公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
四〇七 実業 第一〇巻第一号 昭和二年一月 ○私の発言権 不景気恢復期と用心第一 【子爵 渋沢栄一】(DKB80033m)
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四〇七 実業 第一〇巻第一号 昭和二年一月
○私の発言権
不景気恢復期と用心第一
子爵 渋沢栄一
私は過去十数年前から、一切の会社銀行関係を断ち、余生を社会教化事業に尽してゐる者であるから、経済界の実情には日に疎くなつてゐる。加ふるに近来著しく老衰してゐるので、一層この感が深い。随つて玆に読者諸君に向つて、経済上当面の問題を論評し、御参考に供することは覚束ない。しかし経済界のことについては、常に色々と憂へてゐるものであるから、この点から私にも発言権を与へて下さることは私の喜びに堪へざるところである。
経済界の活舞台は今私どもの目の前に展開してゐる。しかし私が事情に疎いことは前申した通りであつて、私の批評は丁度眼前の檜舞台に千両役者が活躍してゐる、それを耳の遠い視力の衰へた老人がツンボー桟敷に陣取つて、素人劇評をやつてゐる様なもので、そのくらゐにお役に立つものとお考へを願ひたい。
凶慌善後と緊縮政策
さて最近の経済界について私の観るところを申すと、今が最も大切な時期であると考へる。申すまでもなく欧州大戦は、実に世界の経済界は勿論思想界にも一大変化を与へた。さうしてその打撃は実に大きいものであつたが、日本の経済界だけが特殊の大打撃をうけたのでは
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ない。世界の各国がみなそれぞれに非常の打撃を受けたのである。さうして各国とも相競うて戦後の経営に任じ、すでに著しく恢復した国もあるが、我邦は幸か不幸か戦乱の渦巻から遠く離れてゐた関係で戦争による損害も少く、いづれかと云へば戦争で国富を増したといふ様な事情もあつて、一時はいはゆる戦争成金の気分が全国に溢れて、事業界なども余りに手を拡げすぎてしまつた。そこで玆数年にわたつてこの善後策に腐心したことは云ふまでもないが、しかしその努力が欧米各国民に比べて遥に足らない点があり、其上世界未曾有の大震災に見舞はれ、あれだけの大打撃を蒙りながら、なほ成金気分が抜け切れず、随つて財界の恢復がそれだけおくれて今もなほ不景気に呻吟してゐる。しかし憲政会内閣の消極政策により、特に前大蔵大臣浜口現内相の財政政策は頗る時機に適し、人意を強うするものがあつたが、現蔵相片岡直温氏が代る様になつてからは、聊か前蔵相の緊縮方針をゆるめんとするの意向が見えてゐる。しかし之は大に注意し、警戒を要すべき点であつて、思ふに今日はなほ緊縮を継続して財界自然の恢復を待つことが、何よりも大切な時期であり、人為を以てこの自然恢復を促すが如きことは、まだ一寸にも満たざる麦の芽を引つ張つて伸ばさんとするものであつて、却つてこの自然の発達を害するの虞れがある。この点は実に重大な意義を蔵する点であるからくれぐれも注意警戒を要することを特に一言しておきたいと思ふ。
緊縮と国民の伸力
しかし緊縮と申しても国民の発展的気力を止めてもよいといふのではない。発展の要素を止めるならば、それは丁度私どもが日常の生活において、食物をとればそれだけおあしがかかる、そこでおあしを使はない様にといふ為に、食物の量を減じ、営業価値の少いもののみを取つてゐるならば、それは結局身体を害し、健康を保つことが出来なくなり、ひいて生活にも生命にも関する様なこととなる。またこれを農業に例をひけば、種子を惜み、或は種子を蒔くことまでをも惜み、或は肥料を惜んで与へなかつたならば、秋の収穫がへるか、それとも収穫が皆無になるの外がないのであつて、斯くの如きは実に物事の根本を忘れた愚者の態度であつて、取るに足らざる拙策である。
昔から世俗的に言はれてゐるやうに、所謂爪に火をとぼして節約の能事了れりと思ふが如きは、あらゆる生活において取るべからざる態度である。そこで今日の場合においても消極主義を本体としながらもその伸びんとする国民の発展力は之を阻止すべからざるは勿論、如何にしても之を伸ばすべきかについては大に考慮を要することと思ふ。即ち言葉をかへて云へば、消極の間にも正しい積極が必要であり、積極の間にも、正しい消極がなければならぬといふことである。
例へば国民の海外発展の如きは、大げさではいけない。けれども真に国民の意気が海外発展にあり、これを援助すれば立派に効果をあげ得るならば、大に之を助勢してやることが必要である。伸びるものは伸すべきである。出るものは出すがよい。しかしその伸びる力もただ単に伸びただけでは駄目である。有効に伸びる、伸びさせることが大切である。如何に滋養に富むものでも、之を必要以上にとるならば、
