デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
3款 東亜興業株式会社
■綱文

第54巻 p.495-514(DK540095k) ページ画像

大正6年1月31日(1917年)

是ヨリ先、栄一、当会社ノ江西鉄道借款ニツキ、銀行団ノ協調融資ヲ斡旋スル等、当会社ノタメ尽力スル所アリ、是日、当会社社長古市公威ノ来訪ニ接シ、当会社増資ニ関シテ要談ス。其後ニ於テモ栄一、大蔵大臣勝田主計ヲ屡々訪問シ、又、当会社大株主会及ビ其他ノ諸会合ニ出席スル等、当会社ニ関与スル所少ナカラズ。


■資料

渋沢栄一書翰 白岩竜平宛(明治四五年)四月一九日(DK540095k-0001)
第54巻 p.495-496 ページ画像

渋沢栄一書翰  白岩竜平宛(明治四五年)四月一九日   (白岩竜平氏所蔵)
拝啓 益御清適奉賀候、然者此度添田興業銀行総裁事日仏銀行創設ニ関し仏国へ旅行被致候ニ付而ハ、同地ニ於て自然東亜興業会社之内容ニ付入用之事共可有之と存候間、至急賢台より総裁ニ御会見被下、従来之手続ハ勿論、株主人名等まて詳細ニ御申述被下、且必要之書類ハ
 - 第54巻 p.496 -ページ画像 
御取揃御渡被下候様仕度と存候、小生義無拠用事ニて明日仙台地方ヘ罷越候都合有之、添田君ニも廿一日ニハ出立之由ニ付、可成至急御取運相成候様頼上候、右申上度如此御坐候 不備
  四月十九日
                      渋沢栄一
    白岩竜平殿
        □下《(欠)》


渋沢栄一書翰 白岩竜平宛(明治四五年)五月九日(DK540095k-0002)
第54巻 p.496 ページ画像

渋沢栄一書翰  白岩竜平宛(明治四五年)五月九日   (白岩竜平氏所蔵)
貴地四月廿六日附尊翰拝読、賢台爾後益御清適之条遥頌仕候、然者日清汽船会社之御営業も動乱後追々各方面之回復を見候様可相成との趣慶賀之至ニ候
貴会社ハ恰も革命之騒動ニ付而ハ中心之位地とも可申義と存候間、定而種々之妨碍をも御受被成候事と御察申上候、幸ニ復旧ニ際し幾分之進歩を見候様なる機会も有之候ハヽ、充分御尽力被成候様祈上候
東亜興業会社ニ関する御高配之義も拝承仕候、右ニ付而ハ先頃来井上侯爵ニハ色々と御心添有之候得共、今以具体的之方法も相立不申、数月前より之協議も又画餠と相成候哉と懸念罷在候、右ニ付来示江西鉄道談も、古市君又ハ山本氏抔よりハ何等内話も無之候、兎角架空ニ類する題案多く、いつも捕捉ニ物なき有様ニ御坐候、併其中古市君等より御相談有之候ハヽ精々応援可致と存候、右不取敢拝答如此御座候
                            敬具
  五月九日
                      渋沢栄一
    白岩竜平様
        拝復


渋沢栄一書翰 白岩竜平宛(明治四五年)五月二八日(DK540095k-0003)
第54巻 p.496 ページ画像

渋沢栄一書翰  白岩竜平宛(明治四五年)五月二八日   (白岩竜平氏所蔵)
貴方五月十八日附尊書廿二日落手拝見仕候、爾後賢台益御清適奉賀候然者毎々貴翰又ハ電報ニて御申越之江西鉄道ニ関する借款ハ、大体ニ於て当方之評議相決し、既ニ電報御承知之通ニ有之候、但各銀行との交渉ハ貴方ニて廿九日ニ鉄路公司之総会相済、其確報を得て、東亜より銀行側へ相談相開候等ニ有之候、万一協議纏り兼候とも、台湾銀行と大倉組とニて何と歟始末相付可申都合ニ社長ニ於て内引合致居候趣ニ御坐候、而して銀行者側ハ老生も充分尽力之積ニ候間、是又御承引可被下候
○中略
  五月廿八日
                      渋沢栄一
    白岩賢台
       坐下


渋沢栄一書翰 白岩竜平宛(明治四五年)六月三日(DK540095k-0004)
第54巻 p.496-497 ページ画像

渋沢栄一書翰  白岩竜平宛(明治四五年)六月三日   (白岩竜平氏所蔵)
貴方五月廿七日附尊翰只今落手拝見仕候、江西鉄道ニ関する仮契約書
 - 第54巻 p.497 -ページ画像 
之写及賢契より古市君まて御書通之内容まて詳細ニ御報知被下、拝承仕候
同公司之株主総会ハ五月廿九日開会之由、其結果如何相成候哉、古市氏ハ翹足其模様御待申上候、弥以契約書承諾と申事ニ相成候ハヽ、資本者たる大蔵省ハ勿論、各銀行之内会議を開き、分担割合等相定め可申筈ニ候、もしも各銀行間ニ彼是申居一致せさる時ハ、台湾銀行と大倉組とニ於て引受可申積と申事ニ候、昨日も柳生頭取来訪ニて被申候ニも、将来之都合も有之候義ニ付、是非とも各行一致ニ至る様老生ニ此上之尽力相望候旨申居候、古市君も前段同様之御考ニ候ハ申迄も無之義ニ御坐候、いつれ廿九日貴方株主総会之詳報ニより、何分之努力可仕と存候、右匆忙中拝答如此御坐候 不備
  六月三日
                      渋沢栄一
    白岩賢契
       坐下拝復


渋沢栄一書翰 白岩竜平宛(大正元年)八月三日(DK540095k-0005)
第54巻 p.497 ページ画像

渋沢栄一書翰  白岩竜平宛(大正元年)八月三日   (白岩竜平氏所蔵)
御細書拝読仕候、爾来之御丹精ニよりて、兎も角も契約締結相成候事ハ慶賀之至ニ候、柳生君も昨日電報ニて謝意申来候、社長辞任云々ハ其中何とか解決之都合も可有之歟、此際余りニ問題ニ不相成様致度ものニ御坐候、第一より第三迄之方案拝見候も、可成ハ第二ニ取纏め申度、もしも第一ニて興業之方彼是申居候ハヽ、第二之方案を以て佐々木氏へ御打合可被下候、不得已時ハ最終之案ニ相決可申候右拝答まて匆々如此御坐候 敬具
  八月三日
                      渋沢栄一
    白岩賢契坐下
 尚々今朝も井上老侯と面会いたし、貴兄御会話之段承り及申候、日仏銀行之事も近日百事決定と存候間、其機会ニ東亜之義も一歩ニても相進候様仕度と心掛罷在候


渋沢栄一書翰 白岩竜平宛(大正元年)八月二九日(DK540095k-0006)
第54巻 p.497-498 ページ画像

渋沢栄一書翰  白岩竜平宛(大正元年)八月二九日   (白岩竜平氏所蔵)
拝読 益御清適奉賀候、然者江西鉄道ニ対する借款ハ既ニ数回之放資御取扱ニ相成、右ニ付此際門野君御出張にも相成候云々拝承仕候、各銀行之加盟せざりしハ遺憾之至ニ候得共、兎ニ角御目的之如く借款成立致候義ニて、貴会社将来之経営ニ有力之実例を生し候事と慶賀此事ニ候、何卒内外百事充分御注意相成、事務実施上ニ違却不相生様呉々企望いたし居候
古市社長辞任之義ニ付書面写御廻し被下拝見仕候 貴会社将来之専任者ニ付而ハ、井上老侯又ハ現大蔵大臣抔へも毎々事情具陳致置、能々領意せられ候も、何分其人を得るニ苦辛いたし居候、乍去いつまても姑息之取扱ハ会社之為此上もなき不利益ニ候間、尚精々相促し、其中何とか発展之途相講し申度と存候、右ハ拝示ニ対し愚案之大要内々申上置候 匆々敬具
 - 第54巻 p.498 -ページ画像 
  八月廿九日
                       渋沢栄一
    白岩竜平様
        拝復


