デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

6章 対外事業
2節 支那・満洲
6款 日華実業協会
■綱文

第55巻 p.224-247(DK550043k) ページ画像

大正12年11月7日(1923年)

中華民国漢口方面ニ於ケル排日運動ニ関シ、日本
 - 第55巻 p.225 -ページ画像 
綿花株式会社及ビ日華製油株式会社社長喜多又蔵ヨリ、当協会会長タル栄一ニ対シ、是日付書翰ヲ以テ其実情ヲ報告シ、局面打開ニツキ当協会ノ尽力ヲ要望シ来タル。十九日、当協会幹事会ヲ開キ、之等ノ件ニ関シ協議ス。栄一出席ス。


■資料

日華実業協会書類(一)(DK550043k-0001)
第55巻 p.225-227 ページ画像

日華実業協会書類(一) (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十二年十一月七日     日本綿花株式会社
                  日華製油株式会社
   日華実業協会          社長 喜多又蔵
    会長 子爵渋沢栄一閣下
貴会愈々御隆昌邦家ノ為メ益々御活躍之段奉欣賀候
    支那湖北省ニ於ケル排日運動ニ関スル請願
曩キニ支那各地ニ頻発セル排日運動ハ、日支共存ノ基礎ヲ破壊シ、遂ニ国交ヲ危殆ニ陥レシムルコトナキヤヲ深憂セシ当時、貴会ニ於テモ之ガ対策ヲ声明セラレ、我政府ヲ鞭撻シ以テ国民外交ノ有力ナル警告ヲ与ヘラレタルハ、最モ機宜ノ御処置トシテ、吾人ノ大ニ感謝措ク能ハザリシ所也、爾来我官憲ノ努力ト、支那官民ノ覚醒トニヨリ、一部排日熱ノ融和ヲ見ルニ至リ、殊ニ先般関東地方未曾有ノ大震災ニ際シテハ世界ノ同情翕然トシテ我国ニ集リ、支那各地ニ於テモ物資其他ノ救恤義捐ヲ以テ善隣ノ好意ヲ表示シ、排日熱ハ為ニ一転機ヲ見ルベシト私カニ楽観ヲ以テ嘱望セシニ不拘、惜シムベシ、独リ武漢ノ地ニ於ケル『湖北全省商界後援会』ノ組織的排日運動ハ益々其旗幟鮮明トナリ、排日ノ色彩濃厚ナラシメ、「震災救援」ト「排日」トハ全ク分離スべキ別箇ノ問題ナリト高唱宣伝スルニ至リ、依然トシテ何等ノ緩和ヲ見ザルノミカ、却テ悪化ノ兆候ヲ実現セリ、日支経済ノ発展ヲ阻害スルハ謂フヲ俟タズ、我等彼地ニ支店ヲ有シ多額ノ資本ヲ固定セシメ幾多ノ機関ヲ充実設備セル商人ニトリテハ、実ニ堪エ難キ痛撃ニシテ直接間接ニ享クル被害ノ大ナル、前途寒心ニ堪エザル所也。
抑々過般支那ニ於テ排日熱発生以来、長江一帯ニ於ケル我同胞ハ或ハ陳情委員ヲ特派シテ帰朝上京セシメ、具サニ当路者ニ稟議シ、又漢口ニ於テハ帝国総領事ニ請願シテ支那官憲ニ交渉ノ労ヲ煩ハシ、更ニ北京ニ我公使ヲ訪フテ排日実情ヲ陳述スル等、百方手ヲ尽シテ之ガ解決ニ苦慮努力セシコト再三ニ止マラズ、蕭督軍ノ如キハ我当該官憲ニ約スルニ
 近ク排日取締ヲ布告シ、警察署長ヲシテ運搬荷物ノ差押取締ノ訓令ヲ発セシメ、又総商会長ヲシテ平和手段ニ出ヅル旨ヲ勧告スル等
ヲ明言セシニ不拘、何等実行ノ跡ヲ見ズ、後援会ノ跋扈ハ益々其鋭鉾ヲ逞フスルニ至リ、我「日本綿花会社漢口支店」ニ於テハ
(イ)後援会ノ監視厳重ヲ極メ、支那棉花商トノ接近取引ヲ妨害スル為メ原料棉花ノ買附ヲシテ不能ナラシメ、事実上営業阻止シ居レリ
(ロ)支店附属ノ漢陽棉花圧搾工場ニテハ、湖北省内地ニ於ケル原産地買附品ノ陸揚ニ対シテモ妨害至ラザルナク、我雇傭支那人亦後援会ノ
 - 第55巻 p.226 -ページ画像 
脅迫ヲ恐レ就役セシムル能ハズ
(ハ)輸入綿糸布商内ニ於テモ排日団調査員ノ監視熾烈ニテ、日本品荷捌不能、為メニ華客ハ支那商又ハ外国商ニ走リテ取引シ、邦商トシテノ営業ヲ持続スル能ハズ
 又我「日華製油会社漢口支店」ニ於テハ添附別紙○後出参考中第二三六頁所掲ノ如キ迫害ヲ受ケ操業上甚大ナル打撃ヲ蒙リ居レリ
以上ハ単ニ我社支店ニ於ケル一例ニ過ギズ、之ヲ数エ来ラバ殆ンド枚挙ニ遑アラザル所ニシテ、近着所報ニヨレバ、近ク亦第三期排日煽動策トシテ湖北全省外交協会成立大会ヲ挙行シ、経済絶交拡大ヲ叫ビ
 一、経済絶交ノ範囲ヲ可及的ニ拡大スルコト
 二、絶対秘密裡ニ経済絶交ノ方法ヲ改ムルコト
 三、違反者ニ対スル処置ハ厳重ヲ加フルコト
 四、既存ノ貨物ニ対シテハ罰金ノ方法ハ用ヒズ
 五、当該官憲ニ督促シ外交行政ニ注意セシム
 六、本会ハ元ヨリ是レ対日外交団体ニシテ、政治問題ニ干渉スルニ非ズ
 七、全省対日経済特別機関ヲ組織スルコト
 八、全国民外交協会ヲ発起スルコト
ノ八ケ条ヲ議決セシモノノ如ク、而モ支那官憲ノ無誠意ナル取締ハ、暗ニ排日団ノ行動ヲ黙認セルガ如キノ観ヲ呈シ、現状ヲ以テ推移センカ、多年築キ上ゲタル我国中部支那ニ於ケル地盤ヲ喪シ、英米其他ニ好餌ヲ与フルノ憂目ヲ見ルニ至ランヲ恐ル、若シ地位ヲ換ヘ、排日ニ代フルニ排英・排米ヲ以テセンカ、英米ハ必然是レ条約ノ破棄ナリト怒号シ、重大問題トシテ取扱ヒ、一刻モ猶予セザル、睹易キ道理ニシテ、我外務省モ決シテ等閑ニ附シ居ルニ非ルナラント考察スルモ、奈何セン、従来ノ態度ニ徴スレバ、隔靴掻痒ノ感アルハ深ク恨事トスル所也
夫レ帝国ノ外交ハ国是ノ大方針ヨリ画策サルルモノナラバ、吾等国民ハ国家ノ為メ或ル程度ノ犠牲ヲ甘受セザルベカラザルモ、支那人及ビ欧米人ノミ自由ニ闊歩シテ有利ニ取引ヲナシ得ルニ反シ、独リ邦商ノミ迫害ヲ受ケ商売ノ束縛ヲ享クルニ至リテハ、日支親善ノ情誼ニ背クモノト謂ハザル可ラズ、我外務省トシテモ之ガ根本問題ニ接触シ、其根源ヲ除去シ 之ガ緩和ノ途ヲ考慮スルノ要アルニ非ズヤ、若シ夫レ現状ヲ以テ我帝国ノ国是方針ナリトセバ、吾等亦何ヲカ謂ハン、只黙シテ成行ニ委センノミ、左レド思フニ、漢口方面ニ於ケル排日熱ノ淵源ハ利益ノ打算ニヨリ生ジタル結晶ニシテ、煽動者ノ裏面ニハ支那人紡績業者アルヲ看取スルニ難カラズ、彼ノ地ニ於ケル支那人紡績ハ、原料棉花ト製品糸価トノ利鞘関係ニ於テ、日本紡績業者ノ夫レヨリモ遥カニ優逸ノ地歩ヲ止メ居リ、其豊富ナル利潤ノ一部ヲ割キテ之ヲ排日団ノ運動費ニ供シ居ルハ最早隠レナキ事実ニシテ、今日ノ排日団ハ自己ノ糧食ヲ断タルル杞憂ナキ故、現状ノ儘推移センカ、排日ノ緩和ハ当分見込ナシト断言シテ憚ラザル所也、既ニ然リトセバ、我社ノ如ク多年漢口方面ニ幾多ノ設備機関ヲ有スルモノニアリテハ、徒ラニ成行ニ放任シテ隠忍自重スルモ、前途ニ何等緩和ノ光明ヲ見出ス能ハズ
 - 第55巻 p.227 -ページ画像 
トセバ、場合ニヨリテハ涙ヲ呑ンデ我社総テノ機関ヲ支那人ニ譲渡シ店舗ヲ閉鎖スルノ寧ロ賢策ナルヲ考慮セザルベカラズ
我社素ヨリ渺タル一会社ニシテ、未ダ鼎ノ軽重ヲ論ズルニ足ラズト雖モ、他ノ諸会社亦恐ラク同一ノ運命ニ到ラント信ズ、願クバ、若シ能フベクンバ、我国運ノ消長ニ鑑ミ、亦我等邦商ノ苦境ヲ斟酌セラレ、我等ヲシテ意ヲ安ンジテ永遠ニ営業ヲ継続シ得ルノ道ヲ講ゼラレン事ヲ冀フテ止マザル所以也、玆ニ非礼ヲ顧ミズ貴協会ノ御清鑑ヲ仰ギ、時局挽回ニ御努力御援助賜リ度、暴言多謝及請願候也


