デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
5款 中日実業株式会社
■綱文

第55巻 p.26-30(DK550016k) ページ画像

大正12年12月27日(1923年)

是日栄一、駐支公使芳沢謙吉ヨリ、当会社副総裁高木陸郎ノ北京ニ於ケル行動ニ対スル世上一部ノ誤解ヲ解キ、且ツ、公使トシテ同人ノ北京滞留ヲ切望スル旨ノ書翰ニ接ス。翌年四月十六日、栄一、返書ヲ送ル。


■資料

(芳沢謙吉)書翰 渋沢栄一宛大正一二年一二月一八日(DK550016k-0001)
第55巻 p.26-27 ページ画像

(芳沢謙吉)書翰 渋沢栄一宛大正一二年一二月一八日
                    (渋沢子爵家所蔵)
               (栄一墨書)
               十二年十二月廿七日落手
                        閲了
拝啓 今秋ノ震災ハ洵ニ振古未曾有ノ殃禍ニテ、御尊家御損害ノ程遥ニ御同情申上居候、陳者予テ当地滞在中ノ中日実業会社副総裁高木陸郎氏ハ、支那現内閣要路ノ人々トハ頗ル別懇ノ間柄ニテ、小生ニ於テモ時々同氏ノ尽力ヲ煩ハシ、非常ノ利益ヲ得居候次第ニ有之候処、当地ニ於ケル同氏ノ行動ニ関シ、近来兎角ノ批評アリ、殊ニソノ日常豪奢振ヲ発揮シ、頻リニ支那大官連ヲ招テ長夜ノ饗宴ニ耽ル等、其ノ他面白カラサル噂専ラナル由、最近高木氏ノ耳ニ入リタル趣同氏ヨリ小生ヘ内話ノ次第有之候処、如上風説貴地方面ニ専ラナリトセハ、均シク当地ニ在住スル小生トシテ、同氏ノ為甚気ノ毒ニ堪エサル次第ニ有之、同氏カ其ノ親交アル支那要路ノ人々ヲ其自邸ニ招キ、時々聯歓ノ誼ヲ厚ウスルハ、当地旗亭ニ於ケル饗莚ニ比シ寧ロ質実ナルカ為ニシテ、馬鹿馬鹿敷豪奢振ヲ発揮シタルコトハ今日迄小生ニ於テ聞知仕ラス、其ノ他同氏ニ対スル非難ノ内容ハ詳知不致候得共、察スル処前記
 - 第55巻 p.27 -ページ画像 
ノ通、同氏カ現内閣ノ要路ト緊密ナル関係アルノミナラス、同氏カ其ノ支那ニ関スル多年ノ知識ト其ノ手腕ニ依リ、当地ニ於テ活躍シツヽアル事実ヨリ或ハ招徠セル中傷的非難ニ無之哉ト被思料候、就テハ甚タ差出ケ間敷ハ候得共、今後共自然同氏ノ行動等ニ関シ面白カラサル風説御聞込ノ節ハ、前記小生ノ観測ヲモ御酌量相成、且事態ニ拠テハ委曲小生迄御内報被下候ハバ、小生ニ於テモ同氏ノ為メ可然措置ヲ講シ可申候間、右宜敷御配意相煩度候、尚又高木氏ニ於テ可成速ニ一応帰朝ノ希望ヲ有シ居候得共、当地政局ハ最近殊ニ緊張ノ度ヲ加ヘ、衆議院議長問題ノ帰結、延テ内閣組織ノ問題モ爰暫クカ最モ注目ヲ要スル折柄ニ有之、旁々現政局ノ機微ナル消息ニ通スル高木氏ノ滞燕ハ、小生ノ頗ル希望スル所ニシテ、万不得已差支無キ限リ、今暫ク同氏ノ滞留ヲ切望致候次第ニ付、其辺モ併セテ御含置被下度、先ハ要用ノミ得貴意度如此ニ候、時節柄折角御自愛是祈候 拝具
  十二月十八日
                      芳沢謙吉
    渋沢子爵閣下


