公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
四〇三 支那時報 第五巻第四号 大正一五年一〇月 日華関係甦生の大義(DKB80029m)
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四〇三 支那時報 第五巻第四号 大正一五年一〇月
日華関係甦生の大義
(日華経済道徳合一論)
子爵 渋沢栄一
一
私は古い学問で育つた人間であるから、今日ことはどうも疎く、兎角昔の教育に考へが傾いて参ります。昔の教育と云ふのは支那の教育即ち孔孟の教であつて、四書を第一に読み、少年の中から頭に浸み込んで居る。私は殊に論語が好きで読みました為に、事物の判断にはどうしても之によることになる。例へば人と云ふものは世に立つに権利も相当に能く重んじて、我権利を失はないやうにして行かなければならぬけれども、より先に義務を考へねばならぬ。義務が第一で、人と
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して世に立つ以上之を弁へねばならず、又之を十分に奉じて行かなければならぬ。権利と義務を比較し、其孰れを先に主張すべきであるかと言へば、どうしても先づ義務から考へて行かざるを得ない、義務があれば権利は自然と生じて来る。蓋し権利義務は糾へる縄のやうなもので、始終くるくると義務があるかと思ふと権利があると云ふやうに唯単に権利ばかりが継続するものでもなく、又義務ばかりに終るものでもない。それから人たるものは、どうしても所謂愛と云ふものを考へねばならぬ。韓退之などは、人を愛する之を「仁」と言ふと原道の中には解釈してあるが、此「仁」を主とし義務を先にするやうであれば、個人の間でも国家の間に於ても必ず争と云ふものは少くなり、能く協調融和して行けるに相違ないと思ふのであります。然らば日本の民国に対する関係は如何かと云ふと、今申したやうな教は日本にも勿論日本固有のものはありましたけれども、寧ろ文字になつたのは民国から教はつたことが多いのであります。申さば古い時代に於ける総ての文化の元祖は民国であつたとまで申しても差支ないと思ふのであります。而して此両国の位置から見ましても人種から申しましても至つて親しかるべき関係にあります。其上前に申しました通り、日本の文化も民国から受け得たところが甚だ多いのであります。故に本当に胸襟を開いて今申した道理に基いた交を為して行くならば、此両国は相争ふとか、不快を抱くとかの生ずべき筈はないと思ひます。然るにも拘らず民国に於て屡々排日運動が起り、又日本の側でも民国を嫌ふと云ふやうなことがまゝあるのは誠に不本意千万であります。是は心ある人は是非力を入れて改革をし、完全な国交に引直すやうに努めなくてはならんと信じます。私などは斯様に老衰し先の短い身柄であるけれども、此の事に対して飽く迄も力を尽さなければならぬと思うて居るのであります。斯く信じます為めに斃れて止むの考を以て、今も尚ほ斯く頽齢老衰の身ながら日夜勉強して居る次第であります。
二
私は先達つて歿くなられた南通の張謇さんと、嘗て手紙の往復をしたことがありますが、其当時張謇さんからの来意を申上げますと「凡そ国と国との間の交誼と云ふものは其国民性が相合うて、まあ地理とか人種とかの関係から、自ら交が厚くなると云ふことは自然の勢である。即ち日本と民国はさう云ふやうなことからも、自然と交を厚うすべき性質を持つて居ると言つて宜い。併し真に此交を結ぶと云ふことはどうであるかと云ふと、矢張り其双方の人々、人々と言うても民国なら民国の国民一人も残らずと云ふ訳ではない、七千万の日本の国民全部と云ふのではない。けれども、多数挙げて相知り合ふと云ふことは、両国の交誼を厚うするに於て甚だ必要である。即ち双方の国情が多数の人に了解されるやうになると云ふことが必要である。所が是は両国の間には大抵出来て居ると思ふ。細かい所までは如何か知らぬが大体能く知り合つて居ると思ふ。併しそれだけでは此両国の所謂膠漆も啻ならずと云ふ如き堅い結合と云ふことが出来まい。どうしても其の双方の国を背負つて立つと言ふと言葉は少し穏当でないけれども、国の枢軸にもなるべき種類の人が、或は政治界とか、或は教育界とか
