デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治36年2月4日（1903年）

是ヨリ先栄一、当会社社債募集ノ為メ奔走ス。是日政府ニ社債元利償還ノ保証ヲ請ヒ、二十四日許可命令書下附セラル。五月二十九日変更ヲ加ヘラル。

渋沢栄一　日記　明治三五年　　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
十一月十八日　曇
○上略　午前九時外務大臣官舎ニ抵リ芳川逓信・曾禰大蔵・小村外務ノ三相ト共ニ京釜鉄道会社々債ノ事ニ関シ英国ニ於テ談判セシ顛末ヲ陳ヘ且将来ノ方法ヲ協議ス、曾禰大蔵ニ於テ政府ヨリ金繰ヲ為シ興業銀行ノ手ヲ以テ四ケ年間ニ壱千万円丈ケ会社ニ貸付ノ事ヲ請求ス、更ニ芳川逓信ニ対シテ鉄道抵当法案ノ事ヲ談話ス○下略
　　○中略。
十一月廿一日　雨
○上略　九時大蔵省ニ抵リ松尾理財局長ニ面会シテ、京釜鉄道会社々債ノ事ヲ談話ス○下略

渋沢栄一書翰　　阪谷芳郎宛（明治三五年）一二月二二日　　　（阪谷男爵家所蔵）
○上略
過日本省ニて御示有之候京釜鉄道会社々債之事も、昨今之議会模様ニてハ如何ニ相成可申哉を懸念仕候、右ニ付外国人即サミユールへ之引合も其儘見合置候得共、其辺も近日拝眉御見込相伺可申と存候、右申上度　匆々不一
　　十二月廿二日　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　阪谷芳郎殿

朝鮮鉄道史　朝鮮総督府鉄道局編　　第一六三―一六八頁大正四年一〇月刊
　○第二期　第七章　京釜鉄道ノ速成
　　　　第一節　速成工事
 - 第16巻 p.459 -ページ画像 
　京釜鉄道会社ハ当初其ノ建設資金ヲ株式払込金ト社債募入金トニ依ルノ計画ヲ立テ、既ニ第一回募集ノ株式十万株ニ対シテハ一株ニ付キ十円（前後二回）ノ払込ヲ為サシメ、次テ第二回株式三十三万五千六百八十四株ヲ募集シ一株五円ノ払込ヲ為サシメシカ、創立以来日尚浅キト当時我国経済界ノ状況トニ鑑ミルトキハ巨額ナル社債ノ募集甚タ困難ナリシヲ以テ、政府ヨリ元利償還ノ保証ヲ得ンコトヲ請ヒタリ、政府亦其ノ已ムヲ得サルヲ認メ、第十七議会ノ協賛ヲ経テ京釜鉄道社債元利償還ノ保証ヲ為サントセシモ、偶衆議院ハ解散セラレタルヲ以テ政府ハ会社ニ対シテ何等ノ指令ヲ与フル所ナカリシカ、三十六年二月四日附ヲ以テ会社ハ再ヒ請願書ヲ提出セリ、会社ノ予定セル明治三十六年以降株金払込及ヒ社債募集ノ年割額ハ左ノ如ク
　　　　三十六年
　　株金　　　　　　二百万円
　　社債　　　　　　四百三十二万二千円
　　　　三十七年
　　株金　　　　　　二百八十二万二千円
　　社債　　　　　　二百六十七万八千円
　　　　三十八年
　　株金　　　　　　二百五十万円
　　社債　　　　　　三百万円
三箇年間ニ一千万円ノ社債ヲ募集セントスルモノニシテ其ノ内若干ヲ一時内地ニ於テ募集シ、三十六年度ノ工事ヲ遂行スルト共ニ機ヲ見テ外資ヲ入レ内地募集ノ分ヲ償還スルノ計画ナリキ、之ニ対シ政府ハ二十四日ヲ以テ大要左ノ如キ指令ヲ下セリ
　一債券一千万円ヲ限リ利子年六分以内、発行ノ日ヨリ十箇年据置、向フ三十箇年以内ニ随意償還ノ条件ヲ以テ之ヲ発行スルコトヲ予メ聴許ス
　二政府ハ前項ノ債券ニ対シテ元利償還ノ保証ヲ為ス、但シ該保証ハ他日帝国議会ノ協賛ヲ経テ確定スルモノトス
　三債券ハ直接之ヲ市場ニ発行スルニ支障アルヘキヲ以テ凡テ日本興業銀行ニ対シ発行スヘシ
　四已ムヲ得サル事情ニ依リ年六分以内ノ利子ヲ以テ社債ヲ募集スルコト能ハサルトキハ、更ニ政府ノ認可ヲ得テ其ノ利子ノ差額ヲ一時資本金ヨリ創立費ト同シク繰替支弁スルコトヲ得、但シ該金額ニ対シテハ明治三十三年九月二十七日附命令書ニ依ル補給金ノ計算外トシ、且ツ会社ノ収益年六分以上ノ配当ヲ為シ得ルニ至リタル場合ニ於テハ、其ノ六分以上ノ過剰額ハ該資金立替金ノ内ニ返償スヘシ
　五政府ニ於テ社債元利ノ保証ヲ為スニ付テハ会社ノ鉄道其ノ他ノ総財産ハ之ヲ抵当トスヘク、且ツ政府ノ許諾ヲ得スシテ他ニ借入ヲ為スコトヲ得ス
　六社債発行ノ場合ニ於テハ明治三十三年勅令第三百六十六号ニ依リ更メテ認可ヲ受クヘシ
○中略　五月○明治三十六年二十九日ニ至リ政府ハ二月二十四日附命命ヲ変更シ
 - 第16巻 p.460 -ページ画像 
テ社債ノ据置期間ヲ三箇年ニ、償還年限ヲ十二箇年ニ短縮シ、且ツ会社ニ於テ債券ノ元利償還ヲ怠ルトキハ政府ニ於テ会社ノ財産ヲ随意ニ処分シ、又ハ其事業ヲ自ラ経営スヘキ条件ヲ附加スルト共ニ発行方法ノ制限ヲ廃シ単ニ其ノ都度政府ノ認可ヲ経ヘキモノトセリ○下略

