公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15
第29巻 p.219-220(DK290065k) ページ画像
明治37年8月(1904年)
栄一、是月中旬ヨリ九月初旬マデ、箱根蘆ノ湯ニ転地療養ス。是間、和歌ヲ詠ズ。
渋沢栄一詠草 明治三七年(DK290065k-0001)
第29巻 p.219 ページ画像
渋沢栄一詠草 明治三七年 (渋沢子爵家所蔵)
詠草 三十七年三月より
○上略
蘆の湯客舎にて
山深ミ木かけすゝしき夏の日を我春なりと鶯の啼く
箱根松坂楼にて富岳の蘆湖に映するを見て
心なきミさほの波に富士の根の影をくたきて行くすゝみ船
水底にひらく扇と見えつるハ富士の高根の影にそありける
蘆の湯客舎にて
山の端になく鶯にすかされて霧をかすみと見まかひにけり
春秋のけちめもわかぬ山里は蝉なく岨に鶯の声
空蝉の世のありさまに似たるかな晴てハおほふ山の端の雲
竜門雑誌 第一九七号・第二三―二四頁 明治三七年一〇月 ○和歌(DK290065k-0002)
第29巻 p.219-220 ページ画像
竜門雑誌 第一九七号・第二三―二四頁 明治三七年一〇月
○和歌
栄一
○夏風
きのふまて花にうらみし山風の
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袖にうれしき夏は来にけり
御歌からも亦朝風の桜のわか葉吹渡るに似たり(中村秋香大人評言以下同じ)
○郭公
もの思ふたそかれときのひと声に
さひしさそはる山ほとゝきす
小簾なかは巻きたる軒に几帳あり、はたかくれたる女のとはかり見出したるさましたる夕雲の打なひきたる山ほのかにて、時鳥鳴わたるかたかける土佐画のさまあり
年ことに里の軒端はにきはひて
やまほとゝきす音つれもせす
うふすな祭に男も女も若きは大かた絹はりのかさ携へこま下駄うかつなるへし
○夕立
木の間よりおつる雫に月影を
残してはるゝ夕立の雨
楊誠斎の詩の趣あり
世の中のあつさのみかは塵をさへ
あらひきよめし夕立のあめ
但能心静身即涼の句も思ひあはさる
○蘆の湯の客舎に病後の身をやしなひ居ける頃
山深み木かけすゝしき夏の日を
おのか春とや鶯の鳴く
山中のさま思ひやるたに暑さを忘らるへし
山の端に鳴く鶯ののとけさに
霧をかすみと見そまかへつる
箱根のさまはかくこそと往にし年木賀の旅寝も思ひ出られはへり
春秋のけちめもわかす山里は
せみなく岨にうくひすの声
空蝉の世のありさまに似たるかな
はれてはおほふ山の端の雲
感深き御歌や、おのれ曾て静岡の山葵漬の札紙にしるしゝ歌
空蝉の世の味ひに似たるかな
からけれとなほすてかたくして
御歌につき思ひ出侍り
○箱根なる松坂楼にて富岳の影の蘆湖に映するを見て
水底にしつむ扇と見えつるは
ふしの高根の影にそありける
興ありいとおもしろし
心なく水棹の波に富士の根の
かけをくたきて行く小舟かな
あはれその舟にありてその富士かねを見たらましかは