デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

6章 対外事業
1節 韓国
1款 韓国ニ於ケル第一銀行
■綱文

第16巻 p.157-169(DK160025k) ページ画像

明治35年8月(1902年)

韓国ニ於テ第一銀行ヨリ銀行券発行セラルルヤ、是月頃ヨリ主トシテ京城ニ於テ其流通ヲ妨害セントスル運動起リ、翌三十六年七月ニ至リテ漸ク平静ニ帰シタリ。右流通妨害運動ト相前後シテ同年十二月偽造銀行券発見セラレ、爾来銀行券ノ偽造変造盛ニ行ハレ、銀行券ノ流通ヲ妨害セシ事件アリタリ。


■資料

韓国ニ於ケル第一銀行 第一銀行編 第一九三―二一六頁 明治四一年八月刊(DK160025k-0001)
第16巻 p.157-165 ページ画像

韓国ニ於ケル第一銀行 第一銀行編 第一九三―二一六頁 明治四一年八月刊
 ○第五章 銀行券ノ発行
    第三節 銀行券流通妨害並ニ偽造事件
銀行券ノ発行セラルヽヤ其流通ニ最モ好結果ヲ呈セルハ釜山木浦方面ニシテ、韓人皆其受授ニ便ナルト美麗ナルトヲ喜ビ、発行高日ニ増進ノ傾向アリシト雖モ、京城仁川ニ於テハ故ラニ之ヲ携帯スルヲ避クルノ風アリテ、就中仁川ニ於テ韓人ノ組織セル伸商協会ノ如キハ銀行券ヲ受授セザルコトヲ決議スルニ至リ、一時流通頗ル不円滑ヲ来セリ、然レドモ是等ハ敵愾心ニ駆ラレタル一時ノ妄動ニ過ギズシテ日ナラズ其勢薄弱トナリ、銀行券ノ流通ニ差シタル影響ヲ及ボサヾリシガ、韓廷内ニ於ケル一種ノ偏見ハ容易ニ去ラズシテ、三十五年八月頃ヨリ第一銀行券排斥ノ声漸ク高ク、九月ニ入リテハ形勢益々不穏トナリ、遂ニ同月十一日ニ於テ第一銀行券受授禁止ノ訓令ヲ発スルニ至レリ
韓廷ノ妨害其勢ヲ加フルニ当リ、我大蔵省ニ於テモ之ヲ憂ヒ、銀行券準備ニ関シ左ノ通牒アリ
 原甲第六号
 貴行銀行券発行準備ハ同規則第五条第二項ニ依テ発行スルヲ得ルニ依リ、釜山支店ニ於テ八万弐千余円ノ発行ニ対シ五万七千余円ノ準備ヲ置キタル義ニ付、釜山領事ヨリ準備増加之儀注意有度旨申出居リ、且ツ仁川領事ヨリノ報告(九月十八日付)ニ依レバ、韓国外部ガ布達ヲ発シ一般韓人ニ銀行券ノ受授ヲ禁ジタル趣モ有之義ニ付、発行日尚浅キ試験的時代故、規則以外ニ可成余分ノ準備ヲ置キ、蹉跌ナキヲ計リ、信用ノ鞏固ヲ認ムル迄充分ノ御注意相成様致度、此段及御通牒候也
  明治三十五年十月六日
              大蔵省理財局長 松尾臣善
    株式会社第一銀行頭取 渋沢栄一殿
右ニ対シ本行ヨリ答申セル所左ノ如シ
 当行銀行券発行準備ハ同規則第五条第二項ニ依リ流通高五万円迄ハ全額準備ヲ置キ、五万円以上ハ其三分ノ一以上ヲ備フベキコトニ相成居候処、今般釜山及仁川領事ヨリ御申告之趣モ有之候ニ付、当分ノ内右規則以外ニ可成余分ノ準備ヲ置キ蹉跌ナキ様注意可致旨御達
 - 第16巻 p.158 -ページ画像 
シノ趣拝承仕候、右ノ趣ハ早速韓国各支店出張所ヘ通達可仕候、此段拝答申上候也
  明治三十五年十月七日
                株式会社第一銀行
                   取締役 佐々木勇之助
    大蔵省理財局長 松尾臣善殿
本行ハ右ノ旨ヲ体シテ韓国各支店出張所ニ於ケル準備金ノ豊富ヲ計リ万一ニ具フル所アリシガ、幸ニ韓廷ノ禁令モ京城・鎮南浦ノ外行ハレズ、銀行券ノ信用ハ益々加ハリテ流通高ノ増進著シキモノアリ、然レドモ右禁令ハ之ヲ不問ニ附スベキモノニアラザルヲ以テ、我駐韓公使ハ韓廷ニ対シ其不法ヲ責メテ撤回ヲ迫リ、種々交渉ノ末遂ニ明治三十六年一月八日韓延ハ八港一市ニ向ケ左ノ取消命令ヲ発スルニ至レリ
 昨年九月ノ交、日本ノ銀行ヨリ発シタル兌換券ニ対シ通用禁止ヲナシタル訓令ハ現ニ日本公使ノ要請ニ由リ故障ナク通用セシムルコトニ相成候間、玆ニ特ニ此事ヲ布達ス、宜敷照亮セヨ
 且内外商民ヲシテ任意流通セシムル様尽力可致モノ也(一月八日付「訳文」)
妨害運動ハ斯ノ如ク一段落ヲ告ゲントスルニ際シ、曩キニ旅順口ニ赴キタル李容翊突然帰国シテ一月十七日夜韓帝ニ謁見シ、銀行券禁止令取消ヲ難シ、爾後排斥問題再燃シテ激烈ナル運動開始セラルヽニ至レリ、明治三十六年一月二十八日付尾高仁川支店支配人ノ来状ニ於テ当時ノ状況ヲ報ズルコト左ノ如シ
 (前略)先日李容翊支那ヨリ帰来シテ所謂捲土重来ノ勢ヲ見ハシ、直チニ銀行券ニ向テ妨害ヲ始メ申候、李容翊一派ノ李根沢ハ配下ニ養成シタル頑固党尚武会員ニ命ジ檄文ヲ作ラシメ、第一銀行券及同順泰手形拒絶ノ意ヲ伝ヘ、同時ニ京城ノ鐘路ニ掲示致シ候抔大分公然タル挙動ニ及ビ申候、其為メ京城出張所ニテハ昨日来銀行券ノ交換ヲ請求スル韓人多ク相成候様子ニ御座候(下路《(略)》)
次デ二月三日付同支配人ヨリノ来状左ノ如シ
