デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治33年4月12日（1900年）

輸入超過ニ伴フ正貨流出ノ影響ヲ受ケテ金融界大ニ憂慮スベキモノアリタルヲ以テ、四月九日ヨリ
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本店ニ於テ支店長会議開カレ、是日栄一金融事情並ニ営業ノ方針ニ就キ協議ス。

本年末ヨリ金融恐慌ヲ惹起シ、翌三十四年上半季ニ及ビシモ、同行ハ資金ノ運用ニ注意シ、以テ良好ノ成績ヲ挙グ。

第一銀行五十年史稿　巻五・第八―一五頁
　　　　明治三十四年の恐慌と本行の周旋
明治三十年乃至三十一年における株式の暴落、企業熱の潰敗に基ける金融業者の創痍は、三十三年に至りて尚癒えず、商工業の不振に伴ひて金融の緊縮益甚しく、三十三年十二月、熊本第九銀行の支払停止を端緒として、九州各地の銀行の破綻するもの尠からず、同地方の手形は一時流通全く杜絶し、商業は皆現金取引に変化したるが、其波動は福岡・馬関を経て関東に達し、三十四年一月横浜なる蚕糸銀行の破綻となり、同地の第二銀行・第七十四銀行・東京貯蔵銀行支店の取付となり、東京方面においても東洋貯蓄銀行・愛国銀行の破綻、東京商業銀行・新橋銀行の休業となり、埼玉の粕壁銀行もまた支払を停止するに至り、形勢頗る険悪なりしが、やがて恐慌は再転して堺を襲ひ、同年三月北村銀行の破綻するや、忽ち大阪に影響し、第七十九銀行の破綻、難波銀行の休業となり、前島銀行・加島銀行・第百五十二銀行等八行の取付に会ふあり、其他奈良・郡山・京都・丹波・紀州・江州・伊勢・三河・讃岐の諸銀行にして、或は支払を停止し、或は取付に会ふもの凡て二十余行に上り、其地域の広さ殆んと関西全部に及びたるは、我金融市場未曾有の大恐慌なりき。就中大阪は戦後企業熱の最も盛んなる地方なれば、惨状も亦甚しかりしなり、此惨害は延いて商工業を困難に陥るゝこと多かりければ、本行の頭取渋沢栄一は大に之を憂ひ、或は政府の当局と謀り、或は日本銀行と議し、又或は商業会議所聯合会を提げて尽力するなど、奔走大方ならざりしが、同年五月に至りて、稍平穏の状態に復するを得たり、これ主として日本銀行の救済に基くといへども、其間における本行の周旋また与りて力ありしなり。
　　　　恐慌後の経済界
明治三十四年上半季の大恐慌が漸く鎮静に帰するや、其反動は更に極端なる沈衰時代を生み、商業の不振生産の縮少消費の減少など皆其結果に出づ、然るに同年秋冬の交より生糸羽二重の好況等に原因せる輸出超過となり、銀行預金の集積に基き、資金の潤沢金融の緩漫となりたれども、景気は容易に改まらず、三十五年に入り日英同盟の成立、公債五千万円の外国市場売出の如きも、一時気配を発揚したるに止まり、金融界の沈静と商工業の不振とは依然として改まらざりき、これ種々の事情に拠れりといへども、我が財政の著大なる膨脹は其一因なり。蓋し日清戦役前八千余万円に過ぎざりし歳出は、戦後の二十九年には一億六千八百万円となりて約二倍に達し、更に三十四年には二億六千六百万円、三十五年には二億八千九百万円に増加せると共に、国民の負担せる租税も八千万円より二億二千万円となり、約三倍の増加
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を示せり、此の如き財政上の圧迫が当年の経済界に至大の影響を及せることは、想像するに難からず、恐慌後の回復が遅々たりし所以も亦当然なりといふべし、されば三十六年に至りても前年来の形勢を持続せるのみ、金融は緩漫に金利は低落し、日露関係の次第に切迫しつゝありし外交界の刺戟もいまだ市場を動かすには至らざりき。
　　　　恐慌前後の本行の営業
此の如く商況が連年不振を極めたるに係らず、本行は深く資金の運用に注意し、力めて顧客の便利を図りたれば、明治三十三年の上半季に預金及び手形割引等は著しく増進し、利益金中より公債価格引下の為に四万九千余円を償却するも、なほ二十九万余円の純益を収め、同年下半季にも其利益金は前年の下半季に比して五割八分以上の増加を示し、三十四年の上半季大恐慌の時代には、前年の上半季に比し更に三割以上の増加を示せるなど、本行の周到なる用意が如何に良好の成績を挙げたるかを知るに足らん。かくて其下半季には本支店の預金頗る増加し、常に余資を擁せしかば、十分なる成績を見る能はざりしが、なほ能く四十万円以上の純益を得たるは異数なりといへども、蓋し亦恐慌の齎したる結果なり。
　　　　恐慌と本行預金の増加
抑も三十四年の恐慌に倒産せる銀行は皆小銀行にして、五十万円以上の払込資本金を有せるは僅に二行に止まり、他は皆二十万円以下に過ぎず、爾来預金者は之に懲り、小銀行を去りて大銀行に移り、以て預金の安全を図れり。されば大銀行中にも、国立銀行以来信用最も厚き本行の預金が頓に増加せるは、其故ありといふべし。今東京本店・及び横浜・大阪・神戸・京都・名古屋・の各支店に就て、三十三年末と三十四年末との預金額を比較するに左の如し

　　店名　　三十三年末　　　　　三十四年末
　　　　　　　　　　　千円　　　　　　　　千円
　本店　　　　七、一〇八　　　　　八、八八七
　横浜支店　　一、二三二　　　　　一、二〇三
　大阪支店　　一、九八一　　　　　二、二二八
　神戸支店　　一、五二五　　　　　一、七九〇
　京都支店　　一、五二二　　　　　二、五五八
　名古屋支店　一、〇二〇　　　　　一、二二四

即ち横浜支店はやゝ減少を示したれども、其の他は皆増加し、就中京阪地方に於て著しきものあるは、恐慌の中心たりしによる、かくて大銀行たる本行の信用は年と共に進み、営業上の発展は恐慌を経る毎に速度を加へ来れり。
　　　○明治三十四年上半季ノ恐慌ニ際シテノ栄一ノ奔走ニツイテハ本編第一部第七章第三款、東京商業会議所明治三十四年二月六日同年二月二十二日[二月二十一日]及ビ同章第四款、商業会議所聯合会明治三十四年一月二十三日ノ条ヲ参照セヨ。

