デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
■綱文

第19巻 p.364-392(DK190046k) ページ画像

明治23年6月18日(1890年)

是ヨリ先大蔵省銀行局長田尻稲次郎、当会会員・同盟銀行員其他府下商工業者ヲ阪本町銀行集会所ヘ招集シ、手形取引拡充ノ急務ナル所以ヲ演説ス。其ノ意ヲ体シ是日当会、銀行集会所ト共ニ手形取引ヲ盛ナラシムル方法ヲ同局長ニ復申ス。栄一会頭トシテ之ニ与ル。


■資料

中外商業新報 第二三四七号 明治二三年一月一九日 銀行局長の談話に就き打合(DK190046k-0001)
第19巻 p.364 ページ画像

中外商業新報  第二三四七号 明治二三年一月一九日
    銀行局長の談話に就き打合
過日の本帋上にも記載したる如く、田尻銀行局長が府下の商人等をして商業手形の取引を盛に行はしめんとせらるゝに就き、其の勧奨の談話を為さんとて渋沢東京商工会々頭に宛て先づ大阪の商業に取引関係の厚き人々の招集を照会せられたりしが、何れ其の招集の砌には啻に商業者のみならず其の取引に最も大関係を有する銀行家も臨席する方万端都合よろしかるべしとて、夫等打合かたかた明二十日川田日本銀行総裁・益田東京商工会副会頭其他重なる銀行家及商業者等八九名築地精養軒に会合し、尚ほ田尻銀行局長にも臨席して右等に関する万端の打合せを為す筈なりと云ふ


中外商業新報 第二三四八号 明治二三年一月二一日 打合せの延引(DK190046k-0002)
第19巻 p.364 ページ画像

中外商業新報  第二三四八号 明治二三年一月二一日
    打合せの延引
前号の本紙上に記るしたる如く、今回田尻銀行局長が東京商工会に於て府下の実業者に商業手形取引に関する談話をせられんとするに就き昨日川田日本銀行総裁・益田東京商工会副会頭其他八九名の諸氏等、同局長と築地の精養軒に会合して万端の都合を打合はさるゝ筈なりしが、昨今川田日本銀行総裁の行務多忙にして出席なりがたきと云ふより同総裁の出席都合付くの日を待ち、逐て其の打合はせを為すべき筈なりと云ふ
 - 第19巻 p.365 -ページ画像 


中外商業新報 第二三五〇号 明治二三年一月二三日 銀行局長の談話に就き打合(DK190046k-0003)
第19巻 p.365 ページ画像

中外商業新報  第二三五〇号 明治二三年一月二三日
    銀行局長の談話に就き打合
近日田尻銀行局長が府下の実業者に対し商業手形取引に関する談話をせらるゝに就き、去る二十日築地精養軒に於て重なる銀行者及実業家の人々等同局長と其の打合を為す筈なりしも川田日本銀行総裁の差支ありしため延引し、愈々本日午後五時より阪本町銀行集会所に於て下相談会を開くことに決定したりしが、矢張川田総裁には目下同行改革の一条に就き迚も出席なりかたきと云ふより、商工会よりは益田副会頭・梅浦精一氏等同盟銀行よりは原六郎・西村虎四郎・安田善二郎《(安田善次郎)》・山中隣之介《(山中隣之助)》・佐々木勇之介《(佐々木勇之助)》の五氏参集し、尚ほ田尻銀行局長にも臨席して充分打解け将来益益商業手形の取引をして頻繁ならしむるの相談を為す筈なりと云ふ


中外商業新報 第二三五一号 明治二三年一月二四日 銀行局長の談話に就き打合(DK190046k-0004)
第19巻 p.365 ページ画像

中外商業新報  第二三五一号 明治二三年一月二四日
    銀行局長の談話に就き打合
前号の本紙上に報道し置きたる如く近日田尻銀行局長が府下の実業者に対し商業手形取引に関する談話をせらるゝに就き、昨二十三日午後五時より阪本町なる銀行集会所に於て同局長を始め日本銀行よりは川田総裁・三野村理事、東京商工会よりは益田副会頭・梅浦精一・益田克徳・阿部泰造、同盟銀行よりは原六郎・西村虎四郎・安田善二郎《(安田善次郎)》佐々木勇之助・山中隣之介《(山中隣之助)》等の諸氏参集し、各自の予て抱ける同手形取引の発達をして妨くべき種々の弊害と其の事情の存する処ある実際適切の箇条をば充分打解けて相互に縷述し、尚ほ同局長が直接に談話せらるゝがために招集すべき場所・日取及び実業者の種別等に就き打合せありしが、愈々来月四日午後四時より阪本町銀行集会所に於て同盟銀行員・東京商工会員及将来手形取引を行ふべきものなりと見込ある実業者の人々を招集して談話せらるべしと云ふことに相談纏り、各各退散したるハ同八時過る頃なりし


東京商工会議事要件録 第四二号・第三―六頁 (明治二三年三月)刊(DK190046k-0005)
第19巻 p.365 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四二号・第三―六頁 (明治二三年三月)刊
  第二十三定式会  (明治二十三年二月廿六日開)
    会員出席スル者 ○四十七名
会頭渋沢栄一ハ事故アリテ出席遅延シタルニ付副会頭益田孝議長席ニ着ク
会長(益田孝)ハ先ヅ開会ノ趣旨ヲ告ゲ本議ニ先チテ左ノ件々ヲ報告ス
○中略
 一手形取引ノ義ニ付府下商業者招集ノ件
   本年 ○明治二三年一月十日附ヲ以テ田尻銀行局長ヨリ手形取引ノ義ニ関シ談話ヲ要スルニ付、府下ノ商業者ヲ便宜ノ場所ヘ招集スル様依頼アリタルニ付二月四日ヲ期シ銀行集会所ト謀リ本会々員銀行同盟員其他府下重立タル商業者共合セテ凡二百五十名ヲ銀行集会所ヘ招集シタルニ、当日田尻銀行局長ハ手形取引ノ義ニ付懇切ノ談話ヲセラレタリ(記事ノ大要ハ参考部第九号ニ掲グ)
 - 第19巻 p.366 -ページ画像 


