デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

大正15年10月26日（1926年）

是日、帝国ホテルニ於テ、当会顧問並相談役会開カル。栄一、出席シテ演説ヲナス。閉会後、栄一、当会名誉会長トシテ、会長小松謙次郎・常務委員谷口守雄・渡辺定一郎等ト共ニ、総理大臣若槻礼次郎及ビ大蔵大臣片岡直温ヲ各其官邸ニ訪ヒ、当会ノ目的達成ニツキ陳情ス。

（小松謙次郎）書翰　　渋沢栄一宛大正一五年一〇月二二日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
謹啓
愈々御清康奉賀候、陳者本会之顧問及相談役会々開《（マヽ）》に関し昨日常務員を以て御願申上候処、早速御快諾を賜り難有御礼申上候、即ち御指図に従ひ別紙招待状を発し、其の運びに取計申候間、当日は是非御来駕之栄を賜り度、此段特に御願申上候　敬具
　　大正十五年十月廿二日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　小松謙次郎
　　　　渋沢栄一殿
　　○別紙欠ク。

竜門雑誌　　第四五八号・第八八頁大正一五年一一月
　　　　青淵先生動静大要
　　　　　　十月中
廿六日　朝鮮鉄道期成会（帝国ホテル）○下略

朝鮮鉄道促進期成会要覧　同会編　　第二一―二七頁刊
　　　　顧問並相談役会ヲ十月廿六日帝国ホテルニ開会、其ノ状況左ノ如シ
　出席者
　　名誉会長　子爵　渋沢栄一
　　会長　　　　　　小松謙次郎
　　顧問　　　　　　山ノ内一次
 - 第54巻 p.453 -ページ画像 
　　相談役　　　石原健三・石塚英蔵・橋本圭三郎・馬場鍈一・大園栄三郎・大津淳一郎・渡辺勝三郎・笠井愛次郎高木益太郎・添田寿一・国沢新兵衛・前田米蔵・浅田徳則・佐藤潤象・湯浅凡平・関直彦・鈴木万次郎
　　常務委員　　渡辺定一郎・谷口守雄・賀田直治・東条正平
　　幹事　　　　長尾栄太郎
午前十一時開会、会長及名誉会長ヨリ別項ノ演説アリ、出席ノ各位ニ於カセラレテモ今後一層本会ノ為メ尽力シ目的ノ達成ヲ期スヘキ旨述ヘラレ、午後一時半閉会ヲ告クルヤ、直ニ
渋沢名誉会長・小松会長・谷口守雄氏・高木益太郎氏・渡辺定一郎氏等ハ総理大臣及大蔵大臣ヲ其ノ官邸ニ訪問シ、本日顧問及相談役会ニ於ケル意嚮ヲ齎ラシテ、本会ノ目的達成ニ就キ陳情シタルニ対シ、若槻総理大臣及片岡大蔵大臣ハ、朝鮮ノ開発ハ鉄道ノ普及ニ俟タネバナラヌコトハ勿論デアルコトハ同感デアル、充分考慮スル旨ノオ答アリ総理大臣ニハ約四十分、大蔵大臣ニハ一時間余ニ亘リ陳情、意見ヲ交換セラレタリ。
　　　　小松会長ノ演説
