デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2024.12.1 / 最終更新日: 2025.3.16

別巻

談話四 余録

余録
来簡抄
諸家来簡 穂積歌子書簡

■資料

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 一  (明治四三年)一二月一一日(DKB80310m)
別巻第8 p.464-466 ページ画像PDM 1.0 DEED

  一  (明治四三年)一二月一一日
昨夕ハ尊書賜はり早速御かへりごと聞え可奉候処、昨夜ハ児玉友雄之婚儀披露之宴に招かれ、又今日ハ朝より来訪者などに妨げられ、心ならずもますます延引ニ相成候段恐縮ニ奉存候、扨御吟詠とくと拝見仕り候処、古稀御寿ニ付ての御作、両首ともいづれも古き典故によりて趣向ハ新らしくよみ出給ひたる、誠に面白く承り候、元よりひろくハ不存候へ共、古来歌人の老後述懐などの詠中にもたぐひ少なく、誠にめづらしきよき思し召付と恐ながら感吟仕り候、さて辞句の上に付ていさゝか存じ付候くだりを陳重とも相談之上、別紙ニしるし御参考にそなへ奉り候、或ハ本居大人の許にかけ付け相談致さんかとも存じ候へ共、竜門社の方にてハ御待申上居り候処、しか致し居らバますます延引に相成可申ニ付、同先生の説ハいづれ後にたづね候事に仕り候、故中村大人おはしまさんにハ、この御詠ニ付いとねんごろに且つおもしろき賛辞を奉り申べきに、私共ハほめたゝえ奉らんにも言葉を知らず、廻らぬ筆の口惜しく存候、両首とも各々特色有之候て、いづれをいづれとも申がたく、ひたすら感吟仕候に付て、御歌の詞を一寸拝借仕りて、御かへしと御ことほぎとを兼ねて一言聞え上奉り候
  鶴のはぎ長き世しめむ君なれバうべ七十年も鴨のあしなる
  のりこえぬ心の駒は安らかに行手の千代の山や過ぐらむ
                         あなかしこ
  十二月十一日
                          歌子
    家尊大人
           御前ニ
 - 別巻第8 p.465 -ページ画像 
追白
 陳重も尊詠を拝し奉り、感吟のあまり賛辞を呈し奉らんとて書面したゝめかけ候処、今更ながらあまりに書の拙きを恥ぢ候て、中止仕候、いづれ拝謁の節言上可仕との事ニ御坐候
 就而ハ予て聞え上候隠居論中の優老俗之部、御一読拝願仕度由ニ御坐候、猶御閑暇も被為入候はゞ食人俗、殺老俗、棄老俗、退隠俗等をも御一読賜はり候はゞ一層難有存じ可申、依而一部拝呈仕り候、呉々宜敷聞え上奉り候様申付られ候 かしこ
                        18.7×197.5cm
(別紙)
 経来ぬれハ鴨のあしなる七十年を
     鶴のうなしと何にいはふらむ
 荘子駢拇篇
  鳧脛雖短続之則憂、鶴脛雖長断之則悲
此語をふミ給ひて短と長をわざと言外にふくめ給ひたる御趣向誠に面白く申候、一わたりにてハ只短長に鴨・鶴を用ひし様なれ共、典故が荘子に出で、ことに作者が尊大人の御事なれバ、心あらん人がよみあぢはヘバあぢはふ程、ますます余韻を生じ可申、誠に意味深長の御歌と伺ひまつり候
扨詞の上に付てハ
「経来ぬれバ」は「経過して後思ヘバ」にて誠に適切なる詞なれ共、惜しきことには口調宜しからず候故、今少し調よき言葉をと存じ「経て見れバ」「過て見れバ」「あり経てハ」などいろいろならべ考へ候ひても、丁度よき詞ハ考へ付不申、いさゝか心ハ浅く相成べきかと存し候へ共、「過きぬれバ」と致し候はゞ詞ハ穏かにてまづ宜しかるへく候
鶴のうなじと遊し候ハ、鴨のあしに対してわざと改め給ひしかと存し候へ共、鶴首と申せバ何とやら待つ心もふくみ候様に聞えて、此所にハふさはしからず、やはり荘子の詞のまゝに「脛」と致し度、但し言葉ハかへて「鳧のあし」「鶴のはぎ」と致し候方宜しかるべく候、脛とはのはの字添ひ候が、何にかゝる詞強く聞えて、猶々宜しからんと存候
然し鶴のうなじにハ何か典故有之候事に候か、そは存し不申、もししからバ重ねて御申聞願上候、依て御歌を
 過ぎぬれバ鳧のあしなる七十年を鶴の脛とハなに祝ふらん
と被遊候てハ如何
かもハ鳧の字を御用ひの方猶宜しかるべく候はんか、又こハ申すにも不及候へども「なゝそぢ」は色紙などに御したゝめの節も必ず「七十年」と遊し候方宜しと存候
(附箋)
 再考之上申上候、かもの脛、荘子の本文にハ鳧と有之、鴨の本字に有之候由に候へ共、普通にハケリとよまれ可申候ニ付、やはり鴨と御したゝめ候方宜しかるべく候、但し仮名にてかもと書き給はゞ猶更異議なく宜しかるべく候
 - 別巻第8 p.466 -ページ画像 
  あたらしき行手たとらむ老の坂
      ミちをこゝろのこまにまかせて
御手のものなる論語の為政第二の章の語を至つて婉曲に採り用ひ給ひて、「今ハ心の欲する所に従ふとも、矩を踰えざることハ自らも信じ人もゆるせる事なれバ、心の向ふまにまに、前途の新方面にむかひ進まん」との御心しかとよく聞え、且つ前途遼遠といふ祝賀の心言外にこもりて、一吟たのもしくよろこばしく、伺ひ上られ候御歌に御坐候この御歌ハ御詞もよくとゝのひて一字一句ぬきさし致しがたく存候、両首とも漢学思想より出で、典故によりたるものなれば、心ハ重々しけれ共、詞ハやすらかにて苦吟のあとなく、誠に近ごろの御秀逸と感吟仕候
                             半紙三枚