銀行通信録 号外第一―三七頁 明治二三年二月二〇日 【本年二月四日田尻…】(DK190046k-0006)
第19巻 p.366-378 ページ画像

銀行通信録 号外第一―三七頁 明治二三年二月二〇日
  本年二月四日田尻銀行局長カ東京市内重立タル各商家並銀行者等ヲ東京銀行集会所ヘ招集シテ談話セラレタル手形取引ノ件ハ今後大ニ実業者ノ参考トナルヘキ者ナルヲ以テ、爰ニ其筆記ヲ載スル事左ノ如シ
私は田尻で御座います、初めて御目に掛りました、尤も中には已に御目に掛りたる御方も居らつしやつてありましやうが何分御多人数の事で殊に此処からは一々見分も相付ず甚失礼を致します、扨て寒天の御厭も無く斯く賑々しく御来臨を辱ふせしは実に感謝の至りに堪へません、已に御聞及ひの事と存しますが昨年の暮大蔵大臣の命を奉じまして大坂に至り、彼の地の銀行家及商人の衆と手形流通の事を相談致しました、実は同府内に住居する諸君と未だ御相談を遂けず大坂から初むるは甚た不本意に存しましたけれども、調度其比大坂の銀行家より種々注文を致して参りまして、其注文の次第か手形の事を談する至極好機会を示しましたから機は失ひ易ふして得難きと申す事も御座りますから終に大坂へ出掛ることになりました、其辺は宜しく御汲取を願ひます、倩々世の取引の模様を見まするに取引は物品取引・現金取引信用取引の三つに分れて居ると思ひます。
皆様も予て御承知の通り方今の取引は、此の物品取引・現金取引抔と云ふ者より余程に進歩致し、又我国の有様も遥かに進歩致しまして、ズーと進んて信用の取引に成て居ると云ふは皆様をはしめ満天下の人挙りて知り居る所なるが、此の信用の取引にも種々有りまして先づ帳簿取引と手形上の取引の二つに別るゝに違ひ無い、処で帳簿上の取引と手形上の取引とを比較して見れば、余程この間には利害も有らうし或は又大きな資本で小さい事をするとか、或は少し進んで小さい資本で大きい事をするとか、凡てが只今の処では古へに比して大層進んでは居ります、併しながら蜀を得て隴を望むと云ふ事も有りまして、今一層此の事を深く研究して、以て其弊を去り其利を修め、信用の発達を計つていつたならば此の日本の事業も又ズウツと進んで往かれるだらうと、吾々も考ますし、大蔵大臣も亦殊に御熱心の事ですから私共も其驥尾に附て色々遣つて居りますが、其事は御承知の通り国立銀行日本銀行・横浜正金銀行条例の発布、手形条例の発布殊に兌換銀行券条例の発布、同条例の改正抔と云ふ様な事が段々政府の方にも運ばれまして、余程此の道を熱心に進められると云ふは今日の成蹟上よりして明白なる事と考へます。
先づ帳簿取引・手形取引等の進むのは、何れにても宜しいが取分け手形取引が進めば極く最上の結果に相成りますから願くは之を拡張して遺憾なからしむる処まで往き度いと云ふ考へで今日迄遣て居る次第であります、今此の手形の利益の広大なる事は、皆様も御承知の通り故委しく此処で演るは却て蒼蝿いから敢て贅言は致しませんが、先づ一応は申しませんと御咄しの順序が纏まりませんから少しく御耳を穢します。
此の者を使用すると使用せぬとの界は、一言以て之を掩へば手形を用
 - 第19巻 p.367 -ページ画像 
ゐる時は小額の資本を以て巨額の事が出来るし、是を使用せざるに於ては金が沢山要る。夫故に何うしても其流通が好く無くては沢山の資本の掛つていくからして従て価を貴くしなければならない、然らば何うしても需用が少くなる、製産の有様と需用の有様に変動なしとすれは比較上何うしても今日の処物価を高ふせんければいけない、ト云ふて物価を高ふすれば必らず需用が塞がると云ふ事に成る。故に今手形を用ゐると否とに依て区別をして見ますと、先づ手形を用ゐたならば則ち今の資本の三分一で只今丈の事業は必ず出来る、それは物を生産し或は運転すると云ふ事も何うも此手形の事が無いならば資本の総額をば一時に使ふことは何うしても出来ない勘定に成ります、例へば此処に一ツの工場が有る、之を紡績会社で有るとして其の処に三万円の資本が有る、然るに古への様に人から注文を受けて物を拵へていきますならば、御承知の通り注文を受けて其の物が出ると直ぐそれが金に成ると云ふ事が出来まする。処が今日は何うもさうはいきません、世上の景況を見て「此の品は是れ丈に売れるから是を拵へたらば宜しからう」「是れ丈の場所には此品物は三ケ月以内には売れるだらう」「景況斯の如くで有るからして斯う云ふ工合に生産したら善からう」と云ふ様な塩梅で、皆製造者が世上の有様を見て拵へていくから何うしても拵へた物が直ぐ様銭に成る事は無い、多くの取引が三ケ月位の延売で帳簿に之を記入するが多い。さうなれば此の三万円をば一時に運転に掛けて三万円丈けの物品を拵へて以て世上に売出して三ケ月で売ると云ふ事に成つたら、後には銭が無いから事業を続けていく事が出来ん、然るに三万円でするから随分規模も大きい、且つ此の器械を其儘に据附て置けば錆る、職工も普通の石を運ばすとか土を担はせる者なれば、今日は要んと云ふて解雇しましても翌日又雇ふと云ふ事が出来るが、中々紡績抔に使ふ精巧労力者に成ては今要んからして解雇す又来いと云ふ様にはいけません、何うしても不便が起る。夫故に三万円を一時に使ふ事は出来ん、依て一万円で運転を掛けてさうして製造した丈の物を市上《(場)》に出すと、其次に又一万円を以て同様な仕事を為して以て同様な物を拵へ又市上に出す、又其次に一万円の金を以て同様な仕事をして同様な物を出す、した処で以て、今度は始めて第一に売り出した処の一万円と云ふ者が銭になりて帰て来て一先づ満足にいつた処で器械が運つていかうが、是はさうすると先づ一月に出した者が四月中に帰て来る、二月に出した者が五月に帰つて来ると云ふ様な塩梅で他に別段に仕方が無い、さうしますと何うも其の儲けと云ふは、御承知の通りに矢張り自分が三万円の資本だから、是に一割とか二割とか儲つていかなければならない、処で一度に三分の一しか用ふる事が出来ない、それで余の三分の二は養ふて置かなければならないから勢い物価が少し高いと云ふより他に仕方がない、それ故今手形が若し行はれると此の三万円をば一時に使用しても少しも妨げは無い、何故と云ふに三万円で以て物を拵へる、果して此物が市上に出して以て需用が必ず有ると云ふことに成ると此の物に対し直ぐと為替手形なり或は約束手形を出しても宜しいに依て、さう云ふ工合に手形が出来ると則ち然るべき銀行に於ても之を割引すると云ふ様な塩梅になつて参りま
 - 第19巻 p.368 -ページ画像 
す。さうすると製造家の方では三万円を一時に使ひましても銀行に信用を得、且つ其事業にして果して確実なる者なれば一万円の物が三万円に伸ぶる事が出来ます、斯う成ると今丈の製造をするには今迄の三分の一丈の資本で妨げない、三万円の資本を持て居る者はそれを定期預けなり当坐預けなり若くは公債証書にしても、斯く確かりとして置て一万円を営業上に運転していつても従前丈の物が出来る、さうすると則ち小額の資本を以て大額の仕事が出来るから至て便利で有らうと信じます。是は手形使用上の一通りの便利で有ります。
夫れから又製造家が粗品原料を買ひます時にも矢張り同様の事が出来ます、又製造若くは輸入した物品が消費者の手に落るには、製造者若くは輸入者から卸売、卸売より小売の手にいきまして其の後に至り始めて消費者の手に落る者だから、此の物品の売買には製造者から卸売に手形を宛てます、卸売は又小売に売り小売にも同様に手形を当てるが宜しい、さうすると製造家から卸売に宛てました手形は卸売が之を支払はなくちや成ませんが卸売は既に自分が小売に売却して居るから之に手形を宛てそれを割引して以て之を支払へば商売が出来る、是を以て中間に居れば(余り過大な言ひ様だが)信用さゑあれば無一文でも取引が出来る事に成て来る、又小売は何うかと云ふに品物を段々費消者に売て銭を取りそれで卸者より宛られたる手形を払ていくと云ふ様な事をしたならば大層便利の事であるから、皆様も多少此事を御遣りなさるには違ひなく、已に御遣りなさつて居る方も有りませうが未だ此事が普ねからんと云ふことが甚だ遺憾に耐へんのです。斯の如く進んでいつたならば今日丈の仕事は今日の資本の三分の一で出来るに相違なし、さうすると他の三分の二はそれそれ別な処に使い方があらうからして、それに廻はすとも或は確実な鉄道会社の株の様な物でも其残りで買う事が出来る。或は又確実なる公債証書を御買込に成ても宜しい、それからして段々経験が積むに従て今の資本で三倍の仕事が出来る。併しながら急に「今年迄は一億円の貿易だが是からは忽ち三億万円の多キ様にも成らう」と云ふても其は実際出来ない、さう飛んでは躓倒ますからそれは能く注意しなければならない。
此際一寸御相談致しますが、吾々の好む処は徐々と進むことであります、急劇に一度に一万円で遣て居た人が直ぐ三万円にすれば必ず躓蹉を免れん咄しで有る、何となれば一万円丈には経験が有て「此処に斯う製造して斯う販路を設けて以て斯う云ふ工合に取引すれば宜しい」と云ふ事が解かつて居るが、是を忽ち三万円にしたならば自余の二万円の振回しに大層困り、遂に種々な無理な事を致さなければならない事に成る。凡て天下の物を相牽連していかなければならないもので中中一事業のみか進める者で無い、一方の事業が拡張して参りても他の事業で之に応していかれなくんば、一業で沢山しても他の事業が進まなければ不可です。ソコで相与に手を曳いて進むならば宜しいが中々一人や二人や三人で推し掛けた処で到底いかない咄しです。それ故に此便法に拠て以て仕事をすると言ても急に斯の如く経験の無い処にズンと進込ていく事は先づ止めて置て、是れ迄三万円の資本を抱て一万円の仕事をした者なれば、矢張り是は一万円で出来るからそれ丈にし
 - 第19巻 p.369 -ページ画像 
て置き、他の二万円をソレソレ着実の法を設けて営業外に使い、さうして段々と世の中が発達し又自身にも経験を得て以て世の中の事も解かつて来、且つ内外の事情も審かに成り経験上で此の世の中の働き方も出来る様な塩梅に成たら、一万円から一万五千円に成り、或は一万七千円に成り、八千円に成ると云ふ様に進んでいくが宜しい。さうしたならば此便利のみ収める事が出来、其弊を避けて仕舞う事が出来る尤も此事に就ては銀行家と商賈の方々とが深く結ばれて必ず此処で斯う遣れば間違を生する、斯く斯くの手形なれば間違はんと云ふ事を取訳け銀行家でも取り調べなければならない。又手形を用ゐなさるにも取引上よりは種々な弊が起りますから、それは勤めて御慎み下さらんと困る。さう云ふ工合に進んで往けば、是れでこそ吾々の極く望む処であるが、サア是れは便利と上気せ上つて足がぐら附くと危いのです前に述たる如き工合にて進んでいつたらば危険い事は有るまいとは吾吾の信じて疑はん処で御坐います。
斯の如く進んでいくべき者が、今日は未だ此の極度には進んでは居ないだらうと思ひますから、能く御講究の上に何とか是を実施するやうに致し度いと思ひます。
又先年政府にて手形条例を始めて発布されました時に、或二三の商賈の方々は是を甚だ便利なる事と思ひ却て是れで以て御失敗なすつたと云ふ事も承りましたか、是れ抔は少し進み過ごしたやうな事では有るまいか、是迄の範囲内で働いて居てさうして失敗したならば、其人の仕た事が余程拙劣なりしに違ひない、是迄の範囲内で徐々と進んでいけば決して失敗は無い筈、それを「是は便利だワイ」と有頂天になつて進んでいくと必ず失敗する。此失敗した事も色々聞きましたが是れは多分御進み過ごしの過ちでは有るまいかと云ふ事を私は察します。(或は訛伝でさう云ふ事が無かつたならば極幸福だが)私か只今是を御話し致すは、皆様が后々を深くお慎みにならんことを願ひたい一片の老婆心で御座ります。是は能く有る事です。啻に我国計りでは無い外国の事を言ふと少し笑しゆう御坐いますが非常に信用を濫用しまして、大変か起ることは屡々御座ります。然れとも世の変遷と申すものは恐ろしきもので、旧慣のみを守りて居ますと何時か知らぬ間に人から退けらるゝ様のことがあります。今一ツの例を挙げて申せは英吉利抔も何うも五六十年前と云ふ者は実に日本の今日の様な有様で有たのです、取引は偏へに旧慣を守り、信用取引などは之を嫌ひまして只丈夫々々とのみ構て居まして是は極く宜しいですか、終に若手の新しき事業者にやられました。丈夫は固より良きことには相違御座りませんが併し丈夫にもソレソレ程が有りまして何うも吾人の様な貧乏人の書斎をば、金の柱で作ると云ふ事は決して要らない、又丈夫で無くても好ひと言つて宮殿の柱を麻稈で拵へる抔は甚た困る。物には必ず中庸と云ふ者が有るのです。さうした処で段々世の中が進みて時候後れになります、終に苦しみ紛れに分別を過ることもある、信用組織に(進んでいけば是も或は躓蹉は有りますが)従て遣り遂げる人も有ります物品も廉く売れる、それが為めに英国などにては古来の慣習を追ふて居る商売は、余程苦しんだ事が有る。恰度日本に置きましてもさう云
 - 第19巻 p.370 -ページ画像 
ふ地位の方が今日は未だ居りはなさるまいかと私は観察するのです。然るに到底世の中の事は実物の確如した物をば握つて居る人が能く働いて徐々と進んでいくと云ふので無くては誠に危険い。処か世の中が斯う成つていくと今の例の様な塩梅で何時か一遍は若年輩が段々殖えて来て油断をすると恰も豺の様な人に噛み附かれて仕舞う。さうすると大辺《(変)》に社会に変動を起し名家が零落る抔と云ふことになり、誠に残念の咄が起り、国の進歩も幾分か妨げられる。(幾分処か大に妨げられる)左れば私は海外の忌々しい例の二の舞を日本で見ぬ様にしたいと云ふ考へも持て居のです。到底世の中の違ひ目は苦しいので御坐います。今の世の中の景況を見れば、政府では御承知の通りに大学も立て商業学校も立てられまして欧羅巴流義の取引を知る人物を養成する有様です。此の人々が段々成長く成りまして世の中を握ると云ふ様に成ると(老年の者が止めて若い者が代はるは恰度気候の循環すると同じ事です)さうして見れば旧慣斗りで遣て来る人は何時か一度は苦しいから「先んずれば人を制す」とも申しますから、今日より寧ろ(一足飛びには登られんから)一段々々に歩を進めていつたならば、恰度古来の名家も其儘に保ち存していく事が出来、新らしい人の進んで来るのも亦古来の名家に拠て進歩を計る事が出来様、さうしたならば誠に事が円滑になり、以て怪我が無からうと思ひますから何うかさう仕度いとの考へで御坐います。
処で其次には手形は斯の如くに便利であると吾々も思ひまするし、又諸君に於ても、決して之を不便となさる方は有るまいと思ひますが、中々是れが、又実際上行はれ難いと云ふ事をも聞いて居り升。是は尊公方が御承知でせうが果して此の手形の使用に由りて、進んでは国家の便益を謀り、退ひては一家の経営を為すと云ふ事が出来るならば、進んで何うしたならば其弊を去り其便をのみ集めて以て世の中の事が旨くいくかと云ふことを研究致し度い。先づ私の見聞の狭い処で申しますると、
 第一に手形の期限の短い事
 第二に注文外の手形を発行する事
 第三には手形を用ふる者は資力が薄いと云ふて之を嫌ふの慣習が存して居る事
 第四銀行に割引を依頼し殊に中央銀行が再割引を遣りますと、中々期限が厳しく成て何うも是をば延期をして貰うと云ふ事が誠に難い、乃で以て甚だ苦しいと云ふ事
 第五には、何うも未た日本の商人の方と銀行の方とが親密に欧羅巴の様に成りませずに商人のお方が身代を銀行家に任せると云ふ事が、未だ商人の中に慣習を為して居らない事
先づ此五ツで有らうと思ふのです。是は決してさう云ふ事は無いと云ふならば唯充分に御注意を願たし、又も斯う云ふ事が有ると云ふならば是も御注意を願つて、それは何うしたら宜しからうと云ふ事を講究し、以て今度は官吏銀行家商人相寄り相集つて「是は斯うしたならば其困難が解け様」、「其困難の原因は此処に在るからして、之を救ふには斯くしなければならない」「此原因は到底避くるを得べからざる我
 - 第19巻 p.371 -ページ画像 
国の固有の物だから解けない、永遠に進歩を計らなくてはいかない」とか「是れは是れから遣りては往けないから是れから往かう」と攻め口の易い処から研究してゆき度いと思ひ升。
此手形の期限の短い事は往々私も聞き及びます、是れも諸君に親しく申さなければならないが、先づ七日目九日目と云ふ手形が只今では多いさうです。処で其荷と云ふ者は仮令ば「大坂と東京との間」「地方と東京の間」の処に荷物が遣て来る、成程注文をした、注文をするにも御承知の通り必ず此処に買人が有るからと言て注文するのでは無い注文して其品を持て居て良き買人を求めて良き価を得て売らんとするに違ひない、(或は買ひ度いと云ふ者が有つて注文する事が有るが)今日は競争の世の中ですから「此処の市場では是々だからして是々位の価で是々の品を持て来れば是々の儲が有る」と云ふ如き計算上の見込よりして遣るのですが、荷物が着いて来ると七日か九日で売れゝば宜しいか、さうはいきますまい、故に先づ売買が出来ぬ前に荷物が売れんでも既に手形を払はなければならないと云ふ事が有るから是は甚だ困難です、斯う云ふ事で手形を行はうと言た処が是はいけない。そこで是を適当の長さにして見たい、さうして荷物を売てから仕払を為すの猶予を与へ度い、若し夫れ然らすして九日目或は七日目に仕払うと云ふのでは何時でも過分の資本を備へて置いて、物品の売れぬ中にても仕払に差支なき丈の物を備へて置かんけりあ成らん。さうすれば成程丈夫は丈夫だが些と迂濶に流れはせんか、即ち資本が沢山に要るのです。外国抔の手形と云ふ者は大抵三ケ月ですが、其位にはいきますまいから是は除々歩《(徐)》を進めて或は一ケ月にして又二ケ月とする様にして遣て往たならば(余り信用取引の極端を申す様だが、譬は極度で引く方が解り易いから申します)例へは此処に何も無い人が有て荷物を受取り三ケ月の手形を宛られ、それを売てさうして三ケ月の手形を払う事が出来る、とすると何れ買直段より売り直段は少し高ひものなれは売却後には幾らか残る、斯う云ふ危激な仕事も出来る。然し甘く行けば皆無より設《(儲)》けがあるなり。需用供給の塩梅よく行けば何も無くても、信用斗りで以て儲けると云ふ事が出来る(尤も何も無い者には信用は有りませんが、先づ例を引けばさう云ふ者)それで今の様に九日七日で払うは苦しいが、三ケ月とか二ケ月とかで売た金で払う事が出来たならば大変に便利なる事で、良し営業準備金を持て居たにもせよ、是は真の営業の準備金として置いて定期にでも預けて置いて差支なし、何となれば荷は此方に来る何月の何日に仕払ふへしとの約束が出来る、又其金ては公債証書を買ても宜しい、利子が高いからしてさうなさつても宜ろしからう、期限が来て万一売れん時は其公債証書を抵当とし金を借りる事は実に容易なれは安心して商売が出来る。今の様に荷物が来ると直ちに払て仕舞ふとすると三ケ月の間は何も無い、此処は余程工合が有るのです、漸く三ケ月目に金が返て来る、さうする中には後に廉価の都合よき荷物が来るとも自分の手許に在る金は一向無い、然るに若し前に述へました通り銀行に預けて置けば御承知の通り何時にても、来た前の荷の売れさる内に好き荷物あれは仕入も出来得へし又銀行には預金が沢山出来ます。そうすると銀行は他年の経
 - 第19巻 p.372 -ページ画像 
