デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第7巻 p.83-94(DK070012k) ページ画像

明治41年6月25日(1908年)

銀行倶楽部第六十七回晩餐会開カレ、来賓トシテ駐独全権大使井上勝之助等出席ス。栄一一場ノ挨拶ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK070012k-0001)
第7巻 p.83 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年
六月二十五日
○上略 六時半銀行倶楽部ニ抵リ晩飧会ニ出席ス、井上大使・林大使・石井次官・伊集院公使・倉知・萩原諸氏来会ス、食卓ニ於テ一場ノ演説ヲ為ス○下略


銀行通信録 第四六巻第二七三号・第三一頁〔明治四一年七月一五日〕 銀行倶楽部第六十七回晩餐会(DK070012k-0002)
第7巻 p.83 ページ画像

銀行通信録  第四六巻第二七三号・第三一頁〔明治四一年七月一五日〕
    ○銀行倶楽部第六十七回晩餐会
銀行倶楽部にては六月二十五日午後六時より井上大使・珍田大使・林大使・石井外務次官・山座大使館参事官・伊集院公使・倉知政務局長及萩原通商局長を招き第六十七回会員晩餐会を開きしが、当日は珍田山座両氏を除くの外来賓何れも出席あり、食後早川委員長の挨拶に続きて来賓井上大使以下順次演説若くは謝辞を述べ、最後に渋沢男爵の挨拶あり、夫より席を別室に移し、一同歓話の上午後十時散会せり


銀行通信録 第四六巻第二七四号・第一六三―一七二頁〔明治四一年八月一五日〕 銀行倶楽部晩餐会演説(六月二十五日)(DK070012k-0003)
第7巻 p.83-94 ページ画像

銀行通信録  第四六巻第二七四号・第一六三―一七二頁〔明治四一年八月一五日〕
  ○銀行倶楽部晩餐会演説 (六月二十五日)
    ○早川委員長の挨拶
閣下並に諸君、私は今夕当倶楽部の晩餐会を開くに当りまして御招待を申上げました所が、御多忙の際にも拘はりませず御出席を得ました所の来賓に対しまして、御健康を祝することを得まするのは甚だ喜ぶ所でございます、今夕は井上全権大使閣下始め林大使・石井次官・伊集院公使・倉知政務局長並に萩原通商局長皆御揃で此倶楽部の晩餐会に御来臨を得ましたことは実に当倶楽部に於きましては誠に珍らしき
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事であるのでございます、不幸にして珍田大使並に山座参事官は今朝まで御出席の御承諾を得ましたのでございますが、急に御病気並に御差支で御来臨を得ませぬのは甚だ遺憾でございますが、併しながら井上大使始め斯く多数の御来臨を得て今夕食卓を共にし、談笑を倶にするといふことは、実に当倶楽部に於ては珍らしきことであつて、容易に得難いことゝ感じまする
既に諸君も御承知の如くに井上大使は十数年来外交界に御貢献なされまして、殊に最近五六年の間独逸に御駐在になつて丁度其間は日露戦争の為に最も大切な時でありましたが、其間に於て誠に能く任務を完うせられて此頃御帰朝になられたのでありまして、吾々は実に同君の外交界における所の御功績に対しては深く感謝する次第であります、林君は此倶楽部には一二回御来臨を得まして既に御話を伺つたこともありますが、即ち日露戦争中は支那御駐在でありまして其功労莫大なることは今更申すまでもございませぬ、今度は伊太利へ大使として御赴任になるといふことは誠に同君の為に賀すべきことであります、石井君は久しく外務省に御出になりまして今回は珍田大使の後任として次官の重職を襲はるゝ次第で、将来益々多事ならんとする所の外交界に於て必ずや国家の為に大に御尽し下さることゝ深く信じます、伊集院公使は更に吾々の関係が密接且つ最も近い所の支那へ御出になりまして、吾々経済界又海外貿易に於きましては亜米利加と共に最も重大なる関係を持つてゐる土地でありますが、同君が此土地に公使として御赴任になるに就きましては即ち吾々は此両国の経済上の連鎖を附ける上に於ては大に御尽力を願ひたい次第であります、必ず同君従来の御経験に依りまして、大に是から手腕を御揮ひ下さいまして吾々経済界の者どもには十分なる満足を御与へ下さるだらうと深く信じます、倉知君、萩原君は多年の御経験に依つて今後本省の最も重要なる政務局或は通商局の事務を担当なさることに就ては、是れ亦石井次官と共に大に此外交界に於いて御貢献下さることゝ信じます
