デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治27年（1894年）

青木孝北梅道ニ於テ青木漁猟組ヲ組織シ、膃肭臍猟ヲ行フ。栄一之ヲ援助誘掖ス。

青淵先生六十年史（竜門社編）　第二巻・第二一九―二二二頁明治三三年二月刊
　○第四十一章　水産業
　　　　第四節　青木漁猟組
青木漁猟組ハ明治二十七年ノ頃青木孝ト云ヘル者、我邦海産業ニ慨スル所アリ、青淵先生ノ援助ヲ得テ組織シタルモノナリ、同組ハ北海道ニ在リ、専ラ海獣猟ニ従事シ、傍ラ外国密猟船ノ侵入ヲ防クヲ以テ目的トセルモノナリ
青木孝ハ水産業熱心家ナリ、其先年米国ニ遊フヤ、凡ソ十年間彼ノ国人民ノ海事思想ニ富ミ、海上ノ事業ニ従事セル摸様ヲ親シク観察シ、必窃カニ其偉業ヲ羨望ス、適々機会ヲ得テ身ヲ一漁船ニ投シテ北氷洋ニ航シ、鯨猟ノ実際ヲ目撃シ、一年有半ヲ経テ帰航シタルコトアリ、後専ラ心ヲ遠洋漁業ニ用ヒタリ、明治二十六年帰朝スルヤ、本邦海産事業ノ如何ヲ察シ、従来我邦ニ於ル海区ヲ判シ、或ハ長崎ニ或ハ神戸ニ、其他五島小笠原島等ニ関シテ取調フル所アリタリ、後又北海道ニ赴キ、英領ビクトリヤ所属ノ漁船「オーシヨン・フリース」号ニ乗リ込ミ、専ラ膃肭臍ヲ猟スルノ術ヲ研磨シ、次テ千島ニ上陸シ、居ルコト月余ニシテ、該獣捕獲ノ方法等ヲ調査シ帰リタリ、玆ニ於テ策ヲ按シ、法ヲ設ケ、之ヲ青淵先生ニ計ル、先生資ヲ投シ、青木ヲシテ其素志ヲ達セシムルヲ得タリ、今同組ト青淵先生トノ関係ニ付キ、青木ノ述ル所ヲ見ルニ、曰ク
　予カ北海道ニ於ケル探見ノ結果ハ予ヲシテ一身ヲ此ノ業ニ投センコトヲ促シテ止マス、帰京後種々ニ策ヲ立テ法ヲ按シタレトモ、一寒書生ノ固ヨリ能ク起業シ得ヘキニ非ス、青淵先生ハ当代商業社会ノ泰斗ナリ、曾テ一タヒ声咳ニ接シ、知遇ヲ辱フセシヲ以テ、若カス案ヲ具シテ教ヲ乞ハンニハト決心シ、則チ逐一探見ノ状況ヲ具シテ先生ノ賛助ヲ求メタリ、蓋シ青淵先生ハ、我カ島帝国ノ実質ヲ改善シ、外国貿易ノ実ヲ挙ケンコトヲ希望セラレ、間接直接ニ我カ商業ノ発達及ヒ拡張ヲ目的トシテ、苟モ此ノ目的ニ適合スル所ノ事業ナランニハ、事ノ大小人ノ親疎ヲ以テ取捨セラルヽコトナシ、是ヲ以テ後進ノ商工業者ヲ奨励誘導セラレ、為メニ今日成立ヲ遂ケテ我カ商業界ニ雄飛スル処ノ者極メテ多キ事ハ満天下ノ知ル所ナリ、予カ青木漁猟組ヲ組織スルヲ得タルモノ、亦全ク青淵先生ノ援助ニ依リテ成立シタル者ナリ
　予カ始テ先生ニ、此ノ事業ノ一日モ棄テ置クヘカラサルヲ具陳セシハ、実ニ明治二十七年九月ニシテ、愈々起業ニ着手シ、資金ノ投与ヲ得タルハ明治二十八年二月ナリ、爾来四五年ノ間事毎ニ指揮ヲ仰