東京経済雑誌　　第四七巻第一一八八号・第一一三七―一一三八頁明治三六年六月二〇日
　　　　○京釜鉄道の命令書
京釜鉄道の全線路二百六十九哩間の敷設工事を明治卅八年迄に速成するがため、同社債券一千万円を募集するに対し政府は曩に年六分の利子を補給することを許し、尚又同債券を外国に於て募集するの場合には政府は元利返償の保障を行ひ、且これが募集のことは一切日本興業銀行に委任することゝし、是等の要件はその当時京釜鉄道に命令書として交附したるを以て政府は此程の臨時議会に、日本興業銀行条例案と共に該保障の協賛を求むる件を提出する筈なりしに都合上興業銀行改正案撤回することゝなりしかば、右保障の議案提出も沙汰止となり去月廿九日に至り政府は更に命令書を変更しこれを会社に交附せり、その要領左の如し
　一、債券額面一千万円を限度とし年百分の六以下の利子を附し社債券を発行することを聞き置く
　一、前項の債券に対し政府は元利返償の保障をなすべし、但し右保障は帝国議会の協賛を経て確定するものとす
　一債券の利子発行価格及び発行の方法はその都度政府の認可を受くべし
　一債券元利償還を怠りたる時は政府はそのため財産の一部又は全部を処分し、又はその事業の一部又は全部を自から経営することあるへし
　一債券償還期限中更に他より借入金をなし又は新に価格を増すの必要ある等の場合は予め政府の許可を受くへし
　一債券募金の支出並に保管方法その他一切の業務整理に関しては政府の命令を遵奉すべし
即ち前命令と相違の点は興業銀行に依らずして債券を募集することゝなりしにあり、而して同会社重役の見込に依れば、以後の経済事情に鑑み成るべく外債を避け内債に依らんとする由なれば、政府の保障の件も或は事実上不必要となるならんかといふ

渋沢栄一書翰　　野口弥三宛（明治三六年）三月一九日　　　（野口弥三氏所蔵）
○上略
京釜鉄道工事ニ付而ハ追々進行之方法相立、此度も竹内取締役出張百事担当之筈ニ御坐候、且昨年迄郵船会社ニ勤務せし小倉胖三郎氏貴方主任ニ相成、将来可成工事相進候様為致候筈ニ御坐候、其中赴任候ハハ御聞合可被下候
○中略
　　三月十九日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　野口弥三様　拝答