吾々は銀行者でありまして来賓諸公とは余程仕事の上に於ては性質を異にして居るが如き感を致します、無論我々の同業者中には近来動もすると政治家然として多少政治論をする人もあるのであります、又現に代議士となつて既に政治界に出た人もありますが、是等は誠に僅々たる数でありまして即ち吾々は朝夕唯齷齪として簿記計算に従事して居る所の者であります、所謂厘毛の利を争ふとは申しませぬが、さういふ細かい事にまで注意して仕事をして居る所の者であるのであります、預金者に対して如何にして其預金を安全に保護し得るや、又預金を以て如何にして安全に商工業発達の為に運転し得るやといふ様な誠に極くヂミな職業を営んで居る所の者であります、是は無論銀行者としては当然なる訳でありまして、吾々銀行者が或は朝に夕に政治界に奔走し、或は衆議院議員になり、或は新聞に其他に於て議論を闘はすといふやうなことはこれは無論銀行者の本務ではありませぬ、斯の如きことをする人は是は余程余裕のある人でありまして、即ち銀行者の本務は今申すやうな極めてヂミなる職業にあるのでありますが、是等の銀行者が今夕の如き外交官として日本外交界の華とも申すべき所の
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大使公使又次官局長是等の有数なる所の外交官と席を共にし色々御話を致しますといふことは、此職務の性質からいふても又仕事の上から云ひましても余程其間に相違があるやうではありますが、併しながら其外交といふことゝ吾々の従事して居る所の経済界といふものとは最も密接なる所の関係を有するものでありまするが故に、今夕来賓諸公の御出でを願ひまして、種々御話を承はるといふことは決して偶然ではないと思ひまする、私は今日の外交上に就いて彼是申す訳ではありませぬ、併しながら銀行者が希望する所は商工業の発達でありますが所謂商工業の発達といふことはどうしても是は一国内の貿易だけでは到底十分なる目的を達することは出来ぬのでありまして、是非共外国貿易といふことに依らなければ十分なる商工業の発達を見ることは出来ない訳であります、即ち外交官諸君が海外に在て帝国を代表せられ又海外の事情を政府に報告せられるといふことは無論御本職でありませうが、同時に国の利益を保護し国民を保護するといふことに就て最も力を御入れ下さるのが即ち外交官諸君の職分と思ひます、決して吾吾は諸君が外国に在つて大使或は公使となつて、必ずしも外資輸入に御尽力を願ふ訳ではありませぬ、既に吾々は巨額なる国債を持つて居りまして、最近の調査で申しますると二十二億余の国債を負ふて居りますが其中約半分即ち十一億余は外債であります、既に十一億余の外債を持つて居る国でありますから、此上外資を輸入するといふことは頗る慎重にせぬければなりませぬ、で私共は決して更に大に外資を輸入することは希望する訳ではありませぬ、併ながら私共が今日切に希望する所は、内外人共同事業の益々盛になることであります、即ち内地に於て事業を起すに当つては必ずしも内地人のみに限らず、外国人と協同して即ち外国の資本が事業即ち所謂「インヴエストメント」となつて内地に這入つて来るといふことを吾々は希望するのであります先づさういふことは枝葉に渉るかも知れませぬが兎に角今日の吾々経済界に於て最も希望する所は内地の商工業の発達を図る上に於て内外人共同の事業が起ることは最も必要と信じまするが、それらに就て自ら今日の来賓諸公の如き稍々力を御入れ下さることがあれば、大に是等の事の実行を見ることが出来るであらうと思ひます、私は今日の外交といふものが余り経済界の事情と離れ、或は商工業の利害と離るゝことがあるとは申しませぬが、或はさういふことゝ自然に縁が遠くなるといふことの虞があるではなからうか、故に今夕の如き御会合に於て親しく是等の愚見を申上げたならば、自ら御参考になることもあるだらうと存じまするで、頗る簡短ではありますが、是等の希望を一言申上げて置きます
井上大使は是から暫く内地に御留りにならるゝといふことでありますが、林大使、伊集院公使は近日御出発になりまする趣、又石井君、倉知君、萩原君は内に居つて是から御尽力になりまする訳でありまして玆に来賓諸公の益々御壮健で倍々外交界に御尽力あらせらるゝことを祈りまして、諸君と共に盃を挙げたいと思ひます(起立乾盃)
