公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
三七七 竜門雑誌 第四三六号 大正一四年一月 青淵先生説話集其他 ○中略 政党の堕落と国策の忘却(DKB80003m)
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三七七 竜門雑誌 第四三六号 大正一四年一月
青淵先生説話集其他
○中略
政党の堕落と国策の忘却
一
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人類此世に生れ出でた以上は、国の為めに社会の為めに尽すと云ふ事は当然な事であつて、此心掛けの人が多ければ国は栄え、此心掛けの人が少ければ国は滅びて終ふのである。併し人は、国の為め社会の為めに尽せと云つても、何も己れの一身の事業までも棄てて国の為めに尽せよと云ふ訳ではないのであつて、公共の為めに働くと云ふ正しい観念を以て道理正しい仕事をして居れば、それには相当の報酬が有り相当の生活は出来得るものである。ただ働かずに報酬を得ようとか働いたより以上の報酬を得ようとか云ふ所に不正が生じ、罪悪が生まるるのであるから、天下の正道を踏んで道理正しい生活をすると云ふ事でなければならぬ。之れが人類生活の根本の要義であつて、公の道徳、社会の正義は之に依て維持せられるのである。
近来政治道徳の頽廃を歎き、政党の腐敗堕落を痛憤する声が甚だ熾んになつて来たけれども、それは多く国家の利害よりも己れの利害を先きにすると云ふ所から起るのであつて、人々各々国家社会に尽す可き義務を忘れるから生ずるのである。
私は始め政治家にならうと志したものであるけれども、事志と違つて、二十四五歳の頃に外国から帰つて来ると断然政治界に立つ事を已めた。それは私は元来討幕論者であつたが、私が海外へ行つて居る間に幕府は倒れたから、玆で政界に立つ事を已めたのである。
二
然るに明治二年に私が帰つて大蔵省に呼び出されて、大隈さんや井上さんと五六年役人をやりましたが、之れは私の素志では無かつたので、明治六年に井上さんと共に官を辞してから、四十五年間も第一銀行に居つて、大正五年に七十七歳になつたから、せめて此の晩年を、報酬の無い、公共的の社会事業や外交問題等の事業に尽したいと思つて全く実業界から引退したのである。然うして多年の勤労より得た多少の貯蓄を以て、全く報酬の無い仕事で而も国家永遠の大切なる仕事に奉公して見たいと思ふのである。斯う云ふ訳だから私は政界に立つ事は断念したけれども、決して政治に意思が無いのではない、大に希望がある。それは好い政治をさせ度い、国家を良くしたい事である。
先日も政府の大官の集つて居る席上で、私は斯んな演説をした。それは、官途の人々はよく辞令一本で大事業を引受けたり、又大事業の職責を棄てたりする。併し国家公共の仕事と云ふものは永遠のものであつて、吾々国民の義務としては、決して此段御届け申上候也では済まないのである。此永遠に亘る大なる事業を、国民として最も忠実に尽して見たいと云ふのが、之が私の今日在る所以である、と斯う云ふ演説をしたのである。何うも国家の大事業を辞令を貰つて居る間だけ責を塞ぐ為めにやつて居ると云ふのでは、十分の効果を挙げる事の困難であるのは云ふ迄も無い事である。何うしても国家社会に奉ずると云ふ奉公の至誠を以て其職務に熱心なる努力を捧げると云ふ事が、人類生活上の大切なる要件である。
三
今日の政治が甚だしき醜態を呈して居る事は、何人も深く痛惜する所であるが、之は何うも此五六十年間の政治の経過が間違つて居つた
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のである。明治政府以後、日本の政治は大改革されたけれども、それは日本固有のものでなくて、外からの借入れ品であるから、どうもシツクリと合ふ様に行かないのである。其当時は法律は仏蘭西から、政治は英国から輸入したものであるが、其当時英国ではグラットストーンとヂスレリーとが自由党保守党の争ひをやつて居るのが何うも好い様に思はれて、其真似をやつて見ようと思つて居る内にグラットストーンもヂスレリーも死んで終つて、標準とする者も無くなり、下手な役者が芝居の熊谷の右と左を取り違へて演つて居ると云ふ訳である。
