デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
昭和期 四四八 中外商業新報 第一五七六九号 昭和五年一月一日

■資料

四四八 中外商業新報  第一五七六九号 昭和五年一月一日  九十一の春を迎へて 平素の所懐を述べ世の一考を促す 【子爵 渋沢栄一】(DKB80074m)
別巻第8 p.193-195 ページ画像PDM 1.0 DEED

四四八 中外商業新報  第一五七六九号 昭和五年一月一日
    九十一の春を迎へて
      平素の所懐を述べ世の一考を促す
        子爵 渋沢栄一
      一
 「年々歳々花相似たり歳々年々人同じからず」といふ言葉があります。私の如く九十一歳からの老齢を迎へた者には誠に自然は年々相似て居ても、人は同じでない、といふことがよく理解されるから、徒らに長生すべきものでないと思ふやうな出来ごとに屡々遭遇して居ります。が然しまた長生してよかつたと思ふことも少くありませぬ。現に旧臘十九日、畏れ多くも聖上陛下には老人の私を特にお召の上、御陪食の光栄に浴せしめられたのでありましたが、このことなどは、国家社会のお役に立つことが少いながら、長生して居たればこそ、真実老人にとりまして身に余るの栄誉であると深く感激して居ります。
      二
 それにつけても九十年の既往を顧みますと、世の移り変りの速度は真に驚くばかりであります。初め旧幕時代、片田舎の一農家に生れた自分が、尊王攘夷の実を挙げんとし、次で或る事情から一ツ橋家に仕へ、また仏国に赴き、王政維新直後帰朝し、一時大蔵省に出仕したがやがてこれを辞し「日本における経済制度の改革並に官尊民卑の甚だしい弊習の打破」に努力しようと考へて、第一国立銀行の経営に任じ
 - 別巻第8 p.194 -ページ画像 
たのであります。しかるに五十年後の今日では、決して満足とは申し得ないまでも、幸ひに我が経済界も発展し、官尊民卑の弊も大いに緩和せられたので、私としてはいささか初一念が達し得られたと喜んで居るのであります。もち論かく申して自分の先見を誇るとか、自惚れをいふのでなく、これも世の変せんのしからしめた処であると思つて居ります。これは賜餐の御席でも申上げたのでありますが、一昨年私の為めに米寿の賀宴を有志の方々が開いて下さつた如きは、この適例であると感じて居る次第であります。
      三
 しかし翻つて世相をつぶさに見ますと、よし老人であつてもいひ度いと思ふことが真に沢山あります。就中最近の事態は慨歎に堪へぬのでありまして、これを正すには第一にその原因をつきとめ、その点から革めなければならぬと信じます。即ち近時の人心は、徒らに己の権利のみを主張して義務を忘れるから、融和を欠き物議を生じ、不正も行はれることになるのでありませう。故に私は先づ老幼、尊卑、男女の区別なく、権利を後にして義務を先に尽すことに心掛けるべきを主張するのであります。義務と権利とは綯へる縄の如くであつて、権利があれば義務を伴ひ、義務は権利を生ぜしめるといふ風に、相互に現れるものであります。即ち義務を務める者には、必ず権利が来ます、権利は求めずして生ずるのであります。換言すれば権利を求めて義務を忘却するといふのが多く今日の世の悪思想の根本を為して居りますから、国民は内に対しても、外に向つても、常に義務を尽すことを先にすべきであらうと思ひます。
      四
 また過る日の御賜餐の後、鈴木侍従長に申したことでありますが、明治の初年、吹上の御苑の一部において、養蚕を遊ばされた時に出来た繭が、当時奉仕した人の子孫の手で大切に保存せられて居りますので、近頃それに付て由来書をしたのであります。それは養蚕のことは非常に大切であると宮中にて思召され、御養蚕係を設けられることになつたが、当時の役人の中にはその業に精通せる者が居らず、大蔵省に出仕して居た私が、やや実際を知つて居た処から、私に主として心配するやうにとの御沙汰がありました。然し私は役所の方が忙しかつつたので、田島武兵衛といふ者を推薦申上げました。即ち同人の孫に当る人が、宮中で出来た繭の出がらを頂戴し保存して居たので、その由来と当時の想出を書いたのでありますが、畏くも照憲皇太后また皇太后陛下にも、この養蚕の重要なるを思召され、御親ら御飼育遊ばされたのであります。従つて我が国民は、この産業を益々発達せしめる為め大に力めねばならないのであります。養蚕製糸、生糸、絹織物の輸出と考へて来ますと、これは農、工、商、に亘るものであつて、この点からも重要な産業である上、その製品は輸出品中の大宗として、我が国の経済を左右する程のものでありますから、我々は何処までもその進歩に尽さねばなりませぬ。
 ただこの事業の農業に属する方面、即ち養蚕になほ科学の応用が少いので、常にこれを遺憾としその点の改良が最も必要であると思つて
 - 別巻第8 p.195 -ページ画像 
居ります。また工業に属する方面、即ち製糸、商業の方面たる生糸、絹織物の貿易上にも改善すべき点は多々あると思ひますが、一般的にも我が国にては農業上の改良に、近代科学の利用が甚だしく遅れて居ります。それは養蚕のみではありませぬ。故にここに、世人の注意を喚起したいと期して居るのであります。
      五
 経済的には何処までも進歩した科学によつて国富を尽させ、精神的には東洋道徳を重んじ、義務を先にし、権利を後にして、忠恕の念を失はず、己の欲せざる処は必ず人に施さず、人道を重んじて進むならば、社会は円満に発達し、少しも相争ふことなく、泰平を謳歌することが出来るのであります。あるひはこれは理想であるといはれるかも知れませぬが、私は単なる理想とは思ひませぬ。何時かはさうした社会の出現することを確信して居ります。世人が、老人の繰言とのみ考へることなく、また漫然看過することのないやうに希望し、特に年頭に際して一言する次第であります。