デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治19年10月7日（1886年）

是ヨリ先当会ニ於テ大倉喜八郎・松尾儀助・丹羽雄九郎等ヨリ外国人内地雑居問題ノ議出テ討議ヲ重ネシガ、是日栄一当会会頭トシテ条約改正ノ儀ニ就キ外務大臣伯爵井上馨ニ建議ス。

東京商工会議事要件録　　第二〇号・第六―二一頁　明治一九年五月一五日刊
　　第二十臨時会　　（明治十九年四月廿三日午後六時三十分開会）
　　　　会員出席スル者　○四十六名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ第二号議案即チ内地雑居ヲ本会ノ問題トスルノ案ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ議案ヲ朗読セシム
（第二号議案）
　外国人ニ内地雑居ヲ許ス事ハ国家必要ノ問題ニシテ殊ニ東京府下商
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工業者ニ取リテハ最モ必要ノ関係有之候義ニ付、之ヲ本会ノ一議題トシテ其利害ヲ審議シ本会意見ノ在ル処ヲ其筋ノ御参考ニ供シ候様致度、尤其利害ヲ論定スルニハ頗ル精細ノ調査ヲ要スル事勿論ニ候得共、其調査法ノ如キハ追テ本件ノ議題トナルニ及ビ各員ノ審案ニヨリテ之ヲ議定致度存候、此段建議候也
　　明治十九年三月　　　　　　　二十番　　　　大倉喜八郎
　　　　　　　　　　　　　　　　四十二番　　　松尾儀助
　　　　東京商工会会頭　渋沢栄一殿
次ニ会長（渋沢栄一）ハ兼テ二十五番（丹羽雄九郎）ヨリ提出シタル建議書（参考部乙号ニ附ス）ヲ朗読セシムル筈ナリシガ、十六番（益田克徳）ハ此建議書ハ寧ロ内地雑居ノ得失ニ関スル意見書ナレバ先ヅ第一ニ本案ノ大体ニ就キ可否ヲ決シ、果シテ其大体ヲ可決スルニ至ラバ更ニ之ヲ朗読セシムベシトノ説ヲ発シタルニ付会長ハ各員ニ向ヒ先ヅ内地雑居ヲ本会ノ議題トスベキヤ否ニ就キ意見ヲ述ブベキ旨ヲ告グ
廿二番（森島松兵衛）及二番（皆川辰三郎）ハ共ニ之ヲ議題トスル事ヲ望ム
五十八番（益田孝）曰ク、余モ無論之ヲ議題トスルヲ望ム、而シテ余ハ更ニ一歩ヲ進メ内地雑居ノ題目ヲ条約改正ト改メ一層其意義ノ区域ヲ拡張セン事ヲ望ム、然ル時ハ議題ノ体裁モ宜シク且ツ論議上大ニ便宜アルベシト思考ス
四十二番（松尾儀助）曰ク、元来此内地雑居ノ件ハ不景気救治策ノ一項ナリシヲ今分離シテ論スル迄ナレバ別段ニ其題目ヲ改メザルモ可ナラン
二十番（大倉喜八郎）曰ク、五十八番（益田孝）ノ改題説一理アリト雖トモ若シ之ヲ条約改正ト改ムル時ハ苟モ此題目中ニ包括スル事項ハ広ク之ヲ論述シ、可成其名実ヲシテ一致セシメザルベカラズ殊ニ海関税ニ関スル事項ノ如キハ最モ精細ノ調査ヲ逐ケザルベカラズ、故ニ此内地雑居ノ題目ハ先ヅ此儘ニ据ヘ置キテハ如何ン
五十八番（益田孝）曰ク、此内地雑居ノ問題ハ元来不景気ノ救治ニ関係シテ発シタルモノナリト雖トモ、今既ニ之ヲ別問題トシテ其表面ノ関係ヲ絶ツ以上ハ之ガ題目ヲ改メ其主意ヲ更フルモ何ノ不可カコレアラン、且ツ夫レ我国ノ経済ヲ論シテ我ガ商工業ノ進歩ヲ企図スルハ本会ノ本分ニシテ今ヤ条約改正ノ事ニ就テハ其筋ニ於テ経画中ノ趣ナレバ、此際ニ当リ苟モ我輩商工業者ノ利害ニ関係スル要項ハ広ク之ヲ調査シテ当局ノ参考ニ供スルヲ要ス、而シテ治外法権又ハ海関税ノ事ノ如キハ条約改正ニ密附ノ関係ヲ有スルモノニシテ、殊ニ内地沿海ノ航権ノ如キハ我輩当業者ノ最モ詳査スベキ要項ナリトス、然ルニ若シ其題目ヲ単ニ内地雑居ニ止ムル時ハ広ク此等ノ要項ニ渉リテ論議スルヲ得ズ、是レ余ガ此題目ヲ条約改正ト改メ一層其意義ノ区域ヲ拡張セント欲スル所以ナリ
七十四番（鳥海清左衛門）曰ク、内地雑居ハ甚ダ重大ノ問題ニ付余ハ五十八番（益田孝）ノ改題説ニ従ヒ一層其意義ノ区域ヲ拡張セン事ヲ望ム
二十五番（丹羽雄九郎）曰ク、我輩ハ現ニ商工ノ実業ニ従事スル者ニ
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付法律ノ点ヨリ論ゼズシテ寧ロ商売ノ点ヨリ論スルヲ穏当ナリトス、故ニ余ハ別段ニ其題目ヲ改ムルヲ要セズト思考ス
三十二番（吉田幸作）曰ク、我輩ガ前会ニ於テ此内地雑居ノ件ヲ不景気救治策ヨリ除キタルモノハ畢竟其事重大ニシテ他ノ諸項ト権衡ヲ得ザリシガ為メナリ、左レバ此題目ヲ改メテ其意義ヲ広クスルハ最モ余ノ素志ニ適フニ付余ハ五十八番（益田孝）ノ改題説ヲ賛成ス
十四番（川原英次郎）曰ク、今日迄内地雑居ヲ実行スル事能ハザリシモノハ畢竟其ノ彼ニ利アリテ我ニ害アリシガ為メナレバ、今内地雑居ヲ実行スルニハ先ヅ条約ヲ改正シテ能ク我ヲシテ彼ト同一ナル利益ヲ享有セシメザルベカラズ故ニ余モ亦五十八番（益田孝）ノ改題説ヲ賛成ス
四十二番（松尾儀助）曰ク、五十八番（益田孝）ノ所説ニシテ果シテ原建議者ノ希望ヲ強ムルノ精神ナリトセバ其改題ニ就テハ余ハ敢テ異議ヲ挟マザルナリ
二十番（大倉喜八郎）曰ク、五十八番（益田孝）ノ改題説ハ果シテ海関税ノ事ヲモ充分ニ詳査スルノ見込ナルヤ、若シ重ニ内地雑居ノ事ヲ議スルノ見込ナラバ之ニ条約改正ノ題目ヲ蒙ラシムルハ甚ダ不都合ニアラズヤ
五十八番（益田孝）曰ク、細目ノ事ハ余ノ改題説ノ可決ヲ得タル上ニテ陳述スベシト思考シタルガ只今二十番（大倉喜八郎）ノ疑議モアリタルニ付其概略ヲ述ブベシ、抑モ余ガ改題ヲ望ム所以ノモノハ単ニ不景気救治ノ点ヨリ言ハズシテ更ニ富国ノ点ヨリ論スルノ精神ニシテ、内地雑居ハ勿論治外法権・海関税等苟モ条約改正ニ関係スル要項ハ広ク之ヲ詳論スルノ見込ナリ、蓋シ海関税ノ事ニ関シテハ前年嘗テ旧東京商法会議所ガ調査シタル事アリシガ其後貿易ノ変遷スルニ従ヒ、前年是トスル所或ハ今日非トスベキモノ不少ニ付此等ニ就テハ更ニ本会ニ於テ充分審査ヲ加フルヲ要ス、而シテ其調査法ノ如キハ会長ヨリ委員若干名ヲ指名シテ之ニ委任シ猶他ノ会員ニ於テモ心附ノ廉アラバ此等ノ委員ニ通知スル事トシタシ、又此等ノ委員ハ順次其要項ヲ審査シ随テ一項ヲ調成スレバ随テ之ヲ其筋ヘ上呈スルモ可ナリ、必ズシモ全部ノ完備ヲ待テ之ヲ上呈スルニ及バザルベシ
四十二番（松尾儀助）曰ク、余ガ内地雑居ヲ望ムノ精神ハ固ヨリ富国ノ主意ニシテ決シテ一時ノ不景気ヲ救治スルガ為メニアラザルナリ、余ハ現ニ工業ニ従事スルヲ以テ試ニ工業ノ一点ニ就テ観察スベシ、夫レ農商務省ノ調査ニ拠レバ我国工人ノ数ハ合計七十九万五千九百六十三人ニシテ此数ハ男女老幼ヲ合算シタルモノニ付、此中労働ニ堪ヘザル者総数十分ノ六アリトシ、之ヲ扣除スル時ハ真ニ労働ニ堪フベキ者ハ三十一万八千三百八十五人ナリ、而シテ此等工人ノ賃銀ヲ目下ノ相場ニヨリテ平均スル時ハ、一人一ケ年ノ所得四十五円ニシテ、其総計ハ僅ニ千四百三十二万七千四百円ニ満タズ、然ルニ仏国統計表ニヨリテ同国工人ノ数ヲ調査スルニ真ニ労働ニ堪フル者ハ六百〇四万三千人ニシテ、此等工人ノ賃銀
