公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15
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明治41年9月21日(1908年)
是日栄一、来ル十月一日ヨリ実施セラルベキ改正肥料取締法ニ就キ、重ナル当業者ヲ代表シテ大浦農相ニ陳情ス。
東京経済雑誌 第五八巻第一四五八号・第五八六頁 〔明治四一年九月二六日〕 ○改正肥料取締法に関する当業者の陳情(DK120030k-0001)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四五八号・第五八六頁 〔明治四一年九月二六日〕
○改正肥料取締法に関する当業者の陳情
来る十月一日より実施せらるべき改正肥料取締法に就て、当業者に於て種々の苦情あることは既報したる処なるが、右に就き渋沢男爵は重なる当業者を代表して去る廿一日大浦農相を訪問し縷々陳情する処あり、其要は同法は不良人造肥料取締の為め特に制定せられたるものなれば、善良なる肥料製造者に取ては頗る繁雑に失し、商業取引上不便尠なからざること恰も織物取扱規則に類似し居れり、政府に於ては取締上止むを得ざる次第なるべきも、当業者の迷惑をも察し、右取締法中苛酷に失するが如き条項は之を刪除せられたく、若し刪除し難しとならば施行上手加減を加へられたしといふに在り、農相は之に対し熟考し置く旨を答へたる由なるが、一方農商務当局の言ふ処に依れば、我肥料事業は漸を追ふて発達すると共に不正肥料続出し、殆んど其防止に困難を感ずるに至りたるを以て、此の如き厳密なる施行規則を公布したる者にて、一例を挙ぐれば過燐酸肥料(人造)の如き、燐鉱石を粉砕し硫酸を注ぎ暗室にて化学的作用を起きしめて製造するものにて、特に其製造に先ち少量の硅砂混合を許可し居れるに、多数製造者は之を奇貨とし、製造後に多量の硅砂(普通の土砂にして十貫目七銭内外)を混ずるもの製品十中の八九の割合なり、此等は充分今後厳密なる検査の下に、各府県共一致の歩調を以て取締をなさん方針にて、今回検査官を召集し之が協議を為すと共に、人造肥料の使用法等に付き協議したる次第なれは、今回の規則が現在の肥料製造状況に比し敢て不当にはあらざる可く、亦同規則実施と共に各府県共充分なる取締をなし、不正肥料を一掃することを得べしと信ずと云へり
東京経済雑誌 第五八巻第一四六一号・第七二一―七二二頁 〔明治四一年一〇月一七日〕 ○肥料取締法改正問題の解決(DK120030k-0002)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四六一号・第七二一―七二二頁 〔明治四一年一〇月一七日〕
○肥料取締法改正問題の解決
改正肥料取締法の実施に就ては当業者に於て議論喧すしく、殊に各人造肥料会社間には、一層甚だしき打撃を与へられたるものゝ如き観あり、東京人造・関東硫曹・日本人造・共益肥料・大阪硫曹・大阪アルカリ・摂津製油・日本製銅・堺硫酸・新潟硫酸等の諸会社は過日来会同協議の結果、渋沢男を総代とし桂首相・大浦農相を訪問して陳情する処ありしが、農商務省に於ても新規程の直ちに厲行し難きを認め、新規程一部の実施は之を四十三年迄延期し、応急策として左の取締を
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厲行する事となりたれば、一時喧しかりし肥料問題も爰に一段落を告ぐる事となりたり
一、混和物の件 明年中は従来の製造方法を襲踏する事を認可するも四十三年一月一日より断然新規程に依り厲行する事
二、保証成分の件 新法には水に溶解すべき分と枸櫞酸アンモニアに溶解すべき者とを区分すべき事となり居るも右は可溶燐酸含量を以て保証せしむる事
三、製造期日記入の件 荷造の日を記入する事に修正を加へ更に製造期日をも記入すること
四、製造場記入の件 新法に依り記入する事
五、保証票再添の件 売捌人に於て為す事
六、保証票附替の件 売捌人に於て為す事
七、輸入業者の保証貼附の件 インボイス毎に輸入者に於て外部に貼附する事
東京経済雑誌 第五八巻第一四七〇号・第一一二六―一一二九頁 〔明治四一年一二月一九日〕 肥料取締に関する申請書(DK120030k-0003)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四七〇号・第一一二六―一一二九頁 〔明治四一年一二月一九日〕
肥料取締に関する申請書
曩日発布せられたる肥料取締施行細則中、肥料製造販売者営業上種種の困難ありとの事は、当時既報を経たるが、之に関し頃日東京人造肥料会社外十二会社協議合同の上、渋沢男爵右総代として大浦農相に申請する所あり、左篇は其全文なり
第一 混和物の件
目下我国に於て製造する過燐酸は十五%十八%十九%等数種にして、此中最も多数に製造せらるゝは十五%のものなりとす、今玆に其数量を明かに示すこと能はざるも、過燐酸総製造高の殆んど九割以上は十五%の品なりと見て大差なからん
