デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
昭和期 四三二 実業之世界 第二五巻第一一号 昭和三年一一月

■資料

四三二 実業之世界  第二五巻第一一号 昭和三年一一月  華族一代制に賛成 【子爵 渋沢栄一】(DKB80058m)
別巻第8 p.158-159 ページ画像PDM 1.0 DEED

四三二 実業之世界  第二五巻第一一号 昭和三年一一月
    華族一代制に賛成
                   子爵 渋沢栄一
      華族を一代制にする
 がいいか、一代毎に逓下するのがいいか、又は全廃がいいかとのお尋ねであるが、日本の国柄としては、全廃は感心しないが、一代制は私の理想である。畏くも天皇の御名に於て戴いた爵位を、貰ふべき価値のない者に譲るといふことは不合理である。
 今の様に華族が多くなつては、今に日本の凡てが華族にならねばならぬと云ふが如き感じがする。併し思召しで戴けるものだから、それを無くするといふのもいかん。
      人間は金のみでない
 功名名誉は人の欲することで、国家的勲功者に対しては国家之に酬ゆるに物質を以てのみされ得べきものでなく、授爵の恩命は確かにいいことと存ずる。併し、華族を今日の如く尊敬しなくなつたのでは面白くない。
 昔、殿様といへばエライものであつた。然るに今はさうでなく、殿様といへば侮蔑する様な具合に使はれる言葉となつたかに思はれるのは残念である。無理を徹したり、馬鹿な事をすれば殿様式だと云はれるのは残念。丁度今日の華族に対する多くの人の感情がその様になつて来たかの如くに感ぜられるのは惜む可きである。
      それは殊に新華族等を
 - 別巻第8 p.159 -ページ画像 
 奏請する方々の人選などにも、誤ちがないとは言へぬ結果、新華族に対しても余り尊敬の念を払はないかの様に思はれるが、如何なものであらう。
 私などは鴻恩に浴して自分の働きをさせて戴いたのであるから、それ以上華族に列させて戴くやうなことは少しも望まぬ。唯此の如き国体に生れ得たことを感謝するのみである。で、男爵を授かる時でもよほど御辞退申上げたかつた。
 併し一方から考へれば、思召に対して不敬に当ると思つたからお受けした。
 同時に又一方奏請者に対しては、せめて伯爵でもあればお断りする様なことを考へるかも知れぬなぞと戯談的に考へた事もある。
 と申して、私は決して爵位を軽んずるのでない。苟くも
      天皇の御名に於て戴く以上
 その点は重々思召を有難く思つた。それで子爵の場合も辱なくお受けし、益々御国の為めに微力を捧げたいと思つた。兎に角私は、華族一代制がよいと信ずる。
 それがいけないといふ有力な尤もな論があれば、せめて逓下の方法を取つて、一代毎に下げて行くのが宜しいと思ふ。皇室の藩屏と申せば、全国民の凡てがそれであるから、華族のみがさうであるといふ考へは持たれない。