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ヲ一人ニ付一日平均三法（凡六十銭ニ当ル）トスル時ハ一ケ年ノ賃銀ハ総計十億八千七百七十万円ノ上ニ達スベシ、之ヲ外ニシテ同国ニハ更ニ八十七万千百七十六馬力ノ蒸気力アリテ、此蒸気力ハ凡千八百二十九万四千七百人ノ力ニ対スルト云ヘバ同国工業ノ景況ハ実ニ盛ナリト云フベシ、夫レ斯ノ如ク我国工業ノ仏国工業ニ比シテ遠ク低度ニ在ルモノハ畢竟我国ニ於テハ無形ノ智識ト有形ノ資力ニ乏シキガ為メニシテ、若シ今ニシテ此二者ノ供給ヲ便セザル時ハ我国ノ殷富ハ到底前途ニ期スル事能ハザルナリ、是余ガ内地雑居ヲ許シ智識ト資力トヲ利用スルハ実ニ富国ノ要道ナリト信ズル所以ナリ
二十六番（石関利兵衛）曰ク、余ハ嘗テ不景気救治策第七項ヲ議スル際ニモ論シタルガ如ク元来此内地雑居ハ条約改正ト分離シテ単独ニ議スベキモノニアラズト思考ス、故ニ余ハ五十八番（益田孝）ノ改題説ヲ賛成ス
四十三番（梅浦精一）曰ク、初メ五十八番（益田孝）ノ改題説ヲ聞クニ当リテハ至極尤ナリト思考シタルガ、其後ノ説ヲ聞クニ及デ此改題ノ必要ナラザルヲ知レリ、夫レ五十八番ノ説ニ拠レバ仮令題目ヲ改ムルモ其要項ハ別々ニ之ヲ審議スルノ意ニシテ必ズモシ《（シモ）》内地雑居・治外法権・海関税等ノ諸項ヲ総説スルノ意ニアラザルガ如シ、若シ果シテ此等ノ要項ヲ別々ニ議スルモノトセバ先ヅ内地雑居ノ項ハ此儘ニ議シ、他ノ諸項ハ各一個ノ問題トシテ更ニ之ヲ議スルモ可ナリ、必ズシモ条約改正ノ題目ヲ設ケテ此等ノ諸項ヲ包括スルニ及バザルナリ
十六番（益田克徳）曰ク、内地雑居トシテ論ズルモ条約改正トシテ論ズルモ其趣向ニ於テ大差ナケレバ余ハ寧ロ其意義ノ広キ方ヲ可トス、条約改正ト云ヘバ重ニ法律ニ関スルモノヽ如シト雖トモ其商工業ニ関スル所亦最モ適切ナルモノアリ、故ニ余ハ五十八番（益田孝）ノ説ニ従ヒ、内地雑居ノ題目ヲ条約改正ト改メ苟モ商工業ニ関スル要項ハ本会ニ於テ充分力ヲ尽シテ之ヲ調査セン事ヲ望ム
会長（渋沢栄一）曰ク、内地雑居ト条約改正トハ其意義ノ区域ニ広挟《（狭）》アルノミニシテ五十八番（益田孝）ノ云フ所ハ只条約改正成ラザレバ内地雑居ハ行フベカラザルニ付、其題目ノ範囲ヲ広メ此等ノ要項ヲ連帯シテ論議スベシト云フニ外ナラズ、故ニ今仮令内地雑居ノ題目ヲ条約改正ト改ムルモ之ガ為メ決シテ原建議者ノ精神ヲ損セズト思考ス
十二番（藤田藤一郎）曰ク、内地雑居ト条約改正トハ互ニ密着ノ関係ヲ有スルニ付余ハ五十八番（益田孝）ノ改題説ヲ賛成ス
二十番（大倉喜八郎）曰ク、果シテ海関税ノ事ヲモ詳論スルノ決心ナラバ之ヲ改題スルモ敢テ差支ナシト思考ス
二十四番（松木平吉）曰ク、内地雑居ノ利害ヲ論ズルニハ必ズ条約改正ノ事ニ論及セザルヲ得ズ、故ニ余ハ五十八番（益田孝）ノ改題説ヲ賛成ス
右ノ外猶五十八番（益田孝）ハ改題説ヲ主張シ、二十五番（丹羽雄九郎）ハ改題ノ不可ナル所以ヲ切論シ、双方ノ間ニ議論アリテ各賛成者
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アリシガ会長（渋沢栄一）ハ衆議此二説ニ帰着シタルヲ以テ、先ヅ五十八番ノ改題説ヲ可トスル者ニ起立ラ命シタルニ起立者多数ニ付遂ニ本案ハ内地雑居ノ題目ヲ条約改正ト改メ、広ク各要項ヲ審査スル事ニ決セシガ、猶衆議ノ上其調査法ハ委員ニ托スベキニ決シタルニ付会長ハ左ノ十名ノ委員ヲ指名シタリ
　　　　　　　　　　　　　十六番　　　　益田克徳
　　　　　　　　　　　　　二十番　　　　大倉喜八郎
　　　　　　　　　　　　　二十二番　　　森島松兵衛
　　　　　　　　　　　　　二十五番　　　丹羽雄九郎
　　　　　　　　　　　　　四十番　　　　隅山尚徳
　　　　　　　　　　　　　四十二番　　　松尾儀助
　　　　　　　　　　　　　四十三番　　　梅浦精一
　　　　　　　　　　　　　七十九番　　　山中隣之助
　　　　　　　　　　　　　八十一番　　　阿部泰蔵
　　　　　　　　　　　　　八十八番　　　内田耕作

東京商工会議事要件録　　第二〇号・第三六―四七頁　明治一九年五月一五日刊
　○参考部
（乙号）
　　　　（内地雑居ノ儀ニ付二十五番会員ノ建議）
過般不景気ノ救治策トシテ委員諸君ニ於テ立案サレタル第七条外国人内地雑居ノ義ハ、復申案ノ条項トナスカ将タ別問題トシテ他日ニ議スルカノ両説ヲ区分シテ同案中ヨリ暫ク刪除スル事ニ相成リ候、固ヨリ雑居ノ一議ハ只目今不景気ヲ救治スルニ止マラス将来我国ヲ興隆スルノ問題ニシテ特ニ商業者ニ於テハ最モ重要ノ関係アル事ニ付、決議ノ如ク改メテ一問題トナシ急ニ本会諸君ノ協議ヲ尽サレン事ヲ企望仕候依テ聊カ左ニ鄙見ヲ述ベ御参考ノ一端ニ奉供候
　　外国人内地雑居ノ機会及ヒ効力
目下外人内地雑居ヲ必要トスル事ハ已ニ前会ニモ略述シタルガ如ク、倩々本邦当時ノ現状ヲ見ルニ日ヲ追テ欧米文明国ノ気風ノ美ヲ採リテ制度文物ヨリ衣食住百般ノ事ニ至ル迄悉ク昔日ト観ヲ異ニシ、今ヤ開国ノ進度ハ雑居ヲ許スノ機会已ニ熟シタリト謂ハザルヲ得ズ、此現状ヨリ見レバ雑居論ヲ拒ムノ説アルノ理ナシ、若シ真実ニ之レヲ拒ムノ人アリトセバ是レ猶旧習ニ蔽ハレテ時勢ノ現状ヲ知ラサルモノナリ、然リト雖トモ之レヲ許スニ当テハ治外法権ヲ解キ、其他制度ノ準備百般整ハサルベカラサルハ勿論ナリ、顧フニ当時ノ現状総テ此ニ傾キタレバ今ニ至テハ之レヲ需メテ益アリ、而シテ之ヲ嫌フモ到底逃ル能ハズ早晩必ス雑居スルモノトセバ当今ヲ以テ好時機トス、如何トナレハ全国三千八百万ノ人口ヲ区分スレバ維新後ニ生レタルモノ過半ニ居ルベシト雖トモ、維新前ニ生レタル人猶此ノ社会ニ事ヲ採ル位置ヲ占ム故ニ一方ニ開国ノ論ニ走ルヲ慮ルト雖モ又タ一方ニハ鎮国心《（鎖カ）》ノ人モ亦存在セリ、而シテ今日ニ当リテハ昔日ノ如ク国ヲ鎖サシテ外人ヲ攘フガ如キ忘想《（妄カ）》ハ已ニ変シテ外人ノ威力ヲ圧抑スル念トナレリ、故ニ開国ニ馳ル人モ今尚父兄ニ制セラレ自然ニ相維持シテ一方ノ傾キアルニ懸
