デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治30年6月28日（1897年）

是日栄一当会議所会頭トシテ、商法ノ規定中株式会社登記ノ時期及ビ当初払込金額ヲ改ムルハ目下ノ急務ナル旨、大蔵大臣伯爵松方正義・農商務大臣伯爵大隈重信・逓信大臣子爵野村靖ニ建議ス。

第七回東京商業会議所事務報告　　第二―三頁　明治三一年四月刊
一株式会社ニ関スル商法ノ規定中改正ノ義ニ付大蔵・農商務・逓信三大臣ヘ建議ノ件
　本件ハ本会議所ヨリ第六回商業会議所聯合会ヘ提出シテ其可決ヲ経タルモノニ係リ、其要旨ハ、会社登記ノ時期、株金初回ノ払込額等ヲ改定スヘシト云フニ在リ、仍テ之ヲ明治三十年六月十一日第六十四回ノ臨時会議ニ附シ、其決議ニ依リ役員会議ニ於テ文案ヲ起草ノ上同月二十八日附ヲ以テ、左ノ如ク大蔵・農商務・逓信三大臣ヘ建議セリ
　　　　株式会社ニ関スル商法ノ規定中改正ノ義ニ付建議
　株式会社ニ関スル商法ノ規定中改正ヲ希望スヘキ点少カラスト雖トモ、就中会社登記ノ時期及ヒ当初払込ノ株金額ヲ改ムルハ今日ノ急務ナルヲ信ス、故ニ本会議所ハ株式会社ニ関スル商法ノ規定中左ノ趣旨ニ依リ改正ヲ加ヘラレンコトヲ望ム
　　一　創業総会ヲ了リタルトキ会社ハ十四日以内ニ登記ヲ受クヘキ事
　　一　会社ハ登記後六ケ月以内ニ少クトモ株金十分一ヲ払込マシムル事
　　一　株金十分一ノ払込ヲ終ルニアラザレハ株券ヲ発行スルコトヲ
 - 第21巻 p.259 -ページ画像 
得サル事
　　一　株金十分一ノ払込前ニ於ケル株式ノ譲渡ハ会社ニ対シテ無効タル事
　　　（理由）
　　　右改正ヲ希望スルノ主眼ハ、株式会社ハ創業総会ヲ終了次第速ニ会社ヲ登記セシメテ其設立ヲ完全ナラシメ、併セテ最初払込法定ノ株金四分ノ一ヲ十分ノ一ニ減セントスルニ在リ、蓋シ発起及設立ノ認許ニ関スル規定ヲ全廃スル以上ハ株式会社ヲ組織スル手続上非常ノ変更ナカルベカラス、就中会社ハ創業総会ノ終了ニヨリテ設立スルヲ以テ、其後永ク第三者ニ対抗スルコト能ハサル状態ニ在ラシムルハ極メテ不便ナリ、既ニ合名会社ニ就テモ会社ハ会社契約ニ因リテ設立シ其後十四日内ニ登記ヲ受クヘシト定メラレ（商法第七十七条及第七十八条参照）合資会社モ亦規定ヲ準用セリ（商法第百三十七条参照）故ニ株式会社ニ在テモ創業総会終了ノトキ十四日以内ニ登記ヲ受ケシムルハ最モ至当ナルヲ信ス、顧フニ現行法ニ於テ先ツ株金四分ノ一ノ払込ヲ為サシメ、然ル後会社ヲ登記セシメントスル其目的ハ、専ラ第三者ノ利益ヲ保護セントスルニ在ルカ如クナレトモ、多数ノ株主中一人ノ払込ヲ為サヾルモノアルトキハ登記スルコトヲ得サルカ故ニ、創業総会ノ時ヨリ登記ヲ受クルニ至ルマテノ間数個月ヲ要シ、殊ニ鉄道会社ノ如キニ至テハ数個年ニ亘ルコトアリ、其間株主ノ認定ヲ経サル出費ヲ増加シ、事業着手前ニ無用ニ多額ノ資金ヲ募集シ、登記ヲ受クル時ニ方リテハ早ク已ニ登