デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2023.3.3

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

6章 対外事業
1節 韓国
1款 韓国ニ於ケル第一銀行
■綱文

第16巻 p.132-139(DK160021k) ページ画像

明治34年10月14日(1901年)

是ヨリ先、第一銀行在韓国支店ニ於テ無記名式一覧払約束手形ノ発行ヲ許可セラレ、是日更ニ大蔵省ニ無記名式一覧払銀行券ヲ発行セン事ヲ上申シ、二十一日許可セラル。


■資料

韓国ニ於ケル第一銀行 第一銀行編 第一七七―一八八頁明治四一年八月刊(DK160021k-0001)
第16巻 p.132-137 ページ画像

韓国ニ於ケル第一銀行 第一銀行編 第一七七―一八八頁明治四一年八月刊
 ○第五章 銀行券ノ発行
    第一節 銀行券発行ノ由来
日韓経済上ノ関係年ヲ追フテ益々密接スルニ従ヒ、韓国市場ニ於テ取引ノ媒介物タルベキ適当ナル通貨ナキ為メ不便ヲ感ズルコト愈々切ナリ、先キニ我国ヨリ壱円銀貨及ビ日本銀行兌換券ヲ輸入シテ僅ニ其ノ不備ヲ補ヒタリシガ、明治三十年我国ノ貨幣制度改革セラレテヨリ壱円銀貨ハ其供給途絶セラレ、一時刻印付円銀ヲ以テ之ニ代ヘタリシモ北清事変ノ為メ悉ク流出シテ其ノ跡ヲ止メズ、加フルニ日本銀行ノ壱円兌換券モ亦漸次回収セラレテ韓国商業ノ程度ニ適合セル良貨幣ハ愈愈欠乏シ、加フルニ在京城ノ清商同順泰ノ如キハ各種ノ銭票ヲ発行シテ盛ニ其流通ヲ計リ、在居留地ノ我商人亦韓銭預リ手形ノ発行ヲ企ツルモノ漸ク多ク、且ツ官鋳私鋳ノ白銅貨ハ市場ニ横溢シテ取引ノ危害名状スベカラザルモノアリ、之レ実ニ明治三十三四年ノ交ニ於ケル韓国経済界ノ状態ナリトス、当時韓国幣政紊乱ノ中ニアリテ最モ直接ニ其影響ヲ蒙リタルハ韓国海関税ノ取扱ヲナセル第一銀行ニシテ、韓国海関ニ於テハ自国ノ貨幣ヲ以テ徴収セズシテ円銀墨銀及ビ日本貨幣ヲ以テスルノ規定ナルヲ以テ、通貨不備ノ為メ困難ヲ感ズルコト尠シトセズ、故ニ此際貿易市場ニ於ケル障害ト海関税取扱上ノ不便トヲ匡正セントセバ、本行ニ於テ一覧払約束手形ヲ発行スルコト最モ良策ニシテ、為メニ金融ヲ疏通シ日韓貿易上ニ裨益スル所少ナカラザルベシトハ独リ本行ノ思考スル所ノミナラズ、各居留地ノ輿論ニシテ且ツ在韓我有司ノ賛助スル所ナリキ、然レドモ我商法ニ於テ参拾円未満ノ無記名式手形ノ発行ハ之ヲ許可セザルノ規定ナルヲ以テ、右一覧払手形ノ発行ハ之ニ牴触スル所アルベク、且ツ外国銀行ノ手形ヲ強制流通セシ
 - 第16巻 p.133 -ページ画像 