過燐酸は十五%のものよりも二十%に近きものが実際割安なるを以て斯かる上等品の使用を百方勧誘するも一般農家は只眼前一叺直段の安きものを望み上等品の需要誠に僅少なり、是れ畢竟農家の肥料に関する智識の極めて幼稚なると、元来中等の原料たる米国産燐礦を以て中等の過燐酸を製造販売したる習慣とに依るものにして、今俄かに之を変更せしむることは固より至難の業なりとす
最近濠州より注文の過燐酸一万五千噸の内半額は十六、五%の品にして、又米国領「マニラ」より注文の一万噸も同しく十六、五%のものにして敢て上等の品にあらず
斯くの如く現今我国過燐酸の需用は中等品位のもの多きを以て、従つて製造業者も其需用に応じ製造しつゝある状況なり、過燐酸の原料たる燐礦の重なるものは現今にては「クリスマス」及「オーシャン」にして同燐礦其物のみにて製造するときほ二十%に近き上等品となり、斯かる上等品は現今尚本邦農家の需用に適合せざる為め、同燐礦に適宜の硅砂類を混和して十五%のものを多く製造販売しつゝあり
過燐酸製造の際燐礦の外他物を混ずるは不可なりとの議論あるも他物の混合は独り日本のみならず、米国の如きは保証票に重きを措き硫化鉄の焚滓を混和するも差支なきものとなし居れり、其他の外国に於て
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も同様の例乏しからず、今硅砂類の混和を禁ぜば不得已上等の過燐酸のみを製造せざるを得ざるも、斯かる品は一般農家の需要に適せざること前記の如し、目今漸く過燐酸の効能を認め其使用漸次多大ならんとする秋に当り、右の如き挙に出んか、忽ち過燐酸の需要大に減じ農事故良上一の妨碍たらざるを得ず、又硅砂類に代ふるに「ガフサ」の如き下等の燐礦を輸入せんか、該燐礦は硅砂類を多量に抱含するが故に其硅砂類に対し多くの運賃を仕払ふことゝなり、国家経済上実に不利少なからずと云ふべし
「クリスマス」燐礦は其産出高一ケ年十三万噸と云ふも、其半額は已に日本に輪入せられ、「オーシヨン」燐礦は三十万噸の産出なるも是亦十万噸は本邦に輸入せられ、其他「ガフサ」の如きは実に百方噸と称するも固より無限なりと云ふべからず、殊に燐礦を買入るゝには少なくとも二年又は三年、時には五年前に其契約をなさゞるべからざるは目下の状態なり、故に何時にても多数のものを自由に購入し又は契約を変更すること能はざるの不便あり
以上略記せる如く過燐酸製造の前後に於て他物を混用するは誠に不得已処置にして亦機宜に適するものと云ふべし、故に外国の如く保証成分に重きを置き硅砂類を混用することを許され、且其混用の前後に制限を廃せられんことを望む
右は過燐酸製造の場合なるも配合肥料に於ても亦同様なりとす、目下各製造業者にては各種の配合肥料を製造しつゝあるも其最も多数に販売せらるゝは窒素、燐酸とも各五乃至六の成分にして価格最も低廉なる種類なりとす、而して是等の肥料は他物を混合するにあらざれば製造すること困難なり、先年配合物に硅砂類の使用を禁ぜられたる後は硅砂に代ふるに糠を使用したりしも、糠は元来割高なる原料なるを以て其配合肥料の生産費を高め利益少き肥料が益々利益を減殺せられ、営業者は益々困難となりたるのみならず、一般の需要者は糠の混入せられたるため之を喜ばず
抑も原料なるものは成る可く割安なるものゝ撰択を務めざる可からず且又配合肥料の原料は成分含量を一定せざるべからず、故に不同成分の原料を以て同一成分の原料を必要とする配合肥料の製造は為し得べからざるに付、硅砂の類の如き他物を適宜混和して肥料成分の一定を計らざるべからず
事実前述の次第なるを以て今後配合肥料にも硅砂を混用するも差支なきことにせられたし
硅砂の混用とは硅砂一貫目を以て燐酸又は窒素加里等の一貫目に代用し、以て不正の利を貪るものとするは是れ最も大なる誤解なり、硅砂の混用は成分稀釈の必要と農家使用の便宜とに起因するものにして、硅砂を以て燐酸又は窒素等に代用するが如くに論評するは是れ人造肥料製造の実際を知らざるものゝ言にして、故らに辞を設けて当業者を誣ひんとするものなり
第二 保証成分の件
改正規則によるときは保証票に記載する可溶燐酸の量は、水に溶解するものと水に溶解せずして枸櫞酸アンモニヤ液に溶解するものとを区
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別することを規定せられたるも、実際此二者は区別して明記することは極めて困難なりとす、何となれば燐礦の種類によりて此二者の分量一定せず、又同燐礦に於ても其製造を為す毎に此二者の分量一様ならずして時としては水に溶解する燐酸の量割合に多きことあり、又時として枸櫞酸アンモニア液に溶解する燐酸の量割合に多きことあり、今某製造会社に於ける最近の分析結果によるも左の如き実例あり
又営業者に於ては常に一定の燐礦を以て製造することは頗る困難なり是れ成るべく割安なる燐礦を撰用せざるべからざればなり、斯の如き事情あり、且つ欧米に於ても前記二者を区別して二者とも各別に保証せしむるの実例なし、故に米国に於ける如く即ち従前の通り水及枸櫞酸アンモニヤ液に溶解する可溶燐酸含量を以て保証することにせられたし
第三 製造期日記入の件
