デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
大正期 四〇四 実業之世界 第二三巻第一一号 大正一五年一一月

■資料

四〇四 実業之世界  第二三巻第一一号 大正一五年一一月  訪問する時とされる時の心得 【子爵 渋沢栄一】(DKB80030m)
別巻第8 p.90-92 ページ画像PDM 1.0 DEED

四〇四 実業之世界  第二三巻第一一号 大正一五年一一月
    訪問する時とされる時の心得
                   子爵 渋沢栄一
      世の中には、何の為に訪ねて
 来られたか一向に要領を得ない人がある。その反対に、何の為に人を訪問に出掛けたか、本人自身でさへ訳が判らなくなる場合がある。こんな風では訪問する方もされる方も詰らん。ことに此頃のやうに忙しい世の中にソンナ事では仕方がない。そこで私の長い間の経験から訪問する時、訪問される際にこれだけは是非心得て置かねばならぬと云ふ極く大切な二三要領をお話し致さう。
 - 別巻第8 p.091 -ページ画像 
 訪問にも色々種類がある。先づ、ある仕事の相談を頼もうと思つて訪問する場合には、何よりも先にその仕事の内容を隅から隅まで承知し、ドンナ事を聞かれても必ず相手に満足の行く説明の出来るやうに徹底的に研究し、其問題に対する凡ての材料を何時なんどきでも取り出せるやうに準備して行かなければならぬ。折角、面会する機会を捕へても、其点はウツカリしてゐたとか、其点は追々研究して見ようとか、其材料は今日持つて来るのを忘れたとか云つたやうなヘマな返答をすれば、
    一遍に相手に厭気がさして了ふ
 充分の研究と準備を積めば其処に動かし難き確信の色が現はれる。確信ある態度は相手を説き落す第一の印象である。
 それから、愚図愚図要らん話に手間取らんで、はじめから肝腎の用件に全精神を打ち込んで話し出すが宜い。此方が本当に真剣な心持にならなければ、決して先方が動くものでない。ただ訪問して話して見たら何んとかならうと云つたやうな浅い軽々しい考へでは、とても訪問の目的を達する事が出来ない。のみならず却つて訪問しない前よりか其人に悪い感じを与へると云ふ、二重の不結果を生み出すことが往々にして見受けられる。くれぐれも注意して貰ひ度い。
 第二にただ御無沙汰をしてゐるからと云つた普通に音信を通ずる意味で訪問する場合がある。そう云ふ場合には先方の邪魔にならないと云ふ心掛けが第一である。敏感に先方の都合態度を見抜いて、忙しそうな時には気を利かして早く切り上げるとか、閑で、相手の欲しそうな時には充分腰を下して愉快に話し込むとか、兎も角、相手に迷惑にならないやうに心掛けなければならない。
 第三に其人の議論、人物に敬服してゐるとか、社会的の地位を知つてゐるとか云つたやうな理由から、是非一辺風貌に接し度い意味で訪問する場合がある。この場合には、よく先方の議論なり、事業なり、経歴なり、社会上の地位なりを
      呑み込んで置かなければ不可
 そうしないと話がチグハグになつて、極めて気不味い場面が持ち上ることがある。亦、相手に訊ねる場合には、あくまで謙譲な態度を守つて素直な気持で行かなければならなぬ。相手をひやかしてやらうとか、あはよくば議論を試みて、一泡吹かし己が才能を認めさして遣らうと云うたやうな、不純な心持が少しでも混つてゐては駄目である。
 以上は、訪問の種類に依つてそれぞれ幾らかカジツタ心掛を述べたのであるが、一般的の要領を云ふならば、第一相手の性格をよく心得て置く必要がある。これを心得ないと要領よく相手に応対することが出来ないのみならず、先方の言葉を誤つた意味に聞く虞が少くない。何となれば、世の中には外面如何にも丁寧親切で誠実らしく見えるが其実、案外不誠実な人間も随分多いから、性格を承知してゐないと、誠実らしい言葉を本当の親切だと取りチガへて後で非常に困る事があらう。亦、反対に、外面はブツキラ棒でパツパツと
      乱暴な言方をしても腹の内は
 案外正直な情のこもつた人物もあるが、折角、斯う云ふ人物の親切
 - 別巻第8 p.092 -ページ画像 
な言葉を誤解して、憤慨する事も有り勝ちだからである。故に、訪問する際に先づ相手の性格を知らなければ不可ん。
 第二に、誠意が大切である。これは、人間の万事を通ずる根本的の要件であるから、今更喋々するを要すまい。
 第三に丁寧親切でなければ不可ん。然し丁寧親切も間違つて解さないやうにして頂き度い。言葉や態度を如何に丁寧親切を極めたとて必ずしも先方に好感を与へるとは限らん。実業之世界社長の野依君の如きは、実に無遠慮に思つたことをヅカヅカ言ふ。あの早口で誰の事でもビシビシ云ふ。けれども如何にも誠実熱心で、真情流露としてゐるから何時聞いても気持が宜い。其の反対に、恐ろしく言動の丁寧な人で恐ろしく不愉快な印象を与へる人がある。
      亦相手の歓心を買はんがために
 碌々知りもせん癖に、私はあの人をよく知つてゐますとか、エヽあの本を読みましたよとか、口から出まかせに相槌を打つ人があるが、これ程、不愉快な事はない。そんな出鱈目な事で人を胡麻化せるものでない。何事も有りの儘が宜しい。言動に誠あり、出鱈目を云はず、さりとて奥歯に物がはさまつたやうな態度をとらず真情流露として、一の物は一、二の物は二として相手に示すが宜しい。有りの儘は一時損するやうに見えて終局に於て得をする。
 なほ、知らない人を訪ねるには、紹介状を持つて行くのが常道であるが、持つて行かなければなほ更のこと、持つて行つても、先方の都合で面会を謝絶される事があるが、これは先方になさねばならぬ仕事もあり、色々な事情もあつて仕方がないから、其辺をよく考へて一概に失望したり憤慨せぬ心掛が必要である。
 以上は人を訪問する場合の心掛で、この反対は即ち訪問された場合の心得となる。
     訪問されるのは受身であるから
 細い心掛は多少異るにせよ、根本的精神は同一でなければならぬ。ただ一言御注意申し上げ度いことは、此方が多忙の時に面会を謝絶するのは当り前であるが、一且面会した以上は親切丁寧に、相手の納得するまで諄々と説くが宜しいと云ふ事である。
 それから、どうせ面会した以上は充分に、先方の言分を聞くが宜しい。此男は斯う云ふ用件を言ひに来たのではないか、斯んなキレイな事を言つて後でドンナ事を持ち出すか知らん等と、ビクビク要心してゐるのは極く見苦しい事である。虚心坦懐になつて先方の言分を判断し出来るものは出来る、駄目なものは駄目とハツキリ返答を与へるが宜しい。言葉を濁して相手を引摺り廻すのは不誠実な証拠で、相手の感情を傷ける之より甚だしきはない。要するに訪問する時もされる時も誠実が第一である。