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念セズ、此時コソ雑居ヲ許ス好時機ナリ、今他ノ事ヲ以テ証センニ往年西南ノ役ニ於テ巡査隊ハ文明ノ軍式ニ合ハサルモ抜刀ノ勇気ハ練磨ノ兵ヨリモ効ヲ奏シタルニアラズヤ、彼レヲ以テ是レニ比スレバ当ラスト雖モ遠カラズ、未ダ封建士族ノ余風存スル間ハ或ハ開国ニハ適セサルモ又奴隷心ニ流レサルノ活気ハ必要ト云フベシ、然ルニ時機尚早シト論スル者ハ我国一般ノ幼稚ヲ恥チ恐レテ先ツ之レヲ補ヒ智識増進スルノ日ニ及ンテ平等ノ待遇ヲナシテ快ク雑居ヲセントノ老婆心ナラン、然レトモ我一歩ヲ進ムレハ彼レモ亦一歩ヲ進ムルノ道理ナリ、況ンヤ彼レノ駿々《（＠カ）》トシテ進ムノ勢ヒヲ見レバ恐ラクハ我一歩ヲ進ル間ニハ数歩ヲ進ムベシ、我カ維新已来世録《（禄）》ニ安スル士族モ今ハ売買計算以テ生計ヲ謀ルノ世ト変遷シテ已ニ十九年ノ星霜ヲ経タレトモ、未タ起業発立ノ著シキ実蹟アルヲ見ザルニアラスヤ、妄想者ノ徒々ニ将来ノ空理ヲ育テ明日ノ来ルヲ喜ビ待ツハ実験者ノ其業ノ既往ト現在トニ依テ将来ヲ判スルニ若カス、故ニ断然タル英決ヲ以テ雑居ヲ実行スレバ内ハ実業者ノ規模ヲ拡張シ、外ハ国旗ノ光栄ヲ世界ニ輝カスノ進路ハ此ニアリ、国家ノ為メ美挙ハ之レニ過キス、今社会ノ風潮ヲ察スルニ文学ハ各地ニ敷キ経済ノ論ハ国中至ラサル処ナシト雖トモ、只々欠望ノ点ハ国ヲ維持シ家ヲ富マス機関タル貴重ノ実業振ハサルニアリ、実業振ハスンバ国ハ何ヲ以テ起ランヤ、余ノ切ニ雑居ヲ企望スルハ専ラ実業者ニ活溌力ヲ与フルノ益ヲ第一トス、既ニ欧米諸国ハ実業ノ貴キ事経年已ニ久シケレハ秩序モ従フテ巧者ナリ、故ニ雑居ノ後ニ当テハ彼レ来リテ実業我ガ各地ニ実施スル事ヲ皆実地ニ目撃シテ人々自然ニ悟リ自カラ確信シテ己レノ営業ヲ採ルモノ多カラン、所謂他動ノ刺激ハ自治ノ元気トナリ国民ノ智能ヲ進メテコソ益々好時機ヲ待ツ楽シミモアルベシ、其他有形無形ノ利益鮮少ナラサル事ハ已ニ前会ニ論述セリ、斯カル理由ナルヲ以テ雑居ノ問題一度ビ議場ニ出テタル已上ハ実業者ハ必ス進テ就カサルベカラス、抑モ雑居ノ可否ハ初発外交ヲ開ク日ニ於テ可否ノ論ヲ尽スベシ、既ニ之ヲ開キ其制度文物衣食住百般如此一変シタル今日ニ至リ只雑居ノ一事ニ於テ可否ヲ論スルハ既ニ晩シ此レハ世論疾クニ定マリテ悉ク之レニ傾キタルモノトス、今ハ時機ノ緩急如何ニ於テ諸君ノ意見ヲ請フテ到来ノ好時機ヲ失ハス鋭意ニ之ヲ可決シテ実業ノ振起ヲ謀ラン事ヲ企望ス
　　商業者ノ規模ヲ拡張スヘキ宿志
方今外交貿易ハ多端ノ折柄トナリ内地民業ノ有様漸次一変シ、近年ニ至リ農工商ノ業日ヲ追テ衰頽ノ色ヲ露ハセリ、就テハ各実業家ハ宜シク此際ニ臨テ空理ニ走セス能ク既往ノ経験ヲ現在ニ当テ以テ将来ノ成行キニ注意セザルベカラス、蓋シ此ノ経済変化ノ際ニ当リ一般ノ人未タ変化シ得サルモノ三アリ、一ハ天産物ニ依頼シテ価ヲ需ムルニ熱心薄キ事、二ハ売買ヲ以テ商業ニ混シ其別ヲ知ラザル事、三ハ主金説ニ溺レテ物産ヲ重セザル事是レ衰頽ノ原因ト存シ候、本邦古来ヨリ農ヲ以テ本トシ国ノ経済偏ニ之レニ因テ謀ルノ風今日ニ至リテモ尚積弊ヲ頭脳ニ残セリ、故ニ欧米諸国ニ比シテ農産物ハ種々ノ異同アルモ敢テ劣ル事ナカルベシト雖トモ、其農産ノ天然物ヲ転化シテ価ヲ得セシムル工商ノ業ニ至リテハ逈カニ下リタリト云フモ決シテ過言ニアラサル
 - 第18巻 p.541 -ページ画像 
ベシ、是レガ為メニ農産モ其価ヲ生スル事ナク併セテ尚劣ルガ如キ効験ヲナシタルニ非ラスヤ、就中商業ニ於テハ今ニ社会ノ賤視スル所トナリテ改マラス、商業者モ亦世ノ風潮ニ従ヒテ自カラ卑屈ニ安スルガ如シ、是レ畢竟売買ト商業トノ別ヲ知ラサルニ因ル所以ナリ、既ニ商業ノ範囲内ニアル鉄道・郵便・銀行業ノ如キハ人モ賤視スベカラサルヲ知ル機運トナリタルハ、其本業タル商業者ニ於テ外商ノ智能ヲ破リ正実ヲ以テ国産ヲ彼レニ好マシメ輸入モ亦我レニ便利ヲ占メ、彼我対等ノ権利ヲ備ヘ益々敢為ノ気象ヲ発育シテ家富ミ国栄ユルノ本職ヲ尽スヘキ時ニアラズヤ、然ルニ尚浮汎タル売買ニ馳セテ徒ラニ主金ノ弊習ヲ洗フ能ハス、偶々商業ヲ企図スルモノモ或ハ高利貸シノ悪風ヲ帯ヒ投機危険ノ業ニ傾キ朝ニ浮キタニ沈ム、是レヲ制スレバ姑息シテ活気ナキガ如シ、実ニ慨歎ニ堪ヘサルナリ、抑モ文明ト称スル欧米諸国ハ大躰商業ヲ以テ立国ノ基礎トシ専ラ商ノ力ニ依頼シテ国ノ繁盛ヲ謀リ日ニ月ニ富強ニ進ムノ今日ニ当リ我邦人猶旧習ヲ離ル能ハズ、往々ニ国ハ農ニ因テ立ツアリ工ニ因テ起ルモアリ又タ商ニ因テ進ムアリ、皆其地形風土ノ然ラシムル所ナレバ一概ニ之レヲ論シ難タシ、故ニ三業相並立スト、其甚タシキニ至リテハ商ハ既ニ販路アル物品ヲ媒介スル迄ノ業ニ過キスト蔑視シ曾テ其盛衰如何ヲ問ハス、徒ラニ国ノ富裕ヲ謀ルハ農工ノ物産ニアリトテ親切ニ其良否ヲ閲シ天然ノ構造ト工芸ノ労力トニ価アルベシトシテ喜悦スルハ好事ノ閑人玩弄品ヲ観ルニ等トシ、夫レ一家ト雖トモ苟モ自他ノ間ニ経済ノ区域ヲ立ツレバ需用ト労力トノ権衡ヲ以テ物品ハ市価ニ換リ初メテ産地ノ盛衰ヲ占フ事皆人ノ熟知スル所ナルベシ、是レヲ大ニシテ内外国ノ交易モ亦同一ナルベキ事ハ今更喋々ヲ俟タザルナリ、元来商ハ需用者ニ向テハ製産者ノ効労ヲ説キ、又タ製産者ニ向テハ需用ノ適否ヲ示シ、此ニ於テ相恰合スル所ヲ酌ミ一方ニハ製産者ノ徒労ヲ省キ一方ニハ需用者ノ欠乏ヲ満タシテ市価ノ位ヲ保タシムルハ惟商業者ノ働キニアリ、例之バ堅艦利器アリテ国ノ威光ヲ他ニ羨マスルモ特ニ名将ノ運用ニ依ルガ如シ、豈重大ノ任ナラズヤ、今ヤ外商ノ智能ハ能ク本邦ノ事情ヲ悟リ已ニ我需用品ノ半ヲ輸入シテ便利ヲ助クルニ至リタリ、是レ外国農工ノナス所歟決シテ然ラス、全ク外国商ノ働キニシテ其力ハ我国ヲ蔽フノ有様アリ実ニ同業諸君ト共ニ遺憾ニ堪ヘザル所ナリ、試ニ輸入品ニ就キ視ルニ我国ニテ同一ノ物品ヲ製スルトセバ我労費ノ低キモ猶及ブ能ハズシテ起業毎ニ成ラズ、頽業年ヲ追テ益衰頽ノ色ヲ露ハスハ畢竟商業ノ規模拡張セサルニ由ル、目下其不景気ヲ救治スル策既ニ協議ヲ決シタル上ハ引続キテ百業ノ進捗ヲ謀リ企テ国ノ富裕ノ基礎ヲ立ツルハ首尾一貫ノ事ト存シ候ニ付此題目ニ就テ本会諸君ノ意見ヲ請ハント欲ス
　　　　　　以上
　　　　　　　　　　　　　　　　二十五番　会員
　　明治十九年三月廿三日　　　　　　　　　　丹羽雄九郎
　　東京府商工会々頭
　　　　渋沢栄一殿

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一九年）七月二五日　　　（萩原英一氏所蔵）
 - 第18巻 p.542 -ページ画像 
○上略
条約改正ニ付建議案ハ小生起草之処何分多忙ニ付昨日毎日新聞記者島田三郎ト申人ニ内々要旨打合文案相托し置候、就而ハもし右ニ付問合又ハ参考書等之用事有之候ハヽ貴兄へ申談候様小生より島田氏へ話し置候ニ付、自然申来候ハヽ御心配なく御相談可被下候
同人ハ　　　　　　　　　　　麹町区中六番町三十一番地ニ
住居罷在候、来ル三四日頃迄ニ脱稿之筈打合置候ニ付、其中貴兄御越ニて御聞合相成候而も宜敷候、小生明日日光迄罷越来月二日帰京之積ニ御坐候、依而右等拝願旁申上候　匆々
　　七月廿五日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様