保証票には製造年月日を記入すべしとあるも是れ頗る困難のことなりとす、即過燐酸は製造後熟化せしむるため少なくとも三週間以上之を貯蔵するを必要とす、仮りに乾燥器を使用するとするも只其熟化を少しく早むるに止まり凡そ右の日数は貯蔵せざるを得ず、故に過燐酸の保証票に一々其製造年月日を記入せんとせば之を製造したる度毎に其貯蔵場を異にせざるを得ず、今少なくとも三週間之を貯蔵すとせば二十一ケ所の貯蔵場を要すべく、況んや実際に於ては肥料期は普通年二期なるにより其時期迄に日々製造したるものを一々貯蔵場を異にして之を存置せざるべからず、故に百ケ所以上の貯蔵場を要することゝなるべし、是れ営業者としては固より不可能の事なり
若し右保証票を記入すべき製造年月日は叺に詰め込みたる時なりとするも亦誠に困難のことなりとす、即ち日々製造高多数なる製造場にありては其日に於ける正確なる製造叺数を予定し難く、従て保証票に其製造年月日を記入すること頗る至難の業なり
且又製造年月日を記入すとせば、従来実例に依るも肥料の一年若しくは夫れ以上も叺の儘販売人の手許に貯蔵せらるゝことあり、此場合には需用者は古き製品なりとて成分に異動なきも之を購買することを嫌忌し新しき品を求むる恐あり、凡そ百般の商品に対し購買者の感情如此なること普通の状態なれば、肥料業者は或る期間を経過したる為め忽ち其所有肥料の市価を低落し損失を招くに至るの不利ありて実に営業上に不安不利を与ふこと少なからずとす
聞く処によれば製造年月日を記入せしむるは肥料の新古を鑑別するの材料なりとのことなるも、普通人造肥料は運搬又は貯蔵の際特別の事情なくんば肥料成分は決して消耗するものにあらず、時日を経ば水分自然に乾燥し、却て濃度の成分を保ち好肥料(叺は時日を経るに従ひ醜変するも)となるにより、古きものとして之を擯斥すべきものにあらず
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故に製造年月日を記入することは徒らに営業者に不便不利を与ふるのみにして何等益する処なければ、保証票も製造年月日を記入することは廃せられたし
他の製造品中麦酒の如きものは基貯蔵等不完全なる時は腐敗に傾き、是れを飲用すれば忽ち人身に害あり、均しく製造品中殊に飲食物にして人身に危険なるものすら基製造の年月日を記入するの法規なし、然るに変化の少なき肥料の如き者に如此法令を執行せらるゝは当業者に於て誠に遺憾に堪へざるなり
第四 製造場記入の件
保証票には製造工場の所在地を記載することなるも、已に製造業者の氏名を掲げ其責を明かにする以上は、更に製造工場の位置迄を記載するの必要なきものなり、依て製造工場の所在地記入を省くも差支なきことゝせられたし
例へば東京人造肥料株式会社に於て、釜屋堀工場製造の都合により函館工場の製品を取寄せ東京近傍に供給することありとせんか、此地方は従来釜屋堀工場の製品を慣用するを以て、製品の品質毫も異ならざるも、函館工場の製品は需用者に於て不安の念を起し嫌忌するの恐あり、凡て商品には名声の価値なるものあり、殊に人造肥料の如き肉眼のみにて判別し難く加かも無識なる農家に対する商品にありては、単に理論のみを以て断定するは当業者の迷惑少なからざるが故に、本件の如きに付きて注意ありたし
第五 保証票再添付の件
製造所より肥料を販売者に売渡したる後保証票の喪失若しくは著しく毀損汚染したるものあるときは、規則第十三条第二項により更に保証票を添付すべきことなるも、其外部の保証票のみ喪失若しくは著しく毀損汚染せるも内部にして完全なるものあるときは、已に外部に添付したりしものと認め更に添付を要せざるものとして取扱はれたし
第六 保証票付替の付
本則施行の当時保証票添付しある肥料は、来る四十二年二月末日迄に本則により更に保証票を付け替ゆべしとあるも是れ実際上至難のことなりとす、今仮に数叺の肥料を右期限後に売残したる販売者ありとすれば、販売者にありては分析の設備なきを常とするを以て其販売者が責任ある保証票を添付せんには相当の分析所へ其見本を送りて分析を依頼せざるべからず、又製造業者が之を付け替ゆるものとせば、弘く全国に散布せるものを一々積戻すか又は製造業者実地出張の上之れが付け替をなさゞるべからず、此の事たる実に云ふべくして行ひ難きことたりとす、聞く処によれば二月末迄では本則施行当時の肥料は全部売り切れるとの考より同期日を定められたりと、果して予考の通り売り尽すことを得ば可なるも実際は売残るもの多からん見込なり、此場合に於て本則を施行せらるゝときは営業上困難なるを以て、此期を全然廃止せらるゝか又は延期せらるゝか両様の中一を取られたし
第七 輸入業者の保証票貼付に関する件
肥料製造会社より製造原料として輸入の依瀬を受け肥料を輸入したるときは、該肥料は輸入港に到着後迅速に艀取りを為し、又は陸上げし
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て急速に各依頼者へ分配するものなれば、其の《(分)》心配を受けたる会社又は営業者が更に之を他の需用者に売渡す時に於て保証票を添付せしむることゝし、輸入業者は保証票を添付するに及はざることゝせられたし
