デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
3款 東北振興会
■綱文

第56巻 p.259-262(DK560067k) ページ画像

大正14年5月12日(1925年)

是日当会、東北六県知事ヲ招キ、東京銀行倶楽部ニ於テ、委員会ヲ開ク。栄一、病気ノタメ出席セズ。


■資料

青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年五月十五日(DK560067k-0001)
第56巻 p.259-260 ページ画像

青淵先生関係事業調 雨夜譚会編  昭和三年五月十五日
                    (渋沢子爵家所蔵)
    東北振興会(一)
○上略
一、沿革 ○中略
       レ同十四年五月十二日地方長官会議の為め各県知事上京中なるを機として、丸の内銀行倶楽部に委員会を
 - 第56巻 p.260 -ページ画像 
開催、出席者各県知事の外委員としては志村源太郎藤田謙一・吉池慶正のみで、渋沢会頭は病気の為め欠席
        先づ吉池理事より事務報告として『十三年八月八日の協議会に於て決議された諸項中金融改善に関して(一)合同乃至聯合を極力勧誘すること、(二)農工林各産物に対し日本銀行・日本勧業銀行及地方農工銀行より円滑に資金の融通を受くべきこと、(三)現在二ケ所よりなき日本銀行支店を増設すべきことの三件に対しては、関係当局に奔走中、農村振興案は渋沢会頭の最も考慮せらるゝ所であり、地方長官に会頭より依頼された、又地方当局に対しては会より陳情する所があつて専ら農家負担の軽減、米価維持、開墾助成等に力を致し、尚又労力の節約の為に電気を応用すること、又東北地方は副業少き為副業を起すこと等を唱道せしむる所があつた。又鉄道省に於ける鉄道枕木の価格が他地方に比して甚だ不利なるを以て之を全国均一にするやうとの議が起つたので、私は当局大臣及次官に交渉したる結果最近に於ける値開き僅少となつた、次に国有林野の貸付又は払下げの件は目下農商務省に於て委託林の制度設けられつゝあり、或ひは解決の一助となるべし。尚同当局に陳情の結果篤と実地調査する由、中井次官よりの談であつた。云々』之に対し、各出席員の議論あり散会(「東北日本」第九巻第三号二十一頁)


論文其他草稿類(一) (渋沢子爵家所蔵) 【今回地方長官会議ノ為東北六県ノ知事公カ御上京ヲ機トシ…】(DK560067k-0002)
第56巻 p.260-262 ページ画像

