デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
8節 製糖業
6款 大日本製糖株式会社
■綱文

第11巻 p.305-312(DK110047k) ページ画像

明治42年1月11日(1909年)

当会社ハ諸製糖会社合同以来経営困難ニ陥リ、其内容ニ関シ種々ノ風説アリ、前年十一月瓜生震等ヲ監査役ト為シテ之ヲ調査セシメタル結果、紊乱ノ状態明カトナリ、社長酒匂常明以下各役員相前後シテ連袂辞職ス。是日栄一亦酒匂ヲ推薦シタル責ヲ引キ相談役ヲ辞ス。


■資料

日糖最近二十五年史 第九―一二頁〔昭和九年四月〕(DK110047k-0001)
第11巻 p.305-306 ページ画像

日糖最近二十五年史 第九―一二頁〔昭和九年四月〕
 ○第一、創業篇
   三、破綻の動機
 斯くの如く合同計画こそ一気呵成に進捗せしめ、配当も大阪の日本精糖会社を合併したる明治三十九年下半期には六割四分、その後も一割五分を下ることなく其の株式こそ市場の花形と持囃されたれ、其の内実は合同以来著しく経営難に陥り、如何にして其の窮境を脱出し、如何にして其の難関を突破し、且つ更に新生面を拓んかは重役の最も苦心の存する所なりしなり。故に当時日露戦後政府の財政膨脹し、歳入増加の必要より砂糖消費税を増徴する事となり、従来四種糖百斤七円五十銭の消費税は、一躍十円に引上げらるゝの形勢を見るや、其の反対運動を試みると共に、(一)見越輸入を企てゝ巨利を占め、(二)砂糖官営を実現して以て活路を開かんことを期し、増税実施以前、銀行より極度の融通を求めて原料を輸入し、会社の巨大なる製造能力を利用して製造に腐心したるも、増税案は明治四十一年二月二十二日、帝国議会を通過し、即日施行と決し、加之、台湾粗糖業の発達に伴ひ四種糖に近き二種糖盛んに内地に移入せられ、折角の計画は画餅に帰し了れり。若し夫れ砂糖官営のため試みられたる隠密なる運動が如何なる結果を齎らしたるかは今更絮説する迄もなし。事態斯くの如くなるを以て、一時五十円払込の株式は最高値百七十円見当に達したりしも、四十一年下半期に至り一抹の暗雲は突如として株式市場を鎖し、或は財産状態の紊乱を説き、或は当時重役の失態を評し、市価下落して停止する所を知らず、同年下半期の定時株主総会に於ては、株主中より調査委員を挙げて、財産状態の調査を為さしむ可しとの議論出で喧々囂々、未曾有の紛擾を極め、僅に相談役渋沢男爵の懇篤なる諭告によりて事なきを得、且瓜生震氏以下新監査役入社し、株主は其の手腕に信頼して其の会議を了れり。
    四、瓜生氏の整理案
 然りと雖も此の総会以来一般に危惧の念深きを加へ、人心恟々とし
 - 第11巻 p.306 -ページ画像 
て安ぜざる折柄、瓜生監査役は前期に於ける金八拾五万円の利益は却て損失に帰す可きものにして、従来の配当は虚偽の計算に基きたるものなりとの事実を公表するや、之れを聴き一驚を喫せざるものなく、其の内容果して那辺まで紊乱の状態に在るやを知り難く、且つ明治四十二年、新春早々、各新聞紙は筆を揃へて、其の内状摘発に努めたれば、株式の市価は急転直下、忽ちにして拾参円内外に激落し、取締役馬越恭平氏は曩きに辞表を提出せしが、続いて社長酒匂常明氏以下相前後して連袂辞職し、整理に関する一切の事務は残留監査役を中心として行はるゝの止むを得ざるに至れり。