大正元年九月止 「江西借款附属書類及雑信」綴(DK540095k-0007)
第54巻 p.498-499 ページ画像

大正元年九月止
「江西借款附属書類及雑信」綴       (白岩竜平氏所蔵)
    江西借款ノ経過及同鉄道ノ価値
一、明治四十年政府ハ日本興業銀行ヲ経テ江西鉄路公司ニ対シ、大成公司ナル清国人組合ヲ通ジ、間接借款一百万両ヲ貸出シタルモ、同公司ハ其後事業ノ進行思ハシカラズ、九江・南昌間八十浬《(哩)》ノ計画中、数年ヲ経タル今日僅カニ九江・徳安間二十五浬ヲ開通シタルノミ、其余ハ資金欠乏ノ為メ、昨年五月以後全ク工事ヲ中止シ居レリ
二、従来借款ノ成立セザリシ第一ノ理由ハ、一百万両借入ノ名義人タル大成公司ハ 鉄路公司及日本側ノ信用ヲ失シ、一方鉄路公司ニ於テハ依然トシテ間接借款ヲ主張シタルニ由レリ、然ルニ今回ハ時勢ノ変化ニ由リ、直接鉄路公司ノ名ニ於テ借款ヲナスコト(第一)、鉄路公司ノ財産ヲ挙ゲテ其担保ニ供スルコト(第二)、工事ヲ全然日本側ニ委托シ、其供託金ニ依リテ竣成シタル部分ヲ引渡スト共ニ、之ヲ借款ニ振替ルノ方法ニ依ルコト(第三)ヲ先方ニ於テ承諾スルニ至レリ
三、現ニ交渉セル条件中、先方ニ於テハ利出七朱ヲ六朱半ニ、地方政府ノ元利支払保証ヲ見合セ、単ニ中央政府ノ承認ヲ得ルニ止ムルコトノ二点ヲ主張シ、此二点共纏マレバ他ハ異議ナキ迄ニ進捗シ居レリ
四、本邦側ニシテ従来ノ関係ヲ放棄スルトセバ論ナキモ、一種ノ既得権ヲ維持セントセバ、此辺ニテ取纏メシメラルヽヲ得策ト信ズ、然ラザレハ現ニ背面ヨリ種々手ヲ廻セル米独等ニ奪ハルヽノ結果トナルベシ
五、本鉄道(九江・南昌間八十浬)ノ営業区域ハ、貨客集散ノ状況之ヲ滬寗鉄道(上海・南京間百八十浬)・蘇淅鉄道《(浙)》(上海・杭州間百五十浬)ノ二線ニ比シ遥カニ旺盛ニシテ、一・二年ヲ経過セバ一浬一日四十円内外ノ収入ヲ見ルベク、長江南北岸ヲ通ジテ短距離ニシテ如此キ有利ナル線路無シ
六、本鉄道ハ長江ト江西省首府ヲ聯絡スル幹線ニシテ、南昌ヨリ分岐シテ
  甲 湖南省葎郷ニ至ルモノ      延長一二〇哩
  乙 広東省界ニ至ルモノ       〃 三八〇哩
  丙 淅江省界ニ至ルモノ       〃 一八〇哩
  丁 福建省界ニ至ルモノ       〃 二〇〇哩
  戊 安徽省界ニ至ルモノ       〃 一〇〇哩
 ノ五線ヲ予定線トセリ、右ノ内申ハ有名ナル葎郷炭坑ニ通スルモノニテ、最先ニ工事ヲ開始スベク、乙ハ奥漢鉄道《(粤)》ノ中央部ニ接続スルモノ、此等延長各線ハ何レモ南昌九江線ニ由リテ長江ニ聯絡
 - 第54巻 p.499 -ページ画像 
スベキニ由リ、各分岐線ノ延長スルニ従ヒ、九南間ノ交通ハ益々繁劇ヲ加ヘ、副線ヲ布設スルニ非レバ輸送ヲ完クスル能ハサルニ至ルベシ
七、鉄道ノ延長ニ伴ヒ、九江港ノ発達ハ固ヨリ自然ノ数ナルガ、右ノ外更ニ九江ノ対岸小池口ヲ基点トシ、京漢鉄道ノ広水駅(川漢線ノ接続地点)ニ至ル鉄道(一百五十浬)ヲ布設スル場合ハ、九江港ノ位置ハ一層重要ヲ加ヘ、冬季減水中航洋船舶及軍艦ハ皆同港ヲ到着地トシテ郵便・旅客ノ接続ヲ為スニ至ルベク、カクテ九江ハ漢口ニ次キ長江ノ重要港タルベシ
 備考
  現ニ交渉中ニ在ル借款条件ノ概要
 一、金額  日本貨金五百万円
 二、利息  年七朱
 三、期限  十ケ年据置十ケ年償還
 四、抵当  鉄道所属財産一切
 五、借主  江西鉄道公司
 六、貸主  東亜興業会社
 七、工事  東亜興業会社ノ一手引受ケトス
 八、前債償還  前ニ日本側ヨリ貸付ケタル一百万両並ニ土木・機械類代価ヲ借款中ヨリ引去リ償却
  ○九ヲ欠ク。
 十、優先権 新タニ起債スル場合ハ、先ツ本邦側ニ相談スルコト
 十一、保証 中央政府ノ承諾及地方政府ノ元利支払保証
      以上
   右ノ内借主ニ於テ第二項利息ヲ六朱半ニ、第十一項地方政府保証ヲ要セサルコトノ二点ニ付強テ主張シ交渉中ナルモ、他ハ略本案ニ同意セリ


渋沢栄一 日記 大正二年(DK540095k-0008)
第54巻 p.499 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十七日 曇 寒
○上略
白岩竜平氏来リテ、東亜興業会社ノ事ヲ談ス○下略


渋沢栄一 日記 大正四年(DK540095k-0009)
第54巻 p.499 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
三月九日 晴 風強シ
○上略 午前十一時半出勤、帝国ホテルニ抵リ、東亜興業会社古市氏ノ案内ニテ午飧会ニ列ス、五銀行ノ主任者来会ス、漢口水道及電気灯ノ事ニ付、古市氏ヨリ意見ヲ陳述セラル○下略


渋沢栄一 日記 大正六年(DK540095k-0010)
第54巻 p.499 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正六年         (渋沢子爵家所蔵)
一月三十一日 晴 寒強シ
午前七時起床○中略古市公威氏来リ東亜興業会社増資ノ事ヲ協議ス○下略


