デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.146-165(DK550029k) ページ画像

大正9年2月20日(1920年)

是ヨリ先、中華民国ニ於テハ、南北和平未ダ成ラズ、且ツ排日運動ハ益々熾ントナル。是日、東京商業会議所ニ於テ、全国商業会議所聯合大会ノ決議ニ基ク日貨排斥問題根本解決実行委員会開カレ、日中両国ノ共存共益ヲ図ルタメ、実業家ニヨル日支協会ノ組織等ヲ決議ス。

三月十三日、栄一、東京商業会議所副会頭杉原栄三郎等ヨリ、右協会設立ニツキ会長就任方ヲ懇請セラル。


■資料

中外商業新報 第一一九六六号 大正八年七月一七日 対支新政策 消極政策の前途(DK550029k-0001)
第55巻 p.146-147 ページ画像

中外商業新報 第一一九六六号 大正八年七月一七日
    対支新政策
      消極政策の前途
南北和平会議の停頓を来すや、第二次勧告も何等の効果を奏せずして未だ再会の運びに至らず、又近く開かるべき形勢にもあらざれは、縦ひ再開するにしても更めて南北代表を定め、上海に参集する迄には猶ほ多少の時日を要すること勿論なり、此儘に放置せんか、或は再開の期竟に来らざるやも亦知るべからざるなり。故に南北の妥協を促進し和平統一の業を大成せんとすれば、五国公使団は今一層の努力を為さざるべからず。唯漫然として口頭の勧告を為すが如き、果して能く幾許の効果を齎すべきぞ。真個南北の妥協統一計らんとせば、間接若しくは直接に実力の援助を要すべきは、固と支那の現勢に照し、一点疑ふの余地なきなり。五国公使団の首唱者となりて第二次の勧告迄為したる我政府当局者は、最初如何なる計画あり、亦万一の場合に処して如何なる覚悟ありたるかは、其間頗る疑問の余地なくんばあらず。第二次勧告を為したるさへ甚だ不面目たるの観なくんばあらず。此の不面目を忍べる第二次勧告にして顧みられざるに於ては、帝国の威信は尠からず毀損せられたるにあらずして何ぞや。既に帝国の威信にして失墜せんか、延いて東亜全局の安寧を保持するに困難なるべきは、素より明瞭なる事実たるを奈何せん。
南北和平会議停頓後の形勢既に此の如く、相踵いで山東問題の発生するや、排日排貨の運動は宛も燎原の火の如く各地に伝播し、其極学生等の暴動となり、所謂親日派を以て目せらるゝ人物は悉く失脚し、北京政府部内より一掃せられたるに非ずや。斯る情勢を目撃しつゝ我政府当局者は果して何事を為したるか、当時杳として聞く所なかりしは余りに腑甲斐なき我対支外交と謂はさるべからず。其後に至り遅れ馳
 - 第55巻 p.147 -ページ画像 
せながらも、是等の排日暴動に就て我政府は或る抗議を提出したりと仄聞せるが、支那委員が媾和条約の調印を拒絶したるが故に、是亦何等の反響を見ずして遂に今日に及べり。我対支外交が南北の孰れよりも突き放されて、殆んど行詰りに行詰りたる現状は、何人と雖も容易に看取するを得べし。而して支那政府は訓令に背反したる遣外使臣を処断すること能はず。又当初の訓令に基きて追調印をもなさしむること能はず。反つて北京政府の動揺を来し、遂に徐大総統の挂冠を見るやも未だ知るべからざるの傾向を帯び来る。之れ寔に奇怪なる現象にして、支那政局か猶依然として混沌たるを推知し得るにあらずや、故に此場合に臨みては、我対支外交を一新し、新局面を打開するの必要あること今更呶々する迄もなし。是れ東亜全局の安寧を保持し、日支共存共助の大義を明かにする所以なればなり。
我政府にても対支新政策を定め、近く外交調査会に附議したる上之が遂行を期すべしと聞く。而して其所謂新政策なるものゝ内容を聞くに北方実力派の推挙せる人物を援助し、実力を以て排日学生団及び反対党を鎮圧し、北京政府の基礎を確立したる上、之と関係諸問題の解決を為すべき政策を採らずして、排日学生団の中心人物並に南方派首領等の間に遊説し、我対支政策に関する誤解を一掃せしめ、所謂意志の疏通を計りたる後、徐に山東問題其他の関係案を解決せんとするの方針を採らんとするに在るは、蓋し肯綮を得たるものなりや否や。我政府が斯く妥協的態度を以て蒞まんとせるは一に対列強関係に顧慮したる結果なるべく、強て反対するにあらざるも、彼等の排日運動たるや全然の誤解にあらずして、一定の方針に基き有意的に行ふものなるが故に、我当然の主張は断乎として之を主張し、苟くも正理公道に欠くるの行動に対しては、一歩も仮借する所なく敢行せざるべからず。
之れ寧ろ彼等の誤解を一掃する所以なり。要するに口頭禅に等しき空疎なる日支親善論の迷夢より醒めざる以上、彼等の誤解は氷釈するの期なからむ。而して我対支外交は終に刷新するの時機なかるべき也。


