デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
大正期 四〇〇 中外商業新報 第一四四四四号 大正一五年五月一三日

■資料

四〇〇 中外商業新報  第一四四四四号 大正一五年五月一三日  銀行家と事業家とが 互に深い理解を 【子爵 渋沢栄一氏】(DKB80026m)
別巻第8 p.80-82 ページ画像PDM 1.0 DEED

四〇〇 中外商業新報  第一四四四四号 大正一五年五月一三日
    銀行家と事業家とが
      互に深い理解を
        子爵 渋沢栄一氏
 金融制度の改善といふことは非常に重大な問題で、私のやうに実業界から遠ざかつてゐるものにはすぐにそれを議論することはむづかしい。しかし私も過去四十余年間銀行業者として斯業に従事して来たのであるから、一応改善上の問題となつて居る点三四に就て所感を述べて見ようと思ふ。
 先づ聞く処の改善事業事項は
 一、兌換銀行券発行の統一
 一、特殊銀行の整理減少
 一、特殊銀行重役の民選
 - 別巻第8 p.081 -ページ画像 
 一、普通銀行資本金の決定
 一、支払準備金の決定
 一、預金高に対する貸出制限
 一、銀行検査官の増加
などである。が然し私はこれ等の事項に対し詳しく内容を調べて批評するのでなく
 大体論を するもので、兌換券は統一すべきか、現状のままとするかといへば、統一可なりと答へる。特殊銀行の整理減少は当然緊要なる事柄である。今日のわが特殊銀行は官権の道具に使はれてゐるので多く一種の穴埋政策に利用せられ嫌ふべき弊害を重ねてをる。これは単に特殊銀行のみならず、特殊会社も同様の病根を持つて居るが、大に改善を要する。実際金融が政治運動の奴隷となるやうではおしまひで、銀行としての効能なく弊害のみ多いといつても過言ではない。従つて特殊銀行の重役にも厳格な人もあれば、寛容な人もあり、放漫を敢てして平気な人もあるであらうが、前述の通り政治権力の手先となることを幾分でも少くする意味から、官選と民選と何れがよいかといへば私は資本主に
 重役選任 を任した方がよいといひたい。嘗て日本銀行創設当時、一週に一度か二度行内の制度が成立までといふので、私は三四の民間銀行者と共に日本銀行に出たことがあるが、元来私は官権の制度下にあることを好まず、自由を好んだので、いくばくならずして止したことがある。これは余談であるが、また普通銀行資本金の法定とか、支払準備金の法定とか、或は預金高に対する貸出し制限などは、銀行を確実ならしめるためには法律的な色々の制限をなすことが好い点もあらう。その昔、国立銀行条例にもこれに類した制限があつたのであるが、斯様な規定は一種の形式であるから、これなくとも一般銀行者の能力と自制とに任して置いた方が却て効果があるのではあるまいか。銀行の監督を徹底するため検査を厳重にして
 検査官の 増員をすることは、適度に行はれると効果もあるであらう。されど若し検査官にその人を得なかつたならば、より以上悪結果をもたらすやうになるであらうから、当事者夫自身に自己の検査を日常厳格に行はしむるならば足ると思ふ。就中検査官が各種の統計的報告のみを求めて、自己のなした仕事のほこりとしようとすることなどありとすれば、制度に偏してその効能は失はれるに至るであらう。以上改善案の批評はそれとして、私は今日もなほ銀行業と事業家との間が極密接であるを要するの日であると考へてをる。中には金を借るために銀行を設立する人などもあるが、銀行業者が新しい事業に対して我関せずの態度であつては、日本の
 産業界の 発展はまだ望まれない。事業にして自己の資本のみで仕事を運転して行くことはむづかしいので、増資の前に銀行から金融を受けるなどは大いに事業の信用をして高めるものである。従つて事業家あるも金なしといふやうな場合も度々あるから、金融業者は事業に対して相当の理解を持ち、これを発展せしめることを一眼目とするが肝要で、今日我国の事業が著しく進展し来つたのもこの両者が密接な
 - 別巻第8 p.082 -ページ画像 
関係を保つて来たからであつて、今後とも未だこの如くあらねばならぬ時期にあると思ふ。