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或は軍事界とか実業界とかの各方面に相当な人が、それぞれ御互に相知つて、成る程と云ふ御互の心にちやんと頷き合ふ間柄にならなければならぬ。唯大体知るばかりでは、事が鞏固でない。所謂其地方地方に於て中心に立つべき人が、しつくりと合ふ所があつて玆に初めて本当の親睦と云ふものが堅くなる。両国の親睦が堅くなると申しても唯一時の交だけではいかない。之を継続的に行つて行くと云ふことが難しい。ある交誼が取結ばれても直に疎遠になつて仕舞うと云ふ嫌がある。故に是が交誼の継続し得る為には、例へば経済上の関係とか、又は文学上の趣味とか申すやうな、或継続し得べき事柄を、今申す中心の人の間柄に能く連絡が付くやうにしなければならぬ」と云ふのであります。
誠に其申される通りであります。併し此経済の連絡などに於ては最も注意を要することは、此等の問題は、悪くすると其の連絡が一方の都合の宜いやうにと云ふと、必ず其反対の一方には悪くなる、民国にせよ日本にせよ……其処でどうしても心ある人との結付けを両方公平に、所謂共存同栄の観念を以て、其の主張に依て能く其の事を進めて行くやうにせねば必ず久しきを保つ訳に行かない。日本と支那は経済連絡をしなければいかぬと誰も言ふ。併し其の経済連絡が貸した金を返さないかとか、又自分の都合の好いやうな権利は借りて来るけれども、向ふの利益になることは為ないと云ふ様なことでは、必ず偏頗な経済になるから長く持続する訳に行かない。故に経済は成たけ公平に共に成立つて行くと云ふ考へを持たなければならぬ。是は申す迄もなく尤もなことなので、誰が云うてもそれに違ひないが、併し不幸にして近頃の状態を観るに、此論理はあるけれども之を実際に行ふ人が甚だ乏しい。其処で前に申した大体に於ての知り合は、容易に能く行き渡るやうであるけれど、稍々中心に立つべき人の相知り合ひ相接すると云ふことが、どうもまだ余り進んで居ないやうな気がします。之は両国の国交上心苦しく且遺憾に堪へない所であります。是に対してどうしても本誌などでは余程御注意なすつて、其の進みを成るたけ指導誘掖して戴きたいと思ふのであります。但し言ふに易く行ふに難く、口では言ひ得るけれども中々一朝一夕直ぐ行ふことは出来ないと思ひます。殊に私としては之を実行する一人たるを切に希望して居りますけれども、悲しい哉、頽齢老衰の身でありますから、到底実際に当ることは困難であらうと思ひます。けれども生きて居る限りは、我が信ずることを行ふのが人たる本分でありますから、誰でも然るべき御方と相接触して此の主義を貫徹させたいと期して居ります。
是れは決して此時報に一種の空論を述べるでなしに、それを実施したいと云ふことを希望して止まぬので御座います。先頃虞洽卿と云ふ人が来られて、あの団体の皆様が日本の経済事情を調査して帰へると云ふことで訪問されたから、自分は日華実業協会代表の位置で或は歓迎も申上げ、又特殊の協議会などを開いて意見の交換もしました。それも一度ならず更に再度私の家に又来て御貰ひして、少人数で極く親しい談話などをしました。蓋し斯かる機会に虞洽卿、余日章とか云ふ御人達と成るたけ只今申したやうな有様に迄進み行きたいと斯う思う
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て会ひました。併し其の後まだ先方に或はどう云ふ御評議があるか、まだ考案中であるか、若くは特殊な組立などは必要でないとでも思はれるのか、御意見も言つて来られません。私の考へではどうぞ是等の団体の重立つた人々が、我々日華実業協会などの団体と能く意見を交換し共に此両国の間の楔子と云ふやうなものにでも成り得る希望がありはしないかと思うて、心を砕いて御話しました。それ迄に必要と思はれたのが、更に其の事に就て言うても来て下さらぬやうであるが、さう言つても時報に依て先方に対し不足がましくなると穏当でありませぬから、さう云ふ意味に私は申すのではないけれども、今申したやうな意味を唯空論でなく、事実にどうぞして見たいと希望して居る、と云ふことを申した次第であります。
三