大日本製糖株式会社第二七回営業報告 自明治四一年一一月一日至同四二年四月三〇日(DK110047k-0002)
第11巻 p.306-307 ページ画像

大日本製糖株式会社第二七回営業報告 自明治四一年一一月一日至同四二年四月三〇日
    株主総会
一定時株主総会 明治四十一年十一月二十六日、日本橋倶楽部ニ於テ第二十六回定時株主総会ヲ開ク
○中略
一臨時株主総会 右定時株主総会終了後引続キ臨時株主総会ヲ開キ、取締役一名補欠選挙並ニ監査役満期改選ノ件ヲ議事ニ附セシニ、細野猪太郎氏ヨリ指名委員三名ヲ設ケ渋沢相談役ト協議ノ上之ヲ指名スルコトヽシ、而シテ其指名委員ノ選定ハ同相談役ニ一任センコトヲ提議シタルニ、満場ノ賛成ヲ得テ同相談役ハ指名委員トシテ江崎礼二・大海原尚義・橋本善右衛門ノ三氏ヲ推挙シ、満場之ヲ承認シタリ、依テ前記指名委員ハ渋沢相談役ト協議ノ結果取締役ニ恒川新助氏ヲ、監査役ニ藤本清兵衛・前田亀之助・瓜生震・今井善八・潮田方蔵ノ五氏ヲ指名シ全会一致ヲ以テ可決確定シタリ
○下略
    庶務事項
○上略
一明治四十一年十一月四日
 本日東京区裁判所小松川出張所ニ於テ客月二十四日臨時株主総会ニ於テ決議セシ左記定款変更ノ登記ヲ了セリ
一大阪府東成郡城北村大字友淵百二十一番屋敷ノ支店ヲ廃止セリ
一目的 砂糖・氷砂糖・角砂糖・酒精及ヒ骨炭ノ製造売買トス、但台湾ニ於テハ原料甘蔗ノ栽培・購入及ヒ会社用鉄道ニ依ル旅客並ニ貨物ノ運送ヲ営ムモノトス
一公告ヲ為ス方法 本店所在地ノ商業登記公告ヲ掲載スル新聞紙ヲ以テス
○中略
一明治四十一年十一月二十七日
 台湾工場竣成ニ付、本日其始業式ヲ挙ケ製造ニ著手セリ
一明治四十一年十二月七日
 明治四十一年十一月二日取締役前田亀之助辞任並ニ同月二十六日臨時株主総会ニ於テ取締役ニ恒川新助氏、監査役ニ藤本清兵衛・前田亀之助・瓜生震・今井喜八・潮田方蔵ノ五氏当選シ共ニ同月二十七日就任ニ付、本日東京区裁判所小松川出張所ニ於テ其登記ヲ了セリ
 - 第11巻 p.307 -ページ画像 
一明治四十二年一月十九日
 取締役馬越恭平氏ハ明治四十一年十二月二十九日、同渡辺福三郎氏ハ明治四十二年一月九日、同酒匂常明氏ハ同月十日、同磯村音介・同秋山一裕・同伊藤茂七ノ三氏ハ共ニ同月十九日辞任ニ付、本日其登記ヲ了セリ
一明治四十二年一月二十四日
 本日藤本・瓜生・今井・潮田ノ各監査役ハ東京銀行集会所ニ一部株主ヲ招集シ、当社ノ事業及財産ニ関スル状況ヲ報告シ、併セテ其意見ヲ陳述シタルニ協議ノ結果、其整理方法並ニ実行ヲ全監査役ニ一任シタリ
一明治四十二年二月十八日
 監査役前田亀之助氏本月十日辞任ニ付、本日其登記ヲ了セリ


時事新報 第九〇六五号〔明治四一年一二月二七日〕 大日本精糖[大日本製糖]の前途(渋沢男爵の談)(DK110047k-0003)
第11巻 p.307 ページ画像

時事新報 第九〇六五号〔明治四一年一二月二七日〕
    大日本精糖[大日本製糖]の前途(渋沢男爵の談)
○上略 されど同社の重役諸氏は酒匂氏を省きては多くは余の親しく知らざる人々なるのみならず、一々社内の事務を見る訳にも至り兼るを以て事多く意の如くならず、内部にも面白からざる節も少からざる一方に於て、台湾糖の競争重税の負担に堪へず、内憂外患交々至るの有様なれば、玆に同社の根本的革新の必要を認め、瓜生監査役を入社せしめ厳密なる監査を施し社内整理に着手せしめ、又外部台湾糖の侵害重税の負担に対しても、政府当局者と共に考究せんとする次第なり、而して内部の整理は今日急劇に之を為せば、一二重役に於て悲境に陥るものあるべけれど、徐々に之を為せば必しも難事に非ざるべし云々