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四五三号・第三五五頁〔明治四一年八月二二日〕 ○肥料取締法施行規則の改正(DK120030k-0004)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四五三号・第三五五頁〔明治四一年八月二二日〕
○肥料取締法施行規則の改正
本月十三日農商務省令第十七号を以て肥料取締法施行規則を発布せられたるが、右は本年四月十一日発布の肥料取締法に基き改正せられたるものにして、十月一日より実施せらる
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四五三号・第三五五頁〔明治四一年八月二二日〕 肥料業の将来(DK120030k-0005)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四五三号・第三五五頁〔明治四一年八月二二日〕
○肥料業の将来
肥料取締法の改正に伴ふ同法施行規則の発布せられたることは別項に記したる処なるが、該規則は心ある人々の夙に其発布の速ならんことを望み居たるものにて、近年肥料は生産過剰を告ぐると共に競争販売に流れ来れるのみならず、一方には或る部分の奸商輩は現行取締規則の不備なるに乗じ配合製造に種々奸策を弄するものあり、為めに需要者の側に於ては少なからぬ影響を蒙り居れると同時に、真面目に営業し居るものゝ迷惑一方ならざりしが、今回の改正に依り大に是等の奸商を制馭し得るに至れるものゝ如し、即ち肥料製造業者は、過燐酸石灰、重過燐酸石灰、其他化学的薬物を以て肥料を製造する時又は二種以上の肥料を調合して肥料を製造する場合は、其製造技術主任者の氏名住所及び履歴を届出で免許を受けざるべからざることとなりしを以て、従来の如く乱雑なる配合製造を矯むるを得べく、加之肥料の主成分量を保護する為め、其製造・輸入若くは移入後遅滞なく保証票を肥料の各容器の内部及外部に添付せしむることゝせしに依り、一方当業者の側より言へば或は繁雑なる手数に若しむならんも、需要者の側に於ては購入上非常の便利を得、従来の如く或る時季を経過して性分の幾分消滅せるものを求むるが如きことなきに至り、其他肥料の製造上厳重に取締ることとなりしを以て、或る一面より言へば製造家に於ては非常の不利なるが如く、現に改正運動を試みんと企劃せる向もある由なるも本規則にして実行せらるゝに至らば、近き将来に於て大に面目を改め来るものあるべしとの説あり、如何にや
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四五四号・第三九四―三九五頁〔明治四一年八月二九日〕 肥料取締施行規則の改正に就て(株式会社全国肥料取次所支配人大沢準二君談)[大沢準三か?](DK120030k-0006)
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〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四五四号・第三九九―四〇〇頁〔明治四一年八月二九日〕 ○改正肥料取締規則に対する非難(DK120030k-0007)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四五四号・第三九九―四〇〇頁〔明治四一年八月二九日〕
○改正肥料取締規則に対する非難
此程発布せられたる改正肥料取締法施行規則に対しては、是を以て従来肥料界に於ける弊害を一洗し得べしと説く者あり、一方には却つて本規則を非難するの傾きなきにあらず、前者に就ては前号の本誌に記したる如くなるが、今後者即ち、本規則を非難する者の言ふ処を聞くに、本規則の如きは其手続非常に繁雑にして、機敏を要する商業の上より観れば、是が為め往々商機を逸することあるを免かれざるべく、該施行規則第五条に於ける
肥料営業の免許を受けたる者にして行商をなさんとするときは行商地の地方長官に願出で行商鑑札を受け之を携帯すべし、雇人其他の従業者をして行商を為さしむる場合に於ては各之を携帯せしむべし行商鑑札を受けたる者にして営業所々在の市町村及之に準すべきもの以外の地に於て行商を為し、若は雇人其他の従業者をして行商をなさしめんとするときは三日以前に肥料の名称、行商地域及行商日程を行商地の地方長官に届出づべし、其之を変更したるときは直に其旨届出づべし
の命文中第二項の如きは最も繁雑なるものといふべく、尚ほ同規則第十九条の
肥料営業者にして肥料を輸入若くは移入するとき又は輸入港若くは移入港に於て輸入若くは移入の肥料の引渡を受けたるときは其陸揚前遅滞なく肥料の名称・数量・仕入先並陸揚の場所及年月日を陸揚地の地方長官に届出づべし
