デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治33年10月4日（1900年）

是ヨリ先、韓国政府ト米人トノ間ニ五百万円ノ借款成立セントス。第一銀行之ヲ憂ヒ運動スル所アリ、日本政府ヨリノ援助ノ約ヲ得タルヲ以テ、是日韓国総税務司ヂエー・マツク・レビー・ブラオントノ間ニ同国ノ海関税ヲ抵当トシテ金五百万円ノ当座貸越ノ予備約定ヲ締結セシモ、内閣更迭ノ為内地ニ於テハ同ジク是日同契約ヲ停止スベキ旨命令セラル。第一銀行已ム事ヲ得ズ、折衝ノ後予備約定ヲ留保シテ、別ニ独力ヲ以テ百万円ノ貸越契約ヲブラオントノ間ニ内約スルニ至ル。

渋沢栄一　日記　明治三三年　（渋沢子爵家所蔵）
九月廿七日　曇
○上略午前十一時日本銀行ニ抵リ、韓国来信ノ事ニ関シ山本総裁・高橋副総裁ト面話ス○下略
　　　○中略。
十月四日　晴
○上略此夜韓国貸付金ノ事ニ関シ大蔵省ヨリ内示アリタルニヨリ、仁川ニ約定見合ノ事ヲ電報ス○下略
十月五日　曇
○上略十時大蔵省ニ抵リ、田尻氏ニ面会シ、韓国貸付金ノ事ヲ協議ス、更ニ松尾氏ニ面会シテ京仁鉄道会社貸下金年賦返納ノ事ヲ談ス、十一時京釜鉄道会社委員会ニ出席シ、韓国通信ノ事其他ノ要件ヲ協議ス、畢テ外務省ニ抵リ、浅田氏ニ面会シテ韓国貸付金ノ事ヲ談ス、午後四時山県総理大臣ヲ訪ヒ、京釜鉄道会社ノ事ヲ懇話ス、韓国貸付金ノ事ニ関シテモ種々其経歴ヲ詳話シ置キタリ○下略
十月六日　曇
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午前第一銀行ニ出勤シ韓国貸付金ノ事ニ関シ種々ノ協議ヲ為ス○下略
十月七日　曇
○上略十時外務省ニ抵リ浅田氏ニ面会シテ韓国貸付金ニ関スル事ヲ談話ス、去テ田尻氏宅ヲ訪ヒ同シク貸付金ノ事ヲ談話ス、更ニ本郷佐々木宅ヲ訪フテ種々協議ヲ為シ、尾高ヘ発電ノ事大蔵省ヘ書面提出ノ事ヲ決シテ去ル○下略
十月八日　曇
午前九時麻布井上伯ヲ訪フ、韓国政府貸付金ニ関スル政府ノ援助取消ノ事ニ付種々談話アリ、依テ従来ノ経歴即三十一年渡韓ノ際ヨリ企望セシ次第ヨリ、頃日尾高次郎電報通知ノ事アリテ外務・大蔵両省モ大ニ之ヲ賛同シ、終ニ十月三日ヲ以テ大略承諾ノ電報ヲ発スルニ至リシ手続ヲ縷陳シ、且伯ノ内話アルヲ以テ切ニ其取消ヲ勉ムヘキ事ヲ口約シテ去ル、午後第一銀行ニ出勤シテ韓国ヘノ電報ニ関スル協議ヲ佐々木氏ト為シ、更ニ外務省ニ至リ浅田総務長官ト其顛末ヲ談話シ、尚青木大臣ニ面会シテ爾来ノ手続ヲ詳話ス、夜兜町ニ帰宿ス○下略
十月九日　曇
○上略目白椿山荘ニ抵リ山県総理ニ面会シテ韓国貸付金ノ事ヲ話ス、平田法制局長来会ス、午後六時銀行ニ帰店シ総理トノ談話ヲ佐々木氏ニ転話ス○下略
十月十日　曇
午前第一銀行ニ出勤シテ韓国電報ノ事ヲ談ス○下略
　　　○中略。
十二月十二日《（衍）》　曇
○上略第一銀行ニ出勤シテ韓国電報ノ事ヲ談話ス○下略
　　　○中略。
十月十四日　雨
○上略午後一時目色椿山荘《（白）》ニ抵リ、山県侯爵ニ面会シテ韓国ニ対スル貸付金ノ顛末及京釜鉄道ニ関シ帝室御持株ノ事ヲ談話ス、午後二時韓国公使趙秉式氏ヲ訪ヒ送別ス○下略
　　　○中略。
十月廿四日　晴
午前第一銀行ニ出勤シ韓国ヘ電報ヲ発ス、午後韓国皇帝及大官ヘノ送品ヲ撰択ス○下略
　　　○中略。
十月廿七日　晴
○上略十時加藤外務大臣ヲ本省ニ訪ヒ韓国政府ニ貸付金ノ件及京釜鉄道ノ件ヲ談話ス、更ニ内田局長ニ面会シテ同事件ニ関スル談話ヲ為ス、去テ渡辺大蔵大臣ヲ官舎ニ訪ヒ韓国貸付金及鉄道ニ関スル事件ヲ詳話ス、畢テ星逓信ヲ官舎ニ訪ヒ京釜鉄道ノ件ヲ談話ス
○下略

渋沢栄一書翰　井上馨宛（明治三三年）一〇月一〇日　（伊藤公爵家所蔵）
奉啓然者一昨朝拝趨之際御内話有之候朝鮮政府へ対する貸付金約定取消之事ハ、其後種々電信往復中ニて漸く京城ニても公使始同意致候様
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相成、詰リ政府又ハ日本銀行ニ関係なく単ニ第一銀行ニ於て従来之取引上ブラオン氏と当坐約定取結候まてに引直候都合ニ相運可申と存候右ニ付今日も外務省よりも詳細ニ公使へ打電し、当銀行よりも支店長へ申遣し候間今日中ニハ回答到着可致と存候、尚決局之摸様ハ更ニ可申上候得共、昨日来種々ニ苦心せし次第一応書中申上置候　匆々不一