本日ハ渋沢子爵閣下ヲ始メ各顧問並相談役各位ガ、時節柄御繁忙ノ中ヲ御差繰リ下サイマシテ御参集ヲ辱フシタルコトハ、私共ノ感激ニ耐ヘザル所デアリマシテ、厚ク御礼ヲ申上ゲマス、予テ当会創立以来一度御集リヲ願ヒ、今後ノ方針並運動ノ方法等ニ付御指導ヲ受ケ度存ジテ居ツタノデアリマシタガ、私ガ微恙ノ為メ引籠ツテ居リマシタノト委員中地方ヘ出張致スモノヽ多カツタ等ノ為メ段々延々ニナツテ居リマシタガ、追々政治季節ニモ入リ、総督モ近々上京セラルヽト申スコトデアリ、旁々本日御集リヲ願フコトヽナリマシタ次第デアリマス。朝鮮ノ鉄道ノ普及ガ遅々トシテ進マズ、之レガ為メ朝鮮ノ統治上、産業文化ノ発達上ニ著シキ余弊ヲ受ケテ居ルコトハ、今更ラ詳説ヲ要セザル所デアリマス、当促進期成会ノ成立ハ実ニ此ノ必要已ムヲ得ザル事情ノ上ニ立脚シタルモノデアリマス。
第五十一議会ニ於テ、貴族院ハ満場一致ヲ以テ「朝鮮ニ於ケル鉄道ノ普及促進ニ関スル建議案」ヲ可決シ、衆議院モ亦各派聯合シテ同様ノ建議案ヲ提出シタルモ、他ノ事情ノ為メ遂ニ議了ニ至ラズシテ閉会トナリマシタ、而シテ貴族院ニ於ケル建議ノ要旨ハ、鉄道網ノ調査ヲ完了シ、之ガ敷設ノ計画ヲ樹立スルト共ニ、私設鉄道ノ助長発達ニ付適切有効ナル方策ヲ講ゼラレタシト云フニ在リ、又衆議院建議ノ要旨ハ一層具体的ニシテ、一、鉄道国有ノ方針ヲ立テ、枢要ナル私設鉄道ヲ買収スルコト、二、鉄道敷設法ヲ制定シ、二千哩ノ鉄道敷設ヲ十八年間ニ完成スベキ計画ヲ立ツルコト、三、私設鉄道補給ノ八分ヲ改善シ未成線ノ速成ヲ計ルコトヽ云フノデアリマシタ、而シテ是等建議案ハ大体帝国鉄道協会ノ調査ニ係ル建議書ヲ骨子トシタルモノデアリマシテ、当促進期成会ノ目標モ亦此帝国鉄道協会ノ調査ヲ基礎トナスモノナルコトハ、其成立当時ノ事情ニ照シテ明瞭デアリマス、随テ当促進期成会ハ此目標ニ向ツテ運動ヲ継続スルコトハ当然ノコトデアリマス
 - 第54巻 p.454 -ページ画像 
ガ、其事ノ成否ハ一ニ総督府ノ施設如何ニ繋ルモノデアリマスカラ、先ヅ以テ貴衆両院ノ建議案ガ総督府ニ対シテ如何ナル反響ヲ与ヘタルカ、即チ総督府ハ今後ノ鉄道行政ヲ如何ニ立ツル積リデアルカヲ知ルノ必要ガアリマス、御承知ノ如ク目下大蔵省ニ於テ予算審議中デアリマシテ、総督府ノ当事者ハ其内容ノ詳細ヲ説明スルコトヲ躊躇シテ居リマスカラ、其詳細ヲ知ルコトハ出来ナイノデアリマスガ、大体国有鉄道（未成線ヲモ入レテ）約一千哩ヲ十一年間ニ完成シ、其費額約三億二千万円ヲ継続費ニ追加シ、内私設鉄道買収費トシテ二千万円（此公債約二千五百万円）ヲ四年間ニ支出シ、之ヲ以テ未成線完成ノ費用ニ充テシムルト云フコトデアリマス、是ハ朝鮮総督府創立以来始メテ立テタ鉄道行政ノ根本義デアリマシテ、満鉄委任解除ノ結果、兎ニ角調査立案シタルモノデアリマス、此計画タル我々ノ目標ニ及バザルコト尚ホ遥カニ遠キモノデアリマスガ、而カモ我々ト其途ヲ異ニスルモノハナク、矢張リ我々ノ目標ニ達スル道程ニアルモノデアリマス、財政ヲ慮リ、沿革ヲ慮リ、又其成立ヲ慮ルトキハ、総督府トシテハ寧ロ穏当ナル計画ト申スベキカトモ存ゼラレマス、已二其計画ハ満足スベキモノニアラズトスルモ、我々ト其目標ヲ同フシ、貴衆両院ノ建議ニ対スル対策トシテ立案シタルモノナル以上、当促進期成会ニ於テモ、先ヅ以テ此計画ノ成立ヲ期スルガ為メ必要ナル助勢ヲ為スコトハ、目下ノ場合最モ緊急ノ必要アリト存ジマス、聞ク処ニ依レバ、公債政策ハ依然緊縮ノ方針ヲ採リ、其増加ニ対シテハ政府ニ於テ難色アリトノ事デアリマス、若シ既定発行額ノ範囲内ニ於テ彼此融通ノ途アラバ固ヨリ論ナキモ、其途ナキニ於テモ、少クモ計画自身ヲ十六年度ノ予算上ニ認メサスルコトハ最モ必要ノコトデアルト信ジマス、ドウカ此点ニ関シ各位ノ腹蔵ナキ御意見ヲ拝承シテ、今後ノ運動上ニ資シタイト存ジマス、自然前述ノ方針ニ付御賛同ヲ得マスレバ、是ヨリ首相及蔵相等ニ陳情シテ、其成立ニ助勢ヲ与フル積デアリマス。
目前ニ差迫ル応急ノ処置ハ前述ノ如クデアリマスガ、朝鮮ニ於ケル鉄道網ノ調査決定ト申スコトハ、目前ノ計画如何ニ拘ハラズ最モ必要ノコトヽ存ジマス、自働車道路網其他各般ノ交通系統ハ此鉄道網ニ根拠ヲ置カネバナリマセン、之ヲ小ニシテハ吉林沿海州ヲ初メトシ、国際貿易ニ資スル幹線アリ、国防・統治・産業・文化・日鮮融和等一切ノ問題ハ、此線路網ノ確定ニ基礎ヲ置クベキコトハ固ヨリ論ヲ俟タザル所デアリマス、我々ハ帝国鉄道協会ノ調査ヲ目標トスルモ、而カモ総督府ニ於テ各般ノ関係ヲ調査シテ責任アル計画ヲ樹ツルノ必要アルコトハ多言ヲ要シマセン、私設鉄道ノ発達助成ニ付テモ、総督府ハ幹線ニ該当スル既設線ヲ買収シ、其費用ヲ以テ未成線ノ完成ニ当ラシムルノ方策ヲ執ラレタルモ、其助成ノ方法ニ就テハ之ヲ以テ足レリトスベカラズ、融通資本ノ保証、低利資金ノ貸付、補給率ノ増加等適切有効ナル方法ハ講究スルニ従テ尚ホ多カルベシト存ジマス。
是等ノ問題ハ今後ニ継続スベキ問題ニシテ、今後各位ノ御指導ヲ受クベキ機会ハ益々多キコトヽ存ジマス、各位ニ於カセラレテハ何卒充分ニ御意見ヲ発表セラレ、吾々当事者ヲ鞭撻シテ、其目的ヲ大成セシメラレンコトヲ特ニ御願ヒ致シマス。
 - 第54巻 p.455 -ページ画像 
　　　　渋沢子爵ノ演説
　今小松会長カラ此ノ期成会ノ趣旨ニ就テ詳細オ話ガアリマシタカラ充分御了解ノコトヽ存ジマス、私ハ、閑散ノ身ヲ以テ、到底ソノ任ニ耐エマセンコトヲ思ヒ、切ニ御辞退イタシマシタガ、朝鮮ニ於キマスル、従来カラノ関係、特ニ期成会ノ話対手ニナレトノオ薦メニ甘ヘ、名誉会長ノ職ニ就キ、今日此ノ席ニ列シタ次第ニゴザイマス。
元来朝鮮ノ如キ農業ヲ主体トイタシマスル国トシテハ、鉄道ノ普及発達ヲ要スルコトハ論ヲ侍タヌノデアリマス、私ハ朝鮮ニ関係イタシマシタ抑々ハ、明治二十七年ニ日韓暫定合同条款ガ出来マシテ、我国ノ手デ、朝鮮ニ鉄道ヲ敷設スルコトニナリマシタガ、色々ノ事情デ細目ノ協定ガ荏苒シテ居ル間ニ、朝鮮王ハ、之レヲ米国人ノモールス氏ニ敷設権ヲ許可シタ、モールス氏ハ此ノ工事ノコトヲコールブラントイフ人ニ任セマシタガ、材料ヤ金融難ノタメソノ工事ハ遅々トシテ進ミマセンデシタ、幸ヒ私ハ第一銀行ノ支店ヲ持ツテ、金融ノ便モアリマシタカラ、大隈侯ガ外務大臣ニナラレタトキ、此ノ京仁鉄道ヲ取リタイト申シテ、之ヲモールス氏ニ相談シ、政府カラ壱百万円ヲ調達シテ戴キ、三十一年ニ京仁鉄道引受ノシンヂケートヲ作リ、此ノ鉄道ヲ引受ケ工事ヲ早メテ三十三年ニ仁川カラ京城マデ開通イタサセマシタ、ソレデ私モ二度程朝鮮ニ参ツタヤウナ次第デアリマス、又釜山カラ京城マデ行ク鉄道ヲ、日本人ダケデ造リタイト願ツタガ、金モカカリ許可モ却々ナイノデ、伊藤公カラ朝鮮王ニ勧メテ戴キ、ソノ許可ヲ得マシタガ、却々金ガ出来ナイデ私ハ一番苦ミマシタ、終ニハ海外ニマデ手ヲ入レ、明治三十五年ニ英国ノサミユル商会ニ相談シタガ、纏リマセンデシタ、ソウシテ此ノ鉄道ニハ井上侯ト伊藤公ハ中止セイト言ハレ、山県公ト桂公ハ早クヤレトノオ叱言デ、私ハ中ニ挟リ非常ニ困リマシタ、ソノ内日露ノ風雲ガ険悪サウニナツテ来マシテ、此ノ鉄道ニ大反対ノ井上侯ハ、今度ハナゼ早クヤラヌカトノオ叱言デ、私ハアナタノヤウナ我儘勝手ノ方ハナイ、此ノ間マデハ反対シテヰナガラ早クヤレトハ、ヨクモヨクモヨクモソンナコトハ言ハレタモノデスト申マシタ処ガ、今ハソンナ理屈ヲ言ツテヰル時機デハナイ、国家ノタメダ、何ンデモ早クヤレイト、達ツテノオ奨メデ《（マヽ）》、政府カラ五百万円ヲ出シテ戴キ、全力ヲ挙ゲ工事ヲ督励シテ、三十八年ノ初メニ釜山京城間ヲ開通サセ、日露戦役ニオ役ニ立ツタ事ハ御承知ノ通リデゴザイマス。
斯様ナ次第デ、私ニ朝鮮ニハ金融ト運輸ノ必要デアルコトハ、以前カラ痛感シテ奔走苦心イタシマシタ、ソノ当時ノコトヲ考ヘルト、今尚鉄道ノ普及ハ洵ニ遅々タル状態デ、朝鮮統治ノ上カラモ、産業開発ノタメニモ甚ダ遺憾ニ存スル次第デアリマス。
今回此ノ促進期成会ニ入会致マシテ、微力デハアリマスガ、本会ノ目的達成ノタメニ何カノオ役ニ立タイト存ジマス。

谷口守雄談話筆記　　　　　　　　　　　　　（財団法人竜門社所蔵）
　　　　　　　　　昭和十二年六月三日、於丸ノ内海上ビル新館七階
　　　　　　　　　東京瓦斯会社応接室、高橋善十郎・松平孝筆記
○上略
　　朝鮮鉄道ノ問題ハ両院ガ可決シタノニ、当局ガ余リニ生ヌルイノ
 - 第54巻 p.456 -ページ画像 
デ、首相官邸デ若槻首相ニ会ヒ、先生○栄一・小松・私カラ話ヲシタガ、若槻大臣ノ返事ニ気ガ無カツタノデ、私ガ突込ンダ処、誠ニ結構ナ話ダガ、財政上困ルカラ公債政策デ行コウト云フ事ニ為ツタ。貴衆両院ニ建議サレテルノニ、内地デハ無関心過ギルト説イタノデ、自分デモ大賛成ダガ、尚蔵相ニ話セヨト云フ返事ヲ得タ。朝鮮鉄道促進期成会トシテノ先生ハ、特ニ行ハレタ事ト云ツテハナイガ、先生ノ名デ人ヲ集メ、且ツ其御蔭デ会ノ目的トスル処ハ達シ得タノハ事実デアル。会ノ方カラ会ニ関スル報告ニハ一一先生ノ処ヘアガツタ。国有ハ決ツタノデ会ノ第一目的トスル処ハ済ンダノデアルガ、マダ残ツテルノハ私鉄ノ買収問題デ、運賃等ハ非常ニ高イカラ、之ヲ成ル可ク早ク国有ニシテ、朝鮮ノ開発ニ当ル事ガ吾々ノ理想デアル。