日華実業協会書類(一)(DK550043k-0002)
第55巻 p.227-231 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十二年十一月九日
                  日本綿花株式会社
                    社長 喜多又蔵
   日華実業協会
    会長 子爵渋沢栄一閣下
謹啓 前便ニテ陳情書差出候以後、弊社漢口支店ヨリ更ニ別紙ノ通リ排日状況報告ニ接シ候外、在北京芳沢帝国公使ニ提出セシ漢口実行委員会請願書写及邦商被害一覧表等送付越候ニ就キ、玆許該写同封仕候間何卒供御参考被下度候
 先ハ当用迄如此ニ御座候 敬具
        △
    喜多社長殿
               日本綿花株式会社
                漢口支店長 土井米市
    ○当地排日排貨ニ就テ
当地方ニ於ケル排日排貨時々小康ヲ保ツト雖モ、其根底深ク、益々悪化ノ傾向顕著ニシテ、其終熄期待シ難ク、邦商ノ蒙ル損害尠カラズ、以下八月十日以降ノ事件中発表セラレタモノ左ニ摘記貴覧ニ可供候
    ○湖北全省外交後援会ノ組織
右ハ去ル四月廿九日ニ成立セシ、漢口商務総会役員ヲ中心トシ、蕭督軍ノ慫慂ニヨリ成立セル関係上、商務総会所在各県ニハ之ガ分会ヲ組織シ、又商務総会加入各商業組合ハ外交協進会ヲ組成シ、外交後援会ノ命ニヨリ同業者相互ニ牽制スルガ故ニ其行務ハ直チニ分明致候
    ○排日状況
先ニ(五月九日)外交後援会ニ届出タル旧約定品ノ引取リハ八月十日迄(旧六月末迄)支障ナク進行セシモ、届出ニ多少参酌シテ手加減ヲ加ヘ引取リニ際シ欺瞞発見セラレタル為メ、遂ニ旧七月一日以降ハ取扱苛酷トナリ、仮令旧約定品ト雖モ引取荷渡不能ニ陥リ、八月十二日以降ハ輸出入品ニ対シ差押等行ハルルニ至リタレバ、其後一々日本官憲ノ交渉ニ倚頼、邦商ヨリ又ハ邦商ニ渡ラントスル商品ノ差押ヲナスハ問題ヲ惹起スル懸念ト其効力少ナキ為メ、華商ヨリノ出荷又ハ買入ヲ差押ニ方策ヲ転ジタルモ、邦商ヨリ直接買主ニ引渡サルルニ至リ遂ニ邦商トノ取引ノ事実有無ヲ調査発見次第之ヲ召喚、直接罰金ヲ課シ
 - 第55巻 p.228 -ページ画像 
召喚ニ応ゼザル者ハ無頼漢ヲシテ引卒セシメ、殴打烙印スルニ至ル
    ○官憲ノ事情
督軍ハ元湖北黄岡倉之準ノ寺子屋ニ出生、十七・八歳迄漁撈ヲ業トシ転ジテ直隷ノ兵士トナリ、後保定ノ陸軍兵学堂ニ学ビ、業卒ヘタル後殷内閣ノ南伐ニ際シ曹錕ノ部下トシテ中隊長ノ職ニツキ、爾後或ハ呉旅長ノ大隊長、曹錕ノ参謀長ニ累進、湖北人ニ漸ク認メラルルニ至リシトキ、王占元ノ失脚ニ際シ呉佩孚ノ代理トシテ湖北ニ督軍ノ地位ヲ獲得スルニ至リシ関係上、湖北ノ先輩有力実業家ハ個人トシテ督軍ヲ軽視シ、加之王占元失脚後湖北官吏ノ交迭少ク従テ王占元時代ノ直属官吏夥多、就中杜鎮守使ノ如キ先輩ハ北方実業家ト気脈ヲ通ジ、督軍ノ威令行ハレズ、北京ノ命ヲ受クルモ、如上ノ関係上自己ノ地位ヲ賭シテ命令ノ徹底ニ力ムルノ勇気モナク、常ニ督軍ノ手中ニ葬ラルル現状ニテ、領事ノ抗議モ交渉モ其効果少ナク、此機ニ乗ジ排日団ハ利得ヲ吸収シツツ種々ナル法ヲ制定、商人ヲ圧迫シツツ官憲ニ対抗ノ態度ヲ持スルガ故ニ、督軍ハ自己ノ地位ヲ賭シテ命令ノ貫徹ニ力ムルカ、或ハ督軍ノ交迭ヲ実現セシムル方法ヲ講ゼザル限リ、排日団ノ暴挙ヲ取締ル事至難ナル現状ニシテ、北京ニ於テ厳重ナル抗議ヲ提出セザル限リ、終熄六カシカル可ク、北京政府ニ督軍交迭ノ威力ナクバ背水ノ陣トシ、幸ヒ当地ハ未ダ黎元洪ノ軍党多ク、反直隷派モ少カラザレバ之ヲ援助擾乱セシムルモ一方法ナランモ、果シテ公使ニ玆マデノ存意アルヤ甚ダ疑問ト存候
如上ノ事情ニテ、七月中日華実業協会ヲ介シ外務省ヘ陳情願居候モ、公使館ニ対シ未ダ通牒訓令モ無之様子ニテ、公使ハ唯ダ公使トシテ排日排貨ニ対シ機宜御実行ノ様子ニ付、我政府当局ノ峻厳ナル訓令ニヨリ北京政府ト交渉方御尽力願上候 匆々

    請願書
謹啓 陳者
漢口方面ノ排日状況ニ就テハ曩キニ土井・吉福両名ヲ代表シ、具サニ陳情セシメ、湖北地方長官ノ誠意アル取締リヲ励行スル様御取計方懇請致候処、種々御高配辱フシ奉鳴謝候
去ル五日陳交渉員ハ電話ヲ以テ、総領事館ヘ長文ノ排日取締命令中央ヨリ蕭督軍ヘ下附セラレタル旨、報告致シ来リシ由ニテ、林総領事ハ六日蕭督軍ヲ訪ヒ、排日取締リ、排日暴行者ノ所罰等ニ就キ厳重交渉スル処アリ、蕭督軍モ排日団ノ二・三重要分子ヲ捕縛シ、速カニ此悪風潮ヲ鎮圧スル方針ナル旨言明致セシ由ニ有之候、中央ヨリ蕭督軍ニ宛テタル命令ノ内容ハ探悉致サズ候得共
閣下御尽力ノ結果、蕭ノ親系実力者側ヨリ戒告シ来レルモノニアラザルカト察セラレ候、然ルニ当地ニ於ケル排日妄行ハ却テ陰険悪辣ヲ極メ、排日団ノ日貨調査員ナルモノハ四日以来別表ノ如ク掠奪暴行ヲ逞フシ居リ候
蕭督軍ハ最近外交後援会長呂超伯ヲ呼ビ出シ、先月中日貨ヲ取リ扱ヘル故ヲ以テ支那海産物商裕記号主人ノ面部ニ薬水ヲ以テ売国奴ノ焼印ヲナシ、街上ヲ曳キ廻ハサレ、同シク海産物商鐘昌号ニ多数暴レ込ミ
 - 第55巻 p.229 -ページ画像 
店主ヲ拉致スル等ノ蛮行ニ就キ厳重叱責ヲ加ヘ、如斯暴行ヲ敢ヘテスル下手人ハ仮藉ナク逮捕スベキ旨申渡セリト伝ヘラレ候得共、何等検挙ノ手ヲ下サズ候、蕭督軍ガ排日妄行ニ対シ、数月来殆ンド黙認状態ニ委セシニ比スレバ、最近兎ニ角モ排日団ニ関係アル重要人物ヲ呼ビ出シ、戒飭ヲ加ヘタルガ如キ若干取締マリノ意向ヲ萌シタルヤニモ被存候得共、此結果トシテ最近開催セル排日団幹部会議ニテハ硬軟相半バシ有耶無耶ニ終了セラレ居ルモ、其ノ実際ノ状況ヨリ観測スルトキ排日ヲ以テ覿面利益ヲ見ラルル紡績業者・航運業者・棉花綿糸業者・内国産英米疋頭業者・航運業者等ハ依然執拗ニ調査員ト称スル排日破落漢ヲ使嗾シ、邦商々権ノ破壊妨害続行致シ居リ候、尚ホ排日団中湖北外交後援会ト対立シ漢口商界ノ新人ヲ以テ任ズル輩、新聞記者及政客等ヨリ成ル湖北全省外交委員会ハ、去ル十日ヨリ湖北外交協会ト改称シ、従来其主旨ガ対日経済絶交専門ナリシヲ、更ニ一般的外交問題ヲ研究後援スル事ニ推拡発展スベク声明致シ居リ候処、曹氏大総統ニ当選後、反直熱ノ充満シ居ル湖北省ニテハ、官憲ヨリハ言論集会等ノ取締アリタル結果、来ル二十日開会式ヲ挙グル事ニ相成リ居リ候、要スルニ湖北ノ排日ハ利益本位者職業的破落漢是レガ実行者ニ有之候得共、排日団殊ニ外交委員会ノ背面ニハ直隷系ニ絶対反対的態度ヲ取ル旧王占元派トモ称スベキ省議会員ノ約半数、新聞界湖北在来ノ慣用套法ヨリ見テ将来反直ノ具体化スルニ到ラバ排日ノ現在ハ尚二十一条取消、旅大回収ヲ標榜シテ自家ノ営業ヲ発展セシメントスル純利益作用ナルモ、機ヲ見テ排直隷派運動ニ転ゼントスル傾向ヲ帯ビ居レリト観測致サレ候、即チ湖北ノ擾乱派ハ長官タル蕭耀南始メ直隷派ヲシテ対外的対内的信望ヲ失墜セシメント致シ居ル者ナルモ、好シ将来反直運動ニ転化セラルルトモ純利益作用ノ排日ノミハ依然トシテ残存ス可ク是レ既往ノ排日行為ノ実情ヨリ見テ免レ難キ弊習ト推察致サレ候
今ヤ長江一帯ニハ漸次反直熱醞醸セラレ居リ、民党系・安福系其他各種政派ノ複雑シ居ル湖北省ノ如キ、四川湖南局面ノ変化如何ニ依リテ即時其牽動ヲ受ケ、急チ秩序ハ破壊セラレ、本年四・五月以来毒悪ナル排日妄行ノ下ニ営業ノ自由ハ勿論、時ニ其生命サヘ威嚇セラレ来リ居ル日本在留民ハ、既往ノ巨大ナル損失ニ加ヘテ今秋貿易季節ニ於ケル一切ノ取引行為ヲ制肘セラレ、数十年来多大ノ労力ト資力トヲ以テ開拓致シ来リ居リ候中支那ニ於ケル事業的策源地ハ、現在已ニ大損傷ヲ蒙リ居リ、事実退転ノ余儀ナキ運命ニ陥入リ、危機ノ断頭ニ立テル事ヲ痛感罷在候、関東ノ大震災以来帝国々力ノ復興ニハ、対外貿易ハ其主要使命ト愚察セラレ、帝国ノ対支貿易中揚子江一帯ハ殊ニ重要ナル営業線タラザル可カラザルモノト存ゼラレ候、漢口ニ於ケル邦商ガ過去半年継続シテ此緊要ナル貿易季節ヲ排日団ニ制セラレ、暴烈ナル大妨害ヲ蒙リ、幾多取引希望ノ顧客ト自由往来スル能ハザルハ、実ニ小ニシテハ長江中流以上ノ日本人ノ勢力ヲ覆滅ニ導キ、大ニシテハ国家ノ威名ヲ益々汚辱スル一大痛恨事ト奉存候
御多用中甚ダ恐縮ノ至リニ有之候得共、曹氏大総統当選以来、蕭督軍モ若干緊張振リヲ見セ居ルヤニモ被存、此際再応厳重取締マリヲ誡告セラルル時ハ、既ニ排日団ノ重要人物ヲ呼出シ戒飭シ居ル際ニモ有之
 - 第55巻 p.230 -ページ画像 
其取締方ニ一歩ヲ進メ来ル可シト推測セラルル節ナキニアラズ候、何卒曹大総統ヨリ蕭督軍ニ向ケテ厳重取締マリヲ励行スル様下命方、御尽力御取計被降度情ヲ具シ奉請願候也
  大正十二年十月 日
   北京日本公使館
    帝国公使 芳沢謙吉閣下