メントスルハ国際上穏当ナラズトスルノ説アリテ我政府ニ於テモ種々考究セラルヽ所アリシガ、要スルニ我商法ニ此規定ヲ設ケタルハ、金融上及ビ財政上ニ及ボスベキ危害ヲ予防スルノ精神ナリト雖モ、我経済界ニ直接ノ関係ナキ他国ノ領土内ニ於テモ之ヲ発行スルコトヲ禁ジタルニアラズ、況ンヤ右一覧払証券ハ我商法ニ規定セル手形ノ形式ヲ具有セザルヲ以テ其制裁ヲ受クベキモノニアラズ、而モ強制的通用ノ性質ヲ有スルニアラズシテ、単ニ信用ヲ以テ任意ニ流通スル一種ノ信用証券タルニ過ギザレバ、韓国ノ国権ヲ侵害スルノ理由ナシトノ説ニ帰着シ、且ツ大ニ時局ニ鑑ミル所アリテ政府ハ遂ニ特別ノ規程ヲ設ケ韓国ニ於テ営業スル日本ノ銀行ニシテ信用確実ナルモノハ、商法ノ例外トシテ韓国内ニ限リ一覧払約束手形ノ発行ヲ許可セラルヽニ至レリ玆ニ於テ本行ハ明治三十四年十月十四日附ヲ以テ大蔵大臣ニ宛左ノ上申書ヲ提出セリ
 我邦ト韓国トノ貿易ハ近来著シク進歩致シ、現ニ昨三十三年度ノ統計ニ於テ輸出入ノ総高金壱千八百万余円ニ上リ、向後愈々増加ノ運ニ向ヒ居候処、当銀行ハ既ニ明治十六年来韓国海関税ノ出納ヲ取扱居リ、殊ニ韓国政府ニ対シ、時々資金ヲ調達シ、其財政ヲモ裨補罷在候ニ付、取引上ノ便利ノ為メ、在韓国支店ニ於テ引換フベキ無記名式一覧払ノ銀行券発行可致ト奉存候間、此段上申仕候也
  明治三十四年十月十四日   株式会社第一銀行
                   頭取 渋沢栄一
    大蔵大臣 曾禰荒助殿
次デ同月二十一日付ヲ以テ大蔵省理財局長ヨリ左ノ通牒アリ
 本年十月十四日付ヲ以テ、在韓国支店ニ於テ無記名式一覧払銀行券発行ノ件被聞置候条、依命此段及御通牒候也
  明治三十四年十月二十一日
             大蔵省理財局長 松尾臣善
    株式会社第一銀行
      頭取 男爵 渋沢栄一殿
  追テ頭取肖像ノ下、券面ノ金額ハ在韓国各支店ニ「於テ」ノ二字ハ「限リ」ト訂正相成候様致度、従テ裏書英文モ同一ノ意味ニ訂正致候様及御注意候也
是ニ由リテ本行ハ銀行券発行ノ認可ヲ得タリト雖モ、元来発行ノ事業タル特許独占ノ性質ヲ具有スルニアラザレバ効果ヲ収メ難ク、他日事業ノ成効ヲ見テ、此例ニ傚フモノ続出セバ、互ニ競争ノ弊ニ陥リテ銀行券ノ信用ヲ害シ、遂ニ目的ヲ達スルコト能ハザルニ至ルベキハ疑ヲ容レザル所ナルヲ以テ、右上申書ヲ出スト共ニ、仁川支店支配人ヲシテ予テ頭取ヨリ訓示セラレタル旨ヲ体シテ林駐韓公使ニ面会シテ意見ヲ陳述セシメ、次デ同月十五日ヲ以テ左ノ願書ヲ提出セシメタリ
   手形ノ発行ニ付承認願
 当銀行儀ハ明治十六年以来韓国《(一)》ニ支店ヲ設置シ、爾来注意周到ニ執業致候結果、其内地ニ於ケル確実ナル信用ハ、均シク韓国ニ於テ之ヲ博スルヲ得、現今韓国内ニ於ケル当銀行ノ地位ハ、実際韓国貿易ノ中央金融機関タルノミナラズ、又韓国海関庁ハ其幾百万ニ上リ候
 - 第16巻 p.134 -ページ画像 
海関税ノ出納ヲ当銀行ニ信托シ、韓国政府ニ対シテモ亦時々資本ヲ調達シテ其財政ヲ裨補スルニ至リ候ハ、当銀行ノ深ク面目トスル処ニ有之候、然ルニ日韓交通ノ便尚ホ不充分ノ程度ニアリテ、日本貨紙幣ヲ適当ニ韓国市場ニ供給シ、内外商民ヲシテ其商算ヲ誤マラザラシムルハ、実際甚シキ困難ニ有之、此現況ニ於テ当銀行ガ前陳中央金融機関タリ且海関税出納ノ重責ヲ遺算ナク尽サントスルニ於テハ、到底普通同業者ノ権限ヲ株守致候事ハ実