公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
四四九 家庭週報 第一〇一一号 昭和五年一月 日本女子大学校に於ける 浜口首相の講演を聴いて 【日本女子大学校 評議員 子爵 渋沢栄一】(DKB80075m)
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四四九 家庭週報 第一〇一一号 昭和五年一月
日本女子大学校に於ける
浜口首相の講演を聴いて
日本女子大学校 評議員 子爵 渋沢栄一
先達は偶然に女子大学で一国の宰相に御目にかかり、且つあれだけに懇切なお話を伺つた事は、私として誠に満足、感謝する次第であります。定めし校長始め各教職員諸君並に学生諸子は勿論、あの講演を拝聴した満堂の諸君も満促であつたらうと思ひます。
浜口さんには曾て若槻内閣の大蔵大臣であられた時と記憶しますが折々お目にかかつて、御懇意と申上げる私ではありませんが一通りは私の事も御承知下さつて居るであらうし、私も浜口さんを存じ上げて居ると申上げる事が出来ます。
浜口さんはまことに忠誠の人であられるやうです。それ故に私はまことに結構な現内閣と賞讃してをる次第であります。女子大学に於ての此の間の御話は只余りに高遠で、女子に対してのお話としては少し政治演説めいてゐるではないかとさへ思はれた程で、或は女子に対してはふさはしくない話だと申す人があるかも知れませんが――私は一国の宰相が女子の学生に向つてあの通り堂々と大演説をされたと云ふ事は、実に会心と云はうか、学校を深く思ふ者にとつては、学校のために女子教育のために大いに喜ばざるを得なかつた次第であります。
曾て或る時代には、女子大学の教育は少し日本の女子には高過ぎはしないかと云ふ人もありました。実は私もその一人で、正直に申せば前校長の成瀬君にも度々その意味の注意を致した事でありましが、女子が学問をして「言葉多ク品寡シ」と云ふやうになつてはならぬと云ふ杞憂を少からず抱いてゐた、ではない今日もこの点は最も注意してをる処であります。併し女子大学の教育主義は女子を人として国民として教育すると云ふ、その説はまことに結構で、私もそれに賛成して微力を捧げて来たのでありますが、教育が学問に偏してはならぬと云
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ふ事を呉々も心配したのであります。
現に今日の学問界がそれで、どうも学問が進み智慧がつくと人間の道徳心が薄らいで来ます。之を悪く云へば学問をすると云ふ事は道徳心が薄らぐといふ事になり、教師も亦子弟を教育するといふ事が学問の切り売りをするといふ事になつて居る処がないでもありませぬ。併し本当の教育といふものは、人民の心を育てて行くと云ふ事で、丁度家庭の父母が面倒を見ながら子供を育ててゆくやうに、教師は躬を以て子弟を導いて行く、而して道徳心を育ててゆくといふ事が教育の本義であると私は考へます。処が、近頃はその教育と云ふ事が前申すやうに知育と云ふ事に取り間違へられ、悪く云へば席上間に合ふ人間になると云ふ事になつて来ると、自づと忠誠の気風と云ふ事は薄らぐ様になり、早い話が片言の英語でも出来れば一寸の間に合ふと云ふ工合で………
敢へて婦人を見下す申し分ではないが、うつかりするとさう云ふ風にならないでもないといふ心配をもつて、女子大学の教育主義に対しても、その主義に賛成しながら絶えず注意をして居つた次第で、よく成瀬君とも話した事であるが、教育に対する主義は違はないが、行き方が違ふのだと云ひ云ひしたものであります。この事に就ては私のみならず故森村さんも常に心配して、生意気な婦人が出ないやうに注意したものでありました。然るにも幸に成瀬君始め現麻生君その他の教職員方、及び学生諸子も、余程注意周到に教育され、且つ教育を受けられて、之等の心配は殆ど俗に云ふ取越し苦労に過ぎなかつたと云うてよい程、順当に当女子大学の教育が進んで来てゐる事は、まことに喜ばしい事に思ひます。斯くなつて見ると女子大学創立の精神――即ち成瀬君が最初に云はれた「女子は国民である、人である」と云ふ考への下に教育を進めて来られた――のその昔を顧みると、実にその達見に敬服せずにはゐられません。
先日浜口首相は女子大学の学生諸子に向つて、実に最高等の知識階級であると呼びかけて演説をされた事に就て、私はあの言葉をあの場所に聴いてゐない成瀬君にも聴かせたい気が致しました。そして私自身も、若しあの席に成瀬君がゐたら、実に我々は先見の明がなく屡々議論と云ふではないが、先にも申す女子教育上に杞憂を抱いて、実に度々注意をした事を恥ぢ入つたであらう。実に世の中が進んで来たと云はうか、三十年の昔此のやうな心配を皆でしたにも拘らず「果せる哉、成瀬君の信念の如く女子が国民として人として立つ時代が来た」と云つて成瀬君に頭を下げたであらうと思ひます。
浜口さんの話された話の一々は今此処に繰返さぬが、大体の問題は今の政府の取つてをる施政方針と云ふやうな事から、金解禁の事に就てまで、女子の学生に向つて「諸子は何と思つてゐるか」と相談しかけるやうな態度で、実に教育ある女子を重く視て、経済界の話から政治界、教育界諸種の方面に就て真情を吐露した処のあの大演説を拝聴して、私は感謝と云はうか感激と申さうか、真に有り難いと云ふ気持ちで誠に感慨無量でありました。(四年十二月廿七日談筆記)