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 二  (明治四四年)八月一三日(DKB80311m)
別巻第8 p.466 ページ画像PDM 1.0 DEED

  二  (明治四四年)八月一三日
拝啓仕候、漸く天気立直り候て暑気いといと烈敷成増り候折柄、益々御機嫌うるはしく其地に御静養遊され候御事御欣申上候、当静浦に於ての夏季演習会ハ例年之通り賑はしく、青年少年之人々一同元気にて愉快に勉強と運動とを致し居り候、綱町子息たち三人とも至而機嫌よろしく、敬三子ハ此頃毎夜重遠に論語の講義承り候処、殊之外興味を持ち、進んで聴講致居候
皆川四郎様御事予而御重病之由ハ承知致居候へ共、近頃久しく御見舞も不申上、猶御同辺之事と存じ居候処、突然御逝去之報に接し驚入候信子様御悲歎は申迄も無之、其御母上様にも御愁傷之程恐察奉り候
乍恐宜しく御仰せ伝られ候様願上奉候、扨予て御下命の清光院殿御碑文之儀、御教示之廉書給はり候上、更に又考へ可申候へ共、取あへず其練習かたかたつゞり試ミ申候、何分字数ニ限り有之、思ふ事つくし得ず候故、こと更拙く候へ共、別紙両様、御一覧願上候、一様ハ文字数千以上に相成長が過ぎ候間、精々短縮致し候所、今一様の如く七百九十字に相成候、晩香院殿御碑文ハ五百四十六字に候由、それハ漢文これハ和文にて仮名多く候間、さのミ文字小さくならず納り可申かとも存候、猶思召伺ひ候上幾度も作り直し試度存候間、いか様とも御さしづ待ち奉り候、先ハ御機嫌伺ひかたかた文して申上まゐらせ候 かしこ
  八月十三日
                          歌子
    渋沢尊大人様
           御前ニ
 猶々正雄・秀雄両君にハ何時頃より此地ヘ御出ニ可相成候や、一同御待申上居候旨御伝ヘ之程願上奉候
                        18.5×127.2cm

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 三  明治四四年八月一九日(DKB80312m)
別巻第8 p.466-467 ページ画像PDM 1.0 DEED