験と眼力で以て是丈は残して置いて是丈けは使うと云ふ様に成るからして、銀行がそれ丈けの物に就ては立派な者に貸し附けるから、世の中の流通が大変に好く成て来る、左あらぬ時は今言ふ通り一万円の荷物が来れば、空虚で以て荷物の売れて代金の帰り来る迄、口を開て待て居らなければならない。故に前述の如く致せは其便利は誠に夥しい咄しです。又営業以外に預ケ金若くは公債証書の利子も出る様な事が起て来ますからそれで以て又他人より宛られたる手形を払ふ事が大変に容易く成る斗りでは無い、少しは此方で以て荷物を高く引請ても引合ふと云ふ事が解かりませう、何うか此手形の期限を長くして貰う訳にはいかんかと云ふに、それには段々の口実かあります。例へば今の大坂です、何うも困る、何故かと云ふに今言ふ通りに三月の期限で東京に荷物を送りますと、荷主が三月の中に越後獅子の真似をして顛仆をする時は何うも厄介だと云ふ者が有りませうが、それは甚だ失礼な咄しで堂々たる商賈か何て越後獅子の真似を為しましやう、其身代の確実は恰も富岳の如きものなり、又三ケ月先き位の認めが附かん様なそんなヒヨロヒヨロ商人とは取引は仕ないで堂々たる商家に取引するが宜しい。若しそんな事が此の手形の行はれん原因に成つて居るならば斯う云ふ事は忽ちに破つて仕舞はなければならない。次の点は少し実が有る様なれとも是れも誤解と思ひます。例へは「三ケ月の手形を出すと三ケ月の割引を受けなければならない九日の手形を出すと九日丈の割引て済むから長い手形はいやだ」と、是は少しく研究して見れは決してさうで無くして三ケ月の手形で取引をすれば必ず物品を高くしなければならない、九日か七日なれば少し廉くても宜しいと云ふ事は商売の上で当り前の事で、助才無く商賈の方を遣て入らつしやる。手形を振り出すは期限の長短で利益の分れる事は計算上の咄しだが、時に或は利子の変動で以て手形の振出の時に大変に割引の歩合が高い、不幸にして其荷物が彼是れ運搬し取引する時に相場が下向に向いて、価格が下落する様な不運な時に会しますと、或はさう云ふ事が有るかも知れぬけれども、物は「通常を以て論ぜずに変を以て論ずる」と何にも成立つ者で無いから、さう云ふ事は時変で以て来たので或はそれと反対の事が有るか知れない、則ち荷物が自分で買込んだ時より充分と騰るかも知れない、利子の高低は商人の極く機敏に働らかなければならない処で、それを能く見るは実地家の務めであるから今言ふ通りの事で損得が分かれると云ふことは出来ない。若し是れが常に円滑にして見込通りいつたならば商人中損得と云ふ言葉はない筈じや、実際は得も損もあるから商売です。それは恰度旨い抑へ処を抑へ損した時には損になるし、旨い抑へ処を抑へ得た時は大変に得が有る(普通に遣た時は普通です)。是は格別恐るゝ所ではない、前陳の言の如きは只一ツの小言ではあるまいかと思ひます、故に是は格別恐るゝに足らん事と信じます。
其次に注文《(外脱カ)》の手形を発する事。是は極く悪るい慣習である、是は勤めて排撃せんと思ふが、又排撃の出来る事です。それは何う云ふ場合かと云ふに、御承知の通り例へば東京からして一万反の木綿を注文すると、其時大坂では非常に不景気で銭が欲しいと、こうなつて来ると一
 - 第19巻 p.373 -ページ画像 
万五千反又は一万三千反とか注文より余計に送る事がある、さうして此の一万五千反又は一万三千反に対した手形を発すと云ふ、是は能く有る様子です。それで以て此方に遣て来る、さうすると此方では一万反に対しては払ふの義務はあるが、一万五千反若くは一万三千反に対するの義務は無いと云ふ、是は然るべき事です。若しもさう云ふ事があるなら是は何うか取引をなさる方々の中で御相談なすつて「是は到底いけんから止め様」と言つて止めたいと思ふ。是を止めるは別段に困難な事もあるまい、此の事は容易いから別に心配はないが、併しながら若しも此の事にして行はれたなれば大変に進歩を妨げるに違ひ無い、是れは「勤めて止める」と致したい。
それから第三の点で乃ち此の手形を用いるは資力薄き者との感じが大躰強い事です、成程是れも何うも一二の場合に於ては御尤千万で斯う言ふ事を云ふ者が沢山有るに違いない、或は何にも手形を出すには及ばない、全く約束手形は御承知の通り貸金証文借金証文の変形であつて、何れも商業より起るものにあらすと言ふ者も時々ありますし、又実際の商売に於ては御承知の通り金を沢山持て居る人と云ふ者は、何も手形を出すの要は無いと言つて金の少し足りない人が之を出すかとばかり思つて居るが、斯く物の悪い処ばかりに目を附けずに全躰から目を附けて見んければ、何うも事は運びませんから、全躰から目を附けて先に御相談致した通り三万円持て居て、一万円を以て製造に従事し其余の金は銀行へ預け入なり公債証書の買入なり、或は疑も無い地面なりにするとか、それそれの事をして置いて一万円の事業をなし、左様して其の人が手形を出すものとせは大変に手堅い者です。何故と云ふに此の人は整然と営業準備金は直ちに銭になる様にして二万も持て居て、一万の商売をするのだから丈夫に相違なし、さう云ふ事で有りますから一二の事実の有様で「資力の足らん人が手形を出し、或は約束手形の様な者は貸金証文の変形だ」と云ふのも有りませうが「羮に懲りて薺《(虀)》を吹く」の譬に漏れす甚だ遺憾な事で、決してさう云ふ事では有るまいと思ひます。私等が考る処では資力ある人則ち前例の三万円の資力を有する者は、殆んど二万円の資金を銀行に預け置て一万円の業を為すを得るを以て万一に物品の期限通りに売れす、金が帰つ来んと云ふときにも充分の準備がありますから極く丈夫なり、殊に経験もあり、見越しを付けることも出来ざることにあらす、三月に一度売れる二月に一度売れると云ふは大抵知れて居りますから、夫に応じ業を営めは(決して私も三ケ月でなければならないとは云はない、其長短は品物に依り或は大変に長くなる物品かあり、直く売る物品もあり、是は諸君の経験と眼て看破なすつて遣る事です)銀行から引き出して来ると云ふは実に十中二三位の処に止まるのてあらうと思ひます手形を以て借用証文の変形だの何んだのと云ふ論は物の悪い処丈を見て夫れに恐れて畏縮すると云ふ、所謂支那流義てはあるまいかと思ひます。支那流義とは何う云ふ事かと云へば其の弊ばかり見て善い処を見ない、夫れじや事は出来ません。御承知の通り支那学者は人が斯う言ふと、是には斯様な弊がある此処には此んな弊が有ると、弊々々と云ふ様に、弊で以てグルリと廻して仕舞居から出様が無くなる、さう
 - 第19巻 p.374 -ページ画像 
じやア仕方が無い、さう云ふ事では往けんから弊を看破すると同時に開進の道も謀らてはなりませぬ。然しなから過激は望みません、徐々と進んで往つたなら格別過ちはなからうと思ひます。段々推究して見ますと、遂に今の資力の少ない人が手形を出すと云ふ事が却て虚になつて、資力が確にあつて満天下の人より信用を得て居る人てなければ手形を出すことか出来ぬこととなりまする。例へば私が手形を出せば斯う云ふ貧乏人だからして誰も取人は無い、貴君方でも決して斯う云ふ貧乏人より御取りなさる気遣はありません、然れども今夜此処に御集会の歴々の方々からして、立派な筋合の立派な手形を振出さるゝときは何人も決して嫌とは云はない何故と云ふに此の方々には充分の資力があり、此の方なれば若し誤ても何処の銀行に此の位の勘定があり何処に何れ丈の財産を持て居る、此の人の取引は何処に一点の癖は無いと安心する事が出来る、然るに只に私の様な貧乏人が振出せば是は不可だと誰も取人は無い、斯の如く私は他より決して信用が無いから誰に手形を当てる事も出来ない、之に反して信用のある人はどんどん取引をする事が出来ます、夫故に今言ふ通り一二の事実を見て只に眼を一隅に注くは全躰に研究の届かん罪ではあるまいかと思ひます、是辺も一ツ御注意を願たい。
夫れから第四の点で、何うも銀行に依ると究屈であると云ふの事なり是も無理な小言と思ひます、取引は如何にも厳格にしなくばならない御承知の通り売買の取引の関係は恰も魚の網の如く、此の人には斯う云ふ約束がある斯う云ふ人には斯う云ふ約束をして置きたりと約束が種々になつて居ります、夫れで斯かる繁雑の中ですからして取引は如何にも厳にしなければならない、併しながら厳は酷と違うと云ふ事に御注意を願ひ度い。今日の信用の取引は少し酷に過る、夫れ故に或は厳を守る事が出来ずに緩怠《ヅル》うなつて来ると云ふ事であらうと思ひます何故酷かと云ふに先に喩へました様に大坂の商人が此処に荷物を送り夫れに九日の手形を宛るは酷に過る、甚しきに至りては手形は此方には未た着荷のない内に来り、荷改め未済の理由とし手形は屡々不渡りなることありと云ふ、是等は実に酷に過るものにして実際が出来ない相談にして無理極まりものなり《(る)》、算盤上が出来ない、夫れ故に今少し手形の期限が長くなつたならば自から善からうと思ひます。何故かと云ふに堂々たる商人の方々が決して好んで緩怠をする者でない、チヤンヂヤンと約束を履んで往て立派な顔をしたいは満天下の人の望である且又商賈の方々の最御望みであるに違いない、併しながら如何せん一方に斯様の酷な事があるからして実際上ソレが出来ず、又酷な事を仕向ければ人間には抵抗心と云ふものがあるから払つて遣る事が出来ても払らはないと云ふ、斯様な感触情を喚起すものなり、故に今日表面上緩怠と云ふのは、決して求て以て故意に緩怠を為すと云ふ者で無くして、少し酷に過るから止むを得ず或は俗に謂ふと「ゴーハラ」立て緩怠にすると云ふ事がある、夫れで以て此のことも何うも実際緩怠とは見留められない緩怠のは何処から出て来るかと云ふ底を探つたならば、忽ち是れを発見することが出来ませう、則ち第一に申上た手形の期限の短いと云ふ事が或は其の原因だらうと思ひますから、是れを矯
 - 第19巻 p.375 -ページ画像 
正したならば何うも滑かになりましやう、普通相当の期限にて取引をすれば実際金は出来て居つて、最う是れを取りに来さうなものと待つて居ります、故へに呈示に逢へばサア来たサア遣らうと云ふて笑つて遣る、若し又たさう往かない事があつても是れは無理のない手形だに依つて、是れは何うかして払はなけれはならない、向から無理も何もせずと思へば快く是れを支払はなければならない、況んや先より営業準備の金を持つて居る方々又は少しも疑念の無い方々に於きましては決して是れを医するに難いと云ふ事でもあるまいと愚考するのです。それから今の商人の方々が銀行家と親密で無い、則ち第五に申上たる通り商人の方が銀行に身代を任して下さらんからして、銀行家に於ても商人の取引は何う云ふ工合になつて居て、何う云ふ工合に取り引くであるかと云ふ事が薩張解らんから、何うも安心が出来んと云ふ心配がある、併し是は商人の方斗りを責める事は出来ない、銀行家にも充分に進で願くは其の営業を十分に確かにして、人が信用して自ら此の便法に依て来る様にして貰ひ度ひ、是れは銀行家の方々に向つての御願ひです、已に実際出来る丈は商人の方々は銀行を利用して居らしやるか知れないが併し何うしても銀行を利用する事が外国よりも狭い、蓋し是れは私の見聞の狭い罪でせうが外国の商人は御承知でもありませう、取引は一切銀行に拠つて遣り則ち権利に属する物は尽く銀行に預けて有り、其義務に属する者は又銀行の手にて仕払はし現金は少しも入用なく銀行の帳簿上の記入にて巨万の取引が出来る、外国の慣習ては私又は「私の差図人に御払ひ下さるべくと」書たる手形を振出人か裏書して銀行に送れは、此裏書は則ち宛られ人か間違て金を払う事が出来んならは、私が御払ひ申して、決して御迷惑は掛けんと云ふ保証にて銀行は此手形を確実なるものと認れは則ち之を割引して振出人の入算に立て、其振出人の宛られたる手形にして期限の来りしものを其出算に記入し差引をなし売買人互の計算は皆斯の如く銀行の帳合にて全く現金を見ないでも出来るので御座います。斯う云ふ事が外国には有つて非常な便利を為し居ります、其他手形の取立公債の元利受取等の事皆商人は銀行を用ひます、故に盗人や火事の患は決して無い、銀行に預けて置くと銀行は迷惑だらうが、銀行は御承知の通り兎に角に確な蔵を持て居ますれは保護は十分に付きます、商人方は自分には確かな蔵は御持の事なれとも一々巡査を付るも費用掛ることなり、或は金庫を備ふるも不経済でござります、そうして銀行は自己の為に取立又は公債元利受取等も沢山ありますから序てなから商賈方の便利に為すことか出来ます、是も一時に御願ひ申す訳では無いが徐々と歩を進めて、銀行家を少し利用して自分の取引は全く銀行の帳簿上で出来る様にしたなれは大変な進歩に成つて来るのです、それには商人の方方斗りでなく銀行家も中々丈夫に是を成すつて下さつて、何ふ云ふ事があつても銀行を利用するか宜しひと云ふ証拠を出して、商賈の方々に安心を与へさう云ふ事の取引を托すると云ふ事に銀行家にも進んで貰はなければならない、実に銀行家へは已に数回此事を相談致し置きました故に今夕御報道旁々演べて置くのです、此事が商人と銀行の間に能く行はれ銀行家も力を尽して、商人の方々皆な私に御預けなさい
 - 第19巻 p.376 -ページ画像 
堅く守つて便利にして上げますと云ふ事に成つたならば、大変に手形の流通は盛んに成るに違い無い。
終に臨んで尚一言致します、尤も是れは格別商賈の御方々には関係が無いが物の結局迄論し及さぬと御安心が付きますまいから鳥渡と申ますが、普通の銀行家が割引をした先に再割引と云ふ者がなければ金融も円滑には参りません、其事は日本銀行是に当ります、今夜も総裁川田氏・理事三野村氏とも約束して一緒に参る積りでしたが、両人共多忙にて未だ見えません、実は当集会所よりも招いて置いた訳だから必出席に成るが其出席に成る成らんに限らず、其事は日本銀行総裁に於て充分に任すると云ふの決心で有りますから是れは御安心なさいまし前に御咄し申した営業の準備金は定期なり当座なりに預けるが宜しい日本銀行も当座も預らうとの事で御座いまするし殊に他の銀行でも沢山有りまして決して御信用に負《(背)》くと云ふ事は有るまいと思ひます。併しながら是れはそれそれ御自分の御目鑑で、是が宜しいと云ふのを択取にして貰はなければならぬ、私から是が宜しいと否とを申す訳には参りません、又銀行は官に於ても及ふ丈は監督にもなりますし、先づ今日の処で宜しい銀行も数へられん程の事ですから、何れでも御撰みなさるが宜しい。
それから再割引で困る事があります、其れは或銀行か手形の割引を為し期限に仕払を請求すると時々猶予して呉れとの御頼あり、先つ従来の慣習ては猶予することもある由しなれとも日本銀行にて再割引を為す以上は猶予は致しませぬ、故に手形の義務者は兎角銀行か再割引を為すを嫌ひ、あの銀行はいけぬあれに割引を頼むと直くに日本銀行に持つて往つて再割引をして期限になると猶予無く攻めらるゝから厭だと云ふ事に成るかも知れません。
然し是も畢竟期限の短に依り生る小言では有るまいか、期限二三ケ月にして一旦引受を為したる以上は、何月何日には払はなければならないと云ふは、ちやんと前以て知て居ますから之に備ふことも決して難きことでありますまい、手形の期限を猶予するか如きは商人に取りては武士か戦のとき逃け走ると同様の恥なれは其猶予の要あるは何処かに無理かあるから生するの弊でござります。
以上陳述しました所て私の意見を申演べたから、鳥渡此処を一段落としまして此上は諸君より御注意を仰き、或は御質議を承る事と致しましやう、沢山の商人方の中には、或は商売の種類で以て色々の御組合も有らうから、其で己れの組合では斯く斯くの不通が有る、己れの商売には又斯く斯くの不便が有る、手形は善いが其れは行はれない、斯う云ふ場合には何う仕様かあゝ云ふ場合には何う仕様かと云ふ様な御疑問が種々浮んで来るに違い無いから、其れは幸ひ今夜は歴々の銀行家も出席に成て居ますし、且又不肖ながら私も参いつて居ますから、此長談義の後で一席でも二席でも討論会でも研究会でも何でも宜しい又今夜に限らず先達の話は間違たとか善かつたとか、是は何うしたら善からう、己れの思ふ処では斯うだが何うだらうと言つて、銀行家なり或は御列席の方々で売人が有り買人が有りませうから其中で能く御熟話に成て、其れでも少し困るから斯う仕なければならないとか、己
 - 第19巻 p.377 -ページ画像 
の思ふには夫れじや法律が許さんから出来ない、斯うしたならば宜しいと云ふ様に、能々講究為さつて今夜には限りませんが、何うぞ御腹蔵無く其辺の御疑問が有れば御質問を受け、或は御即答が出来ん時は銀行家にも打合をして御答をするとか、或は銀行よりは斯う云ふ事は何うだらう、斯う成すつては何うで有らうかと云ふ様な御相談も致し度い、実に何うも方今の景況と云ふ者は容易ならん事で、実に世界の強国と肩を較へて十分に競争しなければならないと云ふ様な場合に成りましたから、何分にも是迄通りで少しも改進せんと云ふ事に成りまして、欧米各国の商人から彼是れ笑はるゝ様では成ませぬ、尽く斯う云ふ便法に依て充分力の有らん限り魂気の続く限りは、遣て我国に於て未だ尽さゞる処が有つて彼に負けるは甚だ残念なり、何うか一つ是辺を能く御考へ成すつて、他国の為す所も充分に御斟酌なすつて、御互に胸襟を開いて徐々と、やり、過を去り得を進め、則ち我国天賦の富と我民天賦の才を以て四海の上に立ち、此国の上に出る者は無いと云ふ丈に進み度い、よしんば勝たれずとも彼に負けん丈に致し度いと思ひますから、何しろ其辺は充分に御講究を願ひ度い、今夜は甚だ寒い処に沢山御集り下すつて長談の御厭もなく十分の御注意を以て御聴聞下され実に感謝の至りに堪へません、今夜の事は委細大蔵大臣にも復命を致し実況逐一御咄申上ましやう、同大臣にも嘸満足に思しめしませうと思ひます、まだ寒い事は寒う御座いますが今夜は既に立春にも成りました、此の好季に当り諸君と始めて御面会致しまして御互に進んで実業の拡張を計るを得るは実に私の栄誉と存します、既に徐々梅も開きますから此梅と与に良果を結ぶ様に充分に御腹蔵無く御考案を願う積りで御座ります、先づ今夜は是れで………………(完)
  右の如く田尻銀行局長の談話了るや渋沢栄一君ハ招集諸氏と相談之為め起て演壇に登り告て曰く
只今拝聴せし御咄は吾々の営業上直接の関係ある事にて啻に一片の席上演説と同一視すべからざるは今更贅言を要せざる処なれば、如何にもして是を実行せざるべからず、若しも之を等閑に看過する時は折角御演説下すツた田尻君も亦之を拝聴せし吾々も実に遺憾のことなれバ何卒一席の演説に付し走らすして必ず実際に行ハるゝを望むへくして而して其実際に施行するに於てハ又平時取扱の心得より臨機処理の順序まて予め準拠する処を定め置かされバ不都合なり、例へハ其手形を発行する場合に於て是ハ為替手形にすべきものなるか、是ハ約束手形にすべきものなるやの如き各其取扱方の意見を陳へて大凡一様の取扱方を設け置かねばなりますまい、又手形に属する裁判の如き手形条例は明治十七年に発布せられたれとも、其裁判法は矢張普通の裁判法にて別に商法裁判といふものもなき故大に時日を費やすの恐れあり、幕府時代に於て大坂は古くより手形流行の土地なれば其裁判には特に中抜裁判と称して手形上の事件のみ最も敏捷に処置したる方法ありしと聞けり、今手形の流通を盛むにせんとするには亦其処分方法も之に準して敏捷ならざれば不都合に付、手形条例上不便の処あれば大蔵省又は其筋の官衙へ請願して精々便利の方法を求むる事は必要と存せらる又現時商業の振合にては六十日取組の手形を金融の都合に依り三十日
 - 第19巻 p.378 -ページ画像 
にて其金額を払渡すことあるも其短縮せし三十日丈けの日歩を払戻すの方法なし、是等の規定も亦一様に致さねば不都合と存じます、其外尚質問を要すべき事、請願すべき事、又は協議し規程を定むべき事も沢山ありまして、此等の方法順序は是非とも諸君と御相談致さねば成りますまい、就ては其御相談に二様の致し方あり、今夕粗末の晩餐を諸君に差上度存すれば一ト先つ此席を休み晩餐の後更に其事の御相談を致すべきや、又は諸君に於て某組合にては斯々の慣習あり、某店にては此々の取扱方あり、或は之を改めたし、又は之を箇様にすれば便利なりとの御考案あれは之を詳細書面に認め其組合又は其人より当集会所なり商工会なりへ御差出あれば集会所にては其委員商工会にてハ幹事に於て尚之を修正し、又ハ適宜意見を付して其総代として局長の復審に供し其指示を乞ふへし、孰れにしても早く其実行を望むに付諸君右二方に於ていつれか便利との方に御協同下されたしと述られたり是に於て来会者の中一名は今日折角此の如く多人数の集合に付、後席直に其相談に掛りたしとの説を立てしが衆説概ね此の如き緊重の事を即議しては却て完全を得さるに付、其組合又は一店一己にて能く勘考し、次の方法即ち当集会所又は商工会に向て其意見書を差出し之を委托すへしといふに帰し因て本日より二週間を期して右の如く取計べき事に議決し、衆皆晩餐に就き畢て午後六時後散会せり。