 - 第16巻 p.461 -ページ画像 

渋沢栄一　日記　明治三六年　　　　　　　　　　（渋沢子爵家所蔵）
二月廿八日　曇
○上略　十二時兜町事務所ニ抵ル○中略英国人キルビー氏来リテ京釜鉄道会社々債ノ事ヲ内話ス○下略
　　○中略。
三月十九日　曇夜ニ入テ雨
○上略　二時大蔵大臣官舎ニ於ル茶話会ニ出席ス、阪谷・松尾両氏ト京釜鉄道会社ノ社債ノ事ヲ協議ス○下略
　　○中略。
四月四日　曇
午前八時朝飧ヲ畢リ桂総理ヲ官邸ニ訪ヒ京釜鉄道会社ノ事ヲ談ス、十時京釜鉄道会社ニ抵リ重役会ヲ開ク、社債ニ関スル件ニ付興業銀行ト交渉ノ顛末ヲ報告ス、株式募集ニ付テ手続ヲ協議ス○下略
　　○中略。
四月廿六日　雨
○上略　二時二十分発ノ汽車ニテ神戸ニ赴ク、住吉停車場ニ於テ車ヲ下リ御影ナル松方伯別荘ヲ訪ヒ、伯ニ面会シテ京釜鉄道会社々債ノ事ヲ談話シ、午後五時過ノ汽車ニテ神戸支店ニ抵ル○下略
　　○中略。
五月二日　晴
午前八時朝飧ヲ畢リ、九時桂総理ヲ官舎ニ訪ヒ京釜鉄道会社々債募集ノ事ニ関シテ松方伯ノ伝言ヲ述ヘ将来ノ措置ヲ協議ス、十時商業会議所ニ抵リ井上角五郎氏ト談話ス、萩原氏ニ処務改良ノ事ヲ注意ス、十一時京釜鉄道会社ニ抵リ尾崎氏ト談話ス○下略
　　○中略。
五月五日　雨
○上略　十二時京釜鉄道会社ニ抵リ重役会ヲ開ク、社債ニ関スル件ヲ協議シ、大蔵省理財局長ヘ書面ヲ送付ス○下略
　　○中略。
五月八日　曇
午前八時朝飧ヲ畢リ九時桂総理大臣ヲ官舎ニ訪フテ、京釜鉄道会社々債ノ事ヲ談話ス○下略
　　○中略。
五月十二日　曇
午前八時朝飧ヲ畢リ八時半小村外務大臣ヲ霞ケ関官邸ニ訪ヒ、京釜鉄道会社々債ノ事及韓国電気鉄道ノ事ヲ談話ス○下略
　　○中略。
五月十五日　午前雨午後晴
朝七時朝飧ヲ畢リテ書類ヲ調査シ八時半桂総理大臣ヲ官邸ニ訪ヒ、京釜鉄道会社々債ノ事ヲ談話シ、小村外務大臣来会セシヲ以テ同件ヲ告ケ且韓国電気鉄道ノ事ヲ談ス、十時京釜鉄道会社ニ抵リ竹内・日下二氏ト面会シテ社債ノ件工事進行ノ件重役韓国在勤ノ件ヲ談ス○下略
五月十六日　晴
 - 第16巻 p.462 -ページ画像 
○上略　午後三時大蔵省ニ抵リ京釜鉄道会社々債ノ事ニ関シ坂谷総務長官添田興業銀行総裁ト会話ス○下略
五月十七日　晴
午前七時朝飧ヲ畢リ八時番町ニ抵リ山本日本銀行総裁ヲ訪ヒ京釜鉄道会社々債ノ事ヲ協議ス○下略
五月十八日　曇夕方ヨリ雨
○上略　午後一時山本総裁来リテ京釜鉄道社債ノ事ヲ談ス、西脇長太郎ト韓国京城ヨリ来レル電報ニ回答ノ事ヲ談ス○下略
五月十九日　晴
○上略　十一時京釜鉄道会社ニ抵リ重役会ヲ開キ社債募集ニ関スル方法変更ノ手続ヲ協議ス、軌条其他買入ノ事ヲ議決ス、二時議会ニ抵リ松尾臣善氏ニ面会シテ京釜社債ノ事及京仁決算ノ事ヲ談話シ、帰途外務省ニ於テ山座氏ヲ訪ヒ韓国ヨリ来レル電報ノ事ヲ談ス○下略
　　○中略。
五月三十日　晴
午前八時朝飧ヲ畢リ十一時京釜鉄道会社ニ出勤シ尾崎・日下両取締役ト談話ス、竹内氏モ来会ス、社債ニ関スル事ヲ協議シ午飧後帝国議会ニ抵リ桂総理其他ノ関係各省大臣ニ面会シテ京釜鉄道会社々債ノ事ヲ談話ス、午後三時兜町事務所ニ抵リ事務ヲ処理ス、六時華族会館ニ抵リ京釜鉄道会社株式募集委員ノ慰労会ニ出席ス○下略
　　○中略。
六月七日　晴
午前七時朝飧ヲ畢リ書類ヲ整理シ十時小村外務大臣ヲ官邸ニ訪ヒ、京釜鉄道会社ノ社債ノ事ヲ談ス○下略
　　○中略。
六月十九日　晴
○上略　四時総理大臣官邸ニ抵リ、京釜鉄道会社社債ノ件ニ付逓信・大蔵外務三大臣列席ニテ会社ノ企望ヲ陳述ス、竹内・尾崎・日下三氏同伴ス○下略