支店長会議録事並附属書類　〔明治三三年四月〕
　　　　支店長会議録事
明治三十三年四月九日各支店長ヲ本店ニ招集シ会議ヲ開ク、来会スルモノ左ノ如シ
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　熊谷辰太郎　神戸支店　　　長谷川一彦　　横浜支店
　田中広三郎　大阪支店　　　松井吉太郎　　新潟支店
　中川知一　　京都支店　　　湯浅徳次郎　　名古屋支店
　伊藤与七　　四日市支店　　西園寺亀次郎　新大阪町支店
翌十日東京貯蓄銀行ノ楼上ニ於テ午後一時第一次会議ヲ開キ、佐々木支配人先ツ一同上京ノ労ヲ慰シ次ニ左ノ要項ヲ説述セラレタリ
　昨年来輸入超過ノ結果正貨流出シ、随テ金融ノ必迫金利ノ騰貴ヲ来タシ、物価ハ低下スヘキ傾向アルヲ以テ、今後最モ警戒ヲ要スヘキハ勿論、近来ハ銀行頻リニ勃興シ、大銀行ト目セラルヽモノト雖トモ甚シク競争ヲナスニ至リシヲ以テ、之ニ対スル態度及方法等ヲ協議スヘキ為メ別紙ノ問題ヲ回付セシ所以ナリ
右ノ報告ヲ終リタル後議事ノ順序ヲ協議セシニ各支店ニ関スル事務ハ各別ニ打合ヲナス事トシ、先ツ過日通達シタル問題中第一ノ議題ハ頭取ノ指示ヲ仰クヘキモノトシテ之ヲ除キ、其他ノ議案中決定シ易キモノヨリ漸次議了スルコトニ決シ、同日ヨリ引続キ翌十一日ニ開キタル会議ニ於テ協議決定シタル事項左ノ如シ
第一　署名ノ事
　手形小切手其他流通証券ニ署名スヘキコトハ新商法ニ定メタルヲ以テ、昨年六月同法実施以来一般ニ姓名ヲ自記スルノ風習ヲ生シタリト雖トモ、本年二月廿四日法律第十七号ヲ以テ、商法中署名スヘキ場合ニ於テハ記名捺印ヲ以テ署名ニ代フルコトヲ得ト定メラレタルニヨリ、名判ヲ使用シ、又ハ代筆ヲ用ユルモノアルニ至レリ、右ニ付テハ東京銀行集会所ニ於テ評議シタレトモ未タ決定セサルニ付、如何スヘキヤ
　一署名ハ商慣習上ノ美風ニシテ誤謬ヲ生スルノ恐少キヲ以テ成ル可ク其慣習ヲ維持セシムルコトトシ、不得止モノニ限リ別紙ノ証書ヲ取リ名判ノ使用ヲ許ルシ、銀行ニ於テモ従来ノ通署名スル事
第二　経費節減ノ事
　近来営業ヲ拡張シタルト物価騰貴シタルトニ由リ、各店共ニ諸経費ヲ増加セリト云ヘトモ、努メテ無用ノ冗費ヲ節減シ、有用ノ役員ヲ使用シテ収益ノ増加ヲ計ラントス、其方法如何
　一諸経費ハ各店ノ状況ニ依リテ異レトモ、日常消耗スル筆紙墨、燃料等ノ濫費ヲ防キ、粗質ノモノヲ使用シテ差支ナキモノハ之ヲ節シ、行員各自ニ需要品請求帳ヲ渡シ置キ、時々需要ノ度合ヲ点検シ、濫費セサル様自制セシムル事
　一一定ノ書式ニ係ル計表類ノ用紙ハ各店別々ニ印刷スレハ費用嵩マルニ付、各地ノ印刷費ノ逓送費等ヲ調タル上、本店又ハ大阪支店ニ取纏メテ印刷スル事
　一取引先ヘノ贈物ヲ成ル可ク廃止スル事
　一夜業ヲナストキハ弁当料ヲ要スルノミナラス、身体ノ健康ヲ害スルニ由リ、成ル可ク廃止スル事
　一多数ノ行員ヲ使用スルトキハ俸給ヲ増加スルノ外、附帯ノ費用増加シ、其割合ニ事務渋滞スルニ由リ、其選任ヲ慎重ニシ、敏捷誠実ナル地方ノ商業学校卒業生等ヲ採用シ、又ハ子供ヲ仕立上ル事
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第三　担保品取扱ノ事
　一本支店ニ於テ貸出金ノ担保トスル商品ハ、種類モ増加スルノミナラス、有価証券ノ内ニハ会社ノ盛衰ニ依リ其価格ノ高低ヲ来シタルモノ少カラサルニ付、担保証券取扱準則ヲ改正シ、商品ニ付テモ新規ニ同様ナル規則ヲ設クル事
第四　預金吸収同業者競争ノ事
　近年各地ニ銀行勃興シ、其競争激烈ニシテ稍危険ノ状態アリ、当銀行ニ於テモ全然其競争ヲ度外視スルコト能ハス、或ル程度内ニ於テ適当ナル方策ヲ立ツルノ必要アリ、乍去到底本支店一様ノ手段ヲ執ル能ハサルニ由リ、大体ノ方針ヲ定メ、彼我ノ長短ヲ較知シテ他行ノ競争手段ニ応スルノ覚悟ナカルヘカラス、其方法如何
　　同業者ニ対スル競争ト預金ノ吸収策トハ相関聯セル問題ニシテ、合併シテ議了スルヲ便トス
　一競争者ノ手段トシテハ法外ナル利足ヲ附シ、又ハ取扱上非常ノ便利ヲ与ヘ、若クハ広告饗応贈物等ヲナシ、又ハ特種ノ関係ヲ利用スル等ノコトアリト云ヘトモ、本行ニ於テ行フヘカラサルモノアリ、故ニ競争者ノ手段ヲ探知シ、其中当銀行ノ競争スルニ堪ユルモノト否トヲ識別シ、慎重ナル態度ヲ以テ臨機ノ手段ヲナスヘキ事
　一従来ノ得意先ヲ失ハサル様注意スルハ勿論、新規ニ有望ナル得意先ヲ勧誘スルニハ、支配人自身出張シ、又ハ適当ナル行員ヲ派遣シ、商況取調（別紙参照）等ニ托シテ時々訪問ヲナシ、又ハ有力ナル得意先ヲシテ勧誘セシムル事
　一多クノ費用ヲ要セサル限リハ時々簡明ナル印刷物ヲ配布シ、又ハ広告ヲ為シ、取扱ノ便利ニシテ深切確実ナル旨ヲ知ラシムルハ必要ナルヘシト雖トモ、其体裁成ル可ク野鄙ニ陥ラサル様注意シ、且広告又ハ印刷等ハ其見本ヲ本店ニ送附スル事
　一本店ニ於テ小切手ノ費用ヲ取調タルニ、別紙調査ノ通リ手数ト費用トヲ要スルモノナレハ、平素預金ノ残高少キモノ又ハ少額ノ小切手ヲ多ク振出スモノハ銀行ニトリテハ利益少キ得意先ナレハ、各店ニ於テモ其取調ヲナシ、得意先ノ中、手数ヲ掛ケスシテ平素多クノ預金ヲナスモノハ利足ノ割合ヲ高クシ、其間ニ多少ノ差等ヲ設ケ懸引ヲナスヘキ事
　一一方ニ於テ預金ノ吸収ヲ務ムルト同時ニ、他方ニ於テ其支払準備ヲナシ、非常ノ場合ニ差支ナキ様注意スヘキ事
　一預金利足ヲ変更シタルトキハ、其都度最高、最低及ヒ平均日歩、並ニ競争銀行ノ利足割合等ヲ本店ニ報告スヘキ事
　一信用状ヲ発行スルコト、但其書式ハ本店ニ於テ之ヲ定メ、追テ通知スベシ
　一地方銀行ト預リ一方ノコルレス取引ヲ置ク事
議題外ノ決議左ノ如シ
第五　役員録ノ事
　一各店役員異動ヲ知ルノ必要アルニ付、従前ノ通役員録ヲ編纂シテ各店ニ配布スル事
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第六　諸帳簿計表証書類ノ事
　一諸帳簿計表証書類ハ整理上経済上成ル可ク同一ナルモノヲ使用スルヲ便利トスルニヨリ、已ニ一定セルモノハ濫ニ之ヲ変更セス、其一定セサルモノハ追々改正スル事
　一右ニ付各支店ニ於テ使用スルモノヲ取纏メ、一切本店ニ送附スル事、但帳簿ハ其書式ノ雛形ヲ回付スル事
第七　関西五支店会決議ノ事
　一過日大坂ニテ開キタル関西五支店会ニ於テ決議シタル事項ハ、採用スヘキモノニ限リ本店ヨリ通達スル事
右ノ通議了シタル後、十二日午後四時渋沢頭取ハ佐々木支配人ヲ始メ各支店長ヲ銀行ニ招集シ、左ノ通本年ノ金融並ニ営業ノ方針ニ付テ演説セラレタリ
　本年ノ金融ニ付テハ大ニ憂慮スヘキモノアルヲ以テ諸君ノ熟慮ヲ要スルハ勿論ナリト雖トモ、之ニ対スル方針ヲ定メ、夫レニ依リ経営セントスルハ頗ル困難ノコトト云ハサルヲ得ス、然レトモ其方針ニテ営業ヲナスハ亦危険ノ甚シキモノト云ハサルベカラス
　現在ノ経済社会ニ就テハ各自其意見ヲ異ニシ、一定ノ見込ヲ立ルコト難シ雖トモ、要スルニ戦後ノ経営ノ膨張シタルト同時ニ生産的事業勃興シ、其結果貿易ノ不平均ヲ来シタルモノト云ハサルヲ得ス、然レトモ之ニ対シ如何ナル方法ヲ執ルヘキカハ至難ノ問題ニシテ、仮令ハ進取主義ヲ採ルベキカ、危険之ニ伴フ恐アリ、単ニ消極的手段ノミヲ採ルベキカ、貿易ノ不平均ニ就テ見ルトキハ或ハ可ナリトスルヲ得ベシト雖トモ、銀行営業ノ方針ト国家経済ノ方針トハ全ク同一ナリト論定シ難キ場合ナキ能ハス、故ニ退守ニ偏セス進取ニ傾カス、其間適宜ノ措置ナカルベカラス、右ニ付テ玆ニ佐々木市原両氏ノ取調ヘタル意見書モアレハ、之ニ拠リテ述フルコトヽスヘシ
　第一輸出入貿易ハ其筋ノ調査ニ依レハ上半季ニ於テ輸入超過四千万円、下半季ニ於テ三千万円ニ達スルノ予算ナリ、此予算ノ正確ナルヤ否ヤハ明言シカタシト雖トモ、要スルニ六七千万円ノ資金ヲ海外ニ支払ハサルヘカラス、其結果我邦ノ経済上ニ逆勢ヲ呈スルニ至ラン
第二ニ政府財政ノ模様ハ臨時歳出ノミニテモ八千五百万円余アリテ其内千弐百万円許リハ内務省ノ土木費、若クハ台湾経費ノ補充ニシテ、千五百万円ハ陸軍省、弐千三百弐拾万円ハ海軍省、百四拾万円ハ文部省、九百九拾万円ハ農商務省、千六百九拾万円ハ逓信省ノ支出ニ係ル、其中生産的ニ消費セラルヽモノナキニアラサレトモ、多クハ不生産的ニ消費セラルモノナリ
第三ニ本年生糸ノ産額及売行ハ、養蚕ノ景況近年進歩ノ形跡アルヲ以テ稍有望ナリト雖トモ、今日其豊作ヲ予想スルコト能ハス
　又其価モ昨年ハ百斤千五六百円台ト云フ未曾有ノ高価ヲ示シタレトモ、本年モ昨年ト同様ノ価格ヲ保チ売レ行クベキヤ大ニ疑ナキ能ハサルナリ
第四ニ米穀ノ産額ハ天候ノ如何ニ依リテ豊凶アレハ、是又今日ニ於テ其豊熟ヲ予想シ難キナリ
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第五ニ償金及外国債ハ連年支出ノ為メニ殆ンド消尽シ、本年度ニ於テハ船艦費其他ノタメニ支払フモノヲ引去ルトキハ、僅カニ弐百四五拾万円ヲ余スニ過キサルベシ
第六ニ海外ノ金融事情ハ英杜戦争平定ノ期モ計リ難ク、英国ハ戦争ノタメニ拾億円内外ノ出費ヲナシ、戦後軍備ノ為メニ更ニ多額ノ出費ヲ要スヘケレハ、同国ノ金融ハ俄カニ緩和スルコトナカルベク、又昨年来海外ノ金融必迫シタルハ単ニ英杜戦争ノ結果ノミト看做スヘキニアラスシテ、独乙ニ米国ニ近年事業ノ勃興シタルニ因ルモノ多キカ如シ、果シテ右ノ如クナリセハ、日本ニ於テ今後外国債ヲ募集シ、又ハ公債ヲ売却スル等ノコトモ或ハ難事ナルベシ、又外資輸入ノコトモ是迄種々相談ハアリタレトモ、成効スルコトナク、僅カニ村井商会ノ煙草ノタメニ注入セラレタルニ過キス、但条約改正以後横浜神戸等ニテ外国人カ日本ノ銀行ニ当座取引ヲナスニ至リタルハ、漸次進歩ノ傾向ヲ示セルモノナレトモ、是レ固ヨリ一小部分ノコトニシテ、内外資本ノ共通ニ至ルハ未タ遠シト云ハサルヲ得ス
　政府ノ財政彼ノ如ク、国家ノ経済事情及外国貿易ノ状況此ノ如シトシテ将来ヲ考フルトキハ、金融ハ前途ニ於テ緊縮スルト想像セサルヲ得ス、然ルニ之ニ反シテ近来銀行ノ創立増加シタルハ、銀行ノ名義ヲ用ユレハ低利ニシテ融通ヲ受クルノ便利アルカ為メ之ヲ奨励シタルニ外ナラスシテ、其結果往々破綻ヲ来タシ、危険ノ状態アルモノ多シト聞ケリ、又本年ハ金融必迫ノタメ商品ハ不捌ケトナリ、物価ハ下落シ、其極破産者ヲ生スルコトナキヲ保シ難シ、故ニ当行ニ於テ得意ニ対スル貸出ニ付テハ手形割引ハ勿論、商品又ハ株券ヲ担保トセルモノト雖トモ、別シテ借主ノ身元ニ注意シ、個人又ハ会社トモニ成ルベク貸出高ヲ多クセサルコトニ勉メ、万一ニモ損害ヲ蒙ラサルコトヲ予防セサルヘカラス、実ニ本年ノ如キハ誠ニ心配スヘキ年柄ニシテ、当銀行ノ営業ノ方針ハ進取ニ走ラス、成ルベク警戒シテ過失ヲ防クコトヲ目的トスルノ外ナシ、然レトモ退守中ニ進取ノ気象ヲ失ハサルコト、亦肝要ト云フベキナリ、約言スレハ向後営業ノ方針トシテ執ルベキモノハ左ノ数項ニ過キサルベシ
　一確実ナル商業手形ノ割引ヲ務ムルコト
　一売行ノ見込アル商品確実ナル有価証券等回収シ易キモノニ対シ貸出ヲナスコト
　一一個人又ハ一会社ニ対シテハ成ル可ク巨額ノ貸出ヲナサヽルコト
右ノ方針ヲ以テ営業スルトキハ或ハ其店ノ利益ヲ減少スルノ傾向アルヘケレトモ、各其店ノ利害ニノミ注意スルコトナク、互ニ声息ヲ通シテ権衡ヲ失セサルコトヲ計ラサルヘカラス、仮令ハ名古屋ノ預金利足高クシテ貸出利足低利ナル場所ヨリ資金ヲ請求セラルヽモ本店ニ於テハ不得止回金セサルベカラス、乍去其結果ハ高利地方ノ資金ヲ低利地方ニ放下スルノ理ニシテ銀行全体ノ上ヨリ観レハ利益ト云フベカラス、是等ハ一例ニ過キサレトモ其他ノコトニ関シテモ互ニ気脈ヲ通シ自己ノ利益ノミヲ計ラス、本支店全体ノ上ニ就テ考慮
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センコトヲ望ム
　上来陳述スル事柄ニ付テハ諸君ノ意見モ亦本店ノ意見ト同一ナルベキヲ信ス、併シ尚諸君ニ意見アラハ遠慮ナク陳述セラレンコトヲ望ム
右ニ付熊谷氏ヨリ紡績業困難ノ事情ヲ陳述セラレ、其他各支店長ヨリ自己ノ店務ニ付二三陳述シタルコトアリテ散会ス