  三  明治四四年八月一九日
         (書入レ)明治四十四年八月二十一日静浦より来る
十五日附十七日附御書両通拝受仕候、陳は伊香保ニ於てハ御母上様御
 - 別巻第8 p.467 -ページ画像 
始正雄・秀雄両君にも御不例に渡らせられ候ひし由、殊に秀雄君にハ一時御熱も高く被為入候ひしとの御事、其折ハさぞかし御心痛遊され候御事にて、折角之御遊山の御興も減じ候御事と恐察奉り候、然し秀雄君御病気早速御快方にて、不日御帰京可有之候由先ハ安堵仕候、然に東京に於てハ愛子殿御不快に被為入候由、重ね重ね若き人の病気沙汰にて御心配相かけ奉り候事、誠に恐縮之至りに存候、然しこれも格別重き御容体にハ不被為入候由ながら只ならぬ御身之事、呉々御大切に御療養被遊候様願はしく存候、当地に於ても各々替る替る感冒とか腹合《(具脱カ)》を損じ候とか、いさゝかづゝ之障りハ有之候も、格別之事にも不及、先ハ一同元気に暮し居候間御省念願上奉候、扨
清光院殿御墓誌之儀、御覧ニ入奉り候拙き文章大体御採用之上、細かに御筆を加へさせられ難有存候、猶、彼天命を楽しむと申条ぜひニ挿入仕度、精々工夫相試可申候、且大体之和文体と挿入之漢語と相成べくよく調和致させ度、其辺ハ金子氏にも相談致度存居候、字ハあまり小形に相成候てハ後に至り読ミにくゝ相成可申由に候間、出来得る限り大きく仕り度、随而字数を省き候必要可有之かと存候、何れ猶考案仕り、二三様に認め候上にて、又貴覧に供へ可申候、字数之件ハ元治氏之考をも相たづね可申候
伊香保より御帰京後一しほ御事しげくおはしまし、加之重ね重ねの病気沙汰ハ、ことに煩はしく思召れ候由恐察奉り候て
  やまひてふふしなくもがないとしげき世のことぐさハさもあらバあれ
など思ひつゞけ申候、御作の観来造物亦多忙の御詞いとおもしろく、いかで歌にと存じ候へ共拙き考にハいまだ及び不申候、先ハ延引ながら御返事かたかた 匆々かしこ
  八月十九日
                          歌子
    尊大人様
          御前に
かへすかへす御尊体御障おはしまさぬ様御自愛之程くれくれ奉祈候、こなた陳重等一同より呉々よろしく申上奉り候
                        18.2×174.2cm

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 四  (大正二年)一〇月一四日(DKB80313m)
別巻第8 p.467-468 ページ画像PDM 1.0 DEED

  四  (大正二年)一〇月一四日
拝啓仕候、先日は結構なる御供相叶ひ、いつまでもうれしき思出之一つと相成可申、誠に誠にありがたく存上候、とりわけ鎮守の御社参詣之節は
  故郷にかざる錦の御衣のかげたつ身のはゞもひろき今日かな
など思ひつゞけ候事に御坐候
扨此度ハ諏訪・鹿島両社に儀式だちて御参拝被遊候事故、両社へ御ぬさ料御奉納相願度、又祭官及諏訪社別当へ御挨拶之目録賜はり度旨、中之内の希望にて、甚ださし越し候事ながら其節既ニ中之内ニ於て取計置候ニ付、其儀御許可被下度、右歌子より御願申上呉候様にと元治殿より申出有之候、何卒右御許容之程願上奉り候、其金額は合計弐拾
 - 別巻第8 p.468 -ページ画像 
円にて、委細は増田氏へ申送候間、同氏より言上可仕候
先夜御下命之大倉翁喜之字賀狂歌の儀、慣れぬ事とてとりわけ不手ぎはに候へ共辛うじて二三首ひねり出し申候間、別紙にしるし御笑覧ニ供ヘ奉り候、又貴族院書記官長柳田国雄《(柳田国男)》と申人、元治・重遠・忠篤等と懇意之人に候処、同氏旧福井の松平侯爵より依頼之事有之、男爵ニ拝謁願申度由にて、私に紹介を頼ミ参り候、用事ハ何か不存候へ共、同氏ハ至而たしかなる人物に候間、御目通り御許可願上候、王子邸へなり事務所へなりまかり出可申旨申候間、時日と場所を私共へまで御申聞被下候はゞありがたく存可申候、先ハ願用かたかた先日の御礼まで文して申上まゐらせ候 あなかしこ
  十月十四日
                          歌子
    尊大人様
          御許ニ
                       18.8×126.6cm
(別紙)
     七面堂
 仕事をバ七めんどうと八《や》めもせず
  老の気力も九めんよき君
 かぞふるも七めんどうになりて後
  なほつもるらむ年は山ほど
     七不思議
 千代の坂安くこし路の七ふしぎ
  不死喜《フシキ》な果報もてる君かな
一、大倉氏方より参り候歌ハ下句面白味なきたゞごと故物たらず存候
一、七面堂も七面倒も仮名ハめんどうに御坐候
一、出題七の字付けるもの十七題の中、七福神、七騎落、七不思議など有之候様覚え居候、三首の中終りの七不思議いさゝかまさり候様存せられ候
 題七面堂に限らず候はゞ、これを御採用相成可申候か、猶御考案被遊べき御事と存候、翁の生国越後に候間、七ふしぎ少しハ縁有之候かと存候
 何に致せ柄になき狂歌とて、いかに苦吟仕り候てもおもしろき事ハ考へ得申さず候へ共御参考までに御覧に供へ奉り候
                          歌子
                           半紙二枚