　先日御遣之書類ハ前書島田へ渡し置候、且過日委員会ニて打合せし大要ハ其中島田御逢ニ候ハヽ御話合被成候様願上候

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一九年）九月二六日　　　（萩原英一氏所蔵）
拝啓然者昨日御問合有之候開会時日之義者益田・大倉両氏と打合候処来月二日土曜日ニ候ハヽ差支無之由ニ付同日と取極夫々御通達可被下候、且条約改正建議々案ハ先日益田・大倉へも早々一覧ニ相廻し候様御取斗有之度と申上候積之処、未タ廻覧無之由ニ付早々其御取斗可被下候、而して此分ハ別ニ印刷ニ付し各員へ配付候様致候方と存候、又定式会ニ付報告等之件も有之筈ニ付右等は夫々御取調置開会前夫々書類御廻し被下度候　○中略
　　九月廿六日　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様

東京商工会議事要件録　　第二一号・第四〇―四四頁　明治一九年一〇月二〇日刊
　　第十定式会
　　　　　　　　　（明治十九年十月二日午後五時三十分開会）
　　第廿一臨時会
　　　　会員出席スル者　○三十七名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ臨時会ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ左ノ二件ヲ報告ス
○中略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ第一号議案（条約改正ノ義ニ付建議）ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ之ヲ朗読セシム
　（建議案ハ衆議ノ末全ク原案ニ可決シタルニ付十月七日附ヲ以テ之ヲ外務大臣閣下ヘ進達シ、即チ其全文ハ参考部第七号ニ記載スルヲ以テ重複ヲ厭ヒ玆ニ之ヲ略ス）
会長（渋沢栄一）ハ委員起草ノ手順ヲ報ジ且ツ右議案ノ趣旨ヲ弁明シテ全会ノ意見ヲ問フタルニ、八十六番（雨宮綾太郎）ハ議事ノ手順及議案ノ趣旨ニ就キ会長（渋沢栄一）ニ向テ一二質問ヲ為シタル後本案中内地雑居ヲ許ス事ハ尚ホ早シト思考ス、試ニ金利ノ点ニ就テ之ヲ言ハンニ近来我国ニ於テ金利稍ヤ低下セリト雖トモ是レ資本家ガ其資本ヲ利用スルノ道ヲ知ラザルノ結果ノミ夫ノ欧米諸国ニ於ケルガ如ク商
 - 第18巻 p.543 -ページ画像 
業ノ繁盛ヲ以テ金利ノ低下ヲ致シタルモノト同ジカラザルナリ、斯ノ如ク我国ノ資本家ハ要スルニ見識狭隘ニシテ其資本ヲ以テ之ヲ殖産興業ニ充ツルノ勇ナク只公債株券ヲ買フヲ以テ安ンズルノ情況ナレバ此際ニ当リ百年練磨ノ智術ヲ挿ムノ外人ト雑居セシムルハ甚ダ危道ナリトノ説ヲ発シ、九番（小山伊三郎）ハ本案中土地所有ノ権ヲ外人ニ与フルノ項ヲ削リ又雑居ハ相当ノ年限ヲ定メテ之ヲ許ス事ニ修正スベシトノ説ヲ発セシガ、此両説ハ共ニ賛成者ナクシテ消滅シタリ、又八十五番（竹内久兵衛）ハ本案中内地雑居ノ件ノ如キハ全国ノ利害ニ関スルモノナリ、然ルニ府下ノ商工業ヲ代表スル本会ノミニテ其利害ヲ断定スルハ不可ナルニ付此建議ハ暫ク之ヲ延引シ全国輿論ノ帰スル所ヲ観察スベシトノ説ヲ発セシガ後ニ至リ前説ヲ引テ更ニ原案ヲ賛成シタリ、右ノ外各員ノ間格別ノ論議ナク遂ニ本案ハ全ク原案ニ可決シタリ於是会長（渋沢栄一）ハ暫時休憩ヲ命ズ、時ニ午後七時三十分ナリ

東京商工会議事要件録　　第二一号・第六八―九八頁　明治一九年一〇月二〇日刊
　○参考部
（第七号）
　　　　○条約改正ノ義ニ付建議
条約改正ノ儀ハ大ニ貿易ノ盛衰ニ関係仕候儀ト奉存候ニ付、本会ニ於テ篤ト遂審議其所見之次第別紙ノ通リ開陳仕候間御参考ノ一助トモ相成候ハヽ大幸ノ至ニ御坐候、尤右ハ只大体ニ就キ本会ノ希望ヲ叙述仕候モノニ付猶其細目ニ就キ幸ニ御下問ノ栄ヲ蒙リ候ハヽ充分詳査シテ報答可仕候、依テ別紙相添建議仕候也
　　　　　　　　　　　　　　　　　　東京商工会々頭
　　明治十九年十月七日　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　外務大臣　伯爵　井上馨殿
　　　　　　別紙
条約改正ノ儀ニ就テハ先年来我政府ト諸外国トノ間ニ数回ノ談判ヲ遂ケラレタル末今年ニ至リ内外当局ノ顕官中ニ一場ノ会議ヲ開カセラレタル事ハ本会ノ＠カニ之ヲ伝承スル所ナリ、今単純ノ理論ニヨリテ本会ノ企望ヲ約言スルニ結局独立国ガ当然有スベキ法税二権ヲ我ニ収取スルニ止マリテ別ニ区々ノ論議ヲ費スヲ要セス、加之改正期限ヲ経過スル事既ニ十数年ニ至ルノ今日ニ於テ我之ヲ要求スレバ彼之ヲ肯ゼザルノ理ハ万アルベカラザルモノヽ如シ、然レトモ社会ノ事タル錯綜交雑一ヲ執リテ論ズベカラザルハ世海ノ情味ヲ知ル者ノ能ク解スル所ニシテ、我国ガ泰西諸国ニ対スル現行条約ハ幕府ノ末造邦人国交ノ何物タルヲ解セザルノ日ニ成リタルノミナラス、東西ノ文化其度ヲ異ニスルヲ以テ西入嘗テ東洋諸国ニ対セル一種ノ変則ヲ執リテ彼我国交ヲ定ムルノ基礎ヲ立テ爾来沿襲シテ以テ今日ニ至ルモノナレバ、之ヲ改正シテ独立国ノ面目ヲ保全セントセバ先ヅ我国ノ東洋諸国ニ異ナル事ヲ表シ、明治十九年ノ新日本ハ嘉永・安政ノ旧日本ニ同ジカラザルヲ示シテ以テ諸外国ノ信憑ヲ鞏クシ、従来事実ノ如何ヲ弁ゼズ漫ニ東洋ノ二字ヲ把リ来リテ我国ヲ軽侮シタル外人ノ妄念ヲ破ラザル可ラズ、是我政府ノ数年来鋭意内外ノ政務ヲ改修セラルヽ所以ニシテ今此条約改
 - 第18巻 p.544 -ページ画像 
正ノ会議ニ当リテモ其間多少ノ雑事交雑シ来ラン事ト本会窃ニ之ヲ恐察シ、当局大臣ニ対シテ真心ニ其労ヲ謝セザル可カラザルナリ
右会議ノ題案ハ如何ナル事項ニシテ如何ノ運歩ニ至ルベキ乎事外交ノ機密ニ関シテ本会ノ与カリ聞クベキ所ニアラズ、然リト雖トモ条約ノ改正ハ一国権利ノ消長ニ関シ内外貿易ノ盛衰ニ係ル、本会々員等日本人民ノ位置ヨリ考フルモ商工諸業ヲ代表スルノ資格ヨリ考フルモ、此際本会企望ノ要旨ヲ叙述スルハ亦以テ本分ノ万一ヲ尽スモノト信スルナリ