とあるが如きも亦た繁雑の嫌ひなきにあらず、其他技術主任者を設くるの件を始め数へ来れば改正を望むの点少なからずと説く向あり、是に対し主務省の弁明する処に依れば、右等は本規則を誤解せるものにて、第五条第二項の如き、第十九条の肥料輸入に関する規定の如き、現行施行規則には明文なきも、各府県令にて夫々制定しありたるものにて、今回其取締を一層完全ならしむる為め改正規則中に編成したるに過ぎず、亦た今回新に技術主任者を設置することゝしたる如きも、混成肥料取締の必要に基く機宜の措置に出でたるものにて苛酷の規定にあらず、要するに本規則制定の精神は飽迄も正業者の発達並に一般農民の利益を図るの意に出でたるものにて、期する処は不正肥料業者を根底より芟除せんとするにありとのことなれども、兎に角本規則が繁褥に過ぐるの非難は免れざる処なり云々
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四五八号・第五八二―五八四頁〔明治四一年九月二六日〕 肥料の需要と肥料取締規則(肥料商鈴鹿保家君談)(DK120030k-0008)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四五八号・第五八二―五八四頁〔明治四一年九月二六日〕
肥料の需要と肥料取締規則(肥料商 鈴鹿保家君談)
○上略
因に述ぶべきは今回農商務省が発表したる新肥料取締規則に就てなるが、恁る規則を設くるは徒に繁文縟礼の弊に陥らしむる者にして、当業者には営業の敏活を欠き、商機を逸するの虞れあり、元来農商務省が恁る規則を設けたるは肥料業者は不正行為を為す者なりと前提して
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之を制定せられたる者ならんが、実際三十二年該取締法の頒布せられて以降不正の製造販売等を為したる者は、多数当業者の内僅々たる者にして殆ど言ふに足らざる也、然るに政府は其極めて少数不正者の為めに大多数の営業者の自由を束縛するが如き規則を設くるに至りたるは吾人の深く遺憾とする所也、例へば行商を為す者は地方官庁の免許を受け其旅行の日程を一々届出でしむるが如きは其一也、而して行商とは其土地に店舗を有せざる者なりと云ふが、当局者の解釈なれば、吾人が地方の倉庫に貨物を輸送し、機に臨み時に応じて之を販売する場合には、亦行商と為り、地方官庁の免許を受けざるべからざることとなる、何となれば店舗を有せざれば也、故に此際免許を受けず単に届出づべしとせば、当業者に迷惑を蒙らすことなかるべしと雖も、当局者は吾人の言を容るゝことなかりし也、之を要するに今回の肥料取締規則は営業の敏活を阻害する者多し、然れども農商務省が旦に之を発表して夕に廃止することは威信にも関係することなれば容易に之が廃止は為さゞるべきも、好機あらば速に之を廃止して、政府自ら肥料業者を皆不正者視するの観念を去らんことを望まざるを得ず
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四六〇号・第六七三頁〔明治四一年一〇月一〇日〕 肥料取締内訓(DK120030k-0009)
第12巻 p.258 ページ画像
東京経済雑誌 第五八番第一四六〇号・第六七三頁〔明治四一年一〇月一〇日〕
○肥料取締内訓
農商務省にては肥料取締規則実施と共に各地方長官へ宛て大要左の如き内訓を発したり
今回肥料取締規則実施せらるゝ事となりたるも、従来の如き程度に於て検査官巡回する時は、或は其間に不正行為をなすものあるべきを以て、今後は検査官巡回の度数を多くし、殊に従来不正行為ありたる肥料商には特に注意せしめらるべく、亦一般農民に対し共進会其他の方法を利用して肥料に対する智識を注入し、緑肥其他農家自身に製出する肥料の使用を奨励し、以て農民をして安心して肥料の使用をなさしむる様努められたし
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四六〇号・第六七八頁 〔明治四一年一〇月一〇日〕 混砂肥料の厳禁と其理由(DK120030k-0010)
第12巻 p.258-259 ページ画像
東京経済雑誌 第五八番第一四六〇号・第六七八頁 〔明治四一年一〇月一〇日〕
○混砂肥料の厳禁と其理由
農商務省にては改正肥料取締法励行の為め、人造肥料製造上硅砂若くは石炭殻を混合することを厳禁するの方針を採ることゝなれるが、其理由に就き当局者の説明する処に依れば、従来農界に於て施用せらるる過燐酸石灰は燐酸含有量十五パーセントのもの大部分を占むるを以て、過燐酸石灰製造上其の燐酸含有量十五パーセント以上のものを製造する場合に限り、硫酸注加前に於て土砂其他の稀釈物を混和する製造方法に免許を与へ来りたるも、其後の情況を調査するに、他の調合肥料の製造上にも土砂其他の物料混入の弊を生じ、取締上非常なる困難を感ずるに至りたるのみならず、近時人造肥料施用の普及に伴ひ、一般農業者の人造肥料に関する経験も亦進歩し、為に硫酸「アンモニア」の如き濃厚なる窒素肥料の需要増加せるのみならず、燐酸肥料にありても強過燐酸等の名称を附し、土砂を混和せざる強度の過燐酸石灰の需要漸次増加の傾向を生じ、従つて十五パーセントの燐酸肥料を