    ○井上全権大使の演説
閣下及諸君、凡そ外交官として多年外国に駐在し、久し振で帰国する
 - 第7巻 p.86 -ページ画像 
に当りまして其朋友又は他の方面より歓迎を受けるといふことは誠に愉快且名誉の至りであります、即ち今晩は当倶楽部より最も御懇篤なる歓迎を受けますのは、私に於て誠に光栄とする所であつて、諸君の御好意に対し深く感謝の意を表し、謹で御礼を申上げます
只今早川君より私の為に過大の御懇切の御言葉を頂戴致しましたが、敢て私はこれに当りませぬ、甚だ恐縮に存ずる次第であります、併し早川君から既に御披露になりました通り私は随分長く殆んど十五年にもなりまするか独逸に駐在して、我帝国を代表する重任を荷ひましたに就ては、何か彼の国の事情に就き面白い諸君の御参考になるやうな御話をしたいと思ひますが、今晩御来会になつて居る所の諸君は多く近年欧米を漫遊せられてそれぞれ調査又は研究せられた方々が集つて居らるゝ様に見受けまするから、別に今玆に改めて是れといふて新しい御話を申上げることが出来ないのは甚だ遺憾に存じます、併しながら今晩此機会に於て私は日独の関係に就て多年感ずる所の愚見を聊か申上げて諸君の御参考に供したいと存じます
諸君も御承知の通り独逸といふ国は兎角平和の攪乱者と世界に認められて、英吉利又は亜米利加の新聞の如きは常に独逸の一挙一動に大に注意し疑を抱いて居る様な傾向がありまするが、其疑に就ては必ず何か原因があらうと思ひます、其原因は何であるかと研究してみますると、過る二十五年間独逸の商工業が未だ他国に其比例を見ない未曾有の大発達を致したに因ることではないかと思はれます、独逸の国内に於て以前は畑若くは林のやうなものであつた所は、段々変化致しまして其代りに煙突がドンドン立つて来て居る、伯林は無論の話、漢堡若くはフランクフォルトの如き市は近年非常の盛大を告げるやうになつて来ました、そこで独逸の製造品といふものが英吉利又は亜米利加の品物と世界の市場に於て非常の競争をするやうになつた、尚将来に於ても其競争が益々激烈にならうと私は信ずるのであります、併しながら一体公平に之が観察を下しますると、独逸の此商工業が発達したといふことは世界文明の為め及び平和保障の為却て賀すべきことではないかと信ずるのであります、如何となれば一国の貿易が盛になれば盛になる程、平和を維持するの得策且つ必要なることは申すまでもない又独逸の東洋殊に我国と最も密接の関係を持つて居る所の支那に対する政略は、野心的であるといふことを私は屡々彼地でも聞いて居つた次第であります、然るに此儀に就ては私が伯林に駐在致して居りまする間、独逸皇帝並に政府から屡々保証せられた所の結果に依れば独逸は決して支那に野心はない、独逸の支那に対する目的は全然平和的に通商上の利益を図るにあつて、即ち門戸開放、機会均等主義を維持するにあるといふことであります、して見まするといふと、此主義は日本の支那に臨む所の主義と同一であると見て差支なからうと思ひます日独の清国に於ける関係が果して同一なれば此両国が将来に於て益々相接近し、共に利益を収むるといふことは平和の為め誠に望むべき所であつて、諸君も亦定めし御同感であらうと信ずるのであります、尚種々申上げたいこともありますが先づ此位にして御免を蒙りたいと存じます、斯く申上げると私が何か独逸の為めに弁護をするやうにも聞
 - 第7巻 p.87 -ページ画像 
えますが、私は最早独逸に対して何等公然の関係はない、唯個人的の所感を申上げるのであります
終りに臨みまして、今夕の御礼を申上げると同時に私は当銀行倶楽部の倍々繁栄なることを祈ります(起立乾盃)
    ○林全権大使の演説
唯今井上大使閣下の御演説を以て吾々を代表して皆様に御礼を申上げて下されたことゝ心得ましたが、一言饒舌れといふことでございますから私も一言の御礼を申上げたうございます、御礼を申上げるに就きましても何等今まで考へて居なかつた次第でありますからして、井上大使閣下の御話の言葉を捉へまして、独逸が此支那に対する政略即ち井上大使閣下の御話に関しましては私が二年の間支那に駐在致して居りましたからして全然其真なることを私は保証する、独り此独逸の公使並に独逸の支那に駐在して居る人と交際した所を以て判断するのみならず、最近の事実が証明致して居る、是は何れに向つて公言致しましても、何れに向つて明言致しましても其真なることは私が支那に居つた経験を以て御話して些か憚からぬ次第であります、独り独逸のみならず、各国同様に皆それ同様の態度でありまして、是は不幸にして起つた所の日露戦争後の一大賜物ではないかと私は思ふ、で吾々の二三年前敵であつた所の露西亜も今日は御承知の通り吾々と頗る親善の状態であります、支那に対しても同様でありまして、是は実に不幸にして十数万の生命を両国が犠牲に供した賜物であると私は思ひます、今後願はくは此態度といふものを永遠に維持致したいと私は思ふ、又清国に於きましても各国が友誼の態度を清国に対して持つて居りまする今日におきまして健全なる進歩を為さんことを私は清国の為めに偏に希望する、独り清国の為めに希望するのみならず日本の為めにも希望するのであります、清国が健全に発達致しますれば不幸なる所の彼の日露の衝突の如きも、将来永く私は避け得られると思ひます
是に就きまして一寸、今夕は金持で居らつしやつて同時に金を使ひたくないといふ御方々の御集りでありますからして、戯談のやうではありますが一言申しますと、さう平和なら日本政府の政費なども節減して宜いぢやないかといふ御注文も出ませうが、是に就ては些か私一個として所感もある、少し皆様は御苦しいかも知れない、皆様のみならず皆様の御得意方も苦しいかも知れないが、是れはどうも平和の保証であつて致方がないかも知れない、独り日本ばかりではない、皆此平和を希望して居る諸国が矢張方々一といふことを予想致して相応の設備を致して居る今日でありますからして致方がない、併しながらそれに反対の御考がありますれば、諸君ももう少し勇気を出して其反対たる所以を御発表になつても宜からうと思ふ、一向御遠慮には及ばぬと私は思ふ、けれども私の考をいふと此平和の時代に又永く将来平和が持続するといふ時に当つて相応の設備をするといふことは独り日本ばかりではない、皆遣つて居ることでありますから是は致方がない、御附合と思つて居つても宜からうと思ふ、即ち平和を永遠に維持する方法の一であるかも知れませぬ、又斯ういふ設備をして居るに就ては此軍備といふものを有事の日に使ふといふやうなことは私共が努めて防
 - 第7巻 p.88 -ページ画像 
ぐ、即ち平常金が要る上に又之を使ふに就て金が要るといふやうなことに就きましては私共諸君と御同様にそんなことのないやうに努める任務を持つて居ります、万一にも私共が事を起さうと思つた所が出来る者でない、日本の一部の人が遣らうと言つたつて出来ない、破裂する時には総ての人が其処に心を向けなければ破裂せぬのでありますから、昔のやうな大豪傑が出て来て一人の考で此世の中を左右するといふことがない以上は、さういふ危険は今後は無いと思つて宜からうと思ひます、兵備は平和の保証のみ、此の保証によりて成るべく国の交際を厚くし、貿易を盛にし、感情の融和を図り、商売の繁昌を期するといふことは私共不肖ながら皆様と御同様に幾分か微力を尽す積りであります、一寸御礼に代へて一言申します(拍手)
    ○石井外務次官の演説
既に御礼は先輩の両大便から申上げましたから私からもあの通りの御礼を申上げた積りと諸君の御承知を願ひます、私は相客も多いことでございますし、時間も大分遅くなつたやうでございますから、五分しか話しませぬ、五分といふても材料のないのに無暗に延して御話する必要はありませぬから五分が来ましたらいつ何時でも話を止める積りで、詰り最大限を五分と極めます、申上げる事も碌なことではございませぬから、何処で切つても一向差支のない話であります
近頃は何か私の妄想かは知れませぬが頗る物騒の世の中のやうに私は考へます、至る処我日本国及び日本国民は讒謗誹譏の犠牲になつて居りまして、甚だ今日の日本国及び日本国民は不評判のやうに自ら感ずるので、近くは韓国或は満洲辺に居る外国人又南清から香港或は海峡植民地のみならず遠くは米国若くは欧洲諸国でも、兎角我日本国の官民の態度或は商工業者の態度に就て悪しざまの事ばかり新聞に見える善いことはトント吾々の耳には這入りませぬ、先づ悲観的で言ふと四面楚歌の声とでも言はうか、頗る面白くない様な感がするのであります、日本では悪党といふと先づ外務省か大蔵省で我慢して呉れますが(笑)外国人は日本といふと政府と言はず人民と言はず文官と言はず武官と言はず殆ど今日の日本は国中挙つて悪い事ばかりして居るやうに思つて居るやうで、甚だ一方からいふと心細いやうな感が致すのであります、此時に於て是はどうしたら宜からうか、余り世間が八釜しいから此処分法も随分考へて見るだけの価値もあらうし又必要もあるだらうと思ふ、が此方法を今から話し出した日にはナカナカ五分の中には御話は出来ませぬが、唯一言私の考へたことを申しますと、此一斉射撃の如き悪口といふものには何か原因があるだらう、原因といふた所が余り沢山ある訳でもなくて、詰り日本人が実際悪いことをして居るか、或はそれ程悪いことをして居らぬのに日本人が悪いことをして居るだらうといふ外国人の邪推であるか、此二つの中の一に其原因があらうと思ふ、然らば其二つの中どちらかといふと、九分九厘までは第二の方である、即ち日本人が悪いことをするだらうといふ邪推の眼を以て見るから日本国の政府と言はず人民といはず、一挙一動が尽く悪く見えるやうに思はれる、是は詰り前古未曾有の大戦争の上に而も甚だ光栄ある結果を以て戦争を結了したる今日に於ては、外国人が多
 - 第7巻 p.89 -ページ画像 
少の猜疑心を以て観るといふことは是は已むを得ざることであつて即ち特殊の事情がある、此事情の下に外国人が我国民及び国家に対して猜疑心を以て観るといふ所から今日のやうな有様になつて居るだらうと思ふ、私は曩に九分九厘と申しましたが必ずしも猜疑心だけで斯う永続きがするものでもなからうと思ふ、斯う永く続く以上は日本にも何か悪いことがありはせぬか、若も日本に悪いことがあるならば之れを改めることが必要であらう、外国人の悪口といふのも詮じて見ると余り多くはないので、詰り日本人は口には機会均等門戸開放といふが彼の満洲に行つて見れば自国人ばかり援けて兎角外国人を逐退けやうとする、門戸開放機会均等は口ばかりだ、それから商人には商業上の道徳心がない、或は商標を窃盗するとか或は契約を守らぬとかいふやうな、詰り政府が余り自国人を愛する実業者が道徳心がない、是れだけになる、私は此外国人の悪口といふことに就て余り悲観するものではございませぬで、此際我日本の国家及び国民が自ら顧みて多少の不正或は徳義上面白くないといふ点があるならば、挙つて是は矯正する所謂過を悛むるに吝であつてはなりませぬからこゝは勇気を揮つて我商業上の徳義心といふものを益々進めて行くといふことを努める、之を努めたからには如何に外国間から攻撃があらうとも少しも逡巡することなく益々勇気を鼓して前進して宜からうと思ふ、今まで日本の商工業が勃興しましたに就きまして、外国から競争も起り或は猜疑もあつてそれが不評判の原因となつたではありませうが、苟も商業社会に於て徳義を重んずるといふ点があつたならば即ち正義を踏んで進む競争といふものは決して国際間の破裂を来すといふことはなからうと思ふ、と申すものは英吉利と亜米利加或は英吉利と独逸、若くは英吉利と仏蘭西等の商業上の利害関係といふものは今日日本と欧米との商業上の関係に比較したならば其大小殆んど天地の懸隔がある訳でありまして、我日本と外国との関係より何百倍か多い所の商業上の関係を持つて居つても、此商業上の関係からして国際間の交際が破裂するといふことは滅多に起る話ではない、若し其破裂があるといふ場合は其国民に於て商業道徳を重じないか、或は何か非常の原因のある場合である、自ら反省して悪い所は改めるならば、今日外国人の猜疑心其他の想像から来る所の悪口といふものは少しも念頭に入れる必要はない、安んじて益々前進して宜からうと思ふ、丁度五分が参りましたからこれで御免を蒙ります、今晩は誠に有難ふございます(拍手)
    ○伊集院公使の演説
謹で今晩の御礼を皆様に申上げます、尚一言申上げたいのは今夕日本の財界に於ける歴々の方々と一堂に相会して御馳走になつた序でに尚一つ御注文を申して置きたい、先程早川君から話された通り、清国は日本と最も密接の関係がございます、其密接の関係ある清国に不肖重任を負ふことになりましたに就ては日夜如何にして其重任を完うすることが出来るや、完うしないまでも失敗のないやうにといふことを日夜焦心して居る次第でございます、是に就きましては偏に諸君の御援助と鞭撻に依るの外ないのであります、私の今晩最も諸君に希望致しまするのは先程早川会長から言はれたやうに今晩は清国に最も関係あ
