公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
三九六 竜門雑誌 第四四九号 大正一五年二月 ○青淵先生説話集其他 労働問題の根本解決策(DKB80022m)
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三九六 竜門雑誌 第四四九号 大正一五年二月
○青淵先生説話集其他
労働問題の根本解決策
◇労働問題では常に実業家から恨まれる
吾輩は多年実業界に在つたけれども、同時に国家社会の事を一日も忘れた事は無いのである。此意味に於て、今日我国の重大問題である労働問題に就ても吾輩は最も早くから之を考慮し、労働立法其他に就ても度々政府方面へ建言し、又、社会政策の実行及び、労資の協調問題に付ても、微力を捧げて国家に尽す事は、最も尊い奉仕であると信じ、至誠を以て之に努力したのである。
然るに実業家方面では、吾輩が多年実業界に在つた関係から、自分等の味方と考へられて居るので、労資の協調や労働立法等に賛成すると、渋沢は怪しからぬと言はれて居る有様である。併しながら今日我国の状熊を見ると、労働者側の態度も、必ずしも穏当と云ふ事が出来ないと同時に、又資本家側の態度も、決して之を是認する訳には行かないのである。依て之等両者の主張を緩和し、労資の争ひを調和すると云ふ事は、吾国では中々の重大問題である。
玆に於てか先づ労働組合法の如きものを早く制定して、労働運動に一つの標準を指示し、同時に労働者の権利、自由も、或る点まで認めて行くと云ふ事は、労働問題解決の根本条件であつて、吾輩は此意味に於て歴代の政府当局にも労働立法の速かならん事を勧告して居つたのであるが、それが実業家方面から、大に恨まれる種になつて居つた様な次第である。
◇日本の実業家達も一歩進んで考へよ
併しながら日本の実業家の諸君も、温情主義とか何んとか言ふけれども、昔の小規模の工場に於て、主従の関係とか、お師匠さんとか弟子とか云つた時代とは違つて、苟も欧羅巴諸国の大資本組織に倣つて大きな資本組織となつて来たときには、又それに相応する考へを以て来なければならぬのである。然るに何時までも労働者の人格を無視し労働は単に商品なりと云ふが如き考へでは之は非常な問違ひ[間違ひ]である。日本の実業家が、何時も斯う云ふ態度で、此間も工業倶楽部辺りで労働組合法の修正をやって居た様であるが、其事業家としての立場としては尤もな事ではあらうけれども、此事が国家社会の重大な問題になると云ふ事を考へて、モウ一歩進めて貰ひ度いと思ふのである。
◇慶喜公に知られた義理から実業界へ
吾輩はなる程多年実業界に在つたものであるけれども、其心は何時も政治を忘れず、従つて国家社会の問題とも寸時も離れて居つた事は無いのである。
今日斯う云ふ事を申しては、如何にも老人の自慢話をする様に聞えるかも知らぬが、実は之れでも吾輩は、若い時には、
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「一身を御国の為めに捧げたい。若し国の為めになる事なら、此身はお濠の埋草になつても構はぬ……」
斯う云ふ決心で、百姓を已めて東京に飛び出して来たのである。
さうして一ツ橋家に仕へ、徳川慶喜公の臣となつたのであるが、慶喜公の臣となつて、洋行中に徳川幕府が倒れたので、慶喜公に用ひられた自分は、公が引退したのに政治界に出ると云ふ事がどうも忍びない気がしたので、それから断然実業界に身を投ずる事になつたが、心では何時も国の為め、社会の為めに尽したいと云ふ事を忘れた事は無かつた。
◇欧羅巴に行はれた合本を日本に行った
殊に其の当時の日本の状態と云ふものが、又実に貧弱極るものであつたから、「先づ日本の富を増さなければならぬ……」と云ふ事は、帰朝後の自分に、身を実業界に投ぜしめた一つの動機である。玆に於てか商工業の発展には、どうしても金融の力が無ければならぬ。而して其金融は、欧羅巴で行はれて居る合本の方法に依て資本を作り、之を以て紡績も、鉄道も、製糸も、電気事業もやると云ふ事になつて、今日の如き商工業発展の基礎を築いたのである。