今条約ヲ改正スルニ当リ本会ノ最モ熱心ニ希望スル所ノ要点ハ即チ法税二権ノ全部ヲ挙ゲテ我ニ収取スルニ在リ、若シ只一部ノ収取ニ止マル時ハ仮令改正ノ名アルモ決シテ其実アラザルナリ、而テ今此法税二権ヲ全収セントスルニハ我法制ヲ釐正スルハ固ヨリ甚ダ緊要ナルベシト雖モ、別ニ一大事項ノ断行ヲ要スルモノアリ、何ゾヤ、外人ニ内地雑居ヲ許ス事即チ是ナリ、元来欧米諸国ノ人々ガ遠洋ヲ渡航シテ我ニ来ル所以ノモノハ其目的他ニアラズ盛ンニ貿易ヲ営ミテ大ニ利益ヲ収メントスルニ在リ、然ルニ現行制度ノ如ク有数ノ港ヲ限リテ掌大ノ地ニ閉居セシメ、彼ヲシテ我商人ガ其居留地ニ到ルヲ待テ売買セシムルハ彼ノ目的ヲ達スルニ於テ不便不利甚ダ大ナルガ為メニ、彼レ居留地制度ノ範囲ヲ脱シテ内地雑居ノ自由ヲ得ント欲スルハ自然ノ情勢ト云フベシ、翻テ我人民ノ欧米ニ入ル者ヲ見レハ往来雑居共ニ自由ニシテ彼人民ノ我国ニ来ル者ハ居留地ノ箝制アリ、故ニ此一点ニ於テハ彼人民ノ得ル所我人民ニ若カズシテ彼之ヲ切望シテ我未ダ之ヲ許サヽル者ナリ、然ルニ顧ミテ一方ヲ視ルニ我ニハ一大欠望アリテ之ヲ彼ニ求ムト雖トモ彼ノ未タ我ニ許サヾルモノアリ、何ゾヤ、法税二権ノ我掌裡ニ帰セザルモノ即チ是ナリ、今夫レ彼我各々求ムル所アリテ互ニ相許サヽルハ決シテ国交ヲ親密ニシ貿易ヲ隆盛ナラシムル所以ノ良計ニ非ズ、宜シク速ニ之ヲ互譲シテ以テ条約ヲ改正スヘシ、是ヲ以テ本会ハ断然我ヨリ進ンテ雑居ノ自由ヲ彼ニ許シ、其報酬トシテ法税二権ヲ彼ヨリ全収スルノ談判ニ出テラレン事ヲ政府ニ冀望スル者ナリ
或ハ曰ク、今我ヨリ進ンデ雑居ノ自由ヲ彼ニ許シ其報酬トシテ法税二権ヲ我ニ全収セントスルニ当リ彼或ハ我国ノ法制不完全ナリト言テ以テ法権ノ全撤ヲ肯ゼザルベシト、嗚呼是レ何ノ言ソヤ、夫レ今日ノ日本ハ嘉永・安政ノ日本ト同シカラス、現ニ刑法治罪法ノ制定アリテ其生命財産ヲ保護スルノ精神ニ至リテハ之ヲ泰西諸国ニ比スルモ敢テ其美ヲ譲ラザルモノアリ、且ツ聞ク所ニ拠レハ商法民法訴訟法ノ如キモ亦夙ニ我政府ニ於テ制定ニ着手セリト云ヘハ其完全ヲ見ルハ蓋シ遠キニアラサルヘシ、彼豈法制ノ不完全ヲ以テ法権全撤ヲ拒ムノ論拠トスルヲ得ンヤ、況ンヤ内地雑居ハ彼ノ多年属望スル所ニシテ其自由ヲ彼ニ許ス時ハ得失相乗除シテ尚ホ余アルニ於テヲヤ、想フニ我国ハ気候温和地味豊肥ニシテ天賦ノ富源ヲ特有シ、加之傭直極メテ低廉ニシテ最モ興産ニ便利アリ、鉱山開クベク新地拓クベク鉄道敷クベク製造起スベク全国到ル所一トシテ営利事業ニ適セサルハナシ、彼ノ利ヲ見ルニ最モ敏捷ノ聞アル外人ニシテ豈斯ル看易キノ得失ヲ弁別スルニ苦マンヤ、由是観之彼苟クモ彼我公共ノ利益ヲ顧ミスシテ只利己ニ専念ナ
 - 第18巻 p.545 -ページ画像 
ルニアラザル以上ハ決テ此談判ニ異議ヲ挿マザルベシト信ズルナリ、或ハ又曰ク、我国ノ司法官ハ甚ダ実験ニ乏シキヲ以テ仮令其法制ハ完全ナリトスルモ彼レ未ダ以テ其審判ニ服従セサルベシ、如カス先ヅ法権ニ段階区分ヲ立テ其幾分ヲ我ニ収メ、数年ノ後ヲ待テ漸次其全収ヲ期スベシト、是レ亦事理ヲ解セサルノ論ナリ、夫レ我国ノ司法官ヲ以テ泰西諸国ノ司法官ニ比セハ其実験ニ乏シキ事ハ蓋シ或ハ然ルモノアラン、然リト雖トモ之ガ為メ外人ヲシテ服従セシムルヲ得ズト云フハ果シテ何ノ根拠カアル、若シ仮リニ之アリトスルモ裁判官ノ任命ヲ更革シ、裁判庁ノ組織ヲ改良スル等要スルニ彼ノ信憑ヲ鞏クスルノ手段ハ実際決シテ乏キニアラザルナリ、殊ニ法権ニ段階区分ヲ立ツベシトノ説ノ如キハ是レ決シテ実行シ得ベカラザルナリ、試ニ刑事ノ場合ニ於テ段階ヲ立ツルト為シ、軽罪ハ我裁判所ニ於テ之ヲ審理シ、重罪ハ彼ノ裁判所ニ於テ之ヲ審理セン歟、此事タル紙上ノ論議ニ於テハ判然タル経界アリテ毫モ疑議ナキガ如シト雖トモ、之ヲ実施スルニ当リテハ最モ大ナル不便アリ、抑モ軽罪重罪ノ性質ハ予審ノ間ニ略ボ定マルト雖トモ其確定ハ本訴ノ終決ヲ待タザルベカラス、故ニ其初メテ裁判所ニ召喚セラルヽニ当リテハ罪ノ軽重固ヨリ未ダ判然セザルナリ、而シテ未定ノ罪ヲ彼我ノ間ニ分審スル時ハ初メ軽罪トシテ我庁ニ論ジタルモノモ中道ニシテ重罪ト認メテ之ヲ彼ニ移ス事アルベク、之ニ反シテ初メ重罪ト認メテ彼庁ニ審聴セシ者モ半途ニシテ軽罪トナリテ我ニ交附スル事モアルベシ、如此ハ二重ノ裁判ヲ為スニ同ジクシテ彼我ノ官庁人民ノ煩累名状スベカラザル者アラントス、況ンヤ各国法律ノ同ジカラザル罪名刑名ノ異ナルアリテ重軽罪ノ段階ハ之ヲ彼我所轄ノ区別ニ適用スベカラサルモノアルニ於テヲヤ、故ニ此法権ニ段階区分ヲ立ツベシトノ説ハ到底実行シ得ベカラザルモノナリ、若シ仮ニ一歩ヲ譲リ之ヲ実行シ得ベシトスルモ夫ノ社会害悪ノ最モ恐ルベキ重罪ヲ審理スルノ権ヲ我ニ全収セザルニ於テハ到底我国独立ノ実ヲ全フスル能ハザルナリ、是本会ガ条約ヲ改正スルニ当リテハ断然法権ヲ我ニ全収シテ一切ノ裁判ヲ我裁判所ノ権内ニ掌握セザルベカラズト断言スル所以ナリ、論理情実既ニ此ノ如シ、是故ニ我ニ於テ内地ヲ全開スルノ英断ニ出デバ彼モ亦法権ヲ全撤スベキ事本会ノ疑ハザル所ナリト雖トモ若シ彼依違之ヲ全撤セザレバ我モ亦寸地モ之レヲ開クベカラザルナリ今ヤ我国ノ輿論進ンデ内地ヲ開カント欲スルモ彼尚ホ其譲与スベキノ権利ヲ譲与セスシテ区々実地ニ行ハレザルノ段階ヲ立テ、依然維新以前ノ居留地制度ヲ存シテ以テ貿易ノ利益ヲ害セントセバ其責実ニ彼ニ在リテ我ニ在ラザルナリ、嗚呼此ノ如キハ豈欧米人ガ遠洋ヲ航シ来リテ貿易ヲ事トスル所以ノ本旨ナランヤ
税権ヲ我ニ全収スル事ニ就テハ彼固ヨリ之ヲ拒ムノ言辞ナカルベシト雖トモ、或ハ強テ説ヲ為ス者アラン、曰ク税権ヲ我ニ全収スル時ハ我之ヲ濫用シ過重ノ税ヲ輸入品ニ賦課シテ遂ニ彼我ノ貿易ヲ害スルニ至ラント、是レ亦妄想ノ甚シキモノト云フヘシ、夫レ税権ヲ我ニ全収スルノ精神ハ敢テ過重ノ税ヲ輸入品ニ賦課セントスルニ在ラズシテ却テ妥当ノ税法ヲ得テ彼我ノ貿易ヲ隆盛ナラシメントスルニ在リ、唯現在ノ海関税則ハ幕府ノ末造ニ定マリ当時貿易事務ニ経験ナキ人々ノ手ニ
 - 第18巻 p.546 -ページ画像 
成ル者ニシテ、其内国ノ租税ト比例ヲ得ザル一見シテ弁知スル事ヲ得ベシ、特ニ兵庫開港ノ延期ヲ請求セシ為メニ更ニ税率ヲ軽減シタルガ如キ事跡ヲ考フレバ其已ムヲ得ザルノ勢ニ迫リテ利害ヲ顧ミルニ暇ナク匆卒之ヲ定メタルノ証判然タリ、而シテ之ヲ永年ニ保続スルハ豈当然ノ事ナランヤ、是レ税率ノ今日ニ改正スベキ第一理由ナリ、本邦地租ノ重キハ各国其例ヲ見ザル所ニシテ租税全額ノ十分六以上ハ実ニ之ヲ地ノ出ス所ニ取リ、而シテ海関税ノ至少ナルハ亦各国其比ヲ見ザル所ニシテ僅ニ租税全額ノ百分四以下ニ居レリ、今此過重ノ地租ヲ減ジテ土地ノ負担ヲ軽クセントスルモ他ニ之ヲ補足スルノ税源ヲ発見セザル以上ハ我政府ハ遂ニ之ヲ実行スルニ由ナカルベシ、夫ノ至軽ノ関税ヲ増加シテ過重ノ地租ヲ軽減シ以テ租税ノ平均ヲ保ツハ国家経済ノ良計ト云フベシ、是税率ノ今日ニ改正スベキ第二理由ナリ、抑モ地力厚カラザレバ物産殖セズ農民窮スレバ輸入品ヲ購買スルノ力ナシ、而シテ地租ノ重キハ地力厚カラザルノ一原因ニシテ殖産少クシテ購買力ノ減スルハ農民ノ窮スルニ依ラザルナキヲ得ンヤ、今若シ土地ノ負坦ヲ減少スルヲ得テ物産豊殖セン歟輸出自ラ増加スベクシテ輸出ノ増加ハ即チ間接ニ輸入ノ増加ヲ促サントス、然ラバ則チ海関税ノ増加ハ直接ニ輸入品ノ価格ヲ騰貴スルガ如シト雖トモ、内地購買力ノ増加ニヨリテ却テ輸入ノ道ヲ拡ムルノ功アラントス、且本会ノ要スル所ハ現行ノ輸入税率ヲ相当ノ度ニ改ムルト同時ニ現ニ存スル所ノ輸出税ハ一切之ヲ廃止セント欲スルニ在リ、此ノ如クナレバ我物品ヲ購買スルノ外人ハ廉価ノ物品ヲ獲テ之ヲ諸国ノ市場ニ廉売スヘク、随テ其消費ノ額ヲ増加シ之ガ為メニ得ル所ノ利益ハ独リ我国人ノ手ニ落ツルニ非ズシテ之ヲ購買シ去ル外商ノ利益トナラン、然レトモ此等ノ目的ハ現今ノ税則ヲ存シテ之ヲ遂グベキニ非ス、是レ税率ヲ今日ニ改正スベキノ第三理由ナリ、故ニ今税権ヲ我ニ全収シテ適当ノ改正ヲ施サントスルハ彼我共ニ其利益ヲ分享セントスルノ意ニシテ結局貿易ヲ昌盛ナラシムルモノナリ、或者ノ説ノ如キハ実ニ謬見ト云フベキノミ
