デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
大正期 三八三 現代 第六巻第四号 大正一四年四月

■資料

三八三 現代  第六巻第四号 大正一四年四月  人間の本性と真使命(DKB80009m)
別巻第8 p.17-20 ページ画像PDM 1.0 DEED

三八三 現代  第六巻第四号 大正一四年四月
    人間の本性と真使命
                   子爵 渋沢栄一
      一
 我が国本来の教育要旨と西洋のそれとは、根本に於いて相違するところがある。即ち我が国従来の教育は、君国を主として自己は従となる、吾々は君国の為めに働きて自己を顧みざるの覚悟がなければならぬ。然るに西洋の教育は物質を重んじ、個人の権利を専らとする。西洋では、人生れて物心附けば此の方針に依つて教育せられるのであるから、国家に対する義務の観念が比較的薄いやうである。
 之を学問的に観察しても、従来我が国の教育は支那の倫理道徳に依つて精神を養ひ、人の一心を把持し来つたのである。西洋の教育とても全然之に背馳して居る訳ではないが、個人を先にし国家を後にする処から、この根本義から次第に相違して来るのである。
 然しながら此の国家君主を先とする教育と、西洋の個人主義の教育との根本義を履き違へて、盲目的に一方に偏するやうに看做しては大変な過誤となる。勿論、国家君主を主とする教育とて、決して個人を無視するのではない。国家と個人と両々相俟つて共栄の道に外れては
 - 別巻第8 p.018 -ページ画像 
ならぬ。それは恰も権利と義務との関係の如きもので、即ち権利があつて義務が生じ、義務があつて始めて権利の主張が出来るので、何れも共に相対立して行はるべきである。此の関係を弁へずして偏頗なる断案を為す時には、大なる誤謬を生ずるに至るのである。今日の青年には此の誤解又は履き違へがなきにしもあらずと思ふ。此点に就ては特に修学中の青年諸君に対して婆心の一言を呈するのである。
 そこで余は、我が国の現在に於ける教育に就ても一大欠点の存することを認める。それは、今日の教育が科学に偏し、利益の観念にのみ走る事である。蓋し利益の観念は素より必要には相違なきも、教育は只利益の観念にのみ拘泥すべきものではない。人たる本性に拠りて道義の根本を確立せねばならぬ。孟子の語に
  苟為後義而先利不奪不饜。
といふ一句がある。これは実に千古不磨の格言である。彼の欧羅巴各国が世界大戦の惨劇を演ずるに至つたのも、独逸が、孟子の所謂「奪ハズンバ饜カズ」を行つたからである。即ち、欲心から出発して、自己の満足のみを遂げんとした結果に外ならぬ。故に、忠恕相憂の人類の平和に必要なることは、固より言を俟たざるところである。
 然るに現下我が国に普及しある教育の実際を見るに、智識のみを偏重して、道徳の教育は殆ど顧みない。殊に政治上に斯の有様が激甚なるより、畏多くも大詔が渙発して
  質実剛健ニ趨キ軽佻詭激ヲ矯メテ
と仰せられるに至つたのである。然れども、其の淵源たる教育が斯の如き有様で、どうして此の頽勢を輓回することが出来よう。余をして遠慮なく之を言はしめれば「何んぞ其の本に還らざる」である。実に浩歎に堪へぬ。
     二
 余は嘗て数回亜米利加に旅行して彼の国各方面の人情に接触し、極めて家庭的に其の詳細を観察するに、意外にも吾々の本家本元の教旨なる、孝、悌、忠、信が彼等の各家庭間に於て頗る満足に行はれて居るのである。其の実例の一二を爰に摘録すれば、紐育府でヴァンダーリップ氏の家を訪問した時、主人夫妻が非常に親切に待遇をして呉れた。後、ヴァンダーリップ夫人の管理せられる特殊の中学校をも案内して綿密に各部の現状を説明され、殊に告別握手の際には、余が東京の家庭の有様又は余の身上の事柄抔を其の子女に語り聞かせて、将来の懇親までも諭示せられたのは其の温情が歴々と現はれたのである。
 又、ピッツボルグ市のハインツ氏の家に止宿した時なども、主人の君は一昨年逝去されたので、当日余は其の墓参をしたるに、現夫婦は非常にこれを感謝され、翌朝告別の際に十四歳を長として四人の子女を集めて、日本の有様や余のことに就て、いろいろの話をして其の子女を訓諭した。右両家の実況より見ても、所謂忠孝倫理は一家の内に充満して居るといふべきである。
