デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治40年3月30日（1907年）

是ヨリ先、西村勝三歿スルニ臨ミ、当会社ノ後事
 - 第11巻 p.497 -ページ画像 
ヲ栄一ニ遺嘱ス。栄一乃チ是日相談役ト為リ、其営業ヲ監督ス。

（八十島親徳）日録　　明治三九年　　　　（八十島親義氏所蔵）
十一月廿九日　晴
予ハ快方ニツキ愈今日ヨリ出勤スルコトトシ、朝先ツ品川西村家ニ至ル、実ハ大人ガ両三日前ヨリ、予ニ面会ヲ希望セラル、由ナリシ故ナリ、去廿四日来五日間拝面セサリシニ其間衰弱ヲ増加セラレシ様ニハ思ハレズ、殊ニ今日ハ血色モ宜シク又気力モタシカニ音声モシツカリシ始終ニコニコト愉快ナル顔容ニテ、凡ソ一時間計リモ種々御物語アリ、其要点ハ
○中略
　以上ハ一家ノ私事ニツキ後々ニ対スル御依頼ナルガ、玆ニ一ツ貴下ヨリ折入テ渋沢男爵ニ懇願シテ貰ヒタキコトアリ、ソハ男爵ニ品川白煉瓦会社ノ相談役御引受ヲ願ヒタキコト也、予ノ死後直ニ重役更迭等ノコトヲナスハ甚不穏当故、幸ニ男爵此コトヲ御承諾アラバ社内ノ動揺等ノ憂モナク、世間ヘ対シテモ実ニ立派ナリ、且ツ男爵ノ御目金ニテ常務取締役ヲ一人御撰定下サルヽヨウ是又願上タシ、此願事サヘ決定セバ予ハ最早此世ニ思ヒ置クコト更ニ無シ
トノコトニ付、予ハ是非承諾ヲ得ルヨウ願フベキ旨ヲ申答ヘタリ
十一月卅日　晴
朝亦西村家ニ至リ大人ノ病床ニテ昨日ノ復命ヲナス、即昨夕男爵ニ詳細申陳ヘシニヨク聞取ラレ、渋沢ノ方ガ果シテアトヘ生キ残ルヤ否ヤハ神ナラヌ身ノ測リ難キモ、兎モ角永年ノ友人ノコト故アトヘ残リシモノガ後事ノ世話ヲ為スハ当然ノコト也、故ニ御依頼ノケ条ハ快諾スヘキモ何レ近日御病床ヘ御見舞シテ、詳細ハ其節ノ御話ニスベシトノ答ナリシコトヲ陳ヘシニ、大人ハ大ニ満足シイツモ乍ラ男ノ心切ニ感セラレシト見エ、老眼ニ涙ヲ浮ベラル、而シテソレニテ大安心ト大ニ喜バレタリ
十二月七日　晴　大風
今朝ハ渋沢男爵ニ於テ西村大人ヲ病床ニ見舞ハルヽトノ予報ニ接セシヲ以テ、九時頃ヨリ徳子ト共ニ同家ニ至ル
大人ハ今日ハ昨日ヨリ大ニ不良ノ容体ニシテ熱モ高ク疲労ノ様子也、男爵ハ十一時頃来着セラレ病床ニ大人ヲ訪ハレ、親シク病状ヲ見舞ヒ且白煉瓦会社ノ後事ニ就テ、過日八十島ヲ以テ御伝言ノ件ハ委細承諾セル故安心アレト申サレシニ、大人ハ折柄発熱苦痛ノ際ナルモ余程精神ヲコメテ順序ヲ立テ来訪ノ好意ヲ謝シ、明治七年福地ノ紹介ニ依リ拝面シ商業会議所ノ御世話ヲ願ヒシ以来、陰ニ陽ニ常時指導高配ヲ蒙リ御蔭ヲ以テ晩年ヲ全フスルニ至レル、其間ノ厚恩謝スルニ辞無ク、近クハ日清戦後煉瓦事業拡張ノ念ヲナシ急激ニ若松ニ工場ヲ起サント計リシトキモ其急進ヲ戒メラレ、其御蔭ニテツマヅキモセス今日ノ盛況ニ至レルナリ、此等ノ厚恩ハ諜々改メテ拝謝ノ機ナカリシニ、今ヤ死ニ際ニ至リ此御礼ヲ申陳ベルヲ得タルハ実ニ至幸トスル所也ト○中略男爵ハ凡ソ十五分間位ニテ別レテ室ヲ出テラル○下略

 - 第11巻 p.498 -ページ画像 

西村勝三翁伝（西村翁伝記編纂会編）　　〔大正一〇年一月〕
　　序
○上略
明治四十年の一月余は君か病篤きを聞き、品川の邸を訪ひしに君は余か手を執りて従来の友誼を感謝して後、慇懃に品川白煉瓦会社の後事を託せられしは、今尚ほ昨の如く音容髣髴耳目の間にあるを覚ゆ
○下略
　　大正九年十二月　　　　　　　　　　　　青淵渋沢栄一識
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　印　印