論文其他草稿類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
今回地方長官会議ノ為東北六県ノ知事公カ御上京ヲ機トシ、東北振興会ノ委員会ヲ開設致シマシタ処、生憎自分ハ病気ノ為出席スル事ハ出来ズ、又其他ノ在京委員ノ少キハ甚タ遺憾トスルデアリマス、実ハ私ハ素人ナカラ農村問題ニ就テハ苦心致シテ居リマスカラ、一応卑見ヲ申上デ御指導《(テ)》ヲ仰キタイト思フテ居リマス
輓近世ノ中ハ何トナク穏ナラス、流行ノ言葉デ申セハ悪化ノ傾向アルヤニ見受ケラレ、甚タ不安ニ禁ヘサル感ヲ致シマス、斯ノ如キ傾向ヲ来セル原因ヲ取調ベマシタナラバ、決シテ一様テナク、種々是レアルベキモ、農村ノ頽廃ノ如キハ確ニ有力ナルモノナリト思惟セラルルノデアリマス、地方農村ノ状態ヲ熟察スルト、祖先ヨリ継承シ来ツタ田地ガ格別其面積ヲ増加セス、之ニ反シ人口ハ年々歳々増殖スル状況デアル、故ニ此限アル面積ノ田地ヲ以テ無限ニ増殖スル人口ヲ養フコトハ出来難イ事情ニ陥ルノデアリマス、ソコデ此増殖スル人口ヲ養フニハ学理ノ応用ニ依リ同一面積ノ耕作地ヨリ多量ノ収穫ヲ得ル方法ヲ講スルノ必要ヲ生シテ呉《(来)》ルノデアリマス、学理ノ応用テフ事ハ何事物ニ採リテモ必要デアツテ、学理ノ応用ノ盛ナル国ハ文化ノ程度カ高ク、之ヲ応用スルコト尠キ国ハ文化ノ程度低キコトハ古今東西ノ歴史ニ徴
 - 第56巻 p.261 -ページ画像 
シテ明デアリマス、同一ノ国ニ於ケル産業方面ニ就テ之ヲ観ルモ、学理ヲ応用スルモノト其然ラサルモノトハ其処ニ著シキ隔差ノアルヲ認ムルノデアリマス、現ニ私カ幼少ノ頃故郷ニ於テ母ノ手伝ヲシテ養蚕ヲ為セシ頃ハ、蚕ハ運ノ虫ナド唱ヒ、繭ヲ作ルモ作ラヌモ其年ノ気候ト其人ノ運次第デアルナド申シタモノテアリマスカ、近頃養蚕上ニ学理ノ応用比較的能ク行ハレ、其蚕種ハ改良セラレ、其飼育法ハ進歩シ例令如何ナル気候不順ノ年柄ニテモ、殆ト不作ノ声ヲ聞カヌ様ニナリマシタ、是レ全ク学理応用ノ賜ナリト思惟セラルルノデアリマス、然ルニ普通農業ノ方ハ之ニ対照シテ学理ノ応用ニ乏シク観察セラレマスカ、是レ米・麦作カ其年ノ気候ニ依リテ豊凶ノ差大ナル所以デアルマイカト考ヘラルルノデアリマス、熟々農業上ノ状態ヲ顧ミマスルニ、播種・耕作・施肥・刈入等ノ方法ニ於テ何等面目ヲ改メサルノミナラス、収獲物ヲ運搬スルノ道路甚タ不便ナルヲ以テ、運賃嵩マリ、生産物ノ価格ヲ昂メ、甚シキ不利ヲ招クコトアリ、故ニ能ク農村ヲ中心トシテ農業・交通・運輸・水利・瓦斯・電気等諸般ノ施設ヲ改善スルノ必要ヲ認ムルノデアリマス、今偶然ニ従来寒村僻地デアツタ所デモ石油カ噴出スルトカ、又石炭其他鉱物ノ産出アルト云フ場合ニ於テ、之ニ伴諸般《(フ脱)》ノ完全ナル施設ガ出来レバ、其地方ヲシテ文明ノ光ニ浴セシムルコトモ尠クナイノデアル、之ニ反シ如何ニ地味肥沃ノ土地テアツテ祖先以来鼓腹撃壌ノ楽ニ耽テアツテモ、其後何等ノ改良カ行レズ、剰サヘ小作争義《(議)》デモ起ツタ場合ニハ、徒ラニ人心ヲ悪化セシメ、其地方ヲシテ不毛ノ地トナラシムルカ如キハ往々観ル所ノ事実デアリマス顧フニ此農村ノ不振ハ従来ノ教育制度ノ不適ノ責モ決シテ少クナイト思惟セラルルノデアリマス、今日ノ教育制度ハ小学ヨリ中学、中学ヨリ高等学校、高等ヨリ大学ト順次ニ高等教育ヲ受ケシメ、所謂大人物ヲ養成