 (前略)京城ニ於テ数日以前ヨリ銀行券ニ対シ妨害ノ運動有之候義ハ前報申上候間御承知ト奉存候、而シテ韓国政府ハ日本公使トノ約束モ有之、已ニ通用禁止令ヲ取消シ候位ノ場合ニ候間、韓国政府ガ表面ヨリ銀行券ニ妨害ヲ与ヘ候様ノ筈ハアルマジク、只李容翊一派ノ内意ヲ受ケテ韓人共ガ立騒グ位ニ可有之、然ル以上ハ何程ノコトカアラント例ニヨツテ安心罷在候、然ル処意外ニモ京城府尹ナルモノヨリ一ツノ訓令ヲ出シ、銀行券ヲ受授スルモノハ厳刑ニ処スベシト申候為メ俄カニ騒ガシク相成候由、是レハ昨日ノ事ニテ京城四門ニハ右府尹ノ布達文ヲ掲出致シ候等甚ダ手厳シキ次第、為メニ韓人ハ続々京城出張所ヘ取付ケニ参リ昨日中ニ五万円ヲ取付ケラレ、今日モ参四万円ハ取付ケラレ候哉ニ通知有之申候
 今回ノ妨害運動ハ従前ノ如キ手軽キコトニ無之、而モ突然ノ出来事ニ候間甚ダ掛念千万ニ奉存候、京城ノ領事ハ警官ニ命ジ府尹ノ掲示シタル布達文ヲ撤去セシメ府尹ニモ厳重ノ談判ニ及ビタル筈、又萩原代理公使モ外部ヘ交渉ノ為メ其交渉文ヲ草シ、外務省ノ訓令ヲ仰
 - 第16巻 p.159 -ページ画像 
ギテ厳談ヲナス筈ニ候
 京城出張所ヨリハ危険ノ報告相達シ候間、昨日五万円今日参万円ヲ送付致申候、又此兆候ハ一月末ヨリ相見ヘ候ニ付二十八日ニ参万円二十九日ニ弐万円ヲ差送リ候事ニ御座候、又一面ニハ大阪ヘ電報シテ金貨拾万円ヲ取寄セ候事ニ致候義ハ先便申上候通ニ有之、尚又昨日大阪ヘ架電シテ紙幣拾万円ノ現送ヲ仰ギ申候(下略)
右ノ如ク妨害運動益々激烈トナリタルヲ以テ、二月三日外務省ハ萩原代理公使ニ電報ヲ発シテ韓廷ニ対シ強硬ナル談判ヲ試ミ、第一銀行ノ損害ヲ請求スベキ旨ヲ訓令シ、代理公使ハ直ニ外部・宮内両省ヘ厳談シ、愈々国際談判ヲ開始セシト雖モ、銀行券ノ取付ハ益々急ヲ告ゲ、形勢計ルベカラザルモノアリ、二月七日付仁川支店支配人ノ書状左ノ如シ
 拝啓然バ京城ニ於ケル銀行券再禁止令ハ去四日附度支部ノ訓令トナリテ各港監理ニ通達セラレ、其為メニ当方ハ去五日ヨリ激シキ取付始マリ候事ニ御座候、先日貴方ノ御電報ニ他方面ニ影響ナキヤト御問合セ有之、其時愚案ニテハ京城ノ取付ハ一月末ヨリ始マリシニ、当方ヘハ別段影響モ参ラザル様子ニ付、此分ナラバ他方面ハ大丈夫ナラント存ゼラレ、乃チ其意味ニ御返電仕リ置キ候得共、四日ニ至リテ度支部ハ遂ニ各港ヘ訓示セシヲ以テ玆ニ始メテ当方ヘ取付ケ波及致申候、昨日午後群山ヨリモ電報参リ、取付アルニ付五万円現送頼ムト申越シ候得共、当方モ頻リニ取付ケニ応ジ居リテ今ニモ払尽シ候様相成ルヤト心配ノ際ニ付、五万円ヲ群山ヘ送ルコトハ到底出来不申、且何程群山ノ取付急ナリトモ五万円一時ニ入用ノ筈ハ無之又如何ニ入用ナリトスルモ当方焦眉ノ急ニ際シ背ニ腹ハ代ヘラレ不申ト決心致シ、苦シキ中ヨリ壱万円ヲ昨日ノ便船ニテ差送リ候事ニ仕候(中略)尤モ何分群山ノ事掛念ニ不耐候ニ付、直チニ萩原代理公使ヘ電報致シ、群山危急ノ場合ハ其地領事ヨリ其地監理ヘ協議シテ資金到達迄取付見合ハスコトニ尽力スベキ公使ノ指図ヲ願度、且此事情ハ独リ群山ノミナラズ、各港同様ニ付宜シク願フト申込ミ置キ申候、尚此旨高木正義ヨリモ代理公使ヘ請求セシメ候間、已ニ夫夫公使ノ訓電各港領事ニ相達シ候事ト存候
 群山ニ影響生ジテ取付ニ応ズル為メ、不充分ナガラ当方ヨリ紙幣壱万円同出張所ヘ現送仕リ候旨ハ電報ニテ申上候間御承知ト奉存候
 当方ハ五日・六日ノ両日ニ於テ銀行券ノ交換ニ応ジタル高拾壱万円ニ達シ、其他為替支払ナド直接ニ紙幣ヲ望マレテ相渡シ候分モ有之時々ニ準備金減少ト相成、而シテ敵ノ兵力ハ此跡何程ナルヤ何時攻メ来ルヤ一向不相分、千里ノ外ニ孤軍ヲ以テ守勢ヲ取ルノ場合ニ有之候(中略)
 立神丸ハ明朝入港ノ由、然ル時ハ拾万円到着スル筈ニ候間最早苦労ハ有之間敷、金貨ニテハ取扱ニ不便トハ奉存候得共、別ニ差支ハ無之、百万ノ援兵来着スルヤノ思ヒ致候
 韓廷今回ノ暴状ハ言語同断ニ有之、今更多言ヲ要セザル次第、無法ノ訓令ニヨツテ故意ニ交換ヲ請求スルモ、之ニ応ゼズシテ可ナル丈ケノ弁解ハ充分有之候事ニ候得共、是ハ個人同士ノ間ニ主張スベキ
 - 第16巻 p.160 -ページ画像 
言葉ニシテ、当行ハ決シテ個人ノ挙動ト同様ニハ不相成、将来ノ信用大切ニ候間、何処迄モ快ク交換ニ応ジテ少シモ拒ムコトヲ不致、幸ニ急場相凌ギテ已ニ安心ノ目途ニ達シ、当行ノ信用益々堅実ナルヲ表示シタルハ誠ニ大慶ト奉存候
 昨夜当地商業会議所ハ臨時会ヲ開ラキ、今回ノ京城政府暴状ノ次第ヲ絶対ニ非難シ、第一銀行銀行券流通拡張ノ為メニハ日本政府ハ飽迄尽力シテ韓廷ニ大々的抗議セザル可ラズ、此旨ヲ以テ決議文ヲ草シ、日本公使ヘ建白シテ公使ニ勢援ヲ与フベシト云フコトニ満場一致可決相成申候、又同時ニ此旨ヲ韓国各港ノ会議所ニ電報シテ同歩調ヲ取ラシムルコトニ相成申候
 本日正午貴方ノ御電報左ノ如ク相達シ申候
  貴店昨日ノ帳簿残高ニテ銀行券流通金額何程ナルヤ電報ニテ返答セヨ
 右拝承仕候ニ付左ノ如ク御返電申上候
  電承昨日ノ銀行券流通高拾八万九千五百九拾七円ナリ、今日取付少ナシ、多少落付タリ、跡心配ナキ見込