中外商業新報 第二三六〇号 明治二三年二月五日 商業手形に関する談話(DK190046k-0007)
第19巻 p.378-379 ページ画像

中外商業新報  第二三六〇号 明治二三年二月五日
    商業手形に関する談話
昨四日午後四時より阪本町なる銀行集会所に於て田尻銀行局長が商業手形に関する談話をさるべしとは予て我が帋上に報道せし処なるが、東京商工会よりは渋沢・益田の正副会頭、大倉・梅浦・益田等の幹事を始め同会員、同盟銀行よりは原・西村・安田・山中等の委員を始め同会員、其他府下の実業者等都合百三十余名参集し同日午後四時三十分頃より田尻銀行局長が松方大蔵大臣の命を承けて商業手形に関する談話ありしが、其の趣旨たる実際に適切なる利害得失の実例を引証し反覆丁寧に将来同手形の取引をして益々頻繁ならしむるの方法を奨励せられたり、次で渋沢栄一氏には東京商工会頭及同盟銀行委員の資格を以て田尻局長が深切なる手形取引奨励の談話ありしを謝し、尚併て同手形の取引に関する質疑、或は将来其の取引をして頻繁ならしむるに就ては種々の要求すべき箇条もあり、且又銀行者と実業家と相密着して其の取引の便を疏通せしむる方法等充分各自の抱ける意見を此処に吐露して同局長の諮問に答へ、旁々要求すべき箇条の請願を為すことにすべき歟、或は又た篤と其の辺の義を熟考したる上各自の意見を同盟銀行なり東京商工会の委員又は幹事の手元まで申出づることとし同盟銀行委員・東京商工会の幹事等は其の各自の意見を取纏め、之れに其の委員・幹事の所見をも附して同局長に開申することとすべき歟を衆員に議りしに、其の過半は篤と熟考の上意見を吐露するを以て可としたりにし就き、同日より二週間を期し其の意見を述ぶべしとのことに決し、右等の相談を了はりたる後、兼て晩餐の為めにとて用意せる立食を為し各々退散したるは午後七時過る頃なりし、又た同日日本
 - 第19巻 p.379 -ページ画像 
銀行よりは川田同総裁・三野村理事の出席ある筈なりしが同行の業務多忙のため遂に臨席せられざりし、尚ほ其他田尻銀行局長の談話に係る詳細は何れ其の筆記を得て掲載すべき筈なれば姑らく他日に譲り爰に之れを略することとは為しぬ


