公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
三八二 竜門雑誌 第四三八号 大正一四年三月 ○青淵先生説話集 ○中略 無学恐るるに足らず(DKB80008m)
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三八二 竜門雑誌 第四三八号 大正一四年三月
○青淵先生説話集
○中略
無学恐るるに足らず
商人でも学問のあるに越した事はありませんが、学問がないからと云つて必ずしも悲観する所はないと思ひます。私の知つてをる人の中でも学問は無かつたけれども、勇気、決断力、度胸と云ふ点が常人に勝れてゐた為めに成功者となつた例は沢山あります。
無学成功の三人
彼の古河市兵衛翁の如きも余り学問はありませんでしたが、なかな
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か勇気があり根気の強かつた人でありました。小野組の破産した当時の如きは殆ど自分の全財産を投げ出して事に当つたのを見ましても、翁が如何に勇気に満ち満ちた人であつたかと云ふ事が感ぜられます。其後私や相馬家から確か拾万円ばかり出資して応援し、足尾銅山の経営に当りましたが、果せるかな翁の計画は的中して非常な成功を博し相馬家は勿論、私達に対しても莫大なる利益を割いて酬いられた事を今でもはつきりと記憶してをります。全く是等は勇気がなくては出来る仕事でありません。
それから又、三井の三野村氏の如きも矢張り無学ではありましたが是れは又頗る度胸がよく、且つ人物を見るの明を持つてをりました。又「天下の糸平」を以て知られた所の糸平の如きも、頗る勇気のあつた人で、此の人は相場によつて多くの富を作つたのでありました。以上の三人は何れも無学でありましたが、其の勇気と度胸によつて成功の栄冠を贏ち得たものであります。
大倉喜八郎の胆力
更に又今日の大倉男爵に就いて見ますならば、氏は上野戦争の際、彰義隊に捉はれて白刃の閃めく武士の並んだ前に呼び付けられ、種々な事を訊問されましたが、少しも恐れる気色なく堂々と答弁されました。此の場合、並み大抵の人でしたら歯の根もあはず縮み上つたでありませう。然るに大倉氏は当時尚青年であり乍ら大胆に答弁されて臆する色もなかつたのは、如何に氏が勇気あり落付きがあつたかを知る事が出来ます。其の頃は御維新になつたとは名ばかりで、まだ幕府の残党が勢ひ鋭く官軍に抵抗せんとして殺気の漲つてゐる時でありましたから、何うせ命はないものである、臆病に構へた所で助からないと覚悟をきめたからではありませうが――
私は大倉氏の其の時分の事を委しく知りませんが、人の話によりますと、大倉氏は「官軍の方へ鉄砲を売つて彰義隊の方へ売らないのは如何なる訳か」と詰問されたのださうでした。すると大倉氏は「一体どうも官軍とか賊軍とか云ふ事はさつぱり私には分りかねます。あなたの方へ参れば彼方が賊軍だと申されますし、あちらへ参ればあなた方を賊軍だと申しまして、何れが本当であるか分りません。然し何故彰義隊に鉄砲を売らぬかとのお尋ねでありますならば、私は決してあなたの方へ売らぬとは申しません、金さへ下さればいくらでもお売り申します。然し彰義隊は金払がよくなくて困ります。代金を今日やるとか明日やるとか申しまして未だに頂いて居りません。金さへ滞りなくお払ひ下されば私とても商売ですものどんどん品物は差上げます」と大胆に答へたのであります。所が相手も武士で物の分つた人でありますから、此答弁を聴いて「其方は誠に面白い奴だ、金は滞なく払ふから鉄砲五百挺を三日以内に上納せよ」と申されました。最早命がないと覚悟したのに引き替へて多数の注文を取る事の出来たのも大倉氏に勇気があつた賜であります。
道理に基いた勇気が必要
商人は正直であると同時に又一方には正当な道理があると認めたならば、ただ石橋を叩いて渡ると云ふ遣方ではなく、進んで開拓奮闘す
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る勇気がなければならないのであります。ただ此処に一言して置きたい事は、商人として勇気胆力の必要な事は斯くの如く明白でありますが、其の勇気たるや自分のみに都合のよい利益主義から割り出したものではいけません。時に不利益な立場に立つても、飽くまで自己の面目を維持する為めに奮戦する必要があると思ひます。又正当の道理に基いた力でなければ、其の勇気たるや勇気でなく乱暴となるものである事を考へなければなりません。
腕力も必要である
更に又勇気は乱暴であつてはならない事はもとよりでありますが、一面腕力的勇気を備へてゐる事も、或る点までは必要であると思ひます。何故なれば身体が弱く元気の足りない人は自然勇気に於ても乏しくなる勘定でありますから、私は平常青年諸君に対しては出来るだけ身体を鍛錬する方法を奨励してをるのであります。身体の弱い人は兎角薄志弱行に陥り易いものでありますから、是非体育を奨励しなければなりません。私の如きも青年時代には撃剣柔術をやつて身体を鍛錬致しましたから、今日年を取つてをりましても、諸君と腕押しをして決して負けないだらうと思つてをります。
世の中の事すべてが学問
私は商人は学問がなくとも宜いと申すのではありません。日進月歩の世に立つて商売をして行かうと云ふ者に取つて学問の必要であることは今更申すまでもありませんが、ただ規則的に学問を受けてをらぬと云ふ事は必ずしも恐るるに足りないと云ふ例を示したまでであります。学校で学問をするだけが学問ではない、商品を仕入れる事、商品を売る事、其の他世の中の事すべてが学問であります。(新進商人二月号所載)