公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
四一五 竜門雑誌 第四六五号 昭和二年六月 財界の変動に就て 【青淵先生】(DKB80041m)
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四一五 竜門雑誌 第四六五号 昭和二年六月
財界の変動に就て
青淵先生
過般の財界大変動に就て、外部から之を批評するに当り、私は先づ遺憾に堪へないと言はざるを得ません。我が国の経済上の制度は此処五六十年の間に西洋式となり、進歩発展したものでありますが、最初の程は遅々として容易に進まなかつたのであります。そして多少とも欧米の有様を知つて居て、それに則つてやりかけたものとか、自己の見聞を基として不規則に取りかかつたものとか、又政治上から誘掖指導されて進んだものとか、色々ではあつたが、何れも幕府当時の商人とは相違して、自分の裁量で事業を行ふと云ふ風で、従前とは大いに趣を異にして来たのであります。中でも規則正しく発達したのは銀行事業であります。勿論其の制度なり業務取扱なりが完全であるとは云へないが、兎に角他の事業に比較し、きはだつて整頓されて居りました。之は明治の初年米国のナシヨナル・バンク・システムを模倣して国立銀行を起したのに始まり、それによつて一般国民の預金を安全に保護すると同時に、適当の順序を踏んで運用し、一方の余つた金を、他方の不足せる方面に融通したのであります。従つて其後に於ける我事業界の進歩は著しく現示せられたが、更に明治十五年、日本銀行の設立となり、それに紙幣を発行せしめて他の国立銀行紙幣を引上げ、同銀行券に統一したので更に一段の進歩を見ました。斯くて追々に海運も、鉄道も、諸工業も、銀行の組織に倣つて株式組織によつて経営せられ、次第に目覚しい発展を為して来たのであります。殊に会社組織には追々資力のある者も向ふやうになつて、新しい事業に手を下し
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たのでありました。何分始めに新事業に従事したものは、役人上りなどが多かつたので、昔からの商人は古風を守つて新式のことには手を出さなかつたが、近頃では資力のある古来からの富豪なども、何れも此の株式組織で新事業を行ふに到り、今や会社組織が社会一般を風靡して居ると云へると思ひます。
然るに我が実業界の有様は、概観して基礎が鞏固でない嫌があり、而も事業其ものに独創がなく、悉く模倣で成立つて居ります。故に大体の仕組にしても事業の成行にしても、公共的でなく、自己的であります。換言すれば自己の都合によつて事業を進めたのであるから、一歩一歩順を追ふことなく、時々則を越へ、基礎工事が忘れられ、根柢を固めずに進んだやうな場合もありました。又他に実業界を蠹毒するものとして政治上の色々の事柄があります。之は、或る場合には助けになることもあるが、多くは正しい実業の発展を阻害して居るのであつて、起伏常ない政治界の人々が、其の地位を利用して害を為すことが多いやうであります。斯様な事情でありますから、実業界が順調に進んで居る場合には間違ひもないけれども、兎もするととんでもない大変動を起すことになるのであります。
之は経済全体の組織が道義の上に築かれて居ないからであります。昨年あたりから経済界は一般的に不安定の有様でありましたが、遂に過般の如き状態を暴露しました。事業自体が景気のよい場合にはどうにか弥縫して行けたのであらうが、一度不景気になると、其事業の維持が出来ないやうなことになるのであります。大勢から云へば、欧洲大戦の為め我が国では大いに景気を進めたが、其の後の事業界の沈衰は、反動的傾向が著しかつたのであります。弥縫に弥縫を重ねて来たのが、遂に其の維持が出来ぬやうになり、昨年あたりから窮状を現しかけて居たのでありました。名を指して云ふのも心苦しく思ふが、鈴木商店の如き其の例で、その為め金融方面では台湾銀行が行詰つたのであります。重要な大会社、大銀行を如何にして維持するかと評論するに当つては、政府からの保護救済も一概に悪いとは云へないであらうが、今日の如き事態を暴露する前に、事業に従事せる人々が自分を顧みて己の力を計れば、斯くの如きに陥りはしなかつたであらうと思ひます。表面の形式のみ欧米を模倣しても、内実の思慮が足らず、只どうにか成るであらうと云ふやうな考へでは、智恵があると申すことは出来ません。嘗てムツソリニーが日本の青年に贈つたメツセージの中に、