東京経済雑誌 第二一巻第五〇七号・第一五七―一五八頁 明治二三年二月八日 ○田尻銀行局長の演説(DK190046k-0008)
第19巻 p.379 ページ画像

東京経済雑誌  第二一巻第五〇七号・第一五七―一五八頁 明治二三年二月八日
    ○田尻銀行局長の演説
田尻銀行局長は手形取引の事に関し、去四日東京商工会員・京浜同盟銀行家及び府下の重立たる商賈を合せ二百三十余名を坂本町銀行集会所に招集したるも、同所は何分狭隘にして僅に百数十名を容るゝに過ぎざるより、各新聞社員の列席を許すこと能はすして、僅に時事通信社と新聞用達会社との臨席を許されたるのみ、当日来会者は百五十余名にて満場殆ど立錐の地なく、田尻銀行局長は午後四時頃演壇に上り先づ旧臘同局長が大蔵大臣の命を奉じて大阪に赴き、手形取引に関する演説をなしたる始末より説起し ○中略 右の解説を了て曰く、手形取引の事に関して諸氏は十分其の利害のある処を考究し、或は希望すべきもの、或は質議すべきものは遠慮なく之を陳述ありたしとて席を下りしかば、渋沢栄一氏は銀行局長の懇話は、唯に学理上に止まらすして実際上の問題なれども、果して之を実行することを得べきや否に就き今夕協議を遂くべきか将た書面にて諸氏の意見を商工会幹事若くは同盟銀行委員へ宛て申込まるゝかを問ひしに、来廿日迄に各実業者より書面を差出すことに議決し、午後七時頃楼下に於て立食の饗応ありて直に解散したり


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0009)
第19巻 p.379 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    意見書
謹テ田尻銀行局長手形取引ニ関シ縷々演説セラレタル主意ヲ熱々考案《(熟)》スルニ、商業取引ニ於テ最モ至便ノ流用法ニシテ商賈ノ融通一層広キヲ加フ故ニ、世上之ヲ信用シテ実行スルニ至タラン事ヲ欲スレ共、目下取引上ノ事態ヲ視察スルニ旧習ニ恋々タル其気重ク未ダ脱却スルノ場合ニ不至ハ今日ノ現象ニ有之、然ハ断乎ノ卑見ヲ以テ敢テ確言スルノ謂ニ非サレ共、只々将来ヲ鑑ミルノ杞憂ヲ抱ク而已、然レ共取引上ニ付一歩ヲ進メ各地方ヨリ送金ノ手形可成流用(譬ハ甲所某商ヨリ乙所取引商賈ニ送金手形入掌スルトキハ裏面ニ証印ヲ捺シ、丙所ニ流用スルノ)類ヲ試ミノ事ヲ企望仕候、前陳ノ如ク好機会ノ時季ヲ待ツノ外実施ノ見込相立不申、聊カ玆ニ管見ヲ申述候 敬白
              日本橋区通四丁目拾壱番地
  明治二十三年二月八日
                 油問屋 藤田金之助
    銀行集会所
           御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0010)
第19巻 p.379-380 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
 - 第19巻 p.380 -ページ画像 
拝陳本月四日貴集会所ニ於テ田尻君ノ御談話アリシ信用手形之商家ト銀行間ニ徐々行ハレン事及ヒ手形ヲ発行為スニ付テハ慣習弊害ノアル所ヲ説明セラレタルハ大ヰニ賛成仕候
偖テ帳簿取引ノ不可ニシテ手形取引ノ便旦利益ヲ得ル事御談話ノ如シト雖モ我国ニアリテハ利子年八朱ヨリ壱割、其割引日歩ニアリテハ弐銭五厘ヨリ五六銭ニ至ル平均凡三銭トシテ年壱割八厘ニ当ル、如斯最高ノ日歩ヲ払フノ金額ヲ以商売用ニ供スルモ到底不引合タル事明ナリ今試ニ金三万円運転資本ヲ以壱箇年六回トシテ商ヒ高拾八万円、壱回毎ニ弐歩ノ利益ト仮定為スニ其商ヒ高ニ於テ三千六百円ヲ得、然ルニ金三万円ノ資本ノ内金弐万円ハ六朱ノ定期預ケト仮定シ、残壱万円ヲ以テ運転資本金弐万円ハ割引手形ヲ以テ備用ス、此日歩三銭即壱個年六回商ヒ高拾八万円、壱回毎ニ弐歩ノ利益ト仮定シテ、其商ヒ高ニ於テ三千六百円ヲ得、而シテ弐万円割引此日歩三銭、壱ケ年間弐千百六拾円ヲ引去リ壱千四百四拾円ヲ得、是ニ始メ定期預ケノ弐万円六朱ノ利子壱千弐百円ヲ加ヘ合計弐千六百四拾円トナル、依之自力資本三万円ヨリ得タル利益ヲ以テ差引時ハ金九百六拾円ノ差ヲ生ズ、尤モ田尻君ノ御説アリ、日歩ノ高下其辺ハ当局者自身ニ鑑ミ行フベシト、然レ共大体ニ於テ金利ノ高直ナル邦国ニアリテハ他力ノ金額ヲ供スルモ実際ノ純益ヲ難イ哉
他日商法定例ノ発布ニ到ラハ其威力ヲ以弊害ノアル処ヲ保護シ、已降日歩ノ底価ニ趣クノ時ヲ得テ割引手形発行ノ利益アルヲ見ルナラント存候、右御答ヘ如斯ニ御座候 以上
                  小津清左衛門出店主
  第二月十五日              田中国吉
                  大橋屋清左衛門出店主
                      今西国助
    国立銀行集会所 御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0011)
第19巻 p.380 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
            東京薪炭問屋奥川組合頭取
                    湯沢伊藤治
右ハ本月四日銀行集会所ニ於テ田尻銀行局長ヨリ商人互ノ取引上手形及ヒ為換取組方等御懇話有之候ニ付、去ル十一日組合員一同集会ノ上具ニ申通シ協議仕候処御懇話ノ御趣意ハ一同敬承仕候得共、当組合商業品ハ荷嵩物ニテ小売商人トノ取引金額少分ノ取引ニシテ為換又ハ約束手形等ヲ以授受スヘキ程ノ取引ハ曾テ無之、又荷主トノ間取引上ハ聊金額ヲ登スト雖モ孰レモ避邑農間《(僻)》ノ商業右手形等ニテハ不便ノ旨ヲ以皆現金取引ヲ好ムモノヽミニ有之、旁目下ノ情況ニテハ何分手形取引ハ行ハルヘカラストノ見込ニ有之候、乍併已後各自取引上漸々右御懇話ノ御趣旨ニ基キ執行候様可致旨ニ御座候、依テ此段御答申上候也
  明治廿三年二月十五日        右
                     湯沢伊藤治
  東京商工会々頭
    渋沢栄一殿
 - 第19巻 p.381 -ページ画像 


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0012)
第19巻 p.381 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    田尻銀行局長諭達之御請
一商業取引手形流通ノ儀ニ付、去ル三日田尻銀行局長ヨリ御談話ノ趣拝聴御説明ノ次第一々敬承欣悦仕候、右御趣意京坂始メ全国一般実行致候得者大ニ金融ノ途開ケテ資金鐃《(饒)》ニ商業振起シ工農業モ倶ニ興リ我国ノ光輝ヲ欧米各国ニ示シ羞ルトコロ無キニ至リ、又私共一個人ニ付テモ至極ノ便利ヲ得《(衍カ)》ヘ営業上好都合ニ有之候間、何卒右御趣意貫徹致《(シ)》ニ実行相成候様希望仕候、就テハ従前ノ弊害ヲ去除シ各自信用ヲ得ルコト専務ニツキ銘々応分ノ準備ヲ立テ誠実ニ約束ヲ確守候様厚ク注意致候得者相当ノ信用ヲ得ラルベク、又各銀行モ確実ナル信用無之テハ衆人身代ヲ預托致候事相成間敷、是等ノ法方ハ政府ニ於テ御計画有之候儀ト奉存候得共、商議ノ件ハ東京商工会・銀行集会所委員方ヘ御依頼仕度候、依テ右御請答申上候也
             日本橋区田所町十三番地
  明治廿三年二月十六日         脇坂助右衛門
       (蝋燭問屋)同伊勢町廿番地
                松田喜右衛門代理
                     中西儀兵衛
  東京商工会
    銀行集会所委員 御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0013)
第19巻 p.381-382 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
謹啓陳者商業手形之義ニ付私シ共仲間ニ於而協議致シ候要領並ニ希望之廉左ニ申述候
一従来ノ通帖取引ヲ廃シ手形取引ニ為ス事大ヰニ利益ト信シ候得トモ一時ニ通帖取引ヲ廃シ候義ハ実際上差支有之候ニ付、仲間申合ヲ以テ漸々手形取引ニ改メ候事
一当坐引出シ小切手ハ素ヨリ即日払ノ筈ナレトモ右小切手ヘ仕払期日ヲ記入約束手形ノ代用為サシム事有之、期日ニ至リ其名宛ノ銀行ヘ取附ルモ払込金無之等ノ事時トシテ有之、最モ危険ニシテ遂ニ真正ノ当業手形ヲ害スヘク信シ候ニ付、仲間申合ヲ以テ小切手ハ即日払ノ外受取サル事ニ協議仕候間、銀行者ニ於而モ当坐約束者ニ対シ小切手ヲ以テ期限手形ニ用候事無之様予テ御注意相成度候
一手形用紙ハ何円未満ト有之候故、仮令ハ壱千円ノ為換ヲ振出スニ壱千円未満ノ用紙ヲ用ヘ九百九拾九円九拾九銭九厘等ノ金高ヲ認メル等ノ事有之、金円受授帖簿記載等思サル手数ヲ生シ実際不便不少候ニ付、証券印税規則ノ改正ヲ同望仕候間《(企カ)》、御同意ニ候ハヽ何卒銀行家ノ御意見トシテ其筋ヘ御建議相成度候、即チ改正案左ニ
  金高五拾円迄       印税 金壱銭
  金高百円迄           金弐銭
  金高弐百円迄          金四銭
 - 第19巻 p.382 -ページ画像 
  金高五百円迄          金八銭
  金高壱千円迄          金拾五銭
  金高弐千円迄          金弐拾五銭
  金高 無制限          金五拾銭
右奉申上候也
                東京洋糸仲間
                  月行事
  明治廿三年二月十七日         柿沼谷蔵
  銀行集会所
    幹事
        御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0014)
第19巻 p.382 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
本月四日日本橋区坂本町銀行集会所ニ於テ商業手形取引奨励之件田尻銀行局長ヨリ懇切ノ談話アリ、爾来二週日ヲ期シテ渋沢栄一君迄書面ヲ以テ回答スベキ約束ニ遵ヒ、我組合員ノ協議ヲ遂ゲタルニ手形取引ニ関シ政府ノ保護ノ厚キヲ知リ、又商業上ノ便益ヲ知悉スト雖トモ事ニ慣レザルト多少危懼ノ念ヲ懐クトノ二ツヨリシテ流通頻繁ナラザリシガ、事ニ慣ルヽハ易ク危懼ノ念ヲ絶タシムルハ難シ、如何セバ危懼ノ念ヲ絶チ円滑ノ取引出来スルト問ハヾ元来信用ヲ拠ルハ言ヲ俟タザルガ故ニ、各組合ニ於テ手形取引違約者ハ断然其組合ヲ除名シ之ヲ公告スルガ如キ弊害予防ノ方法ヲ設ケテ其信用ノ基礎ヲ鞏ムルハ第一着ノ手段ナレトモ、結局法律ノ力ヲ藉ラザルヲ得ズト答ヘン、未タ例証ノ挙クベキモノナシト雖トモ一層違約者ノ処分ヲ厳ニシ、商業手形取引ニ関スル裁判ハ他ノ審判ノ如ク数日子ヲ費スガ如キハ主トシテ危懼ノ原因ニアリ、政府ニ於テ商業手形ニ限リ尚一層ノ保護ヲ与ヘ、特別ニ審判速決ノ方ヲ設ケテ商業ノ発達ヲ援ケラレン事ヲ望ム、以上衆議之決する所ニ依テ御回答如斯ニ御座候也
  明治二十三年二月十七日    東京銅鉄棒組合頭取
                    桑原七兵衛
    渋沢栄一殿