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永久的の標準となすの必要を認めざるに至りたるを以て、改正肥料取締法の実施と共に、将来過燐酸石灰の製造上、土砂其他の稀釈物を混合する製造法は免許又は認可を与へざることとなりたる訳なるも、直に土砂の使用を禁止するに於ては、原料輸入上等に付き当業者中困難を感ずるものなきを保せられざるにより、明治四十二年十二月三十一日迄は従来の通り硫酸注加前に限り、十五パーセントの過燐酸石灰を製造する場合には原料に土砂の使用を認め其の以後は絶対に混砂を禁ずることゝ決定し、已に各地方長官に通知せられたる次第なり、今土砂の混和を禁止すれば、外国より自然的に土砂を比較的多く含有する中等の燐礦を輸入するに至るべきを以て、土砂を外国より自然に輸入するの結果となり、国家の不利之に過ぎずとの説をなすものあり、此れ一応理のある処なりと雖、種々精密なる調査を為したる結果、仮令燐礦中の土砂を外国より輸入するの不利ありと仮定するも、販売肥料中に不正物料の混入を防止することを得るに於ては、其の利の大なるに比し同一の談にあらずと認めたり
以上の混砂問題の外、人造肥料製造営業者中には、改正肥料取締法施行規則を以て繁雑に過ぐるものなりと為すものなきにあらざるも、多くは規則の誤解若くは規則に対する当局者の取扱振を承知せざるの結果に原きたるもの多きを以て、重要なる事項の取扱振に関しては、地方庁毎に区々に流れざる様已に内示したる次第なるを以て、今後当業者に於ても不正行為を為さゞる限りは、左したる不便は無かるべきを信ず、従つて施行規則中何等改正の必要を認めず云々
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四六五号・第八九六―八九七頁〔明治四一年一一月一四日〕 肥料業者の不信用と農家(株式会社全国肥料取次所支配人大沢準三君談)[大沢準二か?](DK120030k-0011)
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〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四六九号・第一〇六六頁〔明治四一年一二月一二日〕 肥料取締汝改正の結果(DK120030k-0012)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四六九号・第一〇六六頁〔明治四一年一二月一二日〕
肥料取締法改正の結果
本年法律第五十五号を以て発布せられ、去十月一日より実施せられたる改正の肥料取締法は、肥料営業者をして殆ど其の営業を維持すること能はざるの困難に陥らしめたるものゝ如し、抑々人造肥料は化学を応用して製造するものにて、吾人の感覚にては、其の性質の良否と、其の効力の多少とを判決すること能はざるなり、是に於てか分析の結果を記載せる保証票を添付し、製造者をして含有せる成分を保証せしむることと為せり、肥料業者は日く、保証成分より不良の肥料を製造若くは販売せん乎、其の信用失墜し到底営業を維持することを得ざるべし、故に保証成分には虚偽あるべからず、既に保証票を添付せしむる以上、何ぞ煩瑣なる干渉を要せんやと、然れども其の保証票は各製造者に於て勝手に記載するものにして、果して保証成分を含有するや
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否や知るべからず、否多数の製造者中には虚偽の保証票を添付し、不正の利益を僥倖するもの往々にしてあり、然らば則ち政府たるもの公益を保護する為め、法令を設けて之に干渉せさるを得んやとは、肥料取締の已むべからざる所以なるべし、余輩は今日商工業道徳に鑑み、又人造肥料の性質効力が客易に判決すべからざることを思ふ時は、政府が公益を保護する為に法令を設けて之に干渉するは已むべからざることを認むるものなり
然りと雖、其の干渉には自ら程度あり、即ち角を矯めんと欲して、牛を殺すが如き行為は断じて許すべからざるなり、改正肥料取締法及び其の施行細則の定むる所果して如何、余輩当業者の陳述を聴くに法令の規定甚だ其の当を失せるものゝ如し、未だ牛を殺さゞるに於て之を救済するの必要なることを感ぜずんばあらざるなり、肥料業者が改正取締法実施の為め困難せる事項は左の如し
第一、混和物の件
第二、保証成分の件
第三、製造期日記入の件
第四、製造所記入の件
第五、保証票再添付の件
第六、保証票付替の件
第七、輸入業者の保証票貼付に開する件
第一項は肥料に硅砂の混用を禁じたるの不当を鳴すものなり、日く、硅砂の混用とは硅砂一貫目を以て燐酸又は窒素加里等の一貫目に代用し、以て不正の利を貪るものとするは是れ最も大なる誤解なり、硅砂の混用は成分稀釈の必要と農家使用の便宜とに起因するものにして、硅砂を以て燐酸又は窒素に代用するが如くに論評するは、是れ人造肥料製造の実際を知らざるものゝ言にして、故らに辞を設けて当業者を誣ひんとするものなりと、蓋し硅砂にして有害なる以上は、其の混用を禁ぜざるべからずと雖、無害なる以上は之を禁ずるには及ばざるべし、何となれば之を混用すればする程保証成分の割合減少すべきを以て、其の価格は低落すべし、而して農家の需要は却て之に多しと云へばなり、第二項は水に溶解する燐酸と、水に溶解せずして「クエンサンアンモニヤ」液に溶解する燐酸とを分て保証票に記載するの困難を訴ふるものなり、燐礦の種類により此の二者の分量一定せず、而して共に肥料となるものなりと云へば必ずしも別記せしむるには及ばざるべし、第三項以下は手続の煩瑣なるを訴ふるものにして、此等の手続が当業者に於て、左まで困難を感ぜざるに於ては、之を命ずること或は可なるべし、然れども当業者に於て其の煩瑣に堪へずと云ふ以上は之を廃止せざるべからず、要するに、肥料取締法は購買者たる公衆の利益を保護すると同時に製造販売者たる当業者の正当なる利益を害すべからざるなり、即ち肥料業の繁栄を妨げずして、購買者不測の損失を予防することを勉めざるべからざるなり、余輩は此の二者の決して調和せざるものにあらざることを信ずるが為め、速に法令の改正を希望せざるべからざるなり