惟ふに、自己の新生命は、他人の経験を同化することによつて充実す。若し日本の青年男女諸君が、徒に模倣追随、自己の本領を没却して顧みざるが如きことあらば、そこに永く威厳ある武士的精神に生き来りし日本国民をして、他日或は危険に瀕せしむるが如き禍根を蔵するに至らむも未だ知るべからざるなり。
と云ふ一節があつたのを記憶して居ります。実に「他日或は危機に瀕せしむる如き」でなく、現在陥りかけたのでありまして、今日の有様こそ、基礎のない、守るべき信念のない処から、発生した結果であると、深く省ねばならないと思ふのであります。今日までの経験に依
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りますと、日本人は好ければ無暴に進む傾向があるが、それでは物事を遂げ得るものでなく却つて蹉跌します。是非とも一つの守る処のものがなければなりません。其の守る所と云ふのは一口に申しますと、経済上に於て道徳を守ることであります。人たる者には、己の信ずる以外に道はない、故に其処に基本を置けば、己の本分を超へる行為はない筈であります。多くの場合に於て事業経営などに就ては、智恵のある人でも、まだ行けるだらうとて進む場合が無いとは云へぬが、道義を基とすれば、物事の都合がつくから、それでよいと云ふことが出来ず、中正を求めるやうになるから、行ける限りは行かうとするが如きことがないのであります。中正を得た行走りのない程度と云うても分り悪いが、蓋し、世に在る以上各人その程を量り、寸尺を用ゆべきであつて、それを維持調節する上に、道徳的の観念を置くことであります。
之を要するに、今日経済界の紛乱を惹起したのに関して、実業界に在る主な人々、就中銀行業者などが予め之に備へる処がなく、且又出来た事態をよく沈静せしむる力のなかつたのを第一に遺憾とします。然し私が渦中に在つたとしても、勿論如何とも出来なかつたことと思ひますが、兎に角残念千万であります。又第二には政府当局者が一般財界や金融界の事情を察せず信託法の如きを制定し、銀行業者の放漫なる心得違ひの競争を唆るやうなことをしたことを遺憾に思ひます。第三には事業家が弥縫して行けばどうにか其日暮しが出来るからと云ふので、整理、緊縮を忘れ、或は逆に無理な借金をして拡張したやうな場合がなかつたとも限らないのでありまして、之等は悉く道義の観念が乏しかつたから起つたことであります。或は斯う申したのでは茫漠とした批評のやうでありますが、有力者が道徳的に早くから注意して居たら、あゝした混乱は未然に防止することが出来たのではなからうかと思ひます。私は皿を毀した人を責める前に、其の足場や座敷に注意しなかつた人々の責任を問ふ必要があると考へます。私は此の五六十年間の実業界の発達を見て、常に喜んで居ましたのに、今にして斯かる有様を見ましたことは返す返すも残念に思ひます。然し既往は追ふべからずでありますから、一般の人々、特に中心に立つ人々の注意に依つて、再び前轍を踏まないやうにしたいと思ひます。而して現にそれに対する善後策も着々行はれて居るらしいが、之が今後果して如何なるかは、私共の予言する限りでありません。ただ民間のみでなく、政府も力を入れて居るから、一時的でなく根本的の方策を以て改善の事に当られたいと切望するのであります。そして事業界の人々は古い言葉であるが、道徳と経済との合一を図り、年一年と漸次其基礎を鞏固にし、正確に進むべきであると思ひます。
以上私の申した所は、現状に対する甚だしい非難のやうでありますが、思ふが儘に歯に衣着せず申述べたからでありまして、徒らに非難するのではなく、大いなる希望を持つて話した訳であります。(六月四日談話)