 本日ハ単ニ引換ノ為メニ参リタル韓人四十名程ニ候ヘドモ、何レモ金高少額ニ付格別手許有高ニ変化無之候
 当行ニ取付始マリタルト同時ニ当地十八銀行・五十八銀行ヘモ交換ノ請求ヲ為ス韓人少々宛有之候処、両行トモ之ニ応ズル丈ケノ紙幣ヲ所持致居候為メ好都合ニ有之申候
 群山ノ請求五万円ニ対シ壱万円シカ送リ不申甚ダ掛念ト存ジ候処、五万円ハ不用弐万円ニテ宜シキ旨ノ追電相達シ少シハ安心仕候
 鎮南浦ノ方モ心配ニハ有之候得共、同所ハ他ノ場所ト異ナリ監理ガ日本領事ノ意見ニヨリ同意致シ呉レ、曩ニ禁止解除ノ訓令外部ヨリ出デ候節ノ如キ、右訓令各港トモ監理ノ手ニ達セザリシヲ以テ、解除ノ件ニ付監理署ガ何等ノ心配ヲセザリシニ、独鎮南浦丈ハ監理使率先シテ銀行券ノ流通ヲ奨励致シ呉レ候様ノ事情ニ付、今回モ必ズ都合ヨク領事ト談合出来可申ト不安ノ内ニ幾分ノ安心ヲ置キ候事ニ御座候
 右ノ段申上度候也
尚翌八日付ヲ以テ同支配人ヨリ状況ヲ報ズルコト左ノ如シ
 (前略)去リナガラ今回ノ取付ケハ御承知ノ通、信用云々ノ上ヨリ相起リ候義ニテハ無之、政治上ノ妨害ニ基因致シ候事ニテ、取付ケニ参ル本人ハ韓国政府ヨリ厳刑ニ処セラルヽコトヲ恐レ、若クハ此機ニ乗ジテ暴官汚吏ヨリ銀行券ヲ勝手ニ取上ゲラルヽコトヲ憂フル為メ不得止泣々交換ニ参ル者ノミニ候、店頭ニテ試ミニ懇意ノ韓人ニ何故交換スルヤヲ尋ネ候時ハ衆口同音右ノ如キコトヲ答ヘ、未ダ曾テ一人トシテ不信用云々ト申ス者ハ無之、是ハ銀行外ニ於テノ評判モ其通リニ有之、以テ取付ケ恐慌ハ政治妨害ノ外何モノモ無之ヲ知ルニ足リ申候、故ニ信用ノ点ヨリ準備ヲ考フルトキハ五分ノ一ニテモ今日差支ハ無之候、而シテ政治妨害ニ対スル点ヨリ準備高ヲ打算シ候時ハ、京城ノ如キハ流通高ノ全額以上ヲ準備スルモ到底安心ハ出来不申候、況ンヤ韓廷ヨリ当座預金ナド多ク有之候際ハ預金準
 - 第16巻 p.161 -ページ画像 
備ニモ多額ヲ要シ可申候、畢竟スルニ今回ノ妨害ハ李容翊ヲ誤解シ懐柔セシヨリ相発シ候モノナルハ一般ノ明白ニ証明スル所ニ有之候今日承ル処ニテハ○中略漢城判尹ハ処罰サレ、諸所ニ掲ゲラレタル判尹ノ告示文ハ韓廷自ラ撤去シ、趙秉式再ビ外務大臣ニ任ゼラルベシ云々、大分抗議ノ効能現ハレ始メ候様ニ被存申候(下略)
是ヨリ先キ妨害運動甚シキ時ニ当リ萩原代理公使ハ各港領事ニ対シ若シ銀行券ノ取付危急ヲ告グルトキハ領事ハ本行ノ保証ニ立チ、日本ヨリ資金到着スル迄取付延期ヲ各港監理ニ談判スベキ旨訓令シテ万一ニ具ヘ、一方ニハ韓廷ニ対シテ強硬ナル交渉ヲ重ネシガ、十二日夜ニ至リ公使ノ尽力遂ニ其効ヲ奏シテ韓廷モ其非ヲ悟リ、談判玆ニ落着ヲ告ゲ、銀行券流通禁止令ヲ撤回セルノミナラズ通用ヲ故意ニ妨グルモノハ厳刑ニ処スル旨漢城判尹ヨリ布告ヲ発セシムルニ至レリ、而シテ翌十三日林公使ハ○中略帰韓シ、妨害運動ハ玆ニ全ク屏息スルニ至リシト雖モ、流言浮説尚ホ頻リニ起リテ未ダ意ヲ安ンズルニ足ラザルヲ以テ○中略韓廷ノ挙動ヲ監視スルコトヽナレリ
此事件ノ為メ本行ハ僅少時日ノ間ニ大阪ヨリ四拾万円、仁川ヨリ弐拾万円、合計六拾万円ノ資金ヲ京城ニ現送セルノミナラズ無形ノ損害亦少カラザリシモ、一方ニハ銀行券発行ノ国家事業ナルト銀行ノ信用甚大ナルノ事実ヲ示スヲ得テ、事業ノ基礎ヲ鞏固ナラシメタルハ偶然ノ僥倖ト云フベシ
爾後銀行券ハ信用益々加ハリテ流通額増進スルニ至リシガ、三十六年六月ニ入リテ民間ニ於テ再ビ妨害運動ヲ開始セルモノアリ、宋秀万ナルモノ首謀者トナリ同志十数名相集リテ、京城四大門其他ノ要所ニ清商同順泰ノ紙票ト第一銀行券トヲ排斥スルノ広告文ヲ掲ゲテ盛ニ人心ヲ煽動セリ、或ハ曰フ当時同順泰ノ手形ハ偽造券ノ市場ニ流通スルモノアリテ信用失墜シ、為メニ排斥ノ好機ヲ与フルニ至リ其飛沫銀行券ニ及ベルモノニシテ、而シテ此等運動者ノ背後ニ李根沢一派ノ伏在セルハ疑フ可ラザル事実ナリト、其当否知ル可ラズト雖モ要スルニ運動ノ根拠深カラズシテ銀行券ノ流通ニ差シタル影響ヲ来スニ至ラズ、然ドモ之ヲ放置スルトキハ遂ニ如何ナル軽挙ニ出ヅルモ計ルベカラザルモノアルヲ以テ、林公使ハ六月十日外部大臣ニ対シ強硬ナル公文ヲ送リ、爾後交渉数次十五日ニ至リテ首謀者ハ警視庁ニ捕拿セラレ、同月下旬ニ入リテハ運動ノ勢次第ニ衰退セシガ、次デ七月三日漢城判尹ハ各要所ニ告示文ヲ掲ゲテ一般人民ニ訓戒スル所アリ、人心漸ク平静ニ帰シ全ク此事件ノ結局ヲ告グルニ至レリ
右流通妨害問題ト相前後シテ銀行券ノ信用ニ一障害ヲ与ヘタルヲ偽造事件ナリトス、抑々偽造ノ始メテ世ニ見ラレタルハ壱円券ニシテ明治三十五年十二月露領浦塩港ニ於テ之ヲ発見シ、同地帝国貿易事務館事務代理ヨリ右偽造券ヲ添ヘテ外務省ニ報告アリタルヲ以テ、同省ニ於テハ直チニ訓令ヲ発シテ其取締方法ヲ講ジ、本行ニ於テモ一切ノ費用ヲ負担シテ犯人ノ捜索ヲ請願セリ、当時銀行券ノ発行日尚浅ク世人ノ耳目ニ馴レザルノ際ナルヲ以テ偽造ノ危害特ニ憂フベキモノアリ、而シテ未ダ其取締ニ関スル特別ノ法令ナク、偽造券ヲ所持スルモノアルモ之ヲ罰スルコト能ハズ、只之ヲ行使スルニ及ンデ僅ニ詐欺取財ニ問
 - 第16巻 p.162 -ページ画像 
フヲ得ルノミ、取締ノ不備斯ノ如クニシテ其偽造ヲ杜絶セシムルコトノ困難ナルハ言ヲ俟タズ、我政府此ニ鑑ミル所アリテ明治三十六年四月ニ於テ左ノ勅令ノ発布ヲ見ルニ至レリ
    勅令第七十三号(明治三十六年四月十一日)
 第一条 外国ニ於テ流通スル貨幣・紙幣又ハ銀行券ハ之ヲ偽造又ハ変造スルコトヲ得ズ
 第二条 偽造又ハ変造シタル外国流通ノ貨幣・紙幣又ハ銀行券ハ之ヲ帝国ヨリ輸出シ若ハ外国ニ輸入シ又ハ之ヲ行使シ、若ハ行使ノ目的ヲ以テ之ヲ収得スルコトヲ得ズ
 第三条 第一条及第二条ニ違反シタル者及第一条ノ偽造又ハ変造ノ目的ヲ以テ器械又ハ原料ヲ製造シ、又ハ之ヲ帝国ヨリ輸出シ、若ハ外国ニ輸入シタル者ハ一年以下ノ重禁錮又ハ二百円以下ノ罰金ニ処ス
    附則
 本令ハ明治三十六年四月十五日ヨリ之ヲ施行ス
 明治三十五年勅令第二百五十六条ハ之ヲ廃止ス
右取締法発布セラレタルニ拘ハラズ銀行券ノ偽造変造甚ダ盛ニシテ、明治三十六年七月大阪ニ於テ五円券ノ偽造犯人ヲ発見シタルヲ始メトシ、同年十月再ビ大阪ニ於テ五円券、十一月元山ニ於テ拾円券ノ偽造見ハレ、三十七年ニ入リテハ其勢益々甚シク、銀行券ノ流通円滑ヲ欠クニ至リタルヲ以テ、本行ハ其取締方ヲ大蔵省ニ出願シ、同省ニ於テモ韓国今後ノ形勢ニ鑑ミ其筋ニ照会シテ一層取締法ヲ励行セシメタルモ、急ニ其目的ヲ達スル能ハズシテ尚引続キ韓国ノ都市ニ偽造券ノ発見セラルヽモノ少ナカラズ、此ニ於テ、在京城三増領事ハ大ニ之ヲ憂ヒ、明治三十七年四月十六日付ヲ以テ左ノ具申書ヲ外務大臣ニ提出セラレタリ
 機密第一三号
    偽造第一銀行券ニ関スル件
 本件ニ関シテハ本年一月以来電信又ハ書面ヲ以テ屡々及報告置候通リ厳重ニ当地ヲ警戒シ、苟モ嫌疑アル者ハ容赦ナク捕縛シ厳密ナル取調ヲナシ、追テ印刷元ヲ突止メ其根源ヲ絶タンコトニ苦心致来リ(中略)爾来益々取締上ニ意ヲ須ヒ、折柄開戦ノ結果警察事務著敷繁激ヲ来シタルニ拘ハラズ尚本件取締ニ関シテハ不怠注意ヲ加ヘ居候処、偽造券ノ出現益々増加シ、試ニ本年一月以降今日迄ニ至ル間ニ発見又ハ検挙シタル件数ヲ列挙スレバ別紙ノ通リ三十余件ノ多キニ達シ、従テ本件犯罪者トシテ処罰セラルヽ者モ益々其数ヲ加ルノ有様ニ有之候
 偽造券ニハ拾円券・五円券ノ二口アリ、拾円券ハ総テ添付見本ノ一種ナルガ如キモ、五円券ニハ少クモ三四種アルガ如ク、就中添付見本甲乙二種ハ最モ多ク当地ニ現ハルヽモノニシテ、殊ニ甲種五円券ハ近来其数ヲ増シ、印刷精巧一見真物ト異ラザルガ如キヲ以テ誤テ収受スル者少ナカラズ、従テ内外人共同券ニ対シ多少疑惧ノ念ヲ懐キツヽアル有様ニテ甚ダ憂慮ニ堪ヘザル儀ト存候、然ルニ幸ニシテ今日マデハ厳重ナル取締ノ結果偽造券輸入者ハ多クハ之ヲ逮捕シ、
 - 第16巻 p.163 -ページ画像 
未ダ広ク行使ヲ試ミザル間ニ偽造券ヲ押収シ得タルヲ以テ実際流通シ居ル額ハ極メテ僅少ナルベシト被考候、然レドモ再三報告ニ及ビタル如ク、偽造券ノ印刷先ハ多クハ大阪方面ニ在ルヲ以テ該地方ヲ厳重ニ取締、偽造者ヲ逮捕シ悉ク原版ヲ押収スルニ非ザレバ如何ニ当地ヲ警戒スルモ到底其跡ヲ絶ツコト能ハザルニ付、此際厳重取締方ニ関シ更ニ其筋ニ御照会相成候様致度候
 思フニ近来ニ至リ偽造券ノ出現数著シク増加シタルハ、第五十二号電信ニテモ報告セシガ如ク、日露開戦ノ結果韓国各地共一般ニ混雑ヲ極メ従テ警察ノ取締モ十分行届カザルベキヲ予想シ、此機ニ乗ジテ行使ヲ試ミンガ為メ大阪方面ヨリ偽造券ヲ買入レ、携帯渡韓スル者ノ数増加シタルコト其近因ナルベキモ其根本ノ原因ハ要スルニ左ノ二点ニ外ナラザル義ト被考候
 一、第一銀行券ヲ偽造シ、又ハ其偽造券ヲ行使シタル者等ハ明治三十六年勅令第七十三号第三条ニ拠リ僅カニ一箇年以下ノ重禁錮又ハ弐百円以下ノ罰金ニ処セラルヽニ過ギズ、故ニ不良ノ徒ハ此弱点ニ乗ジ万一発見スルモ、結局一年以下ノ重禁錮ニ服スル覚悟ニテ利益ノ大ナル点ヨリ続々同券ヲ偽造シ、又ハ其偽造券ヲ買入レ行使ヲ試ムルモノナルコト
 二、第一銀行券ノ製版印刷ハ之ヲ経験アル技術者ノ説ニ徴スルニ、日本銀行券ノ製版ニ比シ著シク精密ヲ欠キ、従テ専門ノ技術者ニ非ザルモ容易ニ偽造シ得ルモノナルコト
 右ノ内特ニ重要ナル原因ハ第一ニシテ、第二ノ欠点ハ深ク顧慮スルニ足ラザルモノト被考候、何トナレバ苟モ偽造ノ目的ニテ専門研究スルニ於テハ如何ニ精密ナルモノニテモ時日ト費用ヲ惜マザル限リ遂ニ成功スルコトヲ得ベケレドモ、第一ノ刑罰ノ点ハ之ヲ厳重ニスルトキハ、縦ヒ製版印刷粗ニシテ容易ニ偽造シ得ベキモノニテモ万一発覚ヲ恐レ、偽造ヲ企テ又ハ偽造券ノ行使ヲ試ムルモノナキニ至リ、偽造券ノ跡ヲ絶ツニ於テ尤有功ナル方法ト考ヘラルニ付、此際外国流通ノ貨幣紙幣銀行券ノ偽造者等ニ対シ厳刑ヲ科スル方案ニ付至急其筋ト御協議相成候様致度候