(別表)
    邦商被害一覧表

 月  日    被害品及時価    被害者     備考
 八、一三 煙刀一箱    一〇〇元 泰信洋行  十四日 口頭解決
 〃 〃  麻一〇〇梱 二、〇〇〇両 大同洋行  十八日   解決
 〃 〃  洋針六箱    七〇〇両 大同洋行  十四日   〃
 〃 〃  石鹸四箱    三〇四両 瑞宝洋行  九月五日  〃
 〃一四  新聞用紙    一八〇元 富士公司  八月十七日 〃
 〃一五  菜餅八六包   二二五両 岩井洋行  〃  〃  〃
 〃 〃  菜餅四六五俵       児玉洋行  当日    〃
 〃 〃  硝子洋行    六六元  泰信洋行  八月廿三日 〃
 〃 〃  綿布五箱         日本綿花  即時    〃
 〃 一八 牛骨五〇〇俵       清喜洋行  八月廿三日 〃
 〃 一七 絹糸原料         黄泰洋行  即時    〃
 〃 二四 麻布二包    一六八両 瀛華洋行  二十五日  〃
 〃 二九 乾鯣一俵     七五両 高田商会  八月三十日 〃
 〃 三〇 洋昵一箱    一二五両 吉田洋行  九月一日  〃
 〃 一七 石鹸二〇打        斉藤洋行  即時    〃
 〃 三一 日貨運送駁船抑留     日清汽船  即時口頭  〃
 九、 一 綿布一箱         吉田洋行  〃  〃  〃
 〃  四 〃  〃         武林洋行  〃  〃  〃
 〃 一〇 綿布十疋         日本綿花  十二日   〃
 〃 〃  綿布二箱         〃     即時    〃
 〃 一二 メリヤス壱箱       春孚洋行  十六日   〃
 〃 一三 綿布六箱         武林洋行  〃     〃
 〃 一五 昆布十俵         日清汽船  九月十六日 〃
 〃 〃  海参六俵         〃     〃     〃
 〃 〃  綿布一箱         阿部市洋行 〃 十七日 〃
 〃 二四 傷害           裕記五人  顔面ニ烙印セラル
 〝 二七 支那人拘引        日本綿花  日本綿花使用人商務総会ニ拘引セラレ本人ヲ通ジ買手ヨリ罰金ヲ徴ス。
一〇、四
 〃 一五 別紙公使宛陳情書参照願上候
 〃 二〇 打傷           順昶裕   主人殴打サル
 〃 〃  〃            協康    〃     〃
 〃 二一 運送妨害               綿糸運送妨害セラル
 〃 二二 無頼漢闖入  永豊系号(永泰・祥葉・開泰・永豊  主人不在ノ為メ無事
 〃 〃  殴打烙印          祥和号   店員孫克明殴打烙印
 - 第55巻 p.231 -ページ画像 
一〇、二二 殴打烙印         振源号   周振基殴打烙印
〃  二三 〃            泰昌鴻
〃  〃  殴打事件無事       日本綿花  (同店買弁趙耀堂及馬琴恒ヲ電話ヲ以テ呼ビ出シ途中ニテ殴打セントス
〃  二四 殴打烙印         永豊号




日華実業協会往復(一)(DK550043k-0003)
第55巻 p.231 ページ画像

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日華実業協会書類(一)(DK550043k-0004)
第55巻 p.231 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
    幹事会日取変更ノ件
明十七日午后二時ヨリ幹事会相催シ度旨御通知申上置候処、当日ハ御差支ノ方多キ為メ、来ル十九日(月曜)正午当事務所ニテ開催ノ事ニ変更致候、何分種々重要事項御協議願度、何卒御繰合セ御臨席奉願候
                           敬具
  大正十二年十一月十六日
                     日華実業協会
    渋沢会長殿


日華実業協会書類(一)(DK550043k-0005)
第55巻 p.231 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
               (栄一墨書)
               十一月十九日幹事会ニ於テ全部可決
    幹事会議案
一、揚子江上流水路警備ニ関スル件(共同警備)
二、日本綿花ヨリ照会漢口排日対応策ノ件
三、総会及評議員会開催期日及左ノ議案事項決定ノ件
   (イ)会務報告
     (一)青島商科大学経過ノ件
     (一)中華留日基督教青年会々館修築費援助ノ件
   (ロ)第三年度会計報告
   (ハ)第四年度収支予算
   (ニ)借入金返済方法
   (ホ)会費増率
   (ヘ)青島商科大学善後方法
   (ト)役員改選

 - 第55巻 p.232 -ページ画像 

渋沢子爵親話日録 第一 自大正一二年十一月至同年十二月 高田利吉筆記(DK550043k-0006)
第55巻 p.232 ページ画像

渋沢子爵親話日録 第一 自大正一二年十一月至同年十二月  高田利吉筆記
                     (財団法人竜門社所蔵)
○十一月十九日
○上略
△十一時過日華実業協会幹事会に出席せらる、支那通なる水野某来会震災当時亀戸に於ける支那人虐殺の事情を報告したる後、支那の日貨排斥は今度の震災以来大に緩和したれとも、湖南・湖北・漢口地方ハ尚其気勢熾なり、今少し政府の奮発を請はさるへからすといへるを以て、近日子爵より外務大臣に其趣を申立てらるる事となる、それより尚近日開かるへき協会総会の準備及会計等の事を協議せられ三時頃事務所に着せらる
○下略


集会日時通知表 大正一二年(DK550043k-0007)
第55巻 p.232 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月十九日 月 正午 日華実業協会幹事会(同会)


日華実業協会書類(一)(DK550043k-0008)
第55巻 p.232 ページ画像

日華実業協会書類(一)        (渋沢子爵家所蔵)
  (別筆)
  本案は辞句妥当ナラザルニ付修正ヲ要スルモノナルガ、来二十二日渋沢子爵ガ外務大臣等外務省ノ方々ニ面会ノ旨ナルニ付、其節外相等ニ御相談之上提出スルコトトナリタル由ナリ
(案)
長江上流ニ於ケル現時ノ混乱状態ハ、各国通商上ニ至大ノ影響ヲ蒙ラシムルノミナラス、殊ニ商船航行上ニ未曾有ノ危害ヲ加ヘ居候義ハ、玆ニ枚挙ノ要モ無之、日英米仏等ノ商船ハ何レモ多少ノ危害ヲ蒙リ居リ、就中本邦ノ商船ハ暴行ヲ蒙ルコト最夥シク、曩ニハ船長及船客ヲ射殺セラレ、船体ヲ抑留シ、上級船員ヲ拐去シテ、巨万ノ償金ヲ要求セラルルカ如キ脅迫ヲ受居候次第ニテ、今後共是等ノ暴行ヲ頻発スベキ虞アルハ申述候迄モ無之候、右ニ付英米伊等ノ諸国ハ共ニ叙上水路ノ警備ヲ企画中ノ由仄聞致居、我政府ニ於テモ現ニ夫々適切ナル措置ヲ執ラレ居候事ト拝察仕候得共、尚去ル七月七日請願仕候旨趣ニ依リ関係諸国ノ共同防備又ハ其他ノ弁法ニヨリ速ニ通商航行ノ安全ヲ恢復シ得ル様御処置相成度、此段奉懇願候 敬白
  大正十二年十一月 日
    外務大臣宛


日華実業協会書類(一)(DK550043k-0009)
第55巻 p.232-234 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    揚子江上流ニ於ケル支那軍隊及土匪汽船射撃事件
      宜渝線(宜昌重慶間)

 年月日            摘要
一一、八、一一(日)雲陽丸 涪州上流ニ於テ第二軍敗残兵ノ為メニ射撃セラレ、村田機関長軽傷、ボーイ弾丸貫通シ、船体ニ八十余発命中ス
 - 第55巻 p.233 -ページ画像 
  初旬
一二、五、  (支)字水号 九層岩ニテ土匪ニ射撃セラレ(湯子摸ト第二軍ノ衝突ラシ)
一二、五、六  〃     江安ニテ衛団ノ為射撃ヲ受ケ、船中ニ数発命中セリ
一二、五、一七(日)徳陽丸 忠州上流洋渡渓塲ニテ射撃セラル
一二、五、二〇(仏)福源号 前同様
  初旬
一二、六、  (日)匯通号 合江県下流ニテ射撃セラル
  〃    (日)徳陽丸 瀘州近傍ニテ上下航共各二百発位射撃セラレ、船体諸所ヲ貫通ス
一二、七、四    〃   嘉陵江碇泊中流弾船長室ニ突入ス
  〃    (米)美灘号 瀘州及合江県下流ニテ両岸ヨリ猛射セラル
一二、七、五 (支)蜀通号 前同様
一二、七、一四(日)徳陽丸 重慶ニ於テ流弾数発船体ニ中リ一発ハ一運室ニ突入ス
  中旬
一二、七、(英太古)万県号 雲陽県ニテ土匪ノ襲撃ヲ受ク
  〃    (支)江慶号 前同様
一二、七、三一(米)大来喜号 宜昌ニ於テ十六名ノ兵士ヲ連レタル乗客ピストルヲ以テ乱暴シ、船長夫人、其他数名負傷
一二、八、二九(日)雲陽丸 下航ノ際臨検セラレ、支那船客三名拉致セラル
  〃    (米)大来裕号 抑留セラル
一二、九、一 (日)雲陽丸・宜陽丸・徳陽丸 万県上流ニ於テ絶ズ狙撃セラル
一二、九、一九(米)美灘号 李渡ニテ猛射セラレ、機関長負傷シ、羊肚渓ニテハ数百名ノ土匪ニ二回襲撃セラル
一二、九、一九(米)美仁号 李渡ニテ射撃セラレ、八名ノ死者ト十数名ノ負傷者ヲ出ス
  中旬
一二、九、  (英)隆茂号 重慶ニ於テ流弾ノ為メ、ボーイ負傷ス
  〃    (英)万県号 李渡通過ノ際射撃セラレ、船長室及一運室ニ弾丸突入ス
一二、九、七 (日)宜陽丸 涪州ニ於テ第一軍系ヨリ掠奪ヲ受ケ、船長及日本人船客一名射殺セラレ、下級支那人船員ニモ多数死傷者ヲ出シ、本船ハ抑留セラレ、機関長及一等運転士ヲ囚人トシテ拐去セラル
一二、一〇、一六(日)徳陽丸 重慶碇泊中第一軍ヨリ射撃セラレ、警衛中ノ海軍水兵二名負傷シ、支那人一名負傷セリ
      漢湘線(漢口・長沙・湘潭間)
 年月日            摘要
一二、九、一二(日)湘江丸 易家湾ニテ発砲停船臨検ヲ受ク
一二、九、一四   〃   上航ノ際二箇所ニテ射撃セラレシモ無事
一二、九、一七   〃   新康ニテ狙撃セラル
 - 第55巻 p.234 -ページ画像 
一二、九、二〇(日)沅江丸 前同様
一二、九、二〇(英)商船  趙軍敗残兵ノ為ニ射撃セラレ応戦シ、互ニ負傷者ヲ出ダス(新康附近)
一二、九、二一(日)武陵丸 靖港対岸ヨリ射撃セラレシモ無事
  〃    (英)湘潭号 葉開鑫部下ノ為靖港附近ニテ臨検セラル
一二、一〇、四(日)湘江丸 下航ノ際射撃セラレ、三等船客一名負傷