報知新聞 第一一四二〇号 〔明治四二年一月一四日〕 渋沢男の日糖談(善後相談拒絶)(DK110047k-0004)
第11巻 p.307-308 ページ画像

報知新聞 第一一四二〇号〔明治四二年一月一四日〕
    渋沢男の日糖談(善後相談拒絶)
○上略 然るに酒匂氏入社後会社内部の営業状況を聞くに会社は事業の大なる割合に運転資金乏しく、且つ納税担保として株主より預かりし株券を大蔵省に提供し、所謂預合を行ひつゝありしことを詳知せしが為めに、兎に角此預合なるものほ種々の弊害を生ずる因子なることを認め、酒匂氏に之が整理を勧告し併せて会社内部の改善整理に努力せしむる処あり、幸にして所謂預合に依り大蔵省に提供せる株券の額は爾来大に減少したり、然るに其後内地精糖業は台湾粗糖の厚き保護のため幾んど同種類の砂糖にして五円三十銭の重税を負担し、競争頗る困難の立場に陥りたるに加へて一般世間の不景気は砂糖の売行益々不振に傾き、其結果は資金絶えず窮迫して事業は益々意の如くならず、搗て加へて例の預合なるものは此期に方りて端なく世間の激烈なる非難の種子となり、延て会社は宛がら命旦夕にも迫れるかの如く世間に悪声を放たるゝに至れり、然れども会社内部の実況は、必ずしも世上に囂々たる如く紊乱し居るに非らず、彼の某重役が私利に駆られて殊更に株式を下落せしめ其間に乗じて奇利を獲得せんず魂胆を工めりと云ふもの将又悉く信を置き難きも、兎に角会社が尋常以上の窮況に瀕せるは事実にして之が経営は真実甚だ困難なるものありたり、されば酒
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匂氏の如きも夙に此形勢に見る処あり、屡々余に向つて辞意を洩されたるも余は之に向つて今日危急の場合にこそ大に君の手腕を要するを以て、寧ろ進んで此難境に努力を加へ此際根本的に釐革改善を講ぜんことを慫慂したりしに拘らず、氏に其の勇気なくして遂に今回氏の辞任を見るに至れり、されば余に於ても酒匂氏との関係上此上留りて会社の事に携はるべき様なく、又其必要なきを以て、余も終に十一日を以て同社相談役の任を辞したり、余の日糖会社との関係は前後斯の如し、扨越えて十三日日糖重役は余を訪ねて一同連袂辞職の結末に至れる旨を告げ、併せて今後会社の後始末に付余一個人にて一切を引受け善後策を講ぜんことを以てせられたるも、余は不幸にして直に諸氏の重奇を受くること能はず、止むを得ず向後幾分整理の端緒に就き比較的確実なる状態に復したる上に於て、或は御相談に与らんことを陳べ折角の依頼を謝絶せり云々