近来韓国ニ於ケル第一銀行券ノ流通額ハ追々増加シ殆ンド百参拾万円ノ多キニ達シ其信用モ全ク日本銀行券ト異ルコトナク、流通区域モ従テ次第ニ拡張シツヽアルニ際シ、不幸ニシテ偽造券益々出現スルニ至ランカ同券ノ信用地ニ落チ流通額忽チニシテ減少シ、其結果独リ日韓貿易ノ発達ヲ阻害スルノミナラズ、延テ帝国政府ノ威信ニモ関スル次第ニテ事頗ル重大ニ渉リ候ニ付、前顕ノ事情篤ト御諒察ノ上偽造券防遏ニ関シ相当ノ措置ヲ執ラルヽ様希望ニ不堪候
 右報告旁々及具申候 敬具
  明治三十七月四月十六日
                  在京城
                    領事 三増久米吉
    外務大臣男爵 小村寿太郎殿
  (別紙ハ省略ス)
偽造ハ独リ我銀行券ノミナラズ韓国白銅貨・軍用手票等ニモ続出セル
 - 第16巻 p.164 -ページ画像 
ヲ以テ、我政府ハ其取締法改正ノ必要ヲ感ジ、明治三十七年六月左ノ勅令ヲ発布セリ
    勅令第百七十七号(明治三十七年六月二十七日)
 第一条 流通セシムルノ目的ヲ以テ、外国ニ於テノミ流通スル金銀貨・紙幣・銀行券・帝国官府発行ノ証券ヲ偽造シ、又ハ変造シタル者ハ重懲役又ハ軽懲役ニ処ス
  金銀貨以外ノ硬貨ヲ偽造シ又ハ変造シタル者ハ軽懲役又ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
 第二条 流通セシムルノ目的ヲ以テ偽造又ハ変造ニ係ル前条ニ記載シタル物ヲ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ、前条ノ例ニ同ジ
 第三条 情ヲ知テ偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ヲ行使シ、若ハ流通セシムルノ目的ヲ以テ授受シタル者ハ軽懲役又ハ六月以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
  収得シタル後其偽造又ハ変造ナルコトヲ知テ行使シ、若ハ流通セシムルノ目的ヲ以テ授付シタル者ハ、其名価三倍以下ノ罰金ニ処ス、但シ弐円以下ニ降スコトヲ得ズ
 第四条 第一条ノ偽造又ハ変造ノ用ニ供シ若ハ供セシムルノ目的ヲ以テ器械若ハ原料ヲ製造シ、授受シ若ハ準備シ又ハ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ、六月以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
 第五条 前数条ニ規定シタル軽罪ヲ犯サムトシテ未ダ遂ゲザル者ハ未遂犯罪ノ例ニ照シテ処断ス
 第六条 本令ニ規定シタル罪ヲ犯シ禁錮ノ刑ニ処スル者ハ六月以上二年以下ノ監視ニ付ス
 第七条 本令ニ規定シタル罪ヲ犯シタル者、偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ノ未ダ行使セラレザル前ニ於テ、官ニ自首シタルトキハ主刑ヲ免除スルコトヲ得
 第八条 偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ハ、裁判ニ依リ没収スル場合ノ外、何人ノ所有ヲ問ハズ行政ノ処分ヲ以テ之ヲ官没ス
 第九条 偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ニハ明治九年布告第五十七号ヲ準用ス
    附則
 本令ハ発布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
 明治三十六年勅令第七十三号ハ之ヲ廃止ス
次デ同三十八年三月左ノ法律発布セラレテ勅令第百七十七号ハ廃止セラレタリ
    法律第六十六号(明治三十八年三月十八日)
 第一条 流通セシムルノ目的ヲ以テ、外国ニ於テノミ流通スル金銀貨・紙幣・銀行券・帝国官府発行ノ証券ヲ偽造シ又ハ変造シタル者ハ、重懲役又ハ軽懲役ニ処ス
  金銀貨以外ノ硬貨ヲ偽造シ又ハ変造シタル者ハ、軽懲役又ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
 第二条 流通セシムルノ目的ヲ以テ偽造又ハ変造ニ係ル前条ニ記載シタル物ヲ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ、前条ノ例ニ同ジ
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 第三条 情ヲ知テ偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ヲ行使シ、若ハ流通セシムルノ目的ヲ以テ授受シタル者ハ、軽懲役又ハ六月以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