渋沢栄一 日記 大正七年(DK540095k-0011)
第54巻 p.499-500 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
 - 第54巻 p.500 -ページ画像 
一月十四日 晴 寒
○上略 午飯後兜町事務所ニ抵リ、柳生一義氏来訪、東亜興業会社ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
一月十七日 晴 寒
○上略 午前十時雑司ケ谷ニ浜口雄幸氏ヲ訪ヒ○中略後、永田町ニ勝田大蔵大臣ヲ訪ヒ、東亜興業会社主任ノ人撰ヲ協議シ、且支那ニ関スル事業ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月四日 晴 寒
○上略
門野・白岩二氏来リ、東亜興業会社ノ事ヲ協議ス○下略
  ○中略。
二月六日 雨 降雨ノ為メ寒気少ク弛ミタルヲ覚フ
○上略
午後六時常磐屋ニ抵リ東亜興業会社ノ招宴ニ出席ス、古市公威氏ヨリ会社増資ニ関スル顕末ヲ陳述ス、余モ亦之ニ助言シ、食後会同者ヨリ委員ノ指名ヲ望マレタルニ付五名ヲ指定ス、夜十時散会帰宅ス○下略
  ○中略。
二月八日 晴
○上略 午飧後帝国議会ニ抵リ、児玉書記官長ト談話ス、又勝田大蔵大臣ヲ官邸ニ訪フテ、東亜興業会社ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
二月十五日 晴 寒少シク減スルヲ覚フ
○上略 午飧後事務所ニ抵リ○中略白岩氏来リ東亜興業会社ノ事ヲ協議○下略
  ○中略。
三月四日 曇 風ナケレトモ天気陰鬱シテ寒威強シ
○上略 五時勝田大蔵大臣ヲ訪ヘ、東亜興業会社ノ事ヲ協議ス○下略
三月五日 晴 夕方ヨリ曇リ寒気凌キ易シ
○上略 午飧後保険協会ニ抵リ、東亜興業会社大株主会ニ出席ス○下略
三月六日 雨 朝来降雨寒威厳ナラス
○上略 午後一時第一銀行ニ抵リテ午飧ス、畢テ事務所ニ抵リ、柳生一義氏ノ来訪ニ接シ、東亜興業会社ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
三月十八日 晴
○上略 午前十時半古市公威氏ヲ貴族院ニ訪ヘ、東亜興業会社ノ事ヲ談ス
○下略
  ○中略。
三月二十六日 曇 朝ニ至リテ雨ハ歇ミタレトモ風強クシテ道路砂塵多クシテ咫尺ヲ弁セサリキ
○上略 三時事務所ニ抵リ○中略中野氏及東亜興業《(来カ)》ノ重役推薦ノ事ニ付内情ヲ氏ニ告ク○下略


渋沢栄一 日記 大正八年(DK540095k-0012)
第54巻 p.500-501 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年       (渋沢子爵家所蔵)
 - 第54巻 p.501 -ページ画像 
一月八日 快晴 寒
○上略 六時銀行倶楽部ニ抵リ東亜興業会社ノ開催スル支那人葉氏ノ招宴ニ出席ス、団琢磨・林権助・阪谷・添田氏等ト種々談話ス○下略
  ○中略。
五月九日 曇 暖
午前六時半起床入浴シテ朝飧ヲ取リ○中略白岩竜平氏来ル、東亜会社ノ近状及支那関係ニ付テ諸般ノ情報ナリ《(マヽ)》○下略
  ○栄一、病後ノ静養ノ為メ五月一日ヨリ大磯明石家別宅ニ滞留中。


渋沢栄一書翰 荒井賢太郎宛(大正一一年)六月一四日(DK540095k-0013)
第54巻 p.501 ページ画像

渋沢栄一書翰  荒井賢太郎宛(大正一一年)六月一四日   (荒井静雄氏所蔵)
拝啓 益御清適奉賀候、過日ハ尊来被下候処匆々之拝接欠敬陳謝仕候其節御内示之東亜興業会社御後任之事ハ其後内情聞合候処によれハ、特ニ新規之御推薦等ハ無之方却而現重役一同之希望歟と相察し候ニ付而ハ、明日之御会同ニハ単ニ閣下之御辞任ニ止め、将来之経営ハ現在之人々にて充分注意尽力可致旨御中聞被下候まてニ被成下度候
右不取敢一書可得貴意如此御坐候 敬具
  六月十四日              渋沢栄一
    荒井賢台
       侍史
  ○後掲「室井信道談話筆記」参照。


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK540095k-0014)
第54巻 p.501 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一四年        (渋沢子爵家所蔵)
二月二十四日 半晴 軽寒
○上略 白岩竜平氏来リ、東亜興業会社ノ事ヲ談話ス○下略



〔参考〕農商務省商工彙報号外 第一二―一四頁明治四五年四月八日 清国動乱ト中清ノ経済界(其六)最近支那重要経済事情 第四 革命戦後ノ支那ノ実業熱(DK540095k-0015)
第54巻 p.501-502 ページ画像

農商務省商工彙報号外  第一二―一四頁明治四五年四月八日
    清国動乱ト中清ノ経済界(其六)
    ○最近支那重要経済事情
      第四 革命戦後ノ支那ノ実業熱
○上略 今ヤ支那ハ政治上ノ革命ニ於テ成功シ、漸ク其整理ノ端緒ニ著カントスルヤ、財政整理・実業振興ノ熱ハ勃然トシテ支那ノ民心ヲ支配スルニ至リタリ、昨今各新聞ハ筆ヲ揃ヘテ之レヲ論ジ、各種ノ会合亦之レガ為メニ開設セラルヽコト雨後ノ筍ノ如ク、中央政府亦之レガ為メニ施設セントス、其将来ニ与フル影響決シテ少ナカラザル可シ、試ミニ其論旨ノ一端ヲ紹介シ、並ビニ各種会合ノ情勢ノ一般ヲ見ルニ、去ル二月廿四日ヨリ上海ノ新聞報ハ特筆大書シテ論ジテ曰ク
 革命ノ大功已ニ成リ相慶ス可キニ似タリ、然レドモ世界上ニ於ケル支那ノ存立ハ未ダ之レヲ以テ確定シタリト云フ可カラズ、今次政治的革命ニヨリ支那ヨリ満州人ヲ駆逐セリ、而モ之レ支那ノ世界上確立ニ対シ何等ノ価値ヲ有スル所ニアラズ、支那ハ夫レ自身確立ノ基礎ヲ有スルニアラザレバ亦以テ革命ノ真価ヲ論ズ可カラザル也、而シテ支那確立ノ道ハ只夫レ富国ノ一策ノミ、然ルニ今次革命ノ動乱ハ支那経済界ニ大破滅ヲ与ヘ、四方産ヲ捨テ業ヲ蕩シ産業ノ動揺未ダ之レヨリ大ナルナシ、更ラニ一方ヲ顧ミレバ、光復以来風俗ノ一
 - 第54巻 p.502 -ページ画像 
変ハ、或ハ衣帽ニ或ハ散髪器・化粧品ニ、其他アラユル商品ノ外国輸入ハ日々ニ増加シ益々輸入超過ノ勢ニ趨リ、正貨流出ノ恐慌ヲ致シ、遂ニ皇国ノ産業ニ大頓挫ヲ与ヘズンバ止マザルノ形勢ナリ
 今ニシテ此根本問題ヲ討究シ、利権ノ外ニ漏ルヽヲ挽回シ、以テ長久ノ計ヲ建ツルニアラズンバ、革命亦何ゾ価セン、玆ニ此機ニ際シ特ニ実業振興ノ必要ヲ論ズル所以ナリ、実業ヲ振興スルノ策多岐、就中方今我国ニ施ス可キノ道ハ、由来吾国工業不振ノ原因ハ互ニ相排擠シ、詐虞風ヲ成シ、信用地ニ墜チタルノ弊ニ帰ス、輸出スル所ノ生糸・茶・花莚等ニ於テ此弊ヲ見ザルナシ、之レヲ救済スルノ方法ハ、即チ各業ニ対シ聯合共進ノ機関ヲ建ツルニアリ、又我国工業ノ起ラザルハ、大企業ノ行ハレズシテ手工業ニ拠リタルニ存ス、是レ決シテ長久大利ノ道ナラズ、之レヲ救済スルノ道ハ、各箇人ノ資本ヲ集メテ一ツトナシ、大会社ノ設立ヲ奨励セザル可カラス、次ニ商業上ニ於テハ、列強諸国ノナス如ク、保護政策ノ必要ナリ、蓋シ国際貿易ハ一・二商人ノヨク伸ブル所ニアラズ、之レ保護政策ノ起ル所、其他商標特許専売ノ条令ハ須ラク速カニ之レヲ定ム可ク、模範工場・商品陳列館ノ設立ハ国民実業教育ノ一端ナリ、希クハ実業当局ノ人反省一番、共和ノ新天地ニ於テ之レガ企劃ノ行ハレンコトヲ希望シテ止マズ云々
ト、此ノ如キ提論ハ豈夫レ一新聞報ニ止マラザル也、之レト共ニ此問題ノ研究ト遂行トノ為メ各種ノ会合ノ設立セラルヽモノ頻々、実業振興ノ声ハ普ク支那ノ声タルニ似タルモノアリ○下略



