デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治28年9月25日（1895年）

是日第四回定期会第一日ノ会議ニ於テ、大阪・堺岡山三商業会議所ノ提案ニ係ル、棉花輸入税廃止ノ議ヲ建議・請願スルノ件上程サル。栄一、原案ニ同意ニシテ其実現ヲ希望スル旨ヲ述ブ。二十六日第二日ノ会議ニ於テ本案可決セラル。

明治二十八年九月
第四回商業会議所聯合会報告　　第二三―四三頁　刊
○第五号議案　　大阪商業会議所提出
　　棉花輸入税廃止ノ意見ヲ大蔵・農商務両大臣ニ開伸シ、且ツ貴族・衆議両院ヘ請願スルノ件
我カ綿糸綿布ノ海外輸出ヲ盛ニシ、一般綿業ノ発達ヲ計ラントセハ、棉花輸入税ヲ廃シ、以テ其ノ生産費ノ減少ヲ力メサルヘカラズ、是ヲ以テ、我カ聯合会ハ屡々其ノ廃止ノ議ヲ可決シ、当該官庁ニ意見ヲ提出セシト雖トモ、不幸ニシテ未タ其ノ実施ヲ見ルニ至ラス、而シテ其ノ廃止ノ必要ハ日一日益々急ヲ告クルモノヽ如シ、故ニ今又各会議所ヨリ之ガ廃止ノ必要ナル所以ヲ大蔵・農商務ノ両大臣ニ開伸シ、且ツ貴族・衆議両院ニ請願シテ、以テ速カニ我カ綿業発達ノ妨害因ヲ除却セントス
　（理由）棉花輸入税ノ廃止セサルヘカラサル理由ハ本会ニ於テ屡々討議セシ所ナルヲ以テ、今又之ヲ詳悉スルノ要ナシト雖モ、試ニ其ノ一端ヲ掲ケン
　本邦棉花ノ産額ハ以テ本邦人ノ需要ヲ充実スルニ足ラズ、故ニ若シ棉花ノ輸入ヲ抑制セハ或ハ形ヲ綿糸又綿布ニ変シテ其ノ輸入ノ増加スルヤ必然ナリ、而シテ我ガ風土及農業経済ノ事情ハ、内外其ノ種類ノ如何ナルヲ問ハス、急ニ棉花ノ増殖ヲ許サヽルモノヽ如シ、故ニ仮リニ紡績業ヲ度外ニ置キ、一般棉花消費者ノ上ヨリ見ルモ、力メテ其ノ輸入ヲ自由ニシテ、以テ之ガ消費ノ利便ヲ与ヘサルヘカラサルヤ明ナリトス、然ルニ今ヤ紡績業者ハ棉花輸入税ノタメニ頗ル苦難ノ地位ニ立チ、大ニ其ノ業務ノ発達ヲ妨碍セラレントスルモノニ於テヲヤ、蓋シ我カ紡績業者ハ其ノ機械ノ新規完美ナル、職工ノ精巧ニシテ而モ労銀ノ低廉ナル等幾多生産上ノ便利ヲ有スト雖トモ其ノ最モ不便ヲ感ズルハ其ノ原料タル棉花ヲ遠ク海外ヨリ仰クノ一事ニ在リ、是ヲ以テ当業者ハ力メテ低廉ニ棉花ヲ得ルノ策ヲ講シ、運輸其ノ他ニ於テ施ス所甚ダ大ナリト雖モ、今尚ホ輸入税ノ賦課ヲ被リ、他ノ競争者ニ無クシテ独リ我ニノミ存スル尋常生産費外ノ費用ヲ要スルカ故ニ、往々海外ノ同業者ニ対シテ競争上ニ劣敗ヲ取リ
 - 第22巻 p.28 -ページ画像 
為メニ斯業ノ発達ヲシテ常ニ遅々タラシムルノ状アリ、然レドモ之ヲシテ既往ニアラシメバ尚ホ可ナリ、今ヤ事情一変、一日モ速ニ此ノ輸入税ヲ廃止シテ棉花ノ輸入ヲ自由ニセスンハ、我カ一般綿業ニ不測ノ変ヲ与ヘントス、何ソヤ、馬関条約ノ影響是ナリ、即チ本条約ハ海外ノ競争者ニ非常ノ便利ヲ与ヘ、而シテ彼ノ機敏ナル外人ハ既ニ其ノ便利ヲ利用スルニ汲々タレバ、今後彼我ノ競争実ニ容易ナラサルモノアラントス、故ニ此ノ際断然棉花ノ輸入税ヲ廃止シ、以テ之ニ対応スルヲ得ルノ道ヲ開カサルヘカラス、若シ然ラズシテ徒ラニ現ニ収入スル税額ヲ失ハンコトヲ愛ミ、或ハ予期スヘカラサル海外棉花ノ移殖ヲ頼トシ、躊躇決スル所ナクンハ、啻ニ海外ノ市場ニ於テ劣敗シ、多年上下ノ企図セシ所ヲシテ空シク水泡ニ帰セシムルコトアルヘキノミナラズ、内地ニ於テモ亦非常ノ厄運ニ陥ラシメ恰モ数年前ニ於ケルカ如ク、我ガ綿製品ノ殆ント全部ヲ挙テ海外ノ供給ヲ仰クニ至ラシムヘキヤモ亦知ルヘカラズ、果シテ然ラバ、目前斯税存廃ノ結果ハ僅ニ紡績業ニノミ関スルカ如シト雖モ、其ノ後来ノ影響ニ至リテハ実ニ甚タ大ナルヘキナリ、是レ玆ニ重テ斯税廃止ノ一日モ緩クスヘカラサルヲ主唱スル所以ナリ