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〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四七〇号・第一一一一―一一一二頁〔明治四一年一二月一九日〕 人造肥料の硅砂問題(DK120030k-0013)
第12巻 p.262-263 ページ画像
東京経済雑誌 第五八巻第一四七〇号・第一一一一―一一一二頁〔明治四一年一二月一九日〕
人造肥料の硅砂問題
肥料取締法改正の為に、人造肥料業者が困難すべき事項は、一にして足らずと雖、最も困難を感ずるは硅砂の混入を禁ぜられたること是なり、硅砂とは如何なる者なるか、夫の精米に混入する磨砂のことなり何故に混砂を禁ぜざるべからざるか、抑々又混砂の禁止は何故に人造肥料の製造に困難を与ふるか
余輩は頃日東京府下南葛飾郡大島町釜屋堀に於ける東京人造肥料株式会社の工場を観覧し、過燐酸肥料の原料たる燐礦を実見し、又人造肥料製造の方法より製品の荷造及び保証成分試験の方法等を視察し、玆に硅砂問題を解釈するの智識を得たるの感を発せり
抑々現今我が邦に輸入せらるゝ燐礦は、クリスマス産、オーシヨン産及びガフサ産の三種にして、ガフサ燐礦は硅砂類等を含有すること最も多きが為に下等品にしてクリスマス及びオーシヨン燐礦は硅砂類を含有すること少なきが為に上等品なりとす、而して上等品なるクリスマス燐礦若くはオーシヨン燐礦を以て過燐酸肥料を製造する時は、之に包含せらるゝ燐酸の全量は約百分の二十即ち二割を占むべし、然るに現今我邦の農家に於て最も多く使用せらるゝ過燐酸肥料は百分の十五即ち一割五分を包含するものにして、外国よりの注文品亦多くは百分の十六半位のものなり、然らばクリスマス燐礦若くはオーシヨン燐礦を以て之を製造するの方法如何と云ふに、硅砂を混入して含有燐酸の分量を減少するものなり、故に混砂を禁ぜらるゝ時は、需要の少き肥料を製造するの不利を甘んずるにあらざれば、クリスマス燐礦若くはオーシヨン燐礦は使用すること能はざるに至るべし、然らば此の二礦を使用せずして、ガフサ燐礦を使用せんか、需要多き百分の十五の過燐酸肥料を製造するを得べしと雖、有利なる艮礦を排斥して、不利なる不良礦を購買するの不利益を甘受せざるべからざることとなるべし夫れ燐礦に求むる所は含有せる燐酸に在りて、硅砂類にはあらざるなり、然るに燐酸を多く包含せる燐礦を使用すること能はずして、燐酸を含有すること少なき燐礦を使用せざるべからずとせば、其の不利益たるや論を俟たざるなり、嗚呼硅砂を排斥して、却て多く硅砂類を含有せる下等燐礦を多く使用せしめんとす、寧ろ咄々怪事と謂はざるべからざるなり
過燐酸肥料は含有燐酸百分の十五のものよりは、百分の二十内外のもの実際に於て割安なりと云へば、追々割安なる肥料に対し需要増加することなるべし、而して需要の増減に従ひて之に適合すべき肥料を製造するは、製造業者の任にして、硅砂の混合さへ禁止せざれば之を製造すること自由なりと雖、硅砂の混入を禁止する時は、需要の変遷に従ひて之に適合すべき燐礦を求めざるべからざることとなり、是れ決して実行すべからざることなり、且夫れ燐礦に包含せらるゝ燐酸は、同一場所の燐礦中にても差違ありて、決して同一なるものにあらず、而して不同一なる燐礦を使用して一定の肥料を製造するは、是れ即ち人造肥料の製造が化学を応用せる結果なる所以ならずや、余輩実地を
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視察するに、試験室ありて、各原料を試験し、更に製品を試験して含有成分の量を審にし、而して之に保証票を貼付せり、故に設備の完全せる工場に於て製造せる人造肥料には、決して詐欺偽造の行はるゝものにあらざるなり、然るに其の人造肥料は大会社が営業の盛衰を賭して貼付せる保証票あるにも拘らず、各府県に至りて一々検査せられ、検査の結果は往々発売を禁止せらるゝことあり、而して其の検査員は如何なる人物なるやと云へば、僅に検査の方法を教へられたるに過ぎざる半可通多くして、其の検査を誤れるや論を俟たずと雖、現今の実況に於ては、数百万円の資本を以て経営し、専門の学士を招聘して製造を担当せしめ居るにも拘らず、此の半可通検査員の為に製品を排斥して、全社の運命にも影響を感ずること往々にして之ありと聞くに及びては、肥料取締法の弊害既に極まれりと謂はざるべからざるなり