中外商業新報 第一二一三二号 大正九年一月三日 支那排日対策 威力を示すの要(DK550029k-0002)
第55巻 p.147-148 ページ画像

中外商業新報 第一二一三二号 大正九年一月三日
    支那排日対策
      威力を示すの要
支那の排日運動は其起因深くして遠しと雖も、其近因と称すべきものは媾和会議に於ける山東問題にして、之に某々国人の煽動を加味して漸次濃厚となり、十一月十七日福州事件を以て頂点に達せしなり。爾来我政府は小幡公使をして数次抗議を提出せしめ、以て排日の行動を取締らんことを警告せしめ、支那政府亦之を承諾して日貨抵制の鎮圧を誓ひしと雖も、同政府は民論の圧迫を恐れて毫も徹底的鎮圧の手段を講ぜず、唯纔に一片の申訳的諭告を発布したるに止まりしが故に、排日運動は毫も終熄せず。無頼漢及学生団は日貨抵制に満足せず、各商店を臨検し、日貨を蔵するものは之を没収して一処に集め、公衆環視の中に凱旋的儀式を以て之を焼毀し、支那商人をして勢ひ日貨を取扱ふこと能はざらしめたり。其結果排日運動の我貿易に与へたる損害は、蓋し意外に大なるものあり。独り貿易上の損害のみならず彼等は
 - 第55巻 p.148 -ページ画像 
更に其魔手を我居留民の生命財産の上に及ぼし、或は貨物運搬中の商人に暴行を加へて貨物を劫掠し、或は小学生徒の通学を途に要撃して之を負傷せしめ、或は通行の婦人を捕へて之を凌辱するが如き暴行を敢てし、我居留民に不安恐怖の念を与へ、因つて以て支那各地より之を一掃せんとしつゝあり。此の如きは啻に国際の条約を無視するものなるのみならず、人道上許すべからざる罪悪を敢てするものなりと謂はざるべからず。我邦人が支那に於て一定の土地に居住し、一定の業務に従事するは、日支通商条約の保証する所なり。支那に在留する我国民の生命財産は、又等しく条約の保証する所なり。今回支那の排日行動の如きは我通商を妨害し、我在留民の生命財産を危からしめて、毫も顧慮する所なし、是れ明かに日支両国間に締結されたる条約を蹂躙したるものにして、支那政府が暴民の為すが儘に放任して、毫も積極的鎮圧の手段を取らざるは、其責決して軽しと謂ふべからず。
由来支那人の中には、性質残忍にして廉恥心乏しく、恩を忘れ義に背くを常習とするものも、甚だ少からざるが如し。遠交近攻、夷を以て夷を制する、彼等は伝統的外交と做す者あり。日露戦争以後我国が支那の失ひたる領土を回復し、其財政を援助し、其教育に師傅し、其政治に助言を与へ以て善隣の誼を尽せること決して薄しと謂ふ可らず。若し日本にして是迄支那の為めに何等得る所もなくして袖手傍観したりとせんか、支那は十数年前既に列強分割の爪牙に罹りたるやも知る可らず。此の如き情誼あるをも顧みず、寧ろ恩に報ずるに讐を以てし我国を侮辱し、我居留民を迫害し、我通商を妨害し、我に莫大の損害を蒙らしめたること一再にして止まらざるは何ぞや。若し之が為めに日支の親善を害し、国交に累を及ぼす如きことあらば、其影響は独り支那のみ之を蒙るにあらず、世界一般の人類は之が為に至大の迷惑を蒙るなるべし。支那たるもの今にして己を省みずして可ならんや。
我国の外交の振はざるは既に定評あり。支那人の我国を軽蔑するは、我外交を見縊るが為なり。彼等は我外交官を以て外交官と目せずして片々たる優雅の交際官と思惟し之を軽侮せり、故に彼等は我外務省の抗議を以て交際官の辞令と見做し、殆んど之を念頭に置かざるなり。故に将来幾回の抗議を重ぬるも、排日運動を終熄せしむることは不可能なるべし。況んや支那の背後には、我国の功業に対し、我国の強大に対して、痛切の利害を有し、始終一貫排撃に熱中する某国民の在るに於ておや。
我抗議にして其効果なく、我条約にして依然蹂躙さるるとせば、即ち我国の取るべき態度は如何。誤解を解き、親善を進むるの必要なるは勿論なれど、時に又大に威力を示すの手段に出でざる可らず。支那人は恩に狎れ易く、威に服し易き国民なり。恩威並び行ふは支那政治家の金言なり。此の如き国民に対して、吾人は独り唯だ徒に親善と言ひ交誼を言ふのみを以て了るべきにあらず。時に威力を示して之に臨むことが、排日運動を止めしむる捷径たるを忘る可らず。


渋沢栄一 日記 大正九年(DK550029k-0003)
第55巻 p.148-149 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正九年       (渋沢子爵家所蔵)
一月八日 晴 寒
 - 第55巻 p.149 -ページ画像 
○上略 十一時事務所ニ抵リ○中略 白岩竜平氏来リ支那関係ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
一月十二日 雨又曇 寒
○上略 十一時半、如水会ニ抵リ、日支国交問題ニ関スル協議会ヲ開ク、大倉・倉知・白岩・山科・安川・江口ノ諸氏来会ス、客冬白岩氏支那地方旅行中斡旋シタル経過ヲ報告シテ、且、将来ノ処置ニ付、種々ノ意見ヲ交換ス、午後二時半散会○下略
   ○中略。
一月十五日 晴 寒
○上略 三時半事務所ニ抵リ、白岩竜平氏来訪、支那山東問題解決ノ内事ヲ談シ、牧野男トノ内議要項ヲ協議ス○下略
   ○中略。
一月十九日 晴 軽寒
○上略
午前十時、白岩竜平氏東京ヨリ来訪シ、頃日如水会ニ於テ内議セシ日支交渉問題ニ付、牧野男トノ会話ト三菱江口氏回答ノ要旨ヲ来報ス、十二時頃帰ル ○下略
   ○栄一、一月十六日ヨリ大磯明石邸ニ在リ。二十一日帰京ス。
   ○中略。
一月二十五日 晴 寒
○上略 午前十時半、近藤廉平氏ヲ其家ニ訪フテ、支那問題ヲ協議ス、白岩竜平氏来会ス、結果至急原首相ト会見シテ其意向ヲ聞キ、而後、支那人ヘ照会スヘキ事ト定ム○下略
一月二十六日 晴 寒
午前七時起床、入浴シテ朝食ス、畢テ原首相ニ電話ニテ会見ノ事ヲ照会ス○下略
一月二十七日 晴 寒
○上略 午後六時事務所ニ於テ夜飧シ、後原総理大臣宅ヲ訪フ、近藤廉平氏同伴ス、共ニ支那国交ニ関スル要件ヲ談ス○下略
   ○中略。
一月二十九日 雪 寒
○上略 白岩竜平・橘三郎二氏来リ、梁周其他ノ支那人ヘ書状発送ノ事ヲ談話ス○下略
   ○中略。
一月三十一日 晴 寒
○上略 午前十時事務所ニ抵リ、白岩竜平・橘三郎二氏来リ、支那人梁周曹章ノ四氏ヘ要件ヲ書送スヘキ書翰ヲ橘氏ニ附托ス○下略
   ○中略。
二月二十日 半晴 寒
○上略
白岩竜平氏ヨリ来書アリ、橘氏支那行ニ関スル消息ヲ報告シ来ル○下略
   ○栄一、二月十七日ヨリ大磯明石邸ニ在リ。二十一日帰京ス。


中外商業新報 第一二一八一号 大正九年二月二一日 ○日支協会設立 両国親善策、実業家網羅(DK550029k-0004)
第55巻 p.149-151 ページ画像