記資本額ノ大部分ヲ欠損セルカ如キ例甚タ尠カラス、且ツ登記ノ後ト雖トモ、事業ニ依リテハ多額ノ資金ヲ一時ニ要セサルカ故ニ、其金員ノ利用ヲ目的トナシ諸種ノ会社ヲ発起スルモノアリテ、啻ニ第三者保護ノ目的ニ反スルノミナラス、最初払込ノ多額ナルカ為メ大資本ノ会社ヲ組織スルコトナク鉄道・銀行等小規摸ノ会社分立スルノ弊ヲ生シ、一国経済上喜フヘカラサル結果ヲ招クヲ免カレサルナリ、登記資本額ニ払込・未払込ノ区別ヲ附スルハ大ナル謬見ニシテ、会社ノ責任ニハ寸毫ノ軽重アルコトナク、第三者ノ為メニ謀レハ払込ノ多キ会社コソ却テ不安心ノ種ナルヘシ、何トナレハ払込タル資本ニ欠損ヲ生シタルノ例ハ多キモ、未払込資本ニ欠損ヲ生シタルノ例ハ甚タ稀ナレハナリ、或ハ創業総会終了次第会社ヲ登記セシムルハ可ナリ、四分ノ一払込ヲ十分ノ一ニ減スルハ可ナルモ、会社登記後十分ノ一ノ払込ヲ終ラサル前ニ於ケル株式ノ譲渡ヲ当事者間ニ有効ナラシムルハ不可ナリトノ説ヲ為スモノアランカナレトモ是誠ニ老婆心タルヲ免カレス、現行法ニ依ルモ四分ノ一払込前ニ其株主ノ破産又ハ死亡スルカ、若クハ払込ヲ為サヽルノ場合ハ公売ニ附シテ其株式ノ移転ヲ認メサルヲ得ス、仮リニ四分ノ一払込前ノ譲渡ハ無効ナリトスルモ、四分ノ一ヲ払込タル上譲渡スヘシトノ約束ハ有効ナレハ、斯ル老婆心ハ何等ノ効能ナキコト今日公商人タル仲買人ノ相場表ニ依テ見ルモ歴然タリ、株
 - 第21巻 p.260 -ページ画像 
式モ一種ノ商品ナレハ、其善悪優劣ハ当事者ノ判断ニ委シテ可ナリ、其有効ヲ認メサルコソ寧ロ詐偽ノ種ナルヘケレ、依テ本案ニテハ株金十分ノ一払込前ト雖トモ、当事者間ニハ其有効ヲ認メ、会社株金徴収上ノ不便ヲ察シ其譲渡ハ会社ニ対シテハ無効トナシタルナリ
　　　前記ノ如ク株式会社ニ関スル商法ノ規定ヲ改正スル以上ハ、私設鉄道株式会社ニ関スル法律モ本文ノ趣意ニ基キ改正スヘキハ勿論ナリ
　右本会議所ノ決議ニ依リ建議仕候也
　　明治三十年六月二十八日
　　　　　　　　　　　　東京商業会議所会頭　渋沢栄一
　　　　大蔵大臣　　伯爵　松方正義殿
　　　　農商務大臣　伯爵　大隈重信殿　（各通）
　　　　逓信大臣　　子爵　野村靖殿
　　　○右建議中登記ノ時期ニ関スル儀ニ就イテハ会議所ノ主張実現セリ。即チ明治三十二年三月九日公布ノ商法第一四一条ハ「会社ハ発起人カ株式ノ総数ヲ引受ケタルトキハ第百二十四条ニ定メタル調査終了ノ日ヨリ、又発起人カ株式ノ総数ヲ引受ケサリシトキハ創立総会終結ノ日ヨリ、二週間内ニ、其本店及ヒ支店ノ所在地ニ於テ左ノ事項ヲ登記スルコトヲ要ス」ト規定セリ。
　　　○払込金ニ関スル会議所ノ意見ハ何レモ実現セズ。明治三十二年三月九日公布ノ商法ニ於テモ「株式総数ノ引受アリタルトキハ発起人ハ遅滞ナク各株ニ付キ第一回ノ払込ヲ為サシムルコト要ス」「第一回払込ノ金額ハ株金ノ四分ノ一ヲ下ルコトヲ得ス」ト規定セリ。
　　　○本巻明治三十年五月七日ノ条参照。