情ノ容レザル処ニ有之必ズヤ特殊ノ設備ニ依頼スルコトヲ必要ト致候、而シテ此特殊ノ設備ヲ案出スルニ於テ、当銀行ガ必要上最モ注意考量ヲ加ヘタルハ、近来日本銀行兌換壱円紙幣ハ漸次引上ゲラレ、円銀亦地ヲ払ツテ清国ヘ流出シ、韓国経済ノ程度ニ適合セル貨紙幣ノ空乏ヲ告タル事、及粗悪ナル韓国白銅貨ハ其濫鋳ノ結果、益々市上ニ危害ヲ及ボシ、当業者ヲシテ警戒ヲ解ク能ハザラシムル事実ニ御座候、当銀行ハ熟議討究ノ末、其特別ノ重任ヲ充スト同時ニ、前顕ノ欠乏ト危害ヲ救済スルニ足ルベキ特殊ノ設備ハ、韓国内ニ限リテ流通スベキ一覧払約束手形ヲ発行スルニ如クハナシトノ見解ヲ有シ候、是レ実ニ交通不便ナル外国ニ在リテ、我貨紙幣ノ欠乏上ヨリ生ズル不便ヲ補足スルノミナラズ、又当銀行ノ重任タル海関税取扱上ノ便利ヲ増シ、同時ニ小貨欠乏ヨリ生ズル市場ノ危害ヲ消滅スルニ適シタル設備ニ有之候、勿論這般ノ設備ハ元来特許独占ノ性質ヲ具有セザレバ効果ヲ収メ難キモノニ有之候処、如前陳当銀行ノ韓国内ニ於ケル地位ハ、海関税出納銀行トシテ又中央金融機関トシテ、普通同業者ト異ナル処有之、而シテ一覧払手形ノ発行ハ全ク此特別ノ地位ニ必要ナル設備トシテ案出シタル次第ニ有之候ニ付、同業者ニ於テ当銀行ノ例ニ傚ヒ得ベキ義ニハ無之候得共、右一覧払手形発行ノ儀御承認相成候ト同時ニ、此辺ノ事情モ亦御含相成候様願上度、此段及悃願候
                            敬具
  明治三十四年十月十五日
               株式会社第一銀行仁川支店
                  支配人 尾高次郎
    日本特命全権公使 林権助殿
右ニ対シ公使ハ固ヨリ認否ノ権能ヲ有スト雖モ、事態重大ナルヲ以テ先ヅ我政府ノ意向ヲ確ムルノ必要ヲ認メ、別ニ公使ニ於テ意見書ヲ草シ、右願書ニ添ヘテ外務大臣ニ具申スル所アリ、其意見書ノ全文左ノ如シ
    第一銀行ニ於テ一覧払約束手形発行ノ件
 韓国政府ノ貨幣制度現在ノ如ク不備ノ状態ニアリ、且補助貨幣ノ濫発近来ノ如ク甚シキニ当リ、韓国商業ノ程度ニ適合シタル日本銀行兌換壱円紙幣ハ追次引上ゲラルヽ事ト相成、壱円銀貨亦跡ヲ市場ニ止メザルニ至リ候為メ、日韓国貿易上為メニ悪影響ヲ蒙ムルニ至ルベキ次第ハ、当業者ノ屡々陳情スル処ニ有之、本使モ実際ノ情況ニ考ヘ、常ニ之ヲ諒ト致居候、然ルニ之ガ救治策ニ関シテハ、昨年来日韓国両方面ニ於テ種々ノ考案ヲ懐キ候者有之、例バ李容翊一派ノ輩ハ韓国貨幣制度ノ改革ヲ企画シ、又渋沢男等ハ曾テ日韓銀行ノ設
 - 第16巻 p.135 -ページ画像 
立ヲ案出致候事モ有之候哉ニ記臆致候、是等ノ計画ハ前述経済社会ノ弊害ヲ根本的ニ救治スル良策タルハ勿論ニ候得共、今日ノ場合其成否スラ卜シ難ク、仮ニ其計画ハ成就致候トスルモ、実際ノ効果ヲ収メ候迄ニハ、巨万ノ資ヲ醵出シ、幾多ノ歳月ヲ要シ候次第ニテ、到底急速ニ今日ノ弊害ヲ癒スルニ足ラズト被存候、況ンヤ韓人側ノ計画ハ総テ之ヲ以テ巨利ヲ獲テ私嚢ヲ肥サントスル魂胆ニ有之候ヲ以テ、其成果ハ最モ絶望的ノモノニ有之候、斯ル根本的救治策ノ外ニ当国貨幣制度ノ完備ニ至ル迄ノ中継トモ称ス可キ一種ノ救済策、同ジク渋沢男等ニヨリ案出セラレタルコト有之候、夫ハ当国政府ノ特許ヲ得テ紙幣ヲ発行セントノ計画ニ有之、幸ニ当国政府ノ同意ヲ得タランニハ、此計画亦有望ナラザルニハ無之候得共、種々ノ事情其間ニ纏綿シテ、其事遂ニ行ハレズシテ止ムニ至リ候
