第30巻 p.268 (DK300029k-0001) | 東京市養育院月報 第三六四号・第五九頁 昭和六年一一月 ○故渋沢院長追悼会 |
第30巻 p.268-270 (DK300029k-0002) | 東京市養育院月報 第三六四号・目次 昭和六年一一月 第参百六拾四号目次 |
第30巻 p.270 (DK300029k-0003) | 東京市養育院月報 第三六四号・第一―二頁 昭和六年一一月 ○東京市弔辞 |
第30巻 p.270-271 (DK300029k-0004) | 東京市養育院月報 第三六四号・第一―二頁 昭和六年一一月 ○養育院職員弔辞 |
第30巻 p.271-276 (DK300029k-0005) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○今は亡き渋沢老院長を偲びて |
第30巻 p.276-278 (DK300029k-0006) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○渋沢養育院長の薨去を悼む |
第30巻 p.278-279 (DK300029k-0007) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○『そりやァいかんョ』 |
第30巻 p.279-281 (DK300029k-0008) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○思ひ出のまま |
第30巻 p.281-282 (DK300029k-0009) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○思ひ出多き十三日 |
第30巻 p.283-284 (DK300029k-0010) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○故渋沢院長を偲びて |
第30巻 p.284-287 (DK300029k-0011) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○我が生徒等が慈父と仰ぎ慕ふ渋沢院長 |
第30巻 p.287-288 (DK300029k-0012) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○故院長を偲びて |
第30巻 p.288-289 (DK300029k-0013) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○一粒の飯 |
第30巻 p.289-290 (DK300029k-0014) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○噫渋沢院長 |
第30巻 p.290-293 (DK300029k-0015) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○噫渋沢院長薨去せらる |
第30巻 p.293-294 (DK300029k-0016) | 東京市養育院月報 第三六四号・第九―四五頁 昭和六年一一月 故渋沢院長を偲ぶ ○優渥なる皇恩病中の老院長を感泣せしめ更にその死後に及ぶ |
第30巻 p.294-295 (DK300029k-0017) | 東京市養育院月報 第三六四号・第五一頁 昭和六年一一月 ○病中の新聞記事 うは言にまで養育院の事 躍如たる渋沢翁の面目 |
第30巻 p.295 (DK300029k-0018) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○院長さんの御全快を祈る |
第30巻 p.295-296 (DK300029k-0019) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○院長さんの御写真 |
第30巻 p.296 (DK300029k-0020) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○院長さんの訃報に接して |
第30巻 p.296-297 (DK300029k-0021) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○院長さんの薨去 |
第30巻 p.297-298 (DK300029k-0022) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○院長さんの薨去を悼む |
第30巻 p.298 (DK300029k-0023) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○噫院長さん |
第30巻 p.298-299 (DK300029k-0024) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○我等の悲み |
第30巻 p.299 (DK300029k-0025) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○亡くなられた院長さん |
第30巻 p.299-300 (DK300029k-0026) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○私たちの悲み |
第30巻 p.301 (DK300029k-0027) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○悲しきお別れ |
第30巻 p.301 (DK300029k-0028) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○ゐんちやうさん |
第30巻 p.301 (DK300029k-0029) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △巣鴨分院生徒の作文 ○なくなられたゐんちやうさん |
第30巻 p.301-302 (DK300029k-0030) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○僕等の院長さん |
第30巻 p.302 (DK300029k-0031) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○院長さんの御病気を悲む |
第30巻 p.302 (DK300029k-0032) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○院長さんの御病気 |
第30巻 p.302 (DK300029k-0033) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○院長さんの御全快を祈る |
第30巻 p.302 (DK300029k-0034) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○噫私共の院長さん |
第30巻 p.302-303 (DK300029k-0035) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○院長さんの薨去を悼む |
第30巻 p.303 (DK300029k-0036) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○僕等の院長さん |
第30巻 p.303 (DK300029k-0037) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○薨去された院長さん |
第30巻 p.303-304 (DK300029k-0038) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △安房分院生徒の作文 ○ああ院長さん |
第30巻 p.304-305 (DK300029k-0039) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんの御病気を見舞ひて |
第30巻 p.305 (DK300029k-0040) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんの御病気の報に接して |
第30巻 p.305-306 (DK300029k-0041) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんの御病気 |
第30巻 p.306 (DK300029k-0042) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんの御病気 |
第30巻 p.306 (DK300029k-0043) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○慈父と仰ぐ院長さんの薨去を悼む |
第30巻 p.306-307 (DK300029k-0044) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんの薨去をいたむ |
第30巻 p.307 (DK300029k-0045) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんの薨去を悼む |