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0015)
第19巻 p.382-383 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    再意見書
本月四日銀行集会所ニ於テ田尻銀行局長手形取引ニ関シ演説セラレタル主意ヲ拝聴シテ聊カ卑見ヲ捧呈セシ所、玆ニ永期ノ方法ヲ思考スルヲ以テ再ヒ具陳仕候
一玆ニ銀行業者中ニ抵当永期(一ケ月二ケ月又ハ三ケ月限リ割引手形ヲ云フ)ノ壱項ヲ設ケ、而シテ該永期割引為換依頼人ニ対シ確実相当ノ抵当品ヲ預リ、務メテ抵利《(低)》ノ割引ヲ以テ為換依頼ニ応シ、然リ而シテ取引数度ニ及ヒ銀行ニ於テ其依頼人ノ取引上ニ於テ正確ナルヲ信用スル場合ニ至テハ自ラ確真スルヲ以テ初メテ無抵当ニシテ相当ノ割引ヲ以テ永期ノ割引為換ニ応スルニ至ラントス、然ト雖トモ依頼人ニ於
 - 第19巻 p.383 -ページ画像 
テ往々弊害ノ醸サン事不可期、故ニ当業者ニ於テ百事注意アラン事冀望仕候
  明治二十三年二月十七日  日本橋区通四丁目拾壱番地
                      藤田金之助
    銀行集会所御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0016)
第19巻 p.383-384 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
  明治廿三年二月十七日
約束手形流通ノ義ニ付要求書
                    東京肥料問屋組
    商業約束手形流通ノ義ニ付
    東京肥料問屋組請求ノ要旨
本件ハ明治廿三年二月四日阪本町銀行集会所ニ於テ大蔵大臣ノ命ヲ奉シ田尻銀行局長ノ演述セラレタル手形流通ノ奨励ト説明ニ遵ヒ、当肥料問屋組ハ同八日臨時会ヲ開キ各自ノ意見ヲ討議セシ処、其旨趣ニ於テハ聊間然スル処ナク素ヨリ企望ニ堪ヘスト雖トモ、又各銀行者ニ対シ請求スルノ件アリトス、則チ其請求ノ要領ハ左ノ如シ
 第一 約束手形金取附ハ期日三日以前ニ予メ報告ヲ受度事
 第二 此約束手形ノ本旨ハ甲者(振出人)乙者(受取人)ノ両者間ニ成立スルモノニテ、乙者ハ其手形ヲ受取タル后、金円ノ使用ヲ要スル場合ニハ割引ヲ以テ銀行者ニ売却スルノ便ヲ得ルハ論ヲ俟タスト雖モ万一其銀行者ニ於テ之レヲ信用セサレハ或ハ此引換ヲ謝絶スル事アルヘク、左スルトキハ乙者ノ差閊ヲ生スルノミナラス乙者ヨリ甲者ヘ照会等ノ煩労ヲ惹起シ、輙チ流通ヲ閉塞セシムルノ懼レナキニシモアラス、畢竟各銀行者カ甲乙二者ノ身代如何ヲ狐疑スルニ外ナラス、往々斯ル不都合アルニ於テハ此約束手形ノ便法モ実行スル事能ハスシテ一ニハ大蔵大臣ノ御厚意モ画餅ニ属スヘク、二ニハ商人ニ於テモ失望ニ堪サル所ナリ、因テ熟考スルニ此実行ニ熟達スル迄ト各銀行者ノ信用ヲ得ル迄トノ間ハ田尻銀行局長ノ指示演述セラレタル五項中第五条ノ例ニ倣ヒ、我肥料問屋組ニ於テハ各自ノ都合ヲ以テ其資産ニ係ル公債証書ハ勿論諸会社株式又ハ地所家屋倉庫等ヲ信用アル銀行ヘ保証預トシ(俗ニ根抵当ト称スルモノニ斉シ)各銀行者ハ予メ其価格ヲ定メ置キ之ヲ目的トシテ或ハ各商ヨリ振出タル手形ノ割引ヲ為シ務メテ流通ヲ閉塞セサラシメ都テ振出人ノ信用ヲ確固ナラシムル事
 第三 前陳ノ手続ヲ経テ実行スルニ於テハ流通ノ支障之レナシト確信致候得共、如何セン日本銀行ノ定款ニ因レハ二名以上ノ裏書之レ無キトキハ再割引ヲ許サヽルモノヽ如シ、果シテ然ラバ亦流通ヲ閉塞スルヤ必セリ、因テ願ハクハ特別ノ御評議ヲ以テ同定款ヲ改正セラルヽカ或ハ但書ノ如ク確実ト認メラルヽニ於テハ一人ノ裏書ニテモ割引ノ授受ヲ許可セラレン事ヲ企望ス
 (参考)日本銀行定款第二十三条
 日本銀行ニ於テ割引ヲ為ス商業手形《》ハ総テ裏書ヲ以テ授受ヲ為シ、印税規則ニ依テ印紙ヲ貼シ資産確実ナル者二名以上ノ裏書アリテ且
 - 第19巻 p.384 -ページ画像 
ツ仕払期限ノ百日以内ニ在ル者ニ限ル可シ、但シ銀行総会ノ決議ヲ経、大蔵卿ノ許可ヲ得タル挌叚《(格段)》ノ約束アルモノハ一人ノ裏書ニテモ割引ヲ許ス事アルヘシ
当組合請求ノ要旨如斯ニ御坐候也
                東京肥料問屋組要求委員
                    深川区亀住町二番地
                     小津与右衛門出店主
                        藤井政七
                    同区佐賀町二丁目廿五番地
                        窪田弥兵衛
 (別符箋)
  本人不在ニ付支配人印        同区東大工町六番地
     前田源之助      岩出惣兵衛
                    同区堀川町二番地
                        奥三郎兵衛
  明治廿三年二月十七日
    東京商工会
    銀行集会所
         御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0017)
第19巻 p.384-385 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    商業手形取引ノ件ニ付キ上伸書
本月四日銀行集会所ニ於テ銀行局長田尻君ガ吾々商業者ヲ招集セラレ御懇話相成候手形取引之儀ニ付キ、該時出席致候当組合役員ニ於テ協議仕候処、聊カ鄙見モ御座候間即チ左ニ開陳仕候
抑モ田尻銀行局長閣下ノ談話ニ依レバ手形取引ノ効用タル吾々頻繁ナル営業者ニ取リテハ最大至便ニシテ、必ズ其実行者モ日ヲ逐テ増加スルニ至ルモノト被存候、就テ幸ヒ当組合ノ如キモ本年三月中旬ヲ期シテ定式総集会ノ開会モ有之旁該時組合一般ニ対シ之レガ勧誘方ニ尽力可仕覚悟ニ御座候、然ルニ此ニ一歩ヲ退イテ深ク考一考スルニ府下百般ノ商賈中特ニ吾ガ組合ノ如キハ古来商業ヲノミ是レ事トシ、着実誠慎各々所謂旧習ヲ墨守シ、只之レニノミ拘泥シテ他ヲ顧ミザルノ状況ナレバ十中ノ八九ハ法律ナル者ニ暗ク、意ヲ之レニ介セザルニハ無之候得共商機ノ繁忙ナルガ為メ其レヲ研究スル者極メテ尠ク、所謂盲目ノ杖ヲ失フテ路ニ苦ムノ有様ニテ尚ホ今日ニ至ルマデ経過仕居候
然ルニ該商業手形ノ取引ヲシテ愈々実行セラルヽニ至リナバ其進歩ト倶ニ其約束ヲ破ルノ不道徳者ヲ出スノ弊害ヲ見ルニ至ルベク、于時吾ガ組合ノ如キハ前陳ノ如ク不知案内ノ徒ノミナレバ其所断ニ苦ミ、徒ラニ緊要ノ時日ト脳力ヲ費シテ利者ハ倒シ曲者ハ他ヲ奪フガ如キノ不幸ヲ見ルニ至ル可クヤト薄識浅学ノ吾輩ハ疑懼ヲ只此ノミニ注ギ候、故ニ希クハ当局者ハ宜シク広大ナル観察ヲ垂レラレ、此手形取引ヲ保護スルノ厳律ヲ布カレ以テ吾々営業ノ取引上一朝曲者ヲ出スノ事アルトキハ正曲直チニ勝敗ヲ決スルニ易カラシメバ一層簡便ニシテ且ツ円滑ナル方法ノモノト愚考仕候、然レトモ之レニ対スル厳律ハ如何ナル事ニ設ケラレナバ適当ノモノニ可有之哉ハ素ヨリ才識ニ乏シキ当組合
 - 第19巻 p.385 -ページ画像 
ハ其意見ヲ呈出スル事能ハズ候得共、唯其御談話ニ対シ聊カ此ニ鄙見ヲ開陳シテ之レニ答フル而已ニ御座候 敬具
  明治二十三年二月十九日
          東京市日本橋区新乗物町拾壱番地
            東京呉服木綿問屋組合事務所
    銀行集会所
         御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0018)
第19巻 p.385-386 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    稟議書
先般御説明ニ相成候約束手形発行ノ義ニ付左ニ上陳ス
凡商業家タル者誰カ手形発行ノ時ニ際シ、其利ト其益ト簡便至極ナルヲ知ラサル者アランヤ、然リト雖モ如何セン数年来帳簿取引及ヒ現金取引ノ慣習ニ化セラレ、一朝一固人ニシテ其流通ヲ図ラントスル時ハ顧客即チ得意ニ擯斥セラレ、自然取引ニ影響ヲ及スノ不幸ヲ見ルニ至ン歟、且ツ当組合ノ如キハ組合品専業者タル唯一廛ニシテ他ハ悉ク弐或ハ三ノ各組合ニ加盟為シタル兼業者尤モ多数ニシテ、殆ント吾組合員ハ兼業而已ト云フテ可ナリ、故ニ今当組合内ニ於テ熱心以テ手形流通ノ策ヲ採モ他ニ或ル障碍ニ因テ倒底行フ事ヲ得サル者ナリ
例令ハ甲組合ニ於テハ予而申合ニヨリ容易ニ手形取引ヲ為ヲ得可シト雖モ、乙組合ハ未タ手形取引ノ申合ナキ場合ニ際シ其甲乙弐種ノ兼業者カ同時ニ弐種ノ物品ヲ販売シテ共ニ約束手形ヲ望ムモ倒底弐者並行スル事能ハス、却テ為メニ甲種ノ品代価迄テ依然帳簿取引ノ旧慣ニ圧セラルヽニ至ランカ、故ニ甲乙弐者相俟テ実行スルニ非サレハ円滑ノ取引ヲ観サル可シ、且ツ如何トナレバ顧客ハ帳簿取引ノ久敷慣習ニ泥ミ手形取引ノ利益アルモ蓋シ未タ実行セサル者ナレバナリ、故ニ今当組合ニ於テ先進流用ヲ誘引スル時顧客ハ酷ナリト思意シ、信用ヲ毀損スル而自《(已)》ナラス売買取引上不利益ヲ見ルニ至ラン
右ノ次第ナルカ故、今般手形発行流通ノ策ヲ為サンニハ府内各組合員ヲ招集シ、各組合ニ於テ手形発行流通ノ方針ヲ篤ト協議セラレ、決議ノ上各組合歟市内一般ノ商賈申合利用スルトキハ容易ニ円滑流通ヲ得可シ、手形ノ信用ヲ厚セン為ニハ約束手形及ヒ為換手形ニシテ引受証書ヲ得、又ハ拒ミ証書ヲ得テ手形条例第卅五条三拾六条ノ手続ヲ為シタル者、願クハ他ノ公正証書ト同一ノ権理ヲ有スルカ又ハ裁判上特別ノ保護ヲ以テ即決ヲ与エラレン事ヲ冀望ス、如何トナレハ手形ニ於ル信用ハ現金受授ト差異ナキ感覚ヲ起サシム可シ、自然手形ニ光輝ヲ与エサル時ハ信用薄ク随ツテ弊害ヲ起シ円滑ノ流通ヲ妨クルニ至ラン
銀行社会ニ於テ手形ニ対スル取扱ハ充分ノ尽力且ツ特別ニ取扱ハレン事ヲ望ム、即チ手数ト時間トヲ消却シ務メテ至便ナル方法ヲ定メラレ以テ商業社会ニ利益ヲ与エアレン《(ラ)》事ヲ冀望スル者ナリ
  明治廿三年二月十七日     東京傘問屋組合
                   頭取 大鐘善蔵
    商工会委員
 - 第19巻 p.386 -ページ画像 
    銀行集会所委員 御中