スル目的デアルヤニ思ハルルノアル《(デ脱)》、然ルニ大臣・大将タルカ如キ大人物ハ陸続輩出スルモノニアラズ、十万人中ニ一人モアルヤ無キヤト云フ訳ナレバ、其他ノ九万有余ノ裡ニハ大人物ニナリモ出来ズ中途半端デ故山ニ於テ農業ヲ営ムコトモ出来ズ、サレバトテ都会ニ於テモ相当ノ職業ヲ得カタク、所謂進退両難ニ陥リ、世ニ用ラレザル不平ハ嵩シテ益思想ヲ悪化シ、都会ニ在リテハ同盟罷工ヲ煽動シ、農村ニ来リテハ小作争義《(議)》ヲ教唆シ、国家社会ニ害毒ヲ流スコト酷シキモノアルヤニ見受ケラルルノデアリマス
此ノ如キ人心ノ傾向、世ノ風潮ヲ如何ニシテ矯正スヘキヤト云フ事ハ実ニ大問題ニシテ、容易ニ明案ノアルモノニアラスト雖モ、先以テ農村ニ於ケル学校教育ヲ改メ、其村ノ子弟ハ悉ク農村ニ有用ノ人物タルヘク教育シ、而シテ農村ノ刷新ヲ図リ産業ヲ増殖シ、運輸ノ便ヲ計リ農業ノ機械化、更ニ進テ電化ヲ企テ、労力ヲ節減シテ生産品ノ価格低減ヲ行ヒ、其町村ノ自治ヲ全フシ、祖先以来ノ墳墓ノ地ニ於テ安穏ナル生活ヲナシ得ル様方法ヲ講スルヨリ外途ナシト思惟サルルノデアリマス
之ヲ要スルニ農村ノ繁昌ハ都会ヲ養フ肥料トナリ、農村ノ疲弊ハ都会ヲ毒スルノ悪魔ヲ出シ、遂ニ国家ノ大患トナル訳ナレバ、深ク此ニ注意ヲ要スル次第デアリマス
 - 第56巻 p.262 -ページ画像 
私ノ生レタル埼玉県大里郡八基村ニ於テハ、目下私ノ甥ハ渋沢治太郎ト申シテ村長ヲ為シ居リ、深ク村ノ前途ヲ憂テ、何トカシテ村治ノ大方針ヲ樹ネバナラヌト考テ居リ、又其兄ノ理学博士渋沢元治ハ目下帝国大学東京理科大学ノ教授ヲシテ居ルカ、頗ル此挙ニ賛同シ、私モ之ニ対テ深ク賛成ヲ為シ声援ヲ与テ居ルノデアリマス、ソコデ順序トシテ帝国農会ノ岡田温氏ニ依頼シ、根本的ニ調査ノ歩ヲ進メテ居リマスカ、果シテ如何ナル成績ヲ現ハスヤハ測リ知リ難キモ、斯ノ如クシテ農村振興ノ曙光ヲ認メタイト思惟シテ居リマス、而シテ聞ク所ニ依レバ現今ノ文部省令ニモ公民学校ナルモノヲ認メテアルト云フ事デスカ玆ニ農村ニ有用ナル人物ヲ養成スル目的ニテ学校設立ノ目論見ヲ立テツヽアルノデアリマス
私ハ前述ノ如ク社会ノ悪化シ行ク根源ノ多クハ、農村ニ於ケル耕地カ依然トシテ増加セサルヲ以テ、逐年増殖スル人口ヲ養フ能ハサルト、学校ノ教育制度ハ農村ノ要求ニ不適当ナルトニ萌芽スルニアラスヤト考ヘ、如何ニシテカ此欠陥ヲ救済シ、時弊ヲ矯正スベク焦慮セルモ、其明案ナキヲ遺憾ト致シ、天下同愛ノ士ト相携テ研究シ、相当ノ方案ヲ立テ此弊害ヲ刈除シタイ微志ヲ懐テ居リマス、由来此日本全国ノ問題デアツテ、特ニ東北ニ限ル訳デアリマセンカ、東北地方トハ東北振興会トノ関係上最モ御親ヲ深フシテ居ルヲ以テ幸ヒ東北六県ノ知事公ノ御集ニ際シテ、此衷情ヲ披瀝シ遠慮ナク申上テ、御協議ノ結果相当ノ方法ヲ講セラレ、一面ニ於テ農村ノ振興ヲ謀リ、一面ニ於テ国家ノ病根ヲ芟除セラレンコトヲ切望ニ堪ヘヌノデアリマス


竜門雑誌 第四四一号・第六三頁 大正一四年六月 青淵先生動静大要(DK560067k-0003)
第56巻 p.262 ページ画像

竜門雑誌  第四四一号・第六三頁 大正一四年六月
    青淵先生動静大要
      五月中
 青淵先生には、尚未だ全癒に至らず、依然曖依村荘に於て専心療養中なるが、その経過は悪しからず、漸次快方に赴きつゝあるは同慶の至りなり。