〔参考〕東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部編 第一―一〇頁昭和四年五月刊(DK540095k-0016)
第54巻 p.502-506 ページ画像

東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上
              大蔵省預金部編 第一―一〇頁昭和四年五月刊
    第一章 総説
東亜興業株式会社ハ明治四十二年支那ニ於ケル鉄道・鉱山・造船・電気等各種事業ノ設計・調査・引受並ニ是等ノ事業ニ対スル投資ヲ目的トシテ設立セラレ、政府ハ是等ノ事業カ我国ノ対支経済政策上極メテ緊要ナルヲ認メ、預金部資金又ハ国庫銀資金ヲ融通シ、之ヲ援助スル所アリタルカ、最近支那内地ハ累次ノ兵乱ノ後ヲ承ケテ時局益紛糾シ為メニ同社ノ投資モ回収頗ル困難ヲ極メ、同社ノ経営ハ益々難境ニ陥リ、玆ニ根本的整理ヲ必要トスルニ至リタリ。
      第一 東亜興業株式会社ノ設立ト増資
明治四十年四月渋沢栄一・近藤廉平・益田孝及大倉喜八郎四氏ハ対清経済事業調査ヲ目的トシテ、日清起業調査会ナルモノヲ起シタルカ、同調査会ハ実ニ東亜興業株式会社ノ前身ヲ成スモノトス、次テ明治四十二年ニ及ヒ前記四氏並山本条太郎・大橋新太郎・古市公威・白岩竜平四氏等発起人トナリテ、支那官私ノ鉄道ニ材料及技師ヲ供給シ、又鉱山・造船・電気等各種事業ノ調査・設計・引受、並直接間接ニ該事業ニ対スル投資、即対支経済施設ノ発展ニ資ス可キ事業ヲ行フ目的ヲ以テ、新会社ヲ創設スルコトヲ企図シ、同年八月金壱百万円ノ資本金ヲ以テ株式会社ヲ設立シ(参照第一)、社名ヲ東亜興業株式会社ト名付ケタリ。
 - 第54巻 p.503 -ページ画像 
次テ大正六年七月資本金ヲ参百万円ニ増加シ 翌大正七年七月一躍之ヲ二千万円ニ増加シ、第一回払込金四百二十五万円ヲ徴収シタルカ、此ノ時ニ当リ、政府ハ同社ニ対シテ援助ヲ与フルト共ニ、之カ業務ノ指導監督ヲ行フ為、其ノ株式ヲ引受クルコトトシ、日本興業銀行ニ内命ヲ与ヘ、同社旧株三万株(代金百五十万円)ヲ取得セシメ、更ニ新株二万株ヲ引受ケテ二十五万円ヲ払込マシメ、之カ資源トシテ興業債券百七十五万円ヲ預金部ニテ引受ケタリ。(本篇第五章参照)
而シテ新株ノ第二回払込四百二十五万円ハ大正九年五月ニ之ヲ徴収シ第三回払込金百七十万円ハ大正十五年十月ニ徴収シ、現在払込株金ハ千三百二万二千五十円ニシテ、尚未払込額六百九十七万七千九百五十円ヲ有セリ。
興銀引受ノ新株二万株ニ対スル第二回払込金ハ二十五万円、第三回払込金ハ十万円ニシテ、何レモ預金部ニ於テ興業債券ヲ引受ケテ其ノ資金ヲ調達セリ。(本篇第五章参照)
又同社設立当時ニ於テハ取締役社長ニ古市公威就任シタルカ、爾後荒井賢太郎・門野重九郎等承継シ、現在ノ重役ハ取締役会長・常務取締役各一名、取締役六名、監査役二名トス。(参照第二)
      第二 借入金及社債
東亜興業会社ノ業務中最モ重要ナルモノハ支那ニ対スル投資ナルカ、之カ資金ハ資本金ノ外、預金部・国庫・東西シンヂケート銀行団ヨリノ借入金及其ノ引受ニ係ル社債並其ノ他ノ銀行・会社ヨリノ借入金ニ依リテ之ヲ調達シ、昭和三年末現在ニ於テ其ノ総額四千百九万余円ニ上リ、之ヲ大正七年当時一千八百円程度ナリシニ比スレハ殆ト二倍余ノ増加ナリトス。(参照第三、参照第四)
  預金部             一五、〇〇〇、〇〇〇円
  国庫               六、〇〇〇、〇〇〇
  東西シンヂケート銀行団借入   一二、三〇五、〇〇〇
  (内社債             三、三六〇、〇〇〇)
  各銀行・会社ヨリ借入       七、七八九、六〇九
     計            四一、〇九四、六一〇
右ノ内預金部ヨリノ融通金ノ内訳ハ
  南潯鉄道借款資金         七、五〇〇、〇〇〇円
  一般対支投資資金         五、〇〇〇、〇〇〇
  有線電信借款資金         二、五〇〇、〇〇〇
     計            一五、〇〇〇、〇〇〇
ナルカ、玆ニ南潯鉄道借款ト称スルハ、明治四十五年以来数回ニ亘リ預金部ヨリ興銀経由同社ニ融通シ、同社ヨリ南潯鉄路(九江・南昌間ノ鉄道)公司ニ融通シタルモノヲ謂ヒ(本篇第二章)、一般対支投資資金ト称スルハ、大正七年八月同社カ業務ヲ拡張セル際、預金部ニ於テ興業債券ヲ引受ケテ同社ニ融通シ、同社ヨリ武昌電灯・財政部銅元局及溥益製糖公司ニ融通シタルモノヲ謂ヒ(本篇第三章)、有線電信借款ト称スルハ、大正九年預金部ヨリ興銀経由同社ニ融通シ、同社ヨリ交通部ニ貸付ケタルモノヲ謂フ。(本篇第四章)
 備考 同社ノ株式中二百十万円ハ預金部引受ノ興業債券ヲ資源トシ
 - 第54巻 p.504 -ページ画像 
テ興銀ニ於テ引受ケタルモノナルコト前述ノ如クナルヲ以テ東亜興業関係ノ預金部資金融通額ハ一千七百十万円ニ上レルモノトス。(参照第五)
次ニ国庫ヨリノ融通金六百万円ハ、上海ニ於ケル不動産投資ニ充当シタルモノナルカ、該融通金ニ付テハ本篇第六章ニ之ヲ記述ス。
 備考○略ス
又社債ハ最初大正十年四月ニ東西シンヂケート銀行団引受ノ下ニ五百万円(利率年七分、発行価格九十五円、二箇年据置、其後三箇年ニ随時償還)ヲ発行シタルカ、償還期限即大正十五年四月一日ニ至リ、右償還資金ニ充当ノ為再ヒ東西シンヂケート銀行団引受ノ下ニ第二回社債金三百三十六万円ヲ発行シタルモノトス、其ノ発行要項左ノ如シ。
  発行総額   金三百三十六万円
  発行価格   額面百円ニ付九十七円
  利率     年七分
  償還期限   三ケ年
 備考 右社債五百万円中百三十四万円ハ銀行団ヨリ一時借入ヲ為シテ之ヲ償還シ、銀行団ニ対シテ株式払込金ヲ以テ之ヲ償還シ其ノ残額二十四万円アリ。
      第三章 投資