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0019)
第19巻 p.386-387 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    約束手形取引拡張之見込
一抑東京ハ手形取引之慣習薄弱ニシテ迂遠ニ流レ居、手形利用ヲ不弁者多ク候得共、近頃ハ弗々実行之端緒開キ来候、此上拡張ヲ計手形之利用ヲ奨励為致候ニハ元来商人タル者ハ免角利益ヲ先ニスルモノ多ク有之候次第故、左ノ如キ事ニ相成候ハヽ益々手形流通相成可申ト思考仕候
一商人何之誰ヨリ約束手形之割引ヲ一銀行ヘ依頼之節一銀行ハ可成低利ニ(通常貸付利子九分位ナレハ七分位)割引シ、此一銀行ハ日本銀行ヘ向テ再割引ヲ請求スル場合ニハ日本銀行ハ可成低利ヲ以テ(通常貸付利子七分位ナレバ五分位)再割引ヲ承諾スル事
    約束手形用紙印税改正之件
金高拾円以上 百円迄   印税  壱銭
金高百円以上 五百円迄  同   四銭
金高五百円以上千円迄   同   八銭
金高千円以上       同   拾五銭
前書約束手形用紙印税改正之件ハ是迄之処ニテハ七種ニシテ印税モ高価ニ有之、加ルニ金額ノ制限何円未満ト有之、依テ百円ノ手形ヲ造ルニ際シ九拾九円九拾九銭ト云カ如キ事取引上往々有之、実際不都合ニ付御改正相成度、左スレハ国庫収入額ニ減額ヲ生スルノ恐アレ共却テ手形之需用ヲ増、収入額ニ対シテハ増加ヲ生スルナラント思考仕候
前陳之如ク仮定スルモノトスルモ、銀行者ニ於テ割引依頼人並振出人ヲ信用成サヾレハ手形ノ利用ヲ失シ甚遺憾ニ付、当分之内左ニ開陳スル如ク致候テハ如何
約束手形之要旨ハ甲者(振出人)乙者(受取人)之両間ニ成立モノニシテ乙者ハ其手形ヲ受取タル後金円入用之場合ニハ割引ヲ以テ銀行者ニ売却スルノ便ヲ得ルト雖モ、若其銀行者ニ於テハ数多之商人中名前ヲ知ルモ身分上之儀覚知無之モノハ謝絶スル事アルヘシ、左スレハ乙者差支ヲ生スルハ勿論ニ有之右銀行者謝絶スルハ不得止儀ト存候、就テハ良法モ可有之カ難計候得共、先差向之処甲乙者共其取引先ナル銀行ヘ対シ公債株券地所等ノ如キ確実ナル物品ヲ預ケ以テ保証トナス事ニ誘導致度、所謂当座貸越根抵当ノ如キ姿ニハ相成候得共、然シテ時時取引ヲ重ネル上ハ自ラ身分モ相訳リ信用之道相開ケ可申ト思考仕候
    諸手形訴訟控訴期限ノ改正ヲ要スル件
通常之訴訟法ニ依レハ始審裁判所ノ判決後六十日間内ニ控訴スル事ヲ得ルニ付無謂事故ヲ申立控訴スル者有之、又結局控訴ヲ不成モ右日限内ハ執行ヲ求メ難ク権利者ニ於テハ徒ニ時日ヲ延サレ甚迷惑仕候間、手形ニ関スル訴訟之儀ハ至急ヲ要スルモノニ付控訴期限ヲ七日以内ト御改正相成度、随テ始審控訴共可成御判決モ至急之事ニ御取扱相成度奉存候
右之通御座候也
 - 第19巻 p.387 -ページ画像 
             日本橋四日市組魚市場頭取
  明治廿三年二月         渡辺治右衛門
             東京鰹節問屋組合頭取
                  籾山半三郎 
    東京商工会
          御中
    銀行集会所


東京商工会々外諸向往復文書 第四号(DK190046k-0020)
第19巻 p.387-388 ページ画像

東京商工会々外諸向往復文書 第四号
                  (東京商工会議所所蔵)
    手形取引ニ関スル卑見
今玆ニ其原因現況ノ如何ヲ喋々セサルモ已ニ業ニ諸君ノ了知セラルヽ所ナレハ之ヲ省キ、只管実施ノ発達ヲ謀ラントスル手段ヲ開陳シ併テ其理由ヲ付ス
  ○手形取引ヲ発達セシム手段及理由
第一 商法・財産法等ノ発布ヲ促ス事
 右理由ヲ略陳スレハ本法ノ発布アル上ハ商店及会社等ノ財産上明確ヲ示ス順序相立チ、自カラ危険ノ疑ヲ消散シ、啻ニ商業者間ノミナラス銀行者間迄ニ信用ヲ厚カラシム原則ヲ得、以テ手段取引《(形カ)》ノ発達ヲ開カントス
第二 手形条例ノ改正ヲ促ス事
 右理由ハ手形上正当ノ手続ヲ履タルモノハ特別ノ裁判権ヲ有シ、成ヘク損害ナカラシメ以テ手形流通ヲ養成スルニ在リ
第三 銀行ノ本支店ハ日本橋最寄ニ限ル事
 右理由ハ銀行引出小切手ノ流通ハ素ヨリ単鈍《(純)》ノ支払ニモ嫌忌スル弊習アルハ未タ幼稚ヲ脱セサル商人ノ多数ニ起因スルト雖モ、亦以テ銀行ノ位置遠隔ニ散在シ、其取付ニ時間ト足労ヲ厭フニ在リ、此横ハルモノヲ除キ商人ニ便益ヲ与フルトキハ手形流通ヲ幇助スルノミナラス銀行モ亦一層ノ隆盛ヲ到サン
第四 第一・第二・第三ノ件々ヲ履ミ、而シテ后チ各商組合ノ役員ノミニ拘ラス勢力アルモノ又ハ各会社員等ヘ其筋ヨリ左ノ方法ヲ諭示セラルヽ事
 其一各商組合中及各会社等ニ於テ便宜ノ区域ヲ設ケ此区域中ニ手形組合ヲ組織シ、規約ヲ編成シ手形流通ヲ実行セシム
 其二各銀行ニ於テ手形組合員ニシテ同組合員中一名ノ証人アル上ハ円滑ニ割引スル事
 右理由ハ今日法律ヲ以テ其危険ヲ避シメ、条例ヲ改正シテ特別権ヲ得セシメ銀行ノ位置ヲ一定シテ弁益ヲ与フルモ之ヲ誘道セサレハ嫌忌ノ弊習ヲ艾除スルハ容易ナラサルヘシ、是諭示ヲ要スル所以ナリ而シテ事玆ニ至レハ嫌忌者流ノ云ク、自己手形ヲ発スレハ又他店ノ手形モ受取ラサルヲ得ス、而ルニ其仕入方ハ遠国ノ荷主又ハ外商ニシテ正金ニテ支払フモノナレハ手元ニハ正金去テ手形ノミ貯フニ至ルト、是此ノ横ハル障礙物モ其取引上確実ニ進ミ信用大ニ発達シ銀行割引ノ円滑ニ及フニ於テハ最早或ル者流モ嫌忌スル所ハ消散スヘシ、此他同業ヘ手形ヲ転々流通セシムトキハ自己ノ商略ヲ観察セラ
 - 第19巻 p.388 -ページ画像 
ル不利益アリト、或ハ手形発行者ハ薄資者ト指言セラルヽ嫌アル等ノ説ハ一咳以テ説破スヘク、而シテ手形運用ノ域ニ佇望セシムルニ在リ
第五 各銀行及各商手形組合間ニ於テ四季ニ懇親会ヲ催ス事
 右理由ハ鋭意協心同力シ又約束ヲ編成シ若クハ約束ヲ改良シ以テ手形ノ発達ヲ養成スル一手段ノ捷径トス
                東京薬品会社
              商工会々員 森島松兵衛[img図]印
    東京商工会幹事 御中
    銀行集会所委員 御中


中外商業新報 第二四三七号 明治二三年五月九日 商工会幹事と同盟銀行委員との相談会(DK190046k-0021)
第19巻 p.388 ページ画像

中外商業新報  第二四三七号 明治二三年五月九日
    商工会幹事と同盟銀行委員との相談会
東京商工会幹事及び同盟銀行委員諸氏には明十日午后二時頃より木挽町商工会議事堂に集会し、曾て田尻銀行局長より諮問になりたる商業手形の事に関し已に調査を遂たる其結末を附けたる上、更に田尻銀行局長に具申する事に就て協議する由、又其序を以て先頃発布せられたる商法を功究《(攻)》すべき一の団体を設くる事に就ての相談もあるべしとのことなるが、何様発布せられたる商法は来年より実施するとなれば実業者に取ては充分之を功究し置かされば不都合を来すことあるにより追々熟読するものあるに至りたれとも、其条目中往々了解に苦むる処尠からさるにより一の研究会を組織し、商法編纂に就て関係ある人を講師とし以て充分討究することとすへしとの議起り、其方法等に就て協議する筈なりといふ


東京商工会議事要件録 第四四号・第三―六頁 (明治二三年六月)刊(DK190046k-0022)
第19巻 p.388 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四四号・第三―六頁 (明治二三年六月)刊
  第二十四定式会
           (明治二十三年五月二十四日開)
  第四十臨時会
    会員出席スル者 ○三十八名
会長(渋沢栄一)ハ開会ノ趣旨ヲ報ジ ○中略 本議ニ先タチ為念左ノ件々ヲ報告ス
○中略
 一本年 ○明治二三年二月中田尻銀行局長ヨリ手形取引ノ義ニ付府下商工業者ニ談話セラレタル事アリシガ、其後右手形取引拡張ノ義ニ付各商工組合ヨリ追々意見書ヲ提出スル者アリ、依テ本会幹事及銀行集会所委員相談ノ上取纏メ不日同局長ヘ答申スル見込ナリ
○下略