　　　　支店長会議問題
一本年中金融ノ趨勢ニ関スル見込並ニ之ニ対スル当銀行営業方針資金運用上ニ関スル意見
二預金吸収策ニ関スル意見
三担保品目ノ増減及ヒ其価格ノ修正ニ関スル意見
四同業者ノ競争ニ対スル態度並ニ方略
五手形及ヒ小切手ニ署名スルノ慣習ヲ維持スルノ得失
六経費節減ニ関スル意見

　　　　証
拙者より貴行ヘ宛テ振出候小切手面ノ姓名ハ、貴行当座勘定規定ニ由リ自記可度筈之処、無拠都合有之拙者姓名を彫刻致し置き、其名判を押用して自記ニ代ヘ、調印之上振出し可申候ニ付御承諾被下度候、然ル上ハ右名判を押用致し候小切手ニ関シ他日何様の損害相生し候共、総て拙者ニ於テ負担致し決して貴行ヘ御迷惑相掛ケ申間敷候、為後日仍テ如件
　　明治　年　月　日　　　　　　　　　　　住所
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　氏名　(印)
　　株式会社第一銀行　御中
　　注意　○証書ノ氏名ハ自記セシムルコト　○証書用紙ハ印刷ノ上回付スルコト

　　　　商況調査項目
一品名及ヒ類別
一組合ニ於テ取扱フ数量及ヒ金額
一製造地及ヒ消費地ノ模様
一輸入又ハ仕入ノ時季及ヒ販売ノ時季
一現在相場及ヒ今後ノ見込
一既往十年間相場ノ高低
一取引ノ模様例之ハ
　イ製造元及消費地ニ対シ直取引ナルヤ、将タ別ニ仲継業者アリヤ
　ロ現金取引ナルヤ将タ手形取引ナルヤ、若シ手形取引ナレハ其期日如何
一運送ノ方法及ヒ運送店ノ名
一組合ノ人員及ヒ仲間ノ習慣

　　　　預金経費調
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預金経費ノ中普通経費トシテハ
　一預金掛及ヒ関係掛員ノ給料、弁当料、乗車費等
　二預金掛用ノ筆墨紙、帳簿、印刷費、諸印紙代、交換所費用等特別経費トシテ得意先ニ依リ異ルヘキモノハ
　小切手帳、当座勘定通帳、入金帳等
ニシテ過日本店ニテ取調タル処ハ、得意先各別ニ付テ一々詳細ナル取調ヲナササレトモ、以上ノ諸項目ノ経費ヲ算出シタルニ三十二年七月ヨリ十二月迄、参千四百弐拾参円ニシテ一ケ月五百七拾円五拾八銭五厘一日平均弐拾弐円八拾弐銭参厘ナリ、而シテ同期間ニ於ケル取引先ノ総数六百五拾七名ナレハ、得意先一名一日ノ平均経費ハ三銭四厘七毛ヲ負担スヘキモノニシテ、三十二年六月十六日ヨリ同年十二月十四日ニ至ル迄ニ引出シタル小切手総数四万九千四拾八枚ニシテ、其一枚ニ付経費六銭九厘ヲ要スル勘定ナリ、故ニ預金ノ残高多クシテ濫リニ小切手ヲ振出サヽル向ハ最上等ノ得意先ニシテ、残高少キニ拘ラス少額ノ小切手ヲ多ク振出スモノハ最下等ノ得意先ナリト云ハサルヘカラス、故ニ預金ノ残高平均弐百円以下、弐百円以上、五百円以上、千円以上、弐千円以上、三千円以上、五千円以上、一万円以上等適宜ニ階級ヲ設ケテ利足ノ高下ヲナシ其間ニ懸引ヲ為スコト肝要ナリ