西村勝三翁伝（西村翁伝記編纂会編）　　第二一五―二一六頁〔大正一〇年一月〕
　　　　第十四章　性格
○上略　翁の病革りし時、渋沢の病床を慰問するや、翁いたく喜び「回顧すれば明治七年なりき、故福地桜痴居士の紹介により、始めて閣下に見えしより以来、知遇を蒙ること玆に三十有余年、幸に晩節を完くするを得たるは、皆閣下の渝ることなき同情と指導との賜ものなり、今や不治の病に罹り高恩また報ずべからず、せめては心情の万一を告げまゐらせんと思ひしに、図らずも今日温容を拝して生前の望は足れり余は安んじて瞑目するを得べし」と告げ、併せて後事を託したり。渋沢翁の手を執り泣いて曰く「生死は命なり。神ならぬ身のいかでか之を知るを得べき、されど卿とは昔年の心友なり、余にして卿よりも後に生き永らふることもあらば、誓つて卿の依頼を空しくせざるべし」と。やがて渋沢の辞去するに及び、遥かに之を目送して左右を顧み、「今日はかねて心にかゝれる男爵に対して一生の謝辞を述べたれば、重荷を下したるやうに覚ゆるなり」といへりとぞ。○下略

渋沢男爵顧問関係書類　　　　　　　（品川白煉瓦株式会社所蔵）
拝啓
春和ノ候益々御清福被為在奉敬賀候、陳ハ当品川白煉瓦株式会社ノ儀ハ、明治八年閣下カ東京瓦斯局長トシテ御尽力被為在候頃、当時ノ副長タリシ当会社前社長故西村勝三氏カ瓦斯事業ニ聯関シテ、一家業トシテ創始経営致来リ候処ニ係リ、其後合資会社ノ組織ニ改ムルニ及ンテハ、閣下モ合資者トシテ御協力ヲ賜ハリ、次ヒテ株式組織ト為スニ際シテハ、閣下亦其発起人トシテ御参画被下候等、従来御縁故不浅会社ニシテ、其間陰ニ陽ニ閣下ノ御庇護ヲ仰キタル所多ク、両社長モ其病気危篤ノ時ニ於テ、深ク閣下ノ徳ヲ謝シ、将来ノ社業ニ就テ閣下カ其指導ニ力ヲ致サルヘキヲ懇諾セラレタルノ厚情ニ感泣シテ安心瞑目セラレタルハ、下名等ノ深ク脳裏ニ刻スル処ニ御座候、当会社ハ其組織ハ株式会社ナルモ、故西村氏ノ一家業ヨリ変体シ来リタル経歴上、其経営ノ状況ハ所謂普通ノ会社ト異ナル所多ク、現ニ下名等取締役ハ皆前社長ノ門下又ハ親戚等ニシテ、恰モ一社一家ノ如ク、専ラ前社長一人ノ方針ニ従ヒ、其統卒ノ下ニ、事務ヲ掌理致来リ候事実ニ御座候処、今ヤ其人既ニ世ヲ去リテ、下名等痛惜ノ情ニ禁ヘス、偏ニ御高察
 - 第11巻 p.499 -ページ画像 
ヲ奉願候処ニ御座候、右ニ就キ予テ故西村氏ヨリ御遺託申上候次第モ有之、下名等凝議ノ上閣下ヲ当会社ノ主脳ニ仰キ度ノ志望ヲ陳情仕候処、幾多ノ御関係上取締役ノ一人トシテ其衝ニ当テレ候事ハ、下名等ノ要望ヲ容レラルヘキノ余地ナキモ、相談役ヲ快諾セテルヘキノ御内意ヲ蒙リ、尚又名ハ相談役タルモ、常ニ会社ノ事業ニ注意シ、百般ノ助力ヲ為シ、以テ前社長ノ遺託ヲ空フセサル可シトノ御懇示ヲ拝シ、深ク奉感佩候、仍テ下名等ハ再議ノ上、此ニ一書ヲ裁シ、当会社定款第三十条ノ規定ニ依リ、閣下ヲ当会社相談役ニ推戴ノ儀更ラニ奉懇請候、下名等不肖微力、故西村氏ノ遺業ヲ継承シ、之ヲ拡張シ之ヲ発展セシムルニ於テハ、実ニ先進大家ノ幇助ニ依ルヘキモノ甚タ多シ、閣下幸ニ之ヲ諒セラレ、啻ニ下名等ノ稟議ニ対シテ明晰ノ解決ヲ与ヘラルヽノミナラス、恰モ取締役会長タルト同様ノ御高慮ヲ以テ下名等ニ対シ、事ノ細大トナク監督指導ノ労ヲ執ラレ、以テ益当会社ノ隆盛ヲ期スルコトヲ得ハ、実ニ当会社ノ幸栄ニシテ、前社長モ亦泉下ニ満足セラルヘキコトト奉存候
右懇請如此ニ御座候　敬具
　　明治四十年三月二十八日
　　　　　　　　　　　　品川白煉瓦株式会社
　　　　　　　　　　　　　　　取締役　　　八十島親徳
　　　　　　　　　　　　　　　取締役　　　山内政良
　　　　　　　　　　　　　　　専務取締役　藤村義苗
　　　　男爵　渋沢栄一殿
　　○右書中、栄一ガ品川白煉瓦株式会社発起人タリシコトヲ記セドモ、同社ノ設立趣意書・起業目論見書及ビ青淵先任公私履歴台帳ニハ栄一ノ発起人タリシコトヲ記サズ。
　　○本款明治三十三年七月二十日（第四九一頁）及ビ同四十二年六月六日（第五一一）ノ項参照。
　　　　　　○
（別筆）
貴翰拝誦致候、陳ハ貴社長西村勝三君逝去せられ候ニ付てハ、特に小生に対し相談役を御嘱託相成度旨、懇切なる来論之趣委曲敬承仕候、小生義西村君とハ年来御交誼を重ねたる御間柄にして、殊に貴社之事業に就てハ、三十年前創始之当時以来屡々御相談をも相受け候関係も有之、加之同君御逝去前、一日御病床に於て貴社之将来に対して切実なる御遺嘱を蒙り、即座御快諾申上たる事情も有之候ニ付、今回之御希望に対し、快く御受申上、向後ハ乍不及平素貴社経営上之御協議に応して、常に腹蔵無き卑見申陳べ、且百事御添心申上候事に可仕候、此段御請迄如此御座候　敬具
　　明治四十年三月三十日　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　品川白煉瓦株式会社
　　　　　専務取締役　藤村義苗殿
　　　　　　○
　　　　株主へ通知案
拝啓、時下益御清昌奉賀候、陳ハ過般前社長西村勝三氏逝去前、当会社ノ後事ニ付キ、特ニ男爵渋沢栄一氏ニ遺嘱セラレ候次第モ有之候ニ付、今般下名等一同ヨリ同男爵ニ対シ、種々御依頼申上候処、抑明治
 - 第11巻 p.500 -ページ画像 
八年当工場創業以来、引続キ浅カラヌ縁故有之候ノミナラズ、前社長トハ個人トシテモ年来最モ厚キ交誼モ有之、且逝去数日前ノ懇嘱ニ対シ、親シク快諾致置候義ニモ候ヘバ、向後会社ノ事業ニツキ事実上特ニ力ヲ添ヘ、以テ亡友ノ希望ニ副フ様可致ト懇ロニ申聞ケラレ候、依テ当会社定款第三十条ノ規定ニ依リ、相談役ヲ御委托申上、即座快諾ヲ得申候、就テハ自今下名等ハ社務上重要ノ事項ニ付テハ常ニ渋沢男爵ノ指導ヲ仰キ、益々協力奮励可仕候間、御承知置被成下度候、此段御通知旁得貴意候　敬具
　　明治四十年四月　日
　　　　　　　　　　　　品川白煉瓦株式会社
　　　　　　　　　　　　　　　取締役兼支配人　山内政良
　　　　　　　　　　　　　　　取締役　　　　　八十島親徳
　　　　　　　　　　　　　　　専務取締役　　　藤村義苗
　　　　何某殿