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 五  (大正六年)一月七日(DKB80314m)
別巻第8 p.468-469 ページ画像PDM 1.0 DEED

  五  (大正六年)一月七日
好日和打つゞき候へとも殊之外寒気加はり候折柄、益々御機嫌よろしくおはしまし御めでたく存上奉り候、扨先頃御下命之長岡六十九銀行新築祝之歌、其後取紛れことの外延引ニ相成恐入まゐらせ候、昨夜来しきりニ苦吟仕候ヘとも、何分せまき題之事とて面白き案も出で不申且銀行を山吹ニたとヘ候ハあまり月並にハ候へ共、外ニよき趣向無之困入申候、依て全くの責ふさぎまでなる拙作三四首、別紙にしるし御
 - 別巻第8 p.469 -ページ画像 
覧ニ入奉候、其中末なる一首いさゝか調ニ於而優り候故、之にても御採用被下べきかと存候、但し此歌調之延び候為ニ、其銀行ハ係員いづれも悠然と致し居りて、預金引出しなどに参り候ても、迅速には取扱ひ呉まじく見ゆなど之酷評出で申候が、其代り貸付金之催促も至而ゆるやかにて、取引の致し宜き銀行ならんとの弁護説も有之候事ニ御坐候、とにかく之等を御参考に遊し、猶可然ものを御考案被遊度、或ハ何かよき御趣向を御示し被下候はゞ更ニ考へ試ミ可申候、此頃一向に詠歌を怠り居候為、折角之御命ニ充分なる御用に相立申難く残念ニ存申候、先ハ取急き当用のミ、余ハ御目通り之節かずかず可申上候 あなかしこ
  一月七日
                          歌子
    尊大人様
          御前に
 なほなほ寒さ烈しく候折柄呉々御自愛被遊候様ひたすら御願申上候
                        18.8×105.8cm
(別紙)
   越後長岡六十九銀行改築祝歌
 みこし路の春をときはの色なれや
     長岡に咲く花の山吹
 梓弓はるの光も長岡に
     八重咲き匂ふ山ふきの花
 山吹の垣そしめたるすかの根の
     なか岡のさとの春の光は
 長岡につめる黄金の光にハ
     こしの白山ひきく見ゆめり
 みこし路ハうるほひにけり長岡の
     富のを川のよとみなくして
 山吹の川瀬よとます行水に
     日もなか岡の春ゆたかなり
 ゆひかへし垣の山吹長岡の
     なかき春日に咲き匂ふらん
 ゆひかへし垣内ゆたかに匂ふなり
     日も長岡の春の山吹
                          半紙二枚

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 六  大正七年八月二二日(DKB80315m)
別巻第8 p.469-470 ページ画像PDM 1.0 DEED

  六  大正七年八月二二日
       (書入レ)大正七年八月二十二日付静岡県静浦ヨリ来ル
折柄烈しき残暑をも御いとひ遊されず、日々臨時救済会之事ニ御尽力被遊候由承り、誠ニ恐入候事ニ奉存候
両陛下ニハ日光より還御おはしまし、尊大人様ニハ早く伊香保より御帰京被遊候折柄、私共心長閑に此地ニ居り候事、相済まぬ様被存候ヘ共、穂積の著述ハ東京ニ居り候よりはるかにはか行き候由ニ候故、此時節柄にも帰京を急ぎ不申、此地へ両三日前より敬三殿、信雄殿引き
 - 別巻第8 p.470 -ページ画像 
つゝき参られ、今朝又智雄殿満韓旅行之帰途ニ立寄られ候故、殊之外賑かに相成申候、扨御下命之文章未だ案も立兼居候が、晩香と申熟字を入給ひたる菊花之御詩作有之候由、参考之為に拝見仕度、写しを御送付被下候様増田氏などヘ御命之程願上奉り候、此地之明暮ニよみ候腰折とも別紙ニしるし御笑覧にそなへ申候、此度之意外之出来事之為ニ先日俄ニ伊香保より御帰京遊し候由承りかくハ思ひつゝけ申候
  世の人を思ふ心のふかけれハ山を楽しむいとまたになし
御国之為、人々のため、且ハ私どものためにくれくれも御自愛遊し被下候様、ひたすら祈り奉り候 あなかしこ
  八月二十二日
                          歌子
    尊大人様
          御前に
                        18.5×117.4cm
   ○別紙和歌詠草略ス。