株式会社第一銀行第八期営業報告書　〔明治三三年上期〕
　　　　処務要件
○上略
一当銀行新株第二回払込金拾弐万五千円ハ三月二十四日迄ニ払込結了セシヲ以テ、三月二十六日ヨリ四月七日迄ニ東京・大阪・京都・横浜・神戸・新潟・名古屋・四日市・伏見各地区裁判所ニ於テ資本増加ノ登記ヲ受ケ、四月十七日ヲ以テ其旨ヲ大蔵大臣及東京府知事ヘ開申セリ
○中略
一当銀行新株第三回払込金拾弐万五千円ハ六月二十九日払込結了セシヲ以テ、翌三十日東京区裁判所ニ於テ資本増加ノ登記ヲ受ク
　　　　営業景況
本季間商工業ノ状態ハ昨年末ヨリ引続キ金融繁忙ナリシカ為メ、当業者ハ多少前途ヲ虞リテ警戒ヲ加ヘタルカ如シト雖トモ、前年秋冬ノ頃ニ注文セシ外国品ハ続々輸入シ、米及綿糸等ハ却テ前年ヨリ輸出ヲ減少セシ為メ、外国貿易ハ一月以降輸入常ニ輸出ニ超過シ、金貨ハ海外ニ流出スルノ逆勢ヲ見ルニ至レリ、玆ニ於テ日本銀行ハ三月及四月ノ両度ニ金利ヲ引上ケテ市場ヲ警戒シ、正貨ノ流出ヲ予防セシニヨリ四月以降ハ物価低落ニ傾キ、貿易ハ輸入ヲ減スルニ至ルト云ヘトモ、本季間ノ輸入超過額ハ実ニ六千八百余万円ノ巨額ニ達シ、金銀ノ輸出ハ弐千六百余万円ノ多キニ上レリ、大勢斯ノ如クナルヲ以テ金融ハ緊縮シ、商況ハ不振ヲ極ハメ、加フルニ季末ニ至リ清国事変ノ突然発生シタル為メ、米穀其他ノ軍需品ハ其商況ヲ恢復シタレトモ、公債株券等ヲ始メ清国ヘノ輸出品即チ綿糸織物其他海産物ノ如キハ非常ノ暴落ヲ来タシ、商工業沈衰ノ中ニ本季ヲ経過セリ、今重要ナル貨物ノ集散及
 - 第4巻 p.582 -ページ画像 
ヒ金融ノ景況ヲ叙シ、本支店営業ノ概要ヲ示サントス
生糸ハ其商況時々消長アリシモ価格ハ低落ノ一方ニ傾キ、季末ノ相場ヲ以テ之ヲ季初ニ比スレハ百斤ニ付殆ント四百円ノ下落ヲ示セリ、然レトモ製糸家ハ前季ニ於テ非常ノ利益ヲ得タルカ為メニ勉テ之ヲ售売シ、当半季間横浜ニ入荷シタルモノハ弐万七百余梱ニシテ、之レニ前季ヨリ繰越シタル高ヲ合スルトキハ参万四千余梱トナレトモ、其内参万六百余梱ヲ売却シテ残留ハ僅ニ参千参百梱ニ過キス、羽二重其他輸出向絹織物ニ至リテハ価格ノ低落シタルノミナラス商況甚ダ振ハサリシ為メニ、製産地ニ於テハ困難ヲ極メタルモノヽ如シ、米穀ハ一月中ニアリテハ昨年末ノ高価ヲ持続セシモ、二月ニ入リテヨリ頓ニ低落シ爾後騰貴スヘキ模様ナカリシニ清国事変以後稍其価格ヲ回復セリ、紡績綿糸ハ昨年ノ営業好況ナリシ為メ大ニ原棉ヲ輸入セシニ、一月以降綿糸ノ輸出減少シ、阪神地方ニ多額ノ棉花綿糸ヲ堆積シタルト、大阪三品取引所ニ於テ綿糸買占ノ失敗アリシトニヨリテ非常ノ暴落ヲ来タシ、其極却テ棉花ノ逆輸出ヲ為スモノアルニ至レリ、公債株券ハ金融逼迫ノ為メ其価格漸次低落シ、軍事整理ノ如キモ季末ニ迄ヒ九拾円五六拾銭ノ安直ヲ唱フルニ至レリ
之ヲ要スルニ本年上半季ニ於ケル商況ハ概シテ不振ニシテ、貨物倉庫ニ停滞シ金融常ニ逼迫セシト雖モ、当銀行ハ厚ク資金ノ運用ニ注意シ勉テ顧客ノ便利ヲ謀リタルヲ以テ、営業諸項中預金及手形割引等ハ別表ノ如ク著シク増進シ、利益金ノ内ヨリ公債価格引下ノ為メニ四万九千余円ヲ償却スルモ尚ホ弐拾九万三千余円ノ収益ヲ得ルニ至レリ、即チ当半季ニ於ケル営業諸項ノ増減並ニ利足ノ割合ハ左ノ如シ
○下略

株式会社第一銀行第八期定時総会決議録〔明治三三年七月〕
明治三十三年七月二十二日午後一時ヨリ株主定時総会ヲ東京銀行集会所ニ開ク、株主総数千五百拾参名此株数拾万株ノ内、出席者百七拾壱名此株数弐万七千七拾参株、委任状ヲ以テ代理ヲ委托シタル者五百九拾七名此株数四万弐千五百九拾九株、合計株主七百六拾八名株数六万九千六百七拾弐株ナリ
右出席株主ハ午後二時議席ニ就キ、頭取ヨリ本年上半季営業ノ景況及損益勘定ヲ報告シ、同期貸借対照表、損益計算書、財産目録ハ株主各位ニ配付シタル営業報告書ニ添付シ置キタルニ付其承認ヲ得タキ旨ヲ告ケ、一同異議ナキ旨ヲ述フ、依テ左ノ如ク利益金分配案ヲ提出シタルニ満場一致原案ノ通可決ス
一金弐拾九万参千七百八拾弐円七銭　　当半季利益金
一金六万参百九拾五円参銭　　　　　　前半季繰越金
　合計金参拾五万四千百七拾七円拾銭
　　内
　金弐万参千五百円　　　　　　　　　役員賞与金
　差引金参拾参万六百七拾七円拾銭
　　内
　金五万円　積立金
 - 第4巻 p.583 -ページ画像 
　金弐拾万弐千五百円　　　　　　　　旧株配当金一株ニ付金弐円弐十五銭即九分ノ割
　金壱万弐千弐百円　　　　　　　　　新株配当金一株ニ付金一円弐十弐銭即年九分ノ割
　金六万五千九百七拾七円拾銭　　　　後半季繰込金
右終ツテ予テ株主各位ニ配布シタル左ノ議案ニ依リ、定款変更ノ件ヲ議シタルニ満場異議ナク原案ノ通可決ス
一今回営業上ノ都合ニヨリ越後国長岡町ニ出張所ヲ開設スルニ付定款第四条ニ左ノ字句ヲ追加スルコト
　　出張所　越後国長岡町
右終リテ現任監査役須藤時一郎、日下義雄両名任期満了ニ付、其改選ヲナスヘキ旨ヲ告ケタルニ、出席株主中岩出惣兵衛氏投票ヲ省略シテ監査役両名トモ重任セラレンコトヲ希望スル旨発言シ、満場異議ナク右ノ動議ヲ賛成シタルニヨリ監査役両名再任スルコトニ決シタリ
右ノ通決議候処相違無之候也
　明治三十三年七月二十二日
　　　　　　　　　　　　　　　株式会社第一銀行
　　　　　　　　　　　　　　　　　頭取　　渋沢栄一
　　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　西園寺公成
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　三井八郎次郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　佐々木勇之助
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　熊谷辰太郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　監査役　須藤時一郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　日下義雄