是を要するに極く漠然とした議論であるけれども、斯様いふ様に考へて居ります。世界と云ふものはどう云ふやうになつて行くかと云ふことに就て、学者の説が区々であるが、兎に角に変化と云ふ意味から大体論をすれば、人類でも其の他の生物でも、行末果してどうなるであらうかと云ふ其の究極する所は、私共には論ずることが出来ぬけれども、日々に進歩発達して行くと云ふことだけについては、誰でも否と云ふ事は言へないだらうと思ふ。蓋し私の物心ついてからもう殆ど七十年余り経過しましたけれども、其の七十年の歳月中に世に現れた事物に付て考へて見ましても、手近なれど日常私共の処する事柄に就て観ましても、真に進んで居ることを知ることが出来ます。昔に於ては思ひ掛けない空想と思はれたことを、今は現実に見る事が出来るやうになりました。かくの如く進歩すると云ふことは、私一身の境遇に於て事実が証明するから、此既往の経験を以て未来もさうであらうと云ふことを推測するのは間違でないと思ふ。さうすると是がどう云ふ有様まで進んで行くものであるか、其進む間に色々の変化がありませう、実際に進みつつ相争ふこともありませう。争ひつつ大に変ずるとしたならば、其の点に至つては我々には分らぬと申上げる他御座いませぬ。私の経験しました僅七十年の間を回想しましても、幕府制度が王政に復古した。それも唯王政に復古したばかりではない。其間には大に衰へるもの、大に盛んになるもの、其起伏盛衰を事々に挙げて見ると大変な変化であります。其変化の間に或事物は昔に比べると勿論進んで居り、或事物は拡張されたと云ふことは数々あるやうであります。又欧羅巴に付ても其の通りで、私の最初行つた時分にはナポレオン三世が欧羅巴に優勢を示して居るやうでありました。然るに其後数年の間に是が変化した。それを亡した力は何処にあつたかと云ふと、普魯西即ち後の独逸であつた。而して其の独逸は又どうなつたか、大分歳月を経つた後に是も亦昔日の威力を全然見ることが出来なくなつて仕舞つた。これはほんの一例であるが、此前極く主立つたものでも歴史を調べて見たら幾らでもあるのであらう。私は無学でありますけれども、丁寧に考へて見たならば、斯う云ふ変化もある、あゝ云ふ変化もあると云ふことは言ひ得るのであります。而して其の変化に伴ふて「人」はどうなるかと云ふと、一般に進みつつあると云ふことは間
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違のない状であらう。一般の動物と人類との相異を考へますと、人類は自然の力に相当して御手伝をすると云ふことにある様で、此の点は段々進んで行くやうであります。それを進ませる為に教育と云ふものを盛にし、学問を授けると云ふことも必要であります。人間として斯くありたいことだと思ひますが、扨てそれに就ては詰り都合の好いやうに進んで行くと云ふことが皆共に望む所である。其の共に望む所であるのは政治、軍備は勿論主として経済で、此経済に就てどう進んで行くか、何を目的にするかと云ふことを考へねばなりませぬ。若し之れを考へないと経済が或点は進歩しても鞏固でなく、恰度子供の積んだ石が登り切つた時に皆崩れて仕舞ふと同様な瓦解を生ずる。大正三年から七年まで掛つた欧羅巴の戦乱などは蓋しそれだと言つて宜いと思ふ。つまり経済上の争であると思ひます。今現に東洋に対して力を延ばさんとする英吉利なり露西亜なりにしても、其の勢力と云ふ中にも経済関係が甚だ強いと思ふ。此の強い経済関係は詰り或点から言へば進んで行くのである。進んでは行くが其の進みが行詰ると詰り積んだ石をぶち壊すやうな有様になる。折角自分で拵へて行つては壊して仕舞ふと云ふやうなことでは、人類と云ふものは余りに智恵のないものである。それを高い方から見たならばおかしいと笑はれはしないかと思ひます。之を防ぐにはどうも唯知識ばかりを進めてもいかぬと思ふ。知識ばかりに依頼することは出来ない。所謂人格的、精神的の教育が甚だ必要であると信じます。さうして世の中の進歩は矢張りどうしても経済によらなければならぬ。然も唯資産を殖すとか工業を盛にすると云ふのみの意味でない、而して此必要な経済の発達を堅固に維持する為には心に属する所謂精神教育が必要である。即ちそれが道徳である。それでどうしても此人類の進歩を計るならば、経済道徳の合一を以て進む外はない。で若しそれが十分に徹底したならば、両国の交誼なり国際の親和なども完全に行はれて行くに相違ない。況や民国と日本は其国民性に於ても又位置に於ても親密なるべき性質を持つて居る。親善期して待つべしであると信ずる。私の生きて居る中は難しいか知らぬけれども、仮令如何に老衰しても此希望をば矢張り捨てずに地下に這入りたいと斯う思ひます。どうぞ其の事に就ては、水野君並に同人諸君に対し是非十分の力を入れてやつて戴きたいと深く希望いたす次第であります。(文責在記者)