○中略
○第十号議案　　堺商業会議所提出
　　各会議所ヨリ棉花輸入税廃除ノ件ヲ農商務・大蔵両大臣ニ建議シ貴衆両議院ニ請願スル事
　　　但右ノ件ハ既ニ第二及第三回ノ聯合会ニ於テ可決セラレタルモノニ付、玆ニ理由ヲ附セス
○中略
○第十五号議案　　岡山商業会議所提出
　　棉花輸入税廃止ノ儀ヲ農商務・大蔵両大臣ニ建議シ、並ニ帝国議会ニ請願スルノ件
内ハ外国製糸ノ輸入ヲ防止シ、外ハ支那ニ輸出シテ販路ヲ拡張シ、以テ我紡績業ノ隆昌ヲ計ラント欲セハ、綿糸輸出・棉花輸入ノ両関税ヲ廃止セサルヘカラストハ夙ニ朝野ノ輿論ニシテ、一昨年神戸第二回商業会議所聯合会ニ於テ満場一致ヲ以テ之ヲ可決シテ、政府及議会ヘ建議・請願シ、綿糸輸出税ノ廃止ハ直ニ其採用スル所トナリ、今日ニ実施セラルヽニ至リタルモ、棉花輸入税ノ廃止ニ関スル衆議院提出案ハ不幸ニモ議会ノ解散ニ遭遇シタルヲ以テ討議ノ運ニ至ラス、又昨年ノ第三回商業会議所聯合会ニ於テモ同様ノ決議ヲ為シ、同様ノ手続ヲ為シタルニ、偶々軍国多事ノ歳ニ当ルヲ以テ其採用スル所トナラズ、荏苒今日ニ至レルハ国家経済上最大遺憾ナルヲ以テ、全国商業会議所聯合会及当会議所ニ於ケル既往議決ノ一日モ忽諸ニ附スベカラザルヲ信ジ、三タヒ政府及議会ニ建議・請願スルノ意見ヲ提出シ、以テ当初ノ希望ヲ貫徹セントス
　（理由）本件ノ理由ハ既ニ公論ノ在ルアリ、今又之ヲ複説セスト雖トモ、戦勝後経済策トシテ一層商業ヲ振作シ、対外貿易ヲ拡張シテ我国本ヲ培養スルハ最大緊要ノ案件ニシテ、到底外国綿糸ト競争ヲ免レサル今日ニ在テハ、愈ヨ製造原料ヲ低廉ニ得ルノ工夫ヲ為シ、
 - 第22巻 p.29 -ページ画像 
応サニ本案ノ目的ヲ達スルニ急ナルニ当リ、忽然馬関条約ノ結果ハ工業ノ状況ニ一大変動ヲ与ヘ、従来ハ数千里外ノ工場ニ於テ製シタル綿糸ト競争シタルモ、将来ハ我販路ニ当リ設立スル所ノ工場ノ製糸ト競争セサルヲ得サルニ至リ、仮令欧米人等ハ金利ノ低キ大資本ト多年ノ熟練トヲ以テ清国要衝ノ地ニ紡績工場ヲ設立シテ我販路ヲ塞クニモ拘ハラズ、愈ヨ奮励シテ之ニ当リ、馬関条約ノ与フル所ノ権利ヲ伸張活用シテ倍ス紡績業ノ盛大隆昌ヲ期セントセバ、外、紡績工場ヲ設立シ、内、業務百般ノ改善ヲ為ス等為スベキノ事多シト雖トモ、先ツ棉花輸入関税ヲ免除シ、其原料ヲ低廉ニ得ルノ道ヲ講スルヨリ急且大ナルハナシ、仍テ玆ニ本案ヲ提出ス

明治二十八年九月開設
第四回商業会議所聯合会議事概録　　第一九―二〇頁　刊
　　　○第一日　〇九月二五日午後一時三〇分再開
○上略
会長（奥田正香君）　○中略　第五号議案（大阪提出）ハ第十号（堺提出）第十五号（岡山提出）ト同一ノ議案ナレバ、相共ニ賛成者トナリテ提出ニナリシモノト見做シ、併セテ第一読会ヲ開ク
　書記長朗読
　　第五号・第十号・第十五号議案　　（大阪・堺・岡山提出）
　　　　棉花輸入税廃止請願ノ件
第九番（亀岡徳太郎君）　此案ハ大阪・堺・岡山等ヨリ提出シタルガ、其主意ハ別ニ喋々ヲ要セス、既ニ毎年可決シテ各会議所ヨリ建議シタルモ、今以テ其希望ヲ達スルヲ得ス、荏苒今日ニ至リ益々其要ヲ認ムルヲ以テ、一刻モ早ク可決セラレン事ヲ望ム