(春田茂躬)書翰 渋沢栄一宛大正一三年一月一二日(DK550016k-0002)
第55巻 p.27-29 ページ画像

(春田茂躬)書翰 渋沢栄一宛大正一三年一月一二日
                    (渋沢子爵家所蔵)
  大正十三年一月十二日   中日実業株式会社
                専務取締役 春田茂躬
    渋沢子爵閣下
                (栄一墨書)
                一月十四日閲了、春田氏ヘハ当日電話にて一覧の事を通し置きたり
拝啓 過日拝芝ノ節ハ種々御懇篤ナル御高教ヲ忝ウシ難有奉深謝候、其節御高諭ノ次第ハ早速詳細高木氏ヘ出状、尊慮相伝ヘ置候間、何卒御諒承賜ハリ度願上候
尚旧臘同氏ヨリ別紙ノ通リ来翰有之、同氏滞燕事情申越有之候、右ハ早速可奉供貴覧ノ処、年末ノ為メ差控ヘ居リ候次第ニ有之候、玆許右写同封奉供劉覧候間、何卒御査閲仰上度、此段奉得貴意候 敬具
(別紙)
  大正十二年十二月二十二日
(写)             中日実業株式会社
                  副総裁 高木陸郎
   東京中日本社
    春田専務取締役殿
拝啓 年末切迫愈々御多忙之義ト奉拝察候、拙者帰京ノ義ニ就キテハ貴電ノ次第モアリ、又大橋・倉知・江藤諸氏ヨリ夫々御申越ニ接シ居リ、僅ニ往復日数二週間内外ノ地ニ永々逗留スルコト世評モ如何トノ思召ヨリ大橋氏ニモ御心配相懸ケ居リ候ニ付、委細書面ニテ当方事情申述置候得共、事実変転極リナキ支那時局ニ対シ、当社ノ整理事業ヲ計画通リ実行スル上ヨリスルモ、又当社復興ノ分岐点タルベキ参兵両借款ノ解決ヲ促進スル上ヨリスルモ、暫クモ離燕ヲ容サヾル義ニ候得
 - 第55巻 p.28 -ページ画像 
共、此他ニ当社事業トハ現在直接関係ナキモ、拙者予テ中日実業会社引受ケノ際言明セル如ク、中日ハ先ツ以テ其整理ヲ主眼トシ、整理一段落ノ場合ハ、更ラニ定款ノ規定ニ従ヒ対支事業ニ就キ当社ノ本分ヲ発揮シ、復興発展ノ為メ全力ヲ註《(注)》クベキ覚悟ニ有之、旁々日支間ノ国家的国際的交渉案件ニ就キテハ、今ヨリ相当尽瘁ヲ為スコト必要ニ御座候処、目下日支間ニハ国家ノ威信ニ関スベキ重良《(要)》ナル無電建設問題アリ、之レガ解決方ニ就キ微力ヲ尽シ居ル次第ニ御座候
御承知ノ如ク、一九一八年二月一日三井代表者ト支那海軍総長トノ間ニ締結シタル支那大無線電台建設ニ関スル独占契約ハ、去ル十一月三十日発行北京新聞記事ニ明カナル如ク、契約ノ内容ニ於テ、又契約締結ノ形式ニ於テ聊カ間然スル処ナク、支那政府内閣ノ閣議ヲ経テ支那政府ヲ代表スル海軍総長トノ間ニ正式契約ヲ締結シタルモノニシテ、該契約調印後日本ハ支那ニ於テ三十ケ年間無線電信独占権ヲ優先取得シ居レルニ拘ラズ、其後約三年ヲ経過シタル一九二一年二月、米国ハ当時ノ交通総長葉恭綽ヲ籠絡シ、又支那当局トシテモ日支間ニ独占契約ノ存スルコトヲ承知シナガラ、米国トノ間ニ略同一ノ内容ヲ有スル契約ヲ為スニ至リシハ許ス可ラザル失態ナレドモ、之レヲ咎ムルハ暫ク措キ、苟クモ閣議ヲ経テ締結シタル契約ニ依ル日本ノ既得権ガ、無法ナル第三国ノ為メニ手モナク侵害サルヽコトヽナラバ、日本国ノ体面丸潰レトナリ、且ツ之ヲ前例トシテ我国ノ支那ニ幾多ノ既得権モ随意侵害ヲ受クベキ 《(而脱カ)》已ナラズ、事大思想ノ横溢セル支那ニ於テハ、日本ハ米国ニ圧倒セラレタリトノ思想ヲ懐クニ至リ、支那ニ対シ日本ハ向後何種ノ事業ニ拘ラズ、手モ足モ出テザル事トナルベク、斯ルガ故ニ無電問題ハ日本ノ一実業会社ノ問題ニ必《(非)》ズシテ、国家ノ威信ニ関スル重要問題ニシテ、飽ク迄日本ノ既得権ヲ擁護セザル可ラザル次第ニ御座候
本問題ガ最近突如擡頭シタル所以ハ、去ル九月ノ震災ニ於テ日本ハ甚大ナル打撃ヲ受ケ、国力財力共ニ衰微シ、世界列強ニ伍シ第三流以下ニ落伍スベシトノ考察ヨリ、此機ニ乗シ無電問題ヲ片付ケントシタルモノ本問題勃発ノ動機ト見ルベク、其後日本議会有志ノ震災慰問答礼使其他ヨリ、日本ノ震災ハ国力上ニモ経済上ニモ差シタル打撃ニ非ルコトヲ宣伝シタルモ、今日トナリテハ本問題ヲ撤回スルコトモ成リ難ク、又早晩惹起スベキ案件ナルニ付、事玆ニ至リテハ是非共折衝ヲ進メザル可ラズ、本件ニ就キテハ勿論芳沢公使・吉田参事官等ニ於テ専ラ其衝ニ当リ、一身ヲ賭シテ其解決ニ尽瘁セラレ居リ候得共、公使館ト支那側トノ交渉ハ外交部即チ外交総長顧維均ヲ対手トスル交渉ニシテ、外交部以外ノ各部総長並ニ大総統府トノ折衝意思疏通ニ就キテハ拙者其局ニ当リ、又他ニ斯ル交渉ニ任スベキ人モ無之ニヨリ、当方ガ僅カ一週日往復行程ノ大連出張ヲモ差止メラレ、当方ノ在燕絶対必要ニ付無理ニ差止メ居ルモノナル旨、公使ヨリ川村満鉄社長ニ別紙ノ通リ出電セラレタル様ノ次第ニテ、同シ事情ノ下ニ現政局ノ安定ヲ見、外交総長ノ更迭スル迄拙者ノ在燕ヲ絶対必要ナリトシテ、公使ヨリ要求相受ケ、是等ノ点ガ貴地銀行団其他ニ於テ当方ノ事ニ就キ彼此レ批評ノ生ズル所以トハ存シ候得共、公使ニモ此辺ノ苦衷御話申候処、公
 - 第55巻 p.29 -ページ画像 
使ヨリモ当方ノ事情ニ就キ当社相談役渋沢子爵・和田・大橋氏ニモ出状シ置ク可シトテ、既ニ夫々書状差出サレタル事ニモ有之、此際ハ一身ノ毀誉褒貶ハ之レヲ省ル暇モナク、日本ノ体面上、又中日実業将来ノ為メ、聊カ貢献シ度ク専心努力罷在ル次第ニ御座候
由来日本ノ対支方針ハ二十一ケ条廃止問題、山東還附問題ヲ始メトシ其対策常ニ屈譲的消極的ニシテ、日本トシテハ小ヲ捨テ大ヲ活ス可キ怜悧ナル政策ト信ジ、支那ニ対シ雅量ヲ示セバ、排日問題ノ如キモ日本ノ譲歩的思誼《(恩)》ニ感シ、自然鎮静ニ帰シ、日支親善ノ実ヲモ挙ケ得ルカニ思考スルモノヽ如キモ、事実ハ之レニ反シ、屈譲ハ無力ヲ示シ、其軽侮ヲ買ヒ、一寸ノ譲歩ハ更ラニ数丈ノ譲歩ヲ要求セラルヽ素因ト為ルコト前例已ニ之ヲ証シ、排日問題ノ起源モ主トシテ此対日軽侮ノ観念ヨリ発スルガ故ニ、其閉息ヲ期待スルガ為メニモ、日本ハ飽ク迄強硬ナルヲ要シ、屈譲的態度ヲ避ケザル可ラズ、故ニ今若シ無電問題ニ対シ日本ノ既得権ガ米国ノ為メ侵害サルヽ事トナラバ、次テ来ルモノハ旅大回収、満洲放棄等既得権ノ回収及放棄ニシテ、排日問題モ之レガ為メ激成セラルヽ事ヲ覚悟セザル可ラズト存候、右等事情渋沢子爵・和田・大橋両相談役及重役ニ貴役ヨリ可然御伝ヘ被成下度、近況御通知旁々得貴意候 拝具
(別紙)
  大正十二年十二月八日発電
                   北京
                    芳沢公使ヨリ
   大連
    南満洲鉄道株式会社
     川村社長宛
高木陸郎氏、南満興業会社ノ件ニ関シ、九日当地発、貴地ニ赴クベキ筈ノ処、目下三井無線問題ニ関シ、同氏ノ当地ニ在ル事、絶対必要ナル事情アルニ依リ、本使ヨリ無理ニ引止メ、貴地行キヲ見合ハセ貰ヒタルニ付テハ、右ノ事情御了承ノ上、関係ノ向ヘ、然ル可ク御説明アラン事ヲ請フ