　　十月十日
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　井上伯爵閣下
　　　　　　　　侍史
　　尚々本文之事ハ過刻参上可申上と存候処御不在之由ニ而不取敢一書申上候義ニ候
井上伯爵閣下　御直展　渋沢栄一
封

韓国ニ於ケル第一銀行　第一銀行編　第九六―一一七頁明治四一年八月刊
　○第四章　韓国政府貸上金
　　　　第壱節　米国借款問題並ニ韓国海関税抵当貸付金ノ交渉
米国借款問題ハ久シク韓廷内ニ潜ミタル暗雲ニシテ、在韓米人「コールブラン」「ボストウエツク」及宮内府顧問「ザンス」等韓廷大臣内官ト結托シテ秘密ニ計画ヲ回ラシ、韓国政府ヘ海関税抵当ニテ五百万円乃至六七百万円ノ貸付ヲナシ、京城ニ於ケル水道工事・特権銀行設立等ノ特典ヲ得ントスルニアリ、明治三十三年九月約将ニ成ラントスルニ当リ、事漏洩シ、我公使林権助氏ハ直ニ国王ニ謁見シテ異議ヲ唱ヘ、僅ニ其発表ヲ中止セシムルヲ得タリ、蓋シ此等外人ハ在韓日浅クシテ其信用モ測リ難ク、特権ヲ与フルモ果シテ成功スベキヤ否ヤ、容易ニ信ズベカラザルモノアリ、斯ノ如キ計画ノ為メニ海関全部ヲ担保トスルハ頗ル危険ニシテ、日韓貿易上障害少ナカラザルハ明カナルヲ以テ、公使ハ一方ニ韓廷ニ抗議ヲ申込ムト共ニ、一方ニ総税務司「ブラオン」氏ニ照会スル所アリ、当時「ブラオン」氏ハ米国派ノ計画ヲ毫モ知ラザリシモノヽ如ク、公使ノ照会ヲ得テ大ニ驚キ、直ニ案ヲ具シ公使ニ交渉シ来レリ、公使之ヲ嘉シ、本行仁川支店支配人尾高次郎ヲ招キテ之ヲ図ル、此ニ於テ本行ハ十月○明治三三年一日付ヲ以テ左ノ請願書ヲ大蔵省ニ提出セリ
　朝鮮国ニ於ケル海関税ノ収入ハ、明治十六年同国ノ総税務司ト当銀行トノ間ニ約束セシ以来、引続キ取扱来リ、其間韓国政府ニ於テ資金ノ需要有之候節ハ、右海関税ヲ抵当トシテ時々金員ノ貸付ヲモ取計候次第ニ御座候、尤モ明治二十八年我政府ヨリ海関税ヲ抵当トシテ韓国政府ヘ金参百万円御貸付相成候以来ハ、人蔘製造其他ノ為メニ王室ニ対シ貸金致候事ハ有之候得共、海関税ヲ抵当トシテ貸金致
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候事ハ無之候、乍去我政府ヨリノ借用金モ其大部分ハ已ニ返還シ、残高僅ニ弐拾五万円ト相成候ニ付、何時ニテモ返金出来可申都合ト奉存候、然ルニ韓国王室ニ於テハ貨幣改鋳ノ為メニ金五百万円迄ノ借入レヲ為サントシ、種々ノ方面ヨリ其資金ノ融通ヲ求メ来リ候得共、当銀行ニ於テハ海関税ヲ抵当トスルニ非レバ、其需ニ応ジ難キ旨ヲ以テ相答ヘ置候処、米国ノ商人コールブラン、ヱンド、ボストウヰックハ海関税ヲ抵当トシテ右ノ資金ヲ供給シ、銀行ヲ設立シテ海関税ノ取扱ヲモ引受ケントスルノ計画ヲ為シ、已ニ其事ヲ韓廷ニ申込ミタレドモ、幸ニ我駐韓林公使ヨリ異議ノ申込ヲ被成一時中止ト相成候由、乍去何時再ビ申込ヲ為シ候哉モ計難ニ付、韓国総税務司「ブラオン」ヨリ左ノ要件ヲ林公使ヘ秘密ニ申込ミタル趣ニ有之候、右ニ就テハ当銀行仁川支店支配人尾高次郎ヨリ、別紙ノ通電報有之候ニ付、可成此申込ヲ承諾シ、契約致度ト奉存候得共、何分利子モ安ク当銀行一己ノ資力ヲ以テ之ニ応ズルコトハ、到底為シ能ハザル儀ニ付、過日来其事情上陳仕候次第ニ御座候、元来此件タル当銀行ニ於テ承諾不致候節ハ、米国人ハ喜ンデ之レヲ引受可申ニ付、然ル上ハ当銀行ガ是迄数年間取扱来リタル、海関収入ノ事務ヲ失フノミナラズ、海関税ハ他国ノ抵当ト相成候ニ付、我国ノ韓国ニ対スル通商上ノ権利ニモ関係致シ、実ニ容易ナラザル事柄ト奉存候間、何卒格別ノ御詮議ヲ以テ、右資金御貸下被成下度、尤モ目下ノ処右ノ資金ハ公使ノ意見ニテモ参百万円以内ニテ十分ナルベシトノコトニ付、其内ノ三分ノ一即チ百万円ノ金ハ当銀行営業資金中ヨリ繰替ヘ供用可致ニ付、其三分ノ二即金弐百万円ハ、何卒御省ヨリ御貸下ゲ被成下度、左候ハヾ速ニ韓国支店ヘ電報致シ、取敢ヘズ「ブラオン」ヘ承諾ノ旨ヲ回答シ、返済期限其他ノ条項ニ付テハ篤ト熟議ヲ遂ゲ、且在韓国公使ノ御承認ヲモ受ケ取究メ追々上申候様可仕候間何卒御許可被成下度、別紙要件書及電文写相添、此段奉懇願候也
　　明治三十三年十月一日
