デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
昭和期 四四三 朝日 第一巻第一〇号 昭和四年一〇月

■資料

四四三 朝日  第一巻第一〇号 昭和四年一〇月  五百円溜つたら会社を創立する 【子爵 渋沢栄一】(DKB80069m)
別巻第8 p.181 ページ画像PDM 1.0 DEED

四四三 朝日  第一巻第一〇号 昭和四年一〇月
    五百円溜つたら会社を創立する
                   子爵 渋沢栄一
 五百円の金を何う処置するかといふことは仲々面白い問題です。自分も今のやうに年をとつてしまつては何うも仕方がないが、二十五六歳位の血気旺んな時代に、それだけの金を得たと仮定して見れば、矢張会社を作ります。五百円で出来るかつて? 出来ますとも。自分の全能力をそれに傾けてやれば必ず出来ます。それには何んな事業が最も社会国家に有益であるか、といふことを充分考へ、これこそ是非やるべき事業である、といふ成案を得たならば、全財産の五百円をそれに投ずると共に、全力をそれに投げ込んで、力ある人々の後援を得ます。事業が有望であり、人物が真面目で、赤心を以てこれに当れば、たとへ出資が五百円の少額であつても、必ず多数有力者の賛成を得て相当大きな会社が成り立ち、自分もその誠心誠意の点で出資の大小に関はらず会社内で相当重んぜられると確信します。私が若ければ、きつとやり通す自信をもつてゐます。一例を挙げれば、明治六年私が第一銀行を設立した時、私の持つた株は四万円に過ぎません。その四万円も全部私の金ではなくて、徳川慶喜公から依頼された分が半分以上もあつたのです。資本金が当時二百五十万円の会社ですから、その中で四万円位出したつて決して大株主といふ方ではなかつたが、それでも赤心を以て事業に当つた為、銀行も次第に大きくなり、私の資産も今では四万円ぐらゐのものではありません。呵々……物の道理は四万円も五百円も同じことです。要するに有益事業に気付いたら、己れを空しうして全力を尽せば必ず成功すると思ひます。