十月二十八日増資)
      五百万円(大正九年上半期に於て増資)
      三百万円(昭和二年壱月十五日減資)
一、創立目的 竜門雑誌第三六五号七五頁及第三九五号五十一頁参照
一、創立発起人 青淵先生 中野武営 星野錫 服部金太郎 柿沼谷雄等
一、先生との関係 発起人。創立後渋沢秀雄氏取締役に就任
一、創立迄の沿革 竜門雑誌第三六五号七五頁及第三九五号五十一頁参照
一、創立後の沿革 イ大正八年上半期即ち創立直後に於て買収したる土地は荏原郡玉川村に於て田・畑・山林合計廿九町八反余、調布村に於て田・畑・山林合計卅五町九反余、碑衾村に於て同じく十一町三反余、平塚村に於て同じく九町六反余、馬込村に於て畑壱町四反余、総計八十八町二反余(竜門雑誌第三八七号四〇頁参照)
         ロ大正八年下半期に於て買収したる土地は玉川村に於て田・畑・山林六町余、調布村に於て同じく十町九反余、平塚村に於て同じく壱町三反余、馬込村に於て同じく二町六反余、総計二十町九反余。
          (大正九年上・下半期、大正十年上半期考課状無し)
         ハ大正十年下半期に於ては業務拡張を行ひ営業目的を左の如く改む
           ○市街地の経営
           ○不動産の売買賃貸及其仲介
           ○土木建築工事の設計請負及監督
           ○土地鉄道法《(マヽ)》に拠り電気鉄道を布設し一般乗客及貨物の運輸
           ○電灯電力の供給
           ○電気器具機械の売買貸附
           ○前各項の目的を達する為め之に関聯せる諸般の事業を営み、又は是等の事業に出資する事
          大正十年十月廿四日目黒・多摩川間の地方鉄工事施行《(マヽ)》の認可を得
          当期間に調布村に於て田・畑四反余、玉川村に於て畑・山林九反余、碑衾村に於て田・畑二反余、馬込村に於て畑三反、平塚村に於て畑壱町、総計三町八反余を買収。依て当期末現在の坪数は四十五万二千五百七十八坪となる。
         ニ大正十一年下半期電気鉄道敷設工事進捗し、目黒・多摩川間の線路略々完成。而して鉄道経営は目黒蒲
 - 第53巻 p.364 -ページ画像 
田電鉄株式会社に譲渡。但し同電鉄会社の株式の九割は田園都市会社の所有也。
         ホ大正十二年上半期三月電鉄開通。洗足地区に於ては予定の売地を売尽し、住宅の建築続々行はる。
         ヘ大正十二年下半期調布玉川両村に跨る所謂多摩川台地区の開拓、施設の一部竣功したるを以て同地区第一回の売出を行ひ壱万七千坪の契約を了す。
          九月一日の地震による被害僅少。
         ト大正十三年上半期多摩川台の第二回売出しを行ひ三万壱千坪の契約を了す。尚ほ大岡山地区内の九万壱千坪を蔵前高等工業学校に提供す。其代償として得たる蔵前の旧敷地約壱万弐千余坪は復興局の要望により更に之を同局に提供。
         チ大正十三年下半期多摩川台の第三回売出しを行ひ約二万六千坪を契約す。洗足に於ても第二回売出しにて三万五千坪を売約す。目黒蒲田電鉄株式会社は武蔵電気鉄道株式会社の株式大半を買収して、其有する渋谷より横浜に至る電気鉄道敷設権を取得
         リ大正十四年上半期東京横浜電鉄株式会社と共同して日吉村高台及中原村丸子の二ケ所を買収経営する事として十四万二千余坪の登記を了す。
         ヌ大正十五年上半期土地売却に就て八千三百八十四坪の本契約を行ひ、三千四百七十一坪を仮契約す
          姉妹会社たる東京横浜電鉄会社は二月十四日丸子多摩川・神奈川間の営業を始め、目黒蒲田電鉄会社との連絡運転により目黒・神奈川間を直通す。
         ル現在特筆すべき件なし