東京商工会議事要件録 第四五号・第四三―四七頁 (明治二三年八月)刊(DK190046k-0023)
第19巻 p.388-390 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四五号・第四三―四七頁 (明治二三年八月)刊
 ○参考部
(第二号)○(手形取引ノ義ニ付銀行局長ヘ答申書)
本年二月四日東京市内各銀行及実業者ヲ御招集之上手形取引上ノ件ニ付懇篤御談話被成下、尚右手形取引拡張ニ関シ意見モ御座候ハヾ書面ヲ以テ上申可致様仰聞ニ依リ銀行集会所同盟銀行及東京商工会組合等
 - 第19巻 p.389 -ページ画像 
ヨリ追々申出有之候処、多クハ大同小異ニシテ又其意見中ニハ已ニ此程ヨリ日本銀行ニ於テ実施相成候箇条モ有之、且商法御発布相成候ニ付テハ往々同法ニ抵触可致箇条モ相見候様奉存候ヘ共、右意見書ノ如キハ畢竟御参考ニ止リ候儀ト奉存候ニ付、別紙十二通相添此段復申仕候也
  明治廿三年六月十八日        銀行集会所
                    東京商工会
    銀行局長 田尻稲次郎殿
(別紙)
      商工業者方ノ意見
第一 手形取引ヲ盛ナラシムル第一ノ手段ハ相互ノ信用ヲ厚クスルニ在リ、相互ノ信用ヲ厚フスルハ互ヒニ其身代ノ如何ヲ知ルヲ要ス、故ニ商家ハ株券地面其他ノ財産ヲ己ガ信用スル所ノ銀行ニ預ケ置キ銀行ハ勿論取引先ヲシテ己レノ身代ヲ知リ以テ自家ヲ信用セシメナバ、其人ノ振出シタル手形ハ少シノ故障ナク流通シ、其間毫モ恐懼ノ念ヲ懐ク者ナク随テ益々手形取引ヲ円滑ナラシメン
第二 手形取引上ノ便ヲ計ルタメ殊ニ之レガ即決裁判法ノ制定ヲ望ム
第三 手形取引ヲ安全ナラシムルタメ各々組合規約ヲ設ケ、若シ仲間内ニ於テ規約ニ背キ仕払ノ期日ヲ怠ル者アル時ハ其組合ヨリ除名シ爾後一切其者ト取引ヲ為サヾル事トセハ、期日ヲ怠ル者ナク随テ手形取引ヲ円滑ニシ且ツ之ヲ全安鞏固ナラシメン
      銀行方ノ意見
第一 日本銀行ニ於テ再割引ヲ為ス為換手形ノ裏書ハ二人以上ニ限ルノ制規ナレドモ、振出人自ラ裏書ヲナシ之ニ其割引シタル銀行ヲ併セテ二人ト看做スモ差支ナキ様致度事
  此事ハ是迄ノ慣例ニテ為換手形ノ裏書ハ振出人並ニ最前割引ヲ為シタル銀行ノ外更ニ一人ノ裏書ヲ要シタルガ、右ニテハ頗ル究屈ナルヲ以テ自今之ヲ改メ、日本銀行ニ於テ確実ナリト認ムル者ニ向テハ振出人ト最前ノ割引ヲ為セシ銀行ノ外別ニ他人ノ加判ヲ要セサル事ニ改正シタシトノ意見ナリ
第二 約束手形ヲ以テ借用証書ニ代用スルヲ得セシメタシ
第三 割引料ヲ通常貸附金ノ利息ヨリ低廉ナラシメタシ
第四 手形取引ヲ奨励スルノ趣意ヲ以テ割引料ノ払戻ヲ希望ス
  此事ハ仮令バ甲者アリ六十日限リ仕払ノ切手ヲ銀行ニ持行キ七朱ノ割引料ヲ払フテ現金ヲ受取リタリトセンニ、甲者五十日ヲ経テ現金ノ収入アリシヲ以テ直チニ之ヲ割引ヲ為シ呉タル銀行ニ振込ミ、右六十日限ノ切手ヲ受戻サントスル場合ニ臨ミ最初仕払タル割引料ノ内ヨリ残ル十日間ノ利子ヲ引去リテ之ヲ其本人甲者ニ払戻スナリ
第五 印紙ノ改正ヲ希望ス、現行ノ同税則ニ拠レバ為換手形・荷為換手形及ヒ約束手形等ニ用フル印紙ハ金高ノ多寡ニ依リ何十円以上何銭、何百円以上何千円以下何十銭ト其間煩ハシキ区別アリテ一々之ヲ記臆シ難ク、又算用ノ細カナル商家ニ在リテハ僅カノ印税ヲ惜ミ仮令ハ五百円未満ナレバ八銭ニテ済メドモ其以上ナレバ十五銭トナ
 - 第19巻 p.390 -ページ画像 
ルヲ以テ、四百九十九円九十何銭ト云フ如キ算用ノ面倒ニ且ツ煩ハシキ端数ノ手形ヲ振出スノ弊アリ、依テ自今金高ノ多寡ヲ問ハズ仮令百円ノ手形ニテモ千円万円ニテモ同一ノ印紙ヲ用フル事トセバ、商家ハ予メ数百枚ノ印紙ヲ買求メ置キ金高ニ応ジテ印紙ヲ改ムルノ煩ヒモナク殊更端数ノ金高ヲ振出スノ弊モ去リ結局手形取引ヲ奨励スルノ一助トナラン


東京商工会議事要件録 第四五号・第三頁 (明治二三年八月)刊(DK190046k-0024)
第19巻 p.390 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四五号・第三頁 (明治二三年八月)刊
  第四十一臨時会  (明治二十三年七月二十一日開)
    会員出席スル者 ○三十二名
○上略
会長(益田孝)ハ先ヅ開会ノ趣旨ヲ告ゲ左ノ件々ヲ報告ス
 一本年 ○明治二三年二月中田尻銀行局長ヨリ手形取引ノ義ニ付府下商工業者ニ談話セラレタル事アリシガ、其後右手形取引拡張ノ義ニ付各商工組合ヨリ追々意見書ヲ提出スル者アリ、依テ之ヲ取纏メ去ル六月十八日銀行集会所ト連署シテ之ヲ同局長ヘ荅申シタリ(答申書ハ参考部第二号ニ掲グ)
○下略
   ○是日栄一欠席ス。



〔参考〕中外商業新報 第二三四一号 明治二三年一月一二日 約束手形と割引手形(DK190046k-0025)
第19巻 p.390-391 ページ画像

中外商業新報  第二三四一号 明治二三年一月一二日
    約束手形と割引手形
近来我が実業社会に手形取引の漸く盛んに行はれんとするの色を現はすに至りしものは一に松方大蔵大臣の勧奨に依れるものにして、田尻銀行局長熱心に其の旨を承けて銀行家に実業者に直に接して之れが取引をして隆盛ならしめんことを諭し、又川田日本銀行総裁は実際に其の取引を補けて大に利便を与へんとして努めらるゝ処あるより斯くは其の手形取引を行はんと欲する者の漸次増加するに至らんとし、延ひて金融市場の流通をして自から円滑ならしむるの影響を及ほさしめたるものに外ならし、現に客歳川田日本銀行総裁と云ひ田尻銀行局長の前後大阪に於て同地の諸銀行家及実業者の人々に談話したる趣旨に依るも尚ほ之れを知るを得へく、加之日本銀行本支両店に於ては引続き手形の再割引を為し与へ特に東京・大阪両所間の金融をして円滑ならしむる処あり、手形取引上其の発達を幇くるもの蓋し尠少にあらざるなり、然るに近時同行に於て手形を再割引する中に就き一ハ何時にても再割引を為し、一は未だ再割引を為し与へざるものありとか云ふ、即ち約束手形と割引手形の如き之れなり、仮令へば東京の酒問屋が池田・伊丹辺の酒商より清酒若干駄を買受けたることありとせんに、其の代価は現金を以て之れが支払を為さず其の金額と支払期日とを手形面に記載して之れを売主に渡す、之れ即ち約束手形なり、若し夫れ其の手形発行主を異にし右の酒商其の売りたる清酒若干駄に対し其の金額と払渡期日とを手形面に記載して之れを買主に渡す、之れ即ち割引手形なり、左れは是等の手形は均しく清酒の売買取引より成立し唯単に其の売主より発行すると、其の買主より発行するとの別あるのみ、
 - 第19巻 p.391 -ページ画像 
然れとも之れを常に得意とせる銀行に向て割引を求め、其の銀行尚ほ日本銀行本支両店の孰れかへ再割引を要請する時に当り、約束手形の裏面には其の名宛人と最初割引したる銀行との捺印あり、左れど割引手形の裏面には独り其割引したる銀行の捺印あるのみ、尤も時と場合とに依ては其の手形引受人の承諾を得たる上にて割引に附することも間々行はるゝことあれば斯る場合には裏面に裏書人の二名あると一名のみなる差はありと云ふものゝ実は其の手形の性質たる毫も確否を異にせざるものといふを得べし、併し其の手形の確実を増すものあるは其の裏書人の一名にても多きを要するものなりと云へば、設ひ割引手形に引受人の承諾あるも単に裏面人の多きを以て其の効力の厚薄を論ずれば固より其の性質に於て確実を異にせざるものとは決して云ふを得ざるべけん、思ふに日本銀行本支両店が約束手形は何時にても再割引を為し割引手形は未だ其の再割引を為さゞると云ふも此の辺の理あるに依てならん、乍去聞けは彼の最も手形の盛に行はるゝ英国の如きは全く之れと反対にして是等の手形を割引する時に当り其の割引の歩合を異にし約束手形に高く割引手形には安きを以てすと云ふ、其の相違須らく熟慮を要すへきものありと云ふへきかなれとも我日本銀行の其手形を目する処も英国諸銀行の目する処も敢て異なる道理のあるべき筈のものにも之れなけれども、何か日本銀行本支店に於て手形再割引取扱の内規定まれるものありて若し諸銀行が手形を持参して再割引を申出づることある時、其の手形に幾干名以上の裏書人なきものは確実なるものとして取扱ふべからざるものなり抔申す如き事情の存するよりして、一は再割引を為すも一は未だ其の再割引を為さゞるものにやあらんと或る人の物語りしが果して事実如何なるべき歟、吾輩未だ其の仔細を知らず



〔参考〕中外商業新報 第二三五四号 明治二三年一月二八日 手形に貼用すべき印税の事(DK190046k-0026)
第19巻 p.391 ページ画像

中外商業新報  第二三五四号 明治二三年一月二八日
    手形に貼用すべき印税の事
現任田尻銀行局長が客歳同局長の任に就きし以来、松方大蔵大臣の旨を受け我商業社会に手形取引の便を拡張せしめんと熱心せらるゝの実は皆な世人の知る処なるが、曩に本帋上に於て屡々記載せし如く将来商業手形の取引をして頻繁なるに至らしめんとするに就ては随分其の途に種々の弊害と事情の横はるものありて為めに其の発達を妨くるもの甚だ少なしとせず、現に証券印紙税則に従て為換・荷為換・約束の諸手形に貼用すべき印紙税も亦た幾分か其の発達を妨ぐべきものなりと云ふ、固より夫等の手形を利用すると云ふ点より申さば五十円以上一銭、二千円以下五十銭の印税は敢て頓着なきが如くなれども、所謂毫厘の利益をも争ふて成立つ純粋の商業手形ならんには或は此の印税を吝むかために手形の利用を忘るゝものなきを保し難し、尚ほ其の手形の確否如何を吟味するも、此の印税を吝まずして貼用したるものよりかは却て吝むべきものより成立たる手形こそ確実なるべき事情もあらん、左れば同局長が実業者をして商業手形の利用を得せしめんとするに就ては、先づ証券印紙税則の改正を促かすの労をも採らんことを冀望するなり
 - 第19巻 p.392 -ページ画像 



〔参考〕中外商業新報 第二四三二号 明治二三年五月三日 手形流通の発達を期すべき歟(DK190046k-0027)
第19巻 p.392 ページ画像

中外商業新報  第二四三二号 明治二三年五月三日
    手形流通の発達を期すべき歟
昨日来松方大蔵大臣《(マヽ)》は特に我が実業社会に商業手形の取引をして発達隆盛ならしめんと田尻銀行局長に其の意を体せしめ以て東京・大阪の重なる銀行家及実業者の人々を招集して其の手形取引の便利功用を説かしめ併て其の流通を頻繁ならしむべしと頻りに奨励せしめらるゝ処ありしかば、因習の久しき其の流通の発達を自由ならしめざりし種々の弊害等も漸く矯正されんとし殆んど松方同大臣の奨励に適ふ処あるべしとの望みあらんとせし甲斐もなく、爾来同社会の情態は不景気の一方に傾き来たり大に其の発達の気勢を挫きたりしは既に世人の皆な能く知る処なり、去りなから若し夫れ他日其の情況活気を生ずることあらんには自から又た其の手形取引の事盛んに行はるゝに至ることあらんも計りがたし、然るに折角将来此の望みを抱くに足るべきものあるにも拘はらず前途又た大に其の発達を妨けんとするの掛念あるものあるに至れり、そは他ならす今回発布されたる商法第七百九十条「拒証書は裁判所の役員又は公証人之れを作るものとす、若し其地に此等の人なきときは被拒者に於て証人二人の立会を以て之を作るべし、但其証人は成年の男子にして成るべく商人たることを要す」及び同第七百九十一条「拒証書は拒者の営業場若し営業場なきときは其住居の内若くは傍に於て之を作るべし、但拒者不在なるとき又は臨席を肯せず若くは来入を拒むときと雖も亦た同し、若し已むを得ざる場合あるときは裁判所又は公証人役場に於て拒証書を作ることを得」の二ケ条なりとす、尤も其の発布の以前に当たり松方同大臣も頻りに其の発達をして挫折せしむる処あらんかとの辺《(そ脱カ)》に就て憂慮せられ其の更正を稟議に及ばれたりしことありし哉に伝聞し、尚ほ曾て山県総理大臣が渋沢栄一氏等に同新法の草按を示して果して直接の大関係を有せる我が実業社会に適する処あるべき歟、又た愈々之れを実施したる暁に於て実際故障を来たす点のあるべきにやと其の点々を指摘して諮問に及ばれたる時にも、同氏は先づ第一に前記二ケ条の我が実業社会の実情に就て適せざる処を述べ、併て其の取引の発達せんとする望みを失ふに至らんことを深切に答申されたりとか聞きぬ、左なきだに束もなき事が故障にして結局手形の取引さへ為すことなければ斯る面倒の生じ来たる憂は之れなかるべしと云ふの念慮は一に現時に於ける実業者の心頭に浮ぶならんとす、又た敢て其の理なきにあらず、左れば我が実業者は須らく其の詳情を陳弁して其の改正の要を明にするを務め、其の当局者も亦た之れを是正するに吝ならざるべからず、然らざれば将来商業手形流通の発達は得て期すべき処なきに至らんとす