渋沢栄一書翰 控 芳沢謙吉宛大正一三年四月一六日(DK550016k-0003)
第55巻 p.29-30 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 芳沢謙吉宛大正一三年四月一六日 (渋沢子爵家所蔵)
(朱書)
大正十三年四月十六日駐支公使芳沢謙吉氏宛総長親書写
春風駘蕩之侯閣下益御清適之条奉賀候
然ハ旧臘中日実業会社高木氏に関し詳細之御手教拝受欽承仕候、来示に対し早速各方面に聞合せ、或る機会ニ於て念の為め出淵局長にも御内話いたし、主として各銀行側之誤解矯正に勉め、同時に会社事務者にも内情申示し、精々各方面之了解を得るに尽力致候義に御座候、其後第一銀行頭取より爾来之状況を聞知するに、銀行者間之行違ハ先以て無之様相成候哉に被存候間、早速夫是之事情拝答可致之処、忽忙に紛れ其酬延引いたし候段欠礼此事に御座候、依而今回日華実業協会幹事角田隆郎義、協会之要務に付旅行致候に付、前陳之次第概略申含置候間、同人拝眉之際御聞取被下度候、且又角田氏今般之使命に付而も別状を以て相願致候通り、偏に閣下の御高配御指揮に依頼仕候間、何
 - 第55巻 p.30 -ページ画像 
卒可然御教示と共に御援助被成下度候、右一番可得貴意如此御座候
                           敬具
  大正十三年四月十六日
                      渋沢栄一
    芳沢公使閣下
         侍史