支那関係諸方往復(一)(DK550043k-0010)
第55巻 p.234 ページ画像

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〔参考〕日華実業協会書類(一)(DK550043k-0011)
第55巻 p.234-235 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    日清汽船漢口支店長ヨリ本社宛来翰
  大正十二年八月卅一日
本日左記貴電受取申候
 『漢口ニ於ケル廿五日ノ日支交歓会ハ多少トモ排日ニ好影響ヲ与ヘシヤ、最近長沙・宜昌等ノ模様ト共ニ電信ニテ通知アレ』
右ニ対シ当方ヨリ左ノ通リ御架電申上候
 『見タ、鄭慧吾ヲ会長トセル国民外交委員会ハ、後援会ノ軟化ヲ阻止セントセシ日支商会合ニ激シク反対シ、玆数日来更ニ幾多ノ伝単ヲ出シ、毎日会合シテ排日気勢ヲ煽リ、商総会ノ連中モ日本側招待ニ応ズル能ハザル状態ニアリ、又徐栄庭ハ各方面ニ対シ呉佩孚ノ後援アリト称シ、極力棉花・綿糸布取引阻害ヲ運動シ始メ、検査隊ハ今尚市街及釐金局ニテ日本商ト取引スル支那商ヲ迫害シツツアリ、廿九日高田商会海産物モ押収セラレタ、総領事ハ近日更ニ督軍ニ対シ厳重交渉ノ筈ニテ、一般形勢ハ尚楽観ヲ許サズ、宜昌・長沙・常徳ハ荷役ノ妨害ナキモ、後援会ノ兇暴已マズ、邦商取引及社船積荷困難ナリ、湘潭ハ形勢少シク緩和シ、廿七日入港、武陵ニテ少量ノ爆竹積取タ』
 - 第55巻 p.235 -ページ画像 
尚当地紡績会社ハ飽迄支那棉ノ邦商ニヨリテ取引セラルルヲ阻止セントシ、一俵(不論大小)ニツキ六分ヲ買手ヨリ徴シ、之レヲ従来邦商ト関係アル仲買ニ与ヘ以テ日商トノ往来ヲ絶タントシ、目下双方商議中ナリト云フ、当地ニテ毎年邦商ニヨリテ取引セラルル数量ハ約六十万担ニツキ、之レヲCoverスル為メ以上ノ方法ニテ約三万両内外ヲ譲出スル予定ナリト云フ、若シ此相談纏マルトセバ、近々上市スベキ棉花ノ取引モ不能ニ陥ルベクト存候
排日当初、当地紡績会社ニテ手持セシ紡績ハ約二万五千俵ナリシ処、排日ノ為メ、ズンズン捌ケ、昨日手合アリシ二千俵ヲ以テ、手持品最早皆無トナリタリトノ事ニ候、斯カル有様ニテ徐栄庭等ノ紡績会社ガ排日ニ熱中スルハ最モナル次第ニテ、尚聞ク所ニヨレバ、蕭督軍其他ノ官吏モ武昌紡績ノ大株主ナレバ、勢ヒ排日ヲ厳重取締ラザルモ、如上ノ関係ニ基クモノナリト云フ、然共七月廿五日日支商会合後従来寄付カザリシ当地綿糸布ノ大手筋支那商ハ、一月、二月先物相当買付方申込ミ来リ、価格ノ関係上取引成立セザリシモ、裏面ニ於テハ風潮漸次軟化シツツアルモノト認メラレ候
尚ホ一般輸出品モ従前ニ比シ買付困難ノ度ヲ減ゼシ趣ナルモ、一般輸入品売込ハ依然停止ノ状態ニ候、当地方ニ於テハ前記鄭慧吾・徐栄庭及調査課主任趙典之ノ三元兇ヲ処罰セシムルニ非レバ、到底排日弾圧ニハ成効セザルベシト観察及《(致)》サレ候
                       以上
右書シ終リタルニ昨日亦々吉田洋行綿糸一俵掠奪サレ申候



〔参考〕日華実業協会書類(一)(DK550043k-0012)
第55巻 p.235-236 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    一、揚子江各地排日ト支那人積荷状況
               (日清汽船会社報告書十月十日)
(イ)上海 漢口及上流各地排日今尚鎮静セス、同地方向積荷更ニ進展セス、下流各地排日ハ漸次緩和シ、蕪湖外交後援会ハ東都震災ヲ機トシ九月七日解散シ、同地行積荷開始ヲ見タリ、排日以来五、六、七、八、九月ノ五ケ月間昨年同期ニ比シ一般平均三割ノ減少ナリ
(ロ)鎮江 排日ノ影響ナシ
(ハ)南京 依然積荷振ハズ
(ニ)蕪湖 排日団・外交後援会ハ解散シタルモ未タ大口ノ積荷ヲ見ス
(ホ)丸江 積荷依然振ハズ
南支那各地 汕頭・香港・広東ハ排日ノ影響全ク無シ、福州ハ表面鎮静セルモ、温州ハ最近排日再燃ス
漢口及上流各地状況 最近詳報ニ接セサルモ、排日風潮依然鎮静セズ左記ハ最近日清汽船会社着電
 『十月四日大亨丸ノ宜昌ニ入港スルヤ、外交後援会ノ名義ヲ標榜セル学生・無頼漢等約二百名我社附近ニ集合シ、本船々客ヲ拘引シ、其手荷物ヲ検査スル等乱暴狼藉ヲ極ム、宜昌ニ於ケル排日ハ又々高潮悪化セル傾向アリ、荷物収集困難ナリ、厳重取締方要求中ナレ共
 - 第55巻 p.236 -ページ画像 
効果ナシ』
    二、武漢ノ排日団
湖北全省外交協会成立大会ヲ挙ゲル筈ダツタガ、当日ハ準備手違ノタメ、二十日ニ至ツテ遂ニ漢口小関帝廟デ其成立大会ヲ挙行シタ、ソシテ之ニ参会シタル者ハ武漢ニ於ケル商工学界各種団体ノ男女代表等及宜昌商界外交後援会代表等デアル、左記八ケ条ハ満場異議ナク可決シテ、更ニ第三期ノ排日風潮煽動ヲ策スルモノノ如クデアル、即チ
一、経済絶交ノ範囲ヲ可及的ニ拡大スルコト
○中略
八、全国々民外交協会ヲ発起スルコト
因ニ同団体ハ来ル十一月十一日ノ欧戦平和紀念日ニ再会議ヲ開イテ、未着ノ各代表等モ列席ノ上各委員ヲ選ブ予定デアルト(上海日報)
    三、長沙学生聯合会ト帝都震災
長沙学生聯合会ハ、十月一日代表大会ヲ開催シ、各種事項ヲ決議セルガ、帝都災震救済ニ関シテハ、左ノ議案ヲ即決シ、之ヲ各学校ニ通告セリ
 今回日本ノ災震ニ際シ、衣食ニ窮シ生活ニ困ムモノ尽ク日本貧苦ノ人民ナリ、吾人ガ平常日本ニ反対スルモノハ、日本政府ノ帝国主義侵略主義ニシテ、決シテ此等貧苦ノ人民ニ反対スルモノニアラズ、故ニ吾人ハ急ニ法ヲ設ケ之ガ救災ヲナサザルベカラズ、災禍ヲ楽ムガ如キ心ヲ存スベカラズ、且ツ日本此次ノ鉅劫ニ遭ヒ、武備文物既ニ大ナル損失ヲ受ケ、其国ノ精力形ト共ニ必ズヤ滅セン、恰モ欧戦後ニ於ケル独乙ノ如ク、今後再ビ中国ヲ侵略スルノ力ナカラン、而シテ日本ニ代リ中国ヲ侵略スルモノ必ズ英米両国ナルコト疑ヒナシ観ヨ英国ノ威海衛ニ対スル鉄路共管提案ノ如キ、又米国ガ二万ノ兵ヲ派シテ中国内地ニ駐防スル提議ノ如キ、以テ其野心ノ在ル所ヲ知ルベシ、日本政府ハ現ニ反帝国主義ノ露国ト国交ヲ恢復セントシツツアリ、自ラ其力薄弱ニシテ、太平洋上独力英米ニ拮抗スル能ハサルヲ知ルガ故ナリ、中俄会議亦目下進行中ナリ、東亜ノ新形勢或ハ将来中日俄三国同盟ヲナシ、以テ英米両国ノ侵略主義ニ対抗スルニ至ルヤ亦知ルベカラズ、故ニ吾人ハ日災賑済ニ対シ極メテ同情ヲ表シ、各校ニ向ツテ義捐金ヲ募ラントス、各校同学ノ士極力援助セラレンコトヲ望ム云々(十月二日大公報)