第十六番（井島茂作君）　九番ノ如ク本件ハ已ニ各地ノ会議所ヨリモ請願シタルモノナルヲ以テ、第一読会ノミニテ確定セラレン事ヲ希望ス
第十四番（須永信夫君）　輸入税ハ大抵幾何円程ノ額ナルヤ承リタシ
第九番（亀岡徳太郎君）　夫レハ調査シタル事アレトモ持参セス、後日御覧ニ供セン、実ハ自分会議所ヨリ提出セシ処ノモノハ其理由ヲ掲ゲサルモ、堺提出案ヲ御覧ニナレバ分ルヘシ
第一番（渋沢栄一君）　本員モ熱心ニ之ヲ希望シ、全然同意ヲ表ス、只今十四番ノ問アリ、輸入税ハ今日輸入ノ多クナルニ随ヒ税額ガ増スモノナリ、則チ支那ノ如キ適例アリ、紡績聯合会ノ調ベニ拠レバ、数年前ハ棉花入額六・七万円ナリシモ、一昨年ノ如キハ弐拾参・四万円ト記臆セリ
第十四番（須永信夫君　　本員ハ百斤ニ就キテ何程ナルヤヲ問フノミ
第一番　渋沢栄一君）　夫レハ九円内外ナリ
第四番　萩原彦七君）　其輸入税額ハ如何ナル体ナルヤ
大阪書記長（浜田健次郎君）　代ツテ御答セン、此事ハ第二回聯合会ニ於テ精密ニ調査セリ、其中ニ廿五年マデノ調ベヲ記載セリ、即チ該書十二ページナリ、之ヲ参照セラレタシ、尚ホ本件ノ如キハ満場一致ヲ以テ速ニ可決セラレンコトヲ希望ス
第四番（萩原彦七君）　本員ハ横浜ニ在リテ外人ニ直接ノ関係ヲ有スルガ、輸入税ノ事ニ就テハ余程日本人トシテハ注意ヲ要スルモノナレバ
 - 第22巻 p.30 -ページ画像 
宜シク熟考アル様ニ致シタシ
第十八番（貝塚卯兵衛君）　十六番ノ述ベシ如ク順序ヲ経シモノト見做シテ、一読会ニテ可決確定アラン事ヲ望ム
会長（奥田正香君）　本案ハ別ニ異議ナキヲ以テ原案ニ可決ス、尚ホ一読会ヲ以テ確定スベシトノ説アルカ如何スヘキヤ
第三十七番（水登勇太郎君）　二読会ハ開クガ宜シ
第四十二番（徳永安兵衛君）　本員ハ一読会ヲ以テ確定ニシタシ
第二十二番（鈴木善六君）　正則ニ拠ルカ宜シ、三十七番ニ同意ス
会長（奥田正香君）　確定議トスル説モアルガ、矢張リ二読会・三読会ヲ経ルコトニ致シテハ如何
　　　（満場異議ナシ）
会長（奥田正香君）　異議ナキヲ以テ其手続キヲ逐フコトヽシ、夫レハ他日ニ譲リ、是ヨリ第六号議案ノ第一読会ニ移ラン

明治二十八年九月開設
第四回商業会議所聯合会議事概録　　第二七頁　刊
　　　○第二日
九月二十六日午前九時十分開議
　　出席、委員　○渋沢栄一外四十名
○上略
会長（奥田正香君）　昨日第一読会ヲ開キタル第五号議案、即チ政府及ヒ貴衆両院ヘ請願スベキ棉花輸入税云々ノ件ニ対シ第二読会ヲ開ク、朗読ハ省略ス、直チニ発議スベシ
第二十二番（鈴木善六君）　原案賛成
第十三番（杉山利介君）・十六番（井島茂作君）ハ亦原案ヲ賛成ス
会長（奥田正香君）　本案ハ異議ナキヲ以テ原案ニ可決ス、第三読会ヲ開クヤ否ヤ
第六番（中村栄助君）　二読会ニテ確定スベシ
第十七番（伊藤伝七君）　六番ト同意ナリ
会長（奥田正香君）　然ラハ第二読会ノ決議ヲ以テ確定ト為ス
　　　○本資料第二十巻所収「東京商業会議所」明治二十五年七月一日、同二十六年十一月二十八日、同二十八年十月二十九日ノ各条参照。
　　　○棉花輸入税免除法案ハ明治二十九年第九回帝国議会ニ於テ貴衆両院ヲ通過シ、同年三月二十九日法律第五十七号ヲ以テ公布セラレタリ。本資料第十巻所収「大日本紡績聯合会」明治二十九年六月二十五日ノ条参照。