時事新報 第九〇八四号〔明治四二年一月一五日〕 日糖紛擾に就て(渋沢男爵の談)(DK110047k-0005)
第11巻 p.308 ページ画像

時事新報 第九〇八四号〔明治四二年一月一五日〕
    日糖紛擾に就て(渋沢男爵の談)
○上略 然るに昨年末に至り就職後二箇年を経過したる今日、酒匂氏は其任にあらざるの故を以て社長辞任の意を洩す、故に余は酒匂氏に向ひ就職後二年を経過し、其間には自ら大里精糖を合併し、社債を起し、名古屋精糖の如き、余が忠言を用ゐずして之を買収したる今日、遂に其職に堪へずと称して辞任するは、戦陣を引受けて然る後逃がるゝに等しきものなり、何等の改革案も提出せずして徒に職を辞せんとするは、会社に不親切にして勇気なきものなり、武士道の勇と商売上の義は是等の時に其意を同うするものなれば、辞任は不可なりと再三忠告したるも、四五回会見の末遂に本月八日辞表を提出したれば、以前の条件に従ひ余も相談役を辞すると同時に、秋山・磯村両氏に対し、余が人物の鑑識を誤りたる事を告げ、酒匂氏と同様辞任する旨を言明せり、而して更に酒匂氏を社長に推薦したる余も誤りたれど、酒匂氏をして今日辞任するに至らしめたる両氏等にも其責の存するを告げたり余と酒匂氏との辞任は右の如しと雖も、要するに日糖今日の困難を招致したる原因は完全なる運転資本なく、事務紊乱して我等の言割合に行はれず、且つ資力不相応の経営を企てたるを以て金融の逼迫を来したるを初めとして、余が度々忠言せるに拘らず会社重役の預合、一般経済の不振、三社協定を成立したれども台湾糖が比較的大なる保護を受くるに依り、日糖の下級製品を屡々売崩す事、従つて酒匂氏が計算の不明を云々して余に瓜生氏等の重役たらん事を希望したる如く会社営業の困難等なり、然れども日糖をして今日の状態に陥らしめたるに付ては、消費税の増徴等は大なる関係を有するものにて、製品の価格の倍を超過する重税を課したれば、其利益を削減せられし等は事実にして、此点に関しては政府亦一部の責任ある可しと雖も、会社の重役決して其責を免かる可からず、惟ふに事は会社内部を一新するにあらざれば解決する事を得ざる可く、今日の日糖は経営者其人を得ると否とに依つて盛衰を来す可し云々
 - 第11巻 p.309 -ページ画像 


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK110047k-0006)
第11巻 p.309 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四一年
十一月二十六日 曇 寒
○上略 二時日本橋倶楽部ニ抵リ大日本製糖会社ノ株主総会ニ出席ス○下略
十一月二十七日 晴 寒
○上略 午前十一時、日本橋倶楽部ニ抵リ大日本製糖会社重役会ニ出席シテ瓜生監査役就任ニ関シ一言ノ注意ヲ述フ○下略
十二月十二日 雨 寒
○上略 午前○中略酒匂常明氏来リ大日本製糖会社ノコトヲ談ス○下略
十二月二十三日 晴 寒
○上略 正午第一銀行ニ抵リテ午飧シ、食後瓜生震氏ト製糖会社ノコトヲ談ス○下略
十二月二十九日 雨 寒
○上略 馬越・酒匂二氏ト製糖会社ノコトニ関シ種々ノ協議ヲ為ス○下略
十二月三十日 半晴 寒
○上略 午前○中略大日本製糖会社磯村・秋山・甲津三氏来リ会社ノ維持、社長ノ留任ニ付種々ノ談話ヲ為ス○中略午後四時兜町事務所ニ抵リ書類ヲ整理シ、酒匂常明氏ト製糖会社ノコトヲ談シ○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK110047k-0007)
第11巻 p.309 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年
一月八日 晴 寒
○上略 六時銀行倶楽部ニ抵リ豊川・佐々木・酒匂・瓜生四氏ト製糖会社ノコトヲ談ス○下略
一月九日 曇 寒
○上略 十一時兜町事務所ニ抵リ磯村・秋山二氏ノ来訪ニ接シ大日本製糖会社ノコトヲ談ス○下略
一月十二日 晴 寒
○上略 藤本清兵衛氏来リ大日本製糖会社ノコトニ関シ種々ノ談話アリ、午飧後大蔵省ニ抵リ若槻次官ニ面会シテ製糖会社ノコトヲ具陳ス、三時兜町事務所ニ抵リ事務ヲ処理ス、佐々木氏来リ製糖会社ノコトヲ談ス○下略
一月十三日 雪 寒甚
○上略 午前十時兜町事務所ニ抵リ、製糖会社酒匂常明・伊藤・藤本氏ノ来訪ニ接ス○下略


(八十島親徳)日録(DK110047k-0008)
第11巻 p.309-310 ページ画像

(八十島親徳)日録 (八十島親義氏所蔵)
    一月十一日
頃日大日本製糖会社内部ノ紛擾甚シク、数日ノ間其株式ハ八十円ヨリ飛テ四十円ニ下落ス、男爵モ本日ヲ以相談役ヲ辞サル
    一月十三日
男爵ハ九日ニ大磯ニ被赴、十一日ニ一寸帰京、直ニ引帰サルヽ筈ノ処大日本製糖会社ノ紛紜、又ハ商国商業銀行《(帝)》ノ事件等続出シ、今日ナドモ終日来客ニテ忙殺セラル、此大寒ニモ七十ノ老先生カク鑠可驚モノ也
 - 第11巻 p.310 -ページ画像 
    一月十五日
朝例刻出勤、男爵ハ本日昼大磯ヨリ帰ラレ午後ハ日本製糖会社ノ善後策ニ関スル協議会(兜町ニテ)アリ夕遅クナル、新聞種取ガ詰メカケルヤラ中々ノ賑ヤカサ也