〔参考〕日華実業協会書類(一)(DK550043k-0013)
第55巻 p.236-239 ページ画像

日華実業協会書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十二年十月十八日
                日華製油株式会社漢口支店
                 主任代理 鎌倉勝郎
   総領事
    林久治郎殿
    漢陽排日事情御報告ノ件
拝啓 最近漢陽ニ於テ当社棉実工場使用ノ原料買付ニ付キ排日ノ妨碍ヲ受ケ候ニ就テハ、別紙之通リ御報告申上候
 - 第55巻 p.237 -ページ画像 
右排日団鎮圧ニ付当局ヘ御交渉方御配慮賜リ度此段希望仕リ候 謹言

    報告書
一、当社ハ新棉実出廻リ以前ニ当リ、漢陽ニ於ケル綿繰屋数十軒ニ一定ノ値段ヲ協定シテ今年中出廻ルベキ棉実(但旧九月一杯)買約セルガ、当時排日熱熾烈ヲ極メ居リシヲ以ツテ仮名新記ヲ使用シ、排日団ノ迫害ヲ恐レナガラモ先ヅ順調ニ日々ノ出来高ヲ受入シツツアリタリ、然ルニ去ル十五日午前九時頃漢陽ノ繰屋馨記・福興長及義昌和ノ三軒ヨリ受取リタル棉実ヲ嘉泰洋行ノ艀舟ヘ積込ミ居タル処漢口外交後援会ノ調査員ナリト称スル李竹云及余某ナル二名ノモノ来リテ日商嘉泰洋行ノ艀舟ヘ積込シハ怪シトナシ、前記ナルモノ我社ノ仮名ナル事ヲ探知シテ調査委員等ハ直チニ之ヲ漢陽外交後援会ニ報告セリ、漢陽外交後援会ハ即チ馨記ト福興長ノ主人(義昌和ハ当時不在)二名ヲ召喚シ、棉実ヲ日本商人ニ売約シタルノ廉ヲ以ツテ上記三名各罰金壱百元ヲ科セラレタリ
 然ルニ右三名ノ主人等ハ之ニ反対シ不服ヲ称ヘ、殊ニ馨記ノ主人王氏ハ、同地ニ於ケル相当ノ有力者ニテ、漢陽外交後援会中ノ周文軒(商務総会々長)・周金山(同副会長)等ニモ面識ノ間柄ナリシヲ以テ、今後一切ノ日商ニ棉実ヲ荷渡シスル事ヲ厳禁セラレタリ、玆ニ於テ十六日頃ヨリハ漢陽ニ於ケル棉実ハ右三軒以外ノ家ヨリモ荷受ケスル事全ク不可能ノ状態ニ陥レリ
 但シ当日荷卸シタル棉実
   壱百五十包(馨記)、壱百十包(福興長)、七十包(義昌和)
 ハ無事引渡シヲ了ヘタリ
        △
  大正十二年十月廿二日
    漢陽ニ於ケル排日取締交渉方請願ノ件
拝啓 漢陽ニ於ケル我社棉実買入先主人三名、同地外交後援会ノ脅喝ヲ蒙リテ、棉実取引不可能ニ陥リシ件ニ就テハ、去ル十八日附弊信ヲ以テ事情御報告申上置候処、其後後援会ノ圧迫今ニ至ルモ緩和セズ、我社取引先ハ不止得既契約ヲモ無視シテ後援会ノ意ニ随ヒ、少カラザル損害ヲ蒙リ居リ候ニ就テハ、別紙報告書御一覧ノ上、今後後援会ノ妨害無キ様支那当局ヘ厳重御交渉被成下度、此段及請願候 拝具
    報告書
一、契約事情
 本年旧八月一日(陽暦九月十一日)我社ハ漢陽ニ於ケル棉繰屋左記二十余軒ト棉実買付ノ契約ヲナシ、各家ヨリ別紙様式ノ交単ヲ徴収シ、我社ヨリハ繰屋ノ有スル棉綿一台ニツキ銀二拾元宛ノ定銀ヲ交附シ、新荷出走リヨリ日々ノ出来高ヲ受入レツツアリタリ、但シ当時ハ排日熱最モ猖獗ヲ極メ居リシタメ、表立テ弊社ノ商号ニヨリ契約ヲ締結スルコト不可能ナリシヲ以テ仮名新記トシテ別ニ一物ノ議単ヲ作製シ、議定先ノ連判署名ヲ徴シ置キシガ、其後後援会ノ探知スル処トナリ、此議単ハ彼等ニ没収セラレタリ
  議定先家名及銀現在残高左記ノ通リ
 - 第55巻 p.238 -ページ画像 

図表を画像で表示--

     立交単[img 図]契約先ノ印今売到 交単 日華製油公司 包毎担帰磅秤壱百参拾磅    半毎担価洋弐元壱角○分定限扣算其貨限    於八月起九月底止在漢陽交卸不能迷爛潮湿交出    水脚厘金一概帰買主照出与買主無渉自成    交之後買売並不得異説此拠 日華製油公司 



              交単立
    民国十二年八月一日

図表を画像で表示--

 大正十二年十月廿日 現在  家名 定銀残額     家名  定銀残額    家名  定銀残額 馨記      ――  江華記 一〇六、〇〇  新泰祥 三五四、九五 順豊      ――  廖復順 二二三、六〇  厚記  二八〇、〇〇 福興長     ――  義泰和 二四〇、〇〇  同興  一六四、〇〇 福昌生     ――  徐恒泰  五一、四〇  源泰  二〇〇、〇〇 義昌和     ――  福興永 二四二、〇〇  義泰興 四〇〇、〇〇 順記  五五八、五〇  泰豊恒 一二七、五〇  泰和永  三八、〇〇 劉祥興 八八〇、〇〇  源成  四〇〇、〇〇  雷正発  一八、四〇 楊正昌 二五二、三〇  錦順  二二〇、〇〇 集義  一九〇、〇〇  昌記  一二〇、〇〇 現在未回収定銀合計 五、〇六六、六七 



一、妨碍状況
 本月十五日上記議定先ノ内馨記・福興長及義昌和主人三人日商ト取引シタル廉ヲ以ツテ漢陽外交後援会ニ召喚セラレ、各罰金壱百元ニ科セラレテヨリ、荷卸一切不可能トナレリ(此詳細ハ十八日附報告書御参照願フ)、其後後援会ノ監視厳重ナルタメ、繰屋一斉ニ恐レテ荷渡ヲナサズ、新ニ上海ヨリ来タレル支那商ト契約シ荷 《(欠字)》内荷物全部売約締結セリ
一、交渉事由
 上記ノ如キ理由ニテ我社ハ当然旧暦九月一杯ハ買取ルベキ権利ヲ有スルモノニシテ、仮名新記ヲ用ヒタルガ如キハ当時排日ノ防碍ヲ退クル為メノ便宜ニ資セシノミ
一、損害概要
 我社ハ規模大ナル製造工場ヲ有シ取扱フ棉実ハ当地他邦商ノ如ク他ニ移輸出スルニ非ズシテ、全部自ラ圧搾ノ原料ニ使用スルモノナリ而シテ一ケ年潰高約三十万俵ノ供給ハ、主トシテ漢陽及蔡甸ノ両地ニ於テ之ヲ仰キ居ル事、十八日付報告書ノ通リニシテ、右両地以外ニ或ルヒハ湖南其他ニ産出スルアリト雖モ其数寥々タルモノニシテ到底工場ノ消化ヲ満足セシムルニ足ルモノニ非ズ、漢陽ノ事情如斯ニ至ラバ其影響ハ勢ヒ上流ナル蔡甸ニモ及ブコト明ニシテ、蔡甸近ク取引停止セントスルノ状勢ニ立到レリ、万一蔡甸ニシテ漢陽ノ轍ヲ踏ムニ至ラバ二大主要堤道ヲ絶タルルコトトナリ、当地邦人経営ノ唯一製造工場タルヲ以ツテ誇トセル我工場ハ閉鎖ノ止ムナキニ立到ル可シ、而シテ今次ノ排日ハ或ハ一時的現象トシテ、工場一時閉鎖ヨリ蒙ル損害ハ、一般他商品取引者ノ蒙レルト同様ナリト速断ス
 - 第55巻 p.239 -ページ画像 
ルハ大早計ニシテ、従来当地ニ於テ棉実ニ付テハ殆ド独占的地歩ヲ占有セル我社ニ取リテハ、サナキダニ侵入ヲ恐ルル他地方(例ヘバ上海ノ搾油業者等)ノ来襲ハ、此ノ排日ニヨル取引中絶期間ニ於テ愈々以テ其ノ威ヲ逞フシ、排日根絶後ト雖モ彼等ニヨリテ犯サレタル地質ノ恢復ニ要スル努力ハ到底一般輸出商品ノ比ニ非ルナリ
 要之上記漢陽ノ妨害ハ、理由ヲ陳述シテ不正ナルヲ覚ラシメ、既契約ノ引渡ヲ完フセシムルノミナラズ、該契約期限到来後ト雖モ、正当ナル取引ノ防碍ヲナサシメザル様、支那当局ニ厳重御交渉アラン事ヲ切望ス               以上