竜門雑誌 第三六五号・第七五―七六頁大正七年一〇月 ○田園都市株式会社成立(DK530060k-0004)
第53巻 p.364-365 ページ画像

竜門雑誌 第三六五号・第七五―七六頁大正七年一〇月
○田園都市株式会社成立 予て青淵先生の尽瘁を蒙り、多数実業界の名士によりて計画せられつゝありたる田園都市株式会社も其後事務倍倍進捗し、去九月二日麹町区永楽町日清生命保険会社内に設けたる同社創立事務所に於て創立総会並に臨時株主総会を開きて定款及び役員等の事項を議決し、其筋に対する法規上一切の手続を遂げ、玆に同社の設立を見にる至りたるが、右同社の役員は左の如くなりと。
 社長    中野武営      専務取締役 竹田政智
 取締役   緒明圭造      同     柿沼谷雄
 同     星野錫       同     服部金太郎
 監査役   伊藤幹一      同     市原求
右に就き九月十一日発行の中央新聞は、青淵先生談として左の如き記事を掲載せり。
 △田園 都市の計画は我国では今度が最初の試みである。日本は土地の狭い割に人口が急激に増加し、殊にそれが大部分都市に向つて集中する傾向があるが、地震の多い我国では欧米の如く二十階・三
 - 第53巻 p.365 -ページ画像 
十階の家を建てる事が出来ないので、従つて地所も
 △家屋 も日を追うて騰貴して行くのは自然の勢で何うにも仕方がないのである。此の調子では中流以下は益々困窮し、今に商店でも会社の事務室でも家族の寝食する所と同じ所になるやうな事にならうと思ふ。それで自分は是等を予防し、中流以下の生活上安定を保たしめるには、夫の倫敦の所謂田園都市のやうな手段を取るより他はないと思ひ、さる大正二年来之れに着手し地を
△荏原 郡に求め、平塚・玉川・馬込・池上・碑衾・駒沢の各村に亘り約四十万坪を選定し、既に三十五・六万坪の買収契約を済ませ、残る所も今秋農家の収穫期を待つて全部買収する事になつてゐる、是等の土地へは専ら中流以下の勤人に適する貸家を建築し、極めて安い家賃で貸与し、之れに伴ひ道路を整理し、共同井・共同防火・共同衛生等の
△諸設 備を完備し、小公園なども設け、或は日用品を廉価で供給するやうな方法も取るのである。斯うすれば多くの人々は新鮮なる空気中にすみ、運動も自然に出来るので健康上にも非常に善からうと思ふ。交通機関は目下玉川電車並に近く設立される池上電車と交渉して双方から
△線路 を延長して貰はうと思つてゐるが、若し此の交渉が巧く行かない場合には、当方で電車なり乗合自動車なりを設置する覚悟である。それで資金は株式組織で現在のところ三百五十万円ほど集まつたが、追にて五百万円ほどになる積りである、尚此の成績が宜ければ他の都市にも之を企てやうと思つてゐる云々。


集会日時通知表 大正七年(DK530060k-0005)
第53巻 p.365 ページ画像

集会日時通知表 大正七年       (渋沢子爵家所蔵)
十一月六日 水 午前九時 田園都市ノ件(兜町)
   ○中略。
十一月廿九日 金 午後二時 田園都市ノ件(兜町)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK530060k-0006)
第53巻 p.365 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年       (渋沢子爵家所蔵)
一月七日 晴 寒
午前七時半起床入浴シテ朝飧ス後○中略 畑弥右衛門氏等ニ面会ス○下略