 右紙幣発行ノ計画ハ、昨年第一銀行ガ韓廷ニ対シ、五百万円ノ借款ヲ諾約セントスルニ当リ、其諾約条件ノ一トシテ提出シタルモノニ有之、当時本使ハ渋沢男ヨリモ頻回評議ヲ受ケタル事有之候ニ付、本使ハ紙幣発行ノ計画ニ代フルニ、一覧払約束手形発行ノ計画ノ便宜ナル事ヲ以テシ、同時ニ香港上海銀行ガ清国ニ於テ発行セル一覧払約束手形、及某清商ガ当国ニ於テ発行セル手形ノ事例ヲ示シ、右等ヲ比較研究ノ上一定ノ計画ヲ定メテハ如何トノ旨ヲ以テシタルコト有之候、渋沢男ハ則右ノ注意ニ関シ、研究ヲ遂ゲ、且内地其筋トモ内々協議ヲ尽シタルモノト見ヘ、今回在仁川支店支配人ヲシテ別紙ノ願書ヲ本館ニ提出セシムルニ至リ候
 査スルニ、一覧払約束手形ハ其性質兌換券ト異ナル処無之ニ付テハ第一銀行ニ於テ之ヲ内地ニ於テ流通セシムル目的ヲ以テ発行致候儀ハ、不相叶次第ニ有之候得共、願書中ニモ陳述致候如ク、今回ノ挙ハ全ク韓国内ニ限リ之ヲ流通セシムル目的ニ出デ候ニ付、内地一般ノ場合ヲ以テ、本挙ヲ律スル必要ハ有之間敷候、且発行ノ結果ハ願人ニ於テ詳細申述候如ク、目下日韓貿易上ノ困難並ニ小貨ノ欠乏ヲ救済スル最良ノ方便ニ可有之被存候ニ付テハ、成規ノ許ス範囲ニ於テ、可相成其意ヲ遂ゲサセ候事可然ト存候、尤モ本挙ヲ承認スル上ニ於テハ、当国ニ於テ、内外人間ニ現ニ流通致居候日本銀行兌換券(五円拾円以上)ニ対シ、可相成競争セシメザル事、並ニ後来同業者ニ於テ第一銀行ト競争スベキ同様ノ計画ヲ行ハシメザル事トニ有之候処、本使ノ卑見ヲ以テスレバ、第一ノ点ニ関シテハ、壱円・五円券ヲ除ク外、其以上ノ手形ヲ発行セシメザル事ヲ承認ノ条件トセバ、其目的ノ大部ヲ達シ可得ト存候、又第二ノ点ニ関シテハ願人ニ於テ陳疏致シ候通、海関税取扱銀行トシテ又韓国内ニ於ケル事実上ノ中央銀行トシテ同行ノ有スル地位ハ最モ特別ノモノニ有之、表面上此地位ニ対シ、本計画ヲ承認致候モノトスルトキハ、後日同業者ノ競争ヲ防グノ口実モ有之候哉ニ被存候、且又約束手形ハ其際実際ニ於テ普ク信用ヲ得テ確実ニ流行致候必要有之候処、現今当国内ニ支店ヲ有シ候一二銀行ハ、勿論其信用ノ程度ニ於テ第一銀行ニ及ブ可キ次第ニ無之候、尤モ第一銀行発行ノ手形ト雖モ、汎ク且確実ニ流行致候為メニハ、海関納税トシテ有効ニ認メラレ候事モ必要ニ可
 - 第16巻 p.136 -ページ画像 
有之ト存候ニ付、此点ニ関シテハ、発行後追々私人間ニ信用ヲ得タル上ハ、機ヲ見計ヒ、其筋ニ協議可致ト存候、兎モ角モ該銀行ニ於テ差当リ商業界ニ信用ヲ博スル様注意致候時ハ、今後韓国側ニ対スル難関ハ、如何様ニモ切抜ケ候手段可有之ト被存候
