デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

談話(四)
新聞・雑誌に掲載せられたる談話(承前)
昭和期 四六四 竜門雑誌 第五一九号 昭和六年一二月

■資料

四六四 竜門雑誌  第五一九号 昭和六年一二月  ○財界に対する遺言(DKB80090m)
別巻第8 p.243-244 ページ画像PDM 1.0 DEED

四六四 竜門雑誌  第五一九号 昭和六年一二月
   ○財界に対する遺言
     追悼の辞
                      佐々木勇之助
○上略 十月卅一日に至り、気管支肺炎の気味にて急に御熱が昂まり御病勢も重らせられましたので一同深く御案じ申上げましたが、御手当が行届いて一旦お落付きになりましたが、爾来御病勢は一進一退ながら御衰弱は次第に加はる御傾向なので、御家族の方々は申すに及ばず、吾々一同に於ても深く心痛致し、ひたすら御平癒を祈り上げて居ました。然るに八日朝は幾分か御気分もお宜敷くなられまして、此の日、財界方面の有力者が多勢御見舞に参邸して居る趣きをお聞きになりまして、御自身の御病気もお忘れになられた如き御様子で、大要左の如き御言葉を吾々一同に伝へしめられました。
  私は帝国臣民として、また東京の一市民として行届かぬながら兎に角これまで奉公して参りました。自分としては能ふべくんば百歳の寿を保つて将来とも国家のために大いに奮闘すべくわれとわが心に誓つてゐましたが、不幸にしてこの度の病気で或は再び起てないやうになるかも知れぬと思ふと奈何にも残念至極に存じます。私が亡くなりましても何卒国家のため財界のため、この上とも万事御尽瘁御奮闘なされるよう皆さんにお願ひいたします。たとへ幽明処を異にすることがありましても、皆さんの御事業と御健康とを心からお祈りし、またお護りすることをお誓ひいたします。また私が瞑目しました後も、私の霊は地上に残つて皆さんと共に共に働くつもりですから、位牌として他人行儀に扱つて下さらずに、やはり生前と同様にお隔意なくお願ひ申し上げます。尚ここに至りましたのは決
 - 別巻第8 p.244 -ページ画像 
して私が悪いためではなく、病気が悪いので、皆さんとお別れさせるのです。ではお先へ失礼いたしますが、国家、財界多難の際、充分皆さんのお力添へをお願ひいたします。