集会日時通知表 大正八年(DK530060k-0007)
第53巻 p.365 ページ画像

集会日時通知表 大正八年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十四日 火 午前九時 玉川・調布地主諸氏来約(飛鳥山邸)
             (田園都市ノ件)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK530060k-0008)
第53巻 p.365-366 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十四日 半晴 寒
○上略 午前八時半玉川地方地主総代十数名来リ新年ヲ賀ス○下略
一月十五日 晴 寒
午前七時起床入浴シテ朝飧ス○中略 畑弥右衛門氏来、昨日地方総代ノ来訪ニ関スル謝詞ヲ述フ○下略
   ○中略。
 - 第53巻 p.366 -ページ画像 
二月七日 晴 寒
○上略 畑弥右衛門氏来リ田園都市会社ノ事ヲ談ス、午前十時半兜町事務所ニ抵リ庶務ヲ処理ス○下略
二月八日 曇後降雪 厳寒
○上略 畑弥右衛門氏来リ田園都市会社ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
二月二十三日 曇 寒
○上略 夜竹田政智氏来話ス○下略
   ○中略。
五月十三日 曇 軽寒
   ○本文略ス。
(欄外記事)
 午前十時日清生命保険会社ニ抵リ、田園都市会社ノ土地買収ニ付服部其他ノ諸氏ト会話ス


集会日時通知表 大正八年(DK530060k-0009)
第53巻 p.366 ページ画像

集会日時通知表 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
六月二日 月 午前十時 田園都市会社協議会(兜町)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK530060k-0010)
第53巻 p.366 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
六月二日 晴 暑
○上略 午前十時兜町事務所ニ抵リ、田園都市会社重役ノ協議会ニ出席ス○下略


集会日時通知表 大正八年(DK530060k-0011)
第53巻 p.366 ページ画像

集会日時通知表 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
七月七日 月 午前九時 田園都市会社重役会(兜町)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK530060k-0012)
第53巻 p.366 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
七月七日 雨 冷
○上略
午前九時事務所ニ抵リ田園都市会社ノ事ニ付服部・伊藤・柿沼・緒明・竹田ノ諸氏ト協議ス○下略


集会日時通知表 大正八年(DK530060k-0013)
第53巻 p.366 ページ画像

集会日時通知表 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
八月五日 火 午前九時 田園都市ノ件(兜町)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK530060k-0014)
第53巻 p.366 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
八月五日
○上略 午前九時事務所ニ抵リ、田園都市会社ノ件ニ付服部・柿沼・竹田其他ノ諸氏ト会話ス、秀雄ノ欧米行ニ付テ会社ノ嘱托アリテ調査ノ事ヲ受ケシム
○下略


集会日時通知表 大正八年(DK530060k-0015)
第53巻 p.366-367 ページ画像

集会日時通知表 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
八月廿八日 金 午前十時 田園都市会社臨時総会(同社)
 - 第53巻 p.367 -ページ画像 
   ○中略。
十二月十二日 金 午前十時 田園都市会社ノ件(兜町)
   ○中略。
十二月廿七日 土 午前十時 田園都市会社ノ件(日清生命楼上)


渋沢栄一 日記 大正九年(DK530060k-0016)
第53巻 p.367 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正九年         (渋沢子爵家所蔵)
一月六日 晴 寒
午前七時半起床直ニ入浴シテ朝飧ヲ食ス、畢テ畑弥右衛門氏ノ来訪ニ接シ、明日尾崎行雄氏兜町宅ニ来訪ノ事ヲ約ス○下略
一月七日 晴 寒
○上略 午前十時事務所ニ抵リ○中略 十時半尾崎行雄氏来話ス、欧米視察ニ付テ種々ノ悲観説アリ○下略


集会日時通知表 大正九年(DK530060k-0017)
第53巻 p.367 ページ画像

集会日時通知表 大正九年         (渋沢子爵家所蔵)
一月十二日 月 午前九時 田園都市会社ノ件(兜町)