 前顕要スルニ本使ノ該挙ニ対スル意見ハ、韓国内ニ於テ流通スベキ一覧払約束手形ノ発行ハ、当時韓国ノ経済事情ニ於テ、且ハ第一銀行ノ現有地位ニ考ヘ、之ヲ承認スルモ差支無之トスルニ有之候、従テ貴大臣閣下ニ於テ御異存無之上ハ、右願書ニ対シ、聞届若クハ承認等ノ文字ヲ加ヘ、指令ヲ与ヘ度存念ニ有之候、乍併本件ハ其手形発行ノ必要並ニ手形流通区域ノミニ関シテハ、本使ノ裁量ニノミ属シ候哉ニ被存候得共、事件ノ性質上並ニ銀行監督ノ範囲ニ於テハ大蔵省ニ関係致居、殊ニ発行手形額ノ制限及準備金ノ要否並ニ其額等ニ関シテハ、其筋ノ指揮ヲ受クベキ儀ト被存候ニ付、予メ御協議相成候様致度候
 右及稟申候間、何分ノ儀御回訓相成候様致度候 敬具
  明治三十四年十月十七日
                      林公使
    小村外務大臣殿
右意見書ト仁川支店支配人ノ願書トハ外務大臣ニ送達セラレ、更ニ大蔵大臣ノ賛同ヲ得タルヲ以テ、明治三十四年十一月五日ニ至リ「願ノ趣大蔵大臣ニ於テ聞届相成候ニ付之ヲ承認ス」ト願書ニ朱書シテ公使ヨリ仁川支店ヘ交付セラレタリ
此特権ヲ附与シタル為メ、政府ハ更ニ本行ノ事業ヲ監視スルノ必要アルヲ以テ、外務大臣ハ大蔵大臣ノ照会ニ応ジテ、韓国各港ノ領事ニ訓令ヲ発シ、在韓国本行各支店出張所ニ於ケル手形発行ノ事業ヲ監督セシムルコトヽナレリ
抑々本行ガ発行セントスル手形ハ日本貨幣ヲ準備トスルモノニシテ、往年海関税ガ韓銭ヲ以テ徴収セラレタル時ニハ本行ハ韓銭預リ手形ヲ発行シテ自他取扱ノ便利ヲ計リシコトアリ、其後海関ガ円銀墨銀ヲ以テ徴税セラルヽニ至ルヤ、又銀貨預リ手形ヲ発行シ常ニ海関ノ徴収スル貨幣ト銀行ノ発行スル手形トハ其性質ヲ同一ニセル例アリト雖モ、前節ニ於テ述ベタルガ如ク当時円銀及墨銀ハ殆ンド市場ニ跡ヲ絶テルノミナラズ、銀貨ハ既ニ貿易上ノ媒介物トシテ効用ナキヲ以テ銀貨兌換ノ手形ヲ発行スルコト難ク、若シ又之ヲ発行スルトスルモ円銀墨銀ノ価格ハ漸次低落ノ趨勢アルヲ以テ、他日海関ヨリ続々銀行ニ流入スルコトアラバ銀行ノ損害ヲ蒙ルコト少カラザルベシ、此等ノ困難ヲ免レントセバ金貨ヲ標準トスルノ手形ヲ発行スルノ外ナク、是ヲ以テ本行ハ屡々仁川海関長「ラポート」氏及総税務司「ブラオン」氏ヘ建議シテ、貿易市場ニ於テ貨幣ノ効用ナキ銀貨ヲ以テ税金ヲ徴収スルハ当ヲ得タルモノニアラザル理由ヲ論ジタリト雖モ、常ニ要領ヲ得スシテ終レリ、依テ仁川支店支配人ハ更ニ駐韓我公使ニ意見ヲ陳述シテ交渉ヲ重ネシガ、公使ハ現行日韓条約英文記載ノ条項中韓国政府ニ於テ追テ銀貨ヲ鋳造シ発行スル迄ハ此規則ニ拠ルベシトノ明文アルヲ以テ、之ニ由リテ考フレバ韓国政府ハ数年前ニ銀貨ヲ鋳造発行シテ今ヤ進ン
 - 第16巻 p.137 -ページ画像 
デ金貨制度ナリト公言スルノ時ナレバ、日韓条約第四十款ノ規定ハ自然其効力ヲ消滅シタルモノト解釈スルヲ至当トシ、仁川支店ノ請願ヲ容レテ総税務司ニ通告シ、玆ニ漸ク本行ノ希望ヲ貫徹スルヲ得、明治三十五年一月一日以後仁川・釜山・木浦・鎮南浦・元山・群山・城津ノ各海関ハ、従来ノ銀貨建ヲ改メテ金貨ヲ以テ税金ヲ徴収スベシトノ海関ノ公告ヲ見ルニ至レリ