　　　　　　　　　　　　　　　　株式会社第一銀行
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　頭取　渋沢栄一
　　　　大蔵大臣　伯爵　松方正義殿
（甲第一号）
　　　　「ブラオン」氏申込要件書
　一借入金総額ハ五百万円ニシテ、内金百万円ハ水道工事ニ支出シ、金百万円ハ灯台ノ建設其他航海ノ援助ニ供スル資金トシ、残リ参百万円ハ貨幣制度改革ノ為メ、金貨幣其他鋳造ノ資ニ供スル見込ナル事
　　　但右資金ハ三箇月前ノ予告ヲ以テ借出ス事
　一右ノ借入金ニ対シテ、韓国各港ノ海関税ノ収入ヲ抵当ト為ス事
　一利息及返済期限等ハ追テ取究ル筈ナレドモ、林公使ヨリ外務省ヘノ電報○電文写欠ニヨレバ、利子ハ年六分ニシテ期限ハ五箇年据置、五箇年目ヨリ二十箇年間ニ完済スル筈ノ由ニ候
　　　　以上
是ヨリ先渋沢頭取ハ大蔵大臣ノ内旨ヲ含ミテ日本銀行ニ至リ、今回ノ
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貸付金中金弐百万円迄援助アランコトヲ内談セシモ、同銀行ハ之ヲ承諾スルノ模様ナカリシヲ以テ、外務・大蔵両大臣協議ノ末、終ニ政府ノ予備金中ヨリ右ノ金額ヲ本行ニ貸下ノ義ヲ内閣会議ニ提出スルコトトナレリ、斯クテ政府ハ本行ノ願意ヲ容レ、朝鮮政府借主トナリ正当ノ手続ヲ以テ海関税ヲ抵当ニ差入ルヽナレバ、約定ヲ締結スルモ差支ナカルベシトノ意ナリシヲ以テ、十月一日午後五時仁川支店支配人尾高次郎ヘ宛テ左ノ電報ヲ発信セリ
　「ブラオン」ヨリ申込ノ件ニ付、其筋トモ協議セシニ、参百万円迄ナレバ都合出来ル模様ナリ、併シ正当ノ手続ヲ以テ朝鮮政府ヨリ海関税ヲ抵当ニ差入ルコト出来ルカ、公使ト協議ノ上至急電報セヨ
尚九月二十八日付ヲ以テ在仁川尾高支配人ヨリ発送セル書状左ノ如シ
　然者昨夜林公使当仁川領事館ヘ参ラレ候由報知ニ付、早速訪問仕候処、例ノ海関抵当ノ件ニ関シ、公使ヨリ別紙ノ如キ「ブラオン」提供ノ約定書案ヲ渡サレ候（甲第一号参照）、大体先便申上候通リノ要件ニ候ヘドモ、借用ノ金高ヨリ負債ノ目的、借出シノ制限、利息ノ割合、海関ノ抵当、負債返還ノ方法、総税務司ノ権能及第一銀行ノ海関取扱ニ関スル点マデ悉ク記シアリテ、「ブラオン」ノ趣意モ相分リ可申御熟覧奉希望候、然ルニ米国派ハ林公使謁見抗議ノ為メニ折角ノ目論見モ中止トナルヲ憤慨シ、内々復活手段ニ躍起致シ居レバ、何時韓廷ノ同意ヲ得候哉モ難計、頗ル事情切迫ノ形勢モ見ヘ居レバ、第一銀行ヨリハ可成至急承諾ノ回報ヲ得度、且海関担保トシテ国債ヲ募ルベキ旨ノ国王ノ委任状ヲ受ケ居ル者ハ、独リ「ブラオン」ノミニアラズ、「コルブラン」ノ一派其他ニモ、「ブ」氏同様ノ委任ヲ受ケタル者有之由、而シテ此約定書案ノ如ク、資金使途ノ内訳ヲ挙ゲテ契約スルトセバ、或ハ国王ノ承認ヲ得ルノ必要アリトノ議論モ起ルベク、国王モ幾人カニ委任セシ程故、他ヘ対シテモ躊躇セラルヽ等ニテ、急速認可セザルヤモ知ルベカラズ、然ル時ハ勢ヒ秘密ヲ保チ難ク、彼是スル内ニ如何ナル妨害ノ生ゼズトモ申サレ難ク、但シ「ブラオン」ノ得タル委任状ハ、海関ヲ担保ニシテ国債ヲ起シ、国家的事業ニ投資スルノ契約ヲ締結スル丈ケノ権能アルハ勿論ナレバ、此際敢テ約定案ニ事業費之項目ヲ記スル抔余計ノ事ヲ為サズシテ、只海関抵当ヲ以テ極度五百万円ノ過振約定ニ止メ置キ、現金引出ハ一口五拾万円ヲ超過セズ、引出ノ場合ハ三箇月前ノ予告ヲ為シ、返済方ハ五箇年据置キ、六年目ヨリ更ニ二十箇年間ニ亘リテ償却スベシ、利息ハ年六歩四季払ノ事トシテハ如何、然ル時ハ国王ヘ予メ相談スル世話モナシト「ブラオン」ヨリ林公使ヘ申出デ、公使モ之ヲ同意セラレタル由ニ御座候、然ル時ハ手続モ簡略ニシテ而モ効力ニハ差別無之、此方法ヲ急場ニ処スルノ便宜トシテ、「ブラオン」ヨリ望ミ候トアレバ、当銀行ニ於テモ異議ハナカルベキ旨小生ヨリ林公使ヘ相答ヘ申候
　当座過振ノ約定トスル時ハ期限等モ短カク候間、是ヲ以テ何時迄モ押シ行ク事ハ出来難ク、無論時機見計ノ上、本式ノ海関担保約定ニ改ムベキモノニ御座候
　偖テ右「ブラオン」ノ申ス如ク当座過振ニ改ムルトセバ、其前ニ一
