デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
昭和期 四三五 中外商業新報 第一五四〇六号 昭和四年一月一日

■資料

四三五 中外商業新報  第一五四〇六号 昭和四年一月一日  年頭所感 老来九十 猶この言を為す 【子爵 渋沢栄一】(DKB80061m)
別巻第8 p.165-166 ページ画像PDM 1.0 DEED

四三五 中外商業新報  第一五四〇六号 昭和四年一月一日
  年頭所感
    老来九十
      猶この言を為す
        子爵 渋沢栄一
 「歳月人を待たず」と詩人が詠じて居るが、世を憂へ国を思ふ人々もまたこれを深く感じて居る。ここに昭和四年を迎へて私は早くも九十歳の老人になつた。慶賀すべき新年に際して、過ぎ来たりし方を回顧、過去六七十年間の事柄があざやかに記憶に甦るのであつて、よくも斯様にまで生きて来たものであるかと思ひ、夢の如くに感ずる。然し左程茫乎としても居らぬから、夢以上であらう。
      ◇
 そして自分が少青年の頃、故郷で家業に従事して居た頃からこのかた今日までの世の変遷の有様、事物の進展の模様は決して一言に尽すことは出来ない。例へば交通機関にしても、昔は何処までも人の足のみに頼つて居たが、今日では一度外出すれば電車があり、自動車があり飛行機まである。世界の大勢にしても明治維新前には漠然と外国を恐れ卑しみ、徒らに自国を尊んだのであるが、その後各国の事情が了解されると、他国と修交を厚うして、わが帝国の進展を望むやうになつた。
      ◇
 然しながら物質的には斯かる顕著な進歩をなして居るに拘らず精神的に見た実状は必ずしも進歩して居らず、決して満足する能はない状態である。政治上でも経済上でも、現在に於ては己が他を奪うてよいといふ独善主義になつて居るから、国家としても完全なるものとはなり得ない。勿論私の唱へる政治道徳の一致、経済道徳の合一を此処に詳しく説明する限りでないし、又私の微力よく此主義を貫徹して効果あらしめ得るや否や疑問ではあるけれども、私の心事が其処にある以上遂には世界の人々の考へも其点に帰一するに到ると思ふのである。然し現在では理想をいふのみであつて、物質界の進歩に比し余りに精神界の有様が遅れて居るのを、慨嘆せずには居られないのである。
      ◇
 世の変遷は前述べた通り頗る激しいと申せ、真理は古今東西相違する処はない。昨年の第十回休戦記念のラヂオ放送に私は「誠は天の道
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なり、これを誠にするは人の道なり」といふ言葉の骨子として述べたが、この尊い一句は天地自然の真理を表現するものである。天の道は誠であつて、公明正大である。己のみがよければよいといふやうな考へとは正反対である。支那においては天地人を三才と呼んで居たが、今日は天地に対し人は常に反対の動き方をなして居るから、これをならべて説くことは出来ないやうな有様になつて居る。
      ◇
 人の知識は近年非常に進んで居るが、またそれだけ弊害も多くなつて来た。結局天の誠を貫かしめる人の道がないためである。年の改まるに就て、私にはこの様な観念がいよいよ強く、政治経済の道徳化を一層高唱せずには居られないのである。老来九十、なほこの言をなすのは未来に多大の光明を認めて居るからである。