第一銀行五十年史稿 巻五・第七〇―七五頁 大正一二年刊(DK160021k-0002)
第16巻 p.137-138 ページ画像

第一銀行五十年史稿 巻五・第七〇―七五頁 大正一二年刊
 ○第二編 第五章 日清戦後の発達
    第三節 韓国中央金融機関
○上略
初め第一次の借款問題の不調に帰したる際、本行は銀行券を発行するにあらざれば、到底韓国金融上の不便を除く能はずとなし、借款問題とは全く無関係に之が計画に従ひ、明治三十四年一月先づ大蔵省に謀りたるに、大蔵大臣渡辺国武は国立銀行条例に反し、商法と牴触し、且また国際上穏当ならずとて反対せり、其理由は国立銀行は既に皆満期処分を了して存在せるものなしといへども、該条例は依然有効なるがゆゑに、国立銀行の外は特別の法律によるにあらざれば、紙幣又は紙幣類似の手形を発行すること能はずとなし、且商法第四百四十九条に「為替手形は其金額三十円以上のものに限り、之を無記名式と為すことを得、此規定は商法第五百二十九条に依り約束手形にも之を準用す」とあれば、金額三十円以下の手形は無記名式となすことを得ずとなし、なほ外国銀行の手形を強制流通せしめんとするは国際上穏ならずといふにありき。然るに本行の見る所は之に反し、銀行券は単に信用を以て任意に流通する一種の証券なれば、日本銀行兌換券、台湾銀行銀券・若しくは紙幣に関する法理を適用すべきにあらず、故に商法と牴触する所なし、而して国立銀行条例は国立銀行の処分既に了り、其目的物の存在せざれば自然消滅に帰せるものなれば、条例に反すといふは誤なり、此の如く信用によりて流通する証券にして、我国の国権によりて強制的に流通せしむるものにあらざるが故に、決して韓国の大権を侵害するものにあらず、又仮令本国法令が之を禁じたりとせんにも、韓国政府が自己の領土内に於て之を発行することを特許し、韓国の法貨と同様の効力を有せしむることは、同国政府の任意なれば我国の法令を以て検束すること能はず」と、直に反駁書を大蔵省に呈出し、且法学博士梅謙次郎の意見を徴したるに、大体において本行の所見を是認せしかば、大蔵省もまた鑑みる所あり、遂に韓国において営業する日本の銀行にして信用確実なるものは、同国内を限りて一覧払手形の発行を許可すべしといふに定まれり、よりて本行は明治三十四年十月四日取引上の便宜の為、在韓国支店において引換ふべき無記名式一覧払の銀行券の許可を大蔵省に出願し、十四日、其許可を得たり、而して銀行券の発行は特許独占の性質を具備するにあらざれば不可なるが故に、仁川支店支配人尾高次郎は頭取の命令により、其翌日を以て書を林公使に呈して之を告げ、且銀行券の発行は全く海関税出納銀行として、又事実上の中央金融機関としての特別なる地位に必要
 - 第16巻 p.138 -ページ画像 
なる設備なれば、他の同業者の模倣すべきにあらざる所以を弁明したるに、公使は本行の所見に賛同し、外務・大蔵の両大臣とも協議の後本行の提議に承認を与へたり、かくて政府は此事が金融上至大の関係を有し、彼我貿易上にも影響する所尠からざるがゆゑに、特に在韓国各港の領事に命じて、本行各支店・出張所における手形発行の事業を厳密に監督せしむることゝなしたり。
本行が発行せんとする手形は、日本貨幣を準備とするにあり、初め海関税が韓銭を以て徴収せられし時には、本行は韓銭預り手形を発行して自他取扱の便利を計りしが、其後海関税が円銀墨銀を以て徴収せらるゝに至るや、また銀貨預手形を発行し、常に海関の徴収する貨幣と本行の発行する手形とは其性質を同一にせる例あり、然れども今や円銀墨銀は殆んど市場に其跡を絶ち、銀貨は我国の幣制改革以来貿易上の媒介物としての効力を有せざるが故に、銀貨兌換の手形を発行し難きを以て、今は本行の金貨兌換の手形を発行せんとす、是において本行は総税務司ブラオン及び仁川海関長ラポートに建議し、貿易市場において貨幣の効用なき銀貨を以て税金を徴収することの当を得たるものにあらざる理由を論じたれども、常に要領を得ざりしが、折しも同国政府は自ら金貨本位制度なりと公言し、又進んで之に関する法令を制定発布せんとて其準備に着手せしかば本行は銀貨を以て海関に徴収することを約したる日韓の条約は、既に其効力を失へるものとなし、林駐韓公使を介して交渉せるに、同国政府もまた之に同意し、明治三十五年一月以後各海関は従来の銀貨建を改め、金貨を以て税金を徴収すべしとの海関の公布を見るに至れり。○下略