中外商業新報 第一二一八一号 大正九年二月二一日
 - 第55巻 p.150 -ページ画像 
    ○日支協会設立
      両国親善策、実業家網羅
全国商業会議所聯合大会の決議に基く日貨排斥問題根本解決実行委員会は、廿日午前十時東京商業会議所に於て開会、前日の成案作成委員より種々報告ありて、協議の結果左の決議をなせり
  △決議
 日本の国是たる門戸開放・機会均等・領土保全は、吾人年来の主張と合致す、而して極東の平和を確保するは世界の平和を維持する所以なり、然るに最近日華両国の関係動もすれば疎隔を来し、誤解を生ずるに至れるは遺憾の極なりとす、畢竟是れ両国間の了解に於て欠如する所あるに職由す、此双方の誤解を一掃し、共存共益の主旨を徹底せしめ、両国々民的利益の増進を計り、両国間に於ける経済的関係を密接ならしむるは、是れ刻下の最大急務なりとす、仍て此際左記各項を実行し、上記の目的を貫徹せむことを期す
  (一)本邦商業会議所と支那各地商務総会との聯絡を計ること
  (二)本邦商業会議所と在支日本人商業会議所及び実業協会等との聯絡を取り、少なくとも毎年一回会協議《(マヽ)》すること
  (三)各種事業経営上提携を奨励すること
  (四)速に日支協会を組織する事
右決議に依りて全国実業家を網羅せる日支協会を設立して目的の貫徹を期する事に決し、左の日支協会設立規約を可決して同四時散会せり
  ▽日支協会規約
 第一条 本会は日支協会と称し、実業家を以て之を組織し、本部を東京に置き、必要に応じ内外各地に支部を設く
 第二条 本会は日支両国双互の経済的発展を図り、且つ両国民の交誼を増進するを以て目的とす
 第三条 本会の会員は左の二種とす
  一、通常会員 本会々員の紹介に依り理事会の承認を経たる者
  二、名誉会員 理事会の決議を経て会長の推挙に係る者
 第四条 本会に左の役員を置く
  会長   一名
  副会長  二名
  顧問   若干名
  評議員  若干名
  理事   若干名
 第五条 会長・副会長は評議員会之を推薦し、評議員は総会に於て之を選挙し、理事は評議員の互選に拠る
 第六条 役員の任務は左の如し
  一、会長は会務を総理す
  一、副会長は会長の職務を代理す
  一、評議員は重要の会務を評議す
  一、理事は会務を処理す
 第七条 会長・副会長・評議員及理事の任期は各三箇年とす、但し再選することを得
 - 第55巻 p.151 -ページ画像 
 第八条 通常会員会費は年額金百円とす
 第九条 本会は毎年一回総会を開き、会務及会計の報告を為し、必要の事項を議定し、役員の改選をなす
  緊急を要するときは臨時総会を開くことを得
 第十条 本会則は総会に於て出席会員三分の二以上の賛成を得るにあらざれば、之を改正する事を得ず
尚ほ前記規約に基き日支協会を設立すべく、懇話会及京都・神戸・大阪の実業家は近々夫々総会を開ひて之を承認可決し、次で全国実業家並に全国商業会議所との聯合大会を三月一日午前十時より東京商業会議所に於て開会し、日貨排斥根本解決に対し権威ある決議をなし、併せて日支親善に関する具体案を発表決定する事となれり


渋沢栄一 日記 大正九年(DK550029k-0005)
第55巻 p.151 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
三月六日 半晴 寒
午前八時起床、直ニ倉知・岡部二氏ノ来訪ニ接シテ、岡部氏近日北京行ニ付テ、曩ニ白岩氏及橘氏ヲ経テ、梁曹二氏ト内議セシ山東還附ノ件ヲ詳細ニ伝言セシム ○下略
   ○中略。
三月十三日 曇 軽寒
○上略
午後四時銀行倶楽部ニ抵リ、東京商業会議所杉原氏及伊藤《(伊東)》・白岩氏等ヨリ、日支実業協会ノ設立ニ付会長ノ推薦アリ ○下略


中外商業新報 第一二二〇八号 大正九年三月一九日 ○日華協会役員(DK550029k-0006)
第55巻 p.151 ページ画像

中外商業新報 第一二二〇八号 大正九年三月一九日
○日華協会役員 商業会議所及対支懇話会の発起に繋かる日華実業協会の会頭に渋沢栄一男を推し、副会頭に添田寿一氏就任することゝなり、幹事は各関係方面より一名乃至二名を選出すべく、目下夫々交渉中なり



〔参考〕中外商業新報 第一一七七四号 大正八年一月六日 △日支条約廃棄論(DK550029k-0007)
第55巻 p.151 ページ画像

中外商業新報 第一一七七四号 大正八年一月六日
△日支条約廃棄論 四日北京発=北京リーダーは、今日の紙上に○中略日支条約はすべて支那の悦んで商議せるものに非ずして不可抗力の為に威圧せられて然るものなり、故に此等の条約はブレスト・リトウスク及びブカレスト条約と等しく一切廃棄するを理の当然なりと論ぜり



〔参考〕中外商業新報 第一一八九四号 大正八年五月六日 △北京の暴動 章公使重傷を負ふ;国論沸騰せん 国民外交協会決議(DK550029k-0008)
第55巻 p.151-152 ページ画像

中外商業新報 第一一八九四号 大正八年五月六日
    △北京の暴動
      章公使重傷を負ふ
四日北京発=三千余名の支那学生及び日本より帰還せる学生等は、本日午後、若し日本が膠州を獲得するに於ては、支那は媾和条約の調印に反対すべしとの決議案を可決したる後、行列をなして公使館街に押し寄せ、次で曹汝霖氏の邸宅を訪ひ、同邸宅に火を放ちたり、学生等は丁度在宅中の章宗祥氏を捕へて烈しく殴打し、氏は遂に重傷を負ひて病院に収容されたり、学生等は又自動車数台を破壊したり、警察官
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は最初は干渉をなさゞりしも、後には数名の学生を逮捕したり、曹汝霖氏邸宅は未だ全く破壊されざるも、目下炎上中なり、曹汝霖氏は此難を逃れ、家族と共に自動車を駆りて公使館街に入りたるが、公使館街警察官は、規定以上の速度にて疾駆せるの故を以て其疾行を差止めたり、警察官は四名の護衛兵の武装を解き、運転手を逮捕したり、曹氏及び其家族は目下ワゴン・リツツ・ホテルに滞在し居れり

    △国論沸騰せん
      国民外交協会決議
四日北京発=英米人の機関若しくは之と関係ある新聞通信は、山東問題に関し絶えず排日的記事を掲げ、煽動に努め居れるが、最近大に之等の風潮を高めつゝあり、林長民等の関係する国民外交協会は昨日左の決議を為せり
(一)来る七日は国辱記念日なれば、同日午後中央公園にて国民大会を開くこと
(二)五年の日支協約及英仏伊太利と日本と締結の山東に関する密約不承認
(三)媾和会議にて支那の主張を達せざれば、政府に求めて媾和委員を巴里より退去せしむる事
(四)英米仏伊の公使に支那国民の意思を陳述すること
而して尚本会の趣旨を全国に通電すること、尚同会以外にては山東省各方面の代表等は連日外交部或は国務院を訪ひ、青島問題に関して請願し居れり、更に又国民自決会なるもの新に出現し、日支協約破棄の宣言書を発表し、各省に電報して同志を募りつゝあり、尚欧米留学生等も会議し、北京新聞界を訪問し、同問題に関して来六日協議を為す等は本問題に対する北京の状況を推測し得べし