 - 第15巻 p.672 -ページ画像 
キ、業毎ニ賛助ヲ受ケ、以テ今日ニ至ルト雖モ、予尚ホ若年ニシテ経験ニ乏シク、時ニ謬見ヲ懐キテ過失ニ陥ラントスルコトナキニアラサルモ、先生ハ曾テ叱責ヲ加ヘ賜フコトナク、諄々乎トシテ利害ノアル所ヲ指示シ、着々焉トシテ進路ノ方針ヲ授ケラレ、創業以来多少ノ利不利アルヲ免レスト雖モ、幸ニ組合各位ノ信用ヲ失ハス、今日ニ至ルヲ得タルハ、全然先生ノ賜モノナリト謂フヘシ
　当初購求シタル猟船ヲ懐遠丸ト称シ、榎木子爵等《（榎本子爵）》ノ斡旋尽力ニ依リテ、南洋貿易ヲ以テ目的トセル恒信社ヨリ譲与ヲ受ケタリ、諸種ノ準備整ヒシカハ、同年二月二十五日始メテ膃肭臍猟ノ為メニ出帆シタリ、此ノ歳不幸ニシテ海上常ニ不穏ニシテ猟業ニ適セス、所謂荒天続《シケ》キニシテ外来ノ猟船数百モ亦概ネ不漁ヲ嘆息シテ、空シク手ヲ束ネテアラスカ近海ニ回航シタルモノ極メテ多キ有様ナリキ
　特ニ本組合ノ如キハ、水夫銃手ノミハ熟練ヲ欠カスト雖モ、猟具一式本邦仕入レナルヲ以テ、一モ完全ヲ得タルモノナシ、故ニ其不便言フ計リナキ状態ナリシカハ、其成功最モ期シ難キ所ナリシナリ、去レハ本年度収獲ノ膃肭臍ハ僅々二百十八頭ナリ、其売上代金参千七百六円、一頭ノ代価平均拾七円ナリキ
　此ノ収獲ハ予期ニ反シテ少ナシト雖モ、之ヲ投入ノ創業資本ノ金額ニ対スル収入トシテハ、比較的不利益ナリトハ言フヘカラサルカ如シ
　翌年即チ明治二十九年度ニモ前年ト同シク懐遠丸ヲ出帆シテ膃肭臍猟ニ従事セリ、本年度収獲ノ生皮五百四十八枚、前年度ニ比スレハ倍数以上ニ上ル、相当ノ収入ト云ハサルヘケンヤ
　明治二十八・二十九両年ノ間ノ猟業ノ結果ニ依リテ按スルニ、此ノ業タル規模小ナレハ小ナル丈ケ利益乏シク、従ヒテ前途ノ望モ甚タ面白カラサルヲ覚フ、則チ更ラニ先生ニ計リシニ、猶資ヲ投シテ規模ヲ大ニスヘシトノ許可ヲ得タレハ、他組合諸員ノ翼賛ヲ受ケ、玆ニ青木漁業組ノ拡張ヲ見ルニ至レリ、則チ明治三十年度ニ於テ猟船二艘ヲ増加シテ三艘トシ、臘虎猟ヲモ企テ起スニ及ヘリ、此ノ時購求シタル猟船ハ一ヲ八千代丸ト称シ膃肭臍猟ニ用ヒ、一ハ常盤丸ト名ツケ臘虎猟ニ用ヒタリ、諸般ノ準備既ニ整頓セシカハ、三艘トモ殆ント同時ニ出帆猟業ニ従業シタリ、本年度ニ於テ収獲シタル膃肭臍及ヒ臘虎ハ凡ソ左ノ如シ
　　　一　膃肭臍　千四百四頭　　弐万参千八百六拾八円
　　　一　臘虎　　十一頭　　　　九千五拾六円
　三十年度ノ収獲ハ前記ノ如クニシテ成績頗ル宜シク利益モ亦従テ大ナリ、是実ニ青淵先生ノ賛助奨励誘導ノ然ラシムル処、斯業ノ為メ感謝ノ至リト云フヘシ云々