従つて、其本業は金融界にあつたけれども、今日の如き一人業でやると云ふ訳には行かず、新開地に開いた新店では、荒物も、反物も、食料品も、何んでも売ると云ふ様に、当時の金融業者は、何事業にも関係せぬ訳には行かなかつた。
それが為めに種々の製造工業にも、随分密接な関係を保つ様になりそれがやがて今日各種の社会問題及び労働問題にも興味を持つ素地となつたのである。
◇故大隈公に口説かれ我財政の基礎を創設
先づ、大体斯う云ふ考へから実業界に入つたのであるが、併し帰朝当時、即ち明治二年大蔵省へ呼び出されて、当時の大蔵卿であつた故大隈侯から、
「君が欧羅巴の商工業の状態を視察し、学理を応用し道理に基いて国富の増進に貢献しようと云ふ事は、誠に好い決心であるが、日本の今の状態では、君の資本を合する合本法をやるにしても、麦を播く畑に肥料が無いと云ふ有様だから、此畑を肥やす為めに暫く大蔵省へ入つて呉れ、さうして国の為めに尽す事であれば、慶喜公に対する信義を傷ける訳でも無いぢやないか……」
と言はれて、暫く大蔵省へ入つた。其後大隈侯は太政官の方へ行かれたので、自分は主として井上侯と共に仕事をしたが、斯うして我が財政の基礎も立つ様になつたので、それから愈々実業界に入り、単り銀行の仕事のみならず、各種の事業にも関係する事となつたのである。
◇労働者を奴隷視せず雅量を以て人格を認めよ
斯んな関係から、今日の資本家はみな「渋沢は自分等の味方の筈であるに拘らず、どうも問違つた[間違つた]考へをして居る……」様に言はれるが併し吾輩は決して労働者にばかり同情して居るのではない。稍もすると過激化する行動をする労働者の態度は勿論好くないが、同時に資本家も、労働者の人格を認めてやらなければならぬ。
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労働組合法にしても、労働者を全く奴隷として終ひたいと云ふ様な態度では、日本の労働問題は到底解決するものでないのであつて、之等の点に就ては、どうしても、日本の資本家がモウ少し眼界を広くして、国家社会の大勢から観察して、道理正しき態度を取ると云ふ雅量があつて欲しいと思ふのである。
◇資本家も労働者も共に根本を忘れて居る
之と同時に労働者もあまり我儘を言つては不可ぬ。自己を尊重すると云ふ事は好いが、其度が過ぎて、事業在つて始めて労働者が在ると云ふ根本の問題をも忘れて終ふ傾きのあるのは、実に思はざるの甚だしきものであつて、労働者中に、稍もすると斯うした根本を忘れた者の存在するのは誠に遺憾千万の事と言はなければならぬ。
要するに我国に於ける労資双方の主張や気持ちは、吾輩にはよく解るのであるが、只如何んせん、自分の微力の為めに未だ十分の解決策を講じ得ないが実に残念であつて、或時は嘆じ或は悲しむのである。
併しながら、労働者を赤化せしむるも、資本家を無理解に陥らしむるも、考へ方一つであつて、労資双方ともに、
「只憎むばかり」
「只呪ふばかり」
では、双方の関係は益々悪化するばかりであつて、遂には国家社会の由々しき重大事件となるのであるから、苟も私心を去りて公共の安栄を図り、社会と共に栄え社会と共に楽しむと云ふ、正義を奉じ道徳を重んじて公正なる道を踏まれるならば、労資の争ひは、易々として解決せらる可き問題である。
◇労資相親しみつつある欧米最近の労働状態
現に最近の英国に於ける労働問題を見ても、米国に於ける労働状態を見ても、労働者は事業を愛し事業に親しみ、資本家は又労働者の勤労に酬ゆる事甚だ厚く且つ大にして、共に相信じ相親しみつつある最近の傾向は、我国の資本家並に労働者に対して、其啓示する所実に大なるものがあると思ふのである。
吾輩が徳川公等と共に、労資協調の為めに協調会を設けたのも、此趣旨に外ならなかつたのであるが、それが殆ど全く他の期待に添ふ事が出来ない状態にあると云ふ事は、協調会幹部の永井君や添田君其他の人々の心持も十分にも解つて居るが、要するに我国の労資双方ともに、根本を理解せざるが故と言はなければならぬ。
◇資本家も労働者も自己の慾のみは不可
玆に於てか我国に於ける労働問題の根本的解決策としては、資本家並に労働者共に、一歩を進めて正しき道理に依り、天下の正道を踏んで、苟も私慾の為めに其道を誤らざらん事に努むるの外はないのである。(新使命一月号所載)