〔参考〕中外商業新報 第一一八九四号 大正八年五月六日 山東解決と支那 支那国民を警む(DK550029k-0009)
第55巻 p.152-153 ページ画像

中外商業新報 第一一八九四号 大正八年五月六日
    山東解決と支那
      支那国民を警む
山東問題は満足に近き解決を告げたりとの公報を得たるも、其解決の内容如何は未だ審かならざるものあり。縦し満足なる解決を見たるにもせよ、元来問題とすべからざるものを斯く問題とせられたるは、之れ外交の手落にして、政府が今回の解決を以て一大成功を収めたるが如くに思惟するは片腹痛き事なり。又今回の問題に関し、東亜に於ける日支関係を無視したる支那委員の行動は、聊か了解に苦しむ所なると共に、支那委員の主張を容認せんとする如き態度を示し、常に其背後に在りて声援を与へたる某々国の態度に対しては、特に痛切に遺憾を感ぜざるを得ざる次第なり。思ふに支那委員の背後に在りて暗に声援を与へたる某々国の意料を推測せんか、出来得るだけ我主張を斥け大戦中扶殖せる我勢力を支那より掃蕩せんことを欲するに在りたるや知るべきのみ。而も形勢は急転直下し、伊太利の媾和会議脱退となり調停未だ成らざるに当りて、招致せる独逸委員の将に巴里に到着せんとするものあり、若夫れ此場合山東問題にして波瀾を捲き、延いて我
 - 第55巻 p.153 -ページ画像 
国の脱退を見る如き事態に逢着せんか、聯合国間の協調玆に全く破れて、独り独逸をして此間に乗ぜしむるの不利に陥るなきを保せず。此に於てか、流石の某々国も遽々然として其態度を翻し、遂に我国の主張を容れたるものにあらざるなきか、斯くして兎も角山東問題は解決したりと信ぜらる。
而して山東問題解決の眼目は、要するに対独媾和条約中に、一千八百九十八年に締結せられたる独支条約に基く膠州湾租借地、及び山東に於ける港湾・鉄道及び鉱山利権、並に独逸に属する官有財産の全部を我国に譲渡すべきことを規定するに在り。斯くて大綱既に決したる上は山東問題の処分は一千九百十五年及び千九百十八年の締結に係る日支協定に依りて解決せらるゝは勿論、其の他の条項に就ても日支両国政府に於て適宜協定するに至らん。近く伊太利問題解決次第開かるべき総会議に於て、必ず形式的に附議せらるべきを以て、支那委員は極力反対を主張すべきも、既に首脳者会議に決定せる以上、大勢蓋し動かすべからざるものあらん。
山東問題が支那の要求せる如く、独逸より直接還付を受くる能はず、僅に一縷の望みを嘱したる五国共同管理案も遂に失敗に帰したるが故に、在巴里の梁啓超氏は支那国民外交協会に打電し、政府及び国民は全権委員に対し斯る決定に調印せざるやう運動すべしとの激励を与へ熊希齢・林長民氏等は徐総統に謁見して、調印拒止を訓電せしめたりと伝へらる。真偽猶ほ判明せずと雖も、支那官民が山東問題の解決に不満を抱き、所在熾烈なる反対運動を起すべきは敢て逆睹するに難からざる也。支那国民にして日支共存の大精神を了得し、東亜に於ける我国の地歩を諒解するに於ては、決して斯の如き反対観念を起すことなかるべきなり。所謂夷を以て夷を制する旧式外交を排すると同時に深く思ひを日支関係の将来に致し、此際軽挙妄動を謹むべきことをば切に支那上下に希望して已まざる也。



〔参考〕中外商業新報 第一一九〇五号 大正八年五月一七日 ○関税改訂結果(一) 支那と我国との利害(DK550029k-0010)
第55巻 p.153-154 ページ画像

中外商業新報 第一一九〇五号 大正八年五月一七日
    ○関税改訂結果(一)
      支那と我国との利害
  ▽懸案の解決
支那関税改正に関する日・英・米・仏・露・伊・和蘭・瑞典・諾威・白・伯剌西爾・西班牙・葡萄牙・秘露の十四関係各国の上海会議は、大正七年十二月廿日を以て審議を完了し、去る十五日外務省より公表したるが如く、千九百十二年より千九百十六年に至る五ケ年平均価格の五分を示すの新税率を協定したり、而して新税表に関しては目下各関係国政府の同意を求め居れるが、其利害関係の最も至大なる我国は率先して承認の通告を発し、英国政府も亦商業会議所の意見を徴し大体異議なき模様なれば、近く承認を与ふべく、米国に至りては常に支那の歓心を求むるに汲々たる事実に徴し、将又其利害関係が日英両国に比較して尠少なる点に於て、勿論異議を唱ふるが如きことなかるべし、爾余の国は利害の関する所前三国に比し更に微少なるを以て、日英・米三国の承認確実なる以上は、之に倣つて承認するに至るは明か
 - 第55巻 p.154 -ページ画像 
なれば、結局関係各国全部の承認を得ることゝなるべし、斯くして支那が多年事毎に機会を利用して其目的を達成せんと努力し来りたる該問題も、玆に一先づ解決を告げたるもの也
  ▽改訂の困難
支那に於ける現行関税制度を設定する迄には、幾多の変遷を経たり、此場合之が詳述は避くべしと雖も、今次の関税改正の説明を示すに際して其過去に於ける概略を記せんに、抑も支那に於ける最初の輸入税賦課制度の決定は、千八百五十八年の英清天津条約附属通商規則にあり、該規則に基く税表に依れば、大体原則として当時に於ける輸入品の市価五分を標準となし、此標準を更に輸入品目に依りて従量税と従価税とに区別したり、其後年月を経過するに至り、従量税・従価税を通じ、輸入品の価格騰貴し居るにも拘らず、依然として千八百五十八年当時の価格標準に依りて換算せられたるが為に、実際の税率は三分五、六厘に低下せるの結果を生ぜり、而して日清戦後日支条約に依りて日本品に対しては、一般に欧米各国と支那との間に締結せられ居る関税規則を一律に適用せらるゝことなりたるを以て、我国も此低率なる関税に均霑するに至りたるが、支那に取りては条約上五分の課税をなすことゝなり居れるも、事実は之れに相違して上述の如き低率を賦課するの止むなき状態に在り、而も之れが改正をなさんとするも、条約上国定税則の権能なく、一に協定税則に依るが為に、利害反する関係各国の承認を得ること最も至難なりしを以て、其目的を達する能はざりき
  ▽第一次改訂
然るに千八百五十八年の英清条約は、千九百年の団匪事変の際に於て端なくも改正せらるべき機運に到達したり、該事変関係各国は支那に償金を課するに当り、之が担保として海関税を充当したるも、当時の海関税は事実上の賦課標準の低率なるがため収入少かりしより、之が増収を計りて、担保の確定を期せん目的にて、関係各国は北清事変の最終議定書に於て、特に支那輸入税を現実五分に改正すべき主義を議決し、超えて千九百一年上海に於て関係各国委員の税率改正会議を開催するの段取となり、我国よりは時の上海総領事小田切万寿之助氏と日置益氏とを委員に任命し、其翌年新税則を決定したり、此税則は即ち今日迄継続し来りたる税則にして、此第一次改正は市価の変化に基く現実五分を以て原則となすにありしが、其後年を閲するに従ひ、更に市価の騰貴の為に改正当時の現実五分は、更に三分四厘位に迄低下するに至りたれば、遂に支那側に於ては欧洲戦乱勃発以来第二次改正の運動を起し、玆に第二次改正の機運を馴致するに至れり



〔参考〕中外商業新報 第一一九〇六号 大正八年五月一八日 ○関税改訂結果(二) 支那と我国との利害(DK550029k-0011)
第55巻 p.154-156 ページ画像