株式会社第一銀行第九期営業報告書　〔明治三三年下期〕
　　　　処務要件
一当銀行新株第三回払込金拾弐万五千円ハ六月二十九日払込結了セシヲ以テ、東京区裁判所ニ於テ其翌三十日資本増加ノ登記ヲ受ケタルカ、大阪・京都・横浜・神戸・新潟・名古屋・四日市・伏見各地区裁判所ニ於テハ当半季ニ入リ、七月二日ヨリ同月六日迄ニ資本増加ノ登記ヲ受ケ、同月十一日ヲ以テ其旨ヲ大蔵大臣及東京府知事ヘ開申セリ
○中略
一九月一日越後国長岡町ニ於テ出張所ヲ開設シタルニ付、同地区裁判所ヲ始メ東京・大阪・京都・横浜・神戸・新潟・名古屋・四日市・伏見各地区裁判所ニ於テ九月一日ヨリ同月八日迄ニ其登記ヲ受ケ、同月二十日ヲ以テ其旨大蔵大臣及東京府知事ヘ開申セリ
一当銀行新株第四回払込金拾弐万五千円ハ九月十七日迄ニ払込結了セシヲ以テ、九月二十日ヨリ同月二十六日迄ニ東京・大阪・京都・横浜・神戸・新潟・名古屋・四日市・伏見各地区裁判所ニ於テ資本増加ノ登記ヲ受ケ、十月二日ヲ以テ其旨大蔵大臣及東京府知事ヘ開申セリ
○下略
　　　　営業景況
本季間ニ於ケル金融ノ大勢ハ常ニ繁忙ニシテ利率モ亦高騰ナリシト云
 - 第4巻 p.584 -ページ画像 
フヲ得ヘシ、蓋シ其原因ノ主タルモノヲ示セハ外国貿易ハ前季ノ惰力ヲ受ケテ輸入超過ノ逆勢ヲ輓回スルコト能ハサルノミナラス、前季末ニ至リ突然発生シタル清国事変容易ニ落着スル能ハスシテ列国ノ大兵北京ニ進マントシテ北清地方全体ノ擾乱トナリ、南清地方モ亦恟々トシテ安ンセサルヲ以テ同国ニ対スル貿易ニ非常ナル打撃ヲ蒙レリ、加フルニ生糸ノ商況頗ル不振ナリシヲ以テ、毎年下半季ハ輸出繁栄ノ期節タルニモ拘ラス十一月初旬ニ及フモ尚輸出超過ノ勢ヲ示スニ至ラスシテ、遂ニ当季間ニ於ケル輸出入ノ総計ハ弐億参千参百余万円ニシテ輸入超過ハ壱千四百七拾五万余円ニ上レリ、此ノ如ク輸入頻リニ超過シ、軍費亦巨額ヲ要セシカ為メ、正貨ノ流出愈々多キヲ加ヘ、制限外兌換券ノ増発ヲ促スニ至レリ、是ニ於テ日本銀行ハ七月中旬ニ至リ金利壱厘方ヲ引上ケテ之レカ警戒ヲナシタルカ、翌八月北京城陥落シ戦乱稍治マリタルヲ以テ金融モ亦一時少康ヲ告ケタレトモ、停滞シタル貨物ノ為メ資金固定シ、金融益繁忙トナリ、殊ニ歳晩ニ際シテ銀行者間往々破綻ヲ生スルモノアリテ警戒ノ中ニ本季ヲ経過セリ、今重要ナル貨物ノ集散及融通ノ状況ヲ略叙シ本支店営業ノ概要ヲ示サントス
生糸ハ其商況近年稀ナル不振ニシテ九月ニ於テ最モ沈衰シ、其価格ハ百斤ニ付七百五拾円台ニ暴落シ、季初ニ比スレハ弐百参拾円余ノ下落ヲ示シ、其後多少回復ノ状アリシモ遂ニ之レヲ持続スル能ハスシテ本季ヲ終レリ、而シテ当季間横浜ニ入荷シタル総数ハ八万八千七百余梱ニシテ、之レニ前季ヨリ繰越シタル高ヲ合スルトキハ九万弐千余梱ニ達シ、其内僅ニ五万四千余梱ヲ売却シテ残留参万七千八百余梱ノ多キニ及ヘリ、羽二重其他輸出向絹織物ハ之ヲ昨年ノ下半季ニ比スレハ、其価格ニ於テ四割方ノ低落ヲ示シタルモ、欧米ノ市場不振ニシテ能ク售売スルヲ得サリキ、米穀ハ初メ天候順和ニシテ稲草ノ発育佳良ナリシヲ以テ頗ル豊作ノ見込ナリシモ、収穫ノ季節ニ至リ実収ハ当初ノ予想ニ達セス、加フルニ米価稍低落シタルヲ以テ農家濫リニ放売セサルニヨリ、諸物貨ノ地方ニ供給セラルヽモノモ例年ニ此シテ少キニ似タリ、紡績綿糸ハ清国事変ノ影響ヲ蒙ルコト最モ甚シク、当業者ハ其生産額ヲ四割方減縮シテ僅カニ市価ヲ維持スルニ務メタリ、公債株券ニ至テハ其価格都テ低落シテ軍事整理ノ二種類ト雖モ九拾壱円ヲ超ユルコトヲ得サリキ
之ヲ要スルニ、本年下半季ニ於ケル商況ハ上半季ニ引続キ頗ル不振ニシテ、貨物停滞シ、従テ金融円滑ナラサリシト云ヘトモ、当銀行ハ本支店相応シテ深ク資金ノ運用ニ注意シ、勉テ顧客ノ便利ヲ計リタルヲ以テ非常ナル好成蹟ヲ収メ、営業諸項ハ別表ノ如ク著シク増進シ、利益金ハ昨年下半季ニ比スレハ五割八分以上ノ増加ヲ示シ、公債価格引下ノ為メニ七万参千余円ヲ償却シタルモ、尚四拾四万五千余円ノ収益ヲ得ルニ至レリ、即チ当半季ニ於ケル営業諸項ノ増減並ニ利息ノ割合ハ左ノ如シ
○下略

株式会社第一銀行第九期定時総会決議録〔明治三四年一月〕
明治三十四年一月二十日午後一時ヨリ株主定時総会ヲ東京銀行集会所
 - 第4巻 p.585 -ページ画像 
ニ開ク、株主総数千五百名此株数拾万株ノ内、出席者百七拾壱名此株数弐万五千九拾九株、委任状ヲ以テ代理ヲ委托シタル者九名此株数弐千六百七拾弐株、合計株主百八拾名株数弐万七千七百七拾壱株ナリ
右出席株主ハ午後二時十七分議席ニ就キ、頭取ヨリ昨年下半季営業ノ景況及損益勘定ヲ報告シ、同期貸借対照表、損益計算書、財産目録ハ株主各位ニ配付シタル営業報告書ニ添付シ置キタルニ付其承認ヲ得タキ旨ヲ告ケ、一同異議ナキ旨ヲ述フ、依テ左ノ如ク利益金分配案ヲ提出シタルニ満場一致原案ノ通可決ス
一金四拾四万五千参百八拾弐円拾七銭　当半季利益金
一金六万五千九百七拾七円拾銭　前半季繰越金
合計金五拾壱万千参百五拾九円弐拾七銭
　　内
　金参万五千六百参拾円　　　　　　　役員賞与金
　金拾万円　　　　　　　　　　　　　積立金
　金参万円　　　　　　　　　　　　　新築費積立金
　金弐拾万弐千五百円　　旧株配当金壱株ニ付金弐円弐拾五銭即年九分
　金弐万壱千五百円　　　新株配当金壱株ニ付金弐円拾五銭即年九分
　金拾弐万壱千七百弐拾九円弐拾七銭　後半季繰込金
右終ツテ頭取ヨリ左ノ報告ヲナセリ
一七月二十八日大阪支店ニ於テ同店ノ保管ニ係ル公債株券時価弐拾万円余ヲ同店員岸畑定次郎カ窃取シ、之ヲ他ニ質入ヲナシ、又ハ売却セルコトヲ発見セリ、依テ同日直ニ大阪地方裁判所撿事局ヘ其旨告訴シタル処、予審判事ノ手ニ於テ悉ク其物件ヲ差押ヱラレタルニヨリ、所有者ヨリ同地々方裁判所ヘ贓物返還ノ私訴ヲ提起シタルニ、同公判ニ於テ本人ハ窃盗罪ト判決セラレタルモ、所有者カ刑事被告人以外ノモノニ対スル贓物返還ノ訴ハ、私訴トシテ起訴スベキモノニアラストシテ却下セラレタルニヨリ、直ニ同地控訴院ヘ控訴シタルモ未タ其決定ヲ得ス、乍併当銀行ノ損害トナルベキモノニアラサルコトヲ確信セリト雖トモ、未タ終審ノ決定ヲ得サルヲ以テ万一ヲ慮リ、当半季ノ営業好成蹟ヲ得タルヲ機トシ前記ノ如キ多額ノ後半季繰越金ヲナサントス
右之通決議候処相違無之候也
　明治三十四年一月二十一日
　　　　　　　　　　　　　　　株式会社第一銀行
　　　　　　　　　　　　　　　　取締役頭取　渋沢栄一
　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　　　西園寺公成
　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　　　三井八郎次郎
　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　　　佐々木勇之助
　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　　　熊谷辰太郎
　　　　　　　　　　　　　　　　監査役　　　須藤時一郎
　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　　　日下義雄

株式会社第一銀行第十期営業報告書　〔明治三四年上期〕
　　　　処務要件
 - 第4巻 p.586 -ページ画像 
○上略
一四月二十五日頭取渋沢栄一ハ新潟県下ヘ旅行ノ序ヲ以テ、新潟支店及長岡出張所ヲ巡見スル為メ東京ヲ出発シ、五月四日帰京セリ○下略
　　　　営業景況
本季間金融ノ大勢ハ昨年末ニ引続キ繁忙ナリシモ、一月以降横浜ニ於テ生糸ノ売レ行好況ナリシヲ以テ、大ニ金融ヲ緩和スルヲ得タリ、然レトモ商況ハ益々沈衰シ、商家ノ破産、銀行ノ支払停止等、各地ニ続出シタル為メ昨年来ノ警戒ヲ解カスシテ本季ヲ経過セリ、今其主タルモノヲ挙レバ、外国貿易ハ一月以降輸入尚未ダ輸出ニ超過セシト雖トモ、四月ニ至リ輸出超過ノ徴候ヲ呈シ、本季間輸出入ノ総額ハ弐億四千五百万円ニ上リタレドモ、輸入超過額ハ壱千五百万円ニ過キス、之ヲ昨年上半季ニ比スレハ貿易逆勢ノ程度大ニ減退セシト云フヲ得ヘシ、加之日本銀行ニ於テハ常ニ通貨収縮ノ方針ヲ取ラレタルト、清国ノ戦乱漸ク収マリ政府ノ事業亦縮少セラレタルトニ由リ、昨年以来制限外ニ発行シタル兌換券ハ三月以降一時其ノ跡ヲ絶ツニ至レリ、今重要ナル貨物ノ集散及当銀行ニ於ケル金融ノ景況ヲ叙シ、本支店営業ノ概要ヲ示サントス
生糸ハ昨年ノ残留頗ル多ク其前途ヲ憂慮シタレトモ価格低廉ナリシヲ以テ一二月ノ交ヨリ販路漸ク開ケ、欧米ノ需要ニ投シテ続々輸出セラレ新糸ノ如キハ声価頗ル高ク一躍九百円台ヲ見ルニ至レリ、而シテ当半季間横浜ニ入荷シタルモノハ参万七千九百余梱ニシテ、之レニ前季ヨリ繰越シタル高参万七千八百余梱ヲ合スルトキハ其高実ニ七万五千七百余梱ノ巨額ニ上レトモ、其内七万五千弐百余梱ヲ売却シテ残留殆ント空シク、全季ヲ通シテ能ク售売セリト云フヘシ、羽二重其他輸出向絹織物ニ至リテハ昨年以来価格低落シ、商況甚タ振ハサリシモ五月ニ入リテ頓ニ恢復シ、市価騰貴セリ、米穀ハ内地並ニ朝鮮トモ昨年豊作ノ噂アリシカ市場ニ回送セラルヽモノ例年ニ比シテ尠ク、紡績棉糸ハ各会社トモ操業ヲ短縮シテ価格ヲ維持スルコトニ務メタルカ、四月末ヨリ清国ヘ輸出ノ途開ケ、季末ニ迄ヒ好況ヲ呈セリ、公債株券ハ其価格漸次低落シ、軍事整理ノ如キモ季末ニ至リ八拾七円ノ安直ヲ唱フルニ至レリ
之ヲ要スルニ本年上半季ニ於ケル商況ハ概シテ不振ニシテ各銀行会社中ニモ破綻ヲ生シタルモノ少カラス、人心恟々トシテ金融常ニ円滑ナラサリシト雖トモ、当銀行ハ厚ク資金ノ運用ニ注意セシヲ以テ、預金其他営業ノ諸項ハ別表ノ如ク増進シ、利益金ハ昨年上半季ニ比シテ三割以上ノ増加ヲ示シ、公債価格引下ノ為メ六万参千九百余円ヲ償却スルモ尚ホ参拾九万参千六百余円ノ収益ヲ見ルニ至レルハ亦以テ相当ノ結果ト云フヲ得ヘシ
○下略