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る実業家といふ御話でございましたが、私は此言を聴いて誠に意を強うしたのであります、従来支那に対して日本が最も必要の関係を持ちながら、支那に対して日本人が冷淡であつた、第一の証拠が、支那の事を調べますのに日本の書籍に依つて調べることが出来ぬのであります、何れも必要な事柄は外国人の手に依つて調べられた書に就いて始めて支那の事を承知するといふ有様でございます、是が果して日本の支那に対する位地を日本国民が能く了解して居つたや否やといふことを直に証拠立るのであります、此点に於て私は予て遺憾に思つて居りましたが、幸に昨今に至つて支那に対する日本国民の思想が余程進んで来て、研究しなくてはならぬといふことになつて参りました、願くは此思想を諸君が益々御奨励下されまして、どうか西洋人が是までと反対に支那の事を知るには日本の書籍に依るのが一番便利であるといふやうに変ずることを希望するのであります、又一方から申しますと支那の人も亦日本の事を研究させる必要があります、支那の人も亦日本の事を研究する必要を今日は認めて来たのであります、依て数年来続々視察若くは留学として参りまするが、此人々に対する日本国民の態度は如何であるかと考へますと、他の外国の人が参りますると吾々が見てはさまで日本で歓迎をする必要がないと思ふ人に向つて日本が非常な歓迎を致して居る、然るに清国の人に向つてはさまで歓迎を致して居らぬといふ嫌がございます、是も果して清国に対する日本の態度であるや否や、此点に向つても諸君の反省を煩したいのであります清国人に対して決して過分の御招待は要りませぬ、過分の金を使つて御招待して下さいとは申しませぬ、私も彼の地に参つた以上は成るべく向ふの人を勧誘致しまして官となく野となく日本に視察に参るやうに努める積りでありますから、若し斯ういふ人を諸君に御紹介しましたならば、決して立派な歓迎をして下さい派手な御馳走をして下さいとは申しませぬ、どうか彼の人は親切である、日本人は親切である、痒い所へ手が届くと云ふやうに何処までも親切に彼の人を指導して下さいといふことが私の最も希望に堪えぬ所であります、派手やかなる歓迎は誠に世間からは立派ではございますが、是は一時のことでありまして今までの日本の尽し方は十分彼の人に貫徹して居らぬのであります、却て金を使はず、日本は貧乏でございますから余り金を沢山使はぬでも少し頭を労して、如何に致したらば彼の人に満足を与へることが出来るかといふことを御工夫下されましたならば、濫に金を使ふよりは却て彼の人は親切を諒とするであらうと私は信じて居ります、どうか今後私が諸君に御紹介する場合がありましたならば、此御考を以て御款待下すつたならば、聊か私も先方に於て尽す上に便宜を得やうと思ひますから、御馳走になつた上に尚御注文を申上げて欲深うはございますが、諸君にお願ひ申して置きます(拍手)
    ○倉知政務局長の演説
今夕先輩諸君の後へに随ひまして此盛宴に陪することを得ましたのは私の非常に栄誉とする所でございまして、諸君に対して深く感謝の意を表する次第であります、私は久しく東京に居りまして、本省の勤務に従事して居りますので、御来会の諸君中予て御懇意を忝ふして居
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ります御方も沢山ございます様に見受けます、従て今夕殊更に改まつて御話を申上げるべきことも無いのでございますが、今夕は先輩諸君よりも続々御演説がありまして私一人黙つて居るのも極りが悪いやうでございますから、一言下だらぬ事を申上げて御礼に代へたいと考へます
現今日本に於きまして最も憂慮すべき一の事柄があります、夫は恰も今夕石井君から御話しがあつた所の事柄であるのであります、先刻井上大使は独逸が世界各国より猜疑を以て見られて居るといふ御話がありましたが、日本は世界よりして独逸よりも尚一層甚しき猜疑を以て見られて居りはしないかといふことを私は恐れるのであります、先刻石井君からも御話があつた通り、其原因が日本人自身の過失であるか或は外国人の猜疑心であるか、其何れに基くものであるかは諸君の御判断に任せたいと思ふのでございますが、私は此際計数に明かなる諸君の前に於て偶然持合せたる一の統計を御覧に入れて、さうして諸君の公平なる御判断を仰がうと思ふのであります