今日ニ当リ、内地雑居ヲ外人ニ許サントスルニ当リ、事ヲ解セザル者ハ之ヲ認メテ妄リニ危道ヲ履ム者ナリト做シ説ヲ為シテ曰ク、彼レ夥多ノ資本ヲ齎シ来リ百年練磨ノ智術ヲ挿ミテ我朴魯且ツ資本寡キノ人民ト雑居ス、内地ノ事業ハ挙ゲテ外人ノ掌裡ニ帰シ我人民ハ之ガ頤使スル所トナルベシト、是レ実ニ杞憂ノ言ノミ、過慮ノ説ノミ、抑モ生産必要ノ原料ハ土地・労力・資本ノ三者ニ在リテ我国今日事業ノ萎靡振ハザル所以ノモノハ何ニ由ルヤ、地力既ニ尽キテ労力施スニ所ナキカ人口稀少ニシテ労力得ルニ由ナキカ二者共ニ然ルニ非ザルナリ、唯未タ資本ト実験トノ足ラザルガ為メ充分ニ土地労力ヲ利用シテ生財ノ源ヲ開ク事難キニ因ル、鉱山ヲ開カントセンカ新地ヲ拓カントセンカ鉄道ヲ敷カントセンカ製造ヲ起サントセンカ直ニ欠乏ヲ告グル者ハ他ニアラズシテ資本ト実験トノ二物ニ在リ、夫レ近時我国ノ金利ハ著シク低落シタルガ如シト雖トモ猶之ヲ欧米ノ金利ニ比スレバ高低甚ダ懸隔アリ、又我国ノ人民ハ近時泰西百科ノ諸学術ヲ移入シ大ニ其智識ヲ発達シタリト雖トモ開国以来日尚浅ク各種ノ事業ニ就テ未ダ充分ノ実験ヲ得ルニ至ラズ、之ガ為メ仮令有益ノ目的アル事業モ之ガ実施ヲ期
 - 第18巻 p.547 -ページ画像 
シ難キノ憾多キナリ夫レ資本不足ニシテ実験贍ラザル事斯ノ如シ、是ヲ以テ沃野草莱ニ没シ労役者徒手ニ苦ム、邦国蕭寂ノ状ヲ現ハスモ亦宜ナラズヤ、此際ニ当リ若シ外人其資本ト実験トヲ携ヘ来リテ有利ノ事業ヲ創起スル時ハ之ガ為メニ生ズルノ利ハ独リ外人ノ手ニ帰スベキニ非スシテ之ト協同スル我人民モ亦其利ヲ分取シ結局我国ノ生産力ヲ増進スルヤ必然ナリ是豈我大利益ニアラズヤ、且ツ夫レ人性風俗ノ発達スルハ他ノ刺衝ニヨリテ之ヲ致ス者甚ダ多シ、口ニ説キ耳ニ入ルハ眼ニ見テ心ニ感ズルノ効験顕著ナルニ若カザルナリ、故ニ我人民夫ノ実験ニ富ミテ行為活溌ナル外人ト雑居スル時ハ其刺衝ニヨリテ自ラ快活ノ気象ヲ養成スルノ利益蓋シ亦少シトセズ、尚何ノ危懼スル所アランヤ、今日ニ於テ内地雑居ヲ危懼シ人民ノ資力足リ智識開クルノ後ニ之ヲ行ハントスルハ恰モ嘉永・安政ノ間ニ当リテ国富ミ兵強キヲ待テ開港ヲ為サント論ゼシ者ト言辞ヲ異ニシテ精神ヲ同クスル者ナリ、若シ当時ノ政府ヲシテ果シテ此論旨ノ如キ政略ヲ保維セシメン歟我国今日ノ進歩ハ決シテ是ヲ得ザリシナラン、故ニ嘉安ノ間ニ此論旨ノ迂疎ナリシ事ヲ顧想スルノ人ハ即チ今日雑居ノ不可ナキ所以ノ理ヲ覚ルニ足ラントス
或ハ又説ヲ為シテ曰ク、欧米崛強ノ人民一種ノ風俗ヲ有シテ内地ニ蟠居ス商工百般ノ交渉ヨリシテ紛議争訟ヲ生ゼンニ之ヲ制御スルハ容易ノ事ニアラズシテ政府ノ煩累ヲ為サント、蓋シ外人崛強ニシテ制シ難シトノ故ヲ以テ内地雑居ヲ非トスルノ説ハ是レ雑居以前ノ今日ヲ以テ雑居以後ノ状ヲ規スルヨリシテ此謬見ヲ懐クニ過ギザルベシ、今日外人ノ制シ難キ所以ノ者ハ治外法権ノ存スルアリテ民事ノ詞訟モ半バ彼ノ支配ニ属シ行政ノ処分モ亦多ク彼ノ管轄ニ在リ、而シテ刑事ニ至リテハ全ク彼ノ掌中ニ在ルガ故ナリ、夫レ社会ノ秩序ヲ維持シ争鬩ヲ絶ツ所以ノ者ハ法制ノ力ニ依ラザル可カラズ、而シテ此治国ニ須要ナルノ権、我ノ有スル所タラズシテ彼ヲ我域内ニ居留セシム、其管制シ難キハ論ヲ待タザルナリ、本会故ニ以為ク、今日外人ノ制シ難キハ其気性ノ然ルニ非ズシテ之ヲ管制スル所以ノ要具我掌中ニ在ラザルガ故ナリ、若シ今日ノ治外法権ヲ存シテ外人ヲ内地ニ雑居セシムルニ於テハ或者ノ憂フル所真ニ理アリト云フベシ、然レトモ法権ヲ我掌裡ニ収メテ之ニ臨マバ即チ雑居ノ外人ハ我人民ト何ノ異ナル所カコレアランヤ若シ之ヲシモ管治シ難シト云ハヾ是レ猶我人民ヲ管治シ難シト云フニ異ナラズ、況ンヤ雑居ハ即チ法権ヲ我ニ収ムルノ一大機会ニシテ之ヲ措キテ他ニ収権ノ途ヲ求ムベキニ非ザルニ於テヲヤ、若シ夫レ我ニ於テ雑居ヲ許サズシテ法権ヲ収メントスルハ恰モ彼ニ於テ法権ヲ存シテ雑居ノ許可ヲ望ムト同一ニシテ共ニ望外ノ事タルヲ免カレズ、我邦人ニシテ外人ガ治外法権ヲ存スルノ非理ヲ尤ムル者ハ是ト共ニ我国ガ雑居ヲ許サヾルノ非策ヲ論スベキハ論議自然ノ順序ト云フベシ、然ルニ或者ノ説ノ如キハ他ノ法権ヲ棄テザルヲ尤メテ自ラ是ト同一ノ過失ヲ行ハントスルモノナリ、其謬モ亦甚シト云フベシ
或ハ更ニ説ヲ為シテ曰ク、支那人ノ我国ニ移入スル者水ノ閘ヲ決シテ来ルガ如ク之ガ為メニ内地ノ雇銀ヲ低落シ雇工ヲシテ失業ノ惨禍ニ遭ハシメント、抑モ支那人闖入ノ一疑問ハ要スルニ今日ノ雑居ニ関係ナ
 - 第18巻 p.548 -ページ画像 
キモノナリ、我ト欧米諸国ノ条約ニハ最恵国ノ箇条ヲ載スルカ故ニ甲国ニ許ス所ノ者ハ乙丙丁等ノ国ニ均ク之ヲ許サヾル可ラズシテ恰モ諸国連帯ノ形ヲ為スト雖トモ、支那ニ対スルノ条約ニハ此箇条ナク又単独ノ条約ナリ、故ニ欧米諸国ノ人ニ雑居ヲ許可スルモ支那人ヲ雑居セシムルヲ要トセス、之ヲ許スト否トハ一ニ我ト支那トノ関係ニ止マルヲ以テ今日雑居論ノ中ニ混入シテ論ズベキニ非ス、故ニ或者ノ説ノ如キハ必スシモ其是非ヲ玆ニ問ハズシテ可ナリ
外人ニ雑居ヲ許スヲ可トスル者ノ中ニ一二異種ノ論ナキニアラス、或ハ曰ク、一時ニ全国ヲ開クハ外人ノ習俗ニ慣レザル我人民ノ驚駭ヲ致サン、故ニ先ヅ地所ヲ限リテ雑居ヲ許シ漸次全国ヲ開クベシト、此説タル着実老練ノ考案ノ如クナリト雖トモ事実ニ於テハ此予想ノ如クナラザルベシ、元来外人ガ雑居ヲ冀望スルハ内地ニ居住スルノ目的ニ非ズシテ内地ニ通商ノ自由ヲ得ントスルニ在リ、夫ノ風景気候ノ為メニ内地ニ居ラントスル者ハ其数僅少ニシテ時節ニ限リアリ、且現今ト雖トモ此等ノ目的ハ手続ヲ経テ之ヲ達スルヲ得ルナルニ尚外人ガ熱心ニ雑居ヲ冀望シテ已マザル所以ノモノハ唯貿易製造殖産ノ便ヲ得ントスルニ外ナラザルヲ知ルベシ、而シテ貿易製造殖産ヲ目的トスルノ外人ハ論者ガ患トスル僻陬ノ方隅ニ入ル者ニ非ズシテ大抵ハ論者ガ雑居ヲ許サントスル繁栄ノ土地、即チ港湾ノ在ル所、道路ノ便ナル所ニシテ商業地ニ非ザレバ製造場ナルベシ、顧フニ鉄道四達シ交通便ヲ得ルニ至リテハ是ト共ニ外人内地ニ往来シテ漸ク雑居ノ勢ヲ為スベクシテ此時運ニ至リテハ法律ノ表面之ヲ禁ズルモ裏面ハ則チ雑居ニ髣髴タルノ状ヲ現ハスベシ、現時東京ニ於テ築地ノ居留地外ニ居住スルノ外人其数少キニアラザルヲ以テ之ヲ徴スベシ、之ニ反シテ道路梗塞往来困難ニシテ外人内地ニ入ルノ不便甚ダシク之ニヨリテ得ル所ノ利小ナレハ法制ニ於テ雑居ヲ許スモ実地ニ於テ内地ニ入ル者甚ダ寡カラン、故ニ本会ノ見ル所ヲ以テスレバ外人大ニ来リテ論者ガ患トスル内地ノ人民ヲ驚駭スルニ至ラバ是レ内地ニ大利アルノ証ニシテ一方ヨリ之レ見レバ真ニ愉快ノ事ナリト雖トモ恐ラクハ遽カニ此ノ如キ事ヲ望ム能ハザルベシ、此ノ如ク実際ニ着眼シテ仔細ニ考案スレバ場所ヲ限ルノ方法ハ殆ド無用ニシテ其名ハ甚ダ美ナラザルナリ、寧ロ一時ニ全国ヲ開キ来去外人ノ自由ニ任セテ我国寛大ノ量ヲ外人ニ示スノ優レルニ如カザルナリ、是レ本会ガ断然全国ノ雑居ヲ許スベシト思考スル所以ナリ