中外商業新報 第一一九〇六号 大正八年五月一八日
    ○関税改訂結果(二)
      支那と我国との利害
  ▽国定率困難
支那現制度に依れば、商埠地に於て輸入税を賦課する以外に、商埠地より未開放内地に移入する貨物に対して更に釐金税を課せらる、該税
 - 第55巻 p.155 -ページ画像 
は随所其通過区域に従ひ、二色或は三色の徴収を受くべき煩瑣なる特別税なり、更に抵代税と称して、未開放内地に輸入すべき貨物の釐金税を賦課する煩瑣を避くる為め、特に輸入税額の五割を徴収して釐金税を免除するの特別税を始め、上海・天津・牛荘・福州・広東等各港に於ては、港口浚渫費の特別附加税あり、此外尚種々各地方税ありて其関税制度は極めて複雑なるものあり、是に於て乎千九百二年英支両国の間に通商航海条約の改訂を見るに至れり、俗にマツケー条約と称するものにして、該条約第八条第二項に於て
 英国政府は清国政府に於て釐金に替る通過税其他の諸税を撤廃する代償として、外国輸入品は千九百一年の議定書に定めたる輸入税、即ち事実上の五歩税を加へ、右輸入税の一倍半に相当する特別附加税を仕払ふべきことに同意す
との新条約結ばれ、超えて同三年にはマツケー条約と同趣旨の米支条約、同四年には日支条約の締結を見たるも、支那に於ける釐金税の廃止は事実上急速に実行不可能の事なるを以て、今日に於ては該三条約中の関税に関する条項は、何れも空文に等しきものとなり居れり、支那が釐金税制度の如き煩瑣にして不条理なる二色課税制度の旧慣を脱し得ざる限りは、支那有識者の抱懐し居る協定税則規定の条約を廃止して、国定税制に変更する条約改正運動の如き、其目的を達成することは蓋し困難なりと云ふべし
  ▽改訂の不調
千九百十三年第二次革命後に於ける財政窮乏の為め、支那は第二次の税率表改訂の提議を各関係国に致したるに、各関係国は何れも実行難の条件を提示して、拒絶に等しき態度を執れり、時の我政府たる大隈内閣も、支那の要求は之を是認するも、対支貿易に至大の関係を有する此改訂に対しては、無条件承諾をなす能はざる旨を回答し、(一)抵代税制度を厳重に厲行すること、(二)鉄鉱・棉花等の輸出税を免除すること、(三)改訂の結果引上げたる税率と同率の租税を支那内地の生産品にも賦課することの三条件を提示したり、第一、抵代税厲行問題は、事実に於て完全に行はれ居らざるが為に、常に紛議の絶え間なきを以て、之れを矯正せんとするにあり、第二の鉄鉱・棉花の輸出税免除は、支那内地に於て将来此種製造工業の発達するに於ては、原料の大部分を支那の供給に俟つ我工業に甚大なる打撃を与ふるものなれば、消極的に内地工業を保護するの意味を有し、第三の関税改訂率と同率の租税を支那内地の生産品に課する件は、支那内地の生産品をして競争上外国品と平等の負担をなさしむるものにして、之れを以て支那内地工業の勃興を防止せんと欲するに在りき、是等の条件は支那側に於て実行するを肯ぜざる難問題なるが為めに、支那が初めて試みたる自発的の改訂運動は遂に不調に終るの止むなきに至りたり
  ▽新協定由来
欧洲戦乱勃発以来、我対支貿易は殆ど独占的優秀の地位を占め来り、敵国となりし独逸は勿論、英国の如きも支那市場の活躍を中止するの止むなきに至りたるを以て、支那は此機会に乗じて更に当初の目的を貫徹せんと努め、我国に対しても前駐日公使陸宗輿氏が経済的使命を
 - 第55巻 p.156 -ページ画像 
以て渡日する際、非公式に我朝野の間に運動する所ありたるも、其機運を馴致するに至らざりしが、千九百十七年聯合各国が支那に参戦を強要したるに際し、時の段内閣は之れを機会として支那財政の窮乏を訴へ、提示するに関税改訂の交換条件を以てし、聯合与国は之れに対して遂に現実五分引上げの主義を承認するに至れり、依つて同年十二月より関係各国の税率協定の会議を開きたるが、支那側に於て本税率協定迄の暫行税率の決定を要求したるが為めに、先づ其暫行税率の審議に移り、其際各国委員は一律に平均差額換算説を主張したるも、我委員は斯の如き不条理なる協定には主義上賛成する能はずして、極力反対し、更に翌年四月卅日に至り我国を除く十三国の賛成に対し、敢然として不同意を唱へたるが為に、玆に暫行税協定会議を打切り本税率協定の審議を取急ぐことゝなし、之れを北京公使団会議の議に移したるが、幾多の折衝の結果、今回の如く千九百十二年以降千九百十六年の戦前戦時五ケ年平均価格を以て標準の原則と決し、爾来品目協定に移り、昨年十二月廿日を以て全部議定するに至りたるものなり、此交渉に関する幾多の折衝経過は玆に省略す



〔参考〕中外商業新報 第一一九〇七号 大正八年五月一九日 ○関税改訂結果(三) 支那と我国との利害(DK550029k-0012)
第55巻 p.156-157 ページ画像

中外商業新報 第一一九〇七号 大正八年五月一九日
    ○関税改訂結果(三)
      支那と我国との利害
  ▽三税表比較
千八百五十八年の英清条約の税表、千九百二年の現行税表及改訂新税表との三税表に就て各其改訂の順序に就て見るに、英清条約は税率が締結当時に於てすら已に現実五分以下に該当し、更に其分類法に至りては極めて粗にして、例へば綿糸の如き三十番手と十六番手と同一の税率を課せられ居るが為めに、精巧品は比較的有利の立場に在るに拘らず、粗製品は極めて不利の状態に在りたり、又従量税の数量が比較的少数にして、大部分は従価税に依りて換算せられ居れり、然るに千九百二年改訂の現行税表に依れば、税率に於て其改訂当時の市価現実五分を以て換算し、為めに英清条約の税率は現行税率決定当時の市価の約三分四、五厘なりし故に、差引一分五、六厘即ち関税収入増加三割五分見当となれり、次に分類法に至りては、英清条約税率の大部分が従価税なりしを、従価税の大部分を更に従量税に変更し、更に英清条約税表中の従量税なりしものを比較的細別して分類を増加し、又特殊物品に就ては下級品を従量税となし、高級品を従価税となすが如き改訂をもなしたり、然るに新改訂税表に依れば、千九百二年の改訂当時の現実五分は已に新税率換算年度の市価に換算すれば、三分五厘位の税率に該当し居るを以て、之れを新税率年度換算に引直す結果約三割三分二厘の関税収入増加となれり、次に分類法に至りては、千九百二年改訂の税表よりも更に細密に分類し、其分類方法は英清条約税表を千九百二年に改訂して現行税表を作製したる場合と同一方法を執り只其数を増加したるに過ぎず、例へば我重要貿易品たる綿織糸・綿織物・雲斎布・綿フランネル・印刷料紙に付て新税表と現行税表と其分類法を対照し見るに
 - 第55巻 p.157 -ページ画像 
○中略
の如き全然其分類法に増加変更を加へ、更に綿糸の如きは其最も輸入額の多き下級品大部分を比較的有利なる従量税に依りたるが如きは、特に注意を要すべく、其他に就ても其負担の平衡を計る為め苦心し改訂したるなり、其他綿メリヤス・紙巻煙草・タオル・人参等の各項に就て見るも、何れも前掲各物品と等しく、同一目的を以て分類せられ居れり、而して此分類に関しては下級品の輸出国たる帝国委員は、自国貿易の保護の為め高級品と下級品との平衡を計る為め最も強硬に主張したる結果にして、上海委員会に於ける各国の利害の衝突は後章外国品との関係の際に詳述すべし



