デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
8節 製糖業
6款 大日本製糖株式会社
■綱文

第11巻 p.337-339(DK110050k) ページ画像

明治42年6月6日(1909年)

是年栄一、古稀ニ渉ルヲ以テ第一銀行他少数ノ関係ヲ除キ諸事業ヨリノ引退ヲ決意シ、是日一旦当会社相談役ヲ辞シタルモ、後間モナク委嘱サレテ三度相談役ト為ル。


■資料

青淵先生公私履歴台帳(DK110050k-0001)
第11巻 p.337-338 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳 (渋沢子爵家所蔵)
  民間略歴(明治二十五年以後)
○上略
 一大日本製糖株式会社相談役 三十九年十一月 四十二年一月十一日辞任
○中略
 一大日本製糖株式会社相談役 四十二年四月 四十二年六月六日辞任
*欄外記事
  相談役辞任ノ日時会社ニ問合セタルニ書類焼失シテ判明セズト答ヘタリ(昭和六年四月)
  以上明治四十二年六月七日迄ノ分調
   ○「欄外記事」ハ明治四十二年六月六日辞任後更ニ第三次相談役ニ就任シ、
 - 第11巻 p.338 -ページ画像 
ソノ辞任ノ日時ヲ問合セタルモノト思ハル。


竜門雑誌 第二五三号・第四七―五〇頁〔明治四二年六月二五日〕 青淵先生の各種関係事業引退(DK110050k-0002)
第11巻 p.338 ページ画像

竜門雑誌 第二五三号・第四七―五〇頁〔明治四二年六月二五日〕
    青淵先生の各種関係事業引退
我青淵先生の関係せらるゝ事業は従来頗る多方面に亘り、去三十七年大患の後之を辞退せられたるもの少からざりしも、日露戦争後各種事業の勃興に際し、四方の懇談黙止難くして已を得ず其請を容れられたるもの多く、従て知らず識らず、以前に倍蓰する繁忙の身となられしが、如何に時勢の要求とは云へ一人にして幾十の事業に関係する事、先生元来の本意に非す、何時か本業たる銀行専営の地位に復せんとは年来の志なりしも、其機を得ずして今日に至れり、然るに今年は恰も七十の寿に躋られたると、一面には事業界の状勢次第に進歩し、各会社夫々皆適任者を有し、之が経営に聊か懸念すべきものなきを以て、旁々決算期に近づける此機に於て先生本来の事業たる第一銀行及之に附随せる東京貯蓄銀行を除くの外、総べての会社に対し一切其職任を辞退せらるゝことに決定せられ、本月六日従来関係の深かりし左の諸会社の諸氏を兜町の事務所に招き、其旨を発表して懇ろに趣意の在る所を説明せられ、尋で同日附を以て左記の如き辞任書及書状を発送せられたり
○中略
    辞任書
 拙者儀頽齢に及び、事務節約致度と存候間、貴社「何何役」辞任仕候、此段申上候也
  明治四十二年六月六日 渋沢栄一
    書状
 拝啓、時下向暑の候益々御清泰奉賀候、陳は小生儀追々老年に及ひ候に付ては関係事務を減省致度と存し、今回愈々第一銀行及東京貯蓄銀行を除くの外一切の職任を辞退致候事に取極候に付、別紙辞任書差出候間事情御了察の上、可然御取計被下度候、尤も右様役名は相辞し候へ共、向後とて従来の御交誼上必要に臨み御相談に与り候事は敢て辞する処に無之候間、其辺御承知置被下度候、此段申添候
                            敬具
  明治四十二年六月六日 渋沢栄一
辞任せられたる各種事業の名称及ひ職任は左の如し
○中略
 大日本製糖株式会社同上 ○相談役
○下略


実業之世界 第七号〔明治四二年七月〕 余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵渋沢栄一)(DK110050k-0003)
第11巻 p.338-339 ページ画像

実業之世界 第七号〔明治四二年七月〕
  余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵渋沢栄一)
○上略
    ○大日本製糖株式会社
         (明治二十八年十二月設立払込資本七百五十万円配当一割五分渋沢男は近頃まで当社の相談役)
此の会社は近頃非常の悲況の下に立つて居り、私も一たび相談役を辞
 - 第11巻 p.339 -ページ画像 
して更らに委嘱された程で、世間では随分其の前途を危ぶんで居る者もあるが、若し大蔵省が俄かに滞納税を取立てる事がなく、且つ債権者が暫らく猶予をして置いて徐々に取ると云ふ事であれば、立派に立ち行くと思ふ、先達の破綻の後を受けて藤山雷太(社長)星野錫(取締役)などが経営に励精して居るが、現に一俵に就て五十銭以上の利益はある。モトの六十七八銭の利益に比して甚しい相違ではあるが、猶且つ経費を控除して残余を得るの余裕は確かにある。加之、台湾の工場の方では従来から引続き利益が上つて居る。夫れ故、此の現状を継続して行く事が出来れば、徐々に恢復するのは睹易い道理であらうと思ふ。
   ○六月六日辞表提出後ノ再就任ノ時日ハ明ラカナラザルモ、整理途上ノ同社ノ為メ、特ニ引続キ相談役タル事ヲ承諾セラレタルモノナラン。而シテ第二十八回営業報告(自明治四二年五月一日至同年一〇月三一日)以後相談役トシテ栄一ノ名ヲ記載セザルハ、或ハ其性質従来ノモノト異ナルニヨルモノナランカ。従ツテ其辞任ノ時日モ之ヲ明ラカニスル能ハズ。