〔参考〕日華実業協会書類(一)(DK550043k-0014)
第55巻 p.239-241 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    長江ノ航行ヲ列国ハ如何ニ処スベキカ
                      (上海新聞所載)
  十月廿二日北京天津タイムスハ『無政府状態ノ長江』ト題シテ左ノ如キ強硬ナル主張ヲ述ベタ
  曩ニ宜陽丸事件アリ、サラヌダニ鉄道警備ト共ニ列国協同ノ長江警備ガ問題トナツテ居ル此際、聊カ注意スベキモノト思フ
在支外国人ハ、上海ニ於ケル米国商業会議所ガ第二回常会ニ於テ、益甚ダシクナリツツアル支那ノ無政府状態ニ就キ強硬且実際的ナ決議ヲナセルニ対シ、尠カラズ共鳴スルモノデアル
該決議ハ益々甚ダシクナリツツアル支那ノ兵乱ニ因スル無政府状態ヲ以テ、唯ニ支那ノミナラズ全世界ノ平和ヲ攪乱スルモノナリト断ジテ居ル外、更ニ華府会議ニ関係セル列強ガ支那ニ対シテ何等カノ決定的方針ヲ採ルニ至ル迄ハ、米国トシテハ条約上ニ於ケル自国ノ権利ヲ保護スルガタメニ相当ノ手段ヲ必要トスルモノニシテ、且之ハ軍艦及派遣軍ノ増加ニヨツテノミ達シ得ラルルモノナルコトヲ述ベ、殊ニ
支那ガ華府会議ニ於テ為セル裁兵ニ関スル表明ヲ全然無視セルヲ指摘シ、今日ノ支那ハ世界中最大ノ常備軍ヲ有スルモノニシテ、而モ土匪ハ到ル処ニ益其暴ヲホシイママニシテ居ルト詳述シタガ、該会議ノ決議ハ臨城事件要求ニ対スル支那側第一次回答ノ保証アルニ拘ラズ依然トシテ事件絶エズ、殊ニ米国貨物船或ハ客船ガ射撃サレテ居ル事ヲ述ベ、更ニ六隻ノ警備艦ヲ増派サレタキ希望ヲ述ベテ居ル
現在ノ所謂「玩具ノ艦隊」デ揚子江上流ノ航行及ビ其商業貿易ヲ保護スル事ハ兎テモ望ミ得ラレナイ事デアルトテ、在支米人ハ幾度カ米国本国ニ防護ノ充実ヲ要求シテ居ルガ、未ダニ其希望ハ達セラレテ居ラナイ、然シ今日ニ於テ最モ重要ナコトハ本国ヘノ要求ヨリモ、英国其他利害関係アル列国ト現状ノ改善及在留外国人ノ保護ノタメ共同ノ方針ヲトル様協議スル事デアル、即チ各個バラバラニ行動シツツアル各国ノ海軍ガ、聯合シテ共同目的ノ為メ活動スル様ニ協議スル事デアル尤モ「航行ノ保護」並ビニ之ヲ果シ得ル手段ニ対シ反対スルモノハアルマイガ、要スルニ事実ハ共同ト言ツテモ目的ハ唯保護ニアルノミテ而モ其義務ハ幾度北京政府及ビ地方当局ニ抗議ヲ繰返シテモ毫モ効果ナキ以上最早列国ノ兵力ニ帰スルヨリ外ハナイトイフ次第デアルノダ
 - 第55巻 p.240 -ページ画像 
長江米国艦隊司令官フエルス少将ハ、四川ノ支那軍隊司令官ハ国際法及ビ条約ナルモノニ関シ殆ド何等ノ観念ヲ有シナイ
吾人ハ今日デモ相変ラズ彼等ニ対スル好意及ビ親善ノ希望ヲ棄テナイモノデアル、然シ之ト同時ニ国際法及ビ条約ノ許ス範囲内ニ於テ彼等ヲ教育セントスルモノデアルト宣言シ、右教育ノ目的ヲ達センガタメ司令官ハ管下ノ各艦長ニ対シ、土匪及無謀ナ軍隊ガ米国人ノ個人或ハ商業上ノ利益ニ危害ヲ加フルガ如キ場合ニハ遠慮ナク彼等ヲ攻撃セヨト訓令シタ、然シ懲罰的政策ハ吾人ノ賛成シ得ヌ所デアル、思フニ此際支那ノ軍艦徒ラニ上海其他ノ港ニ投錨シタキリデ政争ノ渦中ニ没頭スル様ナコトヲヤメ、其本来ノ義務ニ戻ツテ外国船舶ニモ許サレテ居ル内地河川航行保護ノ任ニ就クナラバ、列国側ノ新手段モ今日程差迫リモセネバ、又範囲モソウ広クナクテ済ムデアラウ、ソシテ又政府ガ若シ列国ガ結局最後ノ手段ヲトラネバナラヌ様ナ事情ヲ諒解シテ呉レタナラバ、事態ハ大イニ緩和サレルデアラウガ……
コノ儘デハ仮令支那内地ノ河川ヲ航行スル外国汽船ヲ凡テ武装スル事ニシタ処デ、従来ノ如キ困難ヲ全部除キ得ルモノデハナク、却テ最近涪州デ起ツタガ如キ不幸ナ事変ヲ誘起スルモノデアル、即チ前日報道サレタ徳陽丸事件ノ如キ此ノ実例デアル
事実ハ次ノ如クデアル
最近重慶ヲ占領シタ四川第一軍ノ兵ハ、航行中ノ船ヲ鉄砲ヤ機関銃デ射撃シ、ソシテ約五十名ノ兵ハ舢板デ該汽船ノ方ヘ迫ツテ来タ、ソコデ該船ノ船長ハ乗組ノ水兵ニ之ガ撃退ヲ命ジタ、之ニ就キ或ル報道ハ舢板ガ顛覆シテ兵士ハ皆溺レタト伝ヘ、又或ルモノハ単ニ死傷者ヲ出シタ丈ケト報道シテ居ル、何レニシテモ学生ヤ其他ノ連中ハ例ノ如ク外国ノ侵略ダ、何ダト、姦シク反外国宣伝ヲ繰返スダラウシ、軍隊デ複讎ノ意味カラ通ル船通ル船ニ乱暴ナ攻撃ヲ加ヘルダラウ
今尚記憶サレテ居ルダラウガ、彼ノ宜陽丸ガ涪州ニ於テ掠奪サレル、船員ハ殺サレル、焼カレル、助ケハナシトイフ該方面ニ於テ、外国船トシテハ前例ノナイ程ノ目ニ遭ハサレテ居タ時、四川ノ学生達ハ軍艦鳥羽ノ急援ニ対シ、若シ該船ヲ案内シテ来ル様ナ水先案内ガアレバ殺シテシマウゾト嚇シタモノデアル
斯カル状態ニテ、今ヤ宜昌及ビ上流各地方間ノ貿易モ殆ド不可能トナリ、即刻厳重ナル手段ガトラレザル限リ、在留外人ハ全部引上ゲナケレバナラヌトイフ時ハ現ニ来リツツアルノデアル
「長江ノ航行ニ従ツテ居ル船長達ハ常ニ危険ト不安トニ悩マサレテ居ル、彼等ハ非常ナ機転ヲ要求サルルト共ニ、非常ナ責任ヲモ背負ヒツツ、常ニ弾丸ノ洗礼ヲ受ケナケレバナラズ、而モ投錨スレバ掠奪ヤ侵入デ航行中以上ノ危険ガアルノデアル」ト或ル通信員ハ書イテ居ルガ実際乱暴無秩序ナ軍人達ニ取ツテ航行ノ汽船ハ猟場ノ獲物ト変リハナイ……省略……
尚地方軍人達ノ精神状態ニ至ツテハ、彼ノ唐土懋ノ態度ナド代表的ニ之ヲ説明シテル、即チ彼ハ日本ノ領事ガ宜陽丸カラ拉致サレタ日本人達ノ引渡シヲ要求シタニ対シ、贖身金ヲ出サヌ限リ決シテ人質ハ返サヌト途方モナイコトヲ主張シテ応ジナイノダ、彼ハ今日将軍トカ何ト
 - 第55巻 p.241 -ページ画像 
カ称シテ居ルモノノ、元来ガ一兵卒上リデ、国際法トカ条約ナド、テンデ眼中ニナイ、ダカラ、今仮令彼ノ上官ガ来テ彼ニ日本人ノ人質ヲ釈放スル様ニ勧メタ所デ、贖身金ガ手ニ入ルマデハ決シテ承諾シナイダラウ、彼ハ現ニ若シ日本ノ砲艦ガ宜陽丸ノ為メ一発デモ砲火ヲ開ク様ナコトガアレバ、直チニ人質ヲ殺シテシマフゾト言ツテ居ル(列国ガ実際充分ナル兵力ヲ長江ニ備ヘ、前ニ述ベタガ如キ米国司令官フエルス少将ノ意見ヲ適用スルナラバ、彼等軍隊ニトツテ河ヲ往還スル船ヲネラウコトナド、ツマラナイ商ヒダトイフ事ニ、サセルコトガ出来ルダラウ「……之ハ前記ノ如キ情勢カラ推シテ今日ノ人々ガ考ヘ出ス唯一ノ実際案ナノデアル」



〔参考〕日華実業協会書類(一)(DK550043k-0015)
第55巻 p.241 ページ画像

日華実業協会書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
    武漢排日団外交協会解散
                大正十二年十月二十六日
                     日清汽船会社報告
八月末日来漢口商務総会ガ主脳トナレル湖北商界外交後援会ハ其鉾ヲ収メ、排日排貨ハ稍々下火トナリタル処、例ノ徐栄庭・趙典之等ノ激烈分子ハ之レニ慊焉タラズ、新タニ湖北全省外交協会ナルモノヲ発起シ、市中ノ無頼ヲ駆集メ、邦商ト取引スル支那商ヲ発見セバ直ニ貨物ヲ没収シ、且ツ顔面ニ亡国奴ナル入墨ヲ強施スル等乱暴狼藉至ラザル処ナク、已ニ商店ノ番頭等ニシテ此厄ニ遭ヒタルモノ十数名ニ達シ候為之総領事ヨリ督軍ニ対シ此外交協会ノ解散、暴行者ノ処罰、首動者ノ放逐、排日紙ノ発行停止ノ各項実行方厳重交渉中ノ処、此中第一次ノ外交協会ノ解散丈ケハ漸ク去ル廿四日実行セラレ候、然レトモ四散セル無頼漢ハ今尚各処ニアリテ職業的ニ排貨ニ熱中シ居レバ、事実ハ尚楽観ヲ許サザルモ、排日取締ニ一進歩ヲ来シタルハ可喜事ニ御座候