第30巻 p.308 (DK300029k-0046) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんを偲び奉る |
第30巻 p.308-309 (DK300029k-0047) | 東京市養育院月報 第三六四号・第六〇―七二頁 昭和六年一一月 ○院生の追悼文 △井之頭学校生徒の作文 ○院長さんを憶ふ |
第30巻 p.309 (DK300029k-0048) | 中外商業新報 第一六四四二号 昭和六年一一月一一日 余暇を養育事業に捧げ「仁の道」を実践 多忙な身を毎月養育院訪問 |
第30巻 p.309-312 (DK300029k-0049) | 社会事業 第一五巻第九号・第一二―一五頁 昭和六年一一月一五日 故渋沢老子爵の追憶(東京市養育院幹事田中太郎) |
第30巻 p.312-313 (DK300029k-0050) | 〔参考〕竜門雑誌 第六〇〇号・第四二―四三頁 昭和一三年九月二五日 養育院長としての青淵先生の思ひ出(小坂梅吉) |
第30巻 p.313 (DK300029k-0051) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢院長の遺業を益々発揚せよ |
第30巻 p.313-314 (DK300029k-0052) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 精神的要素の重要性 |
第30巻 p.314-319 (DK300029k-0053) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢子爵の遺業・東京市養育院の振興 |
第30巻 p.319-324 (DK300029k-0054) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 青淵先生と東京市養育院 |
第30巻 p.324 (DK300029k-0055) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 渋沢青淵翁の遺業を拡充すべし |
第30巻 p.324-325 (DK300029k-0056) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 社会科綜合大学としての養育院 |
第30巻 p.325-326 (DK300029k-0057) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢子爵の思ひ出 |
第30巻 p.326-327 (DK300029k-0058) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢子爵の遺業たる養育院の将来 |
第30巻 p.327 (DK300029k-0059) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 前途の発展を期待す |
第30巻 p.327 (DK300029k-0060) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢子爵の熟誠 |
第30巻 p.327 (DK300029k-0061) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故子爵への報恩!養育院の充実 |
第30巻 p.328 (DK300029k-0062) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故子爵の人格の発露 |
第30巻 p.328 (DK300029k-0063) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故子爵と現在の養育院 |
第30巻 p.328 (DK300029k-0064) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 青淵先生の遺志を宣揚せよ |
第30巻 p.328 (DK300029k-0065) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 青淵翁の七周忌に際して |
第30巻 p.328-329 (DK300029k-0066) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢子爵と社会事業 |
第30巻 p.329 (DK300029k-0067) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 不遇者のために拡大せよ |
第30巻 p.329-330 (DK300029k-0068) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢子爵の七周忌に際して所感 |
第30巻 p.330 (DK300029k-0069) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 崇高なる事業 |
第30巻 p.330 (DK300029k-0070) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 一層施設を完備せよ |
第30巻 p.330 (DK300029k-0071) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 宣伝不足の憾み |
第30巻 p.330 (DK300029k-0072) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 科学的研究所の建設 |
第30巻 p.330-331 (DK300029k-0073) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 癩秒予防事業と渋沢子爵 |
第30巻 p.331 (DK300029k-0074) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 社会事業の模範たれ |
第30巻 p.331 (DK300029k-0075) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 社会事業の国際的使命 |
第30巻 p.331-332 (DK300029k-0076) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 我が社会事業界の中心的地位 |
第30巻 p.332 (DK300029k-0077) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 「文明に廃人なし」 |
第30巻 p.332 (DK300029k-0078) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 【拝啓・・・十一月一日 藤山雷太宅】 |
第30巻 p.332 (DK300029k-0079) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 【拝啓・・・十月三十日 黒板勝美】 |
第30巻 p.332 (DK300029k-0080) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 【拝啓・・・馬渡俊雄宅】 |
第30巻 p.332 (DK300029k-0081) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 【拝啓・・・十月二十九日 清浦奎吾宅】 |
第30巻 p.332-334 (DK300029k-0082) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 春洋丸甲板上の老先生を偲ぶ |
第30巻 p.334-336 (DK300029k-0083) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 故渋沢院長の追憶 |
第30巻 p.336-338 (DK300029k-0084) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 渋沢子爵と公人としての私 |
第30巻 p.338 (DK300029k-0085) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 【拝啓・・・矢吹慶輝】 |
第30巻 p.338 (DK300029k-0086) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 【拝啓・・・十一月十日 篠崎篤三】 |
第30巻 p.338-352 (DK300029k-0087) | 〔参考〕救護事業 第三七年第四二三号・第一―六六頁 昭和一二年一一月 社会事業史上に於ける渋沢栄一翁(承前) |
第30巻 p.352-364 (DK300029k-0088) | 〔参考〕養育院六十年史 東京市養育院編 附録・第一―三五頁 昭和八年三月刊 |
第30巻 p.364-365 (DK300029k-0089) | 〔参考〕東京市養育院創立五十周年記念回顧五十年 渋沢栄一述 付表 大正一一年一一月刊 |