〔参考〕東京日日新聞 第一一五二五号〔明治四二年一月一四日〕 日糖重役総辞職(DK110047k-0009)
第11巻 p.310 ページ画像

東京日日新聞 第一一五二五号〔明治四二年一月一四日〕
    日糖重役総辞職
 大日本製糖会社相談役渋沢男は、昨年十一月末同会社株式総会の席上、多数株主より調査委員を設置して各計算を精査せしむべしとの議起りしに対し、余は現重役の行為は完全無欠なりと信ぜざるも、左りとて玆に調査委員を設くるの必要あるを認めず、尚調査委員を置くが如きは当該会社の最も重大なる時代に於てするを通例とす、然るに会社の現状は決して斯かる時期にあらずと言明したるに拘はらず、端なくも今回の大事件出来したる為め非常に狼狼しつゝも責任上放任すべくもあらざるを以て、数日前より有ゆる方面に奔走し居りしが、磯村以下の留任重役等も、男の意見に依りて十二日重役会議の結果愈々総辞職する事となりたるを以て、十三日酒匂社長・伊藤取締役・今井・福川両監査役等を招致して善後策に関する協議を凝したるが、結局後任者の決定迄は各重役とも従前の通り執務する事、及び此際至急臨時総会開催の準備を為すべき旨を命じたる由なるが、更に午後よりは瓜生震氏と某所に会見して、大蔵当局並に会社重役等の意向を語りて、同会社改造策に付き大に協議を凝したる由、尤も右は瓜生氏が辞表提出当時、該会社に整理意見として提案を差出したる事実あるに依るべく、而して該案の内容は未だ之を知るに由なきも、瓜生氏の意見は去る十一日の本紙に紹介したる同氏の談に依りて察すれば、根本的改革は勿論、同社の事業経営方針も、従来の山師的借金商略は断然之を全廃し、尚ほ専ら内部の整理を遂行するの必要上、或期間内は無配当とする事をも含まれ居るべしと。


〔参考〕東京経済雑誌 第五九巻第一四七三号・第三―四頁〔明治四二年一月一六日〕 日糖破綻の原因如何(DK110047k-0010)
第11巻 p.310-312 ページ画像