世間では日本が其租借地に於て有する所の大連を利用して満洲の貿易を壟断して居るといふやうな批評を下す者が甚だ多いのであります、大連は御承知の如く近頃税関が出来たのでありまして、其統計が未だ不完全でありますから之を反駁する為に十分なる材料を得るに困難なのでありますが、最近の調査に依りますと昨年の後半期に於て大連を通過して行はれました所の輸入貿易は二千八百九十二万円ほか無いのであります、而して其中南満鉄道の材料として輸入せられたもの、或は都督府、若くは駐屯軍の需要品として輸入せられたものが大部分を占めて居るのであります、是等の鉄道材料並需用品を除きましたる残額即ち普通の商品として輸入せられたものは僅かに二百四十一万円に過ぎないのであります、此二百四十一万円の中日本がどれだけの部分を占めて居るかと云へば、僅かに百四十七万円ほか無いのであります三十六万平方哩の面積を持ち一千六百万の人口を算へる満洲に於て僅かに百四十七万円……百五十万円にも足らぬ日本品が這入つたからと云つて、其市場を壟断するといふやうなことは、吾々の到底想像し及ばぬことであります、吾々から見ますると、此一衣帯水を隔てたる所の満洲に於て日本の輸入貿易高が半期に於て僅かに百五十万円に足りなかつたといふことは却つて恥かしくて堪らぬと思ふのであります、然るに世間では日本が満洲の貿易を壟断するといふ、是れ果して日本自身の過失であるか、或は外国人の猜疑心より出ることであるか、公平なる諸君の御判断を仰ぎたいと思ふのであります
又日本が長江筋に於て日清汽船会社を設け、之に若干の補助金を与へますれば、外国人中には直ちに之を非難して日本は外国の貿易を揚子江沿岸から駆逐する目的を以て、貧乏なる財政の中から而も外債に依つて得たる資金を以て不当なる補助を与へて居るといふやうなことを言ひ触す者があるのであります、併しながら近年長江附近に於ける日本の貿易の増進する有様から考へて見ますれば、日本の船が彼処に通はなければならぬといふことは当然であります、況や日清汽船会社の航路は其延長一千哩を超え、其補助金は僅かに八十万円に過ぎぬので
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あります、日本の財政経済の上から見て八十万円の補助金が多いとか少いとかいふことは、日本の内で日本の人が言ふべき言葉であります余所から八十万円が多いとか少いとか批評をされる筈はないと思ふのであります、仮に他の国の例を見ますと、仏蘭西の東邦公司といふのは船が二隻しかなく、其航路は上海・漢口の間に止まつて居るのであります、然るに其二隻の船に対して仏蘭西は三十万法の補助を与て居り、而して外国人は之に対し何等の非難をも加へぬのであります、日清汽船会社の航路は上海から漢口に至り、漢口から宜昌に至り、一方漢口から湘潭、常徳に至り、他方は上海より蘇州、杭州、鎮江に至つて居り、其船の数は大型汽船が十四隻、小蒸汽船が十五隻であります斯ふいふ沢山の船と長い航路に対して八十万円の補助を与へた所が何が珍らしいのであるか、然るに外国人は尚之を目して日本は長江の外国貿易を駆逐する為に不当の補助を与へたといふのであります、外にも実例を申上げれば幾らもありますが、単に此二つの例を以て御覧になつても近頃日本に対する諸種の非難が如何に理由なきやの一斑を知るに足ると思ふのであります
勿論日本の是まで執り来つた態度・主義は極めて公明正大であつて是等の些々たる外国人の悪口に依つて侵蝕せらるべきものではないと思ひます、併しながら世の中の諺にも衆口金を鑠すといふこともあるのでありますから、斯ういふ悪口も芽の間に摘んで置かぬと後日斧鉞を以てしても之を斬採することが出来ぬやうなことがあらうと思ひます然らば此の如きことは単に悪口であるといつて軽々に之を看過すべき問題ではなからうと思ひます、此原因如何、之を駆除する方法如何等は今夕申上ぐべき事柄でもないと思ひますが、此の如き憂慮すべき現象のある上は、朝に在る者と野に在る者とを問はず、共に力を協せて之を駆逐することに尽力しなければならぬと思ふのであります(拍手)
    ○渋沢男爵の演説
閣下、諸君、今夕の晩餐会に井上大使、林大使・其他の外交事務に御従事の方々の尊臨を得ましたのは委員長の尽力を先づ以て陳謝します大使閣下始め皆様が此倶楽部員に対して御懇切なる御演説を為し下されたのは吾々の頗る感謝致しまする次第であります、而して其御礼も冒頭に委員長から申上げ置きましたから私が重複するの必要はございませぬ、けれども唯今井上大使閣下の御演説及其他皆様方の御話に就て聊か感じました事がございまするで、私も一言陳上致したうございます