株式会社第一銀行第十期定時総会決議録〔明治三四年七月〕
明治三十四年七月二十一日午後一時ヨリ株主定時総会ヲ東京銀行集会所ニ開ク、株主総数千五百九名此株数拾万株ノ内、出席百六拾八名此株数弐万五千九百七拾弐株、委任状ヲ以テ代理ヲ委托シタル者七拾参
 - 第4巻 p.587 -ページ画像 
名此株数弐千四百参拾九株、合計株主弐百四拾壱名株数弐万八千四百拾壱株ナリ
右出席株主ハ午後二時四十五分議席ニ就キ、頭取ヨリ本年上半季営業ノ景況及損益勘定ヲ報告シ、同期貸借対照表、損益計算書、財産目録ハ株主各位ニ配付シタル営業報告書ニ添付シ置キタルニ付、其承認ヲ得タキ旨ヲ告ケ、一同異議ナキ旨ヲ述フ、依テ左ノ如ク利益金分配案ヲ提出シタルニ満場一致原案ノ通可決ス
一金参拾九万参千六百九拾参円九拾九銭　　当半季利益金
一金拾弐万壱千七百弐拾九円弐拾七銭　　　前半季繰越金
　合計金五拾壱万五千四百弐拾参円弐拾六銭
　　内
　金参万壱千五百円　　　　　　　　　　　役員賞与金
　金拾万円　　　　　　　　　　　　　　　積立金
　金参万円　　　　　　　　　　　　　　　新築費積立金
　金弐拾弐万五千円　　　　　　　　　配当金壱株ニ付金弐円廿五銭即年九分ノ割
　金拾弐万八千九百弐拾参円弐拾六銭　　　後半季繰込金
右終ツテ頭取ヨリ左ノ報告ヲ為セリ
一昨年七月二十八日大阪支店ノ保管ニ係ル公債株券ヲ同店員岸畑定次郎カ窃取シタル刑事被告事件ニ付テハ、其所有者ニ於テ贓物返還ノ私訴ヲ提起シ、引続キ大阪控訴院ニ於テ審理中、四回ノ公判ヲ開キタルニ当上半季間ニハ未タ判決ニ至ラサリシ
　然ルニ去ル七月十六日同院ニ於テ第一審窃盗罪ノ判決ヲ取消シ委托物費消罪トナシ、従テ民事原告人ノ請求ハ相立タサル旨判決セラレタレトモ、全部不服ノ旨直ニ上告ニ及ベリ
右終リテ現任監査役須藤時一郎、日下義雄両名任期満了ニ付キ其改選ヲナスヘキ旨ヲ告ケタルニ、出席株主中国分勘兵衛氏投票ヲ省略シテ監査役両名トモ重任セラレンコトヲ希望スル旨発言シ、満場異議ナク右ノ動議ヲ賛成シタルニヨリ、監査役両名再任スルコトニ決シタリ
右之通決議致候処相違無之候也
　　明治三十四年七月二十一日
　　　　　　　　　　　　　　　株式会社第一銀行
　　　　　　　　　　　　　　　　　頭取　　渋沢栄一
　　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　西園寺公成
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　三井八郎次郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　佐々木勇之助
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　熊谷辰太郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　監査役　須藤時一郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　　日下義雄

株式会社第一銀行第十一期営業報告書　〔明治三四年下期〕
　　　　営業景況
本季間ノ金融ハ前季経済界不穏ノ後ヲ受ケ、各銀行商家トモ依然警戒ヲ解カサリシ為メ常ニ不活溌ニシテ亦タ繁忙ノ状ナカリキ、今其大勢ヲ概説スレハ外国貿易ハ砂糖ノ見越シ輸入等多少之レナキニ非リシト
 - 第4巻 p.588 -ページ画像 
云ヘトモ、生糸売行ノ盛況ナリシト、内地ノ商況不振ニシテ資金ノ需用少ナカリシカ為メ、前年来持続セル貿易ノ逆勢ヲ挽回シ、十月以降ニ至リテハ輸出超過ノ勢ヲ示シ、本季間輸出入ノ総計ハ弐億五千六百万円余ニシテ輸出超過額九百七拾万円余ヲ見ルヲ得タリ、此ノ如キ景況ナルヲ以テ政府ハ日本銀行ヨリ巨額ノ借リ上ケ金ヲ為シ、且ツ大蔵省証券ノ発行アリシト雖、金融市場ニ大ナル影響ヲ及ホサスシテ兌換券ノ発行額ハ常ニ壱億八千万円台ヲ上下シテ著シキ増減ナク、歳末ニ至リテ一時弐億壱千万円ニ上リ、弐千万円余ノ制限外発行ヲ見ルニ至レリ、今例ニ依テ左ニ本季間ニ於ケル重要ナル貨物ノ集散ト、金融ノ状態トヲ叙シ、併テ本支店営業ノ概要ヲ示サントス
生糸ハ欧米ノ注文頻リニ到リ稀有ノ好況ヲ呈シ、価格ハ九百円台前後ナレトモ絶エス輸出セラレタリ、其数ヲ挙クレハ本季間横浜ニ入荷シタルモノハ拾万七千余梱ニシテ、之レニ前季ヨリ繰越シタル高千五百余梱ヲ合計スレハ拾万九千余梱ノ多キニ達スレトモ、其内八万六千余梱ヲ売却シテ残留弐万参千余梱ナリ、紡績綿糸ハ清国市場好況ニ向ヒ、輸出増進シタルノミナラス、米国旱害ノ為メ原棉騰貴シ、糸価昂騰セリ、米価ハ一時拾五円台ニ騰貴セシモ、本年豊作ノ為メ漸次其価格ヲ低落シテ拾円台ニ下レリ、朝鮮米ハ韓国旱魃ニシテ防穀令実施ノ為メ廻米スルモノ稀少ナリキ、株式市場ハ取引常ニ沈衰シ、公債株券ノ相場ハ著シキ変動ナカリシモ、順次低落シテ軍事整理ノ如キモ季末ニ迄ヒ八拾七円以下ニ低下セリ
之レヲ要スルニ本季ノ商況ハ生糸綿糸ヲ除キ、其他ハ上季ニ引続キ頗ル不振ナリシカ米穀ノ豊作ナリシト、政府ニ於テ計画セル外債ノ成功スヘキ風評アリシ為メ、十月頃ニ至リ一時起色ヲ呈セシト云ヘトモ、其後外債談不調ニ帰シタル為メ商況ハ再ヒ沈衰シ資金ノ需要ヲ減スルニ至レリ、而シテ当銀行ハ本支店トモ預金頗ル増加シ、常ニ余資ヲ擁セシヲ以テ充分ノ好果ヲ収ムル能ハサリシト云ヘトモ、営業ノ諸項ハ別表ノ如ク著シク増進シ、利益モ四拾万円余ヲ得ルニ至リシハ亦以テ相当ノ結果ト云フヲ得ヘシ
○下略