或ハ又曰ク、土地ハ邦国ノ源資タルガ故ニ外人ニ許スニ土地所有ノ権ヲ以テスベカラズ且現今土地ノ価格非常ニ低落スルノ時期ニ当リテ資力ニ富ムノ外人ニ此権利ヲ有セシメバ有ルヲ尽シテ之ヲ購入シ現在ノ内国人民ハ借地人トナリテ外人ノ膝下ニ屈スルノ不幸ヲ見ント、此論ハ之ヲ前述ノ地所ヲ限リテ雑居ヲ許スベシトノ説ニ比スルニ一層浅薄ナルモノト云フベシ、夫レ外人ノ地ヲ買ハントスルハ是ヨリ生ズルノ利ヲ得ンガ為メニシテ徒ラニ土地所有者ノ名ヲ得ンガ為メニ非ザルナリ而シテ日本ノ土地ヲ有スルモ是ヨリ相当ノ利ヲ得ントセバ必ズ土着ノ人民ト協和スルニ非ザレハ能ハザルナリ、協和シテ利ヲ分ツ以上ハ彼独リ非常分外ノ利ヲ収ムル事能ハザルナリ、何ニヨリテ有ルヲ尽シテ之ヲ購ハントスルノ外人アランヤ、現ニ地方ノ田園価格低落スルモ
 - 第18巻 p.549 -ページ画像 
都下ノ商民其嘗テ商業ニ運用セシ資本ヲ移シテ土地ヲ購フ者至テ稀ナルヲ以テモ之ヲ証スベシ、且地価低落セルノ時節ナリト云フテ外人ノ購入ヲ患フルハ迂濶ノ甚シキモノト云フベシ、地価ノ低落スルハ売ラントスルモ之ヲ購フノ人ナキガ故ナリ、一旦夥多ノ資本ヲ出シテ土地ヲ購フ者出デンニハ地価ノ騰貴セン事寒暑計ノ暑気ニ遭フテ昇騰スルガ如ク、売買ノ間忽チ価格ノ平均ヲ得テ購フ者利ヲ失フニヨリ之ヲ購フノ熱心ヲ減ゼン、豈低落ノ儘ニシテ無数ノ売買アル事或者ノ患フルガ如クナル事アランヤ、且夫レ土地売買ノ禁ハ実際ニ於テ無用ニ属ス仮令法律ニ於テ外人ニ土地所有ノ権ヲ許サヾルモ外人内国人ノ名義ヲ仮リテ之ヲ購ハンニ国法ハ其心中ノ秘密ニ立入ル能ハザルガ故ニ之ヲ奈何トモスベカラズ、故ニ此ノ如キノ禁ハ到底徒法トナリテ止マントス、況ヤ経済ノ原理ニ於テ自然ノ制限アリ仮令此ノ如キ禁ヲ置カザルモ我ガ無数ノ土地挙ゲテ外人ノ所有ニ帰スルノ患ナシ、豈故サラニ此徒法ヲ作ルヲ要センヤ
本会ガ条約改正ニ関シテ有スル所ノ意見大略前述ノ如シ、之ヲ要スルニ一部ノ改正ハ改正ノ実効ヲ奏スベキニ非ザルガ故ニ之ヲ改正スル以上ハ双方全部ノ譲与ヲ決行スベシ、若シ段階ヲ附シテ改正ヲ行フ如キハ改正ノ名アリテ其実ナキガ故ニ断然之ヲ拒否シテ全部改正成ルノ日ヲ待ツノ愈レルニ如カズト信ス、但法権ヲ我ニ全収スル所以ノ準備ニ至リテハ法制ノ新タニ施設スベキ者アルベク、裁判庁ノ組織改正ヲ加フベキ者アルベシ、然リト雖モ此等ノ事ハ要スルニ前述ノ目的ヲ達スルノ手段ニシテ本会ノ意見ヲ縷挙スルヲ要セズ、唯前述ノ目的ニシテ幸ニ当局諸公ノ高見ニ違ハズンバ即チ鋭意之ニ応ズルノ準備ヲ整ヘテ以テ断然全部ノ改正ヲ挙行セラレン事深ク冀望ノ至リニ勝ヘザルナリ

東京商工会議事要件録　　第二三号・第一〇―一二頁　明治二〇年三月二二日刊
　　第十二定式会　　（明治二十年二月廿六日午後四時三十分開会）
　　　　会員出席スル者　○五十六名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ規程第五章第二十二条ニヨリ明治十九年下半季間定式事務ノ成跡ヲ報告ス
　　自明治十九年七月至同年十二月　半季間事務報告
○中略
　　　　政府ヘ建議　　　四件
○条約改正ノ義ニ付外務大臣ヘ建議
　　条約改正建議案調査ノ為メ十名ノ委員ヲ撰定シタル事ハ既ニ前季ニ於テ報告シタルガ、其後此等ノ委員ハ七月三日及十月二日ニ集会ヲ開キ其草案ノ調査ヲ遂ゲ、十月二日第二十一臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ全会異議ナク之ヲ可決シタルニ付、同月七日附ヲ以テ之ヲ外務大臣閣下ヘ進達シタリ
○下略

東京経済雑誌　　第一三巻第三〇九号・第三八九頁　明治一九年三月二七日
　　　　○内地雑居案の審議
 - 第18巻 p.550 -ページ画像 
東京商工会にては曩に農商務卿の不景気諮問に対する復申書中より内地雑居の一項を除くことに決したるが、二十番（大倉喜八郎氏）四十二番（松尾儀助氏）の如きは外人に内地雑居を許すは国家必要の問題にして商工者には最も緊要の関係あれば商工会の一議題として其利害を審議し、該会意見の在る所を其筋の参考に供したしとの意にて内地雑居案を審議せんことを建議せしかば商工会に於ては本二十七日之を討議する筈なり、如何に決す可き乎は固より未た知る可からざれども先づ議場に於て右建議の採否を決し之を採用するに決せば例の如く委員を設けて之を調査せしむるならんと思はる、且該会議員中の錚々たる者は大抵内地雑居許可説を主張する由なれば右建議の採用せらるゝは勿論、必ずや内地雑居を可とするの決を為す可しと思はる

東京経済雑誌　　第一三巻第三一一号・第四四四―四四七頁　明治一九年四月一〇日
　　　　○内地雑居論
明治十二年六月余輩か始めて内地雑居論を経済雑誌に掲載したりし頃には新聞記者にも之を駁するものあり、演説論士にも之を議するものありて一時は答弁に暇なかりし程なりき、当時にありては世人大約視て以て奇論となし或ひは戯れに余輩に語けて経済雑誌は奇論を好む雑誌なりなと述へられたる人もありき、然るに今や此問題は世間一般の通論となりて新聞記者は勿論演説論士にも一人の反対論を唱ふるものなく一人の駁撃を試むるものなく、遂に実際家を以て集合せる我東京商工会の問題となりて之を其議場に議するまでに至りたるは、時勢の推移議論の進歩驚くべきものありと云ふべし、余輩の最も歓喜に堪へざる所なり
東京商工会に於て不景気救治策の一として内地雑居を許し外資を移入して以て工業を振起せんと欲するの原案を出したるは、最も能く内地雑居の後に発すべき現像を洞察したるものと云ふべし、若し今日に当りて内地雑居を許し其文物をして我社会の組織に混合せしめば早晩不景気挽回の一助たること疑ふべからざるなり、東京商工会に於て此問題は廿九人に対する廿四人の少数を以て否決したるは太た惜しむべしと雖も、其否決の主意亦た之を不景気救治策として議せずして更に審議を遂げ別に政府に建議すべしとの儀にて其建案は右否決の主唱者より差出すべきに決したりとの事なれバ、次会の討議に於ては或ひは内地雑居論の勝利となるべきか、兎に角に今日に於ては世論は一般に内地雑居を是とするの点に向ひて先日商工会が原案を否決したるに付てすら新聞紙上に於ては彼是非議する程の勢なれば、東京商工会も亦た大に世論と懸隔したるの議決を為さゝるべしと信せらるゝことなり