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応「ブ」氏ノ得タル国王ノ委任状ヲ一見スルノ必要モ有之可申ト相考ヘ申候、又約条文ノ体裁モ別紙○別紙欠ク書式トハ異ナリ可申候ヘドモ、要スルニ当行ノ権利ニ欠点ナクシテ、前陳ノ如キ引出条件ヲ明カニ致シ候ハヾ差支ナキ事ト奉存候（中略）
　「ブラオン」ハ最初貨幣制度改革ノ為ニ参百万円ノ資金ヲ要スト申居候処、其後研究スル所アリテ、今日ニテハ金貨鋳造ノ高ハ当分三四年ノ内ハ百万円ニテ充分ナリトノ事ヲ申ス様ニ相成申候、又灯台ト云ヒ水道ト云ヒ敢テ至急ヲ要セザル故、今度ノ申込ミ五百万円ト云フモ、其実ハ向フ三四年ノ間ニ参百万円ヨリ超過スル貸越ハ実際出来申間敷被存候、之ハ「ブラオン」モ林公使モ被申候処ニシテ、万事緩慢ヲ喜ブ当国ノ情態ヨリ考フルモ、此説ハ至極適当セルモノニシテ、且ツ「ブ」氏ハ従来ノ例ニ徴スルモ、当行ノ為ニ決シテ無理ヲ申ス様ノ人物ニモ無之、今度「ブ」氏ノ請求ヲ承諾スルニ於テハ、一層好情ヲ寄セ来ルハ勿論ニシテ、三箇月前ノ予告ト云フモ、実際ハ半年前ニ知ラセ呉レル事モ可有之、又一時引出ノ事モ五拾万円ヲ数回ニ分チ或ハ減額モ為シ呉レ可申間、不幸ニシテ日本政府ノ援助ナシトスルモ、当行限リ独力ヲ以テ此契約ニ応ジ得ラレ候ハント奉愚考候
　此件ニ付テハ林公使ヨリ已ニ数回日本政府ヘ電報セシヲ以テ、日本政府ハ充分事情ヲ承知セシ事ト思ハレ候ヘドモ、今度山県内閣総辞職トナリ、伊藤侯ニ大命被仰付候トノ趣ニ付、内閣交迭ガ海関抵当一件ニ対シ、吉凶如何ニ影響致スベキヤ難計候ヘドモ、折悪シク交迭騒ギナド起リ候ハヾ、頭取ニモ一層御骨折可被遊ト奉恐察候、若モ政府トノ御交渉纏マリ兼候テ、御回答延引トナル内ニ、韓廷ニ異動ヲ生ジ、米国派ノ為メニ海関ヲ取ラレ候様ノ危急ニ瀕シ候時ハ如何処置可仕ヤ、愚案ニテハ若モ危急ニ際シテハ、前申上候様ナル過振約定ヲ「ブラオン」ヨリ当方ヘ申込マセ、之ニ対シ当方限リ承諾ヲ与ヘ、之ニハ一ノ条件ヲ附シ、追テ本店ヘ照会シテ細目ヲ取極ムベシト認メ置キ、兎モ角モ約定成立ノ手続丈致シ候テハ如何ニ可有之哉、然ル時ハ細目取極メト云フ条件ノ上ニ於テ、何程ニテモ当行ノ都合ヨキ様約定ヲ改メ得ルノ便利有之候（下略）
当時我政府ニ於テハ本件ニ関スル閣議モ既ニ終了シ、正サニ御裁可ヲ仰グ計リニ進行シタルヲ以テ、最早予備約定ヲ締結スルモ差支ナカルベク、其旨林公使ヘ訓電セル趣内示アリ、且ツ前掲ノ如ク尾高支配人ヨリノ書信モ到着シ、略ホ京城ニ於ケル談判開始以来ノ状況モ分明シタレバ、本店ハ十月三日午後四時三十分ヲ以テ左ノ電報ヲ仁川支店尾高支配人ヘ発信セリ
　九月二十八日付書状相達シ、承知セリ、海関税抵当貸付金ノ事「ブラオン」ト予備約定ヲ取結差支ナシ、併シ本書約定取極メノ際ニハ朝鮮政府ノ責任ト海関税抵当ノ手続ニ付、不都合ナク取計ラヒスベシ、委細書ヲ以テ報ゼン
事情上述ノ如クナリシヲ以テ、本行ニ於テハ本件既ニ其大体ニ於テ談判結了セルモノト確信シ、翌四日ニハ多分政府ヨリ正式ノ命令状ヲ下付セラルヽナラント期待セリ、然ルニ四日午後四時過ギニ至リ、田尻
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大蔵次官ヨリ即刻頭取ニ出頭スベキ旨来示アリ、佐々木支配人頭取ニ代テ出頭セシニ、意外ニモ本契約ハ暫ク停止スベキ旨ヲ命令セラレ、曩ニ本行ヨリ差出セシ請願書ヲ却下セラレタルヲ以テ、忽チ本件ノ進行ニ大頓挫ヲ見ルニ至レリ、其玆ニ至リタルハ政府部内ニ種々ノ事情アリテ、此際本行ニ於テ強テ前約ノ履行ヲ要求スル時ハ、此国家多事ノ際ニ当リ、既ニ遷延セル新内閣ノ組織ヲシテ尚一層遷延セシムルノ嫌ヒアルヲ以テ、渋沢頭取ハ、快ク請願書ノ却下ヲ承諾スル事ニ決心シ、直チニ左ノ電報ヲ尾高支配人ニ発送セリ
　昨日電報セシ海関税抵当貸付金ノ事、内閣更迭ノ為メ停止命令アルニ付、本約定ノ談判ハ暫ク見合セヨ、委細公使ト相談スベシ
然ルニ之レト行違ヒニ左ノ電報ハ同日午後八時半ニ到来セリ