株式会社第一銀行第十一期定時総会決議録〔明治三五年一月〕
明治三十五年一月十九日午後一時ヨリ株主定時総会ヲ東京銀行集会所ニ開ク、株主総数千五百拾参名此株数拾万株ノ内、出席株主百九拾八名此株数弐万六千九百五株、委任状ヲ以テ代理ヲ委托シタル者七百六拾弐名此株数四万八千九百五拾九株、合計株主九百六拾名株数七万五千八百六拾四株ナリ
右出席株主ハ午後二時議席ニ就キ、頭取ヨリ昨年下半季営業ノ景況及損益勘定ヲ報告シ、併セテ一昨年七月大阪支店ニ係ル公債株券ヲ同店員岸畑定次郎カ窃取シ、之ヲ他ニ質入又ハ売却シタル事件ハ、既ニ一昨年下半季後昨年上半季ノ総会ニ於テ株主各位ニ報告セシカ、当半季ニ至リ其事件漸ク結了シタルヲ以テ、左ノ如ク報告シタルニ株主一同之ヲ承認セリ
 - 第4巻 p.589 -ページ画像 
大阪支店ニ於テ前記ノ事実ヲ発見シタルハ、一昨三十三年七月二十八日ニシテ、四日直《（同カ）》ニ大阪地方裁判所検事局ヘ其旨ヲ告訴シ、予審判事ニ於テ悉ク其物件ヲ差押ヱラレタルニヨリ、所有者ヨリ同地地方裁判所ヘ贓物返還ノ私訴ヲ提起シタルニ、同公判ニ於テ本人ハ窃盗罪ト判決セラレタルモ、所有者カ刑事被告人以外ノモノニ対スル贓物返還ノ訴ハ、私訴トシテ提起スヘキモノニアラストシテ、却下セラレタリ、是ニ於テ所有者ハ、更ニ同地控訴院ニ控訴ヲ提起シ、同時ニ犯罪者モ亦控訴セリ、然ルニ同院ニ於テハ本件ハ私訴トシテ提起シ得ヘキモノト認メタルモ、本人ハ窃盗罪ニアラスシテ委托物費消罪ナリトシ、其結果贓物ハ全部トモ返還スヘキモノニアラスト判決シ、本人ハ之ニ服罪セリ、然レトモ仮リニ委托物費消罪ト決定スルモ、贓物ノ中、記名株券ハ法律上固ヨリ之レカ返還ヲ受クヘキモノナルヲ以テ、同院ノ判決ヲ不当ナリト認メ、更ニ大審院ニ上告シタルニ、本件ニ関シ首藤諒、松本重太郎ノ両氏仲裁ニ尽力セラレ遂ニ、贓物ノ時価弐拾万八千九百弐拾八円四拾銭ノ中、拾万弐千七百拾七円五銭ヲ当銀行ヨリ支出シテ、其贓物ノ全部ヲ取戻シ本件ヲ結了スルニ至レリ、而本件ニ関シテハ、一昨年下半季以来総会ニ報告シタル如ク、其結果ヲ照会シテ特ニ繰越金ヲ増加シ置キタルヲ以テ右ノ金額ハ、前半季繰越金拾弐万八千九百弐拾参円弐拾六銭ノ中ヨリ之ヲ支出シ、残金弐万六千弐百六円弐拾参銭ヲ前半季ノ繰越金トセリ
此事件タルヤ実ニ本行不虞ノ災害ニシテ、当局者ニ於テハ之ヲ千載ノ恨事トシ、株主各位ニ対シテ大ニ謝セサルヲ得サルモノアリ、故ニ其提訴審理ニ於ルモ、常ニ苦心経営、聊モ怠ルコトナカリシモ結局首藤・松本両氏ノ仲裁ハ時局ノ全態ヲ斟酌シタル公平ノ調停ナルモノト信スルニヨリ、遂ニ前記ノ金額ヲ支出シテ之カ了局ヲ見ルニ至リシナリ、株主各位請フ幸ニ之レヲ諒セラレヨ
右終リテ同期貸借対照表、損益計算書、財産目録ハ株主各位ニ配付シタル営業報告書ニ添付シ置キタルニ付、其承認ヲ得タキ旨ヲ告ケ、一同異議ナキ旨ヲ述フ、依テ左ノ如ク利益分取案ヲ提出シタルニ満場一致原按ノ通可決ス
一金四拾万参千九百九拾円五拾壱銭　　当半季利益金
一金弐万六千弐百六円弐拾壱銭　　　　前半季繰越金
　但前半期繰越金拾弐万八千九百弐拾参円弐拾五銭ノ内大阪支店公債株券被害事件示談金トシテ金拾万弐千七百拾七円五銭ヲ引去リタル残額
合計金四拾参万百九拾六円七拾弐銭
　　内
　金参万弐千参百円　　　　　　　　　役員賞与金
　金拾万円　　　　　　　　　　　　　積立金
　金弐万円　　　　　　　　　　　　　新築費積立金
　金弐拾弐万五千円　　　　　配当金　壱株ニ付金弐円弐拾五銭即年九分ノ割
　金五万弐千八百九拾六円七拾弐銭　　後半季繰越金
右終リテ予テ株主各位ニ配付シタル左ノ議按ニ依リ定款変更ノ件ヲ議
 - 第4巻 p.590 -ページ画像 
シタルニ満場異議ナク原按ノ通可決ス
一今回営業上ノ都合ニヨリ大阪市西区立売堀北通三丁目ニ出張所ヲ開設スルニ付定款第四条ニ左ノ字句ヲ追加スルコト
　　　　出張所　大阪市西区
右之通決議候処相違無之候也
　　明治三十五年一月十九日
　　　　　　　　　　　　　　　株式会社第一銀行
　　　　　　　　　　　　　　　　　頭取　　渋沢栄一
　　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　西園寺公成
　　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　三井八郎次郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　佐々木勇之助
　　　　　　　　　　　　　　　　　取締役　熊谷辰太郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　監査役　須藤時一郎
　　　　　　　　　　　　　　　　　監査役　日下義雄

渋沢栄一　日記
　○明治三三年
四月十二日
十一時第一銀行ニ出勤ス○中略午後一時重役会ヲ開ク、畢テ各支店主任ヲ会同シ本季営業ノ方針ニ関スル金融事情ヲ協議ス
四月十四日
午後七時浜町常盤屋ニ抵リ第一銀行支店主任等ノ送別会ニ参席ス
七月十九日
午後第一銀行ニ於テ重役会ヲ開ク、畢テ評議書、計算書類ヲ一覧ス
七月二十二日
午後会畢テ銀行集会所ニ抵リ、第一銀行株主総会ヲ開ク、午後三時閉会、此日行員一同集会所ニ於テ夜餐ス
八月二日
午後三時第一銀行ニ出勤ス、弁護士岸精一氏来ル、大阪支店員不始末ニ関スル法律上ノ取扱手続ヲ談話ス、午後三時過兜町宅ニ於テ重役会ヲ開ク、午後五時過散会ス、此夜大阪支店ノコトニ関シ神戸店熊谷氏ヘ書状ヲ発ス
八月十日
十二時帰宿、岸精一氏、佐々木勇之助氏来ル、大阪支店岸畑ノコトヲ談ス
十二月七日
十時過兵庫出張所ニ抵リ一覧ス、川島主任其他ノ行員ニ面会ス、畢テ地所ヲ一覧シ、十二時頃神戸支店ニ抵ル、支配人熊谷辰太郎病気不勤ナルヲ以テ岸崎氏ヨリ行員一同ヲ紹介ス、依テ一応ノ示諭ヲ為シ○下略
十二月八日
午後五時銀行支店○大阪支店ニ抵リ行員一同ヘ一場ノ説示的演説ヲ為ス
十二月九日
午前九時過大阪発ノ汽車ニ搭シ、十一時西京ニ抵ル、直ニ銀行支店ニ於テ行員一同ヲ会シテ執務上ニ関スル心得方ヲ説示シ○下略
 - 第4巻 p.591 -ページ画像 
十二月十一日
午前八時昌栄館ヲ発シ三重紡績工場ヲ一覧シ、畢テ第一銀行支店○四日市支店ニ抵リ、行員ヲ会シテ一場ノ演説ヲ為ス
　　　○十月三十日東京ヲ発シテ韓国旅行ノ途ニ上リ、ソノ帰途各地支店ニ立寄リタルモノニシテ、随行者八十島親徳ノ「韓国旅行日誌」ニ左ノ記述アリ。
　　　　十二月七日
　　午前男爵ニ随行シテ第一銀行兵庫出張所ニ至リ事務ノ実況ヲ見ル、米肥ノ集散地タル丈アリテ銀行預金貸出共三十万以上アリ、神戸支店ヨリモ好景気ナリト云フ、主任ハ川島良太郎氏ナリ、新築予定地ヲモ見ル
　　次ニ同行神戸支店ニ至ル、熊谷支配人宿痾発シ引籠中ニ付岸崎昌氏代理セリ
　　　　十二月八日
　　四時半高麗橋第一銀行ニ至ル、新築ノ洋館ニシテ頗整頓セリ、行員モ四五十名アリ、当地ニテハ屈指ノ銀行タル位置ヲ占メリト、伊藤副支配人始竹山、広瀬山脇諸氏ハ従来ノ知人也、軈テ男爵出頭行員ヲ集メテ心得向ノ演説アリ、午後七時随行シテ帰宿ス
　　　　十二月九日
　　十一時京都着予ハ男爵ニ随行シテ烏丸通リノ第一銀行支店ニ至ル、日曜ナレトモ行員一同出揃ヒ、頭取ヨリ一同ヘ行員トシテノ心得向訓示演説アリ
　　　　十二月十一日
　　第一銀行四日市支店ニ至ル、頭取ヨリ店員ヘ訓示ノ演説ハ依例如例、又一同ヘ土産料モ各支店皆同一ノ例ニ依ル、平均一人弐円ノ目安也
　　　　十二月十二日
　　朝湯浅、佐々木、西条等ノ需ニ応シテ男爵揮毫セラレ、終テ第一銀行名古屋支店ニ至ル、予モ随行ス、昨年一月改築新ニ成リ、石及煉瓦造リ、震災地ノ為丈低キモ壮麗タルヲ失ハズ、一同ニ訓示如例