（八十島親徳）日録　明治四〇年　　（八十島親義氏所蔵）
二月十三日　晴
午後兜町ヘ藤村・山内二氏来リ品川白煉瓦会社ノ取締役会ヲ開キ、渋沢男爵ヘ改メテ将来ノ配神ヲ乞フコトトシ、夫ニハ監督ノ名称ヲ引受ラレタキコト、日勤ノ専務取締役一名選定ヲ乞フコト、此二件ヲ近日一同参上御願スルコトニ決議ス
二月十七日　晴　日曜
今朝八時廿五分上野発ノ汽車ニテ藤村・山内ト共ニ王子ニ至リ男爵ニ面会ノ上、品川白煉瓦会社ノ将来ニ付、西村翁遺志ニ依リ万事拝願セシニ快諾アリ、明治七・八年以来同事業創始ト共ニ事業ニモ間接ノ関係アリ、西村氏トモ親交アリ殊ニ死際ニ約諾セシコト故、出来得ル限リノ世話ヲナスヘシトノコトニテ会社ノ内容・業体等巨細ニ聞取ラレ中々整頓モシ、且有望ノ域ニ達シ居ルコトヲ認メラレ、結局厚キ関係アル相談役タル事、及一面山内氏ガ専務取締役兼工務部長タル片方ニ同役兼商務庶務部長タルベキ人ヲ一名補欠トシテ選任スル人選方ヲ配慮セラルベキ旨快諾アリ、一同大ニ満足ス、大人モ嘸地下ニ喜ハルヽナラン
三月二十八日
例刻出勤、山内及藤村兜町ヘ来リ共ニ男爵ニ面《（会脱カ）》シテ品川白煉瓦会社相談役拝嘱ノ形式上ノ手続ヲ為ス

品川白煉瓦株式会社報告　第八回明治四〇年三月
　　　　役員及従業者ノ事
一定款第三十条ニ依リ、男爵渋沢栄一氏ニ当会社相談役ヲ嘱託シ、三月三十日其承諾ヲ得タリ