〔参考〕中外商業新報 第一一九〇八号 大正八年五月二〇日 ○関税改訂結果(四) 支那と我国との利害(DK550029k-0013)
第55巻 p.157-159 ページ画像

中外商業新報 第一一九〇八号 大正八年五月二〇日
    ○関税改訂結果(四)
      支那と我国との利害
  ▽新税率増収
支那が新税率制定の為めに得たる結果としては、常に窮乏を訴へ居る財政上に至大なる利益を得たるに止まらず、間接には多年外国商品の支那市場に殺到する為めに、只さへ萎靡不振の状態に在りたる国内製造工業の発達を妨害したるを、此改訂に依りて少からず国内工業を保護し其発達を助成するを得べし、先づ玆に新税則に依りて支那が財政上幾何の利益を享受すべきやに関し、新税表の基準年度たる千九百十二年以降千九百十六年の五ケ年平均額(此平均額は最も適当なりと信ずる為め)に徴するに左の如し
(統計は支那海関統計年表に依る)
  ▽五箇年平均額

 年度        総輸入額         輸入関税収入
                海関両         海関両
千九百十二年    四七三〇九七〇三一    一六〇四五二〇二
千九百十三年    五七〇一六二五五七    一九九三八八六〇
千九百十四年    五六九二四一三八二    一八二〇二七四一
千九百十五年    四五四四七五七一九    一四三六七二二一
千九百十六年    五一六四〇六九九五    一五二二五〇五六
 計       二五八三三八三六八四    八三七七九〇八〇
五ケ年平均額    五一六六七六七三六強   一六七五五八一六
 年度        抵代税収入        関税抵代税収入計
                海関両         海関両
千九百十二年      一三一二二七一    一七三五七四七三
千九百十三年      一六六八三九五    二一六〇七二五五
千九百十四年      一七三六六一五    一九九三九三五六
千九百十五年      一五一九五〇七    一五八八六七二八
千九百十六年      一三四一九四八    一六五六七〇〇四
 計          七五七八七三六    九一三五七八一六
五ケ年平均額      一五一五七四七強   一八二七一五六三強

 (但し総輸入額には無税及特別税輸入品、関税収入には特別税関税収入を含む)
即ち五ケ年間の関税収入及抵代税収入の平均額は一千八百二十七万一
 - 第55巻 p.158 -ページ画像 
千五百六十三海関両強にして、此額よりは阿片の如き特別賦課税に依る収入の差引を要すべく、更に開港場に於て関税のみを支払ひ抵代税を支払はずして未開港地に移入すべき場合の特別移入税を加算するを要するも、此特別税及特別移入税の統計は完全なるものなく、又総輸入額中無税品額が幾何の割を以て包含せられ居るやも支那海関統計其他に調査しあるものなきを以て、玆に明確なる数字を示し難きも、今特別税収入及特別移入税収入の大凡の見当を知るを得べき統計を示せば左の如し
  ▽特別移出入税
   特別移出入税収入
                         海関両
千九百十二年             二、三三四、九二七
千九百十三年             二、四三九、一六六
千九百十四年             二、二五五、七一〇
千九百十五年             二、五一七、七一三
千九百十六年             二、三九九、四〇六
 計                一一、九四六、九二二
五ケ年平均額             二、三八九、三八四強
 備考 特別税品輸入税収入に就ては千九百十二年以降四ケ年間の統計無く、千九百十六年統計に依れば右特別税品たる阿片は一千五百六十一担強の輸入ありて、一担の課税率は三十両なれば約四万六千八百三十海関両の収入ありたる訳なり
右統計は移出入を合したる収入なり(此内には支那商品の移出額を含むも、支那政府の増収に取りては支那品たると外国品たるとを問はず一様に新税表によりて収入を増せるものなり)其内に幾何か抵代税を支払はずして移入せられたるものは勿論不明瞭なるが、大体に於て其五ケ年平均額二百三十八万九千三百八十四海関両強の中、抵代税を支払はずして移入したる税収は約半を占むるものゝ如ければ、約百十九万四千六百九十二海関両見当と見るを得べし、之を関税及抵代税収入平均額に加算せば一千九百四十八万六千二百五十五海関両強《(六カ)》の全収入となり、其内より阿片の特別税収入四万六千八百三十海関両を差引かば、一千九百四十三万九千四百廿五海関両強《(一カ)》が新税表に依り三割三分二厘の増収を見る数字なりとす(但し此三割三分二厘増加歩合は我外務省調査に依るものにして、大蔵省調査に依れば二割九分一厘なり、這は外務省調査は支那海関統計に基礎を置き、大蔵省調査は我大蔵省年表を基礎としたるが為めに、各相違を来せるものなるべし、以下其歩合に関する叙説は外務省調査に依るべきも、此三割三分二厘の歩合も完全なるものと云ひ難く、況んや現行税表にて従価税のものが新税表にては従量税に変更せられたるもの多きを以て、之等を詳細に調査研究するにあらざれば、完全なるものは之を得るに由なき也、此場合大体の割合として三割三分二厘説を採らん)即ち関税及特別移入税合計五ケ年平均増収額は約六百四十五万四千五百四十八万八千九百十海関両強《(ママ)》の巨額に達すべく、尚今後支那は阿片の如き特別有税品を禁止すべければ、其税収入年に依り一様ならずとするも、少くも六百万海関両以上の増収を得るは確実也、更に玆に統計に現れ居る最近年度た
 - 第55巻 p.159 -ページ画像 
る千九百十七年に就て見るに、同年の総輸入額は五億四千九百五十一万八千七百七十四海関両にして、其内無税品は三千三百五十一万一千三百九十九海関両、阿片輸入額は六百廿四万一千九百九十二海関両、差引五億九百七十六万五千三百八十三海関両となり、此関税収入は一千二百六十五万三千二百十九海関両にして、之に抵代税及特別内地未開港地再輸入税を加へ、増率を換算すれば矢張り六百万海関両となるべし、斯くの如く巨額の増収に依り支那政府は数ケ月の全行政費を得るに至るべし



〔参考〕中外商業新報 第一一九〇九号 大正八年五月二一日 ○関税改訂結果(五) 支那と我国との利害(DK550029k-0014)
第55巻 p.159-160 ページ画像