東亜興業株式会社ノ事業ハ、支那ニ於ケル鉄道・鉱山・電気・土木等ニ関スル各種事業ノ調査及引受或ハ直接間接ノ投資ヲ目的トスルモ、其主要ナルモノハ対支借款ノ引受ニシテ、傍ラ上海等ニ於ケル不動産投資ヲ為シ、昭和三年末ニ於テハ対支那政府借款二千四百十万円、同民間借款千九百八十万円、計四千三百九十万円、不動産投資六百七十万円、有価証券投資二百三十万円、総計五千三百万円ニ達シ、之ヲ大正七年当時二千百万円ナリシニ比スレハ約二倍半ノ増加トス。(参照第六、第七)
(一)対支那政府借款
 同社投資ノ大宗タル対支借款ハ、近時頗ル増加シ、現在ニ於テハ中央政府ニ対スル貸付額ノミニテモ二千四百十万余円ノ巨額ニ達シ、其ノ主ナルモノハ有線電信借款・銅元局借款及京綏鉄道借款等トナス。然ルニ是等諸借款成立以降、支那政局ハ常ニ不安定ノ状態ヲ持続シ、財界亦逼迫シ 中央財政ノ窮乏、民間事業ノ不振年ヲ逐フテ益々甚シク、剰ヘ内乱ノ突発、排日運動ノ断続ト共ニ、同社関係ノ事業ニ災スルコト甚シク、為ニ借款元利金ノ回収ハ常ニ順調ヲ欠キ延滞利息額ハ四百九十六万余円ニ上レリ、仍テ同社及本邦政府ニ於テモ常ニ之カ対策ニ腐心シ、元金回収ニ付テハ曩ノ北京関税会議ニ於ケル債務整理案ノ成立ニ嘱望シタリシモ、会議停頓ノ結果、依然元利取立困難ノ情況ニ在リ。
(二)対支那民間借款
 対支民間借款ハ江西南潯鉄道ノ一千万円ヲ初メ、紡績・製糖・電気等ノ各事業ヘノ投資ヲ合セ、其ノ額ハ千九百八十三万余円ノ巨額ニ達ス、之カ内訳ヲ挙クレハ左ノ如シ。
   鉄道事業  一〇、〇〇〇、〇〇〇円
 - 第54巻 p.505 -ページ画像 
   紡績事業 六、一八五、〇〇〇
   製糖事業 三、〇〇〇、〇〇〇
   電灯事業   四四八、〇〇〇
   雑口     二〇〇、〇〇〇
 然ルニ支那ニ於ケル一般事情ノ混乱ト、四時相踵テ起レル動乱トニ因リ、民間諸事業ノ蒙レル直接間接ノ損害甚大ニシテ、同社ノ対民間貸付ノ成蹟モ亦勢ヒ不振ヲ免レス、元利金ノ回収困難ニシテ、延滞利息総額四百四万余円ニ達スルノ情況ニ在リ。
(三)上海不動産投資及天津民団貸付金
 上海居留民ニ住居ノ安定ヲ得セシメ、其居留地行政ノ参与ニ対スル実勢力ノ増進ヲ図ル目的ヲ以テ、政府ノ諒解ノ下ニ、大正八年九月以降三回ニ亘リ、国庫銀資金六百万円ノ貸下ヲ受ケ、之ヲ同地ニ投資シ、着々所期ノ成績ヲ挙ケ、相当ノ収益ヲ得ツツアリ、又天津民団ニ対シ大正十二年前記資金中ヨリ七十三万両ノ貸付ヲナシ、同地居留民永久ノ計ヲ樹ツルコトニ援助ヲ与ヘタリ。(本篇第六章参照)
(四)有価証券
 同社所有有価証券ノ主ナルモノハ、九六公債二百三十五万余円ニシテ、其他中華滙業銀行株式及山東鉱業会社株式ヲ併セテ総額二百四十一万余円ナリ、左ニ其内訳ヲ挙ク。
   九六公債           二、三五五、九〇四円
   中華滙業銀行株式          三七、五〇〇
   山東鉱業株式会社株式        二二、五〇〇
     計            二、四一五、九〇四
      第四 対支投資回収ノ困難ト東亜興業会社ノ整理
同社ハ本都唯一ノ対支投資機関トシテ創立セラレ、政府ハ其ノ指導監督ノ任ニ当リ、又民間有力ノ関係銀行側ニ於テモ之ヲ支援シタリシヲ以テ、当初ハ其ノ対支投資ノ業蹟頗ル見ルヘキモノアリ、大正十二年上半期ニハ投資金額実ニ五千八百七十万余円ノ巨額ニ上リ、同社ノ資産状態モ大正七年下半期ヨリ同十一年下半期迄ハ六分乃至八分ノ配当ヲ行ヒ、大ニ前途ヲ嘱望セラレタリシカ、其後支那ノ政局不安定、北支ノ水害、奉直ノ戦乱等ノ為、同社ノ投資ハ元利回収困難トナリ、十二年上半期ヨリ十三年下半期迄ハ配当率ヲ五分ニ引下ケシカ、滞貸ノ増加ト巨額ノ利払ノ為会社ハ益々窮境ニ陥リ、終ニ十四年上半期ヨリ無配当トスルコトトナレリ、此ノ間同社及本邦政府ニ於テハ、北京関税会議ニ於テ同社ノ貸付金ノ元利回収ニ関シ整理案ノ成立ヲ期シタリシモ、会議不成立ノ結果依然元利取立困難ニシテ、同社ノ資産状態ハ愈々不良ニ陥リ、玆ニ同社ノ根本的整理ヲ必要トスルニ至リタリ。(参照第八・乃至第十一)而シテ預金部関係、同社対支投資ノ元利回収カ兎角順調ヲ欠キタルコトハ、以上詳述シタルトコロノ如ク(参照第十一)従来トテモ興銀ヨリ、屡々預金部ニ対シテ其ノ条件ヲ緩和セラレンコトヲ申出テ、預金部ハ事情已ムヲ得サルモノトシテ其ノ申出ヲ認メ、償還期限ノ延長又ハ興銀ノ責任緩和ヲ為シタルコト前後数回ニ及ベルカ(第二章以下各章参照)同社資産状態ノ窮迫愈々切実トナリシ
 - 第54巻 p.506 -ページ画像 
結果、昭和二年夏頃東亜興業並興銀ハ預金部ニ対シ、各種借入金ノ元利金猶予及興銀ノ責任緩和ニ付願出ツル所アリタリ。(参照第十二)又同年八月同社ハ整理案ヲ作成シ、先ツ之ヲ銀行団ニ提出シテ其ノ諒解ヲ求メタルカ、銀行団ハ大体之ニ同意ヲ表シタルヲ以テ、同社ハ更ニ預金部ニ対シテ其ノ趣ヲ申出テ、其ノ承認ヲ求ムルト共ニ、預金部融通金ノ元利ノ弁済ノ猶予方ヲ願出タリ。(参照第十三、参照第十四)
該整理案ノ要項ハ
 一、社員ヲ減少シ、本社及出張所ヲ縮少シテ、其ノ経費ヲ半減シ、一期五万円以内トナスコト
 二、関係銀行ニ対シ債権ノ取立猶予及社債ノ善後措置ニ付考慮ヲ請フコト
 三、預金部借入金ハ対支投資元金回収ノトキマテ弁済ノ猶予ヲ請フコト
 四、借入金ノ利息支払ニ付テハ、会社実収現金中ヨリ経費ヲ控除シタル残額ヲ、各債権者ニ対スル利払額ニ按分シテ支払フコト
 五、南潯鉄道借款資金七百五十万円ニ付テハ、前項ノ計算ニ依ラス別個ノ取扱ヲ為スコト
    (昭和二年度下半期ニ於テハ本借款資金ノ分ニ付テモ別個ノ取扱ヲ為サス、合同計算ヲ為シタリ)
ト謂フニ在ルモノトス。(参照第十五)
預金部ニ於テハ前述ノ各種申出及整理案ニ付テ更ニ慎重ナル審議ヲ遂ケタルカ、支那ノ状況及東亜興業ノ業態ヨリ見テ、其ノ申出ヲ容ルルコトハ已ムヲ得サルノ措置ト認メ、昭和三年十一月二日開催ノ預金部資金運用委員会第二十三回会議ニ於テ、整理ニ伴フ興業債券条件変更案ヲ付議シテ其ノ決議ヲ得、(参照第十六)東亜興業及興銀ニ対シテ夫夫通牒スル所アリタリ。(参照第十七)
各種興業債券ノ条件変更ノ内容ニ付テハ第二章以下各章ニ於テ之ヲ述フル所アラントス。