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必ずや胃腸を害し、健康を損すること明かである。この点から今日は特に必要な時期である。
現代世相の一瞥
私の見る処によれば、独り経済界だけではなくあらゆる国民の生活が上調子になつてゐる様である。或人はそれは老人の愚痴だとおつしやるかも知れない。しかし一体の気風が質実剛健をかき、浮華放縦の傾きがある。なほ著しく感ずることは自我の観念が発達して、自分さへよければ人はどうでもいいといふ様な気風が濃厚になりつつあるやに感ぜられる。人には働かせて、自分はそのうまい汁を吸はうといふわるい量見の人が段々多くなつてゐる様である。もとより自立独行といふことは誠に結構なことであるが、この正しい自我の目醒めではなくして、間違つた自我思想、利己本位の個人主義は、誠に憂ふべき傾向であると思ふのである。さうして是等の間違つた思想が行為の上に現はれて、政治上、経済上に責任観念が薄らぎ、道義的精神が衰へつつあることは痛嘆の至りである。
私ども老人の頭はいはゆる東洋道徳で固められてゐる。若い人から観ると旧くて馬鹿らしく見えるかも知れぬ。けれども人間は正直であれ信用が大切である。言は忠信、行ひは篤厚、己れ立たんと欲すれば先づ人を立つ、世のため人のため尽す、人に対しては真面目であれと教ふる東洋道徳は、決して旧い思想として片附け去るべきでない。否大に力説絶叫して之が振興を図る事が当今の必要事であると信ずる。
西南戦争以後の活訓
今経済政策に関する積極消極の関係について事実を申し上ぐれば、かつて西南戦争の当時、政府は盛んに紙幣に濫発した。その結果、物価は高くなつて能く売れ、景気は著しくよかつた。ところがこの紙幣濫発の結果、果ては紙幣二百円が銀幣の百円で評価され、紙幣の価打ちが半分に下落した。当時大蔵卿は積極主義の大隈重信氏であつたがこれではならぬといふので、次いで松方巌氏が大蔵卿となつて緊縮主義を断行し、たしか明治十四年の冬から五年にかけて盛んに銀を貯蔵して紙幣の引換準備にあてて大に消極政策をとつたので、漸次物価も安くなり、二十年頃にはすつかり恢復して財界が安定した。しかし恢復して来ると今度は積極主義となるのが自然の勢で、財政は次第に膨張し、またまた緊縮主義を以てこれを矯めなければならなくなり、一張一弛して今日に及んでゐるが、私は西南戦争以後における松方侯の緊縮方針が大に効果をあげたことを今もなほ深く感銘してゐる一人であり、同時に今日の場合はなほ緊縮の手綱をゆるめず、根柢的に国力を涵養することが必要であると考へてゐる。
片岡蔵相の政策
世上伝ふるが如く片岡蔵相の財政政策はこの自然の恢復に復たず、一歩を進めて之を促進せんとするものであるならば、それは現下の財界に対する適当なる政策ではないと思ふのである。
勝つて兜の緒をしめよとは古今の名言である。幸にして我が財界の根柢は月を逐うて段々と固められつつあることは大に喜ぶべき現象である。この時こそ戒心一番、しつかりと兜の緒を締めて、自然の恢復
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を心から待つべき最も大切な時である。私の説は如何にも片岡蔵相の主張に反対の様に見えるが、片岡蔵相がよく私の主張を玩味されて、この根本的恢復を念じつつ、その国家国民の伸びんとする力を促進さるるならば、それこそ私どもの双手をあげて賛成するところであつて併せて片岡蔵相の財政政策をして過ちなからしむるものであらうと思ふのである。
新春自ら警む
くれぐれもこの恢復期に際しては国民をあげて飽くまで浮華放縦を戒め、質実勤勉の風を興し、ますます根柢を固うし、自然の恢復を助長し、本当の力を以てこの不景気を征服しなければならぬ。而してこの希望は漸次実現せられんとしてゐる秋であるから、苟もこの大勢をみだし、この順風をさまたげる様な政策を取るべからざるは勿論、国民の経済生活に於ても亦、よくこの大勢に順応する様にあらねばならぬ。
兎角人間は楽の途を選びたがるもので、山に車を引き上げることは容易ではないが、下り坂に車を引くことは余りに容易である。今まさに車は坂の頂上に近づかんとしてゐる。然るにも拘らず、手をゆるめるならば車は非常の勢で逆行するのであらう。我邦の財界がまさにこの情況を呈してゐる。今一と息といふところである。国民総がかりの努力を要するとは繰返し申し述べた通りである。私はここに丁卯新春の劈頭において以上の所感を述べて深く自らを戒むると同時に、同憂の士と共に忍耐精進してこの難局を打開し、真に根柢ある国家の隆昌を祈り、併せて健実なる国民生活の樹立されんことを切望してやまざる次第である。