 而して彼等の日常を見ると、独り家庭に倫常あるのみならず、毎日曜日には信ずる所の寺院において良師の説教を聴聞して敬神の心を練磨するから、之を今日の吾々同胞の家庭に比較すると、意外にも彼等
 - 別巻第8 p.019 -ページ画像 
は寧ろ倫理道徳に重きを置いて居ることを見るのである。故に道徳については本家だと自任して居る我が国が、多年科学的の教育に傾いた結果利己心のみを増長して毫も内面的の信念なく、単に物慾の執念から只々労せずして利益を得よう、人格なくして尊敬を受けようとして居るのである。恰も東京市中で電車に乗るのを見ると、人を押し除けて我れ勝ちに乗らうとするが如き有様なのは歎はしき次第である。
 要するに人の心といふものは、善に進むのが本性の働きである。彼の水に弱れようとする小児を見て、誰でも之を助けるのは決して其小児を助ける為めに利益を得ようとか、又は世間の誉を受けたいとか云ふのではなく、全く固有の惻隠心の発露である。而して、此行為は、実に機微の間に顕はれるものであつて、即ち人間の尊い所である。
 それであるから、精神上の教育は此の善いところを培養して、何処までも人間の性を発揚させるやうにせなければならぬ。従つて我が国今日の教育は道徳の点に於て、尚一層の重きを置くの必要なることを信ずるのである。若し然らずして、徒らに時の総理大臣が就職の際の訓言に依りて一般の国民思想を改善しようとしても、それは到底出来ないことであらうと思ふ。
      三
 次に我が国民に就て最も重大なる事は、一般に早老の弊に陥つて居ることである。現に我が国民は、既に六十歳に達すると最早老人として隠退する(或る官衙の職制には其明文があると聞く)と。これは誠に善くない事と思ふ。たとへ六十歳になつたといふも自から老いて終つてはならぬ。自から老人の気持ちになるから、遂に世間の人からも無用視されるやうになるのである。
 過般、東京の斯文会で敬老の宴を開き、老人を招待されたとき、七十歳以上の人が四十余人集まつた。其の際、余は、第一の高齢者として歓迎を受けたので、余は此の長寿の事について英国の医師ラブソーン・スミスといふ人の説によつて演説的に意見を開陳した。それはス氏の摂生法に依れば、人は至極大切に其の身体と精神とを摂養するときは、百歳以上は当然生存し得るものであると断言した。
 其頃、又英国の或る医師は、頗る奇矯の言を弄して、近頃六十歳以上の人が老人を気取り、労働を避け、単に言語を以て人を使役するは不都合の至りである。故に、此の種の人は六十歳を限度として魔睡剤にて悉く之を殺して若い者を働かして行くがよい、と主張したのに対して、ス氏は又其の言の余りに過激なるを論駁して、凡そ人の体格は百歳以上生き得るものである。縦令それが百歳以上は悉く生き得られぬとしても、九十歳までは容易である。そして其の摂生法として説明するところに依れば、元来世間の人が其の身体を活動せずに言語を以て用務を済ませようとするが、それでは決して長命は出来ぬ。苟も長命を望むならば、先づ其の精神と身体とに充分なる活動を続けねばならぬ。さすれば九十歳までは確実に生存し得るものである。
 而して、人間の活動は尚ほ鉄製の機械の如きもので、余り過激に使用すれば破損する。又余りに愛護して活動を怠れば錆を生ずる恐れがある。故に両者を制するには「自制」を必要とするのである。又、精
 - 別巻第8 p.020 -ページ画像 
神上最も緊要なることは「満足平和」と云ふことである。人は常に事物に接触して意の如くならざるときは、必ず苦悶、憤慨、萎縮、悲歎などにて、其の摂生に故障を生ずる。故に健康長命の要訣は「活動」「自制」「満足」の三点を以て重要とするのである。そして之を基礎として飲食等に注意し、常に無理ならぬ様に力むれば、必ず九十歳までは健全であると説かれて居る。
 以上、ス氏の説に依るも、吾々の身体は其の摂生法に依つて九十歳の生命を保ち得ることは殆ど疑ふところなきを以て、我が国民は須らく玆に意を致して、今日の通弊たる早老の誤謬を除去して、国家の為めに奮闘せねばならぬ。聊か所感を披瀝して特に大方諸君に告ぐるのである。