〔参考〕東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部編 第二―一三頁昭和四年五月(DK540095k-0017)
第54巻 p.506-507 ページ画像

東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上
              大蔵省預金部編 第二―一三頁昭和四年五月
    参照書類
    (第一章 総説)
(参照第一)東亜興業株式会社定款 (昭和三年十二月現行)
      第一章 総則
第一条 当会社ハ東亜興業株式会社ト称ス、支那文ニテハ東亜興業公司ト称シ、英文ニテハTHE EAST ASIA INDUSTRIAL CO., LTD.ト称ス
第二条 当会社ハ東亜ニ於ケル左ノ業務ヲ営ムヲ以テ目的トス
 一 鉄道・土木・鉱山・造船・電気等ニ関スル各種事業ノ調査・設計及引受
 二 前項ノ事業ニ対スル直接若クハ間接ノ投資
 三 公債・社債ノ応募・引受、債務ノ保証、其他一般金融
第三条 当会社ハ本店ヲ東京市ニ置キ、必要ニ従ヒ海外ニ支店又ハ出
 - 第54巻 p.507 -ページ画像 
張所ヲ置クコトヲ得
第四条 当会社ノ資本総額ハ金弐千万円トス
第五条 当会社ノ公告ハ本店所轄裁判所カ商業登記ヲ公告スル新聞紙ヲ以テ之ヲ為ス
      第二章 株式
第六条 当会社ノ株式ハ記名式トシ、一株ノ金額ヲ五拾円トシ、総株数ヲ四十万株ニ分ツ
 株券ハ一株券・十株券・五十株券・百株券ノ四種トス
第七条 第二回及其以後ノ株金払込ハ取締役会ノ決議ニ依ル
第八条 株主若シ株金ノ払込ヲ怠リタルトキハ、其払込期日ノ翌日ヨリ現払込日迄、滞納金ニ対シ金百円ニ付一日金四銭ノ割ヲ以テ延滞利息ヲ徴収ス
第九条 株主ハ住所及印鑑ヲ当会社ニ届ケ置クヘシ、氏名・住所又ハ印鑑変更ノ場合亦同シ
第十条 会社ノ株式ヲ売買譲渡シタルトキハ、当事者ハ株券ノ裏面ニ署名捺印シ、会社ノ定ムル所ニ依リ連署ノ書面ヲ添ヘテ会社ニ差出シ、名義書換ヲ請求スヘシ、会社ハ相当ノ手続ヲ経テ取締役署名捺印シ、株主名簿ニ登録割印シテ之ヲ還付ス
第十一条 相続・遺贈・婚姻其他法律ノ作用ニ因リ会社ノ株式ヲ取得シタルモノハ、其株券ニ事実ヲ証明シタル書面ヲ添ヘ、名義書換ヲ請求スヘシ
第十二条 株券ノ毀損又ハ分合ニ因リ書換ヲ請求スルトキハ、会社ハ相当ノ手続ヲ経テ前株券ト引替ニ書換株券ヲ交付スヘシ
第十三条 株券ノ紛失又ハ滅失ニ因リ新ニ株券ノ交付ヲ請求スルトキハ、会社ハ其事実ノ証明ヲ得タル後、請求者ノ費用ヲ以テ其旨ヲ公告シ、三十日ヲ経テ発見セサルトキハ新ニ株券ヲ交付スヘシ、此場合ニ於テハ前株券ハ当然無効トス
第十四条 会社ハ手数料トシテ株券壱通ニ付、第十条及第十一条ノ場合ニハ金拾銭、第十二条及第十三条ノ場合ニハ金参拾銭ヲ徴収ス
第十五条 会社ハ定時株主総会開催期日前一箇月以内、株式ノ売買譲渡ニ因ル株券ノ名義書換ヲ停止ス、此場合ニ於テハ予メ其旨ヲ公告スヘシ
 臨時株主総会ノ場合ニ於テモ前項ノ規定ヲ準用スルコトヲ得
  ○第三章株主総会以下略ス。



〔参考〕東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部編 第一七―二〇頁昭和四年五月刊(DK540095k-0018)
第54巻 p.507-508 ページ画像

東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上
             大蔵省預金部編 第一七―二〇頁昭和四年五月刊
 ○参照書類(第一章 総説)
(参照第二)東亜興業会社ノ重役
(一)創立発起人        男爵 渋沢栄一
                   近藤廉平
                   益田孝
                   大倉喜八郎
                   山本条太郎
 - 第54巻 p.508 -ページ画像 
                   大橋新太郎
                   古市公威
                   白岩竜平
(二)創立当時ノ重役 取締役社長 古市公威
               取締役 岩下清周
               同   門野重九郎
               同   山本条太郎
               同   白岩竜平
               監査役 大橋新太郎
(三)大正七年下半期以降ニ於ケル重役ノ異動
  役名    氏名     就任         辞任
 取締役社長 荒井賢太郎  大正七年上半期    大正十一年上半期
 常務取締役 白岩竜平   明治四十二年下半期
 取締役   門野重九郎  同
 同     小池張造   大正六年下半期    大正十年上半期
 同     藤瀬政次郎  大正七年上半期    昭和二年上半期
 同     小野英二郎  同下半期       大正十三年上半期
 同     江口定条   大正七年下半期    昭和四年上半期
 同     鈴木馬左也  同          大正十一年下半期
 同     橘三郎    大正十年上半期    昭和二年下半期
 同     小貫慶治   大正十二年上半期
 同     中田錦吉   大正十二年上半期   大正十五年上半期
 同     岩佐珵蔵   大正十三年上半期
 同     湯川寛吉   大正十五年上半期
 同     伊藤文吉   大正十五年下半期
 同     安川雄之助  昭和二年上半期
 同     三宅川百太郎 昭和四年上半期
 監査役   大橋新太郎  明治四十二年下半期
 同     村井吉兵衛  大正六年下半期    大正十四年下半期
 同     喜多又蔵   大正七年下半期
 同     入江海平   昭和二年上半期    昭和二年下半期
(四)現在ノ重役
   取締役会長   門野重九郎
   常務取締役   小貫慶治
   取締役     白岩竜平
   同       岩佐珵蔵
   同       湯川寛吉
   同    男爵 伊藤文吉
   同       安川雄之助
   同       三宅川百太郎
   監査役     大橋新太郎
   同       喜多又蔵
   同       入江正太郎

 - 第54巻 p.509 -ページ画像 


〔参考〕東亜興業株式会社ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部編 第二三―二五頁昭和四年五月刊(DK540095k-0019)
第54巻 p.509-510 ページ画像

東亜興業株式会社ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部編  第二三―二五頁昭和四年五月刊
 ○参照書類(第一章 総説)
(参照第四)東亜興業会社ノ借入金・社債及其ノ使途別内訳表
      (一)借入金及社債一覧表           (昭和三年十二月末日現在)