斯う云ふ具合に日本の立憲政治と云ふものは、外観だけを見て其精神を知らずに居るのだから、到底完全に行く訳が無いのである。之が今日の政治の欠点である。大体から云ふと日本の今日の政治と云ふものは、批評だけを知つて居つて政治の根本と云ふものは少しも知らずに居るのである。
それだから、政治は力だとか、政治は勢ひだとか云ふ大間違ひをして居るのであつて、今日の政治家が臆面も無く平気で斯う云ふ言葉を使つて居るのを見ても、彼等が立憲政治と云ふものの表面だけ、形式だけを知つて、少しも其根本を知らないと云ふ事が明かに立証されて居るのである。政治は勢ひでも無ければ力でも無い。政治は明かに道徳でなければならないもので、之が政治の根本である。然るに政治の表面だけをやつて、少しも政治の真実に触れない今日の政治は、非常の大間違ひをして居るのである。今度全国立憲青年会を起されて、此政治の根本を国民に理解せしめると云ふ企ては、誠に我が病弊の根本に触れたものであつて、大に喜ぶ可き事と考へるのである。
四
日本の政治は斯んな風に外国の表面だけを真似たのだから、明治二十三年に国会が開設されても、政党内閣と云ふものは出来ずに、閥族内閣ばかりであつた。之が其憲政の名ありと雖も其実が無かつた証拠である。之では不可んと云ふので、伊藤さん(博文公)が明治三十五年に政友会を組織したのであるが、之は誠に当然な事なので、私も其当時伊藤さんに極力之を薦めたものである。貴下は憲法を定めて何うしても立憲政治より外ないと云はれたが、それなら政党を組織しなければ此立憲政治を完全に運用する事は出来ないからと云ふので、大に伊藤さんに政党組織を薦めたものである。
然るに其政党も、人物は好いけれども何うも其性質が悪くて、立派な発達を見る事が出来ず、中間内閣ばかり出来たのであるが、今度の加藤高明子の内閣に依て漸く憲政の正路に立返つた訳である。
併しながら我が憲政を斯くまで逆道に陥らしめたと云ふ事に就ては之れ又相当の原因が存在したのである。政党を無視して幾度も中間内閣が出来たと云ふ事は、随分不都合の事の様であるけれども、元老其他の方々が、加藤大将なり、山本さんなり、清浦さんなりを推薦したと云ふ事も亦、それには相当の理由も無い訳では無かつたのである。一言にして云へば、何うも政党のやる事が不条理であり不道徳であつて、政党が一般民心に強い信頼が無かつたからである。之が、幾度び政党があつても、政党内閣の出来なかつた原因であるから、今後の政
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党を如何にす可きかと云ふ事は之から考へれば自ら解る訳であつて、少くも今日迄の政党の態度では、国民が承知せぬと云ふ事だけは明白になつて居るのである。
五
結局政党は今後如何にすれば宜しいかと云ふに、先づ第一に政治ゴロ式では不可んと云ふ事である。何うも今迄の政党の争ひと云ふものは君子の争ひでは無かつた。之れでは不可ないのであつて、苟も国民の輿論を担うて立つ所の国家の政党である以上、モウ少し大きな考へを以て、在野の政党としては時の政治を輔け、朝に在つては責任を以て善政を行ふと云ふ心掛けが無ければならぬ。余り劣等の感情争ひに没頭して居つた事が、政党の不信用を来たした原因であるから、此点は今後大に注意して貰はねばならぬ。政治の低級化し、下劣化し、腐敗し、堕落したのは、多く此処から端を発して居るのであつて、心あるものの深く深く意を用ひなければならぬ所である。
同時に政治は複雑なる国家の運命を支配し、日進月歩の激しい社会の変遷に処して行かなければならぬものであるから、今後政治家たる者は、宜しく書を読み身を修めて、相当の経綸が無ければならぬと同時に、其身は飽く迄も天下の正義公道に基いて正しい行ひをして貰はねばならぬ。政治家が卑しい感情の争ひにのみ夢中になつて居るから大切なる国策なども殆ど顧られないと云ふ有様であつて、国家の前途実に悲しむ可き事であると同時に、ゴロ付式政治家の国家に禍ひする事の如何に大なりしかを痛切に感ぜざるを得ない有様である。
六