　電信相達承知スト雖ドモ、公使ノ意見ハ朝鮮政府ト約定スルハ危険ニシテ非常ニ妨害アリ、約定出来ル見込ナシ、「ブラオン」ハ皇帝ヨリ正当ノ委任状ヲ受取リ居ルニ付、「ブラオン」ト約定スルハ安心ニシテ、朝鮮政府ヨリハ却テ確実ナリト保証セリ、又極度ハ仮リニ五百万円トシテ実ハ参百万円ヲ超過セズ、今ノ場合極度又ハ権限ノコトヲ懸念スルハ必要ニアラズ、委細公使ヨリ外務省ヘ報告セシニ付問合スベシ、此度ハ当店ノ為メ利益アルトモ不利益ナシ、約定スルナレバ妨害出来ヌ内「ブラオン」ノ申込ニ対シ、委細ハ他日本店ト協議ノ上取極メスルトシテ制限ヲ置キ、取敢ヘズ海関税抵当期限三十年当座貸越約定ヲ取結ブコトニ承知願フ、切ニ回報待ツ
而シテ翌五日午前九時ニ至リ更ニ左ノ電報到着セリ
　昨夜公使ノ紹介ニテ、「ブラオン」ト海関税抵当貸付金約定済安心セヨ、只今仁川ヘ向ケ帰ル
昨日当方ヨリ発送セル電報ノ未ダ先方ニ到着セザルニ先チ、京城ニ於テ既ニ本件ノ予備約定ハ締結セラレタリ、是レ正ニ本行ヲシテ板挟ミノ困難ニ陥ラシムルモノニシテ、頭取以下当事者ノ苦慮痛心セシ所ナリト雖モ、事情此ノ如クナル以上ハ又タ止ムヲ得ザルニヨリ、政府ニ対シテ右ノ事情ヲ陳述シ、成ルベクンバ前約ヲ履行セラレンコトヲ請願セシモ、結局願意ヲ採用セラルヽ見込ナキニヨリ、仁川支店ニ打電シテ予備約定変更ノ事ヲ議セシムルノ外ナカルベシト内議セル折柄、四日発当方電信ニ対スル回答トシノ《（テ）》左ノ電報到来セリ
　電信相達シ承知スト雖モ、昨日京城ニテ公使ト協議ノ上、「ブラオン」ノ申込ヲ承知セリ、約定左ノ通、海関税抵当、極度五百万円、当座貸越約定、三月以前通知、一回五拾万円以内、五年間ニ総高貸付、利息六分、五年据置三十年間返済、期限中当店ヲ海関銀行トスルノ事ニテ書面ヲ交換セシニ付、変更出来ヌ、日本政府ハ当店ニ対シ責任アルト公使ハ請合タリ、安心セヨ、委細書ヲ以テ報ゼン
依テ当方ヨリハ六日午前十時五十分ニ左ノ電報ヲ発送セリ
　電信相達シ承知スト雖モ、内閣更迭ノ為メ政府ハ資金ノ貸出ヲ認可セザルニ付、約定履行出来ヌヲ以テ、当座貸越約定ヲ取消スノ外ナシ、尚ホ篤ト公使ト協議ノ上可成不都合ナク取計スベシ、委細書ヲ以テ報ゼン
之ニ対シ仁川支店ヨリハ折返シ左ノ電報到着セリ
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　電信相達承知スト雖モ、当店ハ公使ヲ経テ日本政府ノ保護命令ヲ承諾シ、「ブラオン」ト約定セシニ付取消出来ヌ、若シ取消ストキハ「ブラオン」ニ対シ信用ヲ毀損スルヲ以テ非常ニ不都合ナリ、政府ヘ掛合精々尽力頼ム
然レドモ政府ハ到底前約ヲ履行スルノ意ナク、又外務省ヨリモ頻リニ林公使ヘ向ケ予備約定ノ取消シヲ迫リツヽアル模様ナルモ、或ハ当方ノ事情充分林公使及ビ尾高支配人ニ貫徹セザランコトヲ恐レ、更ニ同日午後十時ニ於テ左ノ電報ヲ発セリ
　電報相達シ承知セリ、公使ハ政府保護ノ事ヲ保証セシ由ナレドモ、内閣更迭ノ為メ、政府ハ本店ヨリ上申セシ資金貸出ニ係ル請願書ヲ却下セシヲ以テ、非常ニ困難ノ場合ナリ、就テハ「ブラオン」ト締結セシ約定ヲ解除スルカ、若シ解除出来ザレバ、政府ヨリ資金貸出ノコト聞済アル様公使ニ尽力ヲ願フ外ナシ、右ノ事情ヲ申立、公使ニ配慮ヲ乞フコトヲ勉メヨ
而シテ若シ結局「ブラオン」氏トノ予備約定ヲ破棄スルコト能ハザル場合ニハ、止ムヲ得ズ本約定締結ノ時ニ臨ミ、細目ノ談判上ニ於テ前約定ノ破棄ヲ謀ルカ、又ハ本行ノ負担ヲ軽減スル外無カルベシトノ考案ニヨリ、更ニ七日午後四時左ノ電報ヲ発信セリ
　電報相達シ承知スト雖モ、「ブラオン」氏ノ約定ハ如何ナル手続ナルヤ、九月二十八日付書状ノ通、詳細ノ廉書ハ本店ノ意見ニテ変更出来ルカ、切ニ回報ヲ待ツ
右ニ対シ仁川支店ヨリ七日発ニテ左ノ返電アリタリ
　電報相達シ承知スト雖モ、「ブラオン」トノ約定ハ完全ニシテ解約ノコトハ「ブラオン」ニ於テ不承知ナリ、政府ニシテ命令ヲ取消スハ不都合ナリ、過失ハ政府ニアリ、已ニ「ブラオン」ヨリ五拾万円引出ノ予報アルニ付承知セリ、公使ハ取消出来ヌ理由ヲ政府ニ電報スベキニ付、貴方ニテモ政府ヘ談判セヨ
尚ホ此返電ト相前後シテ仁川支店尾高支配人ヨリ発シタル書状ハ左ノ如シ
　拝啓然者去三日貴方御電報左ノ通リ相達シ申候（電文略ス）、右ニ付同日直ニ公使館ヲ訪問シテ公使ニ面会致シ候処、丁度公使ヘモ外務省ヨリ訓電相達シ居リ（中略）、公使ハ其時「ブラオン」ヘ御書通相成、第一銀行ハ貴殿申込ノ貸付約定ヲ承諾セシヲ以テ安神アルベシトノ意ヲ達セラレ候、小生モ此日（三日）ハ不快ニ候マヽ宿舎ヘ帰リ居候処、其翌日朝ハ気分モ宜シク候儘京城海関ヘ参リテ「ブラオン」ヲ訪問シ、左ノ如ク口頭陳述致候