図表を画像で表示借入金及社債一覧表

 借入先        金額          利率          毎半期利息額   使途内訳                    円                    円                          円 預金部       一五、〇〇〇、〇〇〇  五分五厘乃至六分五厘  二一八、七五〇  江西南潯鉄道          七、五〇〇、〇〇〇                       六分           七五、〇〇〇  有線電信            二、五〇〇、〇〇〇                       〃           一五〇、〇〇〇  一般対支投資資金        五、〇〇〇、〇〇〇 国庫         六、〇〇〇、〇〇〇  三分五厘         八六、七二六  上海不動産経営投資       六、〇〇〇、〇〇〇 東西銀行団十六行  一二、三〇五、〇〇〇  七分          一一七、六〇〇  社債借換ノ為ニ発行セル社債   三、三六〇、〇〇〇                       日歩二銭五厘       一〇、〇七四  社債借替ノ為ニセル一時借入金    二四〇、〇〇〇                       六分          一五〇、〇〇〇  日華紡織            五、〇〇〇、〇〇〇                       八分二厘五乃至九分   一六三、三五〇  京綏鉄道            三、七〇五、〇〇〇 日本興業銀行     二、二三六、七五〇  八分           四〇、〇〇〇  江西南潯鉄道          一、〇〇〇、〇〇〇                       八分七厘五        一〇、九三七  有線電信              二五〇、〇〇〇                       日歩二銭五厘       四五、〇二〇  短期融通              九八六、七五〇 横浜正金銀行     一、三六七、一六五  六分           二〇、五四七  日華紡織(二次)          六八四、九一五                       日歩二銭五厘       三一、一二七  短期借入              六八二、二五〇 住友銀行       一、一〇二、五〇〇  一割           五〇、〇〇〇  有線電信            一、〇〇〇、〇〇〇                       一割            五、一二五  短期融通              一〇二、五〇〇 古河銀行       一、〇〇〇、〇〇〇  八分七厘五        四三、七五〇  有線電信            一、〇〇〇、〇〇〇 台湾銀行         八一〇、〇〇〇  八分           二〇、〇〇〇  江西南潯鉄道            五〇〇、〇〇〇                       八分七厘五        一〇、九三七  有線電信              二五〇、〇〇〇                       日歩二銭五厘        二、七三七  無期借入               六〇、〇〇〇 朝鮮銀行         二五〇、〇〇〇  八分七厘五        一〇、九三七  有線電信              二五〇、〇〇〇 古河電気工業会社     五二三、一九四  九分           二三、五四三  短期融通              五二三、一九四 日本綿花会社       五〇〇、〇〇〇  六分           一五、〇〇〇  日華紡織              五〇〇、〇〇〇  計        四一、〇九四、六一〇            一、三〇一、一六四   計             四一、〇九四、六一〇 



 - 第54巻 p.510 -ページ画像 
 備考 東西銀行団十六行借入額ノ内訳左ノ如シ   川崎第百銀行   七三四、〇〇〇円

  日本興業銀行       七三六、〇〇〇円  三井銀行     七三四、〇〇〇円
  横浜正金銀行       七三四、〇〇〇円  三菱銀行     七三四、〇〇〇円
  住友銀行         七三四、〇〇〇円  三十四銀行    七三四、〇〇〇円
  台湾銀行         七三四、〇〇〇円  鴻池銀行     七三四、〇〇〇円
  安田銀行       一、二四三、〇〇〇円  山口銀行     七三四、〇〇〇円
  朝鮮銀行         七三四、〇〇〇円  加島銀行     七三四、〇〇〇円
  十五銀行         七八四、〇〇〇円  近江銀行     七三四、〇〇〇円
  第一銀行         七三四、〇〇〇円    計   一二、三〇五、〇〇〇円

(二)借入金使途別内訳表○略ス

〔参考〕東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部 第三三―三五頁昭和四年五月刊(DK540095k-0020)
第54巻 p.510-511 ページ画像

東亜興業株式会社融通金ニ関スル沿革 上 大蔵省預金部  第三三―三五頁昭和四年五月刊
 ○参照書類(第一章 総説)
(参照第七)東亜興業会社ノ対支借款内訳表 (昭和三年十二月末日現在)

図表を画像で表示東亜興業会社ノ対支借款内訳表 (昭和三年十二月末日現在)

  借款種別     放資年月日      借款現在額       滞リ利息額     元利合計額       利率    半期利息額    期限     担保                        資源 (イ)対支那政府借款               円           円          円           円              円 有線電信     大正九年二月十日  一〇、二二二、〇二〇  一、三六六、五二八  一一、五八八、五四八  九分    五二一、四八四  十三ケ年  有線電信ニ関スル全財産及其収入           政 二、五〇〇、〇〇〇                                                                                                      銀 二、七五〇、〇〇〇                                                                                                      会 四、九七二、〇二〇 同上利払     大正十五年八月十日  一、七六五、一七五         ――   一、七六五、一七五  〃      七九、四三二  一ケ年   〃                         会 銅元局      大正七年六月三十日  三、三二一、七三一  二、〇八九、〇一九   五、四一〇、七五〇  一割    二七〇、五三七  八ケ年   八年発行公債三百万元及国庫証券百万元        政 三、〇〇〇、〇〇〇                                                                                                      会   三二一、七三一 同上(別口)   昭和二年七月一日     一一七、八八七     二二、五一八     一四〇、四〇五  一割二分    八、四二四                                  会 京綏鉄道     大正七年十二月七日  二、二〇〇、〇〇〇    三七五、九九二   二、五七五、九九二  一割八分  一三九、一〇三  五ケ年   七年七月発行第五期短期九分利公債額面三百五十万元  銀   九〇〇、〇〇〇                                                                                                      会 一、三〇〇、〇〇〇 同上(第二次)  大正十年四月十八日  三、〇〇〇、〇〇〇    五一二、七一六   三、五一二、七一六        一八九、六八六  四ケ年   十年四月発行綏包線公債票額面三百五十万元      銀 二、八〇五、〇〇〇                                                                                                      会   二九五、〇〇〇  以下p.511 ページ画像  同上(別口)   昭和二年十月十八日  三、四七九、七四九    五九四、七〇八   四、〇七四、四五七        二二〇、〇二〇        前二口ト共通                    会                               小計                二四、一〇六、五六四  四、九六一、四八二  二九、〇六八、〇四六      一、四二八、六九〇  (ロ)対支民間借款 南潯鉄道    明治四十五年七月八日   五、〇〇〇、〇〇〇                         六分五厘             十九ケ年半   鉄道全財産及営業収入ノ余利  政 三、〇〇〇、〇〇〇                                                                                                銀 一、五〇〇、〇〇〇                                                                                                会   五〇〇、〇〇〇 同上(第一次) 大正三年五月十五日      五〇〇、〇〇〇                         〃                〃       〃              政                                 四、〇四五、五九八  一四、〇四五、五九八        五三一、六八八 同上(第二次) 〃            二、〇〇〇、〇〇〇                         〃                二十七ケ年半  〃              政 一、五〇〇、〇〇〇                                                                                                会   五〇〇、〇〇〇 同上(第三次) 大正十一年五月十六日   二、五〇〇、〇〇〇                         七分五厘             十五ケ年    〃              政 日華紡織    大正十三年十二月廿六日  五、〇〇〇、〇〇〇         ――   五、〇〇〇、〇〇〇  六分    一五〇、〇〇〇    六ケ年     喜和紡織工場全財産      銀 同上(第二次) 昭和二年八月廿五日    一、一八四、九一五         ――   一、一八四、九一五  六分     三五、五四七    三ケ年     工場全財産          銀 溥益公司    大正九年五月十四日    三、〇〇〇、〇〇〇         ――   三、〇〇〇、〇〇〇  一割    取立不能ニ付計上セス 十ケ年     糖廠全財産及其収入      政 一、〇〇〇、〇〇〇                                                                                                会 二、〇〇〇、〇〇〇 開封電灯    大正七年三月二十日      一五〇、〇〇〇         ――     一五〇、〇〇〇  九分    〃          五ケ年     〃              会 鄭州電灯    大正九年四月十五日      一五〇、〇〇〇         ――     一五〇、〇〇〇  一割    〃          八ケ年     全財産及営業権        会 洪江電灯    大正八年十月十六日       五〇、〇〇〇         ――      五〇、〇〇〇  〃     〃          〃       〃              会 蘇州電灯関係祝蘭舫 大正十五年三月       九八、五三六         ――      九八、五三六  五分      二、四六三    四ケ年九ケ月  所有土地及個人保証      会 漢口宋煒臣   大正九年六月五日       二〇〇、〇〇〇         ――     二〇〇、〇〇〇  一割二分  取立不能ニ付計上セス         漢口土地           会  小計                 一九、八三三、四五一  四、〇四五、五九八  二三、八七九、〇五〇        七一九、六九九  (ハ)其他 銀資不動産               六、五〇九、一三七         ――   六、五〇九、一三七  六分   一九五、二七四                             政 別口不動産                 二八八、〇九八         ――     二八八、〇九八       取立不能ニ付計上セス                          会 九六公債                二、三五五、九〇四    五六四、八八〇   二、九二〇、七八四  八分   一一六、八三一                             会  小計                 九、一五三、一四〇    五六四、八八〇   九、二一八、〇二〇       三一二、一〇五  合計                五三、〇九三、一五五  九、五七一、九六〇  六二、六六五、一一六     二、四六〇、四九五 



