デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
昭和期 四五三 実業之世界 第二七巻第一二号 昭和五年一二月

■資料

四五三 実業之世界  第二七巻第一二号 昭和五年一二月  浅野総一郎の死とその後を語る 【子爵 渋沢栄一】(DKB80079m)
別巻第8 p.209-211 ページ画像PDM 1.0 DEED

四五三 実業之世界  第二七巻第一二号 昭和五年一二月
   浅野総一郎の死とその後を語る
                   子爵 渋沢栄一
  ▽国家的に賞讃
 浅野は私より八ツ歳下の仲々元気者であつたから、何うせ私の方が先になると思つて居ましたに、あべこべになり誠に哀悼の念に堪へません。浅野は実に得難い人傑で、敢為の気性に富み、私慾もありましたが、より以上に国家の為に、此の仕事を盛立てねばならぬと云ふ熱心が横溢して、思ひ切つた事を断行する点に於て、全く私なぞ及びもつかぬ処がありました。
 尤も締めくくりの足らぬ点は有りましたが、人に完全を求めるのは無理で、先づ浅野の如きは国家的に讃めてよい人傑と思ひます。
  ▽初対面の印象
 私があの人と始めて知り合ひになつたのは、私の関係してゐた王子製紙会社に石炭売込みに来て居た頃で、是非会ひたいと云ふことで、夜は十時過ぎ、朝は七時前にやつて来ますが、私は夜三つも四つも会合が有つたりして困るし、朝は朝寝坊で容易に面会しなかつた所、夜に来れば困ると云ふから朝早く来れば早過ぎて困ると云ふ、そんな事では、結局会へる時間が無い事になるぢやないかと理窟を云ひますか
 - 別巻第8 p.210 -ページ画像 
ら、尤もだと思ひ何時でもよいと云ふことで会ひました。
  ▽無学で学術的
 其頃から浅野の勉強ぶりに感心して、此れはタダものでないと思ひ生涯交際して来ました。無学に近い方でしたが、その事業にかけて殊に新しい目論見などの考へ方は自然と学術的に成つて居て、見積りなぞの計算も確実で驚嘆すべきでありました。私などの及びもつかぬ、沙汰の限りでありました。それで私も浅野の事業に種々と相談相手になり、聊か助力をして来ました。
  ▽ヒヤヒヤさせる大計画
 セメント事業なぞも、此れは日本の工業が発展し、建築なども改良さるれば非常に需要の増加を来すと云ふ見地から、拡張に拡張を加へ私などのヒヤヒヤする事を平気で断行し、それが余り見当違ひでなく実現したなぞも、仲々偉いものと言はねばなりません。余り大ざつぱで、進み過ぎる結果、東洋汽船の如きは失敗しましたが、大体に於て浅野の仕事は、国家の進運に伴つて必要なものが多くあつたと申してよい。
  ▽安田、浅野と私との帝国ホテル会見の場面
 然し、何様進んで止まる処を知らぬと云ふやり方で、浅野が大き過ぎるのか渋沢が小さ過ぎるのか知りませんが、浅野が東京湾埋立工事を思ひ立ちました際、あんまり計画が大きすぎて私には賛成しかねたので、第一銀行でも金を出しませぬでした所、一日安田善次郎君が浅野の仕事の事に就て三人で話したいからと申し、帝国ホテルで会合したことがありました。
 安田君が言ふには、浅野君が東京湾の埋立をやりたいが渋沢が賛成してくれぬで困るから、御前なんとかしてくれぬかと相談を受けた。銀行業者としては他人の金を預つてゐる関係上貸出しを余程注意しなくてはならないから、あんたが浅野にさうさう出す訳に行かぬと言はれるのも御尤と思ふが、私の銀行は私のもので第一銀行と少し訳が異ふから、ここ一番浅野を助けて見たいと思ふ。それに就ては、浅野君は一応渋沢の了解を得て置きたいと申し、私も是非さうしたいと思ふので、今日三人が集まる事になつたのであるが、どんなものでせう、と。
 そこで私は、更に異存のあらう筈がない、浅野が第一の取引先であつても、そんな事には少しも御遠慮には及ばん。私も浅野の事業熱には賛成せぬでないが、唯銀行の性質からして、浅野の要求を容れにくいと思ふ丈けであるから、貴君が浅野の望みを容れてやつて下されば此れ程結構な事はない。私も個人としては株を持ちませう、と云つた様な話しで、現に阪谷があの会社の重役に名を列してゐる様な訳であります。
  ▽浅野顧問の意味
 かう云ふ訳で晩年浅野と第一銀行とは取引が薄くなつて居りましたが、私としては、浅野が金慾よりは事業慾の強かつた点をどこ迄も敬服して居りますが、浅野のなくなつた後の宏汎なる事業が何うなるかと思へば、聊か心配になります。
 - 別巻第8 p.211 -ページ画像 
 だが、私は老いても居りますから、新聞に書いてある様に、私が浅野の事業の顧問を承諾したと云ふ訳ではありません。唯、浅野の子供達の仲をよくまとめて行く為の、相談役としての顧問を心よく承知したのに過ぎません。
  ▽男兄弟四人が
 あそこには泰治郎、良三、八郎、義夫と云ふ四人の兄弟がありますが、世間には兄弟仲の良い者ばかりある訳ではありません。
 泰治郎は云はば善い男と云ふ人だが、事業熱は薄い方でせう。
 良三は仲々賢い男で、謹直でなく狡猾で困ると浅野が存命中にも言つて居りました。浅野自身がどうだかと思はれぬでもないが、私初め人間は勝手なもので、自分はさうであつても子供のそれを好まぬと云ふ事になります。
 八郎はまあいい加減な所でせうか。仕事は一通り出来るやうで、水力電気が専門で、浅野関係の会社に相当顔を出して居ります。
 義夫はまだ若くもあり、何うと云ふ程の事もありますまいが、鶴見木工や其他数会社に関係して居るやうです。
 四人の兄弟の分け前なぞも決まつて居りませぬから、いさかひの起らぬやうしたいと思つて居ります。小父さん、私はかう思ふが何うでせう、私はさうは思ひませんが、何うでせうと云つた様な事の起つた場合に、それは御前が間違つてゐるだらうと云つた様な判断を与へ、兄弟の仲を良くさせて、浅野の残した仕事をして出来得る限りよく纏めたいと思ふのが私の正直な願ひであります。とは申すものの、時として事業上の事について相談があれば、無碍に断るわけにも行きますまい。
  ▽浅野の婿達
 何しろ四人の男兄弟があり、父の死を機会として協力一致して行けば相当やれませう。それに白石元治郎、鈴木紋次郎、馬杉秀等浅野の婿達がありますから、何うにかやつて行けませう。
 白石は帝大を出ると直ぐ、第一銀行に同期生の水野錬太郎と共に入行しましたが、のち私の世話で浅野の婿となつた男で、温和で仕事も世間並にやれます。
 鈴木は誠にいい男で計算も確な方であります。
 馬杉はよく知りませんが……。
  ▽尚、浅野の婿穂積の長女の婿
 金子喜代太も浅野セメントの専務をやつて居ります。之はヤリ手の方でせう。まあこんな訳で、浅野の死後は何うか皆が協力してよくやつてくれればいいと、心から望みを掛けてゐる次第であります。