　　貴殿九月二十四日付ヲ以テ、林公使ヲ経テ拙者ヘ御文通相成タル海関税抵当五百万円当座過振御申込ノ義ハ、其後本店ト電信ニテ交渉致シ居候為メ、御返事延引セシ処、昨日漸ク本店ヨリ承諾ノ旨電報相達シタルニ付、早速承諾ノ返簡ヲ呈スルコトヽセン、不取敢此旨挨拶ニ及ブ云々
　「ブラオン」ハ右ノ話ヲ聞キテ大ニ満足ノ意ヲ述ベラレ、承諾ノ返書ハ至急受取リ置キタシトノ事ニ付、同人ノ注文ニヨリテ起草シ、出張所ヘ立帰リタル上、公使ノ指図ヲモ願フテ別紙ノ如キ回答書ヲ
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即日「ブラオン」ヘ相渡シ申候（下略）（十月七日発書翰）
右書状ニ添付シテ仁川支店ヨリ送付セル「ブラオン」氏トノ往復書状左ノ如シ
　拝啓、拙者儀今般拙者ノ管轄ニシテ貴行ニ於テ御取扱来被成候韓国海関税ヲ抵当ニ致シ、金五百万円以内借用ノ権限ヲ委任被致候ニ付貴行ニ於テ右ノ金融御引受被下、其旨御通知被下候ハヾ幸甚ノ至ニ存候
　幸ニ右御差支無之候ハヾ、其方法トシテ拙者ニ於テ貴方ニ特別ノ貸越勘定ヲ開キ、極度五百万円マデ小切手過振出御許可相成度、希望ノ至ニ御座候
　拙者ニ於テ右ノ小切手ヲ振出ス場合ニハ、必ズ三箇月以前ニ其旨予告可致、其金額ハ一口五拾万円以上ヲ引出シ申間敷候、又其次ノ引出ヲ為ス迄ニハ、矢張三箇月ノ期間ヲ存シ可申候、即二口ノ小切手ヲ三箇月以内ニ振出スコトハ有之間敷候
　右貸付金ニ対シテハ年六分ノ利息ヲ附シ、毎半箇年毎ニ日々ノ貸越高ニ応ジ御支払可申候
　右貸越金ノ元金及其利息ニ対シテハ、左ニ記載セル相当ノ経費ヲ控除シタル余分ノ海関税金ヲ以テ、第一抵当ニ充テ可申候
　　（い）徴収ノ費用（海関税吏ノ俸給及雑費）
　　（ろ）管理司経費
　　（は）諸開港場ニ於テ貿易上ニ必要ナル機関ヲ設備シ、且之ヲ維持スル費用（海関倉庫ヘ荷揚場突出等）
　乍去時々海関ノ収支ヲ検査シテ、他日海関税ノ収入ヲ以テ海関ノ維持ニ差支ナシト認ムル程度ヲ超ヘテ小切手ヲ振出シ、借越ヲ為サヾル様注意可致候
　右小切手ノ過振出ハ契約ノ日付ヨリ五箇年間ニ配布可致、且五箇年ノ満期後ハ予メ御同意無之ニ於テハ、決シテ小切手ヲ振出申間敷ハ勿論、此期限後ハ過振金額如何程ニ相成候共、毎半箇年一回宛同額ノ年賦金ヲ以テ弁済相始メ、第一回ノ弁済期ヨリ三十箇年以内ニ悉皆返済可仕候、但契約ノ日付ヨリ満五箇年間ハ返金相始申間敷、又其後ニ於テハ年賦金額ハ随意タルコトニ御承諾可被下候
　拙者ガ此度借入ノ権限ヲ委任セラレタル金員ノ用途ハ左ノ如クニ候間、此段併テ御通知申上置候
　（一）借入金ノ内参百万円以内ニテ金貨本位、又ハ其他ノ考案ヲ採用シ、貨幣改良実施ノ資金ニ充ツル事
　（二）同百万円以内ニテ京城ニ於ケル水道工事ヲ起ス事
　（三）同百万円ニ噸税収入ヲ合セテ灯台航標其他韓国海岸航海ノ便益トナルベキ設備ノ基金ニ使用スル事
　終リニ貴行ニ於テ今回拙者ヨリ韓国政府ニ代リテ御依頼申上候願意御承諾被下度候ハヾ、拙者ハ貸越金ノ弁済ヲ終リ、一切ノ勘定結了ニ至ルマデ、貴行ガ諸開港場ニ於テ凡テ現今ノ通海関税取扱ニ御従事相成、且貴行ガ未ダ御設置無之場所ヘハ支店若クハ出張所ヲ設置シ、同様御取扱相成候事ヲ承諾可致候、此段御依頼迄得貴意候也
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（訳文）
 - 第16巻 p.105 -ページ画像 
　京城ニテ千九百年九月二十四日
　　　　　　　　　　　　　韓国総務司《（税脱カ）》
　　　　　　　　　　　　　　　　ゼー・ヱム・レビー・ブラウン
　　　　仁川第一銀行支店　支配人殿
　拝啓一千九百年九月二十四日付御書面領収拝見仕候処、今般貴官御名義ニテ極度五百万円迄御引出相成候為メ、当行ニ特別借越勘定御開始被成度、其条件等御申越被下委細敬承仕候、右ニ付拙者ハ当銀行本店並ニ同重役ヨリ御依頼ニ応ジ候テモ差支ナキ旨認可ヲ得候間此段拝答ニ及候、依テ貴官ノ御名義ニテ、当行ニ特別貸越約定ヲ開キ、玆ニ小切手帳並ニ通帳御交付申上候間御査収相成度候、又貴官ガ小切手ニテ金員御引出被成候場合ニハ、各小切手振出期日ノ間少クトモ三箇月ヲ経過スベク、且小切手振出シノ期日ヨリ三箇月前ニ予メ御通知被成下、一口五拾万円ヨリ多カラズ、尚貸越金ノ利息ハ年六分ノ割合ニテ半箇年毎ニ御支払可有之旨敬承仕候、右得貴意候也