第一銀行五十年小史 第九三頁 大正一五年八月刊(DK160021k-0003)
第16巻 p.138-139 ページ画像

第一銀行五十年小史 第九三頁 大正一五年八月刊
 ○第六章 朝鮮に於ける事業
    五、銀行券の発行
○上略
  銀行券発行高略表

   年次           発行総額
                      円
 明治卅五年十二月       七〇三、三五八
 同卅六年十二月        八七〇、一二六
 同卅七年十二月      三、三七一、八一七
 同卅八年十二月      八、一二五、二六七
 同卅九年十二月      九、二二四、四〇〇
 同四十年十二月     一二、八〇五、三〇〇
 同四十一年十二月    一〇、三八五、九〇〇
 同四十二年十一月    一一、八三三、一一七

   ○右ノ紙幣ハ明治三十五年八月五円券ヲ、同年十二月拾円券ヲ発行、然ルニ後偽造紙幣流通スルニ至リシカバ明治四十一年壱円券ヲ、翌年拾円券ヲ改造セリ。(「韓国ニ於ケル第一銀行」及ビ「第一銀行営業報告書」ニヨル)
   ○林公使ヨリ小村外務大臣ニ宛タル文書中ニ栄一嘗テ日韓銀行ノ設立ヲ計画シタルコトヲ記セリ、然ルニ「中外商業新報」第五〇五六号(明治三十一年十二月十四日附)ニ「朝鮮銀行設立計劃に就て」ト題スル栄一ノ談話アリ。右ニヨレバ実業界ノ一部ニハ韓国銀行設立ノ計画アレドモ、栄一ハ日韓人共同ニテ同国中央銀行ヲ設立スル案ニハ反対ニシテ、韓国中央銀行ハ
 - 第16巻 p.139 -ページ画像 
飽迄韓人ヲシテ組織セシメ、内地ノ有力銀行(例ヘバ日本銀行・第一銀行等)ヲシテ之ガ後援ヲナサシムルヲ以テ同国国情ニ適セルモノトナセリ。
   ○第一銀行ニ対スル大蔵大臣ノ監督ニ就テハ明治三十八年三月二十四日ノ条(第二一四頁以下)ヲ参照スベシ。