言論上に於て大なる変動を我社会に生すべきか如く思惟せらるゝと雖も、実際に於ては現今東京府下の事情は既に純然たる内地雑居なり、公然たる名義に於ては外国人は築地居留地の外に土地家屋を有するを得ざるのみならず住居することも成り難き事なれども、事実に於ては住居するもの極めて多し、英・米・仏・独の教師及ひ宣教師の輩山の手辺に住居するは勿論、支那人も亦た多く居留地外に住居せり、此等の外人は日本人の名称を以て其家屋を借受け若くは買受け、日本人の
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間に雑居するを以て治外法権の権利は其一身に有するなるべしと雖も悪事を行はざる以上は此治外法権はあれどもなきか如きものにて其平時政府に対するの義務則ち地租・地租割・家屋税等は間接若くは直接に上納して嘗て故障を生せさることなり、此等の人は其学術智識を以て其弟子を教ゆるものあり、其道徳宗教を以て其近隣を化するものあり、然らざるも其進歩せる器具衣食の有様を示して以て文運を奨進せざるなし、去れば此の如き人種の我東京府内に雑居するは実に有益なる事情にして嘗て有害となるべき所以を見ざる也、今ま内地雑居と云へは事新しくして従来見もし聞きもせざる事を試むるが如く思はるへしと雖も其事実は既に経験せる事此の如し、思ふに公然内地雑居を許すに於ては外国人の我内地に入ること今日に数倍すべし、然れども或者か数年以前に恐懼したりしか如く土堤を破りて水潦の奔溢するが如き勢を以て来らざることは事の覩易きものなり、彼の来るは商業を営まんか為なり、然らバ則ち其多少は商業の盛衰に準すべきことは論弁を俟たざる事実なりとす、何ぞ官吏諸君か退出の時期に際し俄に諸省局の門内より歩出するか如き勢力を以て来らんや、今日外国人の内地に雑居する世人殆んと之を知らざるものゝ如し、内地雑居を許すの後に至りて外国人の内地に雑居するも亦た殆んと之と同一なるべきなり余輩の予想する所を以てするに今日内地雑居を許すと雖も外国の資本技芸の我に感触するは極めて漸なるべし、外人我土地家屋若くは公債を買ふも為に其相場を騰貴せしむる程の感触を与ふるは数十年を経過したる後ならざるべからず、其間交親愈よ密にして我風俗も彼に和し彼の習慣も我に混し、婚姻相慶するあり喪祭相弔するありて漸く我国人と醇化し、終には我国に帰化する人となるべし、之を今日の居留地の制に比すれば其利害得失豈に日を同うして語るべけんや
東京府下今日の現況右の如くなるを以て内地雑居を許したる後の事情も亦た此の如くなるべしと想像するときは、未た帰化せざる所の外国人に許すに土地買入の権を以てするも決して妨けなかるべし、特に経済上の点より観察するときは彼の資本を我土地に帰せしむるは非常の利益なりと雖も、彼れ治外法権を持して我内地に入るは諸般の政務に於て多少の妨害を存すべきに付此事は彼れ自ら治外法権を捨てゝ我法律に服従するの後に於て之を許すべき歟、蓋し商人にして其土地を有せざるは種々の不便あるものなるに付き若し我にして之に許すに土地所有の権を以てしたらんには彼必ず治外法権を捨つるなるべし、既に治外法権を捨てたる後に於ては其肩書は英国なれ仏国なれ何そ他府県人の東京府下にあるものに異ならんや、之に土地買入の権を許すは素より至当の理由にして決して拒むべきものにあらさるなり
支那人に関しても余輩は敢て特別に制限を設くべきの理由を見る能はざる也、米国の如き文明国に於ては其風俗の異様にして其住宅の醜悪なるを嫌ふも聊か無理ならぬか如き事情なきにしもあらずと雖も、我東京府下の陋巷に至りては支那人も亦た三舎を避くべき程の臭気なきにあらず、余輩は決して我国人か米人の口吻を摸して支那人の雑居を嫌ふを得ざるを信するなり、然れとも概して支那人は我国人に比して醜汚にして且つ臭気ありとし其の相集りて一衢一巷を占領せんことを
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懼るならんには之を処する亦た相当の方法なきにあらず、往年我東京府か神田橋本町の地所を買上け彼のマメ蔵デロレンの輩を散乱せしめたるか如く、支那人をして一処に集合せしめざる工夫もなし難きにあらざるべし
要するに外国人にして治外法権を捨てゝ而して我法律に従ふ以上は之に如何なる自由を許すも可なることなり、其外国人たると帰化人たるとの差は唯々肩書の差にして事実は一なるものなれば何ぞ為に其権利を異にする程のものならんや、唯々外国人は公権なく国会議員・府会議員等には選挙せらるを得ざるべし、此等の数事を取除けては凡て我国人と同一の取扱を蒙りて可なることなり、我当局の有司にして論拠を玆にに定めて而して其外交の敏材を振れたらんには条約改正亦た難きにあらざるべし

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一九年）九月一八日　　　（萩原英一氏所蔵）
商工会より建議之件々農商務省へ催促之為書面差出候義ハ御考之如く表向大臣へ宛申立候も如何と存候間、会頭より商務局長へ宛半公半私之書面ニてさし出申度、就而ハ別紙之文案ハ少々堅くるしく且本会之起創を申立候ニも不及事と存候ニ付、今少々手軽く御草案被下「本会より是迄商工業公益之件ニ付御省其外へ建議せし事柄中ニハ或ハ条例御改正を乞ふ之見込も有之都而本会ニ於てハ是非共必要と相信候より上申仕候義ニ候処、其後何等之御詮議相成居候哉其模様さへ相分り兼候件々も不少候ニ付、甚以本会々員一同之熱心を冷却せしむる恐有之候ニ付、何卒別紙之件々ハ御省ニ於て其御筋へ御問合如何之御模様ニ相成居候哉御内示出来候限りハ拝承仕度奉存候、と申位之意味ニて可然と存候」
何れ草案出来候ハヽ小生商務局長へ面会之上尚相托し可申候、又○印を付し候分ハ改而催促ニ不及と存候間、御除き之方と存候、此目録之外職工徒弟之事ニ付御下問ニ対し建議せし事も有之様覚居候間右等之類も重要之件ハ同様認入御催促仕度ものと存候、御取調可被下候、条約改正建議文ハ朱字之通ニて全く御同意ニ候、益田・大倉も昨日帰京ニ付早々一覧を乞ひ近日一総会相開申度と存候
○中略
　　九月十八日　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様