　　一千九百年十月四日（三十三年十月四日）
　　　　　　　　　　　　　　　株式会社第一銀行仁川支店
　　　　　　　　　　　　　　　　　　支配人　尾高次郎
　　　　京城総税務司「レビー・ブラオン」殿
韓国ニ於ケル「ブラオン」氏トノ談判ハ右ノ如ク進行セルヲ以テ、万止ムヲ得ズンバ政府ノ援助ヲ待タズ、本行単独ノ資力ニテ負担シ得ベキ範囲内ニ於テ、貸付約定ヲ締結スルコトニ決定シ、八日午前十一時四十分左ノ電報ヲ発送セリ
　七日付電信相達シ承知スト雖モ、到底政府ニテ資金貸出ノコト不承知ニ付、若シ解約出来ヌナレバ、約定ハ其儘存シ置キ、特別内約ヲ以テ事実貸出金額ヲ百万円以内ニ減少スルコトハ出来ヌカ、公使トモ協議ノ上「ブラオン」ノ意見ヲ聞合セ、至急電報セヨ
右ニ対シ京城発ニテ八日午後十一時尾高仁川支店支配人ヨリ左ノ返電アリ
　電信相達シ承知セリ、公使ト協議ノ上「ブラオン」ヘ左ノ申込ヲ為ス積リナリ、当座貸越ノ金額ハ常ニ税関預金残高ヲ超過スベカラズト約定スルコト差支ナキヤ、当地ヘ切ニ回報ヲ待ツ
此ヲ以テ当方ハ九日午前八時更ニ左ノ電報ヲ発送セリ
　電信相達シ承知セリ、「ブラオン」ヘ対シ当座貸越金額ハ常ニ税関預金残高ヲ超過スベカラズト約定スルハ差支ナシ、至急協議ノ上、「ブラオン」ニ於テ承知セシナレバ、直ニ回報セヨ
斯クテ同日深夜ニ至リ、左ノ如ク返電シ来レリ
　電報相達シ承知セリ、公使ヨリ「ブラオン」ヘ協議セシニ、貸借差引百万円迄貸越超過ナレバ「ブラオン」ハ承諾スル模様ナリ、精々其以内ニテ取極ムベシト雖モ、貴方意見如何、切ニ回報ヲ待ツ
右二三回ノ電報往復ニヨリ、当方ハ稍々安意スルコトヲ得タリト雖モ本件ノ談判破裂ニ就テハ、其責全ク日本政府ニアルヲ以テ、此上「ブラオン」氏ニ迷惑ヲ与フルヲ屑トセズ、特ニ若シ今回ノ事全然破約トナルニ於テハ、「ブラオン」氏ノ地位ニ対シテモ影響ヲ及ボス所少ナ
 - 第16巻 p.106 -ページ画像 
カラザルベキ恐レアルヲ以テ、本行ハ預リ金ト貸越金トノ利子ノ差ニヨリテ僅ニ損失ヲ免カレ、追テ本条約締結ノ時ニ臨ミ多少ノ条件ヲ得ンコトヲ期シ、十日正午過ギ左ノ電報ヲ発送セリ
　電報相達承知セリ、政府ヨリ資金貸出ナキノ際、貸借差引百万円迄超過貸越ヲナスハ困難ナリト雖モ、事情止ムヲ得ズ承諾スベシ、併シ預リ金ト貸越ト勘定ヲ区別シ、預リ金ハ常ニ百万円ヲ減少セザルコトニ協議セヨ、如何、切ニ回報ヲ待ツ
然ルニ外務省ハ頻リニ予備約定ノ取消ニ苦心シ、同省ヨリ林公使ヘ訓電スベキニ付、本行ニ於テモ亦尾高支配人ヘ向ケ前約取消ノ事ニ尽力スベキ旨打電センコトヲ照会シ来リタルヲ以テ、更ニ左ノ電報ヲ発送セリ
　今朝京城ヘ向ケ電信セシ通、「ブラオン」承知ナレバ、公使意見次第ニテ先ノ約定ヲ取消、更ニ約定ヲ取結ビ差支ナシ
尾高支配人ヨリ更ニ十三日午前発信ニテ左ノ返電アリ
　此度申込タルコトハ承諾出来ヌニ付、貸越約定ハ当分此儘ニシテ新内閣ノ模様ヲ見ルコトニ願ヒタシト、「ブラオン」ヨリ申出タリ、委細書ヲ以テ報ゼン
由之観之仁川支店ニテハ、新内閣成立ノ上尚前約定回復ノ期アルベシト希望スルモノヽ如クナルヲ以テ、当方ハ同日午後念ノ為メ、更ニ左ノ通リ電報セリ
　電報相達承知スト雖モ、新内閣成立後ト雖モ、前約定ノ通ニテハ履行ノ見込立タヌニ付、林公使ト協議ノ上十日電信ノ通「ブラオン」ニ承諾セシムル様尽力セヨ、併シ「ブラオン」ハ預リ金ト貸越ト勘定ヲ区別スル事不同意ナルヤ、今一応電報セヨ
右ニ対シ、同日午後七時仁川支店ヨリ左ノ電報来着セリ
　電信相達承知セリ、「ブラオン」ハ預リ金ト貸越ト勘定ヲ区別スルコト同意ナリ、事実預リ金ハ百万円以上常ニ有ル積リナレドモ、約定ハ書ケヌト申出タリ、先ノ約定ハ追テ解約出来ル積リナレドモ、「ブラオン」申出ノ通当分此儘ニシテ新内閣ト協議スベシト、公使ノ意見ナリ
依テ当方ヨリハ尚ホ念ノ為メ同日午後七時半左ノ電報ヲ発送セリ
　電信相達承知セリ、新内閣ト協議ノ上約定履行出来ヌ場合ニ、当店ニテ迷惑スルコトナケレバ、貴方ヨリ申越ノ通ニテ差支ナシ
然ルニ十六日午後ニ至リ、左ノ電報来着セリ