〔参考〕日華実業協会書類(一)(DK550043k-0016)
第55巻 p.241-247 ページ画像

日華実業協会書類(一)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
商第二七六号
  大正十二年十一月三日
              上海駐在商務官 横竹平太郎
   外務大臣 男爵 伊集院彦吉殿
    漢口ニ於ケル排日実情
加藤副商務官漢口ニ出張ノ際同地排日事情調査致候ニ付キ、玆許正副二通同封御送附申上候間、御査閲相成度、此段申進候 敬具
 写送附先 農商務省 北京公使館 漢口・上海総領事館
(別紙、謄写版)
      漢口ニ於ケル排日観(大正十二年十月十三日)
一、特種ナル排貨原因
 漢口ニ於ケル排日並ニ日貨排斥運動ハ今春以来継続セラレ、殊ニ宜昌・長沙事件ヲ動機トシテ一時険悪ニ赴キシカ、時日ノ推移ト共ニ漸次緩和セラレ、最近東京震災ニ対スル同情ノ発露等其緩和促進ニ効アリシモノノ如シ、天津其他北支那地方カ既ニ八月中ヨリ取引ヲ
 - 第55巻 p.242 -ページ画像 
開始シタル、南支沿岸地方カ是亦需用期ノ接近ト共ニ排貨運動ヲ有耶無耶ニ葬リ去リシカ如キ、又蕪湖地方カ震災ヲ好機トシテ公然ト排貨解除ヲ決議シタル等ニ比シ、漢口・長沙・宜昌等長江奥地ノ形勢カ未ダ著敷キ改善ヲ示ササルハ甚タ奇怪ナル次第ナルカ、之レ武漢地方人士カ他地方人ニ比シテ愛国心強固ナル為ニ非スシテ、地方独特ノ事情存在スルニ因スルモノナリ、而シテ其原因ヲ探究スルニ大凡左ノ三項ニ帰ス
 一、督軍ニ対スル反感
 武昌ニ於ケル湖北当局関係ノ楚安紡績工場ハ、前督軍王占元時代豪商徐栄廷一派ニ従来貸与経営シ、徐氏ハ其代償ノ意味ニテ一定ノ借料ノ外督軍並ニ呉佩孚ニ対シ軍資トシテ約一百万弗ヲ融通シ居レリ然ルニ本年三月末日ヲ以テ該期限満了ト共ニ、蕭督軍ハ工場ヲ包収シ、他ニ自己ノ腹心者ニ貸与セリ、而カモ徐氏カ用立テタル百万弗ハ返却セラレサルハ勿論ナリ
 サレハ徐氏一派ノ蕭氏ニ対スル感情ハ極メテ険悪ニシテ、事毎ニ反抗的態度ヲ執リ来レリ、而シテ徐氏ハ一方呉佩孚ニモ軍資ヲ貢キタル関係アリ、其ヲ恩義ニ売リ呉佩孚ト特別関係アル事ヲモ自称シ居レル次第ナリ、サレハ今春排日運動ノ発生以来督軍苦シメ策トシテ排日ヲ利用シ居レルモノナリ
 二、紡績屋ノ利害
 漢口並ニ武昌ニ於テ現在支那紡績工場七アリ、其運転錘数紡糸約十七万、織布約二十台ヲ数フ、即チ一ケ月ノ生産高糸一万二百俵、布千六百五十俵ノ能力アリ、而シテ此等諸紡績ハ昨年以来上海地方紡績同様棉高糸安ト製品荷捌不活発ニ悩マサレ、其排貨運動ノ初期五月初ノ在荷約三万俵ヲ有セリ
 然ルニ其後排貨ノ影響ヲ蒙り手持品ハ一掃セラレ、現在ニ於テハ全力ヲ挙ケテ需用ニ応スル能ハサル好況ニシテ、相場ノ如キモ漸次昂騰ノ気配アリ、即チ当地中等格糸第一紡績獅珠十六手現在相場一七二両ニシテ、一分引支払トナリ居レハ実価一七〇両二匁八分ナリ、其原価採算ハ原棉三七両トシ、三百五十斤ニテ一二九両五匁、工費三〇両トシテ、原価一五九両五匁ニ付、一俵ノ糸ニ付一〇両七匁八分ノ利益トナルナリ
 サレハ紡績業者ハ今回ノ排日ニ因リ滞貨ヲ有利ニ一掃シ、且ツ久振リ不引合ノ状態ヨリ脱シテ有利ナル操業ヲ行ヒ得ルニ至レルモノニシテ、彼等カ表面愛国ノ看板ヲ掲ケ外交後援会等ノ幹部又ハ主ナル支持者トナリ、多少費用ヲ支出シ、排日運動、就中本邦品綿糸布ノ排斥ヲ試ミツツアルハ当然ノ事ニシテ、当地方排貨風潮ノ執コクナル所以亦玆ニ存在ス
 三、職業的排日無頼漢ノ存在
 外交後援会ノ所謂日貨検査員、或ハ外交後援会トハ関係ナク自称検査員等未タニ其影ヲ潜メス、随所ニ其私利ヲ貪ルヲ公認セルノ有様ナリ、此等自称検査員ハ何等組織的ノモノニ非ス、一種無頼強盗ノ類ニ属スルモノナリ
 然シ彼等ト雖モ其名ヲ排日ニ藉ルヲ以テ、盗賊ノ名ト処分ヲ免レ得
 - 第55巻 p.243 -ページ画像 
ルノ有利ヲ自覚セルアリ、従テ其勢力モ侮ルヘカラサルニ属スルカ如シ
 即チ以上三項ハ当地排日熾烈ノ基礎的原因ナルモ、更ニ一歩ヲ進メテ各種商品ニ付見ル時ハ、其処ニモ亦多少ノ原因ナキニシモ非サルカ如シ、即チ牛皮・雑穀類ノ如キハ排日運動開始ト共ニ欧米商店ト取引ヲ為スニ至リ、特ニ従来当地欧米輸出商店ト関係セル問屋ハ何レモ一流筋ナルヲ以テ此機ニ乗シ自己商権ヲ拡張セントシ、又外人筋ニ於テモ相場ノ適当ト排貨利用ノ意味合ニテ一般ニ買進ニ出テタル為メ、秋冬受渡ノ商売ハ可也ノ巨額ニ達シ居レルモノノ如シ
 然シ本年湖北・河南地方ハ比較的豊作ナルモ其為牛皮類相場ハ昂騰シ、一方湖南上流地方ハ兵乱ノ為メ出廻リ面白カラサルモノアリ
 殊ニ最近日本ノ震災ノ影響ヲ受ケ、直接間接牛皮・雑穀市価上伸ヒ大ニ叩イテ買付ケント目論ミシ支那問屋ノ思惑ハ外レタル事トテ、其売越ヲ如何ニ買埋スヘキカニ付何レモ苦境ニ立チ居レル次第ナリ即チ彼等ハ排日提唱ニ因リ日本向ノ買付ヲ防止シ、幾分ニテモ相場ヲ押ヘント考ヘツツアルモノナリ、勿論従来邦商ト関係深キ問屋筋ハ自己ノ取引ノ復活ト外人関係筋ノ独占的横暴ニ対抗スルタメ、之レト反対ノ態度ヲ執リツツアルモ、大体ニ於テ外商関係筋ハ一流ノ問屋多ク、日本商関係筋ハ比較的微力ナルモノ多キタメ、此間一挙ニシテ外商関係筋ヲ圧迫シ、公然排貨取消ヲ行フマテニ勢力ヲ得ス弗々取引ヲ開始シツツアル状態ナリ
 次ニ棉花ニ於テモ略ホ同様ノ関係アリ、即チ湖北省沙市・万城・周家口等ノ産額ハ漢水ニ依リ搬出セラレ、漢陽ノ倉庫ニ入レタル上買手ヲ求ムル習慣ナリ
 然シテ買手トシテ大手筋ハ邦商ニシテ、武漢所在紡績並ニ上海ノ三者アリ、武漢紡績業者トシテハ大手筋タル邦商ノ買付ヲ阻止シ、出来ル丈有利ナル買付ヲ行ハント欲シ、排日不売ヲ棉商間ニ宣伝シツツアリ、而シテ当地方紡績ノ需要棉ハ年額約六〇万担ナレハ、棉花問屋約三十軒ハ邦商ト取引出来サル損失賠償ノ意味ニテ六〇万担ニ対シ一担銀四匁宛二万四千両ノ賠償ヲ紡績業者ニ要求セリ、紡績筋ニ於テモ之ヲ承認シ、月二千両宛支出スヘキ事ヲ約セリ、然ルニ最近上海帮(シ那商)買付ヲ見テ其紡績ハ上海帮ノ利均霑ニ対シ二千両ノ若干ヲ上海帮ニ分担セシメントテ交渉ヲ開始セリ、然ルニ上海帮ニ於テハ自由取引ヲ主張シ、何等行業公会(棉花同業組合)ニ依頼セシモノニ非サレハ手数料仕払ノ理由ナシトテ拒絶セリ、故ニ武漢紡績ト上海帮(主トシテ上海シ那紡績)ノ交渉ハ不成立ニ終リ、対邦商不売協定ハ極メテ不安定ニ置カレ居ルモ、紡績筋ハ常ニ積極的排日主張ヲ固持シ居レリ
 以上ノ如ク基礎的原因以外ニ、一種誤リタル経済関係、地方民ノ無自覚等之ニ手伝フモノアリ、武漢地方排日ハ他地方ノ夫レニ比シ殊ニ恢復緩慢ナル所以ナリ
二、排貨現状
 排貨ニヨリ最モ大ナル打撃ヲ蒙リタルモノハ日本綿糸、在上海日本人績紡綿糸(以下上海糸ト称ス)及綿布ニシテ、今年四月以降漢口
 - 第55巻 p.244 -ページ画像 
輸入統計ヲ示セハ左ノ如シ

        日本糸     上海糸      支那糸
  四月   一、三七〇   八、〇五七     七六七
  五月   一、二二〇   七、五二九   三、二九八
  六月     四六〇     五三八   一、五四五
  七月     三六〇     六九五   三、八一四
  八月      二三      五〇   一、四一四
  九月     一一二     四七〇   二、三二三

 即チ支那糸ハ輸入状態良好ナルニ比シ日本糸並ニ上海糸ハ非常ナル減退ヲ示シ居レリ、尤モ八月ヲ底トナシ九月ニ至リ稍ヤ恢復ノ兆現ハレタルハ一方需要期ノ接近ニ因ルモノアルヘシ、然シテ相場ノ点ニ付見レハ上海糸水月十六手百五十四両トシ、運賃並ニ諸掛リヲ加算シ、漢口銀ニ換算スルトキハ百五十二両一匁トナル、之ニ金利ヲ加算スルトキハ一五三両六匁見当トナル、然ルニ漢口糸獅珠十六手ハ一七二両ノ一分引一七〇両二匁八分ノ時価ニテ、其一玉ノ重量一〇封度七五ナル故一俵ニツキ二十二斤ノ増量アリ、結局約五両ノ格高トナリ、而シテ受渡期限・代金支払等ノ点ニ於テ上海糸ニ比シ有利ナルモノアレハ、此等ヲ計算ニ入ルルモナホ四両以上ノ値下リヲ生シ居ル次第ニテ、是レ排日ノ糸価ニ及ホセル影響ナリ
 尚ホ漢口ヲ中心トシタル汽船便ニヨル地方市場トシテハ、四川・長沙・沙市・常徳等ナルカ、今此等地方行貨物ニシテ漢口ニ於テツランシップセラレタルモノヲ挙グレバ左ノ如シ

         四川行    長沙行   沙市  常徳
            俵      俵   俵   俵
  四月    二、二二八  二、二二〇   ―   ―
  五月    二、〇五七  一、三五五  一〇   ―
  六月    七、〇一三  二、三九五  二〇   ―
  七月    八、九九七  二、四四九  三〇   ―
  八月   一〇、七四五  一、七五一   ―  八〇
  九月   一二、七二三    三六四   ―   ―