  収得シタル後其偽造又ハ変造ナルコトヲ知テ行使シ、若ハ流通セシムルノ目的ヲ以テ授受シタルモノハ、其名価三倍以下ノ罰金ニ処ス、但シ二円以下ニ降スコトヲ得ズ
 第四条 第一条ノ偽造又ハ変造ノ用ニ供シ若ハ供セシムルノ目的ヲ以テ器械若ハ原料ヲ製造シ、授受シ若ハ準備シ又ハ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ、六月以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス
 第五条 販売スルノ目的ヲ以テ第一条ニ記載シタル物ニ紛ハシキ外観ヲ有スル物ヲ製造シ、又ハ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ、二年以下ノ重禁錮又ハ弐百円以下ノ罰金ニ処ス
  前項ニ記載シタル物ヲ販売シタル者ハ前項ノ例ニ同ジ
 第六条 前数条ニ規定シタル軽罪ヲ犯サントシテ未ダ遂ゲザル者ハ未遂犯罪ノ例ニ照シテ処断ス
 第七条 本法ニ規定シタル罪ヲ犯シ禁錮ノ刑ニ処スル者ハ、六月以上二年以下ノ監視ニ付ス
 第八条 本法ニ規定シタル罪ヲ犯シタル者、偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ノ未ダ行使セラレザル前、又ハ第五条ニ記載シタル物ノ未ダ授受セラレザル前ニ於テ官ニ自首シタルトキハ、主刑ヲ免除スルコトヲ得
 第九条 本法ニ規定シタル罪ヲ犯シ外国ニ於テ確定裁判ヲ経タル者ト雖更ニ之ヲ処罰スルコトヲ妨ゲズ、但シ犯人既ニ外国ニ於テ言渡サレタル刑ノ全部又ハ一部ノ執行ヲ受ケタルトキハ、刑ノ執行ヲ減免スルコトヲ得
 第十条 偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物及第五条ニ記載シタルモノハ、裁判ニ依リ没収スル場合ノ外何人ノ所有ヲ問ハズ行政ノ処分ヲ以テ之ヲ官没ス
  官没ニ関スル手続ハ別ニ命令ヲ以テ之ヲ定ム
 第十一条 偽造又ハ変造ニ係ル第一条ニ記載シタル物ニハ明治九年布告第五十七号ヲ準用ス
    附則
 本法ハ発布ノ日ヨリ之ヲ施行ス
 明治三十七年勅令第百七十七号ハ之ヲ廃止ス
右ノ如ク勅令又ハ法律ノ発布ト共ニ取締法厳密トナリ、一方ニハ警察官ノ厳重ナル捜査漸ク其効ヲ奏シ、爾後偽造券ハ全ク其跡ヲ絶ツニ至レリ


東京経済雑誌 第四七巻第一一七〇号・第二四七―二四八頁 明治三六年二月一四日 第一銀行の手形通用禁止事件(DK160025k-0002)
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東京経済雑誌 第四七巻第一一七〇号・第二四七―二四八頁 明治三六年二月一四日
    第一銀行の手形通用禁止事件
在韓国第一銀行支店にて発行せる一覧払手形は、内外人の歓迎を受け其の流通高は日に月に増加せり、然るに韓城判尹張華植氏は、去月三十日附を以て突然左の如き告示を城内各坊間に掲示せり
 現に日本人が該国第一銀行より発行せる手形を韓国にある各支店に
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て流通せしめ、韓国人民をして障碍なく正貨と引換ふべしとの名義の下に使用せしむ、今該券を取査して券面を注視するに券面の金額に在韓各支店に於て日本通貨と引替ふべしとて其流通区域を指明す苟も流通の地区を指明せる此の如きを貨幣と謂ふべき乎、日本人の各支店に於て日本人が互に相通用するは、本判尹の干渉する所に非す、唯々我が無識の人民券面の票明を察せず認めて紙幣となし、難なく通用せんか病貨の弊滋生すること言ふに勝ふべけんや、玆に播告を用ゐ大小民人咸な各知悉せしめ、該銀券を切に犯用するなからしむ、又或は因循謬習私かに自ら授受する者あるときは現はるゝに随ひて摘発し断として当さに亟かに重律を施すべし、其れ各凜遵宜しく違ふなかるべし
是に於て三増領事は張判尹を訪問し、右告示の撤回を要求したるに、判尹は第一銀行券が我が商民間に受授せられつゝあるは、現に数日前に於て之を知了したり、依て該銀行券を右するに、券面には韓国に於ける第一銀行支店に於て貨幣と引換へしとの記載あり、而して其の銀行券の容形は殆んど彼の紙幣なるものと髣髴たり、然れども現に紙幣にあらず、以上の如き紙幣様のものゝ行はるゝは頗る不安全なるを以て、我度支部及内部の両大臣に対し之れが通用を禁止するの至当なるを上申したるに、両大臣は現に此の如き(告示文と同様のもの)厳重なる訓令を下したり、本官は我か度支・内部両大臣の訓令に基き銀行券禁示の告示を発したるものなれば、本官の位地として今直に貴官の要求に応し該告示を撤回する能はず、銀行券の如き多数発行の後ちに於て万々一事の妨碍を生するが如きことあらんには、独り我が政府及人民の損失なるのみならず、貴国人民の不利益にあらずやと答へたり