之を要するに肥料取締法の規定は其の宜しきを得ず、特に珪砂の混入を禁じたるは、肥料の製造を不当に束縛せるものにして、百害ある《(り)》て一利あるべからざるなり、然るに農商務省が此の如き不当の規定を制定せるものは何ぞや、是れ実際の景況を知らざるに帰するものなりと雖も、一は人造肥料商中には奸譎の徒ありて、製造せる肥料に硅砂を混入すること、恰も清酒に水を混入するが如くにして之を販売することあり、此の徒の取締は固より厳密にせざるべからずと雖、自ら其の方法あらん、之が為に折角発達しつゝある人造肥料製造会社に打撃を加ふるが如きことは飽までも避けざるべからざるなり
〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四七〇号・第一一二四―一一二五頁〔明治四一年一二月一九日〕 硅砂混入問題(肥料商鈴鹿保家君談)(DK120030k-0014)
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東京経済雑誌 第五八巻第一四七〇号・第一一二四―一一二五頁〔明治四一年一二月一九日〕
硅砂混入問題(肥料商 鈴鹿保家君談)
去十月一日より実施せられたる肥料取締法に就て是非の論、近来亦甚だ盛なるが如し、然るに該問題は国家的重大なる問題なれば、公平なる研究を為し、円満に解決せんことを望まざるを得ず、抑々農商務省が何故に斯る乱暴なる法律を出したるか、吾人は殆ど其了解に若しむ所なり、忌憚なく云へば政府当局者は肥料業の実状に疎く、今も尚肥料業者は即ち不正行為者なりとの従来の悪観念を前提として、其属僚等が所謂縄を以て人を縛するが如き、極めて厳重なる法律を規定するに至りたる者に非ざるなきか、何となれば今日当業者が当局者に其不便極まりなきを訴ふるや、当局者は始めて肥料業者の事情を知り、又其商取引の実情を悟りたるが如ければ也、然るに今更該法律が不便なりとて急に之を廃止するは、朝令暮改の誹謗を免れざれば、当局者として遽に之を改正するが如きは容易に為し得ざる所なるべし、されど当局者にして其非を悟らば何ぞ過を改むるに憚ることを要せんや
次に肥料会社が硅砂問題に就て主張する所を見るに、其論拠十分ならざるの観あり、思ふに新肥料取締法に依れば肥料会社は今後過燐酸石灰の製造に就て硅砂を混入すること能はざるに至りしなり、然るに肥料会社は之を不便なりとし、一箇年間其混入の黙許を当局者に迫りしなり、元来過燐酸石灰の原料品は燐礦石にして、従来其燐礎石は重に米国フロリダ州燐礦石を輸入して製造したる者なるが、談燐礦石を以
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て製造すれ《(ば脱カ)》其可溶燐酸は一五、〇あり、而して我が農界にては多年此の一五、〇の成分ある過燐酸石灰を使用し来りたるを以て、他の燐礦石例へばクリスマス産燐礦石を輸入して製造し、可溶燐酸一九、〇を得るか、又はヲーシヤン島産燐礦石を輸入して製造し、一八、〇の製品を得たる場合には、肥料会社は硅砂を買入れて之に混入し其成分を一五、〇に引下げて発売しつゝありしなり、若し硅砂を混入せず一九、〇若しくは一八、〇の成分を示し、之を農家に販売するも、農家は従来の慣習上成分は少くも容積分量の大なるを喜ぶの風あり、故に会社が該硅砂を混入するを禁止せられ、一九、〇若しくは一八、〇の成分の肥料は之を一九、〇若しくは一八、〇の成分を以て売出さゞるべからず然るに容積分量の大を喜ぶ農家は之を購入せざるべければ、其禁止は会社にて取引上不利なることあり、故に会社が頻りに其混入の強ち不正に非ざることを弁解する所なるべし
されど吾人の見る所にては、一五、〇の原料燐礦石は其産地米図大西洋沿岸にあり、我が邦に之を輸送するには莫大なる運賃を要す、然るに一九、〇の成分あるクリスマスアイランドはジヤワ島の南にあり、一八、〇の成分あるヲーシヤン島は南洋にあり、我が邦よりの距離の長短フロリダの比に非ず、故に会社が遠くフロリダより一五、〇の燐礦石を輸入するは、以上二島より輸入するよりも成分外の無用の成分に対し多額の運賃を支払はざるべからず、是れ国家の立脚地より云へば甚だ不利なりと謂はざるべからず、故に国際間の貿易上の利害より云へば、我は近き所より多くの可溶燐酸を含有する礦石を輸入するに若かざるなり、又農家は一五、〇の過燐酸石灰の使用に慣れたれば、一五、〇以上の過燐酸石灰は容易に使用せざるべきが、是れ一時の現象に過ぎず、農家にして能く其理を悟らば、其成分に重きを置きて之を購入するに至るべし、而して農家の蒙を啓くは教育の力に依らざるべからず、斯く観ずれば硅砂混入は国家の利害より打算して寧ろ其有害無益なるを認めずんばあらず、故に此の際一刀両断して其混入を禁止するの正当なる者ありと主張せずんばあらず
又近頃人造肥料官営説の風評あり、吾人は其真偽を知らざれども、官営流行の当節なれば斯る説の出づるも無理ならねども、其裏面には必ず肥料会社が近来損失多く苦痛に堪へず、之を政府に売付けんとするの魂胆より出でたる風説に非ざるなきか、兎に角肥料官営にして行はれんには政府は売付けられたりとの誹を免ること能はざるべし