中外商業新報 第一一九〇九号 大正八年五月二一日
    ○関税改訂結果(五)
      支那と我国との利害
  ▽産業の促進
支那に於ける製造工業は、関税制度の協定制度なることが最も大原因をなして其発達進歩を見るに至らず、而も協定制度に依りて外国品は自由に低率なる関税に於て支那市場に跳梁し、左らぬだに幼稚なる製造工業をして益々発達の余地なかりしが為に、支那政府は外に対して関税改訂に努力し、内に在りては国内産業の発達に策する所あり、彼の張之洞氏が湖北総督時代(明治二十六年頃)に三大工場を新設し、其製作品の課税を免除し、且つ又製品を官庁に買上げ発展を助成したる結果、一時稍成績挙がりたるが如きは其一例なるが、関東・上海・南京・天津の各地に於ても、之れに模倣して各種保護会社の設立を見るに至れり、然るに保護会社の製造工業の幼稚と金利の高率、職工の不熟練、経営者の不良、官利制度《(マヽ)》の弊害等の為めに何等成績の見るべきものなく、従つて低率なる関税に依りて輸入せらるゝ外国製品と競争するを得ざるの結果を呈せり、而して日清戦役後の北京議定書に於て、支那は日本人に対し各開港場に於て製造工業を許したるを機会として、外国人にして支那に投資するもの続出し、殊に従前支那市場に覇を唱へし英国商品以外に、独米国品も支那市場に各其地位を占め、更に日本に於ては国内の新工業著しく勃興し、印度も亦同じく新工業の隆盛を来し、一時に之等各国商品が低率なる関税に依り其販路の無尽蔵なる支那市場に殺到し来りたるを以て、支那国内工業は何れも萎縮倒壊の悲運に際会したり、支那政府は保護会社制度を廃し、専ら一般的に国内工業の保護政策を執り、以て低率関税の為めに殺到し来る外国商品の防遏に努め、一方西太后の新政治時代に於ては、将来国内に於て新式工業を勃興せしむる準備として、留学生を先進国に派遣し或は外国技師を招聘するなど大に努力したるも、依然外国商品との競争に於て失敗に終りしは、之れ一に関税の低率なるに職由せずんばあらず、左れば今次の新税表の改訂は、其関税引上に依りそれ丈け支那国内の製造工業をして有利なる地位に導きたるものと云ふを得べし、支那が関税改訂を叫ぶと共に、国内産業の発達に対して執れる政策は種々あり、之れが詳述は後日に譲るとするも、其内最も顕著なる政策としては、(一)発明工業家に対する表彰、(二)貿易・鉱業・開墾・船舶等の事業経営者に特典を与ふること、(三)保護奨励金の補給並
 - 第55巻 p.160 -ページ画像 
に貸出、(四)支那国内製品に対する輸出入税の減額保護、(五)綿製品・機械製作に対する特殊保護、(六)外国品模造者特典、(七)其他無税品の特定等を数ふべし、之が為に最近に至りては漸く長江筋を中心として外国品を防遏すべき各種工業の勃興、及び外国人との合弁事業の続出を見るに至れり、是等は今日の処未だ外国品と対抗するの機運に到達せざるも、殖産興業の声益々熾となり、更に今次関税率の改訂せらるゝあり、将来一層産業上の発達を見るに至るべきや疑ひを容れず、之を我対支貿易の大宗たる綿糸に見るも、支那各地に於て最近勃興し来れる紡績業は益々有利の地位を占め、近く我製品と競争場裡に立つべきに至らんとするの気勢あり、既に此気勢あり、我紡績業は将来労働者待遇上の経費の増加と、此有利なる地位に在る競争者続出の為に、或は苦境に陥るの日なきを保せず、之が対応策を講ずるは今日の急務なりといふべし、而して支那紡績業が此関税引上げに依るハンヂキヤプを利用し、其活躍を継続するに於ては、其結果や推して知るべきものあらんとす
紡績業の一例によりて見るも斯くの如き状態に在れば、今次の関税改訂は、支那が直接受くべき財政上の利益よりは、寧ろ国内産業発達の上に至大なる利益を得たるものと云ふべし



〔参考〕中外商業新報 第一一九一〇号 大正八年五月二二日 ○関税改訂結果(六) 支那と我国との利害(DK550029k-0015)
第55巻 p.160-161 ページ画像

中外商業新報 第一一九一〇号 大正八年五月二二日
    ○関税改訂結果(六)
      支那と我国との利害
  ▽我国の負担額
新関税率実施に依る我当業者の直接負担となるべき額に就ては、正確なる予測を下し難きを以て、之を過去に於ける統計に徴して其大体の負担額見当を知るの外なし、又過去に於ける統計と雖も、之を以て唯一の標準とは為し難し、蓋し欧洲戦乱以来我商品は上述の如く支那市場に於て殆んど独占的優秀の地位に在りたるも、媾和成立して一般平和の到来する暁、果して其優秀なる地位を保ち得るや如何、英米は勿論独逸の如きも世界的経済市場たる支那に着目し、従来有したる商権の回復と商品の新販路開発とに一斉努力し来るべきは明かなり、而も我商品が戦時中に現したる貿易統計数を維持すると共に、此競争場裡に於て我当業者の努力奮闘に依り、一層対支貿易の盛況を贏ち得るものとせんか、尚更今日に於て新税率実施に依る負担額を玆に予測するは困難なりと云ふべし、過去に於ける各国別輸入統計に関しては、支那税関に於て外間に洩るゝを嫌忌し居るを以て、之を知悉するは容易ならずと雖も、我外務省に於て支那税関より得たる、千九百十五年及び同十六年に於ける我国より支那への輸入品統計表に就て見るに、左の如し
(単位海関両)

  年次       日本よりの輸入額     同年総輸入に対する割合
 千九百十五年  一二〇、二四九、五一四    二七%強
 千九百十六年  一六〇、四九〇、七二〇    二八%強

 備考 但し朝鮮を除く
 - 第55巻 p.161 -ページ画像 
即ち二割七、八分見当なるを知るべし、之れを標準とせば、支那が新税率に依りて得べき約六百万海関両の増収に対する我負担額は約百七十万海関両(円に換算すれば約二百七、八十万円見当)となると雖も商品の輸入額中に於ける無税品数量、抵代税支払額、特別移入税支払額及従価税品の従量税変更に依る関税支払額の変化等は一切信憑し得べき統計無きを以て、玆に正確詳細なる割合其他を記述し難きを遺憾とす、唯其負担額を百七、八十万海関両前後となすは、大凡の数字たるのみ
  ▽各国の負担額
次に我国以外の千九百十五年及十六年に於て一千万海関両以上の輸入をなしたる各国及輸入額を挙ぐれば左の如し(単位海関両)

          十五年輸入額       十六年輸入額
 香港    一四八、四一六、一八九  一五三、三四七、六二四
 英本国    七一、五五八、七三五   七〇、三五三、〇一九《(二カ)》
 印度     四〇、七五三、一九六   三二、七五四、八一四
 米国     三七、〇四三、四四九   五三、八二三、七九九
 露西亜    一七、〇二七、二〇二   二五、六九四、六〇二

右各国両年の輸入額を平均し、之を同期に於ける支那の総輸入平均額四億八千五百四十四万千三百五十七両に対する割合を見るに左の如し(単位海関両)

          平均額        割合
 香港    一五一、三八一、四〇六   二七%
 英本国    六〇、九四〇、八八二   一四%強
 印度     三六、七五四、〇〇五    七%強
 米国     四五、四三三、六二四    九%強
 露西亜    二一、三六〇、九〇二    四%強

更に此数字を基礎として、新税率に依る支那の増収見積額六百万海関両を各国に割振りて其負担額を推算するに、香港は百六十二万海関両英本国は八十四万海関両、印度は四十二万海関両、米国は五十四万海関両、露西亜は二十四万海関両となる、是等は我負担額見当と同じく抵代税支払額及特別移入税支払額其他従価税が従量税に変更せられたる結果換算率に変更を来したるもの等を大体に見積りての見当なりとす、又是等の各国は戦後に於て対支輸出品の増加を計るべきを以て、其負担額も増大すべきは当然の順序と云ふべし、今日の場合以上の統計に依りて見れば、即ち我当業者の直接の負担は最も多大にして、且つ我商品は今後支那内地に於ける製品との競争に対し重大なる関係を有し、或は大打撃を受けんとするものあるに反し、諸外国の商品は比較的支那内地商品と競争すべきものなきを以て、関税の増率に因る苦痛の程度は我商品に比して頗る尠少なりといふべし



