公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16
[栗原信近 書簡 渋沢栄一宛] 一 (年次未詳)二月八日(DKB80228m)
別巻第8 p.429-430 ページ画像PDM 1.0 DEED
一 (年次未詳)二月八日
謹啓陳者小生儀此度上京之序親く
閣下江情願仕度、嚮ニ河西鼎を以、一日緩々得貴慮度旨懇願仕候処、其望ニ被為許誠ニ以忝く欣喜此事と奉敬拝候、然ルニ小生惟ニ
閣下之御繁忙御業務之席ニ被為在も僅ニ一時ニ過ざる程之儀、是を小生如く小事之取扱ニ関係する者ニ比し候而も、一日数客之応接ニ短日を憂ひ候義ニ付奉恐察候間、文中錯雑存意之徹底不仕候廉ハ暫く
閣下之御明察を仰き画翰《(書翰)》を以奉表懇願候、小生短才謭劣殊ニ高上之学ニ不就、分別甚タ疎く旦夕数度之汗顔面赤在之候ヘ共、不厭只国之為ニ剋苦勉励いたし候より、周緯狭国とは被申一州之望ミを受る、昔時小農携鋤之秋ニ勝る遠千里を隔、漸ニ方今為ニ少しく汗顔面赤を覆之一端とは相成候者之如きを覚候、雖然小農之成立学素より乏敷、加ふるに財足らす、学は以て人ニ凌も財力人之助けを仰く之難き言へからす、小生先ニ興益社を創立いたし候、其始僅ニ三万円ニ過す私産ニ照して人ニ恥ず、已後会社ハ進て五万トナリ、漸く拾五万之銀行と相成候てハ、私産ニ照して其長任を引受ル重き事を覚候、顧て銀行債主之心中安寧如何を想ひ、独り深夜ニ夢見る事あり、昼亦覚さること数々然ルニ今又増株之挙あり、陸続次而加入するニいたり、猶一層之苦心を相増申候、其故何となれハ、他ニ増株するを視て自れ其冠たる職ニ在りて、白中株を甘する実ニ忍ひ難し、雖然其州人ニ助ケヲ乞も亦望まさる処あり、望まさるのミならす銀行之業務及形響ニも関せんと存
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し、猥りニ財力之助けを他人ニ仰かすして凌度確心するも、目下之情勢此ニ止ます窮塞殆と難施、自ら内ニ顧ミて奮発之気力を抛て独案するに、寧当職を止むるにしかずと決心仕候処、又婆心を振起し
閣下之所謂凡事ハ人ニ成りて人ニ敗ル、銀行の如きは最其人を得るニ存スト、小生之如き其人ニ非スと雖トモ積年其事ニ従事いたし各人能其心を知り、目下増株の挙有之候も、株主及州人之思想ハ那辺ニ有之候哉、自ら僑慢《(驕慢)》いたし候ニは無之候へとも目下ニ因りて視ルトキハ、仮ニも小生ニ依ル者と倣さゞるを得ざれハ、又軽卒ニ為し難しと廻想スレハ、前件ニ具陳仕候通私産ニ乏敷、銀行ハ進歩いたし三拾万之資本を備ヘント欲し、従而取扱之金額は増而一千万円之出納スルニ至ルへし、而シテ小生之資本ハ僅ニ二万円ニ超す、且是も悉く正金ニ非すして十中ノ七ハ不動産ニ而所有仕、今日ニ用ふる所ハ六七千ニ過す、痛く悲ンテ玆ニ至り、惟ニ如此私情を抱臓シ、進むへきこと進まさるより、親しく厚情を垂るゝ
閣下ニ臨ンテ窺ニ寧不如と、是懇願之起る以所ニ御坐候
閣下智徳備りて天下ニ轟き三才の稚童モ能く知る処なれハ、定而瑣々たる小事と御憫笑も可有之と、或ハ臆シ或ハ恐怖シ、積日貯心抱臓仕罷在候へとも、何分黙止ニ忍ひされバ叱咜せらるゝも不厭、断而存願之情を咄露仕候
閣下幸ニ小生之胃臓を御賢察被成下、御私産之内を訳け二三万円を小生ニ貸シ、金力之乏敷を御助ケ被下候ハヽ小生
閣下の内支配人と成りて能く事を執り、我か為国之為ニ尽力仕度、該金返壁の如きは迚も一時に返却仕難くも、四五ケ年間必す皆済仕候見込なしとせす、且御返却の期を定め、若其際成し難き時ハ銀行株券を鬻で、猶不足有之トキハ資産を呈すニしかず、又利子之如きは相当之定利を納むる歟、銀行之立益を悉く皆納スルノ他なし、而シテ保証人の御意御坐候ヘハ、素より小農之及さる処、只小生之精神と銀行株券有之而已ニ付、至而理なき御願ニ而、定めて錯なる事と被遊御意候事と愚意ニ欽承仕居候ヘ共、必至を究め小生之盛運此ニ一層いたし、海内人之人と呼ばるゝ人ニ概知せらるゝ歟、将た玆ニ留テ小農ニ帰復する之二途を
閣下之御賢慮ニ頼るニ者付御憫察被成下度、依而奉懇願仰て貴諭を奉祈上候 頓首多罪
二月八日 栗原信近
百拝
渋沢殿
閣下
(別紙)
本文剪を以情願仕候ハ猥りケ間敷候得とも、兼而文学ニ乏敷、作文之法ニ倣はんと欲スレハ意殊ニ徹せす、故ニ背本懐ニ候段御賢察被成下、本願之旨趣御明閲伏而奉願上候 頓首謹言
二月八日 信近上
16.6×260.5cm