東洋経済新報　　第二六六号・第一六―一七頁明治三六年四月二五日
　　　　渋沢翁に望む（牛中山人）
△渋沢翁の我が実業界に於る腕前は実に凄しい、その国家に及ほず功労は、此に並べ立てる必要は無い。
△然るに隴を得ては蜀を望む。山人は一事の以て翁の反省を求めたい事がある。何ぞと問はゞ、翁が己れの管理する事業を大切に思ふの余り、輙もすれば政府を後援に頼みたがる癖である。
△その例証は幾らもあるが、現に社会の問題と相成て居る京釜鉄道の社債に政府の裏書を要求するなぞは、慥かに翁の例の悪癖を証明するものである。
△抑も京釜鉄道会社は六朱の利子補給を政府より受けて居るでは無いか、是れ已に非常の特典である、然るに猶ほ之のみで安心が出来ず、更に社債に向ふて元利支払の保証を受けた《（と）》いふに至りては、如何にも虫の善い請求である。
 - 第16巻 p.463 -ページ画像 
△見よ米国の「モーガン」は如何の大事業をなすにも未だ嘗て政府の保護を望んだ事は無い、独立独行、立派な者である。然るに御世辞にもせよ、日本の「モーガン」と呼ばるゝ渋沢翁にして輙もすれば政府の保護を頼み、先づ保護を得ずんば何事も着手せぬ趣があるは意気地の無い話では無いか。
△尤も社債保証は政府の勝手にはならぬ、次期の議会に提出してその協賛を求めねばならぬ、故に議会にして若し健全の議会ならば斯る議案を協賛する気遣ひは無いが、今日の議員の程度では運動宜しきを得ば或は首尾能く通過するやも知れぬ。
△若し大蔵省・興業銀行・京釜鉄道、此等の連中が一生懸命に運動したならば、多分物に成るであらう。
△果して去る事もあらば、国家に取りて由々しき一大事である。若し斯る卑屈案の国会を通過する事もあらば、他の方面よりも続々同様の議案出て同様の運動起り、同様の保護成り立ち、国民は保護の弊に堪へぬ事となる。
△殊に京釜鉄道会社々長は渋沢翁である以上は、その実業界に及ぼす悪影響は少なからぬに相違ない、実業界の面々は何とか言はん「彼れ渋沢すら自ら危険の地位に立つを避け保護の上にも保護を頼む、然らば即ち我々が政府の保護を求むるは当然である」と云ふであらう―。
△為めに実業界に独立心を衰へしめ、依頼心を盛んにする弊決して少くない。
△故に山人此に渋沢翁に切望するは、翁の宜しくその従来の依頼主義を廃止し、独立独行の主義を取り、世の実業家をして嚮ふ所を知らしめて貰ひたい。
△而して京釜鉄道の社債に就ても依頼主義を断念し、独力を以て之が募集に尽瘁して貰ひたい、而して政府後援を頼まねば迚も目的を達し難いとならば、宜しく京釜鉄道事業を政府に引渡す可しだ。
△要するに翁の取る可き策は三つある、一は独立独行倒れて後ち已むの決心を以て、己れの信用と会社の信用とに依頼して債券募集に尽すのである。
△二は兜を脱いで降参し、翁の嘗て台湾鉄道の場合に施こした筆法に因り潔く事業を政府に明け渡すのである。
△三は政府に縋り附き、その信用に依りて社債を募集するのである
△山人の翁に望む所は実に第一にあり。已むを得ずんは第二である。第三の如きは大不賛成である。斯る卑屈案を出すは翁の為めに尤も惜しむ可く悲しむ可きであるのみならず、経済政策の上より、又その人心に及ぼす影響より、極めて不都合である。本邦実業界の師表、日本の「モーガン」たる翁、此処大に猛省す可きである。