　○明治三四年
一月二十日
銀行集会所ニ抵リ第一銀行株主総会ヲ開ク、午後三時頃閉会ス、更ニ銀行倶楽部ニ於テ行員ノ多数ヲ会シテ晩餐ノ饗宴アリ夜八時散会
四月二十四日
二時過日本郵船会社重役会ニ出席ス、議事終テ更ニ第一銀行ニ帰店シ、明日北越地方旅行ニ関シ留守中ノ行務ヲ佐々木氏ヘ談ス
四月廿五日
午前六時発ノ上野発汽車ヲ以テ啓行ス、九時高崎ニ抵リ信越線ニ乗替ヘ十一時碓氷アブト式線路ヲ経テ十二時軽井沢ニ於テ午餐ス、三時長野市ニ抵リ対旭館ニ投宿ス、○中略午後六時地方銀行者ノ招宴ニ応シテ青雲亭ニ抵ル、会スル者四五十人席上一場ノ演説ヲ為ス、十時頃散会旅宿ニ帰ル
四月廿六日
午前六時二十分長野ヲ発シ信越各地ヲ経過シテ十一時柏崎ニ抵ル○中略一時柏崎発ノ汽車ニ搭シ三時長岡着、停車場ニハ地方各銀行諸会社ノ人数多来リ迎フ、松井吉太郎、岸宇吉其他数十人ノ案内ニテ若松亭ニ投宿ス、入浴後常盤楼ニ抵リ地方銀行及諸会社員催ス処ノ招宴ニ出席シ、経済ニ関スル一場ノ演説ヲ為シ九時頃散会帰寓ス
四月廿七日
午前十時長岡出張所ニ抵ル、事務ヲ視テ計算ヲ点検ス、畢テ佐田始詰合員ニ勤務ニ関スル心得方ヲ説示ス、十二時六十九銀行ヲ訪問シテ若
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松亭ニ帰寓ス
　　　○二十八日長岡発新潟ニ抵ル
四月二十九日
二時第一銀行支店○新潟支店ニ抵リ事務ヲ視ル
七月廿一日
午後二時銀行集会所ニ抵リ第一銀行株主総会ヲ開ク、畢テ重役其他ノ行員ト共ニ銀行倶楽部ニ於テ食事ヲ為シ、夜九時過王子別荘ニ帰宿ス
十月七日
午後兜町事務所ニ抵ル、大阪日本銀行支店長首藤諒氏来リ岸畑一件ニ付テ仲裁ノ内談アリ、佐々木氏ト共ニ当銀行ノ意見ヲ言明ス

　○明治三五年
一月三日
午前八時朝餐ヲ喫ス、食後第一銀行株主総会ニ提出スヘキ本季営業報告書ノ緒言ヲ熟覧修正シ、書状ヲ添ヘテ清水泰吉ニ送付ス、又慰労金恩給金給与規則ノ草案ヲ閲覧シ、文義明亮ナラサル処及字句穏当ヲ欠キタル処ヲ修正シ、書状ヲ添ヘテ佐々木支配人ヘ送付ス、午後一時竹沢帰京ニ付右ニ書状ヲ交付シ伝達セシム、午後市原盛宏氏来話ス、箱根ヨリノ帰路訪問スルモノナリ、第一銀行業務拡張ノ意見ニ関シ縷述スル処アリタリ
　　　○一月一日ヨリ大磯ニ在リ
一月七日
十二時過第一銀行ニ出勤シ、慰労金恩給金規則修正ノコトヲ協議ス、又来十九日株主総会ニ提出スヘキ利益分配案ノコトヲ議ス
一月十九日
十二時午餐ヲ畢リ銀行集会所ニ抵リ第一銀行株主総会ヲ開ク、午後二時過会議ヲ終リ○下略

渋沢栄一　書翰　佐々木勇之助宛　（明治三十四年カ）一月二三日
　　　　　　　　　　　　　　　（佐々木勇之助氏所蔵）
拝啓益御清適奉賀候、然者今般大阪支店ニ於て相発し候保護預リ公債窃取事件ハ実ニ意外之出来事ニて、貴地御出張後定而日夜容易ならさる御勤労と察上候、石井支配人へ御遣之前後両回之御書状、昨今両日間ニ一覧いたし御苦配之模様一々拝承仕候併今日と相成候而ハ最早弥縫等之意念ハ御排斥被成、当然道理ニ拠りたる法律的行為ニ出候外無之と存候、第二之尊書ニよれハ窃取之金高案外巨額と相成、如何ニも驚入候義ニて右様ニ迄進行いたし候義ハ、決而一朝一夕とハ相信し申兼候義ニ付、今日迄毫も心附さりし支店長及松井氏抔も余り之油断と如何ニも残念ニ存候得共、既往之事ハ不可追次第ニ付此際是非とも善後策ニ詿誤無之様呉々も御高配之程頼上候、併いつ迄も賢台貴地ニ御滞在と申候も却而他方之風聞も有之候義ニ付、大方針御定被下適当なる法律家と充分御協議之上向後之処分ハ時々電話又ハ書状等ニて指揮被成候御工夫ニ御定め廿八日之株主総会前ニ賢台ニハ御帰京被成候様致度ものニ御座候、尤も同日之総会にハ株主よりも質問可有之、又無之とも篤と真想説明いたし候方と存候ニ付而ハ、其材料ニ相成候様なる御
 - 第4巻 p.593 -ページ画像 
取調ハ御携帯御帰京被下度候、而して此事件縦令横領と相成候とも、窃取と相成候とも、銀行ニ於る損失ハ軽易ニ無之候得共、右等処分之方法ニ付而ハ御帰京後篤と御協議申上可成株主ニ関する迷惑ハ軽減候工夫も相立申度と存候間、其辺も御含被下将来之処分案御考慮被下度と存候、今日も午後重役会議有之候ニ付、一同へ要領ハ内話いたし置又一昨日頃より新聞紙ハ頻ニ記者来訪ニ付、概要ハ相示し只損失高ハ随分巨額なるも相当之回収ハ出来候見込ニ付事実之欠損ハ精々相減申度と尽力中と申位ニ相答候義ニ御座候、貴方ニ於ても右等同趣意ニ御話合被下候方東西之主旨一致之訳ニ付御含可被下候
右至急可得貴意如此御坐候　拝具
　　一月廿三日○明治三十四年カ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　佐々木賢台
　　　　　　　　坐下
　　尚々熊谷、西園寺両氏へ宜敷御伝声被下余り落胆屏息候様之義も御注意被下度、去りとて此上放漫之行為ハ飽迄御訓戒被下候様願上候也

第一銀行五十年史稿　巻五・第八頁
○上略然るに翌三十三年七月に至り、大阪支店の保管に係る公債株券時価二十万円余を、同店員岸畑某が窃取し之を他に質入又は売却せるを発見せしかば、直に大阪地方裁判所検事局ニ告訴し、之を買収したる者は差押物返還の私訴を提起するなど、訴訟紛糾したれども、結局松本重太郎・首藤諒の仲裁によりて示談解決するを得たり。一般経済界動揺の際に於て、かゝる事件ありしにも関らず、本行の慎重なる経営は確実なる利益を収め得たること、誠に幸なりといふべし。

竜門雑誌　第一四七号・第四五頁〔明治三三年八月〕
　　　　第一銀行の臨時重役会
本月二日第一銀行にては、旧同行大阪支店員岸畑の不始末より関聯し来りし大阪三品市場と同銀行大阪支店の関係に就て、青淵先生を始め重役一同の臨時相談会を開き、取引所に対して徳義上銀行の業務を尽す可き事を協議せしが、其善後策として取締役中一名頭取たる先生の代理として大阪に出向す可しといふ

報知新聞　第八三五四号〔明治三三年八月五日〕
　　　　◎渋沢男の店員採用方針
第一銀行頭取渋沢栄一氏は今回大阪支店員の不始末事件を憤慨し、支店支配人以下の注意充分ならざりしより此不始末を惹き起し、他に迷惑を及ぼさむとするを遺憾とし、店員の採用方法に就き説を述て曰ふやう、不始末事件の本尊たる大阪支店の岸畑の如き、其父は支店開業以来勤続せし店員にして、彼れも幼少の頃より今日まで実直に勤め来れる者なるに、意外にも斯かる不始末を惹起せり、誠に安心のならぬことどもなり、「どうしても丁稚小僧より成上つたる人物は物の道理
 - 第4巻 p.594 -ページ画像 
に冷淡なるの傾きあり、相当の教育を受けし者は流石に道理に責められて悪事を行ふこと少なし、先年此点に心づきてより重なる店員には成るべく高等商業学校出身者を採用するの方針を取り、本店には余程採用したれども未だ支店まで及ばざりし、今後も此方針を取持する積なるが、併し高等教育を受けし者とてなかなか油断ならず、先年大学出身の某学士を金子さんの口添にて採用しけるに、大金を窃取して米国に高飛せむとしたることあり、是等は例外なるべし」云々