備考 右表ノ資源欄中、政トアルハ政府、銀トアルハ銀行、会トアルハ会社自已資金ヲ示ス
  ○参照第三・第五・第六及ビ第八乃至第十七略ス。

 - 第54巻 p.512 -ページ画像 


〔参考〕古市公威 故古市男爵記念事業会編 第一六〇―一六四頁昭和一二年七月刊(DK540095k-0021)
第54巻 p.512-513 ページ画像

古市公威 故古市男爵記念事業会編  第一六〇―一六四頁昭和一二年七月刊
    六 東亜興業株式会社
 明治四十年四月、男爵渋沢栄一・近藤廉平、益田孝・大倉喜八郎の四氏は、外務大臣林董伯・大蔵大臣阪谷芳郎男の勧誘に基き、対清経済事業の調査を目的とする日清起業調査会を設け、各種問題の研究調査に当れり、是れ東亜興業株式会社の前身なり。
 越えて明治四十二年、粤漢鉄道工事引受に関する調査進行し、同年六月総会を開き、此際清国官私の鉄道に材料及び技術者を供給すると共に、鉱山・造船・電気等に関する各種事業の調査・設計を引受け、該事業に対し直接間接に資本を供給するを目的として、「シンヂゲート」の性質を有する一会社を設立することを申合せ、尋で七月第一回創立委員会を開き、桂首相兼蔵相・小村外相列席協議の上、資本金壱百万円の株式会社設立の議を可決せり。斯くて同年八月創立総会を開き、玆に東亜興業株式会社の創立と為り、古市先生は社長に、岩下清周・門野重九郎・山本条太郎・白岩竜平の四氏は取締役に、大橋新太郎氏は監査役に就任せり。
 社長就任より大正七年七月辞任に至る迄、約十箇年間に於ける社長としての先生は、清国に於ける鉄道・電灯・紡績等、実業に関する幾多の借款契約を締結し、大正七年末には投資総額金弐千百万円に上り当初僅に金百万円に過ぎざりし本社資本金も、終に金弐千万円に増資するに至れり。今其の事業の重なるものを挙ぐれば概ね左の如し。
一、江西南潯鉄道借款契約の締結
 本鉄道は江西省の中央を貫通し、全省の交通を支配する重要線路にして、第一期計画は、九江に起り南昌に達する約八十哩の短線に過ぎざるも、将来延長して西は萍郷に連り、東は福建の境に至る拡張計画を有せり。
 明治四十年、列国の対支鉄道利権熱の旺んなりし時代に当り、江西全省に鉄道網の敷設を目的として設立せられたる江西全省鉄路総公司の計画を援けて之と相結ばんが為、同年四月我政府は同公司に対し、日本興業銀行及び及び在上海大成工商公司を経由して、金百五拾万円を融通したるに端を発し、明治四十五年七月に至り、同鉄道と帝国との関係を益々密接ならしむる為、東亜興業株式会社は其の本来の使命を全うすべく、前記日本興業銀行関係貸付金の肩替り並に建設資金として金五百万円の大借款を締結し、次で大正三年五月、第一次続借款金五拾万円、及び第二次続借款金弐百万円を投資し、本社の推薦に係る優秀なる日本人技師の監督指導の下に、大正五年五月本鉄道の竣成を見るに至れり。是れ当時南清に於ける帝国利権の拡張に重大なる関係を有し、我極東政策上既定方針の一部を実行したるものなり。
二、漢口承電公司借款の成立
 明治四十三年十一月、本社は南支方面に於て最も有力なる電灯会社漢口水電公司より、事業改良拡張資金の借入方に関し商談を受け、玆に支那内地の電灯事業に対し投資の端緒を啓き得たるを以て、進んで之に応じ、爾来大正六年に至る迄、金弐百五拾万円の投資を了せり。
 - 第54巻 p.513 -ページ画像 
斯くして国産材料の優先供給、並に技術顧問の招聘等、積極的に設備の改良拡張に対し指導に尽力したる結果、多年苦境にありたる同公司をして営業の基礎を確立せしめ、其の業績を一新せしむるを得たり。是れ実に我資本の投下と技術的援助とに依り、幼稚なる支那電灯事業の発展に寄与し、我対支実業借款中、理想的結果を収め得たるものの一たるを失はず。大正九年本借款の完済に際し、先方代表者より特に本社に感謝状を寄せ来れるが如きは、即ち之を証するに余りありと謂ふべし。
三、其の他の借款
 大正二年古市社長自ら長江方面の視察を終り、爾来大正五年に至る迄、支那各地より鉱山・電灯・電車・鉄道等、各種事業の商談を受け之に対する指導裁断宜しきを致し、大正五年には四川省井富軽便鉄道への貸付を行ひ、大正六年には河南省開封電灯借款を結び、南韶常玉鉄道及び閘北水電借款の商談を受け、大正七年には実業振興の為、銅元局及び紡紗局設立に資する陜西実業借款金参百万円の貸付、並に蘇州・南昌・宜昌の各地電灯借款を成立せしめ、更に長紗紡績・広三南福鉄道の各商談を処理せられたり。
四、資本金の増加
 以上の如く各種の投資実行に伴ひ、資本金の増額を要したり、即ち(一)当時対支施設は新気運に向ひ、両国経済上の関係は益々重要の時期に入り、加ふるに欧洲大戦中に於ける帝国の対支政策上、本社が事業経営機関としての活動には、余りに小資本なりしを以て、大正六年三月臨時株主総会の決議を経て、従来の資本金壱百万円を参百万円に増加し、(二)更に欧洲大戦後、欧米列国の事業団と角逐し、克く対支経営の目的を遂行せんとするには、豊富なる資本と、堅実なる信用を要すとの見地より、大正七年四月臨時総会の決議を経て、資本金を一躍弐千万円に増加し、以て経営機関の拡張整備に当れり。而して古市社長時代の投資の状況を附記すれば、資本金壱百万円当時の大正五年下期に於ける総投資金九百万円、資本金参百万円と為れる大正六年下期の総投資金千五拾万円、資本金弐千万円と為れる大正七年下期の総投資金弐千百万円に上れり。
 之を要するに古市先生は、本会社創立当初よりの社長として、卓絶せる経綸の下に対支各種の事業に尽瘁せられ、熱誠誘掖以て日支両国唇歯輔車の実を挙ぐべく、本社の経営並に発展に努力せられたること叙上の如くなりしが、大正七年七月社長辞任の後も尚顧問として関係せられ、先生の指導に俟つもの尠なからざりしなり。是れある哉、大正九年五月、中華民国は一等大綬嘉禾章を贈与して、先生の功を旌表したる所以なり。



〔参考〕室井信道談話筆記(DK540095k-0022)
第54巻 p.513-514 ページ画像

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