然らば今後の国家を如何にするかと云ふ事に付ては、実に緊切重大なる問題が横はつて居るのである。日本の今日一番急務とする所は前述せる所の政治家の覚醒であるが、之と同時に、国策の問題としては先づ第一に鉄の問題である。之は到底八幡の製鉄所だけでは不可ないのであつて、一朝有事の際は勿論の事、平時の製造工業の需要をも充たす事は出来ないのであるから、製鉄事業は実に国家存立上の重大問題と云はねばならぬ。尤も此外に三井も三菱も鉄の事業をやつては居るが、斯う云ふ事業は外国に対すると云ふよりも、先づ内で一致せねばならぬ。
私は明治四年から六年まで井上さんの下に大蔵次官をして居つて、随分井上さんとは親しくして居つたが、其時分から井上侯は此の製鉄事業に就て大に注意して居られた。大正三年に大隈内閣の出来た時には、井上侯は大隈内閣の産婆役であつただけに、内閣成立の条件として製鉄事業をやらせたのであるが、之は朝野の挙つて力を入れなければならぬ大問題である。
七
鉄に続いての重要なる国策問題は船の問題である。四面環海の我国では、船に就ては早くから深く注意する所があつて、明治九年の台湾戦争以来殊に船には注意をされて、岩崎など相当の力を尽されたのであるが、斯る国家的の事業は、一個人の専断に委せては不可ないと云ふ様な説があつて、明治二十年に郵船会社と云ふものが出来るに至つ
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たのである。其後、東洋汽船会社とか、大阪商船会社など云ふものも出来て、我が国の船舶業も相当に発達して来たのであるが、其後之等の所謂会社船の外に、社外船と云ふものが非常に発達して、今日では会社船の百二三十万噸に対して社外船は百五六十万噸にも達し、国家の商業貿易上に重要なる位置を占むるに至つたのである。
然るに会社船は政府の命令を受けて大なる特権と恩恵とを与へられて居るに拘らず、均しく重大なる国家の経済発展に貢献する所の社外船には、何等保護も恩恵も与へられずして、国際汽船の如きは今日其維持にも困難して居ると云ふ事は、之を国家経済の大局より観察して深く考慮を要す可き重大なる問題と云はなければならぬ。
八
次ぎに我国に於ける主要生産としては生糸であつて、例へ天然絹糸人造絹糸が有つても、我国に於ける重要輸出品であり、又我国農業上の最も利益ある所の大切なる生産品であるが、然るに養蚕にも製糸にも之が改良を加へる時には、其生産は非常に増加して、大なる利益を収められるのであるが、之等の点に就て、官民ともに甚だ冷淡なのは実に遺憾千万な事と云はなければならぬ。それから横浜に於ける生糸の問題の如きも、未だに解決されずに居ると云ふ次第であつて、斯る重大なる国家経済に関する問題を誠に残念な事と思ふのである。
其他之と相関聯して、現下の重大なる国策問題は、農村の振興問題である。今日我農業の一番欠点とする所は学問の応用が足らぬ事であるが、学問と農業とを密着せしめるには、多少金が費るけれども、学理を応用して、農業の改良と増収を図ると云ふ事は、今日焦眉の急務と云はなければならぬ。
勿論此外に軍縮問題とか、思想問題とか云ふものも重大な問題ではあるけれども、之等は筋の解つたものであつて、唯だ実行さへすれば宜しいのであるが、識者の大なる努力と考究を要するのは前述せる如き経済上の問題であつて、国民の全力を傾注して、此重大なる国策を解決する事は最も必要な事と考へるのである。
九
更に外交問題も亦誠に重大なる問題であつて、吾々は支那とか米国とか云ふ方面に対しては大切な事であるから、それぞれ微力を尽しては居るが、之は私的の事であるから、矢張り国家として十分にやらなければならぬのである。然るに外交問題に対する政治家の態度を見ると、何か起るとワアーツと騒ぎ立てる、何も云はなければ黙つて居ると云ふ有様で、何方も不可ない事であつて、それでは全く外交問題を論ずる資格が無いと云はなければならぬ。
要するに政治家は甚だ無知であり浅薄であつて、其場限りの感情論で、唯だ徒らに蝸牛角上の争ひに没頭して居ると云ふのが現在の有様であるから、之は宜しく速かに改めなければならぬ。然らざれば、政党は益々卑劣になつて、愈々国民の不信用を招くばかりであるから、広く国民の自覚を促し党の大覚醒を図ると云ふ事は、我国現下の最大緊要事であつて、此大事業に当られる全国青年同志会の奮起を深く喜ぶものである。 (十月十五日新使命所載)