 即チ四川行ノ如キハ汽船航行如何ニヨリ左右セラルル事勿論ナルモ従来多クハ一度漢口ニ輸入セラレタル上各地ニ輸出セラレタルモノカ、排日ノタメ漢口陸上ヲ省キ、横体ノ形式ヲ取ルモノ増加セシヤノ傾向アリ、注目ニ価スヘシ
 然而シテ綿糸布ニ対スル排貨現状ヲ見ルニ、問屋筋ハ何レモ対邦商取引復活ヲ希望シ居ルモ、固ト武昌紡績業者ト武漢有力糸商トノ関係ハ極メテ密接ニシテ離ルヘカラサルモノアリ、一定関係糸商以外ニ対シテハ紡績ハ直接取引ヲ拒絶シ居ルヲ以テ、武漢市場排貨ニ因ル利益ハ全部此等特別数軒ノ糸商並ニ績紡ノ懐中ヲ肥スニ止リ、中以下大部分ノ糸商ハ其犠牲ニ供セラレツツアルタメ、近来紡績並ニ糸商ニ対スル反感ハ次第ニ昂シツツアリ、其排貨運動ニ対スル従来ノ態度ヲ一変スルノ機至レルヲ自覚シツツアリ
 即チ第一歩トシテ仲秋節前後ニ於テ俄ニ漢口並ニ上海市場ニ於テ試験的ニ邦商ニ買気ヲ見セタリ、然ルニ紡績筋ハ直ニ外交後援会ノ名ヲ以テ無頼漢ヲ指使シテ其牽制ニ着手シタルタメ再ヒ表面停頓セル
 - 第55巻 p.245 -ページ画像 
カ、其無理ナル状態ハ到底永続スヘクモ思ハレス、現在ニ於テハ早朝又ハ夜中商談受渡ヲ行ヒ、或ハ売手タル邦商ノ名儀ヲ以テ無頼漢ノ縄張ヲ避ケ艀ヲ利用シテ積換ヲ行フ等種々ノ手段ヲ講シシツアリ尤モ紡績関係糸商ト雖モ他ノ反感ヲ恐レ、徹底的ニ他糸商ト邦商ノ取引又ハ受渡シヲ妨害スルノ意志ハナキモノノ如シ
 次ニ海産物ハ棉糸布ニ次キ排貨ノ影響ヲ被レル事大ナルモノナルカ○中略 十月六日海産物掠奪事件ノ如キ其面ノ消息ヲ語ルモノナリ、即チ同日鎮昌海味店ニ外交後援会員ト自称スル検査員来リテ、同店所有ノ昆布ヲ横収セントセシヲ以テ、同店主ヲ始メ店員之ヲ防止シ、玆ニ両者衝突シテ一場ノ大格闘トナレリ、然ルニ附近ノ海味店永昌号其他ノ店員直ニ来応シ、外交後援会員数名ヲ袋叩キニシ、其一人ハ半死半生ノ負傷ヲ蒙リ、双方数名警察署ニ引致セラレタリ、其結果ニツイテハ未タ不明ナルモ海産物問屋筋カ外交後援会ニ対スル反感ノ程度ハ極メテ大ナルモノアルカ如シ
 尚ホ電気用品ノ如キハ左程ノ影響ヲ蒙リ居ラス、又輸出物トシテモ桐油ノ如キ、雑穀・牛皮ノ如キ、地方ニヨリテハ邦品ニ対スル取引ヲ手控ヘ居ルモ、支那服ヲ着テ現場ニ趣キ、又ハ名儀ヲ支那名トスルカ如キ方法ヲ以テスル時ハ、必シモ困難ニ非ス、支那銭荘ノ如キモ小切手ニヨル取引ハ依然拒絶シ居ルモ、内地ヘノ送金ノ如キハ、弗々引受ケ居ルカ如シ、尤モ排貨ニ対スル支那銀行ノ立場ハ、自ラ異ルモノアルカ如シ、即チ漢口ニ於ケル支那銀行ハ、大体ニ於テ上海系ト漢口系ニシテ、上海系ハ近来業務発達シ、其内地ニ対スル取引ハ勿論、漢口ニ於ケル対支那商々策上ニモ、邦商ノ之ヲ利用スルモノ少ナカラサルモノアリ、自然漢口系ノ私力妬視セラルル所トナリシカ、今回ノ排日運動ニ際シ、漢口土着派ハ上海系ノ勢力殺減ノ敵本主義ヨリシテ、殊更排日ヲ提唱シ、邦商トノ取引廃止ヲ主張セシト謂フ
三、排貨対策ト其将来
 以上説述セルカ如ク武漢地方ニ於ケル反軍閥者・紡績業者其他ニ因リ夫レ夫レ利用セラレ居ルモノニシテ、直ニ支那商民カ外交後援ノ□ヲ自覚シ之ヲ行フモノニ非ス、従テ其対策トシテハ先ツ反軍閥者ヲ制止スルニハ、曹呉一派特ニ呉佩孚ヨリ蕭督軍ニ対シ取締リヲ為ス様要求シ、棉糸関係ニ付テハ出来得ル限リ漢口陸揚ケヲ避ケ、積換又ハ漢水上流地方ニ倉庫ヲ仮設シ、受渡ヲ便ニシ、極力棉花商中以下綿糸商トノ連絡ニ勉メ、利ヲ以テ之ヲ誘フニ如カサルヘシ、尤モ前述ノ通リ排日原因ハ種々アレトモ、商人自ラ暴力ヲ以テ実行セントスル意志ハ毫モナク、唯職業的無頼漢ノ出没カ善良商人ノ恐ルル所ナレハ、排日取締ハ結局無頼漢取締ニ帰着スヘシ
 而シテ無頼漢ニシテ公然ト暴ヲ行ハシムル所以ハ、外交後援会ナル看板ノ存有ニ在ルヲ以テ、督軍ヲシテ先ツ外交後援会ノ看板ヲ撤廃セシメ、一ニ無頼漢ヲ厳罰ニ処スル事ハ差当リ必要ナリ
 而リ然シテ武漢地方排日ノ趨勢ヲ見ルニ、今ヤ商人及一般共ニ排日ノ害毒ヲ自覚シ居リ、如何ニシテ之ヲ転換スヘキカ、其機会ノ到来ニ焦慮セルモノアルカ如シ
 - 第55巻 p.246 -ページ画像 
 何故ナレハ商人筋ハ既ニ需用期ニ入リ、又棉花ノ如キモ従令紡績筋上海帮ノ両者ノ需要アルモ其数量ハ限リアリ
 十一・二月ノ出荷旺ナル時機ニ至ラハ滞荷ニ苦ミ、金融ニ窮スルヤ必然ニシテ、最早従来ノ如ク排日ニ盲従スルコト不可能トナルヘシ其他雑穀問屋・牛皮問屋方面ニ於テモ現契約ノ受渡ハ一部解合ヲ見ルカ、否ラストスルモ大体片付クヘシト察セラルルニ付、特ニ排日ヲ誘発スルカ如キ事件ノ発生セサル限リ、武漢地方排日モ近ク大ニ緩和ヲ見ルニ至ルヘシ、尤モ最近四川ノ戦乱情態益々甚シク、漢口ノ一大顧客筋タル湖南ノ商取引ハ杜絶ノ悲境ニ在リ、又当地方支那紡績裕華第一紡績安申靳等諸紡績ハ着々トシテ二〇番、三十二番、四十二番等中織糸紡出ヲ実行シツツアリ、陶磁器ノ如キモ我製品ハ九江産ノ為メ撃退セラレツツアリ、他方、上海商人ノ活躍発展著敷キヲ見ルアリ、排日ニ関連シ、在漢口邦商ノ前途ハ決シテ楽観ヲ許サス、此亦当業者ノ愈々注意スヘキ所ナルヘシ
 要之官憲ノ力ヲ以テ表面取締ヲ求ムルコトハ第一ニ必要ニシテ、次ニ邦商側ニ於テモ此際多少ノ不便ハ之ヲ忍ヒ、商談誘発ニ努力スル一方、個人的ニ或ハ団体トシテ、感情連絡ニ力ヲ致スコトハ有効ナル方策ナリト思考ス
四、武漢地方ニ於ケル本邦商民ノ商売振リニ改善ヲ要スヘキモノアリ
 尤モ此事タル独リ武漢地方特有ノモノニ非ス、又必シモ排日対策ト関連シテ之ヲ述フルモノニハ非サルモ、其間一脈ノ関係ナキニシモ非サルヲ以テ、聊カ附言スルトコロアルヘシ
 漢口ニ於ケル邦商一般ノ景況ハ近来極メテ苦境ニ臨ミ居レリ、其原因トシテ左ノ数点ヲ挙クヘシ
(イ)漢口取引所ノ影響
 大正十年秋漢口取引所ノ創立セラルルヤ好景気ノ余栄未タ全ク醒メキラサル折柄トテ、其株式獲得ヲ希望スルノ余リ獲得団ナルモノヲ組織シ、運動ノ結果遂ニ該取引所株式中四万株ヲ漢口居住者ニ引受ケル事ニ成功シ、其一部ヲ支那商ニ分割セシヲ以テ、邦人商ノ引受数ハ約二万株、其投資額約三十五万円ニ達スヘシ、然ルニ財界ノ景気ハ改マラス、現在ニ於テ之ヲ清算スルトセハ少クトモ二十万円以上ノ損失トナルヘシ
 元来漢口日本租界居住者ハ一般ニ着実ニシテ是迄堅実ナル経営ヲナシ、大ナル成功者ナキ代リ多少ノ蓄財モ出来タリシ次第ナリ、然ルニ其蓄財中ヨリ四十万円以上ヲ特ニ固定シ、且巨額ナル損失ヲ受ケタルコトトテ一般経済ハ致命的打撃ヲ蒙ルニ至レリ
(ロ)支那派遣隊ノ引揚
 駐屯軍引揚ケノタメ軍用品供給方面月額約二万弗ヲ失ヒタルコトトテ、租界方面小売雑貨商ノ苦痛甚シキモノアリ
(ハ)頼母シ講ノ□□
 現在講数二十二個アリ、一時ハ三十四五ノ多キニ達シ、五重六重ニ加入セシモノアリ、不知不覚重利ノ金ヲ使用セシモノニテ、而カモ其一部カ株式方面ニ投セラレタルモノナレハ、其内容ノ乱脈ハ一時甚シキモノアリ、最近我領事館ニ於テモソノ弊ヲ認メ、取締ヲ厳ニ
 - 第55巻 p.247 -ページ画像 
セシカバ多少整理セラレシモ、尚ホ全部ノ決済ヲ完了スルニハ四、五万弗ノ資金ヲ要スヘシト謂フ
 即チ以上ノ諸原因ニ加ヘ、今春以来排日ニ遭ヒタル事ナレハ、ソノ苦ハ一段ト甚シキモノアルカ如シ
○下略