〔参考〕中外商業新報 第一一九一一号 大正八年五月二三日 ○関税改訂結果(完) 支那と我国との利害(DK550029k-0016)
第55巻 p.161-162 ページ画像

中外商業新報 第一一九一一号 大正八年五月二三日
    ○関税改訂結果(完)
      支那と我国との利害
  ▽部分的成功
 - 第55巻 p.162 -ページ画像 
現在の統計上より見るも、将又将来に於ける関係より見るも、新税率の実施に依る我邦の打撃は、他の各国に比して最も痛烈なる可きが、只最後に一言せんとするは、上海関税委員会に於ける税率分類法会議の席上、我委員が極力自国貿易の保護に努めたる事にして、此結果我主要商品に対する税率引上の程度は比較的僅少なるに反し、外国商品は頗る大なるものあるを致せり(十六日掲載関税率比較表参照)一例として綿織糸に就て見るに、現行税率に依れば其品質に依りて分類をなさず、只加工に依りて区別し、且つ又加工も「生若くは晒白せるもの」以外は何れも従価税を課せられ居たるに、新税率は其品質に依りて区別し、所謂太糸・中糸・細糸等何れも従量税に依り、僅に四十五番手以上の品に対してのみ従量税を課したるが如き、更に綿糸中我邦より輸入する総額の七割を占むる十六番手の品に対して、最低率を課することとなりたるが如き、即ち是なり、此点に就ては上海の委員会に於て非常に議論ありたる所にして、英国委員は我商品と競争的地位に在る印度産綿糸の十番手以下なる故を以て、之が分類の必要上十番手以下に一階級を設定せんことを主張したるが、我委員は十七番中以下一律を示すべきを力説したるが為めに、委員会の会議は非常に遅滞したるも、結局我主張は貫徹して、印度綿糸と我太糸綿糸と同率を課せらるゝに至れり、斯くの如く個々の品に就て我委員が増率に依る負担を軽減せしめんと努めたる功は多とすべきものあり、今回の改正に於て、我貿易品の増率パーセンテージが一体に諸外国より比較的僅少なるを得しは、職として我委員の努力に因る、左れど开は唯だ枝葉の問題に属し、一たび根本問題に言及せんか、関税改訂に承諾を与へたる動機、即ち当時の政府が関税改訂の如き純然たる経済問題を、支那参戦の代償の如き政治問題と関聯せしめ、延ては政治問題の為に我国をして経済的に尠少ならざる打撃を蒙らしめたるが如き、頗る遺憾の念なき能はざるは勿論也



〔参考〕時事新報 第一二九一六号 大正八年七月一四日 ○学生聯合会決議(DK550029k-0017)
第55巻 p.162-163 ページ画像

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〔参考〕中外商業新報 第一一九六六号 大正八年七月一七日 ○対支策変更 我新方針と北京公使団(DK550029k-0018)
第55巻 p.163-164 ページ画像

中外商業新報  第一一九六六号 大正八年七月一七日
    ○対支策変更
      我新方針と北京公使団
既報せるが如く、帝国政府は媾和会議終了を機として、従来執り来たりたる対支政策を根本的に変更すること必要なりとの論漸次有力となれり、而して政府に於ても其必要を認め、外務省に於て各関係庁間の意見を纏め、具体的案の作成を完了し、近く外交調査会に附議する運びとなり居るが、他面新
△政策遂行 に関する与国との非公式の打合に関しても、已に適切なる手段を執り居れりと信ずべき理由あり、而して其更改せられんとする政策に就ては厳秘せられ居るも、曩に帝国現政府は世界改造の重大時機に際会して、隣国支那に於て紛乱を継続するは、支那の為め、帝国の為め極めて不利益なるに鑑み、一に南北和平の実現を翹望したり而して之れが実現の為めに、一時対支借款の成立を抑止し、更に武器供給の中止をなしたるが、今や媾和会議も一段落を告げたるを以て、何時迄も従来の如き消極的政策を持続し難く、又支那に於ても
△借款抑止 の為めに政費を得ること困難となり、其結果は却つて支那政局に悪影響を来さんとし居れば、帝国現政府は各方面の刺戟に動かされ、遂に左の如く政策を変更せんとするものなるが如し、而して此政策変更の直接の理由としては、南北妥協は或種の事情の下に近く実現(尤も曹汝霖氏の如きも七月中に成立すべしと称し居れり)すべきを以て、其機会を利用し、それと前後して新政策を実行すべき必要ありと為すもの也、其更改せられんとする
△主要綱目 は左の如し
 (一)徐大総統を援助し、支那の統一を実現せしむること
 (二)借款抑止を解除し、正当なる借款成立に対しては政府は進んで援助を与ふべきこと
  但し米国の提議に基く新借款団の審議の確定成立する迄の一時的のものなり
 (三)武器の供給禁止を解除し、当事者の任意契約を承認すること
右三重要点中二項・三項は、何れも現政策の裏を行はれんとするものにして、朝令暮改の非難は必ず之れあるべしと雖も、今日の事態に適切なる政策の変更なりと為し居る向きもあり、而して
△帝国政府 の新政策は、近くは北京に於ける日・英・米・仏・伊五国公使団会議の決議となりて実現すべしと信ずべき理由あり、又支那の媾和条約不調印問題は新政策実現とは何等の関係なく、随つて之に対し帝国政府は何等の積極的行動を執らず、就中山東問題に関しては既定の方針に依り進み、之を支那に交渉すべく、爾余の独支関係問題は独支間に交渉せしむることとなるべし、因に山東還付は新政策実現
 - 第55巻 p.164 -ページ画像 
されたる上敢行せらるべく、爾後日支間に於ては従来の諸懸案に就ても之が解決に努むべしと信ぜらる



〔参考〕中外商業新報 第一二〇五五号 大正八年一〇月一八日 ○山東修正案否決 反対票数意外に多し(DK550029k-0019)
第55巻 p.164-165 ページ画像

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〔参考〕中外商業新報 第一二〇五五号 大正八年一〇月一八日 △山東修正案否決 卅五対五十五(DK550029k-0020)
第55巻 p.165 ページ画像

中外商業新報  第一二〇五五号 大正八年一〇月一八日
    △山東修正案否決
      卅五対五十五
十六日華盛頓発=米国上院は卅五対五十五票の多数を以て山東に関する修正案を否決したり
▽ロツヂ氏吠ゆ
十四日華盛頓発=共和党首領上院議員ロツヂ氏は、媾和条約に規定したる山東の条項に関し、日本は極東帝国を建設するものにして、全世界の安全を脅すものなりとの理由の下に、猛烈なる非難をなせり、氏は尚ほ米国が文明擁護の為め更に大戦を起すの日来る可きを以て、太平洋に優勢なる海軍を維持するの急要なるを説けり