三増領事は之に対し貴国の政令なるものは二箇の出所を有するか、貴国外部大臣は曩に本邦公使に向て該銀行券の通用を公認し、加之毎年六月・十二月の二季に於て該銀行券の発行及之か流通の情態を回示せらるべしとの提意をなしたるは、該公文を以て証明し得べし、縦令貴官に於て内部・度支両大臣の訓命を受けたりといふも現に貴国外部大臣が国際行為を以て此の如き公明なる意志を表示したりとせば、本官は貴官の言論に対し一も信任を置く能はずと反駁し、貴官に於て該禁止令を撤回せず、若くは随速撤回の措置を取らざるに於ては、国際上重大なる交渉関係を惹起し困難の情態を見るに至らんことを切言し、判尹は貴意を諒すと雖、目下の情態に於て貴官の要求を満足せしむる能はざるを遺憾とすと断言したる由にて、同領事は一先づ該交渉を中止し、此問題を公使館に移したり、此に於て萩原代理公使は二月四日附を以て韓廷外部に対し有力なる声明を与へたる由、其の公文は頗る強硬にして、銀行券問題は数月来の交渉を重ね、一時解決に帰したるもの也、今や之か使用者を重刑に処する如き尤も不法の甚たしきものにして、若し韓国政府が此際緊急なる手段を取りて該禁止令を撤回するにあらざれば、帝国公使は韓国政府の措置を目し、条約を無視し外部大臣の公約に背戻したるものと認め、已むを得ず該不法行為の結果として生ずべき損書の抵償に充ん為め、官有物を差押へ、若くは条約以外の権利を実行することあるべしとの趣旨を明かにし、更に以上の
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意義を比援し、官有物若くは条約以外の権利とは鉱山・漁業・内地航海の権利並に船舶及官有の廨宇等を含蓄するものにして、帝国公使が国際的行為を実行し、自国の利益及権利を完全にせんが為めには、刻下の情勢上前掲の措置を敢てするの外なしと切言せり
韓国政府は何を以て、既に特許せる手形の通用を禁止する乎、蓋し韓国政府が第一銀行の手形を拒絶し、その流通を妨害する所以の者は、韓国政府之に代りて紙幣を発行し、其の利益を韓国に収得せんとするの経営に基くものなるべし、而して韓国政府は一方には典圜局をして紙幣模型の彫刻を急がしめ、一方には内地より各市場に出づる砂金及び金塊を韓国政府に買収し、以て紙幣発行の準備金に充てんとせり、其結果従来第一銀行の京城分析所に買ひ占めし砂金及び金塊合せて毎月凡そ十万円乃至数十万円に上りしもの、今や一ケ月約一万円内外にまで減少するに至れり、此の画策は総て李容翊の胸算に出で大に陛下の意を迎へ、着々歩を進めつゝあり、此新案を策して財政整理を標榜するにあらざれば、李容翊は満廷の敵を排して、自己安泰の地歩を固め能はざるに由り、満腔の熱血を紙幣発行に灑ぐと共に、第一銀行の手形に向ひて絶対的反対を唱へ、若し手形を使用し全国に流通したらんには、第一銀行より発行せる一片の零紙に向ひて利子を支払ひ、遂に韓国をして滅亡せしむるに至らんとの議論大に勢力を占め韓国の上下をして靡然之に同意せしめたり、此の如く手形亡国論は李容翊の唯一利器にして、且聖意に投じたるものなれば、若し之に反対せば直に売国奴と誤解せらるゝを恐れ、李容翊一味のものは勿論、李容翊を敵視弾劾せる反対党まで、手形拒絶の声に、雷同附和せる次第なりと云ふ、抑々紙幣発行の権利は韓国に属すべきものなれば、韓国政府が其の権利を使用して利益を享有せんとするは固より可なり、然れども既に特許せる手形の通用を禁止し、其の流通を妨害するは不当と謂はざるべからず、故に韓国政府は第一銀行発行の手形を依然流通せしめ、而して之に発行税を課して、其の利益を韓国に分取すれば可なることなり


東京経済雑誌 第四七巻第一一七一号・第二九四―二九五頁 明治三六年二月二一日 一覧払手形問題の落着(DK160025k-0003)
第16巻 p.167-169 ページ画像

東京経済雑誌 第四七巻第一一七一号・第二九四―二九五頁 明治三六年二月二一日
    一覧払手形問題の落着
韓国韓城府判尹張華植が第一銀行支店の発行に係る一覧払手形の通用を禁止したること、右に付三増領事の詰問に次ぐに、萩原代理公使の声明を以てせることは、前号の紙上に記したるが如し、本件の発するや、在仁川日本人商業会議所は具申書を其の筋へ差出し、左の四項を勧告せり
 一、○中略帝国政府決心の在る処を明示する事
 二、韓政府の不正行為に報する為め、相当と認むる官有財産を差押へ、同時に韓政府に対し、条約上より生じたる帝国臣民の義務履行を一切停止する事
 三、韓政府は其不正行為を帝国政府に謝罪する為め、当該官吏を厳刑に処すべき事を韓政府に要求する事
 四、韓国に於ける帝国将来の利益を保障する為め、此際に於て韓国
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国庫金の出納を日本人に掌握せしめ、且沿岸航海権・内地雑居権及び土地所有権を獲得する事