渋沢栄一 日記 大正九年(DK530060k-0018)
第53巻 p.367 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正九年         (渋沢子爵家所蔵)
一月十二日 雨又曇 寒
○上略 午前九時事務所ニ抵リ、竹田政智氏ト田園都市ノ経営ニ付意見ヲ交換ス○下略
一月十三日 曇 南風軽暖
午前七時半起床洗面シテ朝飧ス、後畑弥右衛門氏ノ来訪ニ接ス○下略
   ○中略。
一月十八日 晴 軽寒
○上略
午後七時畑弥右衛門・河野光治二氏来リ、尾崎行雄氏ト会見ノ事ニ付談話ス、来ル二十三日午前十一時ヲ以テ王子ニ来訪ノ筈ナリ、同日ハ服部金太郎氏及畑氏モ同伴ノ筈
○下略
   ○一月十六日以来、栄一、大磯明石邸ニ在リ、二十一日帰京ス。


渋沢栄一書翰 渋沢秀雄宛大正九年一月一九日(DK530060k-0019)
第53巻 p.367 ページ画像

渋沢栄一書翰 渋沢秀雄宛大正九年一月一九日 (渋沢秀雄氏所蔵)
大正九年一月十九日大磯明石家別業ニ於テ
○中略
田園都市之調査ニ付而ハ再度之来書ニも御申越有之、殊ニ過日竹田政智氏へ之書状一覧いたし、爾後引続き御研究之模様承知いたし候、現会社之設立順序も其後次第ニ相進ミ本月末ニ増株之総会を開き、同時ニ貴所を取締役之一人ニ推撰と申事ニ相成候趣ニ候、委細ハ竹田氏より申進候事と存候得共乍序申添候○中略
                         栄一
    秀雄殿坐下
○下略
   ○本書翰ハフランス、パリ、堀越商会気付ヲ以テ外遊中ノ五男秀雄ニ発セラレタルモノナリ。
 - 第53巻 p.368 -ページ画像 

集会日時通知表 大正九年(DK530060k-0020)
第53巻 p.368 ページ画像

集会日時通知表 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
一月廿二日 木 午前十時 田園都市会社関係地方人来約(兜町)


渋沢栄一 日記 大正九年(DK530060k-0021)
第53巻 p.368 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
一月二十二日 曇 寒気ハ甚シカラス
○上略
午前十時兜町事務所ニ抵リ安川敬一郎氏ノ来訪ニ接ス、関善一氏来話ス、田園都市関係ノ地方総代来会ス、一場ノ謝詞ヲ述フ、来会者約四十余人、竹田・畑二氏来リテ周旋ス、一同喜悦満足ノ体アリ○下略


集会日時通知表 大正九年(DK530060k-0022)
第53巻 p.368 ページ画像

集会日時通知表 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
一月三十日 金 午前十時 田園都市会社ノ件(永楽町同会社)


渋沢栄一 日記 大正九年(DK530060k-0023)
第53巻 p.368 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
一月三十日 晴 寒
○上略 午前十時田園都市会社株主総会ニ出席ス、服部・星野・緒明・伊藤ノ諸氏ト要務ヲ談話ス○下略
   ○中略。
二月一日 雨 軽寒
午前七時半起床入浴○中略 畑弥右衛門氏・蓮沼門三氏来話ス
○下略
   ○中略。
二月十二日 晴 寒
午前七時半起床入浴シテ朝食ヲ取ル畢テ畑弥右衛門氏来訪ニ接ス○下略