　「ブラオン」ヨリ新内閣ト協議ノ上約束履行出来ヌ場合ニハ、海関税抵当百万円当座貸越ノコトニ非レハ不承知ト申越シタリ
然レトモ其趣意判然セザルニヨリ、更ニ左ノ電報ヲ発信セリ
　電報相達承知スト雖モ、「ブラオン」ハ預リ金ト貸越ト勘定ヲ区別スルコト不承知ニテ、貸借差引百万円迄貸越ヲ請求スルコトナルヤ又ハ前約定ヲ取消シ、更ニ百万円迄貸越ヲ要求スルコトナルヤ、今一応電報セヨ
右ニ対シ、其翌十七日正午過ギ返電アリ
　電信相達承知セリ、「ブラオン」ハ新内閣保護セヌナレバ、改メテ百万円当座貸越約定ヲ請求スベシ、併シ約定ヲ其儘ニシテ別ニ内約
 - 第16巻 p.107 -ページ画像 
スルヲ利益ト思ハル、預リ金ト貸越ト勘定ヲ区別スルコト「ブラオン」同意ナリ、委細書ヲ以テ報セン
此ニ於テ「ブラオン」氏ノ意思モ判明セシヲ以テ、本件ノ談判玆ニ一段落ヲ告ゲタリ
○下略

第一銀行五十年史稿　巻五・第五五―五九頁　大正一二年刊
　○第二編　第五章　日清戦後の発達
　　　　第三節　韓国中央金融機関
○上略
然るに其頃韓国政府は貨幣改鋳の為五百万円の借款を為さんことを本行に交渉したれども、本行は海関税を抵当とするにあらざれば応じ難しと答へたる折しも、米人ボストウヰツクといへるもの宮内府顧問ザンズ等と謀り、大臣内官と結託し、海関税を抵当として右の資金を供給し、又自ら銀行を設立して海関税の取扱をも引受けんことを図り、同年○三三年九月約将に成らんとして事洩る、仁川支店支配人尾高次郎大に驚き、かくては独り本行の利益を失ふのみならず併せてまた国威を毀損し我が対外貿易を阻害するを憂ひ、全権公使林権助に訴へたれば公使は直ちに国王に謁見して抗議する所あり、事遂に熄めり。総税務司ブラオンは其計画に参与せず、公使の抗議によりて始めて之を知り国王が再び米人等に乗ぜらるゝを恐れ、かねて委任せられたる権限に基き、貨幣制度の改革、京城水道工事及び沿岸灯台の建設等に供せんが為に、五百万円の借款を為さんことを林公使を介して本行に交渉せり、而して其抵当には海関税を充つるにありしかば、本行は之に応ぜんとしたるも、当年における本行の資力は困難を感ぜるがゆゑに、十月一日書を大蔵省に呈して借款中二百万円の援助を請へり、大蔵省は外務省と協議の後遂に政府の予備金中より支出することゝなし、借款を成立せしむるも可なりとの内訓を本行に伝通せり、是において尾高支配人はブラオンと会見して借款の予備約定を締結したるに、十月四日に至り政府は突然前約の履行し難きを告げしかば、計画之が為に頓挫す。
政府が前約履行し難しといへるは、内閣の動揺に原因せり、此年九月伊藤博文が立憲政友会を組織するや、時の山県内閣は其圧迫に堪へずして辞表を捧呈し、内閣組織の大命は伊藤に下れり、然るに伊藤はいたく予備金支出を不可となし、之を中止するにあらざれば大命を奉じ難しとの決心を示したれば、政府も亦已むを得ず交迭以前に本行の願書を却下せるなり。されば本行が強て前約の履行を要求せんには、新内閣の成立を遷延せしめ、外には北清事件あり、内には伊藤対山県の衝突ありて、国家多事の際時局を紛擾せしむるがゆゑに、本行は隠忍して之を承認するに至りしなり。よりて交渉中止の命令を尾高支配人に達したるが、時既に遅く、予備約定の締結せられたる後なりしかば本行は非常なる窮境に陥れり。
本行は既に政府の援助を受くること能はず、又約定を取消さんとすれば、かの約定は公使を経由して日本政府の保護命令に基けるものなれ
 - 第16巻 p.108 -ページ画像 
ば之を取消すこと能はず、若し強て破約せば独り本行の信用を失ふのみならず、政府の威信にも関係し、更にブラオンの信用をも害するに至り、容易ならざる大事なり、畢竟は本行単独の資力にて負担し得べき範囲内にて契約を履行するの外なきに至れり、よりて予備約定は其まゝ存し置き、別に内約を以て事実上貸出金額を百万円以内に減少すべきことを命令せり、尾高支配人は林公使と協議を重ねたる後、之をブラオンに告げて同意を求め、公使もまた其間に周旋尽力する所ありほゞブラオンの内諾を得たり、然るに政府は内閣交迭以前に予備約定を解除せしめんとし、頻りに林公使に督促したれども、遂に其事成らずして、十月十九日政友会を基礎とせる伊藤内閣の成立を見たり。
○下略