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青淵先生公私履歴台帳　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
　　　　民間略歴（明治二十五年以後）
明治二十七年
○上略
一青木漁猟組ノ設立ヲ賛助ス
　　同組ハ日本近海ニ於テ臘虎及膃肭臍ノ猟獲ニ従事シ以テ外国密猟船ノ侵入ヲ防カントスルモノニシテ、営業主ノ請ニ依リ資ヲ給シテ一ノ組合ヲ設立セシム、同組ハ現ニ帆船三艘ヲ以テ毎年出猟シ漸次営業上ニ其歩ヲ進メツヽアリ
○中略
 - 第15巻 p.674 -ページ画像 
　　以上明治卅三年五月十日調

竜門雑誌　第一四四号・第四四頁　明治三三年五月
○青木漁猟組販売部の開店　去る廿七年末青淵先生を始め二三有力者の賛助に依り青木漁猟組の名に依りて臘虎及膃肭獣等の遠洋漁業に従事せらるゝ青木孝氏は、捕獲物の生皮を輸出するの傍ら副業として膃肭獣佃煮・ビスケツト・水飴・翁飴・おこし等滋養食品の製造販売を始め、去る十六日を以て飯田町に開店せられたるよし

東京名物志　第二〇九―二一〇頁　明治三四年九月刊
　　　　青木漁猟組販売部（麹町区飯田町二ノ五六）
　　　　　　　　　（電話番町五一六番）
膃肭臍が滋養強壮の卓効あるは、世間已に公評あり。唯其物たる多く獲易からざるを以て、之を用ひて飴或は丸薬等を製するに当り、或は極めて少量を和するに止め、甚しきは偽物を混ずる者あり。為に膃肭臍其物の信用を損すること尠からず。独り「青木漁猟組」の製品、純良無比なるを以て江湖の賞讃を博せり。其品目左の如し。
　膃肭臍肉　　同翁飴　　同佃煮　　同水飴
　同求胞飴　　同丸薬　　同脳漿　　同水飴
　同胆胃　　　同煎餅　　同ビスケツト
　同ボール　　同タケリ
以上諸剤共に肺病・脳病・貧血・腎虚・老衰・子宮病・其他病後の衰弱等に用ひて効験最も著しく、殊に膃肭臍飴は痰咳に奇効あり。而して本店は直接自家に於て、冬季北海道にて漁獲したるものを用ひ調製するを以て、其原料豊富なるは言ふまでもなく、従ひて其製品も亦、漫然膃肭臍の名を冒すものと全然其選を異にせるは、明治三十年第二回水産博覧会に於て、進歩一等賞を受領せるに徴するも、推知するに足るべし。
青木漁猟組は明治二十七年青木孝氏の企画する所に係り、専ら北海道の海獣猟に従事し、外国密猟船の侵入を、防ぐが為に起りしものにして、青木氏は之を創設するが為に遍く本邦沿海を周遊し、又英領ビクトリア所属の漁船に搭じ、専ら膃肭臍を猟するの術を研磨し、次で千島に上陸し居ること月余、該獣捕獲の方法等を調査し、遂に策を案じて、援を渋沢栄一氏に求め、二十八年二月を以て業を起すに至れり。其創業の初年は未だ充分の目的を達する能はざりしが、翌二十九年以来漸次諸般の設備完成し、猟船三艘を使用し、年々数十の臘虎と、数千の膃肭臍とを捕獲するに至れり。則ち本店が「膃肭臍総本部」と称するもの、決して過言に非ずして、其製品の純良なるや疑を容れず。