東京経済雑誌 第五九巻第一四七三号・第三―四頁〔明治四二年一月一六日〕
    日糖破綻の原因如何
大日本製糖株式会社は毎季多利の配当を為し、前季の配当も実に一割五分を占めたり、然るに此の多利なる会社は、一千二百万円の資本金(払込済み八百四十万円)を有しながら、破綻百出して容易に拾集すべからず、七百万円の債務は依然として存在し、資金の大部分は雲煙霧消に帰したるものゝ如し、其株式市場に貨幣市場に将た経済界に動揺と驚愕とを与へたるもの固より怪むに足らざる所なり
近時新聞紙は筆を揃へて、重役諸氏の行動を非難攻撃し細大の事実は悉く世に暴露せられたり、余輩は彼等の非違を非難攻撃せんよりは寧ろ彼等の境遇を憐まざるべからざるなり、夫れ方今諸会社に於て重役として尊崇せらるゝ輩の如き多くは株式市場に出入して、投機相場に成功せるものなり、故に彼等は一攫千金の機会さへあれば其の身の重役として他人の財産を保管し、重大の責任を有することの如きは之を
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忘却して突進するは制すべからざる所にして其の行為固より非難攻撃せざるべからずと雖、彼等が身を立てたる経歴に顧みる時は決して無理ならざることにして、察ろ過失は斯の如き輩を重役に選挙したる多数株主にありと謂はざるべからざることなり
然るに相場は常に有利なるものにあらず、久しく相場に関係すれば終に失敗を免がれざることは世間に相場に成功したるもの少なからずと雖、克く其の終を全うしたるもの極めて稀なるを見て明かなるべし、大日本製糖株式会社の破綻百出して昨今の苦境に陥ゐりたるも、要するに其の当局重役等が相場に関係して失敗を招きたるに基けるものゝ如く、而して余輩が玆に指摘して攻撃せざるべからざるは由来相場に手を出し易き重役等をして、相場を試みざるを得ざる場合に立たしめたること是なり、換言すれば政府が彼等の相場に関係することを挑発したること是なり、勿論政府は故意に之を挑発したるものにはあらざるべし、然れども事実は挑発したることとなりたるを奈何せんや、夫れ砂糖消費税の担保として国庫へ預入るゝ有価証券の撰択に関し、政府は大日本製糖株式会社に其の社の株券を以てすることを認可し、基株券の全額は百数十万円に達したり、是れ即ち日糖の重役等をして相場を試みざるを得ざる境遇に立たしめるものならずや、彼等は日夜其の会社の株式をして騰貴せしめんことを欲するものなり、故に其の相場下落すれば之を買入れて消費税の担保として国庫に供托し、其相場騰貴すれば、現金を納めて株券を引出し、之を市場に売却すべし、而して其の結果は日糖株式の相場を支配するの権を挙げて、重役等に掌握せしむるものなれば、彼等の見込を付けたる相場は多く誤らざるべし、而して私利を謀る為には道徳を顧みず、友人を売り、自己の重役たる会社までも犠牲に供することを憚らざるは、我が邦多数実業家の常習たるを以て、彼等が此の如き境遇に立ち、其地位を利用して私利を営みたるが如きは、決して怪むに足らざることなり、其挙動の非難政撃すべきは余輩固より異議なし、然れども余輩は寧ろ其の境遇を憐まざるべからず、而して政府が会社自身の株券を以て、其の納税の担保に供托することを認可したるの一事に至りては余輩は鼓を鳴らして之を攻撃せざるべからざるなり、商法に其の禁令なきを以て不可なしと論するものあり、然れども商法に明文のあるとなきとは其の非違たることを決するに於て、殆ど何等の関係あるべからず、蓋し其の事の非違たることは道理上当然たる以上、商法に禁令なしとのことは之を弁護するに足らざるべし、何となれば商法は商業に関し凡ての事項を網羅し得べきものにあらざればなり、然れども禁法に禁令を掲ぐるの必要ありとせば、固より之を掲げざるべからざるなり
次に余輩は砂糖消費税の増徴を以て、日糖会社破綻の一原因として数へざるべからず、夫れ明治三十五年までは全く無税にてありしものなり、然るに爾後頻りに消費税率を増加し今や白砂糖の上等なるものに在りては、百斤に付十円の消費税を徴収せらるゝこととなれり、勿論消費税は間接税にして、之を負担するものは砂糖の生産者にあらずして、其の消費者なりと雖、消費税を増徴する時は砂糖の価格騰貴すべきを以て、其の需要減少せざるべからず、是に於てか生産者も亦苦ま
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ざるべからざるなり、製糖業者が共同経営を企てゝ先づ製造の協定を為し、尋で共同販売を為したるは要するに消費税増徴の結果、砂糖の需要増加せず、然るに各製造会社の製造能力は偉力なるを以て、其の全能力を発揮して製造する時は、生産剰過となりて砂糖の価格下落し各会社共に損失せざるべからざるを以て、之を予防せんが為なり、又各会社独立して製糖の販売に従事する時は、互に競争せざるべからざるに至り、是れ亦不利益たるを以て之を予防せんか為め共同販売の挙に出でたるものなり
日糖会社は同業者の共同経営を以て足れりとせず、更に大坂大里等の製糖所若くは製造会社と合併若くは買収を企て、之を実行したり、是れ消費税増徴の為め営業困難となりたるを以て、合併買収によりて製造能力を増加し、而して経費を節減せんとの趣旨に出でたるものにして、其の事甚だ善し、然れども獲利の機会は斯の如き場合にも存するものなれば日糖の重役等に非違の行動ありとして、新聞紙に報道せらるるは固より怪むに足らざるべし、而して其の非違の行動は固より非難攻撃せざるべからずと雖、余輩は寧ろ彼等の立てる境遇を憫み、而して妄りに砂糖消費税を増徴したるの挙を攻撃せざるべからざるなり