竜門雑誌 第三八七号・第三八頁大正九年八月 ○本社有志晩餐会記事(DK530060k-0024)
第53巻 p.368-369 ページ画像

竜門雑誌 第三八七号・第三八頁大正九年八月
○本社有志晩餐会記事 七月二十七日午後六時より丸の内銀行倶楽部に於て本社有志諸氏の晩餐会を開催せり、開宴に先立ち過般商工業界の視察旁、田園都市株式会社の委託を受け、欧米諸国を巡察帰朝せられたる渋沢秀雄氏の漫遊視察談あり、終つて宴を開き、会食後、在米十数年間にして過般所要を帯び帰朝せられたる米国加州中央農会専務理事千葉豊治氏の演説(追て本誌掲載)あり、最近加州に蟠りつゝある排日問題の内容及び之が善後策に就き熱心詳述する所あり、尚同州に発展しつゝある邦人の農事状況を撮影せる数十種の写真と相俟て来会者を益すること極めて多かりしが、要之、排日問題防止策としては先づ排日反対の正論を喚起し、又来朝米人に正解を与へて排日反対に努力せしめ、尚ほ日米関係調査機関の設置等を以て其急務とすべく、而して其散会せるは十一時を過ぐる十五分なりき。
 因に当日の来会者諸氏は左の如くなりき。
 △来賓
  青淵先生    千葉豊治君
 △評議員
  石井健吾君   堀越善重郎君  土肥修策君
 - 第53巻 p.369 -ページ画像 
  増田明六君   明石照男君   阪谷男爵
  渋沢元治君   清水一雄君   白岩竜平君
  諸井四郎君
 △前評議員
  上原豊吉君   日下義雄君   渋沢義一君
  桃井可雄君   杉田富君

  西村道彦君   西野恵之助君  堀内明三郎君
  利倉久吉君   小畑久五郎君  竹田政智君
  永田甚之助君  野口弥三君   八十島樹次郎君
  藤村義苗君   昆田文二郎君  佐藤正美君
  渋沢武之助君  渋沢正雄君   渋沢秀雄君
  白石喜太郎君


竜門雑誌 第三八七号・第四〇頁大正九年八月 青淵先生と田園都市(DK530060k-0025)
第53巻 p.369 ページ画像

竜門雑誌 第三八七号・第四〇頁大正九年八月
○青淵先生と田園都市 田園都市株式会社の事業に就ては、青淵先生が陰に陽に助力せられつゝあるは隠れなき事実なるが、之に就て時事新報は其の『むせんでんしん』欄に『渋沢男の人気』と題し左の如き記事を掲載せり。
 渋沢男等の計画に係る田園都市の敷地は、城南の景勝調布玉川外五個村に跨る地域を劃し、目下土地の整理中であるが、之等の買収に就ては地主の駈引などからいろいろの悶着があつたが、独り調布村だけはスラスラと円満に契約が出来た△其理由は同村の青年団が大の渋沢男崇拝で、曩頃同男が同村へ出張した時などは村内の名勝亀の子山を見て貰ひたいと云つて、態々新道を作つて歓迎した程である△今では此の道を渋沢道と云つて居るさうな、同村の土地買収がスラスラと行たのは全く此の青年団の力であると。


集会日時通知表 大正九年(DK530060k-0026)
第53巻 p.369 ページ画像

集会日時通知表 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
                         (鉛筆ニテ抹消)
十二月廿五日 土 午前九半時 田園都市会社ノ件(同社)但交渉中


渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK530060k-0027)
第53巻 p.369-370 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 晴 寒
○上略 午前十時鉄道省ニ石丸次官ヲ訪フ、竹田政智及秀雄同行ス、田園都市会社ノ出願ニ係ル電車線許可ノ請求ナリ○下略
   ○中略。
一月二十七日
午前八時起床朝事例ノ如クシテ○中略 竹田政智氏来話ス○下略
   ○中略。
二月八日 晴 寒
○上略 四時過畢リテ兜町事務所ニ抵リ、服部金太郎氏来リ田園都市会社ノ事ヲ談ス○下略
二月九日 晴 寒
○上略 午飧後事務所ニ抵リ○中略 竹田政智氏来ル、田園都市会社ノ要務ヲ
 - 第53巻 p.370 -ページ画像 
談ス○下略