以上は今の時局に於て適実凱切なるを疑はざるのみならず、其結果に於ては実に韓国の将来を指導する一大光明を与ふる措置たることを確信するものなりと云へり
更に萩原代理公使の与へたる強硬なる声明に対する韓国政府の態度を聞くに、果して日本が斯の如き政策に出でんには、或は如何の事局を見るに至るべきかを測り知るべからずとなし、宮廷及び政府共漸く和協を求めんとする折柄○中略加之数日来本邦公使の与へたる国際的復仇の手段を取らんとの声明に対しては、上下愕然たるの模様あり、一面には典圜局は封鎖せらるべしとの説あれば、一面には景福宮の差押を見んとの説あり、人心洶々底止する所を知らず、是に於てか負商徒の活動も、李容翊以下諸大官の奔走も、到底日本の強硬を奪ふべからざるの状に推移し、皇帝陛下は新任外務大臣李道宰を起し、善後の処置を取らしめんことゝなり、左の内勅あり
 一、第一銀行銀行券禁止の告示を撤回し、漢城判尹を免官する事
 二、内部大臣・度支大臣を譴責する事
 三、外部大臣は我公使館に来り謝意を述ぶること
 四、外部大臣より各港に対し、銀行券の通用自由たるべきことを訓示する事
斯くて十二日正午萩原代理公使は第一銀行一覧払手形問題に就き外部大臣李道宰と会見し、談判の末韓国政府は終に我か抗議に服し、覚書を取換はせたり、其要旨左の如し
 一、第一銀行一覧払手形通用を禁ぜる不法の訓令を取消すこと
 二、韓国政府より我に対し公文を以て謝意を表すること
 三、右の公文中に若将来韓国人民にして第一銀行一覧払手形の通用を妨害する如き所為に及ぶものあれば、厳罰に処する旨を明記すべきこと、且此一項は漢城府判尹より人民に告示すべきこと
凡そ国際上の談判は飽までも強硬たるべきものなれば、我が代理公使が強硬なる声明を与へて、韓国政府を屈服せしめたるは甚だ善し、然れども手形発行の利益を彼に分取せしめざるは、手形の流通を円滑にするの方法にあらざるなり、聞くが如くは、韓国大臣中には第一銀行の手形発行に関し、左の如き想像を画けるものありと云ふ
 一、日本は貧乏国なり、故に「紙」を以て韓国の物産を奪去らんとするにあり
 二、日本は韓国に於て偉大なる事業を企てんと欲しつゝあるも、之が資金を支出するに由なく「紙」を発行したるもの、第一銀行頭取たる渋沢氏は、京釜鉄道に重大なる関係を有せり、彼は外国に漫遊し、予期の借款を起し得ざる為め此妙計を案出し、鉄道敷設の資金に代用せんとするにあり
 三、韓国に於て通用に置くべきものとせば、該券面に渋沢氏の肖像を挙げたる如きは甚だ遠慮すべき事に属す、然るに何の憚る所なく自己の肖像を描出せしは、之によりて我か民心を収攪するの一手段にして、彼は韓国に対し如何の禍心を包蔵し居るやも測り知
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るべからず
 四、銀行券所謂一片紙を以て、我物産を買収し去らるゝ如きあらんか、我大韓国は坐して亡滅を視るの外なかるべし
斯の如き猜疑深き人民に向ひて紙幣を発行し、円滑に通用せしめんとせば、先づ其の利益の幾分を彼に与へて、韓国の困難なる財政を補助すること一策にあらずや


東京経済雑誌 第四七巻第一一八九号・第一一八一頁 明治三六年六月二七日 ○第一銀行券の流通摸様(DK160025k-0004)
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東京経済雑誌 第四七巻第一一八九号・第一一八一頁 明治三六年六月二七日
    ○第一銀行券の流通摸様
京城にては此程来例の負褓商百余名集会し、檄文を起草し之を地方に送るなど不穏の模様あるも、本邦公使及韓国巡撿の注意に依り今回は前回程影響なく割合に静穏にして、韓国各地に於ける同銀券流通高の如き去る五月末日の分六十八万余円に達し、之を銀券排斥運動の熾んなりし当時の発行高四十万円余に比すれば著しき増加なり、尚ほ例年金融繁忙を告ぐる時期は銀券発行高も従つて増加し、現に昨年十二月末日の如き七十万円以上に上りたることあれば本年も之より漸次増加す可く、六月末より七八月にも至らば多分七八十万円に達す可しと云ふ


東京経済雑誌 第五二巻第一三〇七号・第七四九頁 明治三八年一〇月一四日 【韓国の排日派、頃日…】(DK160025k-0005)
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東京経済雑誌 第五二巻第一三〇七号・第七四九頁 明治三八年一〇月一四日
○韓国の排日派、頃日不穏の行動あり、或は義兵と称して暴挙を企て或は日英同盟を聞きて官人等閉戸風雲を観測し、或は第一銀行券の使用を拒みて露貨を流通せしめんとし、或は新聞紙を利用して革命暗殺を煽動する如き其主なるもの、蓋し我国が韓国に保護権を実施する為め近く保護条約の締結せらるゝを非難するに出づるが如し○下略