井上大使の御言葉に近来独逸の諸外国に対する態度が内にしては平和的に各種の利益を得つゝ総ての事業が進歩するに拘はらず他方面から野心のあるが如く看做されるのは要するに実業の発達が著しいために他国の嫉妬心を来すのではなからうかと思ふと言はれた、而して林大使も之に和して支那に於て其事実を証明するとまで申されました、吾吾外国の事情の解らぬ者でも或は然らんと察せらるゝことであります私共は其事を伺ふと誠に羨しう感じまする、左様な誹謗なればどうぞタント誹謗されたいと思ふのでございます、是に反して石井次官が吾吾共に御注意為し下さいましたことは吾々共のみではない日本の国民
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は朝となく野となく心を用ゐねばなるまいと思ひます、日本の現況に就きまして兎角に外国の評判の宜しくないといふことは幸に倉知君が一二の例を引て商売社会と御弁護下されたやうでございますけれども併し倉知君の二三の例だけでは未だ吾々満足が出来ぬのでございます商売上の徳義の足らぬといふことに就きましては独り戦争以後にのみ言はれることでなくして戦争以前に於ても尚且つ然りと言はねばならぬのでありますから、石井君の御注意は努めて服膺して吾々未来に左様な誹を無からしめたいと期待致すのでございます、併しながら此誹は或は商業上の徳義の足らぬと云ふ点もございませうけれども、私の弁護かは知りませぬが林大使の言はれた万一の用意には相当の軍事設備をしなければならぬといふ此設備といふことが或は其疑を増さしめて而して吾々にまで其攻撃を下されたのではなからうかと思ふのでございます、是は敢て林大使に向つて攻撃の言葉を用ゐるのではございませぬ、どうぞ悪しからず御聴なしを願ひます、吾々は決して戦争を嫌ふものではない、軍備の拡張を阻むものではございませぬ、併し国の力に応じて双方共に進むで行きたい、経済と軍事は恰も車の両輪の如き関係を持つて居るのでありますから一方の輪だけ走ると云ふことは真正なる進歩ではなからうと不断信じて居るのでございます(ヒヤヒヤ)、林大使は是までの御苦辛に引替えて多少御楽の地位に御就きなさるものではなからうかと察しまするけれども、伊太利の経済状況は吾々今日に之を研究し是に見習ふといふ時代にありはせぬかと思ひますから、唯閑散になされずして伊太利の財政現状を成るべく審かに御調べ下されて吾々に御示し下され、どの程度が適当であるか、斯る場合だから斯くなければならずといふことを実例に就て見聞の狭い吾々に親しく御通知を願ひたいと思ひます、斯る容易ならぬ時節でございますから成るべく御身を閑散の地位に御置き申したくないと希望致すのであります
伊集院君は是から御困難の位地に御立ちなさるゝことゝ察し上げます併し是は既に御自身にも御任じ遊ばして多々益々弁ずるといふ御趣意と見えて吾々にも成るべく求めろといふ御注文のあるは誠に敬服且つ感謝に堪へぬのであります、私は不幸にして支那に向つての関係は甚だ乏しうございますから、伊集院君を煩はすことが或は少いかも知れませぬが此席に集つて居る人々から追々御願ひ申すことがあるでございませう、銀行者としては少いか知れませぬが国民として望む所は多いと思ふ、御主人が斯の如くある以上は依頼者も亦益々多くあらうと思ひますから、どうぞ未来に於て十分彼の国の有様を吾々に御紹介下され、又吾々の希望を彼の国に御達し下さることを御願ひ申すのであります
今夕は外交に御従事なさる方々と吾々内にのみ居る者と偶然にも御会合を願ひました訳で、一寸考へて見ますると両者の性質が大変違つて居るやうでありますが、其実甚だ近い間柄と申して宜からうと思ひます
取も直さず外交官は譬へて言へば男のやうなもの、吾々は内にばかり居るものですから女だ、所謂男は外、女は内である、而して又遠くて
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近きは男女の間で(笑)外交家と吾々の間柄は甚だ近いと申して宜からうと思ひます(拍手)蓋し貿易の発達は外交の手腕に依りませうが、亦外交の活動も貿易の進運に依ると思ひますれば、男女の働きがどうしても国の富強に欠くべからざるものであるといふことは玆に喋々を要さぬことゝ存じます、諸閣下の御親切なる御教誡を頂戴致しましたに就きまして玆に一言の謝辞を申述べます(拍手)