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 七  (年次未詳)一月八日(DKB80316m)
別巻第8 p.470 ページ画像PDM 1.0 DEED

  七  (年次未詳)一月八日
御書たまはりありがたく早速御返事奉るべく候処、かれこれと殊之外おそなはり申訳も無之存候、今度の御旅行は真に御多忙を極めさせられ候趣に候処、其中に御出詠の詩歌あまたおはしまし候事、実に恐入り候御事に御坐候、感じ奉り候あまりかくこそ
 からやまと言葉のあやハいとなしと
     聞しにも似ぬ旅衣かな
 たえ間なきあめのうちにもおのつから
     心の月日かくはのとけき
御一笑被下度候、扨御歌とりどり感吟仕り、歌子などが何とも申すべき旨ハ無之事にハ候へとも、折角拝見仰せ付られ候ものを、只ほめ奉り候のミにて返上仕り候ハ、却而興なく候はんかと存じ、失礼をかへりみず強ひてそゞろごと書きしるし御覧にそなへ奉り候、一つにても御取り用ひに相成候はゞ、はえある事に存じ申候
中村大人事病後とは申ながらはや大分恢復致され候様子に候間、御詠草を同大人の許に送り大人の説をも承り可申候、先は延引ながら御返事まで如斯御坐候 あなかしこ
  一月八日                    歌子
    尊大人様
          御許に
                         18.6×95.0cm

[穂積歌子 書簡 渋沢栄一宛] 八  (年次未詳)一月一六日(DKB80317m)
別巻第8 p.470-471 ページ画像PDM 1.0 DEED

  八  (年次未詳)一月一六日
雪を催し候為か一しほ寒さまさり候処、ますます御機嫌うるはしくおはしまし候や御伺ひ申上候、昨夜中村先生より御詠草もどり参り候間御覧のたよりよき様にと失礼をもかへり見ず書き入れを仕り候
先生にハ大人を尊敬のあまり添作評言とも別紙にしるされ候へとも、却而よむにも便あしく候間、以後ハ御詠草に余白を残してしたゝめさ
 - 別巻第8 p.471 -ページ画像 
せられ、たゞちにそれへ書き添えられ候様頼ミ遣し候方然るべきかと存し候が、御思召之程うかゞひ上申候
さて中村ぬしとの御贈答の御歌どもを竜門雑誌に掲載仕り候に、前号にハ編者の言を付し候へども、そハあまりミやびなく、殊に此後毎号かゝげ候にハ、何とか題号無之候ハ便あしく候間、かりに別紙の如く考へ試ミ候、添え候歌ハ元より此道にかしこくおはします大人の御代作などゝありてハ、いといと恐ある事なれバゆめさる意にハ無之、只かやうのむきに遊してハ如何かと思ひ付候まゝ、御参考までに御覧にそなへ奉り候、題号はしがき等さらに御改め遊し候上、竜門社へ御廻しの程願上奉り候
此度ハ御二所様忠臣蔵を掲載之筈に候上、此贈答もなかなか数多く候ヘバ、御詠史ハ次号ニ仕り候方然るべきかと存し候
始よりの御詠草を浄書せしめ給ふ節ハ、なほ長くおもしろきはしがきを添えさせられ度となへも猶あるべく存し候間、いづれ中村先生へ相談仕るへく候
拝借の御詠草今しばしとゞめ置き申度候、御用の節ハ早速返上仕るべく候
御母君にハ先日来少々すぐれさせ給はぬ由承り候が、いかゝおはしまし候や、寒気烈しく候折柄御大切に御いとひ遊し候様、よしなに御伝への程恐ながらねかひ上奉り候
先ハ用事のミ一筆申上まゐらせ候 めてたくかしこ
  一